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2014年9月29日 (月)

秀山祭九月大歌舞伎夜の部

922日 秀山祭九月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
「絵本太功記 尼ケ崎閑居の場」
出の染五郎さんの美しさに息を呑んだ。ビジュアル的にこんなぴったりくる美しい十次郎は初めてかも。絶対、寝る脳じゃなかった。ところが…。なんだか前半があまり面白く感じられなくて、十次郎と初菊の祝言はまったく記憶にない。今回省いちゃったの?と思ったくらい。なんだ、結局昼の部じゃなくても寝るんじゃないかと、自省。
光秀が出てきてからぐんと面白くなった。圧倒的な大きさで、武将、父親、息子、夫としての心理を見せる。深傷を負って気を失った十次郎が正気を取り戻したところでの「父上」「ててじゃ」は、父を思う息子の心、息子を思う父の心が凝縮されたセリフで、思わずうるうるした。誤って母に竹槍を突き刺してしまった光秀の苦悩、悲しみも胸にぐっとくるが、それ以上に父子の間に通う感情のほうに感動したのは、十次郎の若さも哀れであったし、光秀の線の太さ、対する十次郎の細さに感じるものがあったからかもしれない。
東蔵さんの皐月には女性ながら武士の気概を感じた。こちらもある意味線が太い。
歌六さんの久吉は、自信と温情(温情というのとはちょっと違うような気もするが、うまく言葉にできない)に溢れていて、よかった。
「連獅子」
仁左様が登場した時の拍手の大きさが違う。
この狂言師コンビには清涼感が漂う。
千之助クンがうまくなったと思った。仔獅子が親獅子に蹴転がされるところで少し笑いが起きたのは不可解。千ちゃん、側転見せた。谷に落ちた千之助クンは花道で舞台の方向を向いていて、気がついたら客席のほうに向きを変えていた(私のところからはちょっと身を乗り出さないと花道が見えないのだ)。
獅子は千之助クンにやはり若さの勢いがあり、その中に上品さを醸し出して好もしかった。仁左様はもうあんまり毛振らなくていいから、なんて気を遣ってしまったが、他の観客とともに拍手で応援した。孫にちょっとリードされるような形ではあったがそれはそれで嬉しそうなおじいちゃまを見るのも貴重なもので、楽しかった。
「御所五郎蔵」
何度見ても、誰がやってあまり好きになれない演目である。
どう考えても五郎蔵はお利口とは思えないし、悪役であろうと土右衛門のほうに大きさ、カッコよさを認めてしまうんだもの。それに、悪役だから横恋慕と言うが、土右衛門側から見たら皐月一筋(こっちも皐月か)で案外純情っぽいのが悪くない、なんて思ってしまう。敵役でも松緑さんにそういうところが見えるっていうのはいいんだか、悪いんだか。一方で、お利口とは言えなくても縁切りに対し五郎蔵の当惑→悔しさ、怒りはわかるし、あくまでそんな金はいらないと言い張る染五郎さんの太い声はよかった。
皐月を伴って身請けのために花形屋へ向かおうする土右衛門に「癪が起きたから後から行く」と断る皐月。土右衛門が「今までそんな気振りもなかったのに」と言うと、客席から笑いが起きた(笑うところかなあ)。
秀太郎さん(甲屋女房お松)の貫録はすごい。出てきただけで五郎蔵と土右衛門の争いを収めるだけの大きさがあった。
芝雀さん(皐月)は、五郎蔵にわかってもらいたいのに通じないもどかしさみたいなものが感じられて、こちらも共感してじりじりした。
五郎蔵の子分の中では意外にも児太郎クンが、面立ちも声もよかった。
一番よかったのは高麗蔵さんの逢州。大きさ、品格がぴったりだった。老女役の役者層が薄いので、まだ早いかもしれないけれど高麗蔵さんあたりどうかしらと思っていたが、いやいや、やっぱり老け役はまだもったいない。
<上演時間>「絵本太功記」75分(16301745)、幕間30分、「連獅子」52分(18151907)、幕間20分、「御所五郎蔵」73分(19272040

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