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2015年1月

2015年1月30日 (金)

「南総里見八犬伝」千穐楽

127日 「南総里見八犬伝」千穐楽(国立劇場大劇場)
150130hakkenden 歌舞伎座夜の部が先なのだけど、もう日が経ちすぎたから先に記憶の新しいほうを。菊五郎劇団の初春公演はリピートするのが常で、今年も9日に3階の一番安い席を取っていたのに、仕事が終わりそうもなくてドタキャン。結局千穐楽たった1回の観劇になってしまった。
そういえば、「発端」「蟇六内」「円塚山」は3年前の浅草でも見たのだったっけ(芝居の構成に少し、違いはあったみたい)。写真は武田双雲さんの書。
「発端」では伏姫の右近クンが、きっぱりとした色気の中に哀れさがあってよかった。
序幕「蟇六内」は芸達者な萬次郎さん、團蔵さんの味わいが自然で面白かった。「あけみちゃん、いいじゃあないのぉ」「だめよだめだめ」は入れなくてもよかったと思ったけれど、どこかに流行りのギャグを入れなくちゃならないとすれば、やっぱりここか。
愛する犬塚信乃とは結ばれず、親の決めたイヤな祝言を逃れたと思ったら網乾左母二郎にだまされ命を奪われる浜路(梅枝)が一途で愛らしく哀れだった。色悪というのは、「ワルいヤツだし、本当に惚れているのは二枚目の色男(この場合、犬塚信乃)だけど、この人にならさらわれてもしょうがないか」と思わせる魅力がなくてはいけない、とつくづく思ったが、その点、松緑さんの色悪ぶりはとても素敵だった。菊之助さんの信乃は本当に美しいのだけど、ここでは松緑さんの勝ち(子供の頃読んだ「八犬伝」の信乃様は何人目かの初恋の人だったけど)。
「円塚山」で八剣士が揃い、だんまりを見せる。もう、目玉きょろきょろ、誰を見たらいいの状態。菊五郎さん(犬山道節)の貫録、時さま(犬坂毛野)の存在感、さっきまで悪役だった松緑さん(犬飼現八)、亀兄弟(亀三郎:犬田小文吾、亀寿:犬川荘助)、菊之助さん、萬太郎クン(犬村大角)…その中で注目だったのはやっぱり犬江親兵衛の左近クンか。可愛いだけでなく、しっかり八剣士の1人としての責任を果たしていた。
二幕目「成氏館」では村雨丸を巡って物語が進み(村雨丸は、さっきのだんまりで道節の手に渡っていたような…)、「芳流閣」では大屋根上での菊五郎劇団の立ち回りが楽しい。松緑さんと菊之助さんの大屋根での一騎打ち。国立劇場ならではのセットも相俟って、実に魅力的だった。でも、この場面は最前列ではなく上から見てみたかった。全体に菊五郎さん、時蔵さんは出番を抑え、世代交代を感じる構成になっていたが、松緑×菊之助はこれからも菊五郎劇団の中心としてもっと絡みを見たいと思った。
三幕目「古那屋裏手」は亀三郎、菊之助、松緑3人が義兄弟の固めの盃をかわす。三人吉三をこの3人で見たいぞと強く思った。
四幕目「馬加大記館対牛楼」(「馬加」は「ばか」ではなくて「まくわり」)では、前の場で信乃と現八を逃がした小文吾が囚われ、磔にされている。そこへやってきた女田楽師たち。中国風の衣裳をつけた時さま、梅枝クン、右近クン(発端の伏姫だけじゃもったいないと思っていたから、2度目の登場、よかった!!)が中国風の剣舞を披露する。この踊りがとてもよくて、松緑×菊之助のさらに次世代として梅枝×右近の絡みをもっと見たい、2人をもっと絡ませるべきと願った。女田楽師の時さまは実は犬坂毛野であるから、とても気持ちよさそうに品よく暴れていた(子供向けの「八犬伝」の毛野の挿絵、今でも覚えている。男装の女剣士を装った男子は素敵だったのだ)。若手と比べるとやはり大きさが違う。

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2015年1月28日 (水)

久々の電車外出

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昨日、2週間ぶりに電車に乗って外出した。
途中の乗換駅で「ここでよかったんだっけ?」なんてちょっと戸惑ったりして…coldsweats01
写真は、仕事の打ち合わせで通った大手町で。
病み上がりでちょっと疲れました。

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2015年1月27日 (火)

楽しみなこの夏「阿弖流為」

7月演舞場は、染五郎・勘九郎・七之助による「阿弖流為」だそうだ。
熊谷達也の「まほろばの疾風」を読んで以来、蝦夷やアテルイには少なからず興味があった。にもかかわらず、まだ観劇生活に入っていなかった私は2002年演舞場の「アテルイ」を見ていない。後に、この公演のことを知って大いに残念がった思い出がある。だから、いつか再演されないかとずっと待っていたのだ。
今回の「阿弖流為」は歌舞伎として新たに構成されるようだが、とても楽しみだ。

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2015年1月26日 (月)

春飛び越えて

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寝込んでいる間に、我が家では春を飛び越えて夏になっていたらしいcoldsweats01
と言っても、うちは常夏の暖かさとは程遠い。とくに窓辺はしんしんとした空気が漂って部屋全体を冷やしているのに…。しかも、咲いてくれたのは鉢植えではなく、伸びすぎた枝を挿しておいた瓶(焼肉のたれかなんかの)のほう。

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2015年1月24日 (土)

95%

まだのどの痛みが残っているものの、やっとインフルエンザウイルスから解放された感じ(回復率95%)。

ご心配くださった皆様、本当にありがとうございました!! 

息子がインフルの診断を受けた後、私も咳が出るようになったので即息子と同じ医院に行ったら、「熱は?」。とくに熱っぽくなかったのではかっていない、と答えると、発熱しないと検査しても出てこないから熱が出たら又来院するようにとのこと。
で、その日は発熱待ちcoldsweats02 日中37度台を推移していたのが夕方38度以上に上がり、再び医院へ。診察時間終了間際だった。ごく初期だけど、A型のラインが出て、吸入薬を処方され、薬局で吸入。そういえば何年か前にかかった時もこんな吸入薬だったな。でもあの時は自宅で吸入したような気がする(はっきりとは覚えていない)。で、A型のラインの出方があの時と同じようだったし、当時はごく軽く済んだので甘く考えていたら、今回はつらいことつらいこと。全身が痛む。こういう時って悪いほう悪いほうへ頭がいって、この痛みが一生消えなかったらどうしようとか、一昨年多発性リンパ腫で亡くなった叔父の痛みはいかばかりだったろうとか、思ったりしていた。
食欲はまったくないのに、娘に強制的に食事をさせられてちょっとつらかった(贅沢な悩み)。まあそのおかげか、体力が極端に落ちることはなかった。2日目の晩、汗をかいてから症状に改善がみえてきて、痛みも薄らいできた。3日間寝込んだ後、昨日は1日ほぼ起きた状態で生活してみた。若い人でも1日寝込んだだけで筋力が落ちるっていうけど、私の場合、腰痛が復活した。今はのどの軽い痛みと頭痛が少し。
それにしても3日間、よく寝た。寝過ぎのせいで具合悪いんじゃないかなんて考えたりもしたけれど、とにかく起きられないし、横になったら眠れるし。痛みで目が覚める、のたうちまわりつつ又眠るを繰り返し、しまいには寝飽きた(贅沢)

インフルエンザの予防接種は受けたことがない。今回かかったことで、来シーズンは受けようと思っていたら、予防接種は効果がないなんて情報も出てきて、さあどうしたらいいかな。


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2015年1月20日 (火)

とうとう

インフルエンザにかかってしまった。
息子からもらった。
かからない自信はあったのに、ここ何日か忙しくて睡眠時間も少なかったし、免疫力が低下したのかも。
明日は浅草を通しで取っていたのに…。かかり始めで受診したけれど、もう浅草を取り直すのはむりだろうな。

いずれにしても1日でも早く回復するよう、今日はさっさとやすみます。

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2015年1月17日 (土)

大将かっこよすぎ

最近マッサンレポがないというご指摘があったからというわけではありませんが。
経営者たる大将のことば、まったくそのとおりだと思う。大将だって理想のウイスキーを作りたいのだ、ほんとうは。金魚を見つめる表情には経営者の孤独と苦悩が表れていて、しかし従業員にはそんなかけらも見せない。10万円という大金もさることながら(大将が都合をつけてくれることは想定内だった)、経営者としての心得をマッサンに教え、エールを送る心(この心だよね。互いに切磋琢磨するライバルになれ、という)に強く胸を打たれた。

大将、マッサンを雇う時もかっこよかったし(ぽんと4000円置いただけでなく、「一緒に作ろう」って声をかけていたよね)、今日の大将にはほんと泣けた。
ところで、住吉酒造の話はあれから全然出てこないけど、社長どうしているんだろう。優子さんは幸せな生活を送っているのだろうか。
同じ大阪にいながら、住吉酒造が出てこなくなっちゃったことを考えると、北海道篇ではもう大将の出番ないよね。今日でお別れか(「会うは別れの始め」だものね)。寂しすぎる…。

今はニッカ派の私だけど、<世界最高>の「山崎」も一度飲んでみたい(フランスでもよく見かけるらしいよ)。

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2015年1月16日 (金)

@羽田

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光のアーチをくぐり、江戸の町へ入ると左側に
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橋のたもとには
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2015年1月14日 (水)

また相撲の話題で…

白鵬、強い!! 照ノ富士に両腕を抱え込まれた時の表情が緊張をはらんでいるように見えて興味深かった。間合いをはかるうまさなんだろうなあ。まだまだオレに勝とうなんて早いぜ、って感じ。
安美錦、うまい!! (この人、勝った相撲は全部「うまい」って言われるそうだ)
諦めない気持ちっていうのが勝利に結びつくのかも。

最近、仕事仕事で相撲をちゃんと見ることができない。
2日目の録画も細切れで見終わった。
能町さんのコメントも面白かったけれど(NHKがどういうふうに中継しているかがわかって興味深かった、なんて能町さんらしい)、あまり期待していなかった紺野美沙子さんがめちゃくちゃ面白かった。本当に相撲が好きなんだっていうことがよく伝わってきたし、コメントも気がきいていたし、どんどん質問するのもよかったし、いっぱい共感を覚えた。録画、消すのもったいなかったけど、2度見直すこともないだろうし、HDDがもういっぱいだし、消した。

歌舞伎座夜の部の感想、もう少しあとになります。

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2015年1月12日 (月)

待ってました~大関霧島譚

大相撲初日。
新年初日は力士たちも緊張しただろうけれど、やっぱり上位陣にはみんな勝ってもらわないと、とこちらも緊張した。一応安泰で一安心。
それにしても結びの一番の懸賞50本とはsign03 初日の懸賞合計が130本(これもすごい)ということだから、3分の1弱が結びにかかったことになる。白鵬の手ががっちり摑んだ懸賞は2束並べてまとめられてあった。
最大の楽しみだった逸ノ城 vs 遠藤は、解説北の富士の読み通り。北の富士さんはアナウンサーと舞の海さんに褒められ、チョーご機嫌smile この前能町みね子さんに「北の富士さんが自信をもって予想するとはずれる」と突っ込まれていたが(これ、激しく同感bleah)、今回は自信たっぷりという予想ではなかったから当たったのかな。調子に乗って、舞の海さんに「恐れ入ったか」なんて。ウケたcoldsweats01
でも、こういう贔屓同士の取り組みは困るなあ、どっちも勝たせたいんだもの。

ちなみに、今場所の私の<オシ>は照ノ富士(ヒツジ年ご挨拶、可愛かったぁ~happy02)。先々場所あたりから注目していたのだけど、いまひとつ強さが輝かないのが残念。今場所初日も負けてしまった。
逸ノ城はマスコミ攻勢にも一因があるとは思うものの(遠藤は注目度が逸ノ城にかなり移ったから落ち着いて稽古できているのかもね~)、もっと出稽古に行って、立ち合いからもっと踏み込んでいかないと。

新二所ノ関部屋の松鳳山、部屋の出発にあたり勝ってよかった。
旭天鵬、強い。どこまで活躍できるか楽しみ。

ところで、先日大相撲関連の番組で、霧島 vs 水戸泉のうっちゃり4連戦を見た。昭和63年夏場所、霧島のうっちゃりは物言いで取り直し、次は水戸泉のうっちゃりで物言い、3度目は再び霧島のうっちゃりで物言い、そして4度目、またまた霧島のうっちゃりだったが、今度は物言いなし。結果水戸泉の勝利となった。
この当時はあまり相撲を見ていなかったので、角界のアラン・ドロンと言われた霧島(そうでもないbleah ごめん。でも若い頃の霧島はたしかに美男子だった)のことは覚えていても、この名勝負については記憶になかった。霧島はすごい力持ちで、吊り出しが得意(吊り出しは気持ちがいいんですって。わかる)。平成2年春場所に横綱千代の富士を吊り出し、その1000勝を阻んだ(翌日、千代の富士は1000勝達成)。霧島の当時の握力は140kgだとかで、リンゴは簡単に握りつぶせたんだとか。
霧島のすごいところは、当時禁止されていた筋トレをこっそり行ったことだと思う。スポーツにしても医学にしても教育にしても、常識は時代によって変わっていくが、筋トレ禁止時代に人知れずそれをやった努力と根性が怪力霧島を作ったのだろう。そして筋トレは千代の富士が行ったことで(かどうかは知らないけど)、今では普通にやるようになっている。

霧島は背丈はそこそこあったようだがソップ型で、大きい印象を受けない。食べるのが一番つらかったんだそうだ。お相撲さんはとにかく食べなくちゃいけないのに、食べられない人もいるだろうなと常々思っていたが、やっぱりそういう人もいるみたいだ。
霧島の話が面白かったのでついつい盛り上がってしまったが、今言いたいのは、最近派手な「うっちゃり」をほとんど見なくなったなあということ。いろんな意味を込めて、時代なのかもしれない。豆知識:「うっちゃり」は英語では「backward pivot throw」って言うんですってNHK「ニュースで英会話」で教わった。

さて、初日に戻って。
有名人は<しょかくやちとせ>さんしかウォッチできなかった。
今日は能町みね子さんが前半(幕下~十両らしい)の中継に出るそうだから、録画しておこうっと(今日は久しぶりの公共交通機関を使った外出なのだcoldsweats01

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2015年1月 9日 (金)

ひきこもってます

正月休みが明けたら急に仕事が立て込んできた。今日は国立劇場に行く予定を諦めた。今月は程よく観劇予定を入れてあったんだけどな。
そういうわけで、4日に三越劇場で新派を見て以来、ほとんど家の外に出ることなく引き籠っています。古畑任三郎、久しぶりに見たら面白かった。仕事の集中力をなくしていたから、見ちゃったよ。
その時間、仕事しなかったことをちょっと後悔してる。
来週の歌舞伎座は絶対行く。

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2015年1月 6日 (火)

WE ARE THE ひとり

久保みねヒャダこじらせナイトは好きな番組なのに、どういうわけか放送時間が頭に入っておらず、たまぁ~に遭遇する(不定期だったのがいつの間にかレギュラー番組になっていたらしい)。大晦日の深夜というか年が明けた深夜、SP版にたまたま遭遇(途中からだったけど、嬉しいっhappy02)。
番組内で作られた即興すき間ソング「WE ARE THE ひとり」。元日をひとりで過ごす人のための応援ソングだ。3人が<ひとり>の状況を次々にリストアップしてつなげていく(主に久保さんの口からどんどん出てきていた)。ヒャダインが曲をつける(ヒャダインさんって、獅童さんの「歴史にドキリ」の歌の作曲者ね)。
これがなかなかいい歌なのだ。何度も繰り返し聞いちゃうし、「♪We are the ひとり♪」のフレーズが脳内リフレインしている。
こじらせオールスターズ(B'z稲葉の声そっくりさんの中村さんもメンバーに入っているとはhappy02)の歌、よかったら聞いてみてくださいませ→ココ


この歌づくりとは別に、久保みねの浅草レポもとっても面白かった。意外と乙女なところもある久保ミツロウさんにいつもクールな能町みね子さんのコンビは最高。あの有名なくじら屋で流れるビートたけしの「浅草キッド」もすっごくよかった。

番組の次回放送は1月17日25:35~25:55。今年からは必ず見ます。

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2015年1月 4日 (日)

新派初春公演

14日 初春新派公演 花柳章太郎没後五十年追悼(三越劇場)
新派は見るつもりではいたものの日程が決まらず、チケットはぎりぎりまで取らないつもりでいた。そういう場合、結局は見ないで終わることが多いけれど、背中を押したのは昨日の「夢の食卓」(BSフジ)であった。たまたま月乃助さんのツイッターを見たのが「夢の食卓」開始2分前。急いでテレビをつけて見た。毎朝、公演の前に新派の若い俳優さんたちと囲む波乃久里子さんの食卓。それだけでもう背中を押され、さらに蕎麦屋での月乃助・春猿さんとの食事で一歩踏み出し、行くなら明日、とチケットを取った。
花柳章太郎という役者が女方の名優であることは知っているが、その舞台は見たことがない(と思う。あるいはテレビで見たことがあるかも)。しかし写真を見ただけでその美しさ、華はもちろん、表情や佇まいから名優であったことが伝わってくる。その花柳章太郎が死の直前まで演じていた「大つごもり」と「寒菊寒牡丹」が没後50年の追悼として上演されている。三越劇場ロビーには笑顔の章太郎、みね、妻吉に扮した写真、章太郎の描いた絵が展示されていた。
「大つごもり」
有名な作品なのに、恥ずかしながら読んだことなかったかも。この芝居は一葉の原作を久保田万太郎が脚色したものである。
時は明治中ごろ、1231日の午後より灯ともしごろにかけて(「灯ともしごろ」という日本語が美しい)。場所は芝白金臺町の山村家勝手元。幕が開くと、下女みねが一生懸命井戸の水汲みをしている。何度も釣瓶を下げては上げ、桶に水をあけて重そうに風呂へ運ぶ。外出中の奥様から風呂を沸かすよう電話で言いつけられているのだ(この時代、電話があったというのはすごいと思ったら、明治中期には庶民にも電話が普及し始めていたらしい)。山村家の奥様あやは後添で口やかましく吝嗇であることから女中は半月と居つかない。その中でみねは半年も奉公が続いている。
久里子さんは前回「京舞」の愛子もそうであったが、健気に耐える娘役がとても合う。みねは貧しさのためにひたすら働き、辛い気持を内に秘めて明るく振舞う強さがいじらしい。勝手元で働いていた仕事師(田口守)はみねに感心しており、水を運ぶ途中滑って転び鼻緒を切ってしまったみねに鼻緒にする半紙をくれたり、水汲みを手伝ってくれたりする。田口さんの出入りの仕事師としての雰囲気、みねへの優しさにほっとするものが感じられる。
奥様もご主人も留守のところへ、長男の石之助(月乃助)が帰ってくる。石之助は先妻の子で、父親からも継母からも愛されていない。そのため家を飛び出して放蕩三昧、親にはますます迷惑で嫌われる存在である。
ところで伯父夫婦に育てられたみねは伯父の窮状を知り、奥様に2円の借金をお願いするが、吝嗇な奥様は断固として貸してくれない。みね一家にしてみれば2円は大金、しかし山村家にしてみればたったの2円であろう。それすら貸してもらえないみねの悲しさ悔しさ、それは徐々に怒りになっていくようであった。奥様が席を立った部屋には酔いつぶれて寝ている石之助とみねが2人きり。みねは懸け硯(片びらきの扉と手提げのついた外箱、その中に三段の抽斗がある。モノは知っていたが、懸け硯というのだとは初めて知った。覚えておこう)に入っていた30円の束から1円札2枚を引き抜き懐に入れる。
この時のみねはどうしても今日中に必要な2円を工面できない切羽詰まった状態と怒りで半分正気を失っていたのかもしれない。みねの怒りは奥様に対する怒りであると同時に貧乏に対する怒りであるように思えた。盗みがいけないことは当然であるが、主家の金に手をつけたみねの罪を私は責めることはできない。みね自身、しでかしたことの重大さはよく承知しており死も覚悟しているのだ。
やがて石之助が山村夫婦から50円の金を受け取り、妹に「忘れずに茶の間の懸け硯の中をご覧なさいまし」との継母への伝言を託し、勝手元から帰っていく。この言葉を聞いたみねの心中やいかに。早まってみねが自害しちゃうんじゃないかと息が詰まりそう。しかも奥様はみねに懸け硯を取ってこさせるのだ。
ところが奥様が懸け硯の中を見ると、30円がそっくり消え、石之助が30円をいただいたと書かれた紙切れ1枚がはらちと落ちたのだった。悔しがるあや。
八重子さんのあやは、あっけらかんとしたところがあって、陰湿な感じはしなかったものの、心底ケチなんだろうな、ケチだから使用人に厳しく当たるんだろうな(金払ってるんだからその分、いやそれ以上働けとか)と思った。
伝法な態度の石之助はいい加減な生活を送っているようにみえて、やはり怒っていたのだ、きっと。この芝居にはみねの、石之助の<怒り>が満ちているような気がした。そしてきれいな着物で羽根つきに興じる山村家のお嬢様2人に対し、粗末な着物でくるくる働きまわるみね、恐らく3人はそう変わらない年齢であろうに、生まれてくる家が違うだけでこうも人生は違ってくるのだという現実は、一葉自身の怒りでもあるように思った。
月乃助さんがかっこよく石之助の人間性を見せていた。ほっとして、去る石之助の後姿に手を合わせるみねと一緒に私もほっとして石之助に手を合わせる気持ちになっていた。

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2015年1月 2日 (金)

パラレリズムとリズムの画家:ホドラー展

12日 フェルディナント・ホドラー展(国立西洋美術館)
150102emotion 年内に行くつもりが時間が取れず、思い立った時に行かないと12日までの会期があっと言う間に終わってしまうから、年明け始動をホドラー展にした(歌舞伎はまだまだ先)。
昨年暮れに見たチューリッヒ美術館展でも何点か展示されていたが、105点、一気に展示されるとやはり迫力が違う。ホドラーの心、息吹が感じられてとてもよかった。すいていたので11枚をじっくり見られたのもありがたかった。105点でも全然疲れなかったし。以下、感じたことのメモに解説の助けを得て。
Part1
 光のほうへ――初期の風景画
初期の風景画を私は案外好きだと思った。「スペインの風景」にはPart1のタイトルにもなっている「光」を強く感じる。イタリア、スペイン…南の明るい日差しが画家の心をとらえた例はこれまでにも何回も見てきたが、ホドラーも光に感銘を受けたのだろう。「小さなプラタナス」は色使いが好き。ホドラーは「リズム」と「パラレリズム(平行主義)」で知られるそうだが、「インターラーケンの朝」(1875年)にはすでにその兆候がみられ、「マロニエの木々」(1889年)は道に立つ木と湖面に映るその影がパラレリズムを予告しているようであった。
Part2
 暗鬱な政界末?――象徴主義者の自覚
ホドラーは早くして両親と兄弟を亡くしたそうで、幼い時から「死」を意識してきたようである。「死した農民」(1876年)は偶然農民の事故死に遭遇し、解剖学的な観点ではなく純粋に芸術的興味に基づいて描かれたそうだが、静かに横たえられた遺体を穏やかな筆致で描いているにもかかわらず、その痩せたあばら骨に突然死の生々しさを感じた。「思索する労働者」(1884年)は、労働者を描いた絵画が好きな私には嬉しい作品だ。ロダンの「考える人」を思わせる。「アハシュエロス(永遠のユダヤ人)」(1886年)。永遠のユダヤ人とはいわゆる「さまよえるユダヤ人」のことらしく、この絵では苦痛に苛まれる姿ではなくやはり思索している姿として描かれているそうだ。疲れ切った年老いたユダヤ人が永遠に歩き続ける姿が強烈に目に飛び込んできた。歩き続ける、そこにすでにホドラーの「リズム」が感じられるとのことだ。「読書する老人」(1885年)にも何か心にしみるものを感じた。
Part3
 リズムの絵画へ――踊る身体、動く感情
「オイリュトミー」(1895年)。オイリュトミーとはギリシア語で「良きリズム」という意味。死への道を歩んでいる白い長衣をまとった5人の男性を横から描いている。「オイリュトミー」という画題は恐らくホドラーの手法として5人を良きリズムで配置したという意味だろうと思うが、この絵から「良きリズム」を直感的に感じる力は私にはなかった。ロダン「カレーの市民」を思わせる5人は絶望、悲しみ、諦めなどの感情を全身で表していて、何かじんとくるものがあった。
「感情Ⅲ」(1905年)(写真)は「オイリュトミー」と対比するような作品で、4人の女性がやはり並んで歩いている。オイリュトミーは左へ、感情は右へ歩いている。女性たちの顔は向こうを向いていてほとんど見えない。体の動き、手の動きがそれぞれ異なる。彼女たちの周囲にはポピーの花が咲き乱れいてる。「昼Ⅲ」(1900年)、「遠方からの歌Ⅲ」(190607年)はホドラーに特徴的な両手を肩の高さに上げ、肘を直角に曲げてさらに手首も直角に曲げた女性が描かれている。私は「遠方からの歌」が好き。
「歩む女」「悦ばしき女」「恍惚とした女」など一連の作品や上記の女性の作品では、私は<筋肉>を強く感じた。ホドラー自身が筋肉を意識して描いたかどうかは知らないが、衣服から出ている腕、脚、あるいは裸体、どれも一番に感じたのは<筋肉>だった。

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2015年1月 1日 (木)

新年

あけましておめでとうございます。
ジルベスター、ぴったりだった。フィンランディア、ぴったりなだけでなく演奏もよかった。
今年は災害が起きないよう、いい年になりますよう。

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