« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »

2013年12月

2013年12月31日 (火)

ありがとうございました、ありがとうございます

今年の紅白、ギリでついていけた。
昨日、NHKで1日かけてやっていた「あまちゃん」を、お昼頃から部屋の整理したり煮物作ったりしながら途中から途中までの4~5時間見たから(終わりの方は録画した)。
なんとなくつけてみた「あまちゃん」、初めて見たけどとても面白かった。
じぇじぇじぇ、をあんなに連発しているとは思わなかった。
「潮騒のメモリー」、「地元に帰ろう」、「暦の上ではディセンバー」、みんな覚えやすくていい曲で、CDほしいと思った(「雨のち晴レルヤ」も好きです)。

そういえば、去年の紅白はカメちゃんと中車さんが襲名口上したんだったっけ。

遅れてあまちゃんファンになったSwingの今年ももうじき終わろうとしています。
皆さま、1年間ありがとうございました。わりと1人でいることが多いし、1人で行動することが好きな私ですが、心はいつも1人じゃないと励ましていただいております。本当にありがとうございます。
感謝をこめて新しい年へ1歩踏み入れます。

| | コメント (2)
|

2013年12月30日 (月)

魅力的な人物たちの「清須会議」

1226日 映画「清須会議」(MOVIX川口)
この映画はもともと見たかったうえに、「種田陽平による三谷幸喜映画の世界観展」で俄然見たい気持ちが盛り上がった。ストーリーよりも美術狙いで行ったのに、ストーリーに引き込まれて、それぞれの人物の部屋の細部をちゃんと見るのを忘れた。はっと気がついた時には映画はもう終わりに近づいていた。タイトルロール(これは大事な眼目だった)、清須城全体像や大広間、部屋の並び、中庭なんかは意識に残っているのだけど、居室を意識外で見ていたのは悔しい。とくに秀吉の居室に描かれた野菜を楽しみにしていたのに、ほんとバカな私。
もうひとつ、いつも映画が始まると最初の何分かは眠くなってしまう(予告で寝ればいいのに)が、今回も急に睡魔に襲われ、なかさん(戸田恵子)を全く見ていない。勘九郎ちゃん(織田信忠)もちょびっとしか見なかった。悔しい。もう1回見に行くか、テレビでやるまで待つか…。
でも、映画は全体に面白かった。「ステキな金縛り」みたいに声を出して笑うような場面はほとんどなく、あ、この映画、コメディではなかったのかとあとで知った。三谷映画だから先入観があった。でもコメディではなくても、この映画が立っているのはにたりとしたりくすっと笑ったりさせられる土壌の上である、と思う。悲しみでさえ笑いに換えてしまうような…。
どの人物も人間性がよくわかり、演じる俳優がぴったりだから生き生きして魅力的。とくに秀吉の大泉洋さんは素晴らしく魅力的だった。秀吉は野望を遂げるためにかなりえげつないこともしているのだが、それが全然嫌味に見えず、これが人心掌握のうまさの源かと思うような魅力だった。丹羽長秀の小日向文世さんはいかにも冷静な策士。その丹羽が秀吉に寝返ったのだから秀吉の魅力がわかろうというもの。私にしても織田信孝派を応援したいのに、秀吉と柴田勝家を比べるとやっぱり秀吉に軍配を上げざるを得ないなあと、丹羽長秀の最終決断に共感するのである。
池田恒興の佐藤浩市さんは、目の演技で恒興の気持ちの揺れを表現するのが面白く、うまい。
柴田勝家の役所広司さんもまた、人間くささが魅力的だった。押し出しが立派でいかにも武将なのに、大事な会議を前にしてお市の方に対する純愛に夢中になり、策はすべて丹羽長秀に預けてしまう。そういう調子のよさ、負けてもめげない感は、そばにいたらイヤかもと思いながら、なんか憎めない。
前田玄以のでんでんさんに、つかみどころのない感じがあってよかった。でんでんは、昔「お笑いスター誕生」で知ったのだが、今ではすっかりいい役者になったなあと思った。
前田利家(浅野忠信)が柴田勝家の家来だったって知らなかった。私にとっての犬千代は未だに川津祐介(知る人ぞ知る、だと思う)なので、浅野さんは浅野さんで忠義を重んじながら友情にも厚いいい利家だったが、あの隻眼の二枚目は忘れられないのである。
巳之助クン(織田信孝)はごくごく真面目に演じていながら、どこかに可笑し味がある。そういう味を三谷さんに見出されたのかもしれない。
阿南健治さんの滝川一益、サイコー。走って走ってひたすら走ったのに報われない悲しさがたまらなく可笑しかった。
女性陣では秀吉の奥さん寧の中谷美紀さんがとっても素敵だった。弾けたダンスは楽しかった。鈴木京香さんのお市も鬼気迫るものがあってよかった。天海祐希さんの使い方がすごいよね。名前も枝毛って…。
こうして思い出していると、やっぱり美術が重要な役割を果たしていたと思うので、もう一度見たくなってくる。
<上映時間>138分(本編)

| | コメント (0)
|

2013年12月29日 (日)

モローとルオー

126日 「モローとルオー 聖なるものの継承と変容」展(パナソニック汐留ミュージアム)
はじめ行こうと予定していた日がダメになって、10日までの会期にまた駆け込みで行ってきた(歌舞伎座の帰り)。実は、最初に予定していた日は天皇皇后両陛下がいらしたそうで、それも一般客と一緒に鑑賞なさったようで、ひょっとしたら私もその時間帯に行っていたかもしれないのであった。
あんまり日が経ってしまったので、ごくごく大雑把に簡単に「見てきた」というだけの記録にとどめておく。
モローは、何年か前パリのモロー美術館で見た作品のいくつかと再会した(と思う。モロー美術館は作品がた~くさんあり過ぎて、よく覚えていない)。
ルオーの前半は、レンブラントの影響を受けていて私の知るルオーではなく、ひょっとして私はルオーと誰かを間違えているかもと不安になりつつ見進めていったら、あったあった、私の知ってるルオーが出てきた。ルオーのあの太い輪郭線、色彩美は、美術賞に何度も落選するルオーに対し、師であるモローが色彩で内面を表すように指導したことから生まれたそうである。モローは弟子・ルオーの絵を自ら模写している(「石臼を回すサムソンジョルジュ・ルオー作品に基づく」)ほどその才能を認めており、モロー美術館の初代館長に任命したとのことである。
ルオーはそこからまさに色彩画家として、あの特徴的な絵画を数々生み出していったのである。
ルオー作「夜の風景または作業場での乱闘」(1897)は、初めて描いた社会下層の絵であり、ゴヤの黒い絵との共通点がある。「男性裸体画習作」(1895)は、当初は全身像だったが、第二次大戦で破損し、半身像に変えられた可能性があるそう。ここにも戦争の爪跡がみられるわけだ。「キリスト教的夜景」はルオーの集大成と言われているそうだが、たしかに、という感じ。離れて見ないとわからない。離れて見ると、キリスト、母子が見えてくる。印象的な作品だった。
モロー作「バルクと死の天使」(1890頃)は、死の天使が乗る馬の手綱を取るアトロポス(運命を司る3人の女神の中で最も恐ろしい=運命の糸を切る女神)を描いている。厚塗りで遠く離れないとよくわからないが、アトロポスが笑っているようで実に不気味である。「一角獣」は美しく具象的であり、「女たちと一角獣のいる風景」は想像力の世界であった。「貴婦人と一角獣」からインスピレーションを受けたというのがわかる気がした。
展示は絵画だけでなく2人の往復書簡や、モローが所有していた「北斎漫画」まであって興味深かった。
パナのミュージアムは2回目だが、スペースも出展数もほどよく、静かに疲れず見られるのがいい。

| | コメント (0)
|

2013年12月28日 (土)

年末年始視聴予定

 

 

当面こんなものかな。あとは当日の番組表を見て追加するかも。

歌舞伎

12
29日 21002300 南座(Eテレ)
1
02   19002130 こいつぁ春から(Eテレ)
1
03日 21002324 海老蔵密着(日テレ)(歌舞伎十八番復活を急ぐのは、「50代で團十郎になっていたらもっと背負うものがある、その時にやるのがいいのか、若い時にやったほうがいいこともある。團十郎家は短命である。祖父は56歳、父は66歳、自分もそんなものだろう、あとはせがれがやってくれればいい」とNEW ZEROで言っていた。そんな覚悟をしてというか人生計画を立てているのかとちょっと心を揺さぶられた)
1
10日 22002258 児雷也(Eテレ)
演劇
1
04日 14001630 イーハトーボの劇列車(Eテレ)
ドラマ
1
02日 21002333? 新参者(TBS
1
03日 21002330? 鍵のかかった部屋(フジ)
1
12日 2100~?    トリック(テレ朝)


| | コメント (0)
|

2013年12月27日 (金)

十二月歌舞伎座夜の部

1225日 十二月大歌舞伎千穐楽夜の部(歌舞伎座)
122701kabukiza なんと、家庭の事情で五段目六段目はどうにもならずパス。初めて見る染五郎勘平だったのに…。六段目が終わる20分くらい前には着いたのだけど、ちょうど切腹するあたりかなと思い、客席の邪魔をしては悪いから、ロビーで声だけ聞いていた。「色にふけったばっかりに」の声が聞こえてきた時は、客席の扉をたまらなく開けたくなったけど、じっと耐えた。大向こうさんと一緒に立って見ればよかったかな。それでも扉をあけるばすっという音が響くだろうから…。
というわけで感想も七段目から。
「七段目」
先月の梅玉・芝雀、今月研修発表会の種之助・米吉、そして海老蔵・玉三郎、それぞれ味わいが違ったが(今回は全体にどちらかというと現代的な感じがした)、どの兄妹の物語も大変面白かった。。
海老蔵さんは三人侍にくっついて出てきたときは、完全にオーラを消して目立たないようにしていたのが逆に印象的だった。由良之助に斬りかかろうとする3人を止める場面ではセリフの盛り上げ方がうまいと思った。平右衛門はあの海老ちゃんにして小者感たっぷりで、寝てしまった由良之助の頭の下に枕を置き、布団をかけてあげるところに家老への敬愛、また討ち入りに加えてもらいたい必死さが見て取れた。願書を受け取ってもらえずとぼとぼ去る姿に悲哀が漂っており、哀れに思った。また、命をもらったとおかるに刀をふりかざす海老蔵さんは迫力十分で、海老蔵さんが身分の低い平右衛門の心をしっかり表現しているのがわかった。セリフも悪くなく、魅力的な平右衛門であった。
海老蔵さんとは逆に玉三郎さんは、出で完全にオーラを発していた。その美しさは光り輝くばかりで見惚れてしまった。美しいだけでなく、すべては勘平のためと、こういう環境でも落ち込むことなく適応している様子がおかるを「可愛い女」にしている。勘平の死を知ったおかるは癪を起すが、ショックと癪はこんなにも明確に結びついていたのかと思った。
海老蔵さんとのコンビは、時々おかるのほうが姉に見えないでもなかったが、そうなりかけると玉三郎さんが可愛い妹になり、それにつられて海老蔵さんも妹思いの兄になる。
2
人が互いを認め合い、兄に請われるままにおかるがポーズを取ると、客席から大きな拍手が湧いた。ほかにも、普段拍手など起きないところで大きな拍手があり、びっくりした。兄に斬りつけられそうになり花道へ逃げたおかるが本舞台へ戻るために兄に色々な注文をつける場面でも客席が大きく盛り上がっていた。玉さまはもう人間の女を演じることに興味はなくなったのかと一時疑念をもったこともあったが、このおかるを見て一安心したのであった。
幸四郎さんの由良之助もとてもよかった。タコを食べる時にちょっと躊躇を見せたのはどうかなと思ったが、全体に幸四郎さんの魅力はこの大きさなのだと改めて認識させられた。昼の部では何を言ってるか聞き取れなかったセリフもほぼちゃんと聞き取れたし、おかるとの「じゃらじゃらじゃら」も素敵で、「この由良之助に請け出されるのがそれほど嬉しいか」では、内心おかるを哀れに思っていることが見て取れた。また、最後、九太夫に対する怒りは胸に染み入った。
亀三郎・松也・廣太郎の三人侍は、とくに亀三郎さんと松也クンには苛立ちと怒りと驚きが強く感じられた。
小山三さんが仲居役で元気な姿を見せ、客席を沸かせた。しかし拍手が大きすぎて、小山三さんのセリフを消してしまう。また声がかかるのもよいが、つられて拍手が起こるのでまたセリフが聞こえなくなってしまう。大いに盛り上がるのは私だって同じだが、セリフは聞きたかった。
「十一段目」
斧定九郎を見逃したから、小林平八郎は楽しみだった。先月の錦之助×歌昇が美しかった竹森喜多八(松也)との立ち回りは、美しさというよりはリアルな迫力がたっぷりで、こちらも楽しめた。獅童さんには「よろずやっ」だけではなく「しどうっ」の声が盛んにかかっていた。「がんばれっ」という声も聞こえた。私も心の中でいっぱい声をかけた。最近松也クンは立役のほうが好きかも(と言いながら、女形で出て来たらやっぱり女形もいいと思いそうな気がする)。

今日見かけた有名人は、コント赤信号のリーダー・ナベちゃん。「よっ、ドリームハウスっ」と心の中で声をかけた。
13122702kabukiza 帰り、友人に出会ったので軽く食事をして歌舞伎座前を通ると、写真のような垂れ幕が。27日の試写会用だったのか、とあとでわかった。
<上演時間>「五・六段目」107分(16301817)、幕間30分、「七段目」104分(18472031)、幕間10分、「十一段目」19分(20412100
最後の幕間10分は正味7分くらいだったのではないだろうか。トイレに並んですぐに5分前のブザーが鳴ったもの。

| | コメント (0)
|

2013年12月26日 (木)

歌舞伎座「義経千本桜」が芸術祭大賞受賞

受賞理由は「今春に新開場した歌舞伎座は1年間のこけら落としの最中だが、『義経千本桜』は当代を代表する名優の多くが顔をそろえ、壮観と言えた。古典の名作を大幹部 から若手までが力を結集。平成歌舞伎の最高水準の演技を見せた点で日本の舞台芸術の底力を堪能させる成果であり、参加作品の中で群を抜く完成度の高さと言 えよう」だそうです。まさにその通り。たまたま、10月は芸術祭参加作品だったけれど、今年はどの公演も大賞に値するレベルだったと思う。その公演を見ることができたのは幸せなことだ。
また、関西では、松竹座「夏祭浪花鑑」が、「生粋の上方役者、片岡愛之助を中心に、関西では約半世紀ぶりに『お鯛茶屋』から『番小屋』まで、上方式の演出で全通しを実現した『夏祭浪花鑑』は関西の 歌舞伎再興を強く信じさせるかのような、若さあふれる魅力的な舞台であった。主役の団七を演じた愛之助が毛穴の一つ一つから大阪の匂いが噴き出すように舞 台を熱く引っぱり、中村翫雀、中村亀鶴、上村吉弥、中村壱太郎ら上方系の役者の奮闘も光り、いいチームワークで舞台を盛り上げた」という理由で優秀賞に選ばれた。こちらはどうしても時間が取れずに断念したのが今さらながら悔やまれる。

ところで、そういえば、毎年10月の公演は「芸術祭十月大歌舞伎」と銘打っているんだっけとあらためて思った次第。

追記:愛之助さんは大阪文化賞も受賞された。2月の松竹座で座頭をつとめたことと、黒崎役が評価されたそう。おめでとうございます。

| | コメント (0)
|

2013年12月25日 (水)

野人、GMに

私にとってビックリニュースというかビッグニュースというか、が飛び込んできた。
あの野人・岡野雅行選手が今シーズンで引退し、なんと所属チーム・ガイナーレ鳥取のゼネラルマネージャーになるんですと!!
引退即GMって、本当にビックリですわ。来シーズンはJ3に陥落する鳥取、岡野GMの力をもって1シーズンでJ2に上がってきてほしい、と岡野ファンとしては願っています。

| | コメント (2)
|

2013年12月24日 (火)

パソコンの捨て方

古いパソコンを何台か捨てたいと思い、1カ月ほど前、データの消し方をネットで調べた。物理的にHDを壊すという既知の方法(壊したあとの箱はどうやって処分したらいいんだろう)のほかに、ソフマップに持っていけば有料で消去してもらえるという情報を得た。
う~ん、なんだか面倒だなと放置しておいたが、いよいよ年末、やっぱり何とかすべき。で、もう一度調べてみた。そうしたら、パソコンファームというところに持ち込めば、目の前で消去してくれて、処分もしてくれるんだって。しかも無料で。ただし、混んでいるかもしれないので、事前に確認するようにということである。年内は31日までやっているというし、ここが第一候補かなということになった。
その数十分後、カーラジオからなんと「パソコンファーム」のCMが流れてくるではないか。あらまあ、これはもうそこへ持って行けということにほかならない(前回調べた時は、パソコンファームにヒットしなかったなあ)。
ということで、近いうちに行動を起こそうと思っている。

しかし、これまでにも何台か処分しているはずなんだけど、いままではどうやっていたんだろう、思い出せない。

| | コメント (0)
|

2013年12月23日 (月)

知られざる忠臣蔵3作②

1217日 (国立劇場)
「忠臣蔵形容画合(ちゅうしんぐらすがたのえあわせ)」
仮名手本の各段をちょっと違った角度から描いている。何の予備知識もなかったので、へ~こういう演目なのかと大変興味深かった。
まず、仮名手本の大序のように人形が口上を述べる。人形の顔は本家仮名手本のほうが愛敬があったが、「えへんえへん」には笑いが起きていた。口上は演者の名を述べないので、本家よりずっと簡単に終わった。
定式幕がゆっくりゆっくり開くと、二重舞台真ん中に高師直、平舞台に桃井若狭之助、判官が控えており、3人の前に三宝に載った龍頭の兜があるのは、兜改めが終わって直義が引っこんだ後と見える。3人とも頭を垂れており、竹本に合わせて顔を上げるのは本家と同じ。
おお、師直は又五郎さんだ(歌六さんに顔が似ていた)。堂々とした意地悪ぶりは「仮名手本」でも又五郎さんで見てみたいという気にさせた。若狭之助の歌昇クンはきりりと怒るのが青筋を立てたイメージでよかった。種之助クンの判官はちょっと子供っぽく見えたが、父子3人が揃った「大序 鶴ケ岡八幡宮社頭の場」は嬉しい。
さて、3人形よく決まるとさっと並んで座り、黒衣が色々やっている間に背景がかわり、3人引き抜きであっという間に奴に変身(「二段目 桃井若狭之助館の場」)。清元の語りに合わせた3人上戸、面白かった。
再び背景が変わり、清元登場。「三段目 足利門外の場」である。花道から矢絣のおかる(米吉)、上手から勘平(隼人)がやってくる。米吉クンはおかるのノー天気な感じがよく出ていた(この時、米吉クンの声はどうだっただろう。あまり気にならなかったところをみると、きれいに出ていたのかもしれない)。2人の邪魔をしにきた鷺坂伴内の吉之助さん、いい味を出していた。「仮名手本」でも伴内をやる時がいずれくるだろう。見たい!! 竹本と清元の掛け合いとなり、勘平が伴内を蹴倒し、2人は立ち去る。伴内は2人を追いかけ烏飛びで花道を引っこむが、この時手拍子が起きた。
「四段目 扇ケ谷塩冶判官館の場」では、顔世(魁春)が夫の刃傷の原因は自分が師直を振ったからだと悔やんでいる。魁春さんは品格の高さがあった。腰元役の廣松クンがすっごくきれいだった(正直、いつもと顔が違うように見えて、最初誰だかわからなかった)。腰元の芯としての格もあった。鷹之資クンの力弥は行儀よくきっちり演じられていた。ここは長唄で、長唄が引っこむと背景がかわり「五段目 山崎街道の場」となる。
珍しい歌六さんの早替り(斧定九郎→与市兵衛→斧定九郎)が見られた。歌六さんの定九郎を見ていると、歌六さんも二枚目だなあと思う。定九郎(歌六)が与市兵衛(吹替え)から50両を盗み、与市兵衛が倒れると、与市兵衛は掛け藁を頭にかぶって起き上がる。与市兵衛、猪に変身である(それらしく見えるから面白い)。定九郎と猪が一緒に踊るような感じなのも面白い。猪はトンボを切った後、定九郎に刺される。いっぽう、花道を引っこもうとした定九郎は七三で鉄砲に撃たれ、スッポンにて下がる。その間に舞台は「六段目 与市兵衛内の場」に。
与市兵衛と勘平が死んで14日、1人残されたおかや(東蔵)だが、悲しみの中にも元気そうに暮らしている。盆に当たるこの日、おかやは村の衆に得意の念仏踊りを教えている。村の衆の1人、狸の角兵衛が与市兵衛にそっくりだということから、「茶飲み友達に親父をもらう気はないか」と村人にからかわれる。その角兵衛が松江さんというのが面白い。
東蔵さんのくしゃみ踊りは上手でユーモラスでとても楽しかった。そういえば東蔵さんの踊りを見るのも珍しいかも。おかやは3人に踊りを教えるうちに腰を伸ばそうとしてぶっ倒れてしまう。3人に支えられて何とか座ると、勘平みたいに髪はざんばらになって、松江さんの角兵衛に手を合わせてもらう。死んじゃったわけじゃないよね。
浅葱幕が振りかぶされ、その前で太鼓持ちと仲居が見立ての相談をしている。みんなが浅葱幕の内に入り、竹本が出てくる。そして黒衣が登場し、柝を打ち、口上(「七段目祇園一力茶屋の場」をご覧に入れること、相勤めるのはおかる中村芝雀、寺岡平右衛門中村錦之助、語る太夫は竹本谷太夫、竹本幹太夫、三味線鶴澤寿治郎、豊澤長一郎であること)を述べたのは「人形振りにてご覧に入れまする」だからだった。
浅葱幕が振り落されると、人形の寺岡平右衛門(錦之助)とおかる(芝雀)について人形遣いが2人ずついる。場面は、平右衛門がおかるの命をもらおうとする理由を言い聞かせるところから始まる。おかるが覚悟したところで奥から「両人、早まるな」の声とともに吉右衛門さんの大星が出てきて人形振りは終わり。
人形振りは好きだし、形のきれいな錦之助さんと芝雀さんの踊りに見入った。12時から1620分と長丁場だったが、楽しかったので疲れなかった。
<上演時間>「主税と右衛門七」45分(12001245)、幕間35分、「弥作の鎌腹」90分(13201450)、幕間20分、「画合」80分(15101620

| | コメント (4)
|

2013年12月21日 (土)

仁左様退院

21日、仁左様が退院されたそう。
10月31日入院、11月7日に手術、2カ月近くに亘る入院だった。無事退院との報にほっとした。これからはリハビリ生活に入られるわけだが、焦らずじっくり体力をつけて復帰していただきたい。

| | コメント (0)
|

知られざる忠臣蔵3作①

1217日 (国立劇場)
「主税と右衛門七」
幕が開く前、緞帳の向こうで何か言ってるらしいのに、周囲のお喋りで聞こえなかった。
米吉クン(お美津)が花のように愛らしかったが、風邪でもひいていたのだろうか喋ると声ががらがらで、やがて低めのトーンに落ち着いてきたものの恋する乙女にしては低いままで通していた。それだけに発声に無理がない感じでその低さが逆に女らしさにも通じるような気がした。ただ、全体に恋に夢中な少女の気持ちが薄いように思えた。とくに、琴の音に引かれてやってきた右衛門七を見つけた時はもっと弾むような喜びがほしかった。
歌昇クン(右衛門七)も恋と忠義に悩む様が少し薄いように私には思えた。右衛門七の心は立場上からも忠義のほうに傾いているようで、お美津の好意に応えられない苦しさはわかるのだが、では彼自身がお美津をどう思っているのか、お美津との暮らしを望む心が一片でもあるのかというと、そうではないように見えてしまった。
意外といいなと思ったのは隼人クン(主税)。右衛門七より位が上の「らしさ」があり、首領の息子としての討ち入りへの不安もよく伝わってきた。母親への気持ちがもう少しうまく表現されているともっとよかったと思う。
歌六さん(大石内蔵助)は若者の命を散らすことを哀れむ父親としての愛情、それを封じ込めて武士としての心得を説く姿に大きなものがあった。
京蔵さん(お美津の乳母お粂)がお嬢様の幸せを心から願う世話焼きのおばさんを好演。ユーモラスな味わいがあって、ほのぼのした。
忠臣蔵の陰に隠された若者たちの心。主税と右衛門七という立場のまったく違う2人の心情を追及した作品で、私も実は彼らはどういう心境でその日を迎えたのだろうということに関心があったから、大変興味深く見た。ストーリーとしてはわかったが、もう少し深いものを感じたかった。
追記:あとで考えたら、2人の若者は大事を翌日に控え、気持ちが高ぶっていたのかもしれない。そういう高ぶりはよく表現されていたなあ、と思い出した。
「弥作の鎌腹」
千崎弥五郎の兄・弥作の悲劇の物語である。
弥作の家は百姓与市兵衛の家と同じだし、五段目・六段目のパロディのようなところがあって面白かった。
吉右衛門さん(弥作)の演技に突き抜けたものがあって面白かった。また、吉右衛門さんと芝雀さん(弥作女房おかよ:おかやのパロディ?)に百姓家のつつましい暖かい生活感があってよかった。
最初に百姓仲間(由次郎、桂三)がおかよをからかっているのも、のどかで仲間内の親しみが感じられた。
代官・柴田七太夫(橘三郎)から持ちかけられた弟・弥五郎(又五郎)の縁談を勝手に承知してしまった弥作は、討ち入りという思いがけない秘密を知って縁談を断りに行く。しかし不器用な弥作がうまく言い抜けられるわけがない。弥作は討ち入りのことを七太夫に漏らしてしまう。
それを知った弥五郎が七太夫を斬りに飛び出そうと立ち上がると、その刀にしがみついてやるまいとする弥作。訪ねてきた不破と千崎を迎えようとする勘平にしがみつくおかやのパロディか。
「放して」「待って」の末、弥作は七太夫に漏らしてはいないと前言を翻し、安心して出立しようとする弥五郎に切腹の作法を教わる。なぜそんなことを?と不審に思う弥五郎だが、侍の兄が切腹の作法を知らないではまずい、人に聞かれたら教えるのだとの弥作の言葉に、丁寧に教えてやる。不器用な弥作のウソを見抜けぬ弥五郎もまた不器用なんだなあと思った。切腹の作法を、吉右衛門さんは本当に紙に書いていた。
いよいよ討ち入りに出かける弥五郎。「やりとうない」と泣く兄。「ご未練でござりましょう」と外へ出る弟。「弟、待て。しっかりとやってくれ」と泣き崩れる兄。勘平・おかるの別れを思い出す(ちょっとちがうか)。同じ家族でありながら武士と百姓という立場の違い、覚悟の違いが胸を打つ。おかよの先導で立ち去った弟に門口で話しかける弥作に泣けた。
そこへやってきた七太夫は弥五郎が既にいないと知ると討ち入りのことを吉良に注進すると走り出す。やむにやまれず、弥作は鉄砲を向ける。花道付け際で引き金をひく弥作。「パン」という音。そして揚幕のむこうで「わ~」という七太夫の声が(ここは撃つ者撃たれる者の位置を五段目の逆にしている)。(ここで客は笑っちゃいけないでしょう。)この時の弥作の表情には追い込まれた者の一種狂気のようなものが感じられた。

続きを読む "知られざる忠臣蔵3作①"

| | コメント (7)
|

2013年12月20日 (金)

歌右衛門襲名披露興行は延期に

福助さんの歌右衛門襲名披露興行は引き続き療養されるため延期になったそう。
病気のことが発表されたときは、健康第一、延期でもかまわないからしっかり治してと思ったけれど、いざ延期となると、あらためて健康状態が心配になってきました。しっかり治してくださいね。

| | コメント (0)
|

2013年12月19日 (木)

三升席、どうするか…

1月演舞場の「壽三升景清」、大詰の「解脱」の幕にのみ舞台上に座席(三升席と名付けられている)が設けられるとのこと。
舞台上、すぐ間近で芝居が見られたら迫力たっぷりで、しかも海老ちゃんをそんなに近くで見られるなんて絶対魅力だけれど、集合時間が前の幕の上演中ということは、既にチケットを取った日に大詰だけ三升席で見るというわけにもいかず、では大詰だけのために出かけるかというとそうもいかず、おまけに左右12席ずつ、計24席の申し込みは電話のみだと言うし、ハードル高いなあ。
もっとも海老蔵さんによれば、値段が高くて見られない人のために設けた席だそうなので、もうチケット取っちゃった私が食指を動かしちゃいけないよね。

| | コメント (0)
|

2013年12月18日 (水)

播磨屋若手を中心とした研修発表会

1214日 第12回伝統歌舞伎保存会研修発表会(国立劇場大劇場)
前売を買い損って諦めかけていたら、当日券を買っておいてくださるとおっしゃるご親切な方のおかげで、無事見ることができました。本当にありがたく、感謝感謝です。見終わってから、その感謝の気持ちはさらに大きくなりました。
本当にありがとうございました。
「ごあいさつ」
まず、保存会の方が保存会について簡単に説明をされた。伝統歌舞伎保存会は昭和401965)年31日に発足したそうだが、当初の会長が三世市川寿海と聞いて、寿海ファンだった(って言ったって当時のことはあまりよく覚えていないのだけど)私にはちょっと感慨深い思いが湧いた。昭和57年度から保存会の自主公演「葉月会」が開催され平成10年度の第17回まで続いた。その後平成11年度からは新たに「研修発表会」が始まり、今回で12回目を迎えるとのこと。
この後、吉右衛門さんの「七段目は私と芝雀さんが指導し、乗合船は勘祖さん、勘十郎さんのご指導をいただいた。お目まだるいところもありましょうが、ご鑑賞いただきたい」という挨拶があった。
「仮名手本忠臣蔵七段目 祇園一力茶屋の場」
由良之助が九太夫に蛸を食べさせられた後の場面から始まった。
仲居たちが一言ずつ喋ったあと、斧九太夫(吉三郎)が出てきて「主君の命日なのに精進もせず、蛸を食った」とバカ由良之助をバカにするセリフを吐いているところへ鷺坂伴内(吉六)がやってきて、2人で由良之助を悪く言い合う。と、ここが今回の始まり。
吉三郎さんは緊張していたのか、セリフがやや怪しい箇所もあったが、卑劣な小悪党九太夫の感じはよく出ていた。吉六さんは剽軽な部分と、伴内けっこう仕事をするなという部分とのバランスがよく、面白かった。
米吉クン(おかる)が二階座敷の障子をあけて最初に姿見せた時、おかあさんそっくりでびっくりした。元々おかあさん似なのだけど、この瞬間、おかあさんが出てきたのかと思うほど似ていた。米ちゃんは最初は手順通りな程度に見えたし、平右衛門と出会って互いを認め会った時の「面目ない面目ない」はもっと心が入るといいのにと思った。しかし、この後からぐんぐんよくなって、「殺さないで」と手を合わせる場面は哀れで泣けた。それから勘平の死を知った時の驚き・ショックがリアルな感じで又泣けた。ところで、おかるがハシゴを下りるとき、素足が見えるでしょ。米吉クンに限らず、あれを見るといつも「男の子(あるいは男性)だなあ」と思えてしまう…。
由良之助は歌昇クンの若さではやはりちょっと難しいかと思った。真っ直ぐすぎて、酔いの裏に心を隠しているのがあまり感じられなかったのは、歌昇クンのもつ若さの純粋さ潔癖さみたいなものが出てしまっているからだろう(それでいて若い色気もある)。また、とくに手紙の場面は手順でいっぱいなような気がした。一方で、九太夫に対する怒りにはこちらの胸をアツくするものがあった。策略なのか本当なのかという酔いの加減や奥行がこの年齢で出ないのは無理もないのであって、もっと年齢を重ねていけば、まろやかにそういう味が出せるようになると期待する。
種之助クン(平右衛門)が見事な出来だった。童顔だし、小柄だしどうかなと危惧したのだけど、全くの杞憂。下級武士らしさがよく感じられたし、妹思いなのが伝わってきたし、勘平の死をおかるに告げる場面では泣けた。妹思いでいながら、妹の首と引き換えに仇討に加わろうとする切羽詰った気持ちもよくわかった。動きにもキレがあって(いつも言うようだけど、容姿、動き、決めの形等々、又五郎さんによく似ている)、種之助・米吉の兄妹役で大いに物語が盛り上がったと思う。

続きを読む "播磨屋若手を中心とした研修発表会"

| | コメント (2)
|

2013年12月17日 (火)

浅草お年玉ご挨拶スケジュール発表

待ってました!!
詳細は→ココです。
私が見る日は愛之助さん、亀鶴さんかなgood

| | コメント (0)
|

獅童さんのお母様が…

亡くなられたそうです。
つい先日お元気そうなお姿を拝見したばかりと思っていたのに(今思えば、先月の明治座だったか、その前の演舞場だったか、そのどちらもだったかも。つい先日というわけでなかったのは、録画しておいた「我が心の聖地」をDVDに入れるためにCMを切ったのがつい先日だったからか)。
急なことで獅童さんも大変にショックを受けているらしい。
心よりご冥福をお祈りします。

| | コメント (0)
|

2013年12月16日 (月)

南座顔見世昼の部

129日 當る午歳吉例顔見世興行昼の部(南座)
うちから歌舞伎座に行くよりずっと楽なのに、10時半開演はやはり早すぎて、朝起きるのに緊張し、早めに目が覚めてしまった。雨?は前夜降り始めて、私が出かける頃にはやんでいた。観劇中、外では虹がかかっていたらしい。見たかったな。
「厳島招檜扇 日招ぎの清盛」
初見なのに既視感があったのは、平成23年国立劇場の初春芝居「四天王御江戸鏑」でパロディを先に見ていたからであった。
本家のこちらを見て、ちょっと腑に落ちなかったのは、清盛というのは傲岸不遜、権勢で日を呼び戻したとされるのに、ここに登場する清盛は温情厚い人物として描かれているのである。宮島造営祝賀の宴にて舞を舞った仏御前(笑三郎)と祇王(壱太郎:翫雀さんにそっくり)だが、仏御前は親の仇と清盛に斬りかかる。実は仏御前は源義朝の娘だったのだ。仏御前の首を刎ねようとする瀬尾(亀鶴)を止めて清盛は、義朝は幼少より無二の親友であり、義朝を討ち取るのはつらかったと語り、仏御前の命を救うのである。感謝する仏御前。
って、たしかに清盛の我當さんはスケールの大きさ、温情という面ではまさにはまり役なのであるが、物語の方向性としてはおやおやおや?な感じであった。
笑三郎さんは毅然とした誇りと悲しみに優れ、清盛の温情も卑屈にならず、誇りの中で受けているのが印象的だった。
月乃助さん(越中前司盛俊)と亀鶴さん(瀬尾三郎兼経)の対照がよい。亀鶴さんの瀬尾で「俊寛」が見たいと思った。
ラスト、戻ってきた夕日を見て、皆が驚くか無表情な中、進之介さん(内大臣宗盛)だけが、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「道行旅路の嫁入」
竹本が一節二節語ると舞台の背景幕が上がり、戸無瀬(時蔵)・小浪(梅枝)が中央で寄り添っている。美しい親子で、時蔵さんの細やかな母親らしさ、梅枝クンの娘らしさが胸を打つ。母が娘の手に息を吹きかけて温めてやる様、水たまりをよける様子など、夜の部の道行と共通するものがあった。時様は赤の衣裳がとてもよく似合い、しっとりとした大人の味わい、武家の妻としての格のようなものがあり、梅枝クンは初々しく可憐で、恋一筋、それを支えてくれる母親を頼りに道を進むひたむきさが感じられた。
背景が次々と変わり、また竹本の地名を織り込んだ詞章を聞くと、2人の歩いた距離がどれほどのものかが思いやられた。
可内(翫雀)の踊りは途中でダウンしてしまい、最初と最後しか見なかった。すみません。結局、昼の部は眠いのだ。
「ぢいさんばあさん」
弟・久右衛門(猿弥)の軽挙を叱るるん(扇雀)の言葉に、しみじみ運命のいたずらを感じた。
猿弥さんは若気の至りによる軽挙にも納得できるような若々しさであった。心からの後悔にも若い真情が溢れていた。
扇雀さんはしっとりとした若妻らしさが美しく、夫との微笑ましい愛情には客席からあたたかい笑いが起きていたが、別れの悲しさを気丈に耐える姿が哀れであった。
中車さん(美濃部伊織)は序幕・二幕目の若い時代は意外とぱっとしなかった。いや、悪くはないのだが、白塗りがあまり似合わないのと(鬘と白塗りの境目がいやにはっきりしていたのが気になってしょうがなかった)、若さの華に少々欠けるような気がしたのだ(それに、私の中では伊織は仁左様だからなあ)。若さを見せる工夫が今後の課題の1つであろう。しかし中車さんがその実力を発揮するのは老年になってからである。老けの表現、芝居のうまさに、物語を堪能した。扇雀さんのるんも品よく年をとっており、2人の変わらぬ愛とおっとりした空気が何とも微笑ましく感動的だった。周囲ではけっこう泣いている人がいた(男性も泣いていたと思うよ)。私は、伊織とるんが互いを認めた瞬間、ぶわっと涙があふれて、あとはずっとぐずぐず涙を洟をすすっていた。
右近さんの下嶋甚右衛門は鬱屈した感じ、嫌味な感じがやり過ぎず、イヤなヤツだと思わせる。誤って伊織に斬られた下嶋が手すりを破って鴨川に落ちると客席から「わっ」という悲鳴のような驚きの声が上がった。
月乃助・春猿さんの若夫婦はきれいで清々しく優しく、2人が愛情豊かな家庭で温かく育てられたことが見て取れた。この2人のコンビでもっと歌舞伎を見たい。

続きを読む "南座顔見世昼の部"

| | コメント (2)
|

2013年12月15日 (日)

南座顔見世夜の部②

129日 當る午歳吉例顔見世興行夜の部(南座)
夜の部は「御浜御殿」の綱豊卿、「黒塚」の阿闍梨、「児雷也」の児雷也と、梅玉さん奮闘公演である。
「黒塚」
やはり印象的なのは中の巻、大きな三日月の光の下、一面の芒の原で老女が踊る場面だろう。童心に返った老女の清々しい気持、喜びが胸を衝く。このまま強力が転げるように駆けてくることがなかったら、老女は救われていたのだろうと思うと、痛ましい。
この場の踊りは相当な技量を必要とすることが、猿之助さんの足に注目して見ていたらよくわかった。軽やかなステップ(日本舞踊ではステップとは言わないだろうが、ロシアンバレーを取り入れたというから、そう言わせてもらおう)、全身のバネがきいた動きは腰がしっかり安定していなければならない。実に見事な踊りだった。ここはもっと見ていたくなる。
鬼女になってからの動きを見ても、猿之助さんの身体能力の高さに感服する。仏倒れには客席じゅうが「おお!!」と揺れたような気がした。
猿弥さん(強力)の身体能力もすごい。失礼ながらあの丸っこい体型で、きびきびとキレのある素早い動きである。持ち前のコミカルさが過剰にならず品よく笑いを呼んだ。
梅玉さんの阿闍梨は團十郎さんとは持ち味が違うが、品格があり、梅玉さんの良さが出ていたと思う。門之助・右近さんの山伏は行儀よく、全体に気持ちよく見られた。
「道行雪故郷 新口村」
新口村だから、あの「新口村」だと思っていたらそうではなく、それを清元の舞踊劇にしたものだそうだ。
幕が開くと、浅葱幕で舞台が隠されており、浅葱幕が振り落されると、雪景色の中に黒の衣裳の2人が着茣蓙にくるまっている。その歌舞伎的美しさに客席からは歓声が上がったが、私も思わず息をのんだ。
藤十郎さんの梅川には男の愛情に縋っている一途さがあり、翫雀さんの忠兵衛には女をいたわる愛情がある。忠兵衛の父親を遠くに見つけ、梅川が「私は嫁の梅川」と泣くのが哀れであった。遠目でも忠兵衛は父親と「鼻筋、目もと」(口元だったかな)が似ていると梅川が言うのも、会おうと思えば会える距離にいる父親に会わずにその場を去る2人の悲しい気持となって胸を打った。梅川自身も母親に会えずにいるのだ。愚かな2人とは思うが、親子の情の切なさと白黒の対照美が心に残る演目だった。
「児雷也」
30
分の上演時間でどこを切り取るのかと思ったら、「山中一ツ家の場」「山中術譲りの場」「藤橋だんまりの場」の3場であった。私が演舞場で見た「児雷也」には「一ツ家の場」はなく、児雷也と綱手の出会いも趣もまったく違うが、それはそれで面白かった。

続きを読む "南座顔見世夜の部②"

| | コメント (0)
|

来年7月、平成中村座ニューヨーク公演

勘九郎、七之助さんが来年7月ニューヨークで平成中村座の公演を行うそうだ。
演目は「怪談乳房榎」で、獅童さんも出演するとのこと。
平成中村座が浅草に帰ってきてくれる日を待ってます。

| | コメント (0)
|

2013年12月14日 (土)

南座顔見世夜の部①

129日 當る午歳吉例顔見世興行夜の部(南座)
南座は上演時間もやたら長いし、チケットを取る時には張り切るのだけど、いざ出かけるとなると「疲れるだろうなあ」と億劫になる。ところが、今回は1615開演、2135終演という長丁場にも全然疲れることがなかった。演目の組み合わせ方がよかったからかなと思う(一番長い「御浜御殿」が最初で、短い口上が入り、次に長い「黒塚」が来て、終わりの2つが短かった)。
「南座、すごい」と思ったのは、この日昼の部の終演が遅れ(とくに原因はなかったみたい)、夜の部の開場は1600からということで、南座前は大混雑。正面は人で溢れ返っているので、行列を西側にもってきて、正面に回らせないようにしていたほど。これでは開演が相当遅れるなとややうんざりしていたら、5分遅れの1620には開演となった。そういえば、以前は歌舞伎座でもきわどい時間で入替していたっけ。
「御浜御殿」
仁左様休演で綱豊卿は梅玉さんを代役としての上演であるが、私が最初に見た「御浜御殿」は平成1811月国立劇場で梅玉さんの綱豊卿であり、この時胸が高鳴り震え、大いに感銘を受けたので仁左様を見られないのが残念な一方、梅玉さんでもう一度見られる喜びもあった。そして梅玉さんは私の期待を裏切らなかった。私が好きなのは、新井勘解由と語り合う中で「討たせたいのう」「目出とう浪人等に、本望遂げさせてやりたいのう」というセリフ。梅玉さんのこのセリフに込められた心が、時に助右衛門を軽くあしらい、時にきびしく詰問しながら助右衛門の軽挙を叱る場面までずっと一貫して綱豊の中にめらめらと燃えているのが見えて、好きなのだ。助右衛門に痛いところを衝かれてかっと怒るのも、人間らしくていい。緩急のメリハリの効きが物語を盛り上げた。最後、吉良と間違えて自分を襲った助右衛門を諭すところで助右衛門の背中に置いた手に優しさが溢れていたのに泣けた。
松之助さんに先導されて中車さんが出てくると、盛大な拍手が起こった。中車さんは、当初に比べればだいぶ歌舞伎の雰囲気が漂うようになってきたのではないかと思う(私が中車さんを見るのは去年の7月以来。それなりの努力が認められると思う)。声もよく出ていた。歌舞伎らしく喋ろうという意識も窺え好感がもてた。人生半ばにして歌舞伎の世界に入った人には何から何まで難しいだろうが、これからもどんな小さな役でもいいから歌舞伎の舞台に出続けてほしいと思った。2歳の子供が既に歌舞伎の空気を身につけていることを思うなら、中年の新人役者はとにかく舞台で空気を感じ少しずつでも自分のものにするしかないのではないだろうか。もう一つ、中車さんはあまり若者らしくは見えなかった(「ぢいさんばあさん」で、それはより強く感じられた)。ただ、それはそれとして、助右衛門の血を吐くような思いには感銘を受けた。「お敷居越えます」と泣く助右衛門、満足げな綱豊卿、この場面は泣けて好きだ。
江島は時蔵さん。最初は白地の打掛、次に出てきたときは、魁春さんの江島で印象的だった、あの帆船の打掛を着ていた。冷静に場を納める大きさは時様に向いていると思った。
お喜世の孝太郎さんは愛らしく、綱豊が妻を煙たがってお喜世と一緒にいるとくつろげるのがよくわかった。
嬉しかったのは梅乃さん(梅之改め)が中臈お古宇役で出ていたこと。いつも梅玉さんの後見として師匠を見守る梅乃さんが、ここでも太刀持ちとして綱豊卿にぴったりくっついているのはふさわしい。

続きを読む "南座顔見世夜の部①"

| | コメント (0)
|

2013年12月13日 (金)

12月歌舞伎座昼の部

126日 十二月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
いつ見に行ったのか忘れちゃったほど日が経ってしまい、慌ててチケットで確認した。
「大序」
幕が開いての第一印象は、若手はみんな顔が細い、ということだった。普段はあまり感じない海老蔵さんでさえ、ほっそり見えた。判官の菊之助さんだけがふっくらしていて、なんかほっとした。
海老ちゃんは、義太夫で名前が語られると静かに顔を上げ、かっと目を見開き、あの大きな目玉を真ん中に寄せて、強いインパクトがあった。老けの顔がとても似合っている。傲岸不遜な光を放つ目に品位の高さが感じられた。感情の動きの激しさは、私には桃井若狭助の染五郎さんより強いような気がした(海老蔵さんのインパクトの強さに私が気を取られ過ぎたのかもしれない)が、大序はとても面白かった。
七之助さんと言えば足利直義だと思っていたら、上演記録によればそうでもなかった。その七之助さんは今回は顔世。理知的で美しくうまかったが、もうちょっとはんなりした色気がほしかったように思う。もっともそれは若さゆえだろうから、徐々にそういうものが出てくると期待する。
「三段目」
ここでも海老ちゃんのインパクトに気圧され、桃井・判官の怒りが薄められたような気がした。海老蔵・師直は圧倒的な勢いで桃井に卑屈になり、判官に高圧的になり、時に喜劇的に見えるきらいはあったが、「海老蔵は今後も師直役者として十分いける」と確信した。菊ちゃんは顔がおとうさんそっくりだったな。でも、徐々にこみあげてきて爆発する怒りというものがあまり伝わってこなかった。
「四段目」
判官と力弥の間に漂う空気は先月の菊五郎×梅枝のほうがずっと濃かった。今月の力弥・右近クンはしかし由良之助を待つ間の悲しげな風情がよかった。
由良之助到着に対面を許す石堂(染五郎)が緊迫感を盛り上げた。菊之助さんは無表情に近く、受信力が私になかったのか、師直に対する怒り、悔しさといった感情があまり見えず、全体に気持ちが盛り上がらなかった。最後、自ら首に刃を当てるやり方は、刃を上に向けて首の真ん中から右上へ引いていたけれど、いつもは首の右側に当てていなかったかしら?(勘平とごっちゃになってる?)
幸四郎さんはせかせかと駆けつけてくるというイメージがあったが、今回は静かだった。泣き過ぎることもなく全体的にはいい大星だったと思うのに、残念ながらセリフがもぐもぐして聞き取りづらく、ところどころ眠くなってしまった。
「道行」
玉三郎さんがとてもきれい。年齢のせいか、役者としての格のせいか、おかる主導という感じが強かった。とにかくビジュアル的に文句なく美しい2人の間にはラブラブの空気が濃いが、先月みたいに浮き立つような感じはなく、暗さをはらんでいるのは、次の五・六段目の悲劇を暗示しているかのようであった。パワハラ・セクハラ老人に、色にふけった美しい若者と、海老蔵さんの2役が面白い。
<上演時間>「大序」53分(11001153)、幕間5分、「三段目」41分(11581239)、幕間30分、「四段目」87分(13091436)、幕間20分、「道行」40分(14561536

| | コメント (0)
|

来年こんぴらは染五郎さん

期間は
平成26年4月5~20日
演目は
菅原伝授手習鑑(賀茂堤、車引、寺子屋)と
女殺油地獄。
主な出演者は
染五郎
高麗蔵
松也
歌昇
壱太郎
吉弥

小屋で見る油地獄なんていいだろうなあと思うし、こんぴらはまだ一度も見たことがないので機会を窺っているのだけど、来年はどうかなあ。

| | コメント (4)
|

2013年12月12日 (木)

やっと11月終わり:明治座花形舞踊公演

1128日 明治座花形舞踊公演(明治座)
27
28の両日、藤間勘十郎プロデュースの若手による舞踊公演があった。どちらも見たかったし、演目的には27日を狙いたかったのだけど、明治座歌舞伎の千穐楽から少しでも日をあけたかったので、28日を選んだ。
長唄「歌舞伎草紙」
名古屋山三・市川ぼたん、出雲阿国・中村江梨他による舞踊。場内真っ暗になり、幕があき、さらに浅葱幕が振り落されると、阿国の弟子8人が華やかに舞う。やがて阿国が登場し、ひと舞いした後倒れ込む。すると名古屋山三がセリ上がってきて阿国と言葉を交わし、1人であるいは2人であるいはみんなで、と舞い、再び阿国が倒れて、山三は今度はスッポンへ消える。
ぼたんさんは立役のせいか、海老蔵さんに少し似ているような気がした。ぼたんさんの踊りを見るのは初めてで、お顔も素顔の写真しか知らなかったが、その素顔とは全然違っていた。
中村江梨さんは肩から腕のラインの動きがとてもきれいで、踊りも上手だと思った。
長唄「夢殿」
先ごろ、現役大学生にして花柳流次期宗家家元に指名され話題を呼んだ花柳芳次郎さんの舞である。聖徳太子が籠り瞑想にふけると夢に当方から金人が現れ教を垂れたという伝説のある法隆寺夢殿の趣を表した曲だそうで、非常に精神性の高い舞踊だということ。きわめて静かな曲で、こういう踊りは私みたいな素人にはまったくわからない。でも芳次郎さんは軸がまったくブレていないのがさすがだと思った(なんて、わかっちゃいないのに生意気言うようだけど)。きっとこういう踊りに次期宗家家元としての実力が見えるのだろう。
常盤津「一人景清」
尾上菊之丞さんが悪七兵衛景清を素踊りで舞う。景清が廓通いしているという設定からか、黒の着付、生成(?)の袴で、蛇の目傘をもって花道から登場する。助六みたいだと思ったが、景清は江戸時代には廓通いの粋ないい男として舞踊化されているそうで、なるほど助六と共通するものがあるわけだ。花道七三よりちょっと手前で踊っていたので、その間は3階正面席であるにもかかわらず、見えなかった。
菊之丞さんといえば端正な踊りというイメージだが、そのイメージ通り景清を端正で勇ましく踊ったかと思うと、廓話ではおっとりちょっと色気のある女性を踊る、その踊り分けが面白くステキだった。本当はここは2人で踊るらしいが、「一人景清」だから。

続きを読む "やっと11月終わり:明治座花形舞踊公演"

| | コメント (0)
|

来年2月歌舞伎座は花形

来年2月歌舞伎座の公演が発表になった。
花形で昼夜、別狂言の通し。演目と主な出演者は→ココ

| | コメント (0)
|

2013年12月10日 (火)

史上初

13121001minamiza
南座のまねきに「猿翁」があがるのは歌舞伎史上初。「猿之助」のまねきは18年ぶり。「中車」は48年ぶりだそうです。さらには、3人のまねきが揃ってあがるのは百有余年に亘る顔見世で初めてのことだとか。それがこの目で見られただけでありがたいありがたい。
13121002minamiza

今、ネットで得た情報によると、猿翁丈が今日から体調不良で休演とか。私は昨日の夜の部口上で猿翁丈の姿を目にしたばかり。1日のことでそんなに状況に変化があったのかとちょっとショックです。

あるいは、昨日は猿翁丈74歳の誕生日でもあったから、それまでは、と頑張られたのかしら。
いずれにしても、心配です。
追記:猿翁さんの休演は今のところ10日のみの情報で、11日以降については未定だそうです。

| | コメント (6)
|

2013年12月 8日 (日)

明治座11月花形歌舞伎千穐楽夜の部

1125日 十一月花形歌舞伎千穐楽夜の部(明治座)
11月、これで終わりじゃないのだぁ。
「毛抜」
笑三郎さん、久しぶりに見た、ような。ずいぶん高いなあと思った声はとてもきれい。巻絹役として非常に安定していた。
松也クンは秦民部。春猿さんが弟の秀太郎だし、八剣玄蕃が猿弥さんとなると、年齢的には玄蕃の息子数馬(弘太郎)と同等でかなり若い民部である。落ち着いた立居振舞で若さをカバーしようという努力は見えたが、やっぱり若い。でもとてもカッコよかった。春猿さん、弘太郎さんとも真摯な争いがよい。猿弥さんの悪役はさすがの貫録で、大きさを見せ、とにかくうまい。笑也さんの春風に騒動のもととなった申し訳なさが見え、門之助さんの春道がやはり芸の大きさで舞台を締めた。新悟クン(錦の前)は美形とは言えないが、おっとりした上品さ、行儀の良さがよくて、声もきれいだし、毎度言うようだが私は好きだ。
さて、粂寺弾正の獅童さんだが、堂々たるやんちゃぶり、愛嬌、色気、華、どれをとってもニンだと思うし、その通りよかったのだけど、セリフがひどく気になった。発声とか節回しとか團十郎さんそのまんまといった感じなのである。あれは團十郎さんだからいいんじゃないだろうか。獅童さんは獅童さんなりのセリフまわしにしてもいいのではないか。また獅童さんは声がハスキーなので張り上げた声があまりきれいじゃないと思った。でも、客席は大いに笑っていたし、拍手も大きかった。もちろん、私も面白いとは思ったのよ。今後もこの役は獅童さんの当たり役になってほしいと強く願っている。
「連獅子」
澤瀉屋の「連獅子」は初めて見た(と思う)。
全体的な印象は、2人の舞にキレとともにやわらかさがあったということ。とくに弘太郎さんの仔獅子はきびきびした動きとやわらかさ、さらには幼さのようなものがうまく噛みあい、いずれも仔獅子の特徴を表していて感銘を受けた。若さと上品な躍動感に溢れていた歌昇クンの仔獅子とは一味もふた味も違うような気がしたが、どちらがいい悪いじゃなくて、どっちもよくてどっちも好き。
狂言師右近・左近として登場した右近さんと弘太郎さんが互いに向き合った時の対称性がとてもきれいだった。互いにすっと足を出すところがとくにきれいで見惚れた。右近さんは父親というよりはお兄さんみたいな感じだったろうか。兄が弟を鍛える、心配する、弟は兄を慕い、必死に谷を駆けあがる、感動的な場面だった。
澤瀉屋の「連獅子」では他のと違って二畳台が3つ出てきて、左右2つの台の上にもう1つ台を置き、オリンピックの表彰台みたいな感じになる。牡丹の花は左右の台の後ろ端に1本ずつ。下手側が白で上手側が赤であった。
親獅子は向かって左の段から真ん中の台へ移り、それに呼応して仔獅子も花道で動く。親が真ん中の台に落ち着いたのを見ると、仔獅子は後ろ向きに花道を引っこみ(ここも、いつも見る「連獅子」とは違う)、すぐに再登場する。振付もずいぶん違うような気がした。毛振りは右近さんが中央の台で、弘太郎さんは花道から本舞台へ移動しながら振る、そして右近さんが台から下りて、2人で舞台を回りながら振る。動きにしても回数にしても、やり過ぎないといった感じなのだが、それでもその勇壮さが劣ることはまったくなく、見終わって非常に満足したのであった。
宗論は猿三郎さんと猿四郎さん。この2人の踊りは珍しいんじゃないだろうか。コミカル度はかなり高かったが、行儀がいいから品を落すことなく、十分楽しませてもらった。

続きを読む "明治座11月花形歌舞伎千穐楽夜の部"

| | コメント (0)
|

2013年12月 7日 (土)

やっと④:11月歌舞伎座夜の部「仮名手本忠臣蔵」

1122日 顔見世大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
本当は23日を狙っていたのに貸切で1日前に観劇(金曜日の夜は帰りの電車が混むからなるべく避けているんだけど)。以下、記憶の範囲で。
「五段目六段目」
判官の切腹、勘平の切腹、そして仮名手本ではやらないけれど仇討が終わった後には四十七士の切腹と、切腹から意識を離すことができない忠臣蔵。切腹というのはなんと壮絶な死であるかと、今さらながら恐ろしくなる。当時の武士にとってだって切腹は恐ろしかろう(元禄では、たしか内蔵之助が主税に動揺せずにしっかり腹を切れ、と諭す場面があったような…)、痛かろう。あるいはそういう教育を受けていれば少なくとも恐怖はないのだろうか。最後、介錯を受けずに自ら首に刃を当てるのも恐ろしい。なんか、今回は妙にそんなことを考えてしまった。
菊五郎さんの勘平は動きがなめらかで、型が美しい。型の美しさの中に細かい心理が描きこまれていて、勘平の悲劇の世界へと引きずり込まれた。印象的だったのは財布に目をやる場面。ここから勘平が激しい動揺と後悔の波に翻弄されるのであるが、その心の動きが痛いほど感じられた。
時様のおかるには「道行」と違い、ちょっと陰気すぎるかなと思うくらい翳りがあった。しかしやはり菊五郎×時蔵のカップルには落ち着いた安心感がある。いつもながら勘平の「ずいぶんまめで」には泣かされる。
千崎は権十郎さんのイメージが強いが、又五郎さんの千崎も明快で大変好もしく、左團次さんの不破との対照がなかなかよかった。
おかやの東蔵さんがうまいと思った。まず生活感があるのがいい。雨漏りするから婿に直してと頼むところなんか、もちろん設定として生活感があるのだとしても、自然ににじみ出てくるものが感じられた。そうして頼りにし、一方で討ち入りに加われるよう娘を売ってまで大事にしてきた婿なのに、という恨み・怒りが菊五郎さんの勘平の美しく細やかな描写とともにぐいぐい悲劇の沼の底へと引っ張り込んでいく。1人ぼっちになってしまうおかやが哀れであった。

続きを読む "やっと④:11月歌舞伎座夜の部「仮名手本忠臣蔵」"

| | コメント (4)
|

さよならレッズの山田暢久選手

13120701yamada 最終戦に優勝がかかったJリーグ。私は優勝戦線から脱落したレッズの試合をそれでもテレビで後半途中から見ていたのは(それまでは仕事ですよ、仕事)、山田暢久が出てくるかなあと期待していたから。
試合はDF棒立ち、5点も取られる(ほんと、誰が守るんだ!!)。暢久もついに出番を与えられなかった(結果論になるかもしれないけど、十分出番はあったのに)。
セレモニーを見て、泣いた。20年もレッズで活躍した暢久との別れはつらい。サポ席での素敵な「6」の文字(写真)がまた泣かせる。
しかし、野田選手の名前を忘れる代表っているかねpout 百歩も千歩も譲って、選手全員の名前を覚えていなくてもいい、でも今日を最後にレッズを去る選手の名前くらい忘れないでよ(「山田暢久選手、野田……、野田選手、永田拓也選手」だって)。悔しいやらがっかりやら(マルワンさん、こんなレッズでも好きでいてくれるかな)。
ということで、夜の反省会というか忘年会というかだけ出席。最近ちっとも飲んでいないので、アルコールにやられないよう用心深く飲んできました。
追記:リアルタイムで写真を撮らなかったことを後悔しているうちに、そうだGGR(レッズ応援番組)で絶対映すだろうと録画した。つもりだった。数日後、あ、録画忘れたと悔いても遅い。ところが、1週間以上も経ってから録画してあることを発見coldsweats01good というわけで今ごろになって写真を掲載しました。

| | コメント (2)
|

2013年12月 6日 (金)

福助さん1月も休演

脳内出血による筋力低下という診断だそうです。
すっごく心配です。
3月、4月の襲名公演は医師と相談の上、だそうですが、くれぐれもお体第一に考えてほしいです。でも、今どんなお気持ちでいらっしゃるかと思うと…。
それにしても毎度毎度言うことですが、役者さんの健康は松竹、ご自身ともにしっかり管理してほしいものです。福助さんも夏ごろから疲れがたまっている様子だったという情報もあり、早く休養を取っていれば、と今さらながら思います。歌舞伎界をピンチにしないためにも早めの管理を心掛けていただきたい!!

1月の代役は→ココを見てください。

| | コメント (2)
|

2013年12月 5日 (木)

「思い残し切符」に寄せて

今月2日は笹子トンネル事故から1年、4日は東日本大震災から1000日、そして今日5日は中村勘三郎丈が亡くなられてから1年。たまたま「イーハトーボ」の感想を書くのが遅くなって3日にアップしたのだけれど、その前後に、私の心が衝撃を受けた事柄のメモリアルデーが3日続いたことで、「思い残し切符」のことが深く胸にしみている。
「イーハトーボ」のラストでは農民たちが思い残し切符をネリに渡し、思い残す言葉を語るのだが、人間だれしも思い残しはあるよね。ここ数日のことが思い残し切符と重なって、今日はしんみりした1日でした。

| | コメント (0)
|

2013年12月 4日 (水)

やっと③:「伊賀越道中双六」

1118日 「伊賀越道中双六」(国立劇場大劇場)
文楽のほうは見ていないので、通しは初めてになる。
藤十郎さんの父親役が長男翫雀さん、藤十郎さんの妹・すなわち翫雀さんの娘役が扇雀さん、扇雀さんの夫役が扇雀さんの長男の虎之介クンと歌舞伎ならではの配役である。
「沼津」の大もとになる序幕では、沢井股五郎がどうして和田志津馬(お米の夫)の敵となるかが描かれる。和田家のちょっと複雑な事情はよくわかったが、股五郎が志津馬の父・行家を殺す理由がやや弱いような気がした。もっとも悪人ってそんなものかと思ったが、この殺しの一因となった別の場面が今回カットされているそうだ。あとの筋立てとは無縁な話だから混乱を招かぬようにとの配慮かららしいが、その辺の判断って難しいんだろうなあ。
萬次郎さん(行家の後妻・柴垣)の声にはいつも聞き惚れる。声と温かい柴垣の人となりがマッチしていると思った。行家(家橘)の娘・お谷は剣の達人・唐木政右衛門と夫婦になっているが、それは親の許さぬ仲。後妻の柴垣がとりなそうとしても行家は許さない。不義密通を働いた唐木政右衛門を「犬に劣りし不届き者めが」と言い捨てるが、口に出すこの言葉とは裏腹に本当は2人を許してやりたい心情がにじみ出て、気持ちの板挟みに苦悩する父親の愛情が感じられた。また、股五郎との遣り取りでは緊迫した場面となり、少ない出番ながら家橘さんの存在感が光った。股五郎の市蔵さんもいかにも奸計を巡らせそうな悪役ぶりだった。
志津馬は虎之助クンだが、これがお米のダンナかと言うには若すぎるを通り越して子供すぎる。お米と一緒に登場する場面がないのがせめてもだが、それにしても頭の中で2人が夫婦だというイメージが湧かない。
池添孫八、「沼津」では終わりの方にちょこっと出てくるだけだが、こういう関係だったのかと納得。こういう関係というのは、池添孫八は和田家の奴で、行家殺害に駆けつけた志津馬の脚を股五郎が斬りつけたときに駆けつけ、以後仇討の旅を共にするというわけだ。孫八は立ち去る敵をもっと追えばいいのにとちょっとじりじりしたが、やはり手負いの主人の介抱が先なのかもしれない。亀鶴さんがステキ。
二幕目は唐木政右衛門が行家の死を知ってから仇討に出るまでがドラマチックに描かれる。お谷を離縁する政右衛門には何か思うところがありそうではあるが、相当ひどい言いようだ。それを障子の陰で聞いているお谷の気持ちは如何ばかりか。お谷の孝太郎さんは武士の夫人らしい落ち着いた声で、好感がもてた。政右衛門の橋之助さんはまっすぐ正統派の武士として立派だしカッコいいし、この役にぴったりでとてもいいのだけれど、時々声が耳に障るのが非常に残念。高く甲走った声を張り上げる、セリフの妙味が感じられない、私が歌舞伎の橋之助さんをもうひと押し好きになれないのはこの点があるからだ(テレビの時代劇の橋之助さんにはそういうところがないので、出てくると安心するし好きなのに。歌舞伎でも「天保遊侠録」の勝小吉なんてとってもよかったのに)。私としては本当に残念である。
政右衛門がお谷を離縁して迎えた新しい嫁はお谷の妹・おのち。なんとまだいたいけな子供である。おのちにせがまれた饅頭を半分に割って夫婦の固めにした橋之助さん、床の畳に落ちた餡や皮を丁寧に拾っていて、橋之助さんって几帳面なきれい好きなんだなあと思った。
政右衛門を郡山藩へ推挙した宇佐美五右衛門は彦三郎さん。まっすぐ元気印のジイサマで、これも彦三郎さんにぴったり、好もしい。政右衛門が仇討のために考え出した策は明日の御前試合にわざと負けること(勝てば殿様の指南役にならなくてはならず仇討はかなわない)。その時には推挙した五右衛門に政右衛門のウデを見損なった責任で腹を切ってほしいと頼む。快諾する五右衛門。すごい話だと感銘を受けた。
事情を知らずお谷にひどく同情する政右衛門の家来・石留武助は橘太郎さん、こういう細かい気のまわる人をやらせると実にうまい。気持ちのやさしさもよく出ていた。
ところで、政右衛門ってすごくいい暮らしをしているように見えたけれど、この時点では浪人でしょう(行家のセリフに「浪人させておくには惜しい」とある)。屋敷も広いし、下女もたくさんいそう。なんでこんないい暮らしができているのか不思議だった。
第二幕唐木政右衛門屋敷の場が終わると、御前試合の場になるが、一段落感あるし、いったん定式幕が引かれるためか、休憩と間違って席を立つ人がけっこういて、「まだ休憩でない」と場内係が留めていた。

続きを読む "やっと③:「伊賀越道中双六」"

| | コメント (2)
|

2013年12月 3日 (火)

やっと②:「イーハトーボの劇列車」

1116日 「イーハトーボの劇列車」(紀伊國屋サザンシアター)
井上ファンの若い女の子がけっこう見に来ていたようで、STARSの特典引換なんていう受付が出ていたのが、ふだんのこまつ座公演とはちょっと違った雰囲気だったが、客席の空気に特別なものは感じなかった。

私はなんて、宮沢賢二賢治のことをまったくといっていいほど知らなかったのだろう。その人生はもちろん、作品ですらまともに読んだのは教科書に載っていた「雨ニモ負ケズ」と「よだかの星」と「永訣の朝」だけだ。中で「永訣の朝」は中学生だったか高校生だったか、私の心の琴線を激しく揺り動かし、未だに「あめゆじゅとてちてけんじゃ」の1行は私の胸を詰まらせ涙をにじませずにはおかない。「永訣の朝」で賢治が静かにかつ血を吐くように激しく思いを寄せた妹とし子も、このお芝居に登場する。それも入院中であるとはいえ、かなり楽しい状況で。それは私をなごませ安心させた(とし子にもこういう時間があったんだ)ものの、その楽しい状況を作り出した福地第一郎にとし子の死を「あめゆじゅとてちてけんじゃ」の言葉を使って伝えるだけに又悲しくなった。
賢治は貧しい農家の出身だと勝手に思い込んでいた(まったく無知だった)。「雨ニモ負ケズ」のイメージや、農民側に立った様々な活動から勝手にそう思っていたのだ。ところが、真実の賢治は、実家が裕福で、賢治がねだればいくらでも金を融通してくれる甘い父親さえいた。しかし賢治と父親は宗教が異なる点で対立もしていた。賢治が法華経、父親が浄土真宗、まるで「連獅子」の間狂言みたいで興味深かった。
思い残し切符は、「ムサシ」のラストを思わせて、胸に迫るものがあった。
舞台は楕円形の盆が、「シュシュシュ」といった擬声語効果的に使われていた(「シュシュシュ」を聞いたら子供のためのシェークスピアを思い出した)。
賢治役の井上芳雄クンは、小林多喜二の時よりもずっと身長が高く感じられた。理想に燃える賢治、ダメな賢治(結局、どの理想も実現できなかったようだ)、その内面をピュアに丁寧に演じていて、とってもよかった。
父親役でもあり、賢治をアカではないかと疑ってつきまとう伊藤儀一郎役でもある辻萬長さんはやっぱり好きだ。賢治を厳しく批判する伊藤儀一郎には甘い父親とは裏腹の愛情のようなものが感じられた(2人のエスペラント語講座の件が面白かった。昔、どこかの医院で診察を受けた時、待合室にエスペラントに関する冊子が置いてあり、ちょっと興味をもったので。エスペラントはどうして普及しなかったのだろう)。
母親役と賢治の東京の下宿のおばさん稲垣未亡人役の木野花さんの大らかさもよかった。印象としては稲垣未亡人のほうが強いが、はっきりとモノを言ってもおっとりしたところがあり、大らかさ、大きさが魅力的だった。
賢治の妹・とし子は大和田美帆さん。素直で健気な美帆ちゃんらしさが活かされていた。死者から「思い残し切符」を受け取る女車掌(大和田美帆二役)にとし子の姿が重なって、ぐっとくるものがあった。
他の出演者については触れないが、適材適所、みんな役にぴったりでそれぞれの人の人生が感じられた。
<上演時間(手元の時計による)第一部90分(13301500)、休憩20分、第二部85分(15201645

 

| | コメント (10)
|

2013年12月 2日 (月)

ツケ打ち芝田さんの受賞

ツケ打ちの芝田正利さんがニッセイ・バックステージ賞を受けられた(詳しくは→ココ)。
歌舞伎にツケはなくてはならないものだし、いやそれどころか、ツケの善し悪しが舞台の善し悪しに影響することだってあるだろうし、ツケ打ちさんは舞台に顔を出しているわけだけれど、
ツケ打ちさんのことを裏方である普段特別な意識をもって見ることはあまりなかった。
それだけに、あらためて歌舞伎はスターだけでできるものではないことを認識し、また裏方さんの努力と力が認められたのは歌舞伎ファンとしてとても嬉しいと思った。
芝田さん、おめでとうございます。

歌舞伎座舞台のHP、ブックマークした。これまで気がつかなかったよ~。

| | コメント (0)
|

2013年12月 1日 (日)

やっと①:11月歌舞伎座昼の部「仮名手本忠臣蔵」

1113日 顔見世大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
とうとう11月中に感想が書けなかった。やっと先がみえてきたので、少しずつ書きます。
開演前、定式幕があいて、緞帳がおりてきたから「仮名手本なのに?」とびっくり。そうしたらいつもは食事時間の幕間にある緞帳紹介が始まったのであった。一通り紹介が終わると再び定式幕となった。さよなら公演の時もそうだったっけ? 覚えてない。
「大序」
人形による出演者の紹介は楽しい。いちいち拍手しちゃうとせっかくの名前にかぶっちゃうので、私は今回は拍手はなるべく控えるようにした。二度呼ばれたのは菊五郎、梅玉、吉右衛門の3人だったかな。
ユーモラスな人形が客を和ませて引っこんだ後のとざいと~ざ~いの声は何度聞いてもやはり胸が高鳴る。浄瑠璃に合わせて11人が息を吹き込まれるかのような動きも好きだ。いよいよ始まるんだなと思う。
一気に顔世登場に飛ぶが、顔世が呼ばれることになった時、花道のほうに反応を見せたのは師直(左團次)だけだった。そして顔世が出てくると、左團次さんの表情が緩む。左團次さんの師直には全体に小狡さのようなものが感じられて、それはそれで師直の嫌味ったらしさなのだが、もう少し艶っぽさがあったらよかったのと、意外とねちっこさが薄いような気がした。
芝雀さんの顔世は控えめで、言い寄られた時の色気、危うさがとてもよかった。もちろん顔世自身にそんな気はさらさらないのだけれど、変なことしたら舌を噛み切って死にますわよ的な強さではなく、強気に迫れば落ちるんじゃないかという危うさ、それが師直をなおさら燃え上がらせるのだろう。
梅玉さんの桃井若狭之助は正義感が強くて、こういう輩は許せん、な感じがよく出ていた。師直にさんざんいじめられている時直義が戻ってこなかったら絶対に若狭之助がやっていたのに、と運を感じた。それでもまだ翌日やってやるぞと息巻いていたのに、加古川本蔵の働きで怒りのもっていきどころがなくなり、若狭之助本人はさぞカリカリ納得がいかないだろうが、お家断絶の危機を免れたのである。判官のやったことを知って後にどう思っただろう。
菊五郎さんの判官は若々しく、おっとりやわらか鷹揚で、四人四様、この場だけで人物がうまく紹介されているものだとあらためて感心する。
「三段目」
「進物の場は」松之助さん(鷺坂伴内)の味とうまさで楽しめた。「刃傷の場」は
途中で眠くなって(昼の部は無理して出かけてるから、絶対眠くなる)、「フナざむらい」のところは見逃した。
判官のしでかしたことはそれこそ大事件ではあるけれど、あのおっとりした判官がこれほど怒りに駆られるのだ。加古川本蔵に止められた悔しさは察するにあまりある。
「四段目」
淡々とそして粛々とその後の始末を受け入れる判官だけに、より心の奥底の無念さを感じた。判官と力弥が目と目で語り合う場面には深い悲しみと特別な親密さ・信頼感が漂う。客席に背を向けて感情を表現する梅枝クンが見事だった。左團次さんは二役目の石堂のほうが私は好きだ。判官の遺体の背中に上意書を載せようとしてうまくいかず、結局滑り落ちてしまった。
吉右衛門さんの大星は静かに駆けつける。それだけに、道中どんな気持ちだったろうかとその心に思いを馳せる。史実に近い「元禄忠臣蔵」とドラマチックな「仮名手本忠臣蔵」、時々どちらがいいだろうと思うが、切腹の場はどちらも胸が締め付けられるようになる。比較するのは間違っているだろう。
この後、浅野家の家老としての立場と一家臣としての立場の狭間で、すべての重圧がその肩にのしかかった大星の孤独な戦いを思うと、胸が痛む。足利へ攻め入ろうと逸る家臣たちに対する「恨むべきは足利殿ではない」との渾身の説得には胸が震える。城を明け渡し、悲しみが堰を切って押し寄せ、九寸五分についた判官の血を口にして主君の無念を自分の無念として心に刻む大星の涙には私も涙をこぼさないではいられない。塩冶家の提灯の重化を取り、火袋(胴体)だけにしてそれを縮め胸にしまう。ここの場面は、とてもつらいけれど、好きだ。栄津三郎さんの送り三重で花道を引っこむ吉右衛門さんに、人物の気持ちは全然ちがうけれど、熊谷が重なった。
「道行」
定式幕はいつもとは逆に下手から上手へと開いた。浅葱幕が振り落されると、さっきまでの重苦しさと打って変わった美しい背景に客席が湧いた。
勘平にとってはつらい道行なのに、おかるにはうきうきした感じがある。主君の大事に逢引をしていたことの重大さをわかっているのかいないのか、沈み込む勘平の気持ちを引き立てようとしてそうしているのかもしれないが…。
時さまの大らかさがそういうおかるに合っているように思った。
そういえば時蔵×梅玉は久しぶりに見たかも?
<上演時間>「大序」55分(11001155)、幕間5分、「三段目」43分(12001243)、幕間30分、「四段目」87分(13131440)、幕間20分、「道行」40分(15001540

| | コメント (2)
|

« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »