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2013年9月

2013年9月30日 (月)

遠藤だけじゃないよ、私流相撲の見方

昨日九月場所が終わって、今朝のテレビで白鵬とか遠藤のこととかやってたから、相撲についてちょっと。
普段、それほど大相撲に興味はないのだけど、今場所はちょくちょく取組を見た。と言ってもその都度せいぜい34番とか多くても78番だけど。
私にとって今場所の目玉は取組ではなくて、昭和年の弓取式の映像。本当はその前に力道山が撮影した昭和32年(1957年)初場所の取組をなんとカラーで流したそうなんだが、それは見逃してしまった。残念で残念で仕方ない。カラーで、というのはモノクロに色をつけたのではなく、カラーで撮影したもの。もう一度流してくれないかなあと期待してずっと見てたけど、やっぱりそんな貴重な映像は2度はやらないよね。でも、なんとかもう一度放送してほしい!!
さて、弓取式のほうはもっと古く、昭和28年春場所、大岩山の弓取りであった。今の弓取りに比べると倍速か1.3倍速かってほど早い早い。力強くびゅんびゅん回して実にカッコいい。昔の映像って、コマの関係で動きが早かったりするから、これもそうかと思ったら、リアル映像なんだというから驚きである。
この日の解説、北の富士も武隈親方(元・黒姫山)も大感激していた。もちろん、力道山の映像にも興奮していた。その興奮が大きければ大きいほど、見逃した悔しさが募る!! それにね、弓取式の映像は何回か流したんだけど、力道山のほうは1回きりだったのだもの。
北の富士勝昭といえば、私がかつてモーレツに好きだった、今でいう超イケメンの第52代横綱である。かなりの問題児でもあったけど(朝青龍が色々言われたけど、そんなのメじゃない。時代だったんだねえ)、大関時代はめっちゃ、爽やか青年だったんだよ~。初優勝の時だったか、新聞記事をスクラップしたり相撲雑誌を買ったりしたことを懐かしく思い出す(若かったなあ、私も)。あの相撲雑誌、どうしちゃったろう。今もあれば、お宝だったのに。
再び北の富士といえば、その解説は言いたい放題。テレビでは多少控えているようだが、ラジオだと、ね(これを嫌う人も多いかもしれないが、その発現は何かと話題になり、私は楽しみ)。そして、相撲ファンの間でつけられている力士のあだ名には、北の富士が放送中に発言した内容から、っていうものがいくつかあったりする。有名なのは栃煌山の「シャケ」(「吊られっぱなしでなくもっと抵抗しないと、シャケじゃないんだから」。「お歳暮のシャケでもうちょっとカッコよく吊られているよ」)。
千穐楽はインタビュールームを訪れる力士が多くて面白かった。インタビュールームは力士の素顔が見えるようで好きである。舛ノ山は心房中隔欠損の疑いがあり20秒しか土俵に上がっていられないって聞いたことがある。取組後の苦しそうな息遣いを見ていると、こっちも一緒になってぜいぜいいってる気分で(いつだったか長い相撲を取って、この人、このまま倒れちゃうんじゃないかと心配した)ずっと応援していたが、今場所はその疑いが晴れたとか。素顔の舛ノ山はまだあどけなさの残る可愛い力士であった。
舛ノ山とは対照的なご面相だけどインタビューで注目したのが松鳳山。今場所初めて知った。礼儀正しく柔和な話し方で、2日目、横綱日馬富士に勝って初金星を挙げたときには懸賞金を受け取ってから花道を引っこむまで泣きっぱなし(後で知ってユーチューブで見た)。こういうのに弱いのよね。
そして若い2人に対し、高見山以来30年ぶりに39歳での勝ち越しを決めた旭天鵬。千穐楽に勝てば60年ぶりの2ケタ勝利という記録が出たのに、なんて控えめな。やさしい笑顔、好きです。
しかし昔は力士は喋らない代表で、インタビューも「頑張りまっす」くらいでアナウンサー泣かせだったのに、今の力士は上手に喋るものだと感心する。
大相撲観戦のもう一つの楽しみ方は観客ウォッチング。一番目立つのはオリンピックおじさんだよね、何と言っても。ウルトラクイズ決勝みたいな帽子(金色のシルクハット)に前に座られたら後ろの人はさぞや迷惑だろうが、TV的にはまあね。この人、向正面だけでなく他にも席を持っているらしく、よくうろちょろしている。また、東の角あたりで有名人が時々観戦している。林家ペーさんとか、今月は中村玉緒さんの姿を見た。名古屋場所では料理の神田川さんがよく来ているらしい。
ってことで、大相撲は遠藤だけじゃないよ(それにしても遠藤の休場は惜しいっ)。

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2013年9月29日 (日)

「陰陽師」千穐楽

925日 九月花形歌舞伎千穐楽(歌舞伎座)
時間経過としては巡業西コースの続き。
歌舞伎座に行くのに地下鉄しか使わない私は慣れない乗り換えも何とかこなし、無事にかなりの余裕をもって到着することができた。いくら目立たない三階最後列を取っていても、やっぱり開演してから入るのは気がひけるもの。それに、最初の何分かは入れないでしょ。
写真入り筋書きは、先日の演舞場観劇の際に歌舞伎座に寄って買っておいて大正解。毎日満席の入りでは千穐楽、それも途中から入ったら絶対に売り切れてると予想したのだ。前に2度ほど痛い思いをしているのが経験値として役立った。
お芝居は、序幕の大百足退治を再見できなかったのは残念だが、すでに忘れている詳細もあって(初見から20日も経っていないのに、私の記憶力って…)2幕目からでもたっぷり楽しめた。
染五郎さんが白狐と戯れる場面(白狐、本当に可愛い。染五郎さんの操作がバツグン)では、狐の口の先に針金みたいなものが見えるなあと思ったら、そこから「いつの日か☆」(☆は五芒星)と書かれた横断幕がするすると出てきて、狐がそれを咥えたまま猛スピードで下手へ飛んで行った(千穐楽バージョン?)。白狐は後に20匹もの集団で五芒星を2つ作って興世王と将門を封じ込める。「葛の葉」とのリンクをリアルに感じるなあと思った。
こういう現代語の歌舞伎って、不思議なことに男性のセリフには何とも思わないのに、女性の言葉は妙に現代っぽくてわずかに違和感を覚える。「十二夜」ではそれを感じなかったのは微妙に現代語のパーセンテージが違っていたからだろうか。
初見の時にも思ったが、やっぱり滝夜叉にはもっと大暴れしてもらって、続編に期待したかったな(滝夜叉の幼少時代って、福太郎クンだったんだ。2度とも3階からだったのでわからなかった)。ラストがきれいすぎて、感動が薄いのも初見の時と同じ。
それと、今頭がごっちゃになっているのは、時系列。まずわからなくなっちゃったのが晴明と博雅の年齢で、彼らは芝居の中の「今」、滝夜叉と年齢が近いように見えたが、少なくとも「今」から16年前には晴明は秀郷に東国行を勧めているのだから、一定の年齢に達していると考えられる。
それを考えていたら…将門が桔梗とともに東国へ旅立ったのは「今」から20年前。秀郷が将門を討ったのは16年前(だよね?)。とすると、将門の蘇生には4年不足している? なんかぜ~んぜんわからなくなっちゃった。初見の時には全く気にならず、時系列もすんなり入ってきたつもりでいたのに。私にはこういうこと理解する能力ないし(そもそも、私の疑問自体、ありえないものかもしれないし)、
と~っても面白くて満足したから、まっ、いいか。。

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2013年9月28日 (土)

毎日見たって飽きない、躍動感あふれ、清々しい「連獅子」:巡業西コース②

925日 松竹大歌舞伎巡業西コース千穐楽(川口リリア)
「口上」
下手より歌六、種之助、新・歌昇、新・又五郎、吉右衛門、錦之助、隼人、米吉、芝雀と並んでいる。以下、簡単にご紹介。
吉右衛門 : 襲名披露興行を千穐楽までかく賑々しくできて、ありがたい。ここに控えおります中村歌昇はこのたび3代目として中村又五郎を襲名、また新又五郎の長男種太郎が父の前名を4代目として継ぐことになった。(一瞬、種太郎って誰だっけとドッキリしてしまった。襲名前後は種太郎くんはあくまで種太郎クンで「種太郎クンを歌昇クンなんて言えるかしら」と危惧していたのに、今じゃすっかり歌昇クンが馴染んで、種太郎って名前を聞くと変な気持ちになる、って不思議なもの)どちらも播磨屋にとって大事な名前である。ご贔屓に。

列座の皆さまからお言葉を賜りたい。(と上手側を向き)「錦ちゃんっ」(錦ちゃんももっともっとご贔屓お願いします、と私、心の中で)
錦之助 : 襲名は親戚としてとても嬉しい。末永くご贔屓を。
隼人 : 親戚の1人として嬉しい。心よりお祝い申し上げます。
米吉 : 叔父・又五郎、従兄・歌昇の兄さんの襲名は親族として嬉しい。
芝雀 : 又五郎さんとは同い年。子役の時からたびたび一緒にやってきて親しくしている。新・歌昇さんは大変真面目な青年である。
歌六 : 弟・又五郎、甥・歌昇の襲名を全国各地でご披露し、本日無事千穐楽を迎えられたのは皆様のおかげ。先代又五郎さんは大変お世話になった大恩人、その名前を頂けたのはありがたい。
種之助 : 口上に列座させていただき、厚く御礼申し上げる。
歌昇 : 父の前名を4代目として襲名できたことはこの上ない喜び。ますます精進します。(めっちゃ、色っぽい、歌昇く~ん)
又五郎 : 全国公立文化施設協会様のお招きで又五郎3代目としてご当地川口にご披露できてありがたい。倅とともに一層精進します。

「連獅子」
同じ座組による7月の巡業中央コースで、又五郎・歌昇親子の「連獅子」を見て大いに感動し、又見たいと思っていた。歌舞伎座とのハシゴをするためには最悪、「連獅子」前に切り上げることも考えないではなかったが、どちらかというと「連獅子」狙いの今回、やっぱり絶対はずすことはできない。その期待通り、今度も素晴らしかった。
狂言師親子として最初に登場したときから、この2人が醸し出す空気は清々しい。きっちりした踊りが教科書的なつまらなさではなく、ぐいっと引き込まれる美しさに溢れている。
歌昇クンの最初のジャンプ、素晴らしい躍動感!! あまりの高さに客席が大きくどよめいた。谷底で父親を見つけたときの歌昇クンの嬉しそうな笑顔は幼い無邪気さとなんとも言えぬ色気を漂わせている。
父親は父親で子が這い上がってくると慈愛に満ちた表情で子を大きく包む。ああ、いい親子だ。
蝶の差し金を1人で操る蝶十郎さんはけっこう重労働そうだった。間近で見ていたので、腕にかかる力がなんとなく伝わってきたのだ。
間狂言の隼人クンはお父さんによく似てきたと思った。種之助クンもお父さんそっくりだから、そのまま錦之助・又五郎を若くしたみたい。隼人クンはずいぶん成長した。とくに声の出し方がうまくなった。7月と9月、2カ月間播磨屋のもとで修業した成果だろう。種ちゃんは小柄なのに踊りが大きく、体の大きい隼人クンに負けていない。2人の間狂言は何度も笑いを呼び、客席を十分惹きつけていた。
2
人の僧が立ち去ると、舞台には緊張感が走る。傳左衛門さんがギリギリと鼓の調べを絞る音(絞っている様子は私の席からは白牡丹の陰になって見えなかった)、咆哮、気持ちが盛り上がる。
さあ、獅子の登場である。毛振りが始まるともう客席は興奮状態。毛振りは又五郎さんのほうがきれいだったかも。でも途中ですっごく大変そうで、大丈夫かな、最後までもつかなと心配しちゃった。又五郎さん、頑張りとおして最後はきれいに決めた。歌昇クンは踊るのが楽しくて仕方ないという様子だった。
この「連獅子」、1週間、毎日見たって飽きない(1カ月は自信ない。でも、6日見て、1日休んだらまた次の週、見たくなると思う)。

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2013年9月27日 (金)

18世中村勘三郎一周忌メモリアルイベント

10月27日18:00~20:00、築地本願寺で十八代目のメモリアルイベントが行われるそうだ。
勘九郎、七之助、七緒八の3人が踊りを披露するんですって。七緒八クンもいよいよ歌舞伎役者としての第一歩を踏み出すのかな。
急いで手帳を見たら、残念ながら私は見られないbearing 勘三郎さんはお葬式にも行かれなかったし、一周忌イベントにも行かれないし…。

詳細は→ココで。

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2013年9月26日 (木)

笑いの後は涙の「沼津」:巡業西コース①

925日 松竹大歌舞伎巡業西コース千穐楽(川口リリア)
歌舞伎が地元に来てくれるのは、いつでも都内の劇場に見に行くことができる私にとっても格別に嬉しいことである。だから毎年、この9月の巡業がとっても楽しみ。ところが、なんとこの日は歌舞伎座も千穐楽。ジレンマの私が取った選択は――どっちも見る!! そして前日、リリアから歌舞伎座への経路と所要時間をシミュレーション。リリア終演が1730、第二幕の始まりが18301時間あれば余裕だとタカとくくっていたが、意外にもかなりギリギリだ。最悪幕開き後5分くらいしてからの着席となる。なんか色々考えているだけで面倒になって、いっそ歌舞伎座やめちゃおうか…でも、空席があったら一般販売即日完売になって歯噛みした方たちに申し訳ない…。ま、当日の気分に任せようという結論に達して、まずはリリアへ。そしたら、完全に気分が盛り上がって、結果、ハシゴ決行。
「沼津」
久しぶりにこってりした義太夫狂言を見たという感じ。
「棒鼻」はにぎやかな街道の様子がいい。少々忘れていることもあり、こんなに大勢人が往来してたんだっけ、とちょっぴり驚いた。茶屋娘に何度も礼を言って旅立つ巡礼夫婦(蝶之介、京紫)、わらじの紐が切れちゃう旅の男(吉五郎)、仲良く食事する身重の妻(京妙)と夫(吉三郎)、歌舞伎独特のスローモーな走りで道を急ぐ飛脚(蝶三郎)、村の女(京珠)と娘(京由。地元で京由クン、うれしい。やっぱり美形だ)。途中でごはんがのどにつっかえちゃう妊婦さんに和やかな笑いが広がった。
茶屋娘の米吉クンは甲斐甲斐しい様子が初々しい(米ちゃんのブログ、普段の家族仲好い様子が微笑ましいし、何と言っても超巨大写真が楽しい)。雰囲気もよく出ていた。
十兵衛(吉右衛門)と荷持安兵衛(吉之助)が出てくるとやっぱり舞台が華やかになる。吉之助さんは好きなので、安兵衛役は嬉しかった。ここは主従の人柄、温かい関係がみられて、いつもほっとする。
平作(歌六)が茶屋の裏側からのっそりと出てくる。あれ、そんなところに隠れていたんだっけ。このじいさん、したたか者ではあるけれども気はいい。そしてその裏にある秘密を抱えている。秘密の部分は終わりのほうになってからわかることだし、前半は平作と十兵衛のユーモラスな遣り取りに客席は何度も笑い声を立てる。通路を歩くサービスは私の席(かなりいい席だんだけど、コースから外れていた)からは2人の声がよく聞き取れず残念。
がらっと空気が変わるのはお米(芝雀)が十兵衛の印籠を盗もうとしてからだ。しかしお米のクドキはたいがい眠くなる。今日も…ごめん。
十兵衛が自分は平作の息子であると知った時から十兵衛の出立まで、私、涙が止まらなくなった。平作が不祥事を働いたお米に先立つなと釘を刺す場面もいつも泣かされる。十兵衛が呆れるほどの極貧生活の中で父娘が肩寄せ合って生きてきたことを思うと胸が詰まる。葵太夫さんの浄瑠璃が切なさを増す。
池添孫八(錦之助)の登場は毎度唐突感はあるが、錦之助さんの緊張感をはらんだ姿、動きがいい。出番は短いが、ラスト、火打石で親子の対面を照らしてあげる心遣いなど、優しい人柄が浮かび上がる。
そういえば、この芝居には悪人が1人も出てこないんだなあ。
ちなみに、「沼津」は確か前にも巡業で見たよなあと自分のブログで探したら、平成21年の巡業中央コースで吉右衛門・歌六・芝雀・歌昇(当時)による上演があった。しかもこの時が私の「沼津」初見だったらしい。――続く

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2013年9月25日 (水)

へ~

テレビをつけてびっくりして目が覚めた。
前田淳子敦子(失礼しました)、尾上松也熱愛だって。
スポニチと日刊の2紙が一面扱いだって。
前田淳子さんのことは元AKBだとかキンタロー。がモノマネしてるとかくらいしか知らないからへ~としか言いようがないが(世間一般には松也ってだれ?かもね)、若いんだもの、いいじゃない。
ベンヴォーリオ見なかったから、11月の明治座を楽しみにしてる。
歌舞伎ツイートでも話題だね
^ ^
海老蔵さんもブログで驚いてる(なんかひどくウケているのはなぜ?)

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2013年9月24日 (火)

悪事に理屈なんかない、我が人生に悔いなし「不知火検校」、そして馬がウマ過ぎる「馬盗人」:演舞場9月大歌舞伎

923日 九月大歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
歌舞伎座がオープンしてから初演舞場かな。このこぢんまり感、悪くないな、なんてちょっと懐かしさも含めて思った。
演舞場は夜の部のみ。でも、見終わった後、昼の部も見ればよかったな、とちょっぴり後悔。それくらい、思いのほか、楽しめたのだ。休日のせいか、客席も予想以上に入っていたし。
「不知火検校」はちょっと苦手な幸四郎、橋之助、孝太郎といった役者が中心なので迷ったものの、なんと昭和522月以来36年ぶりの上演という貴重なチャンスだもの、はずせない。そして、この3人がとってもとってもよかったのだ。
盲目の富の市は良心なんてものをひとかけらももっていない。これは、親の因果が子に報い…なのか。魚屋の富五郎が金にからんで誤って按摩を手にかけたその時、妻が男の子を生んでいた。その子は生まれながらにして目が見えない。金、按摩、殺害、この3つが因果としてのキーポイントとなる。
富之助と名付けられ7歳になった男の子は検校の許で修業しているが、自分で稼いだり客からもらった金を両親に小遣いとして渡すような親孝行のいい子である。と思ったのは大間違い。実は富之助は手癖が悪く、その金は客先でくすねたものであったのだ。
富之助、すなわち富の市の幼少時代を演じるのは玉太郎クン。7月歌舞伎座「再岩藤」の志賀市、趣向の華「若華競浪花菱織」の乙市と盲人役が続く玉チャンだが、実にうまい。盲人としての演技だけでなく、無邪気にいい子に見せて、実はその奥に潜む悪の芽を感じさせる演技がこわいくらい。玉太郎クンは将来いい役者になるぞ~。ところで、趣向の華から1カ月しか経っていないけれど、玉ちゃん背が伸びた?
そんなことがあってから約10年後、富之助は按摩・富の市になっていて、役者も幸四郎さんに変わっている。17歳にしてはトウがたっているのは否めないけれど、後の姿を考えるとそれなりに若くは見える。さあ、ここから富の市の悪事は限りなく広がっていく。金をくすねる、強殺して金を奪う、女を手籠めにする、殺人を犯す(師匠夫婦、妻、その密会相手まで)、そしてついにはご金蔵破りまで計画する。
ぞっとするような悪事の数々だが、意外と悪のインパクトが弱い。人を殺すのでも「盟三五大切」の源五兵衛みたいな陰湿な怖さがないのである。幸四郎さんが意外にあっけらかんとしているからだ。常なら、幸四郎さんのベクトルは内へ内へと向いて、多分理由をつきつめてから行動を起こす、あるいは悪事の後に考え込むという空気になるんじゃないかしら。ところが富の市は実にあっさり悪事を働く。理由も理屈もない。いや、あるとしたら「欲しい物を手に入れて楽しむため」。そういう態度が時に客席に笑いを巻き起こしたりして、なんか明るいんである。それが私にはよかった。しかもいつもはもごもご聞き取りにくいセリフもはっきり聞こえた(セリフ聞き取れないって、相当ストレスになる)。「河内山」を見ればよかったと思ったのはこの幸四郎さんを見たからだった。
富の市の手先となって悪事を働く3人の男がいる。富の市の最初の殺人現場を見てしまった生首の次郎(すごい名前だ)(橋之助)は肚の据わった富の市に惹かれる。生首の次郎の紹介で知り合った口入屋の鳥羽屋丹治(彌十郎)と玉太郎(亀鶴)兄弟。このうち丹治と玉太郎は富の市のあまりの悪事に腰が引けることもしばしばだが、生首の次郎は一貫して富の市を支える。丹治と玉太郎は検校にこき使われている感じがするんだけど、生首はそうじゃない。この人、よくわからないなと思っていたら、最後にわかったような気がした。
二代目検校となった富の市は、丹治と玉太郎の口から悪事が明らかになり、寺社奉行に逮捕される。その時も逃げも隠れも泣きわめきもせず堂々と縄にかかり、「人殺し」「人非人」と口々に罵り石を投げる江戸の町の人たちに対し、「お前たちは目明きのくせにちっぽけなことしかできず、薄汚いばばあやじじいになってのたれ死ぬんだ。それに比べてめくらの俺はでっかいことして、面白く生きた」というようなことを叫ぶ。一緒にお縄になった生首の次郎は富の市をじっと見つめている。その表情を見ていたら、ああ、生首の次郎は<好きなことをして面白おかしく生きてきた、人生悔いなし>、この生き方に惚れたのだということがはっきりわかるような気がした。私はこういうハッシーはとっても好きだ(「だましゑ歌麿」の同心、大好き)。「地獄で待ってるぜ」と言う富の市を見つめる橋之助さんの顔を見ていたら妙に感動しちゃって泣きそうになった。
亀鶴さんは悪事に耐えられず気がおかしくなってしまう、本当は気弱な玉太郎の心の動きを繊細に表現していて共感を覚えた(筋書きの亀鶴さんの扱い、ちょっと冷たくない?)。彌十郎さんの丹治には悪事に疑問を抱きながらもここまで来てしまったらしょうがないという開き直りのようなものが感じられた。どちらもこういう闇の世界にいそうなリアルさがあった。
ただ、この
4人、あんまり歌舞伎っていう感じがしなかった。どちらかと言うと、時代劇みたいな感じかな。


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2013年9月23日 (月)

100年前の今日、世界初の地中海横断飛行

1913年9月23日、フランスの飛行家ローラン・ギャロスが世界初の地中海横断飛行に成功した(ライト兄弟の有人動力初飛行が1903年12月17日)。
ということで、今日のgoogle franceのロゴはそれを記念したもの。
奇しくも、今日は東京都美術館でやっていたルーヴル美術館展――地中海四千年の物語――の最終日。4000年の歴史にはこういうこともあったのね。
ところで、ローラン・ギャロスという名、どこかで聞いたことがあるぞ、って2~3秒おいてから「ああ」と気がついた。テニスの全仏オープンね。スタッド・ローラン・ギャロスで行われるローラン・ギャロス・トーナメントは、彼の功績を讃えて命名された。
ローラン・ギャロスは第一次世界大戦のエースパイロットだったそうで、1918年10月5日に撃墜され死亡した。30歳の誕生日のわずか1日前のことであった。
第二次大戦で飛行中行方不明になったサン=テクジュペリを思い出した。

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2013年9月22日 (日)

アドレナリン出っぱなし:映画版「タイムスクープハンター」

920日 映画「タイムスクープハンター 安土城最後の1日」(MOVIX川口)
息子は、タイムスクープはテレビじゃなくちゃ見る気しないって言ってたけど、澤島ファン、要潤ファン、タイムスクープファンとしては、映画になったらやっぱり見たい。ということで、ガラガラの映画館で見てきた。
私は気が小さいので、ハラハラドキドキものはけっこうコタえる。タイムスクープハンターは絶対心あたたまるハッピーエンドになるってわかっていても、テレビの30分の間だって何度もドキドキハラハラするから、2時間弱の映画は大丈夫だろうかと、見る前から不安。
そして、やっぱり何度も何度もハラハラドキドキして、そのたび時計を見ちゃった(ほっとするラストまであと何分かってね)。
今回はタイムスクープ社内部の様子が初めて公開されていた。澤島と古橋ミナミ(杏)が所属する第二調査部は、公の歴史には出てこない名もなき人たちを取材するってことはテレビで既にわかっていたけれど、今回は第一調査部っていうのがあるってことがわかる。いや、第二があるんだから第一があるのは当たり前。ただ、その存在を明らかに意識させられたのは初めてってこと。第一は、表の歴史を調査する部署で、それだけに華やかなイメージがあるらしい。
第一と第二を含む映像部の局長役が宇津井健(おじいちゃんになったなぁ…)、第二の部長、つまり澤島と古橋の上司役がカンニング竹山。第一調査部所属を希望しながら澤島をサポートする研修生約が夏帆。
今回は安土城炎上のナゾに絡めて、<歴史の修復>というミッションに澤島たちが挑む。
澤島が取材のためにタイムワープしたのは本能寺の変から11日後(1582613日早朝)の京都。そこで知り合った矢島権之助(時任三郎)という織田家家臣がひょんなことから博多の豪商・島井宗叱(上島竜兵)の護衛をして京都脱出を図る旅に付いていくことになる。その道中、まだ京を脱けるかどうかというあたりで1人の山伏の銃撃を受ける。山伏が狙っているのは宗叱が命より大事だとして炎の本能寺から必死で救い出した楢柴という名茶器らしい。しかし、山伏が使った銃はその時代にはないもの。歴史がゆがめられている…。ということで、歴史の修復というミッションが下されたのだ。楢柴の行方を追いながらのタイムワープは山伏に襲われた場所と時から1985107日の地方都市→1945529日夕刻のどこか(地方都市?)→再び1582613172631秒山伏に襲われた場所。
まあとにかく、どの時代でもいろんな危機一髪があって、さらには再び1582年に戻ってからは、古橋の見せ場もあって、無事任務完了。
命を懸けてまで自分の信念を貫く権之助役の時任三郎が、おっさんだし、汚いし(混乱の京都から命がけの旅に出るんだからお風呂なんて入れないでしょう)なんだけど、実にカッコいい。本当はすっごく強いんだけど、ある時から人を斬ることをやめ、そのために臆病者と罵られ出世の道も断たれたものの、そんなことは彼にはどうでもよく、人を斬ることをやめたきっかけが彼の信念を強固にしている。自らの命も失いかけた斬らない権之助が再び人を斬る。表情の演技がとってもよかった。
我儘な豪商の竜チャンもキャラに合っていて面白かった。芸術っていうのは、こういう人によって守られてきたのかもしれないな、と思った。
新メンバーとなるか、夏帆は無人の安土城がなぜ炎上したかという真実をスクープしたい。そのためにタイムスクープ者の第一調査部を希望しているのだが、澤島を支えて任務を終了した彼女は、さてどうするだろうか。

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2013年9月20日 (金)

深海愛に溢れた「深海」展

920日 「深海」展(科学博物館)
駆け込みになる前に行ってきた。
平日昼間なのに老若男女、けっこう混んでいた。
面白かった。どんなことでもそうだが、発信する側の熱意が強ければ強いほど、受け手側の好奇心が掻き立てられ、面白く、頭の中にも入ってきやすい。NHKの「ダイオウイカ」でも、深海科学者たちの喜びがそのまま私たちの喜びになって、もっと知りたいという好奇心が湧き、この「深海」展はその好奇心を満足させてくれた。以下、自分の記憶と図録から(この図録が素晴らしい。深海図鑑と言おうか、深海百科事典と言おうか、今回の展示のすべてが詳しく載っている)。
1章「深海の世界」
最初は深海ってどういう世界だろうというコーナー。ここからして興味をそそられる。
●太陽光はどこまで届くか
深海とは水深200mより深い海を言う。太陽の光は推進1m45%100m付近では1%にまで減ってしまう。波長の長い赤い光は海面から数メートルまでの間に水に吸収される。吸収されたエネルギーは熱に変わり、表層水の温度を上げる。青から緑の光は海水中の光合成に利用される。青色の可視光は水深1001000m付近まで届く。水深200mを超えると人間の目では太陽光を感知することはできないが、1000mでも感知できる海洋生物が存在する。それぞれの層の水が水槽の中にあり、実際に明るさがわかるようになっている。
●深さと水温
表層、中層、一番下の層で水温は大きく異なるが、それを実際に触って体感できる。壁に組み込まれた窓の向こうに三層それぞれの水が入っており、窓に触ると、表層と一番下の層の温度差は歴然。深海の水は約2度で冷たい。
●深さと溶存酸素
海水に溶け込んでいる酸素(溶存酸素)の濃度は表層では高く、その下の層(水深1501500m付近)では有機物の分解などにより濃度は低くなる。しかしさらに深くなると、再び酸素に富んでくる。酸素は表層でしか産生されないため、北極や南極に近い高緯度域で、冷たく酸素に富む水が深層へと沈み、それが深層海流によって運ばれてくると考えられている。一番深いところで酸素が多いって知らなかった。
●高圧の世界
13092001_2 有人潜水調査船「しんかい6500」は6500mまで潜れるが、そこでは親指の爪くらいの広さ(1cm2)に軽自動車ほど(670kg)の水圧がかかる。てのひらくらいの面積には大型バスくらいの水圧(16トン)、「しんかい6500」には9万トンの水圧がかかることになる。想像つかん。ちなみに、水圧とは、水の中に物を沈めるとかかってくる水の重さのことで、水の重さは1cm3で約1g。って、この辺のこと、中学あたりで習ったんだろうけど、チョー苦手だったな。
ついつい面白くて色々書いちゃったけど、長くなるので、ここからは大端折り。
2章「深海に挑む」
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まず、深海探査の歴史が紹介されている。
187276年のイギリスの「チャレンジャー号」を先駆者としてアメリカやロシアが調査を行った。1950年のデンマークの「ガラテア号」による深海生物調査はガラテアレポートとしてまとめられ、現代の深海生物研究の草分けとされている。
13092004_2 様々な進歩があって、今では人を乗せて6500mまで潜れるようになったわけである。「しんかい6500」の実物大模型を見ると、3人乗りの耐圧殻(コックピット)は狭くいろんな機器がぐるっと設えられ、下の方には覗き窓がある(「ダイオウイオカ」の放送を思い出した)。
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万トンもの水圧に耐える容器を作り出す人間ってすごい。私はいつも、物をつくる機械、機会をつくる機械、をつくる人間の能力に感心している。
有人探査船では、船体下部の2本の腕を内部から操作して、海底の生物や岩石などを収集している。その映像が流れていたが、100100中なわけではなく、時には生物を取り逃がしてしまうこともあるそうだ。
深海では、無人探査機も活躍する。自律型無人探査機「うらしま」はいわば海中ロボットである。
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3章「深海生物図鑑」
なんと、日本では1775年に木村蒹葭堂(けんかどう)という人が書いた「奇貝図譜」に水深150300mに生息するベニオキナエビスという貝の図がある。世界最古の記録らしい。標本採取は漁業の発達に伴って行われていたようだが、あの時代にそんな深いところの生物を取っていたとは、日本の技術ってすごい。
それにしても、深海にはなんと多種多様の生物がいることか。太陽光のほとんどない世界に住むなんて考えられない私としては、彼ら、何考えて生きてるんだろう、どうやって生きているんだろうなんて考えてしまう。でも、彼らだってそういう世界で生きるための智恵っていうか、環境に適応しながら生きてきたわけだもの。
4章「深海に生きる」
今の私の疑問に答えてくれるのがこの章。
●深海生物の栄養分はマリンスノーが運ぶ
マリンスノーは植物プランクトンや動物プランクトンの糞・死骸である。ちなみに「マリンスノー」という言葉は日本人研究者が名づけたもので、世界中でこの言葉が使われている。植物プランクトンは太陽光の届く表層でしか光合成を行えないが、マリンスノーになりやすい。しかし、有機物であるマリンスノーは沈む途中で中・深層の微生物によって分解されたり、動物に食べられたりするため、深海底にまで達するのは数%のみである。
●生物の鉛直移動
中層の生物たちには微生物が豊富な表層へ移動して餌を食べるものも多い。普段薄暗い中で生活している彼ら明るい表層へ出ると大型動物に食べられてしまうかもしれない。そのリスクを避けるため、夜に表層へ移動し、昼間は中層に戻るという日周鉛直移動を行っている。光合成を行う生物は中層の生物に食べられることにより、中層の食物連鎖に組み込まれる。
●中・深層の食う・食われる関係
マリンスノーや植物プランクトン、他の動物プランクトンを食べるプランクトンは、今度は魚類やクラゲ類などに食べられる。クラゲの中には、他のクラゲ類を食べるものもいる(クラゲとして大きく括れば共食いか)。中・深層の魚類が大きな口や鋭い歯をもっているのは、餌を得る機会が少ないため、確実に捕えることができるようにするためである。そのほかにも深海で暮らしていくための工夫が彼らの体に見られる。
●棲む
中・深層、あるいは海底だってとても生物の住む環境ではないように思うが、数百度の熱水が噴き出していたり有毒な化学物質が湧き出していたりの極限環境に棲む生物だっているのだ。光合成生態系に対し、化学合成生態系と呼ばれる特殊な生態系は、海底火山の周辺に存在する。日本周辺にはそういう場所がたくさんある(だろうね)。ちょっと信じられないけれど、どんな世界にも生き物はいるっていうことか。
もうひとつ、クジラの死骸を食べる生物たちがいる。コンゴウアナゴ、ヌタウナギ類(アナゴとかウナギって嫌いなんだ。ますます苦手になる)、大型甲殻類、サメなどがまずは肉を食い尽くす。これに数カ月から数年かかるんだって。そして骨が露出すると、ゴカイ類が骨を食べる。これも数カ月から数年続く。やがて骨の中の有機物や死骸の下の泥にしみこんだ有機物が腐敗し、硫化水素が発生、化学合成期がはじまる。二枚貝などが密集するこの時期は数十年以上に及ぶこともある。骨の中の有機物がすべてなくなると、骨は単なる構造物として、生物の住処になるが、この時期を直接観察した例はないそうだ。なんか、エグいと感じるのは人間の傲慢か。
5章「深海への適応」
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巨大化する(ダイオウイカ、タカアシガニ等)、光る(チョウチンアンコウとか)、姿を隠す(発光したり、体が目立たない色だったり)、子孫を増やす(雌雄一体化してたり)などなど、この章も非常に興味深い。全部触れると長くなるからここでやめておこう。
このあと、「深海シアター」(ダイオウイカや深海生物などの映像)、6章「深海の開発と未来」(深海生物の産業や医療への応用)が続く。深海キッチンなんていうのも面白かった。寿司のタネ、フィッシュバーガーの原料となる魚など、深海魚とその加工された姿が並べ13092006 られてある。
最後は、研究者たち(この展示に関わったすべての研究者の顔写真と名前が貼ってあって、親しみを覚えた)が撮影した色々な生物たちの写真。それぞれの「この一枚」みたいな感じで、生物に対する愛情が感じられ、微笑ましい思いで見て歩いた。

深海を何となく面白いと感じたのは、むか~し、学校が連れて行ってくれた「太陽の届かぬ世界」を見てから。その興味が大きくなったのはNHKの「ダイオウイカ」なのはご多分に漏れぬ。夏休みを避けたけど、やっぱり人気なんだな。

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時々食べるのり弁の白身魚フライは、ニュージーランドヘイク(ヒタチダラ)30~1000mに棲息しているんだそう。ずいぶん深度の幅が広い。キンメダイも200~800mの深海魚なんですって。

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2013年9月19日 (木)

いい月だ

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明るく、いい月だ。肉眼でもはっきり模様(?)が見える。地球儀みたい。
まさに中秋の名月。
人は亡くなるとお星さまになると言うけれど、今夜は亡くなった人が月にいるような気がする。

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涙…さようなら清太夫さん

竹本清太夫さんがお亡くなりになった…。
顔を真っ赤にして床から落ちそうになるほどの大熱演、いつも感動して大好きでした。
お見かけしなくなって心配していたある時、病気療養中だと知り、心の中でいつも復帰を祈っていました。それがかなわない…ショックです。
歌舞伎座で清太夫さんを見たかった、聞きたかった。ご本人もどれだけ無念だったことか…。
清太夫さんの復帰を待っていた勘三郎さんのほうが先立たれて…天国で勘三郎さんと再会して、勘三郎さんに合わせて語っていらっしゃるかしら…。
亡くなったのは9月1日午後4時4分のことだそうです。79歳。
長い闘病生活、本当にお疲れ様でした。
心からご冥福をお祈りいたします。

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2013年9月18日 (水)

次は2021年までお預け

130918moon 明日は満月。
中秋の名月は必ずしも満月にはならないんだけど(って、恥ずかしながら知らなかった)、今年は2011年、2012年に続いて中秋の満月になるそう。
で、次の中秋の満月は何と2021年なんですって!!
私はその時まで元気に生きていられるかどうかわからないから、明日、ちゃんと見ておこう。

写真はさっき撮った十四夜の月(そういう言い方あるのかな)。
ちなみに、十五夜は①旧暦の毎月15日の夜、②旧暦9月15日の夜のこと。
月に関する詳しいお話は→ココを。
↑う~ん、電線だらけだ



中秋、すなわち旧暦8月15日に必ずしも満月にならない理由は…。え~と、それも→ココに丸投げ。

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2013年9月17日 (火)

圧倒的な猿之助シャイロック:「ヴェニスの商人」

916日 「ヴェニスの商人」(さいたま芸術劇場)
正統を自認する多数派と、そこから排除されるべき少数異端の戦い、明らかにそう見えた。多数派から見たら痛快喜劇、少数異端から見たら痛恨悲劇とでも言おうか。以前に市村正親・シャイロック、寺島しのぶ・ポーシャ、藤原竜也・バッサーニオを見た時は、子供の時に読んだ本との印象がだいぶ違って混乱したものだが(混乱したおかげで、シェイクスピア戯曲全集なんて買っちゃったのだが、これが坪内逍遥訳で難しいんだわ)、今回は猿之助さんの演技も相俟ってそれがはっきり見えたような気がした。
裁判の場では思わずシャイロックに肩入れしたくなって、何度も手を握りしめた。後でプログラムを見たら、蜷川さん自身がシャイロックに肩入れしていたようで、それなら観客が同じ思いを抱いても当然だと思った。
猿之助さんは、薄汚いひげをはやし、ちょっと見には誰だかわからない老いを感じさせる姿で登場。ユダヤ人としての姿形はもちろんだが、雰囲気で<違う人間>だとわかる。さらに1人だけ他の役者とは異なる歌舞伎調演技で、シャイロックがキリスト教徒の町にあって異な者であることがくっきりと浮き彫りになる。猿之助さんのうまいところは、歌舞伎調が周囲の芝居から浮くのではなく、調和をとりながら問題を浮き上がらせることである。
歌舞伎的演技は時に義平次であり、時に鬼か妖怪であり(赤く塗った舌を出して見せた時には、ここまでやるかと驚いた)、時に弁天小僧であり(男だとバレて「ごめんね」と言う前に血管が切れそうなほどものすご~い顔するでしょ、裁判で負けた時、あれのもっとキョーレツなのをやった。まさか「ごめんね」って言い出すんじゃないかと思ったくらい)、舞踊の時によくやるように勢いよく膝で前進したり(驚きの声があがった)。
シャイロックがアントーニオの友人たちに向かって切る啖呵(と言っていいかどうか)は圧巻だった。排除される者の心の叫び「ユダヤ人には目はないというのか」「ユダヤ人は針で刺されても痛くないというのか」を等々、心の叫びに思わず私は泣きそうになった。嫌われつつも金に頼り、アントーニオの肉にこだわる理由がわかるような気がした。
裁判でこてんぱんに打ちのめされ、多数派の嘲笑を背に受け、通路を力なく、老いが急激に増したように、しかし足はしっかり地を踏みしめながら前を向いて去る姿は、カメちゃんは熊谷のように無常観を表したいと言っているが、私にはそれに加えて怨念のようなものが感じられた(矛盾するけどね)。シャイロックにとっての最大の打撃は、無理やりに改宗させられたことであろう。ユダヤ人の信仰に対する矜持は娘のジェシカが恋人であるキリスト教徒・ロレンゾーと結婚できるなら改宗するわ、と簡単に言えるほどのものではないはずである。ラスト、シャイロックは首にかけられた十字架をむしり取り、右手でぎゅっと握りしめる。指の間から鮮血がしたたり落ちる。この凄まじいシーンは原作にはないから初めて見た。カメちゃんとはわからないほど薄汚い老人の、その手だけが若く美しいのが印象的だった。

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2013年9月16日 (月)

今見て面白かった「マグマ大使」、「仮面ライダー」

7月にNHKBSプレミアムで手塚・石ノ森の特集をやっていて、その中で2人のTV作品初回・最終回大集合っていうのを3回分録画した。それをやっと先週から見始めた。
最初の録画は、「マグマ大使」「仮面ライダー」「がんばれ!!ロボコン」で、今、ロボコンの初回を見始めたところ。
なんと、懐かしい「マグマ大使」!! 昔、好きだったんだ、マグマ大使は。
岡田真澄が若い若い、男の人って年齢があがると顔が大きくなる人が多いけど、岡田真澄も若い時は細くて、当時としてはバタくさすぎたかもしれないけど、今見てもバタくさい(表現古い?)。子役時代の江木俊夫も懐かしい。
「マグマ大使」は全52話で、第1回は1966年7月4日放送の「わたしがゴアだ」。最終回は1967年6月26日「宇宙の帝王ゴア対マグマ大使 最後の戦い」。
特撮とかそりゃあ、今とは比べ物にならないけれど、去年現代美術館で見た「特撮博物館」での特撮の歴史を思うと、この時代にテレビ実写ドラマとしてこれだけのものを作ったことに感銘を受ける。
第1話でいきなり村上家が2億年前の世界にタイムスリップしてシュール!! ゴアもあんまり悪人顔には見えない。
最終話ではマグマ大使に家族がいた。マグマ大使と違って奥さんと子供は人間の姿で頭にアンテナのついたヘルメットをかぶっている。でもみんなロケット人間だから、何かの時にはロケットに変身する(シュール)。何話目から出てきたんだろう、家族の存在は全然知らなかった、というのか記憶に残っていない、というのか。村上家はともかくマグマ家もこんなホームドラマチックだったっけ。マグマ大使は一家は、地球の創造主アースが作ったんだって。奥さん役があの失神女優・応蘭芳(おうらんふぁん)だったとは。
「仮面ライダー」にはまったく関心がなく全然見ていなかったので新鮮。
藤岡弘も当然ながらまだ名前に「、」がつく前で若いけれど、全体としては今とあまりイメージが変わらない。
全98話で、第1回が1971年4月3日放送の「怪奇蜘蛛男」。本郷猛がどうして仮面ライダーになったかの経緯が描かれる。ノーヘルでバイクに乗ってたけど、当時はOKだったのかな。今の感覚で見ていると危険きわまりなくてはらはらする。島田陽子が出ていたのでびっくりした。
最終回は1973年2月10日「ゲルショッカー全滅! 首領の最後!!」で、佐々木剛(こちらも懐かしい)演じる仮面ライダー2号・一文字隼人がいて、1号の本郷猛と力を合わせてゲルショッカーをやっつける。指揮官のブラック将軍は爆死するが、その勇敢さをライダー1号・2号は讃える。
仮面ライダーの面白いところは、1号も2号も彼ら自身がショッカーによって作り出された改造人間であるということだろう。危うく脳まで改造されてショッカーの仲間にされるところを、1号はショッカーに無理やり協力させられて本郷を改造人間にした緑川博士に、2号は本郷猛に救い出される。本郷は緑川博士とともにショッカーのところから脱出するが、自分を改造した博士と救ってくれた博士との間で葛藤する。博士は初回でショッカーの犠牲となる。初回と最終回だけではよくわからないが、恐らく本郷はその後も、自分の出自がショッカーであることに葛藤していたのではないだろうか。そんな風に考えると又興味深い。
「マグマ大使」も、「仮面ライダー」も、今見て面白い。
そしてこの2つとは趣が全然違うロボコンも、出だしから面白い。

実は、9月8日まで現代美術館でやっていた「手塚治虫×石ノ森章太郎 マンガのちから」を見たかったのだけど、何しろ暑いのと遠いのとで、チャンスを逸した。「ぶらぶら」でやっていたのを見て、それでいいか、と思ってしまったこともある。でも、こうして初回と最終回だけでも見ると、やっぱり行くべきだったかなとちょっぴり後悔。

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2013年9月15日 (日)

170年ぶりの神仏習合声明公演:「天野社の舞楽曼荼羅供」

914日 天野社の舞楽曼荼羅供(国立劇場大劇場)
天野社って神社だよね、それで声明公演? 11月には比叡山の声明公演があるし、え?え?とまず混乱し、チケットを取ったのがだいぶ遅くなってしまった。しかもはじめ間違えて月末の太鼓のチケットを取ってしまい、さらには公演日は94日だと思って前日家を出る時間とか予定を立てている最中に間違いに気づいたという体たらく。間違いついでにもう一つ。声明公演はたいがい二部に分かれているので(いつも私は前半しか見ない)今回もてっきりそうかと思ったら、今回は全部が一度に上演されるのであった。
で、神社なのに声明公演というのは…。以下、プログラムを参考に。
天野社は高野山の中腹にあり、かつて盛大な舞楽法会が行われていた。いっぽう高野山上の金剛峰寺では古来管絃歌舞は禁止されていた。しかし僧侶たちは定期的に天野社に下りてきて、曼荼羅供などを営んでおり、天野社で行われる舞楽、田楽、猿楽などに接していたと思われる。とくに鎌倉末期に始まった遷宮の際の舞楽曼荼羅供は高野山をあげての一大法会であり、高野山僧侶の声明と京都・奈良・大阪から招いた楽人による舞楽とが神々に捧げられたのである。まさに神道と仏教の共存である。天野社のある紀伊山地はそこに注目されて世界文化遺産に登録されたそうだ。
しかし、明治の神仏分離政策により天野社と高野山との関係は断ち切られ、舞楽曼荼羅供は行われなくなって今日に至っている。したがってこの度の公演はなんと天保10年以来170年ぶりなのだとか。
13091501syomyo_2 そんな貴重な法会を見ることができたのは実にありがたい。迷いながらも見ることに決めてよかった。だけど、3階席なのにオペラグラスを忘れてしまって…。
さて、舞楽曼荼羅供は本来神社の境内で行われるものである。それを国立劇場の舞台という限られた空間にもってくるのだから、舞台設定にいくつかの配慮が加えられている。写真のように、手前を舞楽舞台、奥を道場とし、鳥屋口は僧侶が集まる集会所、花道は太鼓橋に見立てている。また、本来道場には2つの壇を置くが今回は正壇のみとし、大阿闍梨と舞楽の舞は本来の向きである奥(ご本尊がおわす)ではなく客席を向くようにし、楽座も左右入れ替わっている。つまり、我々は鳥居から道場を見る形なのであるが、舞台は逆にご本尊側から眺めるということかな。
法会は資料によれば56時間かかるが、劇場公演用に2時間15分に短縮したということである。
以下、かいつまんで。
集会(しゅうえ)の鐘が鳴る。最初ゆっくり次第に早く、それを3回ほど繰り返し、最後はゆっくり3つ鳴る。
「振鉾」
左右の楽座に着いた楽人たちが舞楽を奏でる中、鉾を持った人が下手から舞楽舞台にあがり、鉾で舞台を浄める。この人が下手へ引っこむと、上手からも同様に鉾をもった人が現れて舞台を浄めた。正式には天神に供する節(左の舞人)、地祇に供する節(右の舞人)、先霊を祀る節(左右の舞人)の三節から成るが、今回は三節は省略。浄めの舞というのは、東北の伝統芸能でも似たようなのを見たと思う。大きな社から小さな村の社まで、共通していたのだなあ。
「庭儀、庭讃」
庭儀は、集会所から僧侶たちが道場へ向かうまでを言う。ここでは鳥屋くちから花道を通って舞台まで。花道で2列になった僧侶たちが向かい合い、四智梵語の庭讃を唱える。1人が素晴らしい声で唱え、全員が唱和する。讃の終わりにはシンバルのような楽器がジャ~ン、ジャ~ンと打たれる。僧侶たちが舞台へ進む。列の終わりに赤い傘をさしかけられた位の高そうなお坊さまがいらした。あとで分かったのだがそれが大阿闍梨様だった。大阿闍梨とは、「密教で、修行が一定の階梯に達し、伝法灌頂により秘法を伝授された僧」(広辞苑)のうちとくに徳の高い方のこと。とにかく偉いお坊さんである。それなのに、傘をさしかけるお坊さんは背が大きいなとか、1人だけ裃姿だなとか、下世話なことを考えてしまった。

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2013年9月14日 (土)

なんだかなあ

13091401caution
半蔵門駅で。
見えにくいけれど、上方の手すりにある黄色いのも、同じステッカー。
なんだかなあ…。

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2013年9月13日 (金)

椿姫で延命:イグノーベル賞

毎年楽しみにしているイグノーベル賞が今年も発表になった。
7年連続で日本人が受賞である。
今年は、「心臓移植したマウスにオペラを聞かせると生存期間が延長した」という研究(帝京医大・新見正則准教授他)が医学賞を、「タマネギの催涙成分を作る酵素」発見(ハウス食品・今井真介研究主幹他、石川県立大学・熊谷英彦学長)が化学賞を受けた。

マウスの実験は、心臓移植術後7日間、音楽を1日中聞かせたところ、平均生存期間はオペラ(ヴェルディの「椿姫」)群26日、モーツァルト群20日、エンヤ群11日、音楽を聞かせなかった群7日であったとのこと。音楽により免疫抑制細胞が増えたらしい。興味深い研究である。免疫に関する理解能はゼロに等しいので読んだってわからないだろうけど、検体数とか、他にどんな曲を聞かせたのかとか、モーツァルトは何の曲だったのかとか、人間への応用可能性とか、そういうことをもっと詳しく知りたい。
玉ねぎのほうは、既に催涙成分はわかっているはすだがと思っていたら、2002年に別の酵素を発見して、切っても涙の出ない玉ねぎも開発されているそうだ。玉ねぎは普段あまり食べないので特別な関心はなかったが、最近動脈硬化予防に少し食べるようにしているから、これも面白いと思った。ハウスの研究だっていうところがミソなのは、レトルトカレー開発中の発見だというから。
なお、授賞式にはマウスの着ぐるみを着た研究者が「椿姫」を歌って大ウケしたようだ。受賞者のスピーチは笑いをとらなくてはならないらしいから、その点はバッチリだね。

イグノーベル賞には皮肉を込めて贈られるものもあるが、趣旨は「人々を笑わせ考えさせてくれる研究」(Research that makes people LAUGH and then THINK)である。日本人の受賞として私の印象に残っているのは、バウリンガル(2002年平和賞)、34年間自分の食事を撮影し続け食物が人体に与える影響を分析しているドクター中松(2005年栄養学賞)、ウシの排泄物からバニラの香り成分を抽出(2007年化学賞)、粘菌コンピュータ(2008年認知科学賞。このチームの3人は別のチームでこの研究を発展させ、粘菌を使った鉄道網の設計で交通科学賞を贈られている。粘菌は南方熊楠の伝記を読んで以来ちょっと興味がある)、わさび警報器(2011年化学賞)である。
世界の受賞者一覧を見ていると、ほんと独創的な研究がい~っぱい。確かにちょっと笑っちゃうけれども実生活に役立ちそうな研究には目を引かれる。
たとえば今年、ハイジャック犯を通路に仕掛けた落とし穴に落してパラシュートで警察直行という装置を考え出して
安全工学賞を受けたアメリカの研究なんか、可笑しいけれど実用化されるといいなあと思う。
これからもイグノーベル賞に注目だ。

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2013年9月12日 (木)

相容れない男と女の価値観:「今の私をカバンにつめて」

910日 ミュージカル「今の私をカバンにつめて」(青山円形劇場)
円形劇場には何度か足を運んでいるが、とにかく俳優さんとの距離が近いのが魅力だ。今回はG2さんのところで取ってもらった席で、なんと、ほぼ正面でしかも最前列。円形劇場で正面というのは、このお芝居ではバンドのステージが壁際に作られていて、その向かいが正面っていうこと。こんなに近くなくてもよかったのに…時には俳優さんが躓くといけないと心配して、自分の足を思いきり引っこめたくらい。でも、やっぱり近いのはありがたい、嬉しい。
作品自体は初演ではないのだが、私は初見。何の前知識もなく見たが、と~っても面白かった。
プログラムはなく、入口でたくさんのチラシと一緒にもらった、3ツ折状態でA5サイズのリーフレットがプログラムがわり。「開演後3分間はお入りになれません」とのアナウンスだが、いつが開演だったのか。バンドメンバーやコーラスガールが客席入口のドアから入ってきて、(後でわかるのだが)ナイトクラブの客席をセッティングし、歌を歌う。そこへ主役の2人が前後してやはり客席ドアから入ってくる。だから3分間は席につけないのね。
70
年代アメリカのナイトクラブ。歌手ヘザー(戸田恵子)が、マネージャーのジョー(石黒賢)に見せるショーのリハーサル光景が繰り広げられていく。ショーはすべてヘザーが構成したもので、コーラスガールのシェリル(入絵加奈子)とアリス(麻生かほ里)、マルチプレイヤーのジェイク(植木豪)、バンドメンバー自分が作った歌を中心に芝居も交えて進行する。
しかし、ジョーは1曲目が終わらないうちに、曲を止めさせ、ダメ出しをする。言い合うヘザーとジョー。何とか次の曲、そして寸劇に入っても、そのたびジョーが止め、言い合い。物語はこれを繰り返しながら進行する。

なぜ、ジョーが止めるのか。ヘザーには全米ヒットが1曲ある(ジョーがその曲のヒットぶりをコーフン気味に話し出すと、ヘザーが「89位だったけどね」とテンションを落させるそのタイミングと言い方が絶妙)が、今はヒットがない。ヘザーのメジャー復活をもくろむジョーは、音楽関係者が多数集まる今日のショーはその曲を中心に勧めたいのだ。しかし、ヘザーは違う。
実は今日はヘザーの35歳の誕生日。ここも笑った。だって、本当は39歳だったんだもの。ジョーにさえ、4歳サバ読んでいたことがヘザー自身の口からあっけらかんと明らかにされる。ヘザーとしては、この日に、自分の過去、新しい生き方をつづったショーを見せたかったのだ。
ジョーにしてみれば、ヘザーの両親の仲がとっくに冷めていたこと、ヘザー自身も離婚していたこと等々、そんなショーでわざわざ客に知らせることはない。しかしヘザーは結婚を含めてこれまでの人生は自分が演じてきたものであることに気づき、虚構の自分にはもうウンザリしている。ありのままの自分をさらけ出し、前に進みたいヘザー。その11つのエピソードが歌と芝居で語られて、これが非常に面白い。原作のセリフがそうなのか、三谷幸喜のセリフなのか(翻訳、上演台本は三谷さんなのだ)、くすくす笑わされたり、大笑いさせられたり。
一方、虚構の中でこそヘザーは輝いていると思っているジョー。よしんばそうでなくても、また百歩譲ってヘザーの新しい生き方を認めるにしても、「今日でなくていい」。そういう歌を聞いたら不快に思う客もいるかもしれない、大事な客を不快にさせたら大変なのだ。2人の主張はまったく相容れない。
要するに、男は頑固に保守的で、女の自立を認めないのだ。ジョーの言い分を聞いていたらだんだんハラが立ってきて、2人の間に入ってヘザーの肩を持ちたくなってきた。

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2013年9月10日 (火)

日本人だから、日本人なのに…「和様の書」

94日 和様の書(東京国立博物館)→ルーヴル美術館展(東京都美術館)
「和様の書」展は8日までだったので、又駆け込み。
まず、和様の書とは何か。日本の文字のはじめは中国からもたらされた漢字であるし、当然ながら書も中国風だった。やがて、日本の文化の中で独自に発展していったのが和様の書である。ということだそうです(私には和様も中国風も区別がつかない…)。
展示は第1章「書の鑑賞」、第2章「仮名の成立と三跡」、第3章「信仰と書」、第4章「高野切と古筆」、第5章「世尊寺流と和様の展開」で構成されていた。
いわゆる「書」ばかりでなく、文字のあしらわれた工芸品や能装束なども展示されていて、それらは絵と文字を組み合わせたりして意匠が洒落ている。亡父が自己流ながら書をよくし、文字を様々に組み合わせたり分解したりして意味ある文字を作り、また数字絵を得意とするなどシャレた遊び心たっぷりの人だったので、こういうものを見ると、亡父を思い出すし、見せてあげたかったなあと思う。また、父も紙へのこだわりを見せていたが、雲母(きら)模様の唐紙、継色紙といった紙の素晴らしさも堪能できた。
全展示数約150のうち半数以上が国宝・重文というすごさ。世界各地には紀元前からの美術品などがたくさん残っており、良い状態で保存されているものも多々あるが、美しく書かれた文字をこのように美しく残している日本という国を誇りに思うし、書を見ると日本人でよかったと思う。とはいえ、情けないことに私には読める文字はほとんどないし、したがって歴史上の人物の手紙とか見ても何が書いてあるかわからない。読もうとしても疲れるだけである。いやあ、日本人として情けない、とほんと悲しくなったわ(父の毛筆の日記さえ、読めないのよ)。
しかし、以前にも清盛の書を見て思ったことだが、歴史上の人物でしかない彼らが、実際の文字を見ると、血の通った1人の人間として身近に感じられるから不思議だ。信長、秀吉、家康の中では家康の書が一番好き。三跡では藤原佐里の文字が気に入った。藤原俊成の書では、国立劇場で見た歌舞伎を思い出した。「一谷嫩軍記」の通し。序幕堀川御所の場で、俊成の娘が父の使いとして義経の前に現れ、実は忠度の作った歌を、俊成編纂の勅撰集に入れていいかどうかを尋ねる、義経の岳父と俊成の娘の間に一悶着あるという場面である。
大変充実した展示だったので、非常に疲れた。
それなのに、その後、ルーヴル展をはしご。なぜそんな無茶をしたかと言うと、友人に付き合ったためである。ルーヴル展はもう一度行きたいと思っていたので、つい付き合ってしまった。行動は単独に限ると決めているのだが、時にはこういうこともある。そんなわけで思い切り疲れたけれど、ルーヴル展ではあの美しいギャビーのディアナに再会し、たっぷり眺めさせてもらったから、いいか。

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2013年9月 9日 (月)

えっ?!、原田さんっ!!

小説家の原田宗典さんが覚せい剤と大麻所持で逮捕というニュースに接して、少なからぬショックを受けた。
原田さんの作品は主にエッセイを何冊か仕事で読んだことがあるだけだが、軽い内容ながら共感を覚えたり、年齢は違っても共通する時代の思い出が描かれていたり、けっこう面白く読んだものだった。思わず吹き出すこともあって、電車の中では読まないようにしていた記憶もある。
最近、原田さんの名前を見かけないのは、私がそっちの仕事をやめたためかと思っていたが、こんなことで再びその名前に接するとは…。
えっ‼! 原田マハさんって宗典さんの妹さんだったの
sign03 ぜ~んぜん知らなかった。そっちのほうがショックだったりして。


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2013年9月 8日 (日)

面白かったあやしの世界「陰陽師」:九月花形歌舞伎夜の部

97日 九月花形歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
新作の「陰陽師」、面白かった。
開演前に既に音楽(き乃はち)が流れ、もう安倍晴明の世界へ一歩踏み入れたような気分になる。
お芝居の間じゅう、ほぼ客席は暗い。3幕いずれも開幕前に、遅刻するとしばらくの間席に案内できないと注意のアナウンスが入る。場の数がやたら多いのは新作だからだろうか。時々映像を使って「二十余年前 秋の都」とか「その四年後」とか映し出されるから、居眠りしてるとわからなくなるよ(暗いから反射的に眠くなるのよね。とくに暗転の時。でも、面白いから寝ずにすんだ)。ちゃんと見てれば、筋は追いやすいと思った。序幕だけ、簡単に紹介。
序幕第一場「都大路」。真っ暗な都大路に晴明(染五郎)と源博雅(勘九郎)と従者の姿が浮かび上がる。不吉な星に何かの気配を感じた晴明は五芒星の結界を作り(照明で床に映し出されるこの結界が幻想的)、ここから決して出るなと警告する。しかし恐怖のあまりかじっとしていられなくなった従者が百鬼夜行に捕われ犠牲となる。その後、大きな龍のようなものに乗った滝夜叉(菊之助)が2人の前を通り過ぎる。龍に乗った美女と言えば海神別荘だが、こちらは暗くおどろおどろしい。でも菊之助さんが爽やかにきれい。
白塗りの染五郎さんはまさに貴公子。金太郎クンが似ている、と思った。
第二場は20余年前の都大路。将門(海老蔵)とその乳母子の桔梗前(七之助)が将門の親友の俵藤太=藤原秀郷(松緑)と別れ、東国へ赴く経緯が描かれる。この時の将門は、牛馬以下に扱われる東国の人々を助けようと、荷車をぶんぶん振り回したり大暴れ。そして都のいじめから東国を救うべく東国へ戻ることを決意する。秀郷は都に残ることになるが、思いを寄せている桔梗前は将門と行動を共にすることになり、秀郷は渡そうとしていた櫛を渡せないまま別れることになった。ここは覚えておこう。
第三場「御所」はその4年後。東国の将門を討つよう貴族たちが秀郷に依頼する。秀郷は「いやなこった(とは言わないが)。将門に加わりたいくらいだ」と断るが、晴明が現れて、今の将門は秀郷が知っている将門ではないと告げ、その真偽を確かめるため、東国へ下ることにする。その際、必ず三上山を通るように、面白いことが起こるから、との晴明の言葉に従い、秀郷は三上山へ行く。ところで、この場の4人の貴族をちょっと記憶しておきたい。
晴明が月を見ていると、スッポンから大きなクロアゲハとともに変な男が出てくる。仁王襷ならぬ蝶結び襷をしているのが<かわいい>。この男、おお、芦屋道満である。演じるは亀蔵さん。なんともワケのわからぬところが面白い。
第四場「三上山」は、有名な俵藤太の大百足退治。全体的にもそうだが、とくにこの場面は上から見るのがベスト。僧兵みたいに頭から緑色の布をかぶり、赤い両腕を足のように曲げて垂らした18人の役者さんたちが腰を折って下向きになった状態で百足の頭、胴体、尻尾となっているからである(頭役には大きな触角と目玉がついている)。つまり、上から見ると、緑色の背中をした百足の一節一節が繋がったり離れたりしながら蠢いている様子がよくわかるのである。演じるほうはつらい姿勢で立ち回りのような動きをしなくてはならずさぞや大変だと察するが、見事に統率された百足ぶりは、歌舞伎らしい実に秀逸な場面であった。大蛇の精の新悟クンに透明感があり、新悟クンは精にぴったりかもと思った。秀郷は大蛇の精から黄金丸という刀と、身を守る矢をもらう。黄金丸でつけた傷は20年間ふさがらないという。ここは一番大事なポイント。
第五場は16年前。秀郷、将門、桔梗前の再会である。桔梗前はなんと将門の妻になっていた。ここで秀郷は将門に仕える興世王(愛之助)に初めて会う。
第六場はさらにもう1年前。将門の回想場面である。将門の一族が都軍に皆殺しにされていた。怒りと悲しみの将門を興世王が唆し、将門は我が子の死肉を喰らう(この場面はエグい。将門が人間でなくなったことを表すにしても将門が食い散らすはらわたは正視に耐えない)。そして興世王の秘術で将門は不死身となる。
第七場は第五場の続き。桔梗前が秀郷に、将門は昔の将門ではない、あなたの命が危ない、馬を用意したから逃げなさいと言って逃がす。別れ際、秀郷は昔渡せなかった櫛を桔梗前の手に握らせる。大事そうに胸に抱きしめる桔梗前。しかし桔梗前は秀郷を逃がしたことを興世王に見抜かれ、無惨にも殺されてしまう。
第八場。秀郷、都軍の小野好古(團蔵)、平貞盛(市蔵)が急襲をかけ、将門は秀郷の黄金丸でついに討ち取られ、首を落される。その首が貞盛の首に食らいつく。ここも覚えておこう。

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2013年9月 6日 (金)

ああいちろうのカメちゃん:テレビ情報②

猿之助さんがドラマ初主演という話題。
テレ東の水曜ミステリー「カメラマン亜愛一郎の迷宮推理」で、天才カメラマン亜愛一郎を演じるそうだ→ココ
左團次さんのは終わっちゃった番組だけど、こちらは放送日程は未定。楽しみ。

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面白すぎる左團次さんにぶっ飛んだ:テレビ情報①

昨日の「アウト×デラックス」。左團次さんが出るというので録画して初めて見た。
面白すぎて、ぶっ飛んだ
dash
内容は、ちょっとここでは…bleah
知りたい方はユーチューブとか探してね(一度、別の出演者にかわるけど、又登場するから)。

う~ん、今度意休とか見たら、笑っちゃいそう。いや、ある意味、左團次さんのご趣味は悪役に向いているかも。あ、今月は演舞場で高木小左衛門と石坂喜内か(石坂喜内は善人? 悪人? 見たことないのでわからない)。見るときにはこの番組の左團次さんは思い出さないようにしよう。

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2013年9月 5日 (木)

若手の真摯な取組みで面白く見られた「新薄雪物語」:九月花形歌舞伎昼の部

93日 九月花形歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
「新薄雪物語」
5
年前の6月にやはり通しで見たことがある。この時は、薄雪:芝雀、籬:福助、左衛門:錦之助、妻平:染五郎、大膳&民部:富十郎、幸崎伊賀守夫婦:吉右衛門・魁春、園部兵衛夫婦:幸四郎・芝翫というそうそうたる配役。それを若手だけで演じる、とくに幸崎伊賀守、園部兵衛はどうなんだろうという懸念がなくもなかった。
ところが、そんな懸念はどこへやら。「花見」は花形ゆえの美しさ、燃え上がる恋心の激しさがじかに伝わるし、「詮議」には緊張感があったし、親心がぶつかり合う「広間・合腹」はとても面白かった。
「花見」の薄雪・梅枝クンには姫君としての古風な品格が備わっており、可憐で美しい。籬の七之助さんは化粧のせいか勘三郎さんに似ていた。落ち着いた雰囲気を醸す一方で、薄雪をけしかけたり恋仲である妻平の愛之助さんとウキウキ気心知れたやりとりを交わすのがユーモラスで楽しい(ただし、姫と左衛門の恋模様は今一つノリが薄い)。
亀三郎さんの団九郎は出番は短いながら、存在感を示していた。悪役・秋月大膳の海老蔵さんとの絡みは嬉しい。亀三郎さんは声がいいからか、セリフが自然に耳に入ってきて、悪役ながら潔さが心地よい。逆に海老ちゃんの大膳、意外と薄っぺらな感じがした。
薄雪姫の奥女中は立役の役者さんたちが扮しており、笑わされるのだが、やや太いながらちゃんと女形としての声を出していたのには感心した。
大膳配下の渋川藤馬(新蔵)奴たちと妻平の立ち回りは色々な技が組み込まれていて面白かった。まだ息が合わない部分が時々みられたが、屋台下からの大ジャンプ、傘に身を隠した奴たちの上をジャンプする返り越し、ラストのいもむしの引っこみなど、身体能力の高い奴さんたちの見事な技を堪能した。彼らをあしらう愛之助さんも美しくカッコいい。
「詮議」では大膳の時と違って海老蔵さんの葛城民部がいい(悪役と情のある二枚目捌き役は、先代萩の仁木弾正・細川勝元2役に通じる)。大膳の悪事を見抜いたり、温情を見せたり、私は大膳の海老蔵さんよりも好きだ。亀蔵さんの秋月大学も、らしくてよかった。
詮議というのは、まあ色々あって(その間の事情は省略)、左衛門と薄雪に謀反の疑いがかけられたことについて。2人は互いに、相手の家に預けられることになる。
松緑さんの老け役はとても似合っている。吉弥さんとの夫婦役にも違和感がない。吉弥さんが、若い2人の理解者として大きなあたたかさを見せていた。
「広間・合腹」は、筋を知っていてもはらはらしたりうるうるしたり。
染五郎さんの兵衛は若さは否めないながら、父親としての大きなものを感じさせて安心していられた(吉右衛門さんの大きさに通じるものがある)。男っぽくてかっこいいし。菊之助さんの梅の方はここで初めて登場する。染五郎さんともども勘九郎さんの両親役としては若いが、梅枝クンの親としては違和感はほとんどない。

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2013年9月 4日 (水)

福助さん、歌右衛門襲名記者会見

私は今日はほぼ1日外出していたので、記者会見がテレビで放送されたのかどうかわかりませんが、歌舞伎美人に出ていたので。
ココです。
うかれ坊主様がコメントで教えてくださったように、「福助の名跡は一瞬たりとも空白にすべからず」との五代目歌右衛門の遺言があったとのこと

また、歌舞伎座での歌右衛門襲名は、亡き芝翫さんが遺言の形で松竹に依頼していたという。
なお、芝翫の名は一時は福助さんが継ぐことも考えたそうだが、やはり橋之助さんが継ぐようになるらしい。
福助さんは、勘三郎と歌右衛門が一緒に舞台にあがれないのを残念がっている。しみじみ本当だね。

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2013年9月 3日 (火)

福助さん、歌右衛門襲名

予想通りと言えば予想通り。
問題はいつかという時期だけだったが、福助さんは悪いクセが最近直ってきたので襲名もそう遠くはないと思っていた。ついに発表になったかという感じ。
なお、十代目福助は児太郎クンが襲名するそうだ。
新しい歌舞伎座最初の襲名が歌右衛門、福助というわけだ。
福助さんはもちろんだが、児太郎クンにはよほど頑張ってもらわないと。名前が芸を大きくすることもあるわけだから、期待しています。

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こんな美術展が見たかった:「若冲が来てくれました」②

829日 「若冲が来てくれました」(福島県立美術館)
130903jakutyu 続き。
展示のカテゴリー分けも以下のようにユニークで楽しい。
1
 ようこそプライスワールドへ
1)目がものをいう
図録によれば、「今にも喋り出しそうなキャラクターがたくさん」、「『目は口ほどにものをいう』のとおりで、思わずセリフの吹き出しを添えたくなります」という作品、目力が印象的な作品等々、ユーモラスな作品が並べられている。「<かんざん>さんと<じっとく>さん」(原題「寒山拾得図」)は私の好きな曽我蕭白の作品で蕭白らしさがみられる。
2)数がものをいう
文字通り、たくさんのモチーフが一つの画面に描かれている。「<おたふく>がいっぱい」(「百福図」:雅熈)では、3人のおたふくさんを探そうというクイズつき。
「三十六人のうたの名人」(「三十六歌仙図屏風」:酒井抱一)には35人しか描かれていない。それなのに三十六人とは? 「1人はとても高貴なお方」(斎宮女御)なので奥の几帳の陰にいるのである。
前期のみの展示「<おしゃかさま>がお亡くなりになりました」(「仏涅槃図」:中路定季)は見逃したのが残念。
「よりそうツル」(「群鶴図」:若冲)は何羽いるのか、この頭は、この脚はどのツルのものなのか。見ていて楽しい。
3)○と△
異なる2つのものを対比させた作品を集めている。「雪の夜の白いウサギと黒いカラス」(「雪中松に兎・梅に鴉図屏風」:葛蛇玉)は雪の夜のしんとした空間が目の前に広がる、ちょっとぞくっとくるほどに惹かれる作品であった。「白いゾウと黒いウシ」(「白象黒牛図屏風」:長沢芦雪)はまさに○と△。象は丸く描かれ、牛は三角をなしている。そして白い象の背中には黒いカラスが2羽、黒い牛の前には小さな白い犬が。象はかなりの年配らしくおだやか、牛は若く精悍、カラスは元気そう、犬はだらんとしている。すべてが対照的で面白い。
2
 はる・なつ・あき・ふゆ
四季の植物、生き物が描かれた作品たち。「貝と梅の実」(「貝図」:鈴木其一)は、貝の蓋の毛まで丁寧に描きこまれている。
3
 プライス動物園
トラが5点。虎の絵と言えば「吃又」だが、ここに集められた虎たちは、画家たちが実際に見たことのない動物を描いているので、どこか猫っぽい。トラ皮やトラの頭蓋骨などを手に入れた画家もいて、たしかに毛並などはかなりリアルなのだが、顔が猫っぽいのだ(とくに目)。
蕭白の「野をかけまわるウマたち」(「野馬図屏風」)は、やっぱり蕭白らしいタッチでリズミックで好き。「身をおどらせるコイ」(「鯉魚図」:椿椿山)もよい作品だと思った。
4
 美人大好き
いわゆる美人画。「筆をとめて思案する美人」(「二美人図」:勝川春章)は、赤色で縁取られた遊女の手紙が印象的。「ラブレターを読む美人」(「文読む美人図」:初代歌川豊国)には、ふとフェルメールを思い出した。「雪の中をあるく美人」(「雪中美人図」:磯田湖龍斎)は清々しく美しい。
5
 お話きかせて
源氏物語をはじめとする物語、ストーリー性のある絵画が展示されている。作品のそばに場面の解説があるのだが、見比べるにはちょっと距離があるかなあというのが唯一不満。もっとも、これをほどよく並べるのは相当難しいかも。でも、解説を見て読んで作品を見ると、話がよくわかって面白い。

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2013年9月 2日 (月)

こんな美術展が見たかった:「若冲が来てくれました」①

829日 「若冲が来てくれました」(福島県立美術館)
130902fukusima ずっと見たかったこの展覧会、もう終わってしまったと諦めていたら、福島では9/23までやっていると知り、9月になったら行こうと思っていた。ところが休暇中の娘がどうしても見たいということで向こうへ戻る帰国の前々日、急遽福島へ。
素晴らしい展覧会だった。
まずは美術館のロケーションが素晴らしい。後ろに広がる信夫山が心を大らかにしてくれる。タクシーを降りた途端、心をつかまれた。
そして中に入ると、プライスコレクションの作品の素晴らしさはもちろんだけれど、何よりも展示の仕方が素晴らしい。美術展でいつも残念に思うのは、解説がわかりにくいこと。作品名も、目にしてから自分の中で消化するのに時間がかかることも多々あるし、中に書いてあることがよく理解できないことはしょっちゅう。しかしこの展覧会は違う。
たとえば、「達磨遊女異装図」(竹田春信)。漢字で書かれているから絵と見比べて理解できないことはないが、漢字ばっかり並ぶと案外消化不良になる。それがこの展覧会では「<だるま>さんと<ゆうじょ>が着物をとりかえっこ」という題名になっている。一目瞭然ならぬ一読瞭然、子供でもわかる表現なんである。また、「岩から下をのぞくサル」とか「ハチを見上げるサル」と書かれていれば、これも一読瞭然。その原題は前者が「岩上猿猴図」(渡辺南岳)、後者はただ「猿図」(森俎仙)である。
絵を見て想像する楽しみが失われるという声もあるかもしれないが、私にはこのほうが絵の内容もわかりやすくてありがたいし、絵を見て楽しくなってくるのである。ただし、これは子供や展覧会に馴染みのない人にもわかるようにとのプライスさんの意向によるもので、そうそう簡単にどの展覧会でもできることではないそうである。実際、鑑賞している最中に聞こえてきた話声からは、展覧会をあまり見たことのない人もたくさんいるようであった。この展覧会は盛岡→仙台→福島と巡回してきたのだが、どの美術館もこれまでにない人数が鑑賞したそうである(この日も平日昼間、しかも地方の美術館でこれだけの人が、と驚くほどの盛況だった)。
久しぶりに気合が入って長くなったので、今はプロローグのみ。

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2013年9月 1日 (日)

歌舞伎座、防災拠点に

歌舞伎座タワーに防災支援拠点としての機能が整ったそう。
命名権を取得した大塚HDにより「木挽町 御助蔵前広小路」と名付けられた拠点は、帰宅困難者3000人(木挽町広場に1000人、劇場内に2000人)を受け入れられるとのこと。
今日は木挽町広場で防災支援拠点ネーミング記者会見が行われ、梅玉さんが出席し、「もしもの時には歌舞伎座の地下に行けば暖かいスペースがあると安心した気持ちになっていただければ」と語ったそうだ。

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