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2014年8月20日 (水)

八月歌舞伎座第二部

812日 納涼八月歌舞伎第二部(歌舞伎座)
以前は一部+二部もしくは二部+三部という取り方をしていたのに、もうそんなエネルギーなく、別々に観劇。
「輝虎配膳」
このお芝居自体は2度目。前回もそうだったと思うけど、今回もミーハー観劇の私にはちょっと難しい。
橋之助さんは立派だし、普段耳につく甲高い声も抑え気味で悪くなかった。萬次郎さんの越路は落ち着いて、気骨、大きさがとてもよかった。「お手討ちにされましょう」はセリフはあっさりしていたが、身体に覚悟が漲っているように感じられた。越路がお膳をひっくり返し、怒り狂った輝虎が衣裳を1枚ずつ脱ぎ捨てているとき、客席から笑いが起きたが、何か面白いことがあったのだろうか。
扇雀さんのお勝は命乞いの時、ほとんどずっと琴の手元を見ており、輝虎には時々ちらっと程度にしか目をやらない。そこにちょっと違和感を覚えた(必死さが琴の演奏のほうにいってる?)
こういうお芝居を面白いと思わなくてはいけないのだろうが、まだまだその域に到達できない。
「たぬき」
これも2度目かな。
三津五郎さんの金兵衛が魅せる。生き返って妾宅へ向かうウキウキ気分が一転する人生のむなしさ。お染(七之助)に渡してあった金の入った箱を抱えて外へ出るその足取りの重さ。放蕩三昧の金兵衛、その妾なのに情人を作っているお染、どちらもどちらという気もしないではないが、信じていたお染に裏切られた衝撃の大きさが金兵衛の茫然とした様子、重い足取りにあらわれていた。
2
年後、甲州屋長兵衛と名を変えた金兵衛は太鼓持ち蝶作(勘九郎)と再会する。金兵衛を死んだと思っている蝶作に対する態度は皮肉に満ちてはいるが、「大狸」という感じはあまり受けなかった。何を食べてもおいしくなさそうで、世の中を人間を冷徹に斜に眺めている長兵衛が息子に正体を見抜かれて、ふっと毒気が抜けたごとく人間としての生気を取り戻したかのようになるのが興味深かった。盟友勘三郎さんを失い、自身も大病を患った三津五郎さんならではだろうか。

お染は長兵衛を金兵衛とは別人だと言ったが、なんとなく気になる様子。半信半疑だったのだろうか。お染もまたたぬきではあったが、あてにしていた金を失い、落ちぶれてなお情人と離れられぬ女のサガが哀れであった。
蝶作の勘九郎さんは、声、セリフが勘三郎さんにそっくりではあるものの、したたかというよりはちょっと真っ直ぐな感じがあるのは若さのせいか、勘九郎という役者の真面目さのせいか。もっと年季がいったら、太鼓持ちとしての味わいが出てくるだろう。
山左衛門さんの老陰亡が深い。日々死者を焼いてあの世に送ってきた陰亡の人生がじわ~っと感じられる。こういう脇の人がいいから金兵衛の茫然、変身が活きると思った。
長兵衛を父親と見抜く倅役は七緒八クン。登場しただけですごい拍手だった。「ちゃんだ」「ちゃんだ」というセリフは幼かったが、ずっと金兵衛に視線を当てたまま(私の席から見える範囲で)引っこむのはさすがだった。
<上演時間>「輝虎配膳」46分(15001546)、幕間20分、「たぬき」99分(16061745

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