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2013年9月17日 (火)

圧倒的な猿之助シャイロック:「ヴェニスの商人」

916日 「ヴェニスの商人」(さいたま芸術劇場)
正統を自認する多数派と、そこから排除されるべき少数異端の戦い、明らかにそう見えた。多数派から見たら痛快喜劇、少数異端から見たら痛恨悲劇とでも言おうか。以前に市村正親・シャイロック、寺島しのぶ・ポーシャ、藤原竜也・バッサーニオを見た時は、子供の時に読んだ本との印象がだいぶ違って混乱したものだが(混乱したおかげで、シェイクスピア戯曲全集なんて買っちゃったのだが、これが坪内逍遥訳で難しいんだわ)、今回は猿之助さんの演技も相俟ってそれがはっきり見えたような気がした。
裁判の場では思わずシャイロックに肩入れしたくなって、何度も手を握りしめた。後でプログラムを見たら、蜷川さん自身がシャイロックに肩入れしていたようで、それなら観客が同じ思いを抱いても当然だと思った。
猿之助さんは、薄汚いひげをはやし、ちょっと見には誰だかわからない老いを感じさせる姿で登場。ユダヤ人としての姿形はもちろんだが、雰囲気で<違う人間>だとわかる。さらに1人だけ他の役者とは異なる歌舞伎調演技で、シャイロックがキリスト教徒の町にあって異な者であることがくっきりと浮き彫りになる。猿之助さんのうまいところは、歌舞伎調が周囲の芝居から浮くのではなく、調和をとりながら問題を浮き上がらせることである。
歌舞伎的演技は時に義平次であり、時に鬼か妖怪であり(赤く塗った舌を出して見せた時には、ここまでやるかと驚いた)、時に弁天小僧であり(男だとバレて「ごめんね」と言う前に血管が切れそうなほどものすご~い顔するでしょ、裁判で負けた時、あれのもっとキョーレツなのをやった。まさか「ごめんね」って言い出すんじゃないかと思ったくらい)、舞踊の時によくやるように勢いよく膝で前進したり(驚きの声があがった)。
シャイロックがアントーニオの友人たちに向かって切る啖呵(と言っていいかどうか)は圧巻だった。排除される者の心の叫び「ユダヤ人には目はないというのか」「ユダヤ人は針で刺されても痛くないというのか」を等々、心の叫びに思わず私は泣きそうになった。嫌われつつも金に頼り、アントーニオの肉にこだわる理由がわかるような気がした。
裁判でこてんぱんに打ちのめされ、多数派の嘲笑を背に受け、通路を力なく、老いが急激に増したように、しかし足はしっかり地を踏みしめながら前を向いて去る姿は、カメちゃんは熊谷のように無常観を表したいと言っているが、私にはそれに加えて怨念のようなものが感じられた(矛盾するけどね)。シャイロックにとっての最大の打撃は、無理やりに改宗させられたことであろう。ユダヤ人の信仰に対する矜持は娘のジェシカが恋人であるキリスト教徒・ロレンゾーと結婚できるなら改宗するわ、と簡単に言えるほどのものではないはずである。ラスト、シャイロックは首にかけられた十字架をむしり取り、右手でぎゅっと握りしめる。指の間から鮮血がしたたり落ちる。この凄まじいシーンは原作にはないから初めて見た。カメちゃんとはわからないほど薄汚い老人の、その手だけが若く美しいのが印象的だった。

猿之助さんの圧倒的な演技に他の役者はちょっと毒気に当てられた、という感じもしないでもなかったが、その中で素晴らしくよかったのがポーシャの中村倫也さん。オールメールシリーズ常連のミステリアス月川悠貴さんとはまた違った魅力があり、ポーシャに対してもっていた印象をがらりと変えさせられた。ポーシャはどちらかというと知の勝った大人びた女性だと勝手に思い込んでいた。ところが中村ポーシャはおきゃんで明るく可愛い普通の女の子である。しかし、よくよく考えたら、一見無邪気そうな中村ポーシャは案外怖いのではないか。明るい愛らしさでイヤな求婚者たちの悪口を言う、夫に意地悪を仕掛ける(あの指輪の件はどう考えても意地悪でしかないでしょ)、シャイロックを無慈悲に追い詰める(確かに法に基づいてはいるんだけど、正論すぎる)、すべて彼女の排除原則に基づいているような気がしてきた。バッサーニオ以外の夫候補排除(誰かが鉛を選んじゃったらどうするんだろう)、夫における自分以外の女の排除、そして異端排除、頭のいいポーシャの仕掛けはちょっと怖い、と後々ボディブローがきいてくるよう。
しかし中村ポーシャはやっぱり可愛い。まず声がいい。歌舞伎の花形女形並のきれいな発声である。ポーシャ役が男性であるのは、ニセ裁判官になった場面で生きてくる。男性が女性役をやり、その女性が男性に化ける。まずは役者本人が男性に戻るから無理なく女性・ポーシャとの違いが出せる。しかし難しいだろうと思うのは、ポーシャはあくまで女性だから、女性の部分を残した男性でなければならないことである。この点も中村さんは実に巧みにこなしていた。毅然とした中に時々ちょこっと女性の部分が見え隠れする。それに気づくのはやはり男装の侍女ネリッサと私たち観客だけである。中村さんは男装がじつによく似合い、くるくるヘアーのポーシャよりもショートカットのポーシャのほうが断然美しく、ちょっと宝塚の男役みたいな感じもして、ずっと見惚れてしまった。
ネリッサには圧倒された。それは蜷川さんの確信犯的な配役によるものだろうが、こちらは歌舞伎で立役が演じる女形みたいな趣で、と言って全然グロテスクではなく、肝っ玉母さん的な部分が楽しめた。岡田正さん。夫となるグラシアーノの間宮啓行さんとのコンビが何ともユーモラスで、ずいぶん笑わせてもらった。

バッサーニオの横田さんはオペラグラスがなかったら鋼太郎さん(鋼太郎さんもあの高視聴率ドラマに出ていたっけ)かと思うところだ。声も喋り方も、う~ん顔も似てきたぞ。バッサーニオっていう人間は未だに摑みきれない。だいたい、この人、何やってる人? 友人アントーニオを金蔓にして、逆玉を狙って…。鉛の箱を選んだのはエラいけれど、かなり軽い人間のようにお見受けする。アントーニオはなんだって、こんなバッサーニオを好きなんだろう。横田さんがそんなバッサーニオを軽やかに演じていた。
アントーニオは、ちょっとズルい。だって法廷では潔くかっこいいのに、裏ではシャイロックに何とかならないかってもちかけていたんでしょ。それにシャイロックがあそこまでその肉にこだわるほど嫌われるようなことをしていたわけだもの。また彼にとっても金が大事。ハイリスクハイリターンなのかもしれないけれど、その金は船荷を動かすだけで転がり込んでくる。高橋克実さんは割に地の持ち味に近い感じで演じていたのではないかしら。

私のブログでも歌舞伎における拍手が時々話題になるけれど、私歌舞伎ファンでよかった。だって、今回、猿之助さんの圧倒的な演技に対して思わず手を叩きそうになっても、叩くのが躊躇われて結局終演まで一度も叩けなかったんだもの。時にかすかに拍手が聞こえたのは、間違いなく歌舞伎の猿之助ファンだと思う。
カーテンコールのカメちゃんは、いつもの客席睨み。これもやっぱり他を圧倒する。

午前9時過ぎに劇場に問い合わせたら、上演すると言う。9時ごろは風雨が強く、傘は役に立たないだろうと合羽と雑巾2枚を用意し、衣類、靴、鞄、すべてに防水スプレーを吹き付けた。そして家を出る直前、予定していた電車が止まったという情報が入ったので、遠回りの別ルートで行くことにした。13時開演のところを11時に家を出て、電車は遅延のため15分待ったけれど(私がホームへ着いてから15分。実際の間隔は15分どころじゃなかったと思う)、一度も傘も合羽も使うことなく12時には劇場に着いた。開演は10分遅らせて1310になっていた。終演後外へ出たら、空は晴れていた。迷ったんだけど台風を恐れてパスしないで本当によかった。
<上演時間>175分(13101425)、休憩15分、第285分(14401605

追記:急に思い出した。原作にはないラストシーン、
判官が切腹した九寸五分を握りしめ城を振り返る由良之助にシャイロックが重なった。

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コメント

…おお、大変でしたね。でもご覧になられてよかった!

投稿: urasimaru | 2013年9月18日 (水) 21時48分

urasimaru様
ありがとうございます。
見ることができて本当によかったと思いました。

天候ばっかりはどうしようもなく、これが地方遠征だったら諦めですものね。猿之助ファンは遠くからも見にいらっしゃるから、もしかして諦めた方もいるかもしれないなあと思いました。

投稿: SwingingFujisan | 2013年9月19日 (木) 00時07分

こんばんは。私は今日、見てきましたよ~。初めてのA席(サイド席)でしたが、わりと見やすかったです(あんまり見切れるようなセットでもなかったし)。
ラスト、あの十字架をむしり取るシーンは印象的でしたが、「ちょっとぉ、拍手が早いでしょ!!」と思ってしまいました。個人的には、もっとシャイロックの心を思って一緒に立ち尽くす気持ちでいたかったな。
中村倫也くんのポーシャ、綺麗なのはもちろんですが、明るさというか、いい意味での軽さが、救いのようにも思えます。やってることはあれですが(苦笑)。
カーテンコールの時、つくづく、猿之助と香川照之(この場合、こっちの名前よね)は似てるなぁと思ったのでした。

投稿: きびだんご | 2013年9月20日 (金) 23時22分

きびだんご様
遠路はるばるお疲れ様でした(私は北浦和駅からバスで行ってみたのですが、歩く距離が少なくて楽でしたsmile。でもきびだんご様の所からはやっぱり埼京線ですよね)。
私もA席(LA)で見ました。ほんと、意外と見やすくて、今度からこれで十分だなと思いました。次の「ムサシ」もA席なんですが、同じA席でも値段が2,000円以上も高い!!ってどういうことぉ?
ラスト、私は拍手のタイミングは気になりませんでした。よく覚えてないけど、ちゃんと間があったのかな。それともシャイロックの世界に入り込んでいて、拍手が聞こえなかったのかな。
ポーシャ、よかったですね。ああいうキャラは好きです。それだけに怖い。
猿之助と香川照之、似ていますね本当に。父親より従弟にのほうに似てたりして。香川さんはなかなか中車での活躍が見られないのが残念でなりません。襲名披露だけで終わらないように、と心底願っています。ところでドラマ、見てないけど、明日、大和田常務はどうなるのかな。

投稿: SwingingFujisan | 2013年9月21日 (土) 00時01分

はじめまして TOSSYと申します
検索(猿之助 シャイロック)からやって来ました
今日 兵庫県立芸術文化センター(西宮市)で見てきました
800席の中ホールで 全席12500円がどの日もあっという間に満席の人気ぶりでした

カメちゃん 良かったですね シャイロックの哀しみ悔しさが胸にジ~~ンときました
私も時々猿之助が香川に見えました

関西の猿之助ファンは堂々と途中でも拍手していましたよ
膝で進むところなど拍手でました

中村ポーシャ 声 抜群でしたね

妹が神奈川にいますが 彩の国に見に行って「良かった」っていっていました

悪天候の中大変な思いでいかれたのですね
私は劇場は近くで自転車で行きました

初めてなのに長々と失礼いたしました

投稿: TOSSY | 2013年10月12日 (土) 23時00分

TOSSY様
こんばんは。はじめまして。コメントありがとうございます。
猿之助さんの人気はどこへ行ってもすごいですね。今回、ポーシャでなくてシャイロックというのがまた前評価を高めたんでしょうね。そしてふたを開けたら、あの見事な演技。ほんと、シャイロックの気持ちがひしひしと感じられましたね。
途中で拍手、したかったですわ~。こちらでも「じゃじゃ馬ならし」の時は拍手が起きたような気がしますが、今回はみんな、何となく遠慮したのかもしれません。あの膝の場面はさすが歌舞伎役者、でしたね。
歌舞伎とシェイクスピアは通じるものがあるし、今後はさいたま芸術劇場のシェイクスピアシリーズ常連になってほしいなあ、なんて思っています。
香川さんと猿之助さんは本当に似ていますよね。顔の似た従兄弟どうし、歌舞伎の世界に飛び込んだ中車さんと仲良く澤瀉屋を盛り立てていってほしいと思います。

中村ポーシャ、とってもよかったですね。次回のオールメールにもぜひ出てほしいと期待しています。

妹さん、神奈川からさいたま芸術劇場にいらっしゃったのですか!! 遠かったでしょう。私も横浜に、最近猿之助を好きになった友人がいるのですが、ちょっと遠すぎるかなあと思って声をかけませんでした。でも、妹さん、楽しまれたようでよかったですわ。
自転車で行ける距離のところに劇場があるって、羨ましいです。

投稿: SwingingFujisan | 2013年10月12日 (土) 23時54分

今更(4年越し?)のコメントで、失礼いたします。
蜷川先生の1周忌追悼企画の「ゲキシネ」で、『ヴェニスの商人』、昨日見てきました! 感動しました。
私はこのお舞台は拝見していないので、「SwingignFujisan様がご覧になっていたはずだ!」と思って、映画を見る前に、こちらの記事で予習させていただきました。そして、映画(舞台?)を見てからもまた拝読し、「ですよね。ですよね。」と頷きながら、感動を新たにしております。
今から4年も若い亀ちゃんが、こんなシャーロックを演じられていたとは! 本当にオドロキでした。

突然、雷に打たれたように亀ちゃんに惚れ込んでいる、はなみずきより。

投稿: はなみずき | 2017年6月10日 (土) 20時47分

はなみずき様
古い記事を覚えていてくださって、また探してコメントをくださってありがとうございます‼
カメちゃんは本当に素晴らしい役者さんですよね。どんなお芝居でも役を深く掘り下げて、その人を作り上げ、その人になりきっている。
「ヴェニスの商人」に夢中になり、そしてカメちゃんに惚れ込んでいらっしゃるお気持、よ~くわかります。私もカメちゃんのお芝居を見るたび、そういうふうになりますもの。8月の歌舞伎座も楽しみですね。

投稿: SwingingFujisan | 2017年6月12日 (月) 23時47分

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