« 三津五郎さん退院 | トップページ | 仁左様休演 »

2013年10月 3日 (木)

動物がいいのだ:竹内栖鳳展

101日 竹内栖鳳展(国立近代美術館)
13100301seiho まったくお恥ずかしいながら、竹内栖鳳って誰?だった私(近代日本画の巨人とか、東の大観・西の栖鳳と言われているそうなのに)、チケットをいただかなければ見に行かなかったかも。チケットがあっても、どうしようかな~という気分だったけれど、行ってよかった!!
展示は、「第1章 画家としての出発(18821891)、「第2章 京都から世界へ(18921908)」、「第3章 新たなる試みの時代(19091926)」、「第4章 新天地を求めて(19271942)」と、時代を追っているのでわかりやすい。ただ、画題が難しくて、併記されている英語のタイトルを見て「ああ」とわかることしばしば。でも英語のタイトルは味も素っ気もなくて、たとえば「喜雀図」なんて「sparrows」だもの。東北のプライスコレクションのタイトルのつけ方が秀逸だったので、ああいうふうにつけてくれればいいのに、と思わざるを得ない。
最初の作品は「芙蓉」。179カ月の作品だということが絵の中に書かれている。画家に対して失礼な言い方だが「うまい!!」。栖鳳の作品は色々な画風から影響を受けているそうだが、逆にどの画風からも放たれて自由であるような感じも受け(わからないんだけど、決まった形がないような印象)、色彩がついているのに墨絵のようでもあり、見ていて楽しい。
屏風が多いのに驚いた。その屏風がどれもいいのだ。左隻に平安神宮、右隻に円山公園が描かれた「平安神宮・円山公園」(1896年)――このタイトルはまんまだ――から始まって、15点もあった(多分)。獅子や象、虎などの動物たちがリアルに大胆に大きく描かれている作品は迫力たっぷり。屏風に限らず、動物(鳥や魚も含めて)の描写が実にリアルなんである。栖鳳という人はとにかくよく観察したらしい。写生帖がたくさん展示されていたが(これは、いい展示だと思う)、動物の写真も多数所持していて、観察の一助にしたらしい。私が好きな屏風は「喜雀図」。大きな屏風の下の方に小さな雀が数羽という空間の広さもいいし、雀たちがまるでぺちゃくちゃお喋りしているような感じでちょっと幸せ気分になる。
「雨霽」(「あまばれ」。読めないし、意味もわからなかった。併記の英語でわかった。屏風である)、「驟雨一過」の2点はどちらも雨後の鳥(後者はカラス)を描いていて、雨の日鳥たちはどうしているんだろうと時々考える私にとって、ほっとしているような鳥たちがリアルにかわいく見えてくる。
「飼われたる猿と兎」はちょっと皮肉が込められているようで面白い。
「炎暑」はひっくり返った大きな如雨露の縁にちっちゃなちっちゃな蜂が1匹描かれている。それだけで、うだるような暑さを感じる。蜂は縁に沿って上のほうへ歩いているように見えるが、炎暑の一瞬を切り取った感じで好きだ。
他にも「斑猫」、「蹴合」(シャモの絵)等々、好きな絵がたくさんある。
栖鳳の作品には人物画が少ないなと思っていたら、第3章で出てきた。「絵になる最初」は初めてモデルを務める女性が脱いだ着物を後ろ前に体にまとい、左手で顔を隠している。ひょっとしたら泣いているのかも? その恥じらい、奥ゆかしさが美しい。この絵は、以前に見たことあるかも…。これが栖鳳だったのか…。さらには、108日からの展示になる「アレ夕立に」、これも見たことあるような…。こちらは扇で顔を隠している舞妓さんで、今回は下絵のみ見ることができた。「絵になる最初」の下絵もあった。
このように展示されているのは完成した作品ばかりではなく、下絵も見せてくれていて、観察眼に加えて構図を少し変えたりと、作品が出来上がるまでの過程の一部が窺えて実に興味深い。また「船と鷗」(屏風)、「渓流」といった未完の作品もあった。
長くなるのでこの辺で終わろう。図録はさんざん迷ってやめてしまった。手元にないとほしくなる。でも、うちが図録でつぶれるといけないから(大袈裟)やっぱりここはきっぱりと諦めよう。

|
|

« 三津五郎さん退院 | トップページ | 仁左様休演 »

展覧会」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 三津五郎さん退院 | トップページ | 仁左様休演 »