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2013年12月16日 (月)

南座顔見世昼の部

129日 當る午歳吉例顔見世興行昼の部(南座)
うちから歌舞伎座に行くよりずっと楽なのに、10時半開演はやはり早すぎて、朝起きるのに緊張し、早めに目が覚めてしまった。雨?は前夜降り始めて、私が出かける頃にはやんでいた。観劇中、外では虹がかかっていたらしい。見たかったな。
「厳島招檜扇 日招ぎの清盛」
初見なのに既視感があったのは、平成23年国立劇場の初春芝居「四天王御江戸鏑」でパロディを先に見ていたからであった。
本家のこちらを見て、ちょっと腑に落ちなかったのは、清盛というのは傲岸不遜、権勢で日を呼び戻したとされるのに、ここに登場する清盛は温情厚い人物として描かれているのである。宮島造営祝賀の宴にて舞を舞った仏御前(笑三郎)と祇王(壱太郎:翫雀さんにそっくり)だが、仏御前は親の仇と清盛に斬りかかる。実は仏御前は源義朝の娘だったのだ。仏御前の首を刎ねようとする瀬尾(亀鶴)を止めて清盛は、義朝は幼少より無二の親友であり、義朝を討ち取るのはつらかったと語り、仏御前の命を救うのである。感謝する仏御前。
って、たしかに清盛の我當さんはスケールの大きさ、温情という面ではまさにはまり役なのであるが、物語の方向性としてはおやおやおや?な感じであった。
笑三郎さんは毅然とした誇りと悲しみに優れ、清盛の温情も卑屈にならず、誇りの中で受けているのが印象的だった。
月乃助さん(越中前司盛俊)と亀鶴さん(瀬尾三郎兼経)の対照がよい。亀鶴さんの瀬尾で「俊寛」が見たいと思った。
ラスト、戻ってきた夕日を見て、皆が驚くか無表情な中、進之介さん(内大臣宗盛)だけが、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「道行旅路の嫁入」
竹本が一節二節語ると舞台の背景幕が上がり、戸無瀬(時蔵)・小浪(梅枝)が中央で寄り添っている。美しい親子で、時蔵さんの細やかな母親らしさ、梅枝クンの娘らしさが胸を打つ。母が娘の手に息を吹きかけて温めてやる様、水たまりをよける様子など、夜の部の道行と共通するものがあった。時様は赤の衣裳がとてもよく似合い、しっとりとした大人の味わい、武家の妻としての格のようなものがあり、梅枝クンは初々しく可憐で、恋一筋、それを支えてくれる母親を頼りに道を進むひたむきさが感じられた。
背景が次々と変わり、また竹本の地名を織り込んだ詞章を聞くと、2人の歩いた距離がどれほどのものかが思いやられた。
可内(翫雀)の踊りは途中でダウンしてしまい、最初と最後しか見なかった。すみません。結局、昼の部は眠いのだ。
「ぢいさんばあさん」
弟・久右衛門(猿弥)の軽挙を叱るるん(扇雀)の言葉に、しみじみ運命のいたずらを感じた。
猿弥さんは若気の至りによる軽挙にも納得できるような若々しさであった。心からの後悔にも若い真情が溢れていた。
扇雀さんはしっとりとした若妻らしさが美しく、夫との微笑ましい愛情には客席からあたたかい笑いが起きていたが、別れの悲しさを気丈に耐える姿が哀れであった。
中車さん(美濃部伊織)は序幕・二幕目の若い時代は意外とぱっとしなかった。いや、悪くはないのだが、白塗りがあまり似合わないのと(鬘と白塗りの境目がいやにはっきりしていたのが気になってしょうがなかった)、若さの華に少々欠けるような気がしたのだ(それに、私の中では伊織は仁左様だからなあ)。若さを見せる工夫が今後の課題の1つであろう。しかし中車さんがその実力を発揮するのは老年になってからである。老けの表現、芝居のうまさに、物語を堪能した。扇雀さんのるんも品よく年をとっており、2人の変わらぬ愛とおっとりした空気が何とも微笑ましく感動的だった。周囲ではけっこう泣いている人がいた(男性も泣いていたと思うよ)。私は、伊織とるんが互いを認めた瞬間、ぶわっと涙があふれて、あとはずっとぐずぐず涙を洟をすすっていた。
右近さんの下嶋甚右衛門は鬱屈した感じ、嫌味な感じがやり過ぎず、イヤなヤツだと思わせる。誤って伊織に斬られた下嶋が手すりを破って鴨川に落ちると客席から「わっ」という悲鳴のような驚きの声が上がった。
月乃助・春猿さんの若夫婦はきれいで清々しく優しく、2人が愛情豊かな家庭で温かく育てられたことが見て取れた。この2人のコンビでもっと歌舞伎を見たい。

「二人椀久」
苦手を少し克服したつもりでいたが、やっぱり苦手は苦手で、椀久(愛之助)が花道から狂った足取りで出てきたと思ったら、次に気がついたときにはもう松山太夫(孝太郎)が一緒にいた。テンポの早い箇所は眠くならずに見ることができた。とまあ、そんな程度なのに、2人で楽しそうに踊っているのを見たら、松山太夫のいない椀久の狂おしい気持がわかるような気がした。
「川連法眼館」
開演5分前に祝い幕が出た。
川連法眼(寿猿)が飛鳥(竹三郎)に「鎌倉方からの呼び出しは義経公のことで、自分は命を懸けて義経公をお守りする」と話しているところから始まり、飛鳥の自害騒動は省略されている。
亀井が松緑さん、駿河が愛之助さんという顔見世ならではの豪華さである。
本物の忠信がさんざん疑われている中、静を伴った忠信が到着したという申し次に、本物は「我が名を騙る胡乱者。ひっくくってわが君への面晴れせん」とか何とか怒りを込めて言うのだが、そのタイミングが一瞬早すぎたような気がした。
藤十郎・義経、秀太郎・静は1年半前の襲名公演と同じ組み合わせで、あの時はその大きさに感銘を受けたのだったが、今回もそれは同様であった。そして秀太郎さんの「愛人」静が素晴らしくいい。いいのは愛人らしさだけではない。狐の話を聞いている時に、形として悲しそうに同情しているのではなく、熱心に聞き入り、頷き、心の底から狐を哀れに思っている情感が強く強く伝わってくるのだ。こういう静は秀太郎さん以外にはいないかもしれない。
猿之助さんの狐は親鼓にしょんぼりと別れを告げるときにぐっときた。狐言葉は「~~~でござりまする」と、なが~く伸ばしてから一気に「ござりまする」というのに笑いが起きた。どうしても可笑しいのかなあ。狐の哀れさにはそれなりに胸打つものがあるのに、あまり泣けないのはなぜだろうか。しょっちゅう見るからこっちが慣れちゃったんだろうか。
しかしさまざまなケレンは客席を楽しませ、感嘆の声を上げさせた。
宙乗りでは拍手が手拍子になることはなかった。思うに、音楽のリズムとかツケのリズムが手拍子を招くのかもしれない。今回は微妙に手拍子をしにくいリズムだったような気がする(単に気のせいかも)。
<上演時間>「日招ぎの清盛」20分(10301050)、幕間10分、「道行」30分(11001130)、幕間25分、「ぢいさんばあさん」80分(11551315)、幕間20分、「二人椀久」35分(13351410)、幕間20分、「四の切」70分(14301540

 

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コメント

こんばんは! 私は御園座と今回と二度拝見しているのですが
伊織役の中車さんの感想はFujisanと同じです。

白塗りが似合わないのと(馴染んでいないのか?)、演技がなんとなく
ぼやけているのと、特に京都での同輩との酒席での会話もかみあって
いなかったし、武士としての風情がなかったですね。
一転して、年をとってからは俄然良くなっていましたね。
どこか特化した部分では、中車さんの卓越した演技力が生かされる
のかなと思いました。 

厳しいことを言いましたが、おもだか屋ファンとして、これからも
長い目で応援していきたいと思います。

投稿: maroon6 | 2013年12月18日 (水) 22時10分

maroon6様
こんばんは。コメントありがとうございます。
御園座で一度演じているのに今回も同様なのは、白塗りの若者は中車さんのニンではないということなんでしょうね。おっしゃるように、特化した部分で中車さんの演技力が生きるのだと思います。また、中車さん(香川さん)はどちらかというと映像中心でやっていらしたこともあるのかもしれませんね。
中車さんにはこれで終わってほしくありません。もっと歌舞伎に専念して、中車さんの演技力を活かせる役で舞台にたくさん出て、猿之助さんを中心に澤瀉屋を盛り立てる一員として活躍していただきたいのです。
maroon6様のように、私も長い目で応援していきます。

投稿: SwingingFujisan | 2013年12月19日 (木) 00時27分

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