« 地震の時 | トップページ | あたたかく懐かしい日本人の生活:映画「もういちど」 »

2014年9月17日 (水)

面白かったぜ伊賀之亮、楽しかったぜ舟木一夫

916日 舟木一夫特別公演昼の部(新橋演舞場)
舟木一夫公演はずっと前に一度見たことがあって、まあ一度見ればいいかなと思ってたんだけど、今回は松也クン狙いとポイント稼ぎで。筋書きは舞台写真待ち(18日ごろから入るって。惜しい‼)。
3
階席はずいぶん空席が目立っていた。観客はおおかた60代以上と思われるおばちゃんたちで(me, too)イキイキ、夫婦らしいカップルでは男性はちょっとうつむき加減な感じだった。
「八百万石に挑む男」
ネタバレします。筋書きがないので、記憶違いがあったり、順番がよくわからなくなったりしているかも。
「俺のおやじは将軍吉宗だ」と嘯く青年にほれ込んだ男・山内伊賀之亮(舟木一夫)と、その青年・天一坊(尾上松也)の物語。
浅間の山中で、農民たちと地主の息子たちが揉めている。自分の山から立派な檜を切り出したい地主派、山津波から村を救ってくれた木は切らせないという農民派。ちょっと身につまされる問題である。
地主派にかかっていった気の強い樵の娘(長谷川かずき)が危ういところへ、山伏(天一坊)が現れ救う。血筋を自慢する地主の息子に山伏は言う。「おれは血筋のことを言うやつが大っきらいなんだ」。このセリフを歌舞伎役者の松也クンが言うのを聞いた時は、ちょっと複雑な気持ちだったが、「血筋」は天一坊の物語では重要なモチーフとなる。
「俺のおやじは将軍吉宗だ」と叫びながら山伏が地主派と戦っているところへ浪人(伊賀之亮)も加わり、地主派を追い払う。浪人は山伏に、将軍のおとしだねである証拠の品を見せるように迫り、山伏は渋々それらを懐から取り出す。1つは吉宗自筆の書付。もう1つは懐剣。舟木さんは懐剣を検分する時、袖を口に咥えていた。刀に息がかからないようにということだろう。2つの品を見て、浪人の中にはある筋書きが出来上がったようだ。
というところから天一坊の天下取り物語が始まる。
まずは、「マイフェアレディ」のように、山伏の天一坊は将軍御落胤らしい言動を身に着けなくてはならない。何を言われても何をきかれてもやや甲高い声で「苦しうない」連発の天一坊は「蘭平」松風の「はいはい、さようさよう」みたい。しかし途中で飽きちゃって「もういやだ」と山伏に戻る。たしなめられて、だんだん御落胤風の言葉づかいにも慣れ、風格も出てくる。歌舞伎役者だから松也クンはそういうところは実にぴったりとくる。それに対する野育ちの山伏としてのワイルドさとのギャップがいい。
舟木さんは、序幕の総髪よりポニーテール風(?)ヘアのほうが似合う。声も序幕は低くくぐもった感じだったが、二幕目からは聞きやすい声になった。
天一坊はこのような御落胤トレーニングをしている時、ふと自分はにせものだともらしてしまう。自分はある寺に捨てられていて、証拠の品も寺から盗んだものだと。伊賀之亮にそれを聞かれた天一坊は殺されるかと怯えるが伊賀之亮は「(もしお前が本当の)御落胤だったら、迷子を親元に届けるだけ。それはまっぴらごめん」と最初からにせものと見抜いていた様子。「オレのおやじは将軍吉宗だと言ったその言葉に惚れたのだ」と言う策士・伊賀之亮の豪快さが、どちらかというと繊細だと思っていた舟木さんに意外と似合う。
江戸城での伊賀之亮と松平伊豆守(林啓二)の遣り取りは見せ場だったらしいが、撃沈。昼の部はやっぱりダメだぁ。大岡越前守(林与一)が出てきて2人の間に割って入ったところから目が覚めた。伊賀之亮は去り際、襖の奥に向かい、「親子対面がかなうまで手助けする。我らが夢の成就、しかと見届けてほしい」と呼びかける。そこには将軍吉宗(田村亮)がいたのだ。吉宗は「我らが夢」は伊賀之亮と天一坊の夢ではなく、伊賀之亮と自分の夢なのだと理解する。
ここで、回想場面にかわる。
30
年ほど前だろうか、紀州の浜辺。部屋住みの徳太郎(吉宗)と足軽の伊賀之亮が互いの夢を語り合っていた。血筋のせいで出世は望めない徳太郎と、身分が低いためにやはり出世が望めない伊賀之亮…。
そして再び現在へ。「血筋よりも力のある者が国を司るのだ」と天一坊を励ます伊賀之亮。そこへ秀沢というみすぼらしい坊さん(徳松)がやってきて、実は天一坊は本当の御落胤なのだと打ち明ける。動揺する天一坊、そして伊賀之亮はなんといきなり秀沢を斬って捨てさせたではないか。私はこの時まだ何もわかっていなかった。なんで秀沢を斬らせたのか。伊賀之亮にとって、血筋が正しいことは都合の悪いことだったのだ。あくまで、天一坊はにせものでなくてはいけないいのだ。
徳松さんはうまい。やむにやまれず、天一坊に御落胤であることを隠し続けた苦悩がよく伝わってきたから、殺された時は哀れに思った。
この後、大岡の自宅での微笑ましい姿が描かれ、そこへ伊賀之亮がやってくる。大岡の妻(長谷川稀世)の見せ場とか2人の会談とか、再び眠くなってしまってウトウトしているところへあの揺れ‼ 一遍で目が覚めた。だけど客席のざわつきだけでなく自分の心も舞台に集中できず、結局この場面はなんだかわからなかった。聞き取れたのは「次に会うのは戦場だな」というセリフ。
将軍お鷹狩りの場。ついに天一坊が吉宗に対面する。叶わぬと思っていたこの対面にぐっと胸が熱くなった。大岡が吉宗に「伊賀之亮が、梁山泊の大将徳太郎様に我が子を殺させるようなことはさせたくないと言っていた」と語る。ウトウトしていたあの場面はそういう会話が交わされていたのか。
かくて天一坊は将軍から国内外どこへでも無条件で行くことのできる手形を受け取り、恐らく日本国を出るであろう。そして伊賀之亮は屋根の上の大捕り物の末、「面白かったぜ」の言葉を残し、自ら腹を切って壮絶な最期を遂げる。立ち回りは歌舞伎で慣れていると、ちょっと物足りない気もしないでもなかったが、舟木さんが屋根の上で頑張っているのには感動した。
伊賀之亮と天一坊の物語、面白かったぜ。

「シアターコンサート」
私にとって舟木一夫の歌は学園ソングのみだったから(大好きなのだ、舟木一夫の学園ソング)、他の歌はあんまり知らないけど、楽しかった。
1
曲目は「紫のひと」(タイトルわからないので、歌詞を一部書き留めて検索した)。それから「東京は恋する」、「くちなしのバラード」。2曲目と3曲目では、歌いながらファンからの花束やプレゼントを受け取る。花束なんかは、お芝居の間は演舞場1階正面の受付に預けられていたもので、コンサートが始まると、ファンがそれぞれプレゼントを手にして整然と通路に並ぶ。舟木さんは各通路の前に順番に移動し、花束なら2つか3つ、プレゼントの紙袋なら5つくらいを握手して受け取り、舞台に設えられた台に次々のせていく。これは前回もそうで、前回はこういうの初めてだったから、なんかにこりともしないで(そう見えた)花やプレゼントを機械的に受け取る舟木さんが冷たく感じられたものだが、よく考えれば歌いながら受け取っているのだからにこにこ愛敬をふりまくわけにもいかないだろう。むしろ変に媚びない姿勢が今回はかっこよく感じられた。
4
曲目は「眠らない青春」。これは舟木さん自身の作詞による新曲だそうだ。
「今年12月で70になる(拍手が起きたら、年のことで拍手もらうなんてと苦笑していた)。この年になるとあと何年歌えるかわからない。新曲のヒット性は問題じゃない。ステージの戦力になればよい」というのが新曲に対する姿勢で、なるほどと妙に納得した。また自分はずっと「高校3年生」(の歌手という意味だろうか)でよい、とも言っていた。
今回のコンサートは昼夜別構成で、まだ日替わりでもあるらしい。昨日の夜は「宵待ち草」と「ゴンドラの唄」を歌ったが、今日は謳わない。こういう軽い歌は流行歌らしくて好きだ。今回は東京の歌を歌っており、今週は新宿(来週は銀座なんだって)ということで「涙恋」と「新宿の女」を歌った。
正直、両方とも舟木さんの持ち味とは全然違う。「涙恋」は舟木さんが歌うと、大学生の恋みたいだった。全然違うけど、歌のうまい人が歌うから、それはそれで聞き入ることができた。舟木さんも「(これらの曲は)ネオン街の裏。今ではできない昭和歌謡。自分に合う合わないはあるが、歌う」んだと言っていた。
そして「銭形平次」。これは知ってるよ。演奏が始まったら、いきなり隣の人が立ったからびっくりした。え、後ろから文句言われないの? とはらはらしたら、周囲でもけっこう何人も立っていたし、下を見ると前方席の人たちが立って手拍子を打っていた。ファンクラブのおばちゃんたちかもね~。「銭形」では手拭撒きがあった。2階右桟敷の人に投げようとしてあえなく失敗。2回目の挑戦では桟敷の手すりの外へ落ち、何とか手を伸ばしたファンは無事ゲット。舟木さん、舞台を右から左へ、花道へと駆けまわって投げていた。
続いて「哀愁の夜」と「高原のお嬢さん」(これも知ってる)。この2曲は昼夜とも歌うそうで、そういう曲は入れるところ間違えやすいんだって。舟木さんのMCからは構成のことまで窺えて興味深かった。
歌が終わると松也クンについて。「大きいし(松也クンは178cmあると言っていた。2人並ぶと舟木さんよりやや高い感じかな。舟木さんも背が高いんだなあ。でもね、今日の「ヒルナンデス」見てたら、あんなに大きいと思ってた松也クンがミッツの隣にいるとうんと小さくてびっくりしたよ)、運動やってるから肩幅が広い(もう女方、できないよねぇ)。あの人もボクと同じで長い顔(松也クンの顔、長いって思ったことなかった)。きれいな顔してる。あの人が立ってボクが座っていると、上を向いて歩こうになる(って当たり前じゃん)」
必ず歌わなくてはいけない歌がある。タイトル言うのもテレくさくなると、タイトルコールなしに始まったのが「高校3年生」。「ちゃんちゃんちゃちゃ~ら」とあのイントロがやっぱり心高鳴るな。さすがにこの曲だけフルコーラスで聞かせてくれた。これに続いてもう1曲学園ソングは「学園広場」。ますます胸はが高鳴る(でも私が舟木ソングで一番好きなのは「君たちがいて僕がいた」と「涙の敗戦投手」なのだ)。
2年前に50歳コンサートをやった。50年も歌うとは思わなかった。こうなると天職中の天職と言っていい(そう言い切れる仕事に巡り合えたのはほんと幸せだね)。2年後の55歳は大丈夫だが、その後は委細面談で。歌い手と聞いてくれる人の両方がいなくて成立しない。お互い元気でいましょう(はい、そう願いたい)」
最後は日本の四季、故郷の涼やかな風を運んでくれる歌を、で「絶唱」とほかに2曲。残念ながら最後の2曲は知らない歌だった。アンコールは何だったっけ。
歌謡曲大好きな私にはけっこう楽しくて、地震のこと忘れられた。
<上演時間>「八百万石」105分(11001245)、休憩40分、「コンサート」60分(13251425
終演時間、アンコールも込みだった。


内緒話 : 舟木さん、小栗旬クンに似てるっておもう瞬間があった。とくに目のあたりかな。
ルパン3世の旬クンね。


|

« 地震の時 | トップページ | あたたかく懐かしい日本人の生活:映画「もういちど」 »

演舞場」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 地震の時 | トップページ | あたたかく懐かしい日本人の生活:映画「もういちど」 »