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2013年8月15日 (木)

金太郎×團子の胡蝶

あんまり暑くて、5日も前に更新されたらしい情報に全然気づかないでいた(更新情報はちゃんと確認すべし、だね)。
国立劇場10月公演の「春興鏡獅子」、胡蝶をなんと金太郎、團子の2人で踊るのだそうだ。
團子クンは昨年の襲名公演以来、全然見ていないから本当に久しぶり(地方公演には出ていたのかしら)で、実に楽しみ。

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コメント

残暑お見舞い申し上げます

こちらは旧暦重視でこの前七夕が過ぎました

情報有難うございます
お爺さん同士もライバルでしたから、お爺さんたちもきっと力が入るでしょうね

学校も「早慶」でしたし(私は慶応ファンなので「慶早」ですが)

10月の国立は行かない予定でしたが、日程が取れるかどうか

金太郎も團子も大器の片鱗を見せていますので将来が楽しみです

こちらも長生きしてふたりの熊谷を観たいものです

投稿: うかれ坊主 | 2013年8月16日 (金) 09時48分

うかれ坊主様
残暑見舞い、ありがとうございます。
暑いです、とにかく。

私も10月の国立は迷っていたのですが、断固行くことにしました。
そういえば猿翁さんと幸四郎さんはライバルだったんですね。代々にそういういい関係が引き継がれるのが歌舞伎の面白いところですね。

慶早と言っていただけるのは嬉しいです。慶応大学出身の役者さん、多いですよね。猿翁、段四郎、猿之助、右近、時蔵、翫雀、扇雀、壱太郎さんの名前がすぐに挙がります。早稲田は幸四郎、吉右衛門兄弟しか思い浮かびません。

投稿: SwingingFujisan | 2013年8月16日 (金) 21時24分

月刊「朝日ソノラマ」の昭和37年3月号(no.27)の表紙に神宮球場の3塁側の内野席で学生服を着たお二人のいい笑顔の写真が紹介されいます

3塁側ですから慶応義塾側ですね

「友情に包まれる好敵手団子と染五郎」という特集記事が載っています

わたしの「はとこ」にあたる方が昭和45年から46年にかけて慶応野球部の中軸を打っていましたのでそれ以来の慶応ファンです
好打者松下、1年下に勝負強い池田、2年下にあの山下大輔、投手では上岡、長谷川、長谷部、荻野らが居ましたね
(また昔話になってしまいました)

投稿: うかれ坊主 | 2013年8月16日 (金) 22時54分

うかれ坊主様
当時の團子さんと染五郎さんが揃って観戦なんて素敵ですねえ。「野バラ咲く路」の頃かなと思って調べたら、「野バラ」はもっと後でした。

松下、山下、まさに同世代です。懐かしい。

そういえば慶応出身の歌舞伎役者は多いですね。猿翁、段四郎、猿之助、右近、時蔵、翫雀、扇雀、壱太郎の名がすぐに挙がってきます。それに対して早稲田は幸四郎、吉右衛門兄弟しか思い浮かばない…。

投稿: SwingingFujisan | 2013年8月17日 (土) 14時31分

説明不足でしたが
試合のないときの撮影のようです
外野は芝生・・・懐かしい

私は芝居に関係ないコメントが多く申し訳ありません・・・

水原茂三塁手の「リンゴ事件」で早稲田は一塁側に固定されたのですよね

松下は早々にプロ入りを拒否しましたが入っていれば、高校の2年先輩の山下大輔より活躍したでしょうね
「はとこ」に「慶早戦」を招待してもらって観たのが神宮初観戦でした
中高時代にも父親がH大学関係の友人が居て結構リーグ戦を観ていました
江川・佃時代の少し前でした

團十郎さんが日本大学OB
大学の創設者とされる山田顕義を成田屋自身が山田を演じた歌舞伎「孤松は語らず」を上演したこともありました

投稿: うかれ坊主 | 2013年8月17日 (土) 16時28分

うかれ坊主様
こちらこそ失礼しました。考えてみれば3月号の表紙なんですから、観戦ではないですよね。早とちりしました。
リンゴ事件って、大変な事件だったんですねえ。
松下選手はたしかに活躍したかもしれませんが、堅実な道を選んだのでしょうね。慶早戦は優勝がかかったら見に行こうと思っているのですが、3年前の秋のリーグ戦以来神宮には足を運んでいません。この時は決定戦で惜敗、翌年春には優勝しましたが、観戦していないので、優勝の美酒はずっとお預けです。
江川選手は気の毒な面もあるとは思いますが、やっぱり未だにあまり好きにはなれません。

「孤松は語らず」は全然存じませんでした。たった1回しか上演されていませんが、日大創立100周年の年だったんですね。團十郎さんの成田屋通信2005年11月7日に出ていました。

投稿: SwingingFujisan | 2013年8月17日 (土) 17時41分

江川は慶応希望でしたが受験に失敗
「慶応希望」と聞いた時は、「これで強くなれるぞ!」と小躍りしたものでしたが
江川が入るまでは六大学もバックネット裏で観戦できたのに、入ってからは人気沸騰でそうも行かなくなりました
(広商の佃人気も結構大変でした・・・最初は成績も先行したいたはずですが、すぐに江川中心になりました)
志村とか大成、由伸とか母校の後輩が入って活躍しているので出身大学ではないですが好きなんですよ
敵ながら島岡監督のベンチから投手交代告げに出てくるのが好きでした

投稿: うかれ坊主 | 2013年8月17日 (土) 19時03分

うかれ坊主様は志村、由伸、大成の先輩でいらっしゃいましたか。由伸は今でも現役ですが、3人とも懐かしい名前です。

佃選手は覚えていません、ごめんなさい。江川が慶応に入りたかったのは知っていましたが、巨人に入団した時に、慶応出身でなくてよかったと思いました。でも大学側にも色々複雑な思惑が働いたようで、そういうものに翻弄されて気の毒な面もあったなあと今は考えることができます。

明治といえば島岡、北島(ラグビー)。島岡御大の巨体というか、まるっこい身体、懐かしいです。

投稿: SwingingFujisan | 2013年8月17日 (土) 20時22分

時間があいて間の抜けたコメントで申し訳ないですが・・・

今の猿翁さんが慶応125周年の年に歌舞伎座で「福沢諭吉」(真山青果作)という作品で、諭吉を演じています
慶応出身ですから相応しい配役です

一方、早稲田OBの幸四郎・吉右衛門兄弟の父・8世幸四郎がこちらは慶応百年の年に、歌舞伎座の顔見世で「慶応戊辰年」という慶応OBの池田弥三郎さんの作品で福沢諭吉を演じています
(最近読んだ、戸板康二さんの本を読んでいて教えられました)
こちらは後に息子二人を早稲田に行かせた幸四郎さんが慶応の塾長を演じているのが面白いです

そして、2008年の150年の節目に「諭吉」物が舞台にかからなかったのは残念でしたね

投稿: うかれ坊主 | 2013年8月29日 (木) 23時30分

うかれ坊主様
慶応の周年にちなんだ上演は猿翁さんだからできたのかなと思いましたが、その前に八世幸四郎さんが福沢諭吉を演じていらしたんですね。どちらも知りませんでした。
どちらも私が歌舞伎を見始める前のことで、1991年公開の映画「福沢諭吉」しか見ておりません。
慶応ボーイの多い歌舞伎役者さんたちですから、1度くらい諭吉ものがかかってもいいかもしれませんね。それに歌舞伎ではよく真山青果の作品がかかるし。
どちらの作品も見てみたいです。

レスが遅くなってすみません。

投稿: SwingingFujisan | 2013年8月30日 (金) 20時59分

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