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2014年9月

2014年9月30日 (火)

満喫、3つの秋

9月のレポがまだ終わらないのに、眠くなってきたので今日はこれで。10月の観劇に向けて、寝不足を解消しておかなくては。
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オーソドックスな赤。小学校に咲いていた印象が強いのか、鶏頭を見ると小学生時代を思い出す。
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ピンク。
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オレンジ。鶏頭とはよく言ったものだ。
さて、3つの秋はカラーではない。次が2つ目。
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青空が心地よい。そして3番目。
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香りはとくに夜、強く感じる。

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2014年9月29日 (月)

秀山祭九月大歌舞伎夜の部

922日 秀山祭九月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
「絵本太功記 尼ケ崎閑居の場」
出の染五郎さんの美しさに息を呑んだ。ビジュアル的にこんなぴったりくる美しい十次郎は初めてかも。絶対、寝る脳じゃなかった。ところが…。なんだか前半があまり面白く感じられなくて、十次郎と初菊の祝言はまったく記憶にない。今回省いちゃったの?と思ったくらい。なんだ、結局昼の部じゃなくても寝るんじゃないかと、自省。
光秀が出てきてからぐんと面白くなった。圧倒的な大きさで、武将、父親、息子、夫としての心理を見せる。深傷を負って気を失った十次郎が正気を取り戻したところでの「父上」「ててじゃ」は、父を思う息子の心、息子を思う父の心が凝縮されたセリフで、思わずうるうるした。誤って母に竹槍を突き刺してしまった光秀の苦悩、悲しみも胸にぐっとくるが、それ以上に父子の間に通う感情のほうに感動したのは、十次郎の若さも哀れであったし、光秀の線の太さ、対する十次郎の細さに感じるものがあったからかもしれない。
東蔵さんの皐月には女性ながら武士の気概を感じた。こちらもある意味線が太い。
歌六さんの久吉は、自信と温情(温情というのとはちょっと違うような気もするが、うまく言葉にできない)に溢れていて、よかった。
「連獅子」
仁左様が登場した時の拍手の大きさが違う。
この狂言師コンビには清涼感が漂う。
千之助クンがうまくなったと思った。仔獅子が親獅子に蹴転がされるところで少し笑いが起きたのは不可解。千ちゃん、側転見せた。谷に落ちた千之助クンは花道で舞台の方向を向いていて、気がついたら客席のほうに向きを変えていた(私のところからはちょっと身を乗り出さないと花道が見えないのだ)。
獅子は千之助クンにやはり若さの勢いがあり、その中に上品さを醸し出して好もしかった。仁左様はもうあんまり毛振らなくていいから、なんて気を遣ってしまったが、他の観客とともに拍手で応援した。孫にちょっとリードされるような形ではあったがそれはそれで嬉しそうなおじいちゃまを見るのも貴重なもので、楽しかった。
「御所五郎蔵」
何度見ても、誰がやってあまり好きになれない演目である。
どう考えても五郎蔵はお利口とは思えないし、悪役であろうと土右衛門のほうに大きさ、カッコよさを認めてしまうんだもの。それに、悪役だから横恋慕と言うが、土右衛門側から見たら皐月一筋(こっちも皐月か)で案外純情っぽいのが悪くない、なんて思ってしまう。敵役でも松緑さんにそういうところが見えるっていうのはいいんだか、悪いんだか。一方で、お利口とは言えなくても縁切りに対し五郎蔵の当惑→悔しさ、怒りはわかるし、あくまでそんな金はいらないと言い張る染五郎さんの太い声はよかった。
皐月を伴って身請けのために花形屋へ向かおうする土右衛門に「癪が起きたから後から行く」と断る皐月。土右衛門が「今までそんな気振りもなかったのに」と言うと、客席から笑いが起きた(笑うところかなあ)。
秀太郎さん(甲屋女房お松)の貫録はすごい。出てきただけで五郎蔵と土右衛門の争いを収めるだけの大きさがあった。
芝雀さん(皐月)は、五郎蔵にわかってもらいたいのに通じないもどかしさみたいなものが感じられて、こちらも共感してじりじりした。
五郎蔵の子分の中では意外にも児太郎クンが、面立ちも声もよかった。
一番よかったのは高麗蔵さんの逢州。大きさ、品格がぴったりだった。老女役の役者層が薄いので、まだ早いかもしれないけれど高麗蔵さんあたりどうかしらと思っていたが、いやいや、やっぱり老け役はまだもったいない。
<上演時間>「絵本太功記」75分(16301745)、幕間30分、「連獅子」52分(18151907)、幕間20分、「御所五郎蔵」73分(19272040

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2014年9月28日 (日)

やっぱり強かったね

大相撲秋場所は、白鵬31回目の優勝で幕を閉じた。
100年ぶりとなる新入幕力士の優勝も見てみたかった気もするけれど、これでよかったのだ。
それにしても白鵬、強い‼ ふがいない横綱・大関陣の中、横綱としての責任感が見て取れた。
そして逸ノ城、強い‼ 相撲巧者の安美錦に何かやられるかなと思ったら、堂々の勝利だもの。相手の手の内予想していたというからすごいわ。それにしても、NHKがモンゴルの実家のゲルにまで取材に行ってたのは驚き(逸ノ城は他のモンゴル力士と違って、ゲル育ちの遊牧民。その精神力、体力は日常生活の中で培われた部分もおおいにあるようだ)。取組前におかあさんが草原に牛乳を撒いて勝利を祈っていた(願いごとをするときのモンゴルの風習らしい)。逸ノ城が勝つと家族はみんな声を上げて喜んでいたが、その喜び方がとてもつつましやかで微笑ましかった。ちなみに、逸ノ城の湊部屋って川口にあるのよね。逸ノ城も蕨駅周辺を歩いているのかぁ。これだけの逸材、怪我と天狗にだけは気をつけてほしい。
豪栄道もぎりぎり勝ち越してよかった。新大関いきなりカド番じゃみっともないもの。来場所はいい成績を期待したい。
ところで、先場所のエントリーで紹介した「育盛」、63㎏しかない体重を水4L飲んでぎりぎりの67㎏で新弟子検査に合格、今場所やっと番付に載ったのに、初日前日に引退しちゃったんだそうだ。体力の限界が理由。初日は不戦敗で、結局0勝1敗の記録での引退となった。やはり、相撲をとるにはあまりに身体がついていかなかったのだろう。無理して太ろうとしても体調を崩すだけだし、まだ17歳、相撲での経験の上に第2の人生を築いていってほしいと思う。
なお、今日観戦の有名人は栗原類クンと研ナオ子さんでした。

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2014年9月27日 (土)

三津五郎さん、舞台延期

12月に予定されていたこまつ座の「芭蕉通夜舟」を、三津五郎さんが降板され、舞台は延期されることになった。
この再演は楽しみにしていたので残念であるし、体調不良かと心配したが、「世界の街道を行く」のナビゲーターは続けながら加療するということなので、まずは養生していただいて、再びお元気な舞台を見せてくださる日を待ちたい。

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2014年9月26日 (金)

明日はどうなる

相撲のことは千穐楽まで待つつもりだったんだけど、今日があんまりおもしろかったからガマンできなくなっちゃった。
まずは旭天鵬の勝ち越し。巷で話題になっているように、40歳での勝ち越しは1941年夏場所藤ノ里以来73年ぶり。7勝目をあげてから2連敗していたので心配したが、今日の相撲(対栃乃若)を見ているとまだまだ強いと思う。
次は、白鵬の土。今場所盤石かと思っていた白鵬に土をつけたのは大関豪栄道。豪栄道にそんなに思い入れはないのだけど、関脇としては抜群の安定感のあった豪栄道が新大関になってよかったねと喜んでいたし、左ひざの怪我で稽古不足(新大関の祝いごともあっただろう)、あまりみっともない成績に終わってほしくないと願っていた。ところが昨日は新入幕の逸ノ城にも負け、6勝6敗と危うい成績。今日は白鵬だし…。それが勝った。対白鵬戦3連勝だから合口がいいのかもしれない。あと2つ、せめてクンロクにはもちこんでほしい。白鵬はここのところ、残り何日かで全勝が止められることが多くなっているのは衰えの現れなんだろうか。
さあ、面白くなった結びの一番。先場所十両の怪物クンとして注目した逸ノ城が新入幕で2大関を倒し、白鵬に1差でつけ、ひょっとしたら…でもやっぱり白鵬だろうな…なんて1人で盛り上がっていた今日、明日の取り組み発表で白鵬×逸ノ城が組まれたことを知り、ますます盛り上がっていたところへ白鵬の負け。ここで鶴竜に勝ったらすごいことになるぞと力が入った。逸ノ城はもう体も出来上がっているし、顔もちょっと怖いし、とても新入幕とは思えない度胸と貫録。横綱に注文つけるっていうのもすごいよね。でも、逸ノ城ってアナウンサーも解説もみんな「喋るとかわいい」って言うんだよ。息子からもそう聞いていたのでどんなにかわいいのかと期待したら、声はドスが効いてないという程度だったけれど、たしかに微笑ましさを感じるかわいさである。初めてインタビューを聞いた時からファンになっちゃったわ。明日の白鵬戦、外出で見られないのでもう録画予約した。明日はどうなるんだろうね。白鵬にも勝ってほしいし逸ノ城の歴史的な勝利も見てみたい。
ところで、こんなに強い逸ノ城にただ1人土をつけたのが勢である。最近人気も上がってきて、今日は大関琴奨菊に勝って9勝4敗。来場所は3役が期待される。歌がバツグンにうまいらしいよ。
番外編として、2場所連続十両優勝を決めた栃ノ心。幕内から怪我で幕下へ転落したがさすがに元幕内の実力を発揮して、再び上昇し、今場所はこれまで全勝で早くも今日優勝を決めた。全勝優勝となれば、北の富士賞が出るから、ぜひ全勝してほしいな。ちなみに北の富士賞は、十両の全勝優勝者に北の富士が個人的に贈る賞のこと。これまで把瑠都が受けているそう。
もうひとつ番外編。各段優勝力士のインタビューで、誰だったか、片身変わりのとってもあでやかでおしゃれな浴衣を着ていて、思わず「おおっ」と声が出た。

今場所、これまで気がついた有名人は、大村昆、松鶴家千とせ、中村玉緒、林家ぺー・パー子、そして今日は浅丘ルリ子の各氏(昨日だったか一昨日だったか、私は気づかなかったけど、ヨネスケさんもいたらしい)。あと、日テレの藤井アナ(小柄なほう)が時々見える。多分記者席。

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2014年9月25日 (木)

祝・吾妻流

920日 吾妻徳穂十七回忌追善/三世宗家・七代目家元襲名披露記念舞踊会(国立劇場大劇場)
踊りなんてわからないと言いながら、壱太郎クンの家元襲名だし(おめでとうございます)、翫雀さん、勘十郎さん、三津五郎さん出演に心惹かれ、見てきた。初代徳穂が十五代羽左衛門の娘だって、ま~ったく知らず、プログラムの年譜を見てびっくりした。羽左衛門については竹田真砂子の小説が面白かったが、そこに書いてあったかしら。今度読み返してみよう(でも、何百冊とある蔵書文庫本から探せるかな)。
開演前に藤十郎さんをお見かけした。終演後には扇千景さんの姿もあった。
最初の演目は二代目徳穂・七代目徳陽の母子を中心とした群舞「重ねたちばな」。揃いの着物で明るく華やか、襲名のお祝いにぴったりだと思った。吾妻流は女性の踊りと聞いていたが、男性のお弟子さんもいたので驚いた。
「三ツ面子守」(吾妻寛三緑)、「浦島」(吾妻香穂)の後、「京鹿子娘道成寺」は花子に吾妻真衣彌(女性の道成寺は初めて。扮装もして、とってもきれいだった)、そして所家には鴈之助、鴈成、音一朗、松悟、みどり、翫祐、扇一朗、三久太郎、八大、咲十郎と、思いがけず歌舞伎役者がそろった。聞いたか聞いたかはないが、所家の踊りはあったから嬉しかった。手拭撒きもあった(私は3階自由席なので関係ないけどね)し、鐘入り(鐘にのぼる)まであった。
「松・竹・梅」(吾妻繁乃・喜久・豊隆)、「都風流」(翫雀・吾妻菜穂)、「金谷丹前」(橘芳慧)に続き、「子宝三番叟」は勘十郎さんと徳陽(壱太郎)さんの素踊り。いわゆる三番叟という感じはしなかったが、趣向の華コンビの息の合った踊りは楽しかった。
ラストは「隅田川」(舟人:三津五郎、班女の前:徳穂)。たいてい寝てしまう演目だが、これは寝なかった。はるばる探してやってきた隅田川で子の死を知る班女の前の悲しみ、哀れむ舟人の慈悲深いまなざしに心打たれた。
これまで、歌舞伎役者の踊りと舞踊家の踊りは違うと何となく感じていて、多分この日もそれは感じたんだと思うけれど、歌舞伎役者と舞踊家の共演ではその違いはあまりわからず、うまく融合していたような気がした。
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時間半という長丁場でお尻が痛くなったけれど、舞踊の公演にさかんに大向こうがかかっていたのが興味深かった(舞踊家への大向こうは初めて聞いた、と思うのよね)し、色々な舞踊家の踊りが見られてよかった。
<上演時間>重ねたちばな21分(16001621)、休憩5分、「三ツ面子守」19分(16261645)、休憩5分、「浦島」13分(16501703)、休憩13分、「道成寺」41分(17161757)、休憩8分、「松・竹・梅」25分(18051830)、休憩5分、「都風流」16分(18351851)、休憩6分、「金谷丹前」14分(18571911)、休憩5分、「子宝三番叟」20分(19161936)、休憩13分、「隅田川」48分(19492037

 

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2014年9月24日 (水)

尊厳と科学と愛:「アルジャーノンに花束を」

918日 「アルジャーノンに花束を」(銀河劇場)
初日だって知らなかった。銀河劇場の先行抽選に第3希望まで出して当たったのが初日で、申し込んだときは意識していたかもしれないから、すっかり忘れていたと言った方がいいのかも。
とにかく女性客が90パーセント以上、開演前のグッズ売り場の行列、浦井ファンが使う金額などびっくりである。私も浦井ファンではあるけれど、買ったのはプログラムだけ。2000円もするんだもの、厳しいわ~。でも初演時のプログラムを探したらなかったから(作ってなかったのか買わなかったのか…。買わないはずないよなあ、感動のあまりCD買ってるくらいだから)2公演で2000円と思おう。
初演時と全体的に少し違う感覚を受けたのは、劇場のキャパのせいだろうか。たとえば音量、それから距離感。私の席は3階の後ろのほうで、遠いことは遠いんだけど(全体がよく見えて悪くはなかった)、人物の気持ちが届かないというのではなく、博品館ではチャーリーと一体化できる距離感だったのに、今回は比較的客観的に眺めていた(あちこちからすすり泣きが聞こえたから、劇場のせいではなく、単に私の問題なんだろう)。もうひとつ、手術を受ける前のチャーリーのセリフの言い回しが初演時に比べて知能の低さを強調するような感じを受けた。これは、劇場の大きさの違いを意識したものではないかと勝手に想像した。
客観的に眺めたというのは、チャーリーの気持ちに寄り添う前に、科学の残酷さを噛み締めていたということ。人間の尊厳を傷つけても科学者は研究を優先させたいのだろうか。暴走気味のニーマー教授(良知真次)に反論しても、結果として実験は行われ、チャーリーという1人の人間は標本になってしまったのだ。一時的にせよ、通常なら持ちえない知能を得、できない経験をしてチャーリーはその間幸せだったのだろうか。決してそんなことはない、感情と知能のアンバランス(そのために周囲の人たちは遠ざかり、チャーリーは孤独に陥る)、押し寄せてくる記憶の波、とくに性的な問題は1人の男性として苦しかっただろう。こうした賢くなったからこその苦悩が、科学の残酷さをより浮き彫りにする。だからこそ、チャーリーが少しでも幸せだと感じる瞬間があったことを願いたい。アリス(安寿ミラ)はチャーリーの知能を愛していたのだろうか。知能がもとに戻ったチャーリーを愛することはないだろう。それはアリスにとっても残酷なことだと思った。
芝居は、現在と過去を交互に行き来し、チャーリーの心理を辿れるようになっている。巧みな構成ではあるが、1人の俳優が何役もやるから、原作を知っていないとわかりづらい部分もあるかも、と思った(初演もそうだったんだろうけど、そう思ったという記憶はない)。母親に認められたい、愛されたいチャーリーを見ていると、子どもにとって最後の砦である親、とくに母親に虐待される子どもたちのことへと想像が飛び、心が痛くてつらくなった。また母親としての愛情を自ら捨ててしまったチャーリーの母親もまた哀れなのかもしれない。これは原作や初演以上に今回強く感じることであった。
初演の時はガラス細工みたいに繊細だった浦井チャーリーはピュアさは変わらないものの、今回は少し逞しくなっていたような気がする。多分、初演から
8年経って実年齢がチャーリーとほぼ同じになったことによる逞しさなんじゃないだろうか。私にとって、やっぱりチャーリーは浦井クン以外に考えられない。
アルジャーノンは人(森新吾)が演じることによって、もう1人のチャーリーだということが明確になる(「海辺のカフカ」のカラスを思い出した)。そのアルジャーノンの変化を見て、自分のこれからを察知したチャーリーの気持ちは如何ばかりか。とくにこの話は直接人間の尊厳と結びつくから、やはり科学は残酷だというところに私の気持ちはたどり着いてしまう。いや、科学は扱う人間によって残酷にも恩恵にもなるのだろう。
初日だからか、芝居全体としてはぎこちないような部分も幾分感じられたけれど、出演者の圧倒的な歌唱力、熱気は素晴らしかった。私はとくに、ストラウス博士/パン屋の主人/チャーリーの父マット役の宮川浩さん(全部、お得な役ではあるけれど)、フェイ・リルマン役の秋山エリサさんが印象的であった。
「アルジャーノンに花束を」、ダニエル・キイスの人間に対する愛が感じられて原作も舞台も好きだ!!
カーテンコールは4回だったかな。
<上演時間>185分(18301955)、休憩20分、第270分(20152125

 

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2014年9月22日 (月)

初めて見た②

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よく見ると、
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ちょっとピンクがかってる。

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2014年9月21日 (日)

初めて見た①

2週間ほど前の某駅。珍しくJRを待って線路脇土手の植え込みにぼんやり眼をやっている時だった。
突然、何かが地面からぱっと低く飛んだ。雀だと気づいた瞬間、嘴の先で白いものがひらっとした。雀はそいつに素早い一撃を加える。捕まったかに見えた小さな虫は逃げる。再び雀の嘴攻撃。逃げる。3回目、ついに虫は力尽き、雀の餌食となった。
雀の狩猟なんて初めて見た。歌舞伎で降ってくる雪みたいな小さな虫はシジミチョウだっただろうか?
自然の摂理と言うべきシーンか。なんか粛然とした気持ちになった。昔、巣から落ちた雀を拾い、「チュン」と名付けて育てたことがあったが、それは自然の摂理に反していたのかもしれないな、でも見捨てておけなかった。あのチュンも野生のままなら、ああいう狩りをしていたのかもね。

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2014年9月19日 (金)

祝イグノーベル賞

毎年楽しみなイグノーベル賞。今年も日本人が受賞した(物理学賞)。
受賞したのは、バナナは滑ることを証明した北里大医療衛生学部の馬淵清資教授らのグループで、バナナの皮の内側を下にして置くと皮がない時に比べて6倍、皮の外側を下にしても3倍滑りやすくなることを明らかにした。
バナナの皮が滑りやすいことはわかっていたが、科学的に証明したのは初めてらしい。これを人工関節の滑りやすさに応用できないかと考えているそうだ。発想が面白い。
日本人の受賞は2007年から8年連続。でもその前も1995年から97年、2002年から05年の連続受賞の他、1992年、1999年と受賞しており、創設された1991年以来受賞していない年のほうが少ない。日本人のユーモア度、発想力も大したものではないかと思って嬉しくなった。

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2014年9月18日 (木)

あたたかく懐かしい日本人の生活:映画「もういちど」

916日 映画「もういちど」(浦和美園イオンシネマ)
種田陽平さん絡みではなみずき様から教えていただいて、どうしても見たくなってしまった。地震が怖くて早く家に帰りたいって気持ちはどこへやら、それになんだか眠気がひどく頭痛が始まりそうな予感も無視、見られる時に見なくっちゃということで、見てきた(案の定、翌日からひどい頭痛に悩まされていて、この時に見たのは正解。あ、映画は寝てないよ)。私ったらチケット買う時もプログラム買う時も「ふたたび」って言ってしまった。なんかタイトルがごっちゃになっていたのよね。ところで、プログラムはないのでした。作っていないらしい。以下、途中までネタバレします。
林家たい平企画の幕末の江戸長屋を舞台にした心温まる映画。長屋の人々の生活ぶりが生き生きと描かれ、登場人物がみんないい人でいながら、そこに色々な問題が起こるのが面白い(いじめっ子が2人いるんだけど、この子たちも心の中は悪い子じゃないのだ、っていうのが2カ所でわかってほっとした)。
主人公は貞吉という少年。長屋暮らしの父親は猪牙舟の船頭(猪牙舟と言えば、つい6月に見た「名月八幡祭」を思い出すではないか)。家が貧しいから、奉公に出ている。そこで丁稚仲間にいじめられて心を閉ざしていたが、冬の藪入り(っていうのも懐かしい言葉だね。もう死語?)に帰ってきて、咄家になりたいと言い出す。反対する父親が貞吉の奉公先に相談に行くと、お店の主人は3カ月修業させなさい、咄家とも親交があって落語はよくわかる自分が3カ月後に貞吉の落語を聞いて見込みがあると思ったら、咄家にさせたらいいと温情を見せる。そこで貞吉は長屋の隣に越してきたたい平について修業を始める。たい平は咄家になり損ねた男で、最初は断るが、最後は折れて貞吉に稽古をつける。この2人の交流が本当に微笑ましい。たい平は貞吉を息子のように思っていたかもしれない。でも貞吉にはちゃんと両親が揃っているから、けっして出しゃばった真似はしない。でも師匠として、咄家に必要な経験はさせてやるし(貧しくて蕎麦をほとんど食べたことのない貞吉に蕎麦をおごってやる。蕎麦食いは落語の基本だものねえ。ここの場面が実に心和む)、話も丁寧に教えてやる。そして3カ月が経ち、青空に桜が映える頃、いよいよ貞吉の落語発表会が行われる。

貞吉の福崎那由他クンが往時の神木隆之介クンを思い出させるビジュアルと真っ直ぐさで、とてもよい。貞吉の両親(ゴリ、富田靖子)がうまい(ゴリの演技は初めて見た。イケる)。大家の渡辺正行、蕎麦屋の小倉久寛、飲み屋の女将の根岸季衣(違った?)などなど、達者な人たちが貞吉と貞吉を応援する米屋の娘お菊(大野百花)を支える。エンドロールで「水谷加奈(文化放送アナウンサー)」の名前が目に入ったので、あれ、水谷さん出てたの? まさかアナウンサー役じゃないよね、ひょっとして私映画の出だし、寝ていて(映画が始まるまで目を瞑っていたから)アナウンサーが出てきたの見逃した? なんて不安に思っていたら、たい平の妻役だったらしい。う~む、気がつかなかった。
実は、たい平が落語は口移しで教えると告げると、貞吉の母親が「え、口移しって…」と変な想像をしたのだ。その時たい平がにやりと笑って「キス」と「鱚」をかけた川柳みたいなのを呟いたのね。それから、たい平の息子が「僕」って言ってたのね。それで、ひょっとして、たい平って現代から江戸時代にタイムスリップした?という疑問がず~っと残って、やっぱり出だし寝ていて肝心のタイムスリップ見逃したのか、って心配だったのだ。それはなかったみたいね。
最後に、謎の老人(金馬師匠だから、たい平の師匠だってすぐわかるけどね)の存在感が落語映画でもあるこの映画にプラスアルファをもたらす。
近所中が家族みたいな日本人の生活はあたたかく胸がきゅ~んとするほど懐かしい。でも、もうこういう時代は二度とこないと思うし、私自身、こういう世界にどっぷり浸かれる自信はない。こうして虚構の世界で思うだけになってしまったのかな、なんて思った。
たい平師匠の落語がたっぷり聞けるのが嬉しい。本当に蕎麦が食べたくなった。ラストも洒落てると思った。
種田さんが美術監修ということだが、それにしては江戸の俯瞰がミニチュアっぽいなとか、建物がこの前小金井の建物園で見て来たものに似ているなと思ったら、深川江戸資料館で撮影が行われたそうで、建物もそこにあるものを活用したのだとか。お金をかけないセットも、ミニチュアっぽいのも、案外凝縮された温かみが感じられて全然悪くない。さすが種田さんの監修ね~なんて、種田ファンの呟き。
上映時間95

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2014年9月17日 (水)

面白かったぜ伊賀之亮、楽しかったぜ舟木一夫

916日 舟木一夫特別公演昼の部(新橋演舞場)
舟木一夫公演はずっと前に一度見たことがあって、まあ一度見ればいいかなと思ってたんだけど、今回は松也クン狙いとポイント稼ぎで。筋書きは舞台写真待ち(18日ごろから入るって。惜しい‼)。
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階席はずいぶん空席が目立っていた。観客はおおかた60代以上と思われるおばちゃんたちで(me, too)イキイキ、夫婦らしいカップルでは男性はちょっとうつむき加減な感じだった。
「八百万石に挑む男」
ネタバレします。筋書きがないので、記憶違いがあったり、順番がよくわからなくなったりしているかも。
「俺のおやじは将軍吉宗だ」と嘯く青年にほれ込んだ男・山内伊賀之亮(舟木一夫)と、その青年・天一坊(尾上松也)の物語。
浅間の山中で、農民たちと地主の息子たちが揉めている。自分の山から立派な檜を切り出したい地主派、山津波から村を救ってくれた木は切らせないという農民派。ちょっと身につまされる問題である。
地主派にかかっていった気の強い樵の娘(長谷川かずき)が危ういところへ、山伏(天一坊)が現れ救う。血筋を自慢する地主の息子に山伏は言う。「おれは血筋のことを言うやつが大っきらいなんだ」。このセリフを歌舞伎役者の松也クンが言うのを聞いた時は、ちょっと複雑な気持ちだったが、「血筋」は天一坊の物語では重要なモチーフとなる。
「俺のおやじは将軍吉宗だ」と叫びながら山伏が地主派と戦っているところへ浪人(伊賀之亮)も加わり、地主派を追い払う。浪人は山伏に、将軍のおとしだねである証拠の品を見せるように迫り、山伏は渋々それらを懐から取り出す。1つは吉宗自筆の書付。もう1つは懐剣。舟木さんは懐剣を検分する時、袖を口に咥えていた。刀に息がかからないようにということだろう。2つの品を見て、浪人の中にはある筋書きが出来上がったようだ。
というところから天一坊の天下取り物語が始まる。
まずは、「マイフェアレディ」のように、山伏の天一坊は将軍御落胤らしい言動を身に着けなくてはならない。何を言われても何をきかれてもやや甲高い声で「苦しうない」連発の天一坊は「蘭平」松風の「はいはい、さようさよう」みたい。しかし途中で飽きちゃって「もういやだ」と山伏に戻る。たしなめられて、だんだん御落胤風の言葉づかいにも慣れ、風格も出てくる。歌舞伎役者だから松也クンはそういうところは実にぴったりとくる。それに対する野育ちの山伏としてのワイルドさとのギャップがいい。
舟木さんは、序幕の総髪よりポニーテール風(?)ヘアのほうが似合う。声も序幕は低くくぐもった感じだったが、二幕目からは聞きやすい声になった。
天一坊はこのような御落胤トレーニングをしている時、ふと自分はにせものだともらしてしまう。自分はある寺に捨てられていて、証拠の品も寺から盗んだものだと。伊賀之亮にそれを聞かれた天一坊は殺されるかと怯えるが伊賀之亮は「(もしお前が本当の)御落胤だったら、迷子を親元に届けるだけ。それはまっぴらごめん」と最初からにせものと見抜いていた様子。「オレのおやじは将軍吉宗だと言ったその言葉に惚れたのだ」と言う策士・伊賀之亮の豪快さが、どちらかというと繊細だと思っていた舟木さんに意外と似合う。
江戸城での伊賀之亮と松平伊豆守(林啓二)の遣り取りは見せ場だったらしいが、撃沈。昼の部はやっぱりダメだぁ。大岡越前守(林与一)が出てきて2人の間に割って入ったところから目が覚めた。伊賀之亮は去り際、襖の奥に向かい、「親子対面がかなうまで手助けする。我らが夢の成就、しかと見届けてほしい」と呼びかける。そこには将軍吉宗(田村亮)がいたのだ。吉宗は「我らが夢」は伊賀之亮と天一坊の夢ではなく、伊賀之亮と自分の夢なのだと理解する。
ここで、回想場面にかわる。
30
年ほど前だろうか、紀州の浜辺。部屋住みの徳太郎(吉宗)と足軽の伊賀之亮が互いの夢を語り合っていた。血筋のせいで出世は望めない徳太郎と、身分が低いためにやはり出世が望めない伊賀之亮…。
そして再び現在へ。「血筋よりも力のある者が国を司るのだ」と天一坊を励ます伊賀之亮。そこへ秀沢というみすぼらしい坊さん(徳松)がやってきて、実は天一坊は本当の御落胤なのだと打ち明ける。動揺する天一坊、そして伊賀之亮はなんといきなり秀沢を斬って捨てさせたではないか。私はこの時まだ何もわかっていなかった。なんで秀沢を斬らせたのか。伊賀之亮にとって、血筋が正しいことは都合の悪いことだったのだ。あくまで、天一坊はにせものでなくてはいけないいのだ。
徳松さんはうまい。やむにやまれず、天一坊に御落胤であることを隠し続けた苦悩がよく伝わってきたから、殺された時は哀れに思った。
この後、大岡の自宅での微笑ましい姿が描かれ、そこへ伊賀之亮がやってくる。大岡の妻(長谷川稀世)の見せ場とか2人の会談とか、再び眠くなってしまってウトウトしているところへあの揺れ‼ 一遍で目が覚めた。だけど客席のざわつきだけでなく自分の心も舞台に集中できず、結局この場面はなんだかわからなかった。聞き取れたのは「次に会うのは戦場だな」というセリフ。
将軍お鷹狩りの場。ついに天一坊が吉宗に対面する。叶わぬと思っていたこの対面にぐっと胸が熱くなった。大岡が吉宗に「伊賀之亮が、梁山泊の大将徳太郎様に我が子を殺させるようなことはさせたくないと言っていた」と語る。ウトウトしていたあの場面はそういう会話が交わされていたのか。
かくて天一坊は将軍から国内外どこへでも無条件で行くことのできる手形を受け取り、恐らく日本国を出るであろう。そして伊賀之亮は屋根の上の大捕り物の末、「面白かったぜ」の言葉を残し、自ら腹を切って壮絶な最期を遂げる。立ち回りは歌舞伎で慣れていると、ちょっと物足りない気もしないでもなかったが、舟木さんが屋根の上で頑張っているのには感動した。
伊賀之亮と天一坊の物語、面白かったぜ。

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2014年9月16日 (火)

地震の時

演舞場にいました。怖かった!!
3階席のせいか、本当にひどく揺れた。しかも長かった。
客席が騒然とする中、舞台ではひとつも慌てることなく舟木一夫さんと林与一さんの芝居が進み、地震もおさまって幕がおりた時には、2人に大きな拍手が送られた。
揺れている間は、あの時の状況が甦り、帰れなくなると大変だから、コンサートは聞かないで帰ろうと思っていた(というか、気が萎えて、後ろ向きになった)。そうしたら幕間に震源地と震度(「東京都中央区は震度3です」)と「当劇場は耐震になっているので大丈夫」というアナウンスが入ってちょっとほっとした。でも又来るかもしれない。今日は水分も携帯非常食も家に置いてきてしまったので(携帯の充電器も含めた非常用の小袋一式忘れてきた。どうりでいつもよりバッグが軽いと思った。気が緩んできているな)、残るにしても帰るにしてもまず非常時の準備と思い、外へ出てコンビニへ。
外がなんでもなく落ち着いていたので、またちょっとほっとした。そして、帰っちゃったらどんな時でも客のために歌う舟木さんに失礼だと思い直し、再び着席。
コンサートでは、舟木さんが「地震の中、お越しくださってありがとうございます」(地震の中、来たわけじゃないけど…)、「前にも地方公演で『瞼の母』を淡路恵子さんとやっているとき揺れて、会館の非常ベルは鳴るし、大変でした。でも舞台では平然と『おっかさん』とやってるわけですよ」って。やはり上演中に揺れるということは時々あるみたいだ。
歌を聞かないで帰らなくてよかった。

お芝居と歌の感想は後ほど。

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2014年9月14日 (日)

ルパンにしてルパンにあらず?

911日 映画「ルパン3世」(MOVIX川口)

ルパン3世にしてルパン3世にあらずと言おうか、ルパン3世の形態を借りたアクション映画と言おうか(だって、まずあの音楽もないしね。日テレが映画化を認めなかったから使えなかったようなんだけど)。ルパン3世ファンにとっては不満だらけかもしれないが、さほど思い入れのない私にはけっこう面白かった。

お金かかってるよねえ。盗んだお宝がちりばめられている建物、ハイテクで厳重に管理された美術館、設定的には007的な要塞みたいな敵のアジトが惜しげもなく派手に破壊される。人間って破壊願望があると私は思っているので、もちろん私にもそれはあるから、わぁもったいないと心の中で叫びながら、破壊シーンにカタルシスを覚えた。
キャラクターとしては、旬クンが一番原作(と言っても、私の知っているのはテレビアニメのルパンだけど)に近かったんじゃないかな。とてもカッコよかった。ただ、ピアスの穴がひどく気になって…。とくに左の2つ。映画なんだから如何ようにもカバーできるはずなのに、あれってわざと残してあったのかなあ。
次元(玉山鉄二)は私の印象では原作に比べてちょっと甘いかなという感じ。もっとニヒル感がほしかったけど、やっぱりカッコよかった。
五右衛門(綾野剛)が一番イメージ違いだったけど、見ているうちに全然気にならなくなってきた。
私の知っている不二子は「女」を前面に出している感じだけど、映画の不二子(黒木メイサ)はお色気をかなり封じてアクション要素が強かった。不二子ってあんな強かったんだっけ? 
銭形のとっつぁん(浅野忠信)は意外と合っていたかも。
最初、無国籍映画みたいに、いろんな国の人が出ていてそれがみんな日本語で喋っているのがなんか変と思ったら、そっちに気が取られてしまったけれど、途中でそういえばアニメだってみんな日本語だよなあ、そういう感覚で見ればいいのだと考え直したら、わりとすんなりそこはスルーできた。
それにしても、こういう映画で怪しい場所っていうと東南アジアなんだなあ。

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2014年9月12日 (金)

秀山祭九月大歌舞伎昼の部

910日 秀山祭九月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
今月は10日から始動。
改札を出て木挽町広場がやけにすいているなと思った時はそれ以上なにも考えなかったが、歌舞伎座内がいつもに比べて歩きやすく、なんとなく物足りない感じ(売店前のあの混雑が回避できるのはありがたいんだけど)。そこでふと思い出した。月曜日の「ヒルナンデス」でキッチー自ら色々サービスしていたなってこと(ヒルナンデスでは今度の月曜日も続きをやるみたいよ。次回は芝雀さんも登場らしい)。それを見て、今月入りが悪いのかしらと心配していたのだ。極め付けはめでたい焼き屋さん。ぜ~んぜん行列ができないの。「めでたい焼き、いかがですかぁ」なんて呼び込みまでしている始末。それでも、幕間が終わるころには完売して、こっちがほっとしちゃった。
他の階は見えないのでわからなかったが、3階の座席もやっぱりいつもに比べて空席が目立つ。
「菊畑」
ちゃんと見ればとても面白い演目だということはわかっているのだけど、反面眠くもなる演目で、今回は大半寝てしまった。明日は昼の部だからと前夜早寝を心がけてはいるのに、緊張するせいか逆に寝つけなかったり、途中で目が覚めたり。1週間くらい前から早寝のトレーニングをしておかないといけないのかも。
松緑さんの智恵内、かっこよかった。ごく最初のほうだけれど、唐突にお父さんの辰之助さんに重なって、我ながらびっくりした。染五郎さんはニンだと思ったが、出演場面はほとんど寝ていたのでごめんなさい。米吉クンは可憐だけれど、この中に入ると動きが硬く見えた。歌昇クンはとっても頑張っている様子が見てとれたが、やっぱり若いかも…それにニンとして湛海よりも智恵内じゃないかなぁ(もちろん今は無理としても)。
歌六さん、虎蔵を打てと智恵内に命令する怒りがすさまじく、怖いくらいの迫力があった。
「法界坊」
昼の部は通常前半に見ることが多いのだが、今回はとくに種之助クン(野分姫)狙い。その種ちゃん、初めて女方を見たが、可愛らしく小柄だから女方でもいけるかも。ただ声に顔に似合わぬ落ち着きがあって、何年か後にもう少し年が上の役をやったらさらにいいかも、と思った。
隼人クン(五百平)には獅童さんに似た華があり、野分姫を一生懸命守っている様子が丁寧に演じられていた。
しかし…「菊畑」も含め、全体としては年代による役者の差を見せつけられたような気がした。今月は若手修業の場の面もあるが、若手はどうしても教科書通りに丁寧に演じるだろうから、そこは大いに好感がもてるにしても、やはり余裕とか味わいが違う。そして染五郎・松緑の世代とまたその上の世代との差も…。つまり歌舞伎では年季が大事だってことなんだろうな。40、50は洟垂れ小僧とはよく言ったものだ。
でも玉太郎クンは役としてはまだ子役的だからだろうか、私の中ではそういう差とは別のところにいる。ちゃんと芝居の流れに合わせて目を動かしているのに感心した。鯉魚の一軸を手代・要助が開くときはちゃんと一軸を見ているし、法界坊が花道でわいわいやっている時は、そこに関係ないので目は正面を見て動かさない。「趣向の華」でも大活躍だったが、将来がますます楽しみだ。
橘三郎さん(大阪屋源右衛門)は役にとても合い、安定感があった。

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2014年9月10日 (水)

満月に

14090901namaguso
月見団子ならぬ
14090902namaguso
右のほうのお菓子です。
なんちゅうネーミングじゃbleah
なぜか秋田ご当地かき氷、生レープフルーツフト味
で、製造は岡山のナショナルデパートだって。
「グレープフルーツ入りのミルク白餡をソフトクリーム味のケーキで包んだ傑作の折衷和様菓子」と書いてあるように、ドライグレープフルーツの小さな粒が2つ3つ入っていて、そんな味がする(この味を何とか表現しようとしたけど無理。食レポって絶対難しいと思うわ)
生グソは秋田で話題のかき氷なんですって。知らなかった。今度、秋田の従姉にきいてみよう。ちなみに秋田じゃ、あずき色の自転車が大人気で町でみかける自転車はどれもあずき色、自転車屋さんに並ぶ自転車たちもみんなあずき色、なんですって。これもきいてみよう。

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2014年9月 9日 (火)

全米決勝で思い出す名選手たち

錦織選手、お疲れ様。
残念な結果には終わったけれど、足の手術後日も浅いのに2試合連続で4時間超えを戦い、日本中のマスコミが優勝を煽り立てる中、よく頑張って、また敗戦の弁も爽やかな印象を残してくれた。
私自身はテニスを卒業してから15年近くも経つから冷静だったけれど、久しぶりにかつて熱中していた頃の選手のことを思い出した。
最初はジョン・ニューカム(オーストラリア)。当時、私にとっては(っていうのも変な言い方だけど)同じオーストラリアのケン・ローズウォールがライバルで、対戦があると落ち着かないのだった。田園コロシアム(もう今はない)に来たことがあって、テニス部のクラスメートに生写真を撮ってもらった思い出がある。小さく写ったニューカムのプレー姿はずっと宝物だったけど、どこへいっちゃったろう。
その後はビョルン・ボルグ(スエーデン)、ジミー・コナーズ(アメリカ)、イワン・レンドル(チェコ。めちゃ強かった)、アンドレ・アガシ(アメリカ)、ボリス・ベッカー(ドイツ。強かったけど、活躍した期間は意外と短かったような)、ジョン・マッケンロー(アメリカ。アート・ガーファンクルに顔が似ていた)、ステファン・エドベリ(スエーデン。イケメンです。私にとってはニューカムに続くテニスのプリンス。エドバーグとも記載されていた)、マイケル・チャン(アメリカ。錦織選手のコーチがチャンだってわかっていても、あの面影を見出すのはなかなか難しかった)、そしてピート・サンプラス(アメリカ。やっぱり強かったなあ)で終わっている。
ま、要するにテニス黄金時代にミーハー的に見ていただけなのかも。中学でさっそうと硬式庭球部に入部したはいいが、体力も精神力もついていけず、2年で退部した私は、その後多分この黄金時代だったかにもう一度テニスにチャレンジしたが、やっぱり脱落。そういうこともあって、卒業しちゃったわけ。
日本の選手では私の知らない時代のことだけど、名前としてはチルデンとの名勝負が国語の教科書に載っていた清水善造が一番強烈に記憶に残っている。ちなみに、元タレントの清水善三さんは清水善造さんの孫。「欽ちゃんの週刊欽曜日」に出ている時に知った。造と三と字は違うけど、同じ読みなんだね。
テニスの四大大会で一番印象に残っているというか、一番コーフンしたのは、1996年(?)ウィンブルドン女子準決勝が雨で中断した時(ウィンブルドンは雨が多いねえ)、観客席にいたクリフ・リチャードがお客を退屈させないためにアカペラでミニコンサートをやったこと。クリフ大好き大好きの私はもうコーフンするやらうっとりするやら。あわてて録画したビデオも今はどこにあるんだろ。
ちなみに女子の選手では、ナブラチロワでもクリス・エバーとでもなくて、なんと言ってもシュティフィ・グラフ。
すっかり思い出話になってしまったわ。

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2014年9月 7日 (日)

キャンデロロとゴッドファーザー

昨日、テレビで「ファンタジー・オン・アイス2014in幕張」をやっていたので、羽生クン狙いで見ていたら、おお、なんとフィリップ・キャンデロロが‼
もう、嬉しくって、コーフンしながら見ちゃったよ。
ダルタニアンの華麗な剣さばきで魅了してくれたのは長野五輪だったかしら。あれから16年経って今42歳のキャンデロロは、それなりの年齢を感じさせる顔にはなったけれど、今回は「ゴッドファーザー」で笑顔とサービス精神は変わらず、バック転2回も披露する身軽さには驚いた。思わず拍手してしまったわ。
それにしても、アイスショーって楽しいな。

ところで、前日の「アナザースカイ」で滝藤賢一が「ゴッドファーザー」の舞台となったシチリアに行きたいということで、初の海外旅行に密着していたのね。
2日続きで「ゴッド・ファーザー」。ちなみに私は1作目しか見ていない。
滝藤さん、ダンディの本場(かな?)のシチリアでと~ってもダンディでした(私にとっての滝藤さんは半沢の近藤さんではなくて、早くダンディになりたい段田課長なのだ!)。

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2014年9月 5日 (金)

充実の印象派:オルセー美術館展

94日 オルセー美術館展(国立新美術館)
140905orsay 朝イチで行くつもりだったが、HPで混雑状況を見たら午後のほうがすいているようだったので、3時前に美術館着。すいてはいなかったが、混んでいるわけでもなく、ほどよい人の数で、ゆっくり見ることができた。展示の点数も84点で、さほど疲れることもなく、ちょうどいい感じだった。
展示は、第1章「マネ、新しい絵画」で始まり、第9章「円熟期のマネ」で終わるという、マネに重点を置きながらさまざまな印象派の画家の絵がテーマに沿って並べられている。
最初に迎えてくれる絵画は、フレデリック・バジールの「バジールのアトリエ、ラ・コンダミンヌ通り」。私は美術としてより、中に描かれている人物のほうに興味が引かれた。キャンバスの前で帽子をかぶってステッキをもっているエドゥアール・マネ、クロード・モネ(またはシスレー)、階上と階下で語り合うゾラとルノワール、そして絵の真ん中でマネとモネに自分の絵を見せている背の高い人物がバジールで、後にマネによって描き足されたのだそうだ。壁にはルノワールの「浴女」(サロンに落選してがっかりしたルノワールが壊してしまい、今では残っていない絵だそうで、貴重な画中の絵と言える)、バジールの「化粧」などがかかっている。今から見れば錚々たるメンバーであるが、当時はサロンに落選し続けた画家たちを描いたこの絵はまさに印象派の象徴なんだなあと思った(でもね、マネは一度も印象派展に出展することなく、サロンにこだわり続けたのだそうだ)。
有名な「笛を吹く少年」は、他の作品のように壁にかけられるのではなく、左右をちょっと折り曲げて囲うような特別な壁を作って展示されていた。影が足元に少しあるだけで平面的、輪郭線のある描写なるほど浮世絵の影響も受けているのか、なんて生半可な知識を得て感心した。この笛はファイフといって、再現モデルも展示されていた。そういえば「真珠の耳飾りの少女」でも衣裳が再現されていたことを思い出し、日本人はそういうの好きね、と思った。でも再現モデルと一緒にファイフに関する歴史なども紹介されていて、なかなか興味深い。再現は資料も少なく、大変苦労したそうだ。
2章の「レアリスムの諸相」では、サロンでは絶対拒否されるだろうという農民や働く人の生活が描かれている。かの有名なジャン=フランソワ・ミレーの「晩鐘」もきていた。都会の画家の目に映る田舎の生活とはいえ、サロンとは違う世界の絵に取り組む画家たちの姿勢を見て、神話や宗教、歴史だけじゃ芸術は成り立たないのだ、こういう人たちがいたおかげで、芸術が豊かになったのだと思った。ありきたりだが、ギュスターヴ・カイユボットの「床に鉋をかける人々」が好き(この絵は都会の労働者を描いている)。
3章「歴史画」。印象派にも歴史画があったのと思ったら、従来の歴史画とは異なり、同時代の出来事を描いたり、聖書や神話を題材としても有名なものではないエピソードを取り上げたり、と変化がみられる時代であったようだ。ここではエルネスト・メッソニエの「フランス遠征、1814年」の馬に踏み荒らされた雪道がそのままナポレオンの敗退を物語るようで強く印象に残った。

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2014年9月 2日 (火)

一番早い来年の予定

それは、来年3月のスーパー喜劇「かぐや姫」。
藤山直美さんに澤瀉屋の6人(笑也、猿弥、春猿、月乃助、寿猿、弘太郎)の出演で、猿翁さんがエグゼクティブスーパーバイザー(詳細は→ココ)。
右近さんのお名前がないのがちょっと残念ですが、今からと~っても楽しみでなりません。

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2度目のビックリ

5月に一度、本当にびっくりしましたが、今日は二度目のびっくり。
薪車さんが市川道行として海老蔵門下に入り、今日からの南座公演にも出演しているとのニュース。本当に驚きました。
この件に関しては、歌舞伎界の色々複雑な事情があるんだろうなと思うので、こういう事実がありました、びっくりしました、というだけで終わりたいと思います。

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