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2013年11月19日 (火)

明治座昼の部

1111日 十一月花形歌舞伎(明治座)
明治座は歌舞伎座や演舞場とは違った独特の雰囲気があって、観客マナーにはちょっと疑問符がつくこともあるが、全体としては決して嫌いではない。しかも明治座の歌舞伎って1階席を取ったことがないように思うけれど(歌舞伎以外の芝居も見ているのでごっちゃになって記憶が定かでない)、3階後列はとても見やすいのだ。お弁当を食べられるソファもあるし。
「鳴神」
131119meijiza03_2 右近さんの鳴神、笑也さんの雲絶間姫、白雲坊・猿三郎さん、黒雲坊・門松さん。全体的に行儀のいい芝居で、私は行儀のいい芝居を大変好ましくは思うのだけど、ちょっと行儀がよすぎるような気がしないでもなかった。客席はよく笑っていたし、それなりに面白い。でもなんか教科書的な面白さで、うまく言えないんだけど滲み出てくるような面白さというのにやや欠けていると思った。
白雲坊の「何を聞いたというのだ」に対する黒雲坊の答えは「日本橋浜町明治座の評判を聞いたというのだ」。もちろん大きな拍手がくる。蔵の中にしまってあると言って黒雲坊が股倉から酒を出すと笑い。白雲坊がタコを出しても笑い。2人のやりとりは相当客席にウケていた。
笑也さんはやはり声が素晴らしくいい。もうこの声だけで透明な泡の中に笑也さんがいるような気がする。雲絶間姫が失神した鳴神の口に水を飲ませている時の猿三郎さんの表情が面白かった。じ~っと2人を見ていたのに、その瞬間、はっと目を逸らすんだもの。門松さんは最初からそっぽを向いていた。
雲絶間姫は鳴神をだますために遣わされたのであるから、下心たっぷりの冷静さが要求されるのだろうし、笑也さんの雲絶間姫はまさにそういう感じだった。でも、コケティッシュな感じにやや欠けているように思ったし、右近さんの鳴神も含めて、もう少し(ほんの少しでいいから)エロチシズムみたいなものがほしいような気がした。
「瞼の母」
131119meijiza04 ちょうど2年前(1116日だった)、巡業の日本青年館で見た「瞼の母」は肝心の実の母との再会場面に物足りなさがあって感動が薄かったのだが、今回はよく描かれていて、満足した。
実母と再会する前に出会う3人の母――忠太郎が母のように感じる3人の老女――がみんないい。忠太郎の弟分・半次郎の母、右之助さんには何としても息子を堅気にしようとする母の強さが感じられた。字の書けない忠太郎が、半次郎の母の手を借りて書付をしたためる場面で泣けたのは、右之助さんがよかったからというのが大きい。三味線弾きの蝶紫さん、巡業でも同じ役だったが、底辺で生きる女の寂しさがにじみ出て、とてもよかった。そして出色なのが巡業の時にもそのうまさに感銘を受けた夜鷹の徳松さん。こちらも底辺で生きる女のすれっからした様子の中に寂しさ・悲しさを隠して突っ張って生きてこなくてはならなかったこの女の人生がたまらない切なさで迫ってくる。忠太郎に初めて人間として扱ってもらって気持ちが昂揚し、大金をもらって(夜鷹がこんな大金を持っていて、あとで盗んだ金ではないかと疑われはしないかとちょっと心配になった)何度も頭を下げながら花道を引っこみ鳥屋に入ってからも礼を言うその気持ちがまた切ない。蝶紫さん徳松さんがいいなと思うのは、そういう女を演じながら歌舞伎としての品性をしっかり保っていることだ。2人の孤独感が忠太郎の孤独感とリンクして、なんとも泣けた。

忠太郎の本当の母親は、忠太郎の母恋しの思いを拒絶し、追い返す。前回は秀太郎さんのセリフが聞こえづらかったせいもあって、母親の気持ちが理解できないでいたが、今回は、逆に母親の立場にしてみれば当然の態度かもしれないと慮る目で見た。9歳で死んだと聞いていた息子が突然任侠姿で現れれば、騙りだと思うのに不思議はないし、その疑いが晴れて実の息子だとわかってからだって、いったいなぜ自分の前に現れたのだろう、何か下心があるんじゃないかと新たな疑いが生じてもやむをえない。母親には守るべき娘がいるのだから。もちろん、母親だって忠太郎への愛情がないわけでない、でもその忠太郎は彼女にとって9歳で死んでいるのだ、目の前の男が息子だっていったって…いや、目の前にいる男は可愛い息子なのだ…そういう複雑な母親の感情が秀太郎さんからひしひしと伝わってきた。
それが娘の一言で、頑な拒絶心が融け、一気に息子への愛情が堰を切る。結末を知ってはいても、母と息子がもう一度会えて、今度はしっかり息子を抱きしめてあげられればいいのに、とあくまで母親の側から見てしまった。
忠太郎の獅童さんはカッコよくて、「三銃士」で下降気味だった♡が再び上昇。さらに4人の女性が忠太郎の良さを引き立てたように思う。忠太郎を探す母と妹の声を耳にしながら瞼の裏に焼き付けてある姿だけが母親だと今度は逆に母親を拒絶する忠太郎。「誰が会ってやるものか」のセリフに客席から笑いが起きたのはなぜ? 不可解な笑いである。
半次郎の松也クン、翳のある顔、演技がよい。逸る気持ちを抑えきれない若さもいい。半次郎の妹、新悟クンはまっすぐに兄を思う気持ちが健気で愛おしい。兄が母と奥へ引っ込んだ後、1人縁側に出ている不安さがいい。そして新悟クンは本当に声がいい。
忠太郎の父親違いの妹、春猿さんは華やかでぱっと花が咲いたよう。母親の愛情を一身に受けて育った優しさがにじみ出ていた。
「供奴」
131119meijiza05 ただただ、松也クンの動きを楽しんだ。足踏み、とっても楽しかった。もうちょっと愛敬があるともっとよかったかな。
<上演時間>「鳴神」75分(11001215)、幕間30分、「瞼の母」95分(12451420)、幕間25分、「供奴」15分(14451500
追記Web松竹では完売になっているが、けっこう空席が目立ったから、明治座サイトではまだまだ余裕があると思われる。

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