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2014年6月 4日 (水)

巡業中央コース4日目

63日 公文協巡業中央コース昼の部(サンシティ越谷)
南越谷駅から隣接する新越谷駅に行って東武線に乗るつもりでさっさか歩いていたら、サンシティ越谷の看板が見えた。あれ?と思いながらもう少し進むと、今度は巡業のポスターが。近寄ってみると、サンシティ越谷は南越谷にあったのだった。危うく越谷駅に行ってしまうところだった。越谷には毎年見に行っているのに、乗り換えて「南」のつかない越谷だって、思い込んでた。駅貼りのポスターがあって助かった。
「太閤三番叟」
すみません、前半眠くて…。
紅白の幔幕の前で忍びの侍4人が、なんかを寿ぐとかいうような話をしている。1人が「二代目亀治郎改め四代目猿之助、九代目中車の祝いだ」とか言うと、別の1人が「そうじゃなくて、秀吉公の大坂城が完成した祝いだ」と言う(よく聞き取れなかったが、多分そんな内容だったと思う)。4人が引っこみ、幔幕が上がると、長唄・鳴物が舞台正面にずらり。
千歳にあたる淀の方(笑三郎)、そして翁にあたる北政所(笑也)がしずしずと現れる。2人が一踊りした後、北政所はひっこみ、三番叟にあたる秀吉(右近)が登場する。右近さんの踊りはリズミック、ダイナミック。やがて、さっきの4人が再び現れて、秀吉と所作ダテを見せる。きりっとして楽しかった。
「口上」
口上が始まる23分前に祝い幕が披露された。澤瀉屋の祝い幕披露はいっつもそんな感じだね。もっと前から出しておいてもいいと思うのに。
さて、口上は下手から右近、笑三郎、弘太郎、月乃助、笑也、中車、猿之助、秀太郎、竹三郎、猿弥、寿猿、門之助と並んでいる。
まずは秀太郎さんが挨拶と紹介。秀太郎さんは口上だけの出演で巡業に参加しているが、声がガラガラで聞き取りづらい。断片的にしか聞こえなかったので、内容は省略する。後でブログを見たら、体調不良のよう。とくにこの日は昼の部と夜の部の間にうたたねをしたら声がガラガラになったそうだが、昼の部以上にガラガラになっちゃったのか…。体調不良での移動は本当につらいと思うし、悪化しなければいいのだけど。まだ始まったばかりなので、くれぐれもお大事に。以下、お祝いの言葉や列座・役のお礼以外の口上を簡単に。
竹三郎さんは、「初代猿翁の世話になっていたご縁で列座させていただいている(歴史を感じますなあ)。四代目猿之助さんは幼少の折、利発で聡明で可愛らしい坊ちゃんだった。いつ見ても素晴らしい演技で、幕が下りるたびに感動している。中車さんとは初共演。中車さんも初役なら、自分も初の老船頭役である」。寿猿さんは「先代(猿翁師匠)の團子から猿之助襲名、段四郎さんの亀治郎から團子襲名に列座した。あれから51年、亀治郎から猿之助、香川照之から中車披露の席に列座は嬉しくて有難い」。ここで「大番頭!」の声がかかった。
笑三郎さんが「幕開けの三番叟で舞台を浄めさせていただいてありがたい」と述べたのが印象的だった。
猿之助さんは「長谷川伸は股旅モノが得意。長谷川伸と澤瀉屋の縁は浅からぬ。祖父三代目段四郎と祖母高杉早苗の仲人であり、伯父喜熨斗政彦(猿翁さんの本名)の名付け親である。また、長谷川伸の亡くなった翌日が初代猿翁の命日(ほんとだ、2人は続けて亡くなったんだ)。お蔦は襲名公演で初の女形。芝翫のおじさまが丁寧に教えてくれた大切な役である。隣に列座する中車さんとがっぷり四つに組んで芝居する」。
中車さんは「中車の名跡は大変に重い。まだまだ未熟者だが、澤瀉屋の名を汚すことなく精進する」。
最後に秀太郎さんが「初代猿翁が猿之助時代に『一本刀土俵入』で子守役をやった。あの時は寿猿さんも出ていた。あれから60年。その狂言が今回の襲名公演にかかり、感無量である」と締めた。

「一本刀土俵入」
カメちゃんは私にとってやっぱり女形の役者であり、こういう役は大好きだ。女形にしては声に難があるかもしれないが、こういう役にはあの声が合うんじゃないかと思う。姿もだけど、声も色っぽい。竜馬のおりょうにしてもこのお蔦にしても、本当に愛おしい。我孫子屋の二階で茂兵衛を見送って「ようよう駒形」と声を上げ、後姿を見せる。その背中が寂しそうでたまらない。蓮っ葉に見せながら、心は蓮っ葉でない、女の哀しみと諦めと希望とが混じり合った、清潔な心を感じた。10余年後、娘と2人つましい暮らしをしているお蔦の母親らしさは、袖萩や豊島屋お吉の子への愛情に通じるところもあり、やっぱりカメちゃんは女形と又思うのである(結婚もしていない、子もいないカメちゃんがこれだけ母親になれる、ってすごい)。この時茂兵衛を思い出せないのは、「親切にしたのが情に駆られたのではなく酔った勢いでだったから」と芝翫さんに教わったそうだが、なるほどと思わされた。
今回は思い出すきっかけが茂兵衛の突っ張りだったが、浅草(20091月)では頭突きだった。10余年前、茂兵衛があくどい船戸の弥八をやっつけたのは頭突きによってであり、今ヤクザをやっつけるのも頭突きを喰らわせた方が、お蔦が思い出すきっかけとしてすんなり納得できるし、インパクトも強いんじゃないだろうか(こっちも「思い出したっ」って気持ちに同化できる)。
中車さんは、肉襦袢をつけていないためか、もっさりとした田舎者の取的感がちょっと薄かった。それゆえ、我孫子屋前の場面では立ち姿が馴染まないところもあったような気がした(小栗栖の長兵衛のほうがむしろ馴染んでいたかも)。でも公演を重ねるうち絶対進化するはず。ただ、後半の博徒は…中車さんはどちらかというとスッキリ系ではないので…。それと、体型に変化がないので、「お、すっきりかっこよくなったね」感がない。あと、礼を言いながら逃げるお蔦一家に(ここは前半の逆転でよくできている)、手で早く行け早く行けと合図を送るのが、なんか追い出すように見えてもったいなかった。でも、前半のとっぽいニイチャンの時から物に動じないところがあったし、しっかり立っている姿を見ると、いろいろ修羅場をくぐってきたんだろうなあと思うし、それでもそういう生き方が茂兵衛の純粋な人間性をちっとも変えていないことがよくわかって胸がアツくなった。とはいえ、まだ「泣けて」くるところまではいかない。千穐楽に大いに期待している。ところで、そばの席で、中車さんの演技に対してしょっちゅう笑いが起きていたのが解せなかった。
門之助さん、イカサマなんかしてしまったけれど、男らしくてステキだった。
月乃助さんの堀下根吉、かっこよかった。この役っていつも思うのだけど、かっこいいだけに、簡単に茂兵衛にのされちゃうのが残念。
猿弥さんの波一里儀十は残忍そうで怖い。もっとも自分の賭場でイカサマやられちゃあ、血眼になって追うよね。儀十は怖いけど、茂兵衛と相撲をとる愛敬が猿弥さんらしくてよかった。
秀逸だったのが「布施の川べり」。風情といい、寿猿・竹三郎の老名優による老船大工・老船頭の遣り取りがいかにもな世界を展開して、その味に酔った。竹三郎さんのこんな役は初めて見たが、とてもしっくり似合っていて、かっこよかった。若船頭(弘太郎)がファッションでいう「差し色」みたいな感じなのもよかった。
楽しくて、夜の部も見たいなあと思ったけれど、そうもいかず。
そういえばこの公演、春猿さんだけが参加していないのねえ…。
<上演時間>「三番叟」30分(13001330)、幕間15分、「口上」15分(13451400)、幕間25分、「一本刀土俵入・序幕」45分(14251510)、幕間10分、「一本刀土俵入・大詰」50分(15201610

 

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コメント

初めてコメントさせていただきます。
いつもブログを楽しく拝見させていただいてますが、今回ばかりは私と同じ思いの人がいた!!と思いきって書き込みます。
そうなんですよ、一本刀土俵入りでこんなに笑いが起こるのは解せないし、お蔦が茂兵衛を思い出すきっかけも頭突きの方がしっくりいくのです。初日と2日めに行ったのですがいずれも笑いは起きるし、私は泣けなかった。
浅草歌舞伎ではお蔦にも茂兵衛にも泣かされたのに・・・
他の方の感想を読むと、絶賛しているのが多くて納得できなかったんです。
私は猿之助さん贔屓だし、お蔦自体はとてもよかったと思うのですが、今回の一本刀土俵入りはいまいちでした。


投稿: はま | 2014年6月 5日 (木) 07時21分

はま様
はじめまして。コメントありがとうございます。
初日2日目といらしたんですね。そのどちらでも、そして4日目にも笑いが起きていたというのは…。
私も猿之助さん好きです。お蔦は本当によかったですね。香川さんも好きで「中車」を応援しているのですが、今回はどこか「違う」と思いながら見ていました。どこがどうとはっきりとはわからず、何となくとしか言えないのですけれど。
はま様も、どこか「違う」ものをお感じになられたのでしょうか。
でもきっと千穐楽にはのめり込んで「泣ける」芝居になっていることと期待しています。

投稿: SwingingFujisan | 2014年6月 5日 (木) 08時57分

いきなりのコメントに早速のお答えありがとうございます。「もっさりとした田舎者の取的感がちょっと薄かった」ってそのとおりですね。その上肉襦袢もつけていなかったし、取的にも見えなくて・・・
私も香川さんは役者として好きですし、もっともっと歌舞伎の稽古に励んで「中車」として世間にも認めてもらいたいのです。
茂兵衛のせりふで「そこはね、お墓さ」というのがありますよね。これまでだと勘太郎さん(当時)でも吉右衛門さんでも涙を誘うせりふでした。
なのに今回は「笑い」が起きてました。何故なのでしょう。今回の巡業で再度拝見することはかないませんが、どうか千穐楽にはいいお芝居になっていて欲しいと思います。よろしかったらまたこちらでレポートしてください。
長々と失礼いたしました。

投稿: はま | 2014年6月 5日 (木) 13時14分

はま様
再びのコメント、ありがとうございます!!
「そこは、お墓さ」は、お蔦におっかさんのことを突っ込まれた後の悲しいセリフですのにね。越谷でもそこで笑いが起きたような気がします(はっきり、覚えていなくてごめんなさい。不可解な笑いが時々起きていたことはたしかなんですが)。
中車さんはまだ歌舞伎の空気が薄いような気がしました。「もっともっと歌舞伎の稽古に励んで『中車』として認めてもらいたい」――まったく同感です。応援しているからこその願いですよね。日も浅いしやむを得ないこととは思いますが、私も今後もっともっと歌舞伎の空気をまとって「中車」の名演を見せてほしい、と心から願っております。

投稿: SwingingFujisan | 2014年6月 5日 (木) 14時02分

(観てもいないのにコメントするのはどうかと思いますが)
頭突きと突っ張りと演じ方は2通りあるので、頭突きでないといけないということはないは思います
でも取的のときに我孫子屋の前で頭突きを喰らわしているので、お蔦にも観客にも分かり易いということは言えますね
突っ張りが様になっていれば、突っ張り⇒相撲技⇒あの時の取的さんという連想が繋がることはあるでしょう
大事なのは役づくりだと思います
問題は中車が誰に教えを乞うたのかですよね
この点については全く情報がないので、無責任なことを言ってはいけないのですが
もし台本や過去の舞台の映像だけで役作りしているとすれば、まだまだ歌舞伎役者の貯金が少ない中車としては手に余る大役だったということでしょう
茂兵衛は小来栖の長兵衛のように単純ではありません
取的と渡世人の違い(時の経過も含めて)を見せなければなりませんものね
でも今は批判する段階ではないと思います、あと5年~10年くらいは温かく応援していきたいです
團子が成人して役者として本格的に活動する頃に、中車が歌舞伎役者としてどうなっているかを愉しみに待ちたいと思います

投稿: うかれ坊主 | 2014年6月 5日 (木) 22時14分

うかれ坊主様
コメントありがとうございます。
頭突きか突っ張りかという件ですが、プログラムに山川静夫さんがこう書いていらっしゃいます。頭突きの様子を二階から見ていたお蔦は「茂兵衛の取的のワザに溜飲を下げ、それがきっかけで、金品を与えて茂兵衛の奮起をうながす(中略)茂兵衛を思い出すきっかけがやっぱり取的らしいワザの〝テッポウ〟です。二度目の〝ワザ〟は長谷川伸の原作では指定されていませんが、役者が工夫したのでしょう。空腹のときの取的のワザを、お蔦ばかりでなく、観客にまで思い出させます」。
ですので、突っ張り(山川さんによればテッポウ)は猿翁さんのアイディアかもしれません。
頭突きで思い出すのは直接的なワザの記憶で、突っ張りで思い出すのは「ああ、そんな取的がいたっけ」ということなんでしょうね。見る側の意識の問題かもしれません。
中車さんは猿翁さんの映像をみて勉強しているのではないかと思われます(それにプラスして当然猿翁さんの指導を仰いでいると私は思いたいのですが)。「新歌舞伎は古典の技術を習得した人が敢えてそれを崩したら、というところに新しさがある。(中略)自分にとってこれは古典。古典としてどこまで父を模写できるか」と語り、寿猿さんを興奮させるほどの模写が目標だと言っているそうです。私は残念ながら猿翁さんの茂兵衛は見ていないので、現時点での模写がどの程度かわかりません。
うかれ坊主様のおっしゃるように、中車さんのことは暖かく応援し、見守っていきたいと思っています。でもそれだからこそ、ちょっと厳しい目も持ってしまうのです(中車さんのことが心配でしょうがないんですよ)。猿之助×中車の「一本刀土俵入」が長く繰り返し上演されることを心から願っています。「一本刀」だけでなく、2人ががっぷり四つに組む舞台をもっともっと見たい!!
ちなみに、私はこの巡業をあと2回見ますので、進化を楽しみにしています。

投稿: SwingingFujisan | 2014年6月 5日 (木) 23時25分

ご教示有難うございます
わたしの「一本刀」の最初は島田正吾の茂兵衛に朝丘雪路のお蔦が最初だったと記憶しています(新國劇の最後の公演でした)この名作は商業演劇でも多く演じられてもいましたから、歌舞伎然としていなくても良いお芝居です
「渡しの場」では役者によっては餅を食べたり、芋を食べたり、「幕切れ」でも煙草を吸っている方や、腕組みしている方がいたり、役者さんで工夫されて固定していないところもあります(それだけリアルなお芝居です)
でも歌舞伎として観にくる観客としては、先人の面影や先輩の印象をかぶせて観てしまうので、中車もハードルが高くなりますよね
頭の良い方ですから考え過ぎてしまっているのかもしれません
忌憚なく言えば、「顔で演技し過ぎている」のが違和感なり、不自然さを生じているのではないかと想像します
でも経験も少ない分、伸び代も大きいと思います
進化したところを次回・次々回のレポで是非愉しみにしたいと思います

投稿: うかれ坊主 | 2014年6月 6日 (金) 00時05分

うかれ坊主様
そうですね、このお芝居は歌舞伎以外でも上演されていますものね。
たしかに歌舞伎として見に来る客は、私もそうですが、色々比べがちですよね。とくに、今回はお蔦が猿之助さんということで、まだ記憶に新しい浅草の公演を思い浮かべてしまうのです。
中車さんは歌舞伎役者として演技しようとしてとっても頑張っているんだと思います。それはよくわかりますし、好もしく頼もしく感じます。ただ、その頑張りゆえに「違う」感を私は覚えてしまったのかもしれません。歌舞伎の空気って、本当に難しい。でも歌舞伎の家の出でない国立劇場の研修生だって、舞台を重ねることによって歌舞伎の空気を身につけていっています。だから中車さんにもできるだけたくさんの歌舞伎に出ていただきたいと願っています(7月も楽しみで仕方ありません)。

「渡しの場」で中車さんはお芋を食べていたと思います。

投稿: SwingingFujisan | 2014年6月 6日 (金) 00時29分

こんばんは。今日は劇場でお会いできてうれしかったです。ありがとうございました。
中車さん、巡業でいろいろ得たものが大きかった感は予想以上に感じたんで、心配から楽しみに変わったかな…
お蔦さんを見上げたかったです。f^^;

投稿: urasimaru | 2014年6月27日 (金) 22時42分

urasimaru様
こんばんは。
お目にかかれて私も嬉しかったです。あれだけ大入りだと、なかなかお目にかかれないものを、本当に偶然ばったりとhappy02
中車さんの進化、目覚ましいものがありました。越谷で感じた不満・不安は相当払拭されました。巡業には通常の公演以上のチームワークが求められると思うし、とくに成長の過程にある役者さんを大きく伸ばすものだとあらためて実感しました。7月も楽しみですね。
お蔦さん、私は見上げました(*^-^)

投稿: SwingingFujisan | 2014年6月28日 (土) 00時03分

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