« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »

2015年3月

2015年3月31日 (火)

桃の祝福?

150331momo1
今日、やっとまる1日やすむことなく起きていられた。
まだ咳が治らないけれど、ほぼ回復を祝ってくれたのか、
去年植えた紅白の桃がぱっと花開いた。

150331momo2
1週間前にはまだつぼみが硬くて、それから少しずつふくらんで。
心待ちにしていた開花なのだ。ありがとう。

| | コメント (0)
|

2015年3月29日 (日)

さんざんなさんがつ

歌舞伎座昼の部を予定していた20日。家族の健康が不安な状態にあり、やむをえずパス(最悪、救急車を1人では呼べない状態になるリスクがあった。結果として何事も起らなかったから、「道明寺」だけでも見ればよかった。とはいえ、心配しながら見ていてもねェ・・・)。別の日に行くとしたら27日しかない。よっぽど1等席をぽちっとしようかと思ったが、金額にためらい、そうだ幕見の通しにしようと決めた。
歌舞伎座夜の部を予定していた25日。さあ出かける支度をしようと腰をあげた途端、全身が痛くて動けなくなった。医者へも行ったけれど、まる3日間以上寝込むことになってしまった。そのため28日の演舞場も断念(これこそ、見たかったのに~)。
1月に4公演、3月に3公演も無駄にしちゃって、お金もだけど(27日の1等席買わなくてよかった)、見たいお芝居が見られなかったのはつらい。

ところで、病院で座って待ってたら看護師さんが近づいてきたと思ったら、何かが触れるか触れない程度に
首を撫でた。一瞬にして体温がわかる体温計だそうだ。びっくりしたぁ。

| | コメント (2)
|

2015年3月24日 (火)

来春、五代目雀右衛門誕生

芝雀さんが雀右衛門を襲名するそうだ。
襲名披露公演の皮きりはは来年3月歌舞伎座。
おめでとうございます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2015年3月22日 (日)

また2ページが

今日3月22日、渋谷の東急プラザが閉館となった。
そして来週29日には田町ハイレーンが閉館となる。
もう何年も行っていないからさほどの感慨はないけれど、青春の2ページが閉じられるんだなあ。
これで何ページ目になるんだろう。

| | コメント (2)
|

2015年3月21日 (土)

髪結新三

316日 「梅雨小袖昔八丈」「三人形」(国立劇場大劇場)
橋之助さんの新三は嫌いじゃない。これまで新三は丸っこい印象が強かったが(回数としては幸四郎さんが多いのに、あまり記憶に残っていない。新三はなんといっても勘三郎さん。そして1回しか見ていない菊五郎さん。それよりなにより私はなんと三津五郎さんの新三を見ていないらしい。今回橋之助さんが教えを乞うたのが三津五郎さんだというのに。私の中では三津五郎さんは家主)、大きく印象が違い、スッキリとした見た目がかっこいい。しかし、丸っこい新三さんたちに比べて橋之助さんは立派すぎて、江戸っ子らしい小粋さに欠ける。セリフも相変わらず、いつも同じテンションの高さで疲れたし、セリフに黙阿弥らしさがあまり感じられなかった。とまあ、色々あるけれど、決して悪くはないと思った。
團蔵さんの家主がぴったりはまって、うまい。強欲なのに愛嬌があって嫌なくどくどしさがなく、新三をやっつける小気味よさが楽しい。萬次郎さんも同様である。2人の絶妙な加減が、観客の忠七・お熊を気の毒に思う気持ちから笑いに誘って、なんか救われる(だって、新三は小悪党ではあるけれど、ほんとにヒドいヤツだもの)。
秀調さんの車力は、手には入った役で安心して見ていられる。いかにも気の小さい実直な、いい人という感じで、おくまが解放された時は駕籠の後ろからスキップでもしそうな様子で、観客にも嬉しさが伝わって気持ちが暖かくなった。

特筆すべきは門之助さんの忠七。これまでの忠七は誰がやっても、何となくどこかになじめないものが残ったが、この忠七はニンといい気持の伝わり方といい、一番しっくりきた。
その反対に、源七はやっぱり誰がやっても納得がいかない。誰がやっても新三ごときになめられるというのが納得いかないほど、立派過ぎるのかもしれない。こんな立派な親分がなんで?と思ってしまうのだ。錦之助さんもしかり。この役はかなり難しいのだろう。
児太郎クンのお熊は縁談を無理やり受け入れさせられる哀れさがよかった。

「三人形」はきれいだったけれど、それだけという感じかな。なんか時間合わせに入れたようで…。
傾城の児太郎クンが出てきた瞬間、福助さんにそっくりと思った。
<上演時間>「髪結新三」序幕50分(12001250)、幕間35分、二幕目・大詰85分(13251450)、幕間30分、「三人形」30分(15201550

追記:東日本大震災の芸術文化復興支援に寄付をしたら、サイン入りのブロマイドをいただいた。錦之助さんの写真を、と希望したらもう1枚と言われたので橋之助さんのをいただいた。錦之助さんは三人形の、橋之助さんは新三の扮装。

| | コメント (0)
|

2015年3月20日 (金)

やったね、てるちゃん

照ノ富士、4度目の挑戦にして初めて横綱白鵬に勝つ‼
照ノ富士の腰の重さには去年から注目していて、毎日声援を送っていたが、まだまだ白鵬には歯が立たないと思っていた。おみそれしました。
好調だったのに怪我で残念な休場となった部屋の先輩、安美錦の精神的な後押しも大きかったかもしれない。10日目、琴奨菊に勝った照ノ富士がインタビュールームで自分のことをきかれているのに「心配です」と安美関のことを真っ先に口にしたのが印象的だった。中日、全勝で突っ走ってきた照ノ富士が稀勢の里に負けた時、自分より前に相撲を取った安美錦が負けちゃったから自分も負けちゃったと安美錦に言ったそうで、翌日安美関は発奮して勝利し、照ノ富士もそれに応えて勝ったのだった。2人のそういう関係が微笑ましかったから、今日の勝利は安美関もどんなにか喜んでいるだろうなと嬉しくなった(ほんと、休場は残念。安美錦がいると相撲が面白くなるんだもの)。
それにしても、昨日照ノ富士が魁星に負けて2敗目を喫した時は、協会的にはもっと早く白鵬と当てておけばよかったのに、と思ったが、今日の対戦を組んだのは正解だったかもね。
これで、マスコミは逸ノ城のことなど忘れたように照ノ富士に飛びつくんじゃないか。遠藤や逸ノ城のようにつぶさないでほしいわ。

ところで、松鳳山、どうして毎日同じ負け方をするのだぁ。攻め込んでいるのに、詰めが甘いというのか、土俵際でかわされてしまう。今日こそは、とこちらも力が入るのに、最後はがくっ。とにかく1勝目指せ‼

| | コメント (0)
|

2015年3月18日 (水)

2006年の記憶

今日は訳あって1日じゅう本を読んだ。本当は仕事も持って行ったのだけど、やる気にならず。読んだ本は、買ってあって全く手付かずだった「演劇界の歌舞伎年鑑006年版」(別冊演劇界)。
2006年は勘三郎襲名の年。上村以和於・児玉竜一・水落潔の3氏が2006年の1月から12月までの演目を総ざらえして語り合っているのだけど、記憶力の悪い私が、どの演目もほとんど覚えているのはすごい、と自画自賛。
当時すでに三津五郎さんと勘三郎さんの存在の大きさが話題になっていて、あらためてこの2人を失った歌舞伎界の危機を思った。歌舞伎役者、歌舞伎のあり方についても、考えさせられた。歌舞伎は何をやってもいいというところがあるし、新しいことをやるのは大賛成だが、それにはやはりスタンダードな基礎、義太夫の基礎がなくちゃいけない--最近、やっと私もれがわかるようになってきた。
この9年間に大きく変わったことももちろんある一方で、あまり変わっていないこともあるんだなあ。

| | コメント (0)
|

2015年3月16日 (月)

SFの町

150316skytree1_2
3月16日、娘とスカイツリーへ。天望回廊から見ていると、町の一部を覆う大きな影が。
150316skytree2
ちょっとわかりにくいけど、影を作ったのはこの雲らしい。
150316skytree5
この日は風が穏やかで、かすみ?もや?薄雲?がかかってしまった。娘が楽しみにしていた富士山の眺望は残念ながら×(娘は未だに「(スカイツリーからの)富士山富士山」と残念がっている)
150316skytree4
時間が経つにつれ、こんな(↑)感じになり、私の目には都市はもうあるものにしか見えなくなってしまった。あるものが何かはご想像にお任せしますが、さっきの影もその想像に影響を与えている(SFの世界だ)

続きを読む "SFの町"

| | コメント (0)
|

2015年3月14日 (土)

科学と芸術:新印象派展

3.10日 新印象派展(東京都美術館)
上野駅から都美もちょっと遠い(トーハクとそんなに変わらない)なんて思うようになったのは老化のせいか。
スーラは好きだし、点描も好きだと思っていたのだが、これだけ点描が揃うと、なんだか混乱してくる。
ただ、非常に興味深かったのは、色の科学が点描画に取り入れられていたこと。、いや科学が点描画を生んだということ(私は世の中、科学だと思うことが時々ある。芸術さえも科学だ、って)。それと、この展覧会で、印象派→新印象派→フォービズムの流れが具体的にわかったこと。今回理解したこともそのうち忘れてしまいそうだけど、この流れをわかりやすく示したのは、この展覧会の果たした大きな役割ではないだろうか、と個人的には思った。それから、ところどころに表示してある当時のその画家や美術界の状況(っていうのかな)。読まずに通り過ぎてしまいそうだし、読まなくてもいいんだけど、簡潔かつ物語風に記されているので読めば面白いし当時の様子がわかって理解の一助になる。読まないのはもったいない。
クロスの「農園 夕暮れ」、アールヌーヴォーや浮世絵の影響を受けていると言う。アールヌーヴォーはわかった。でも浮世絵の影響って? ???のまま絵を離れて、ある程度の距離を置いて振り返った時、はっとした。それはまさに浮世絵だった。その衝撃が私の中で、この絵を「新印象派展」の中で一番記憶に残る絵画としたのは、かなり意外だった(だって、この絵は今回初めて見たんだもの)。
しかし、点描って根気だなあ。色の点だけで絵画になるってあっぱり科学なのかなあ。すごいなあ。

| | コメント (0)
|

2015年3月12日 (木)

今日の大相撲

新十両の天風関を応援しようと思った。理由は単純、故郷琴平町から贈られた化粧まわしに、地元のマスコット「こんぴーくん」が描かれているから(こんぴーくんはこんぴら歌舞伎のために作られたキャラらしい)。残念ながら未だにこんぴら歌舞伎を見たことはないのだが、あの化粧まわしを見ただけで、歌舞伎ファンとしては応援したくなるではないか。

毎日楽しみな「なにわ名勝負」。今日は感涙にむせんだ(ちょっと盛った)。昭和42年の千穐楽、柏戸×北の富士戦。北の富士は柏戸に圧勝して初優勝を決めた。元・千代の山の九重親方が出羽の海部屋を出て破門された直後の場所の優勝だった。当時をちょっと目を潤ませて語る北の富士さんに、私もアツい気持を思い出して、久しぶりにときめいた(この時が一番北の富士に入れあげていたのだ)。

そんなこんなのウキウキ心に冷水を浴びせられたのが遠藤の怪我。勝ち名乗りを受けられないほど、なんて初めて見た(ような気がする)。大事に至っていないといいのだけど、あの様子では…心配。

大関は負け(稀勢、どうした。逸ノ城の勝利は嬉しいが、今場所の稀勢はどうしちゃったんだ)、負け、負け。荒れる春場所と言うが、もう大関が負けても荒れたとは思わん。とはいえ、3大関連続で負けとはねえ。


| | コメント (0)
|

2015年3月11日 (水)

祈り

150311inori
亡くなられた方々への鎮魂、遅々として進まぬ復興への焦り、怒り、途方に暮れる気持ち。時間が経っても決して軽くはならない思い…、そして感謝。

| | コメント (0)
|

2015年3月10日 (火)

笑いの連発、「チャーリー・モルデカイ」

39日 映画「チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密」(MOVIX川口)
美術品にまつわる話だっていうから見に行った。
ジョニー・デップは多分「ショコラ」以来見ていない(かなり珍しい?)から、キャラの落差を大いに楽しんだ。「ショコラ」ではなんという美男子と胸ときめかせたジョニデが、ここではちょびヒゲはやして変な顔。変な人。本人は大まじめに正統派のイギリス貴族として行動しているつもりだが、破産寸前で、税金は滞納しているわ、インチキ美術品を高く売りつけるわ、危険からはさっさと逃げ出すわ、ととんでもないヤツ。プライド高く、美術品の知識が豊富で融通のきかないイヤなヤツ。友達にはなりたくないけど、憎めない。妻にベタ惚れの愛すべきキャラなんである。ジョニデがたっぷり楽しみながらそんなチャーリー・モルデカイになっている。
ストーリーは、ゴヤの幻の名画を中心に、ロンドン、オックスフォード、ロシア、ロスと世界を股にかけての騙し騙され、追いかけ追いかけられ。
チャーリーの危機には必ず忠実な用心棒ジョック(ポール・ベタニー)が現れ、旦那様をしっかり守る。ジョックは強面だが、よく映画で見る人をいたぶることにしか喜びを感じない類のワルモノとは違い(顔はそういう顔に近い)、彼の喜びはチャーリーに忠実に仕え、チャーリーを守ること。いつも冷静で前向きで判断力にも優れ、チャーリーにピンポイントのタイミングで現状を教える。よくデキた用心棒であり、召使だ。それだけじゃない、ジョックは女好きで超絶倫だからモテるのだ(そういう発想って、男の発想だよなあ)。ジョックはチャーリーに銃で撃たれたり(それも1度や2度じゃない)、車で轢かれたことがある。もちろん、わざとじゃなくて、たまたまそういうタイミングでジョックが標的になってしまったのだけど、ジョックは不死身なのだ(よく映画で見るでしょう、殺しても死なないような、人をいたぶることにしか喜びを感じないデカいワルモノ。見た目はそんな感じなのだ、ジョックは。でも彼はそういう連中とは絶対的に違う。それは、さっき書いた通り)。
チャーリーがペテン師まがいのことをしてもつかまらないのは、盗難品の情報に詳しいので時に警察に情報を提供しているから。その警察の警部補マートランド(ユアン・マクレガー。「ムーラン・ルージュ」以来)とはオックスフォード時代からのライバルで、マートランドはチャーリーの妻ジョアンナ(グウィネス・パルトロー)に学生時代から惚れており、今でも惚れている。学生時代、告白しようとしてチャーリーに先を越されちゃったのだ。気の毒だけど、その場面、笑った。
ジョアンナはひげアレルギーで、チャーリーがキスしようと迫るたびに「げ~っ」と吐き気を催す。次の瞬間チャーリー自身も「げ~っ」とやる。「もらいゲロ」だって。2人の「げ~っ」の息がぴったり合っていて、笑っちゃう。
そう、とにかくこの映画、笑って笑っちゃうのだ。気の毒な場面なのに笑っちゃう。荒唐無稽だから笑っちゃう。
幻の名画の謎、美術品のオークションなど、美術関連の面白さに、カーチェイスやアクションの面白さ、登場人物のキャラの面白さ。原作はシリーズになっているみたいだから、映画もぜひシリーズ化してほしい。
<上映時間>107

| | コメント (2)
|

2015年3月 9日 (月)

蓮のお掃除

150309lotus1
和風総本家で取り上げそうな光景を不忍池で見た。
寒い中、水の中に入って蓮の茎を集めている人もいた。
こういう努力・尽力のおかげで、夏にきれいな蓮が見られるんだねと感謝した。

続きを読む "蓮のお掃除"

| | コメント (0)
|

2015年3月 8日 (日)

優しいグエルチーノ

32日 グエルチーノ展内覧会(国立西洋美術館)
150308guercino 湯島天神へ梅見(もちろんお参りも)に行ったのは上野での用件がメインで、というのは前回書いたとおりだが、上野での用件がこれ。
グエルチーノの名前は初めて聞いた。全く知らない画家であまり関心もなかったのだが、実際に見たらとてもよくて、絶対オススメです。
グエルチーノは今回が初展覧会で、日本では知名度が高くないと知った。グエルチーノ(1591-1666)はイタリア・バロックを代表する画家であったにもかかわらず(18世紀、ゲーテに絶賛されていたそうだ)、19世紀に美術の価値観が変わるとともに否定され忘れ去られてしまったのだそうだ。その後20世紀半ば以降再評価されつつあり、最近ではイタリアを中心に大きな展覧会がいくつも開かれているのだとか。
しかし日本ではほとんど知られていない画家の作品でなぜ展覧会が行われたのか。それは内覧会において、西美館長、多くの作品を提供してくれたチェント市立絵画館長やイタリア大使、チェント市長の話でわかる(すでにかなり疲れていたので、はっきりとした記憶はないが、イタリア側ではこのお3方がお話になったと思う)。グエルチーノの生地であり、その生涯の大半を過ごしたチェント市は20125月に大きな地震に見舞われ、市立絵画館は今でも休館されたままだという。東日本大震災を経験した私たちにはその状況が身を以てわかる。この展覧会はチェントの復興事業の一環でもあるのだ。そして、西美はグエルチーノの作品を1点所蔵している。そういう縁もあったようだ。
長くなった前置きのついでにもう1つ。グエルチーノ展にいらしたら、ぜひ音声ガイドを借りていただきたい。こんな画期的な音声ガイドは初めて。借りるときに、音声ガイド該当作品が掲載された1枚のチラシ(音声ガイドシート)が手渡される。ペン型の音声ガイドの先端を作品番号に触れると、ヘッドフォンからガイドが聞こえてくるのである。これにはびっくりした。そして、解説はわかりやすく、かなり長い。展示作品数が少ない(44点。グエルチーノだけでなく、彼に影響を与えた画家、与えられた画家の作品も何点かある)のに、音声ガイドは26件。うち7件は各章の解説で、19件が作品解説。かなり充実している。百聞は一見にしかず、というか、ヘタな説明読むより実行。物珍しさだけでなく、ぜひ借りてみて。
さてグエルチーノの作品であるが、すべて油彩画でほぼすべて宗教画である。しかしこれまで見てきた宗教画とは全然違う。宗教画でございと圧倒してくる押しつけがましさのようなものがまったくない。とにかく優しい。その優しさにふんわり包まれてしまうのだ。すっかり好きになった。これも百聞は一見にしかず、ぜひご自分の目で感じていただきたい。
西美がもっているグエルチーノは「ゴリアテの首を持つダヴィデ」。西美、いい作品持ってるじゃん、であるが、図録の表紙は「聖母のもとに現れる復活したキリスト」(写真)。これはチェント市立絵画館の所有であるが、これもいい作品で、確かに心揺さぶられる。よくぞイタリアから運んできたと感動するような大きな作品もあり、音声ガイドを聞きながらじっくり見るとグエルチーノのよさがわかると思う。
展覧会は始まったばかり。531日までやっている。

| | コメント (2)
|

2015年3月 6日 (金)

2月歌舞伎座千穐楽夜の部

226日 二月大歌舞伎千穐楽夜の部(歌舞伎座)
150306kabukiza パスするつもりだった夜の部だが、チケットをくださる方がいて、前日の昼の部に続いて幸いにも見ることができた(夜→昼だったらちょっときつかったかも)。幸いにも、というのは「見てよかった!!」と思ったからで、本当に「幸い」だったのだ。三津五郎さんのこともあり、見られるものは何でも見なくては、という思いもあったが、何よりどの演目もとてもよくて、見なかったら損していただろう(そう言えるのも見たからだけど)。感謝です!!
「一谷嫩軍記――陣門・組打」
作者に騙されて見ようと思いつつ、話を知っているから…。それでも騙される。敦盛を討ったと客に見せつつ心は息子に…熊谷の表情はわからず目が心情を物語っていると感じたのは隈取のせいかと思っていたが、舞台写真では隈取は顔を隠してはおらず、むしろ吉右衛門さんが敢えて表情を作らないようにしていたかのように見えた。また、時々熊谷が客席に背中を向けるのが、エッセンスとして効いていたような気がした。そういう吉右衛門さんは熊谷直実その人であるようで、胸がしめつけられた。敦盛(小次郎)の鎧兜を馬の背にのせるとき、馬の首を軽く叩きながら「どうどう」と声をかける熊谷の姿――リアルに愛情・哀惜の念が伝わってきた。
菊之助さんはまさにしとやか、爽やか、気品あふれる青年(少年?)ぶりで、熊谷の子である果敢さと管絃に心を揺さぶられる繊細さ(小次郎の育てられ方を想像させる。熊谷夫婦にきっとそういう優しさがあったのではないか)を見事に表現していた。それだけに、潔い最期は哀れであった。熊谷と敦盛ならぬ小次郎の最後の遣り取りが戦う者どうしの言葉ながら、心は父子の別れを惜しんでいたのだと思うと、切ない。
芝雀さんの玉織姫も哀れだったが、敦盛の首を掻き抱くところは、母親(あるいは姉)のような母性を感じた。

平山の吉之助さんの線が太くてよい。「又、平山が!!」というタイミングで現れるし、ほんと、憎らしい。
家を継ぐ存在である息子を身替りとして犠牲にする感覚には納得がいかないものの、逆にそういうところが日本人の心の琴線に触れるのかもしれない。
それにしても、この芝居は物語もさることながら、子役を使った遠見による見せ方が実にうまいといつも思う。また戦を表すどんじゃんの音が、効果的にこちらの心に食い込んでくる。菊之助さんの小次郎が海に入ると、母衣の布の裾を黒衣ならぬ青衣(?)が持って風になびかせるようにしていたのが見えた。裏方が見えても興をそがれることはなく、むしろこの1つの場面を美しく見せるために色々な工夫があり色々な人が働いているのだと、歌舞伎の力を感じた。
見てよかった。

続きを読む "2月歌舞伎座千穐楽夜の部"

| | コメント (2)
|

2015年3月 3日 (火)

5月團菊祭演目発表

今日は歌舞伎座初日なので5月の演目が発表されていた。
昼の部は「摂州合邦辻」(今回の合邦は菊五郎さんではなく歌六さん)と通しで「天一坊大岡政談」(これは見たことがない。「天一坊」モノは松也×舟木一夫で見たけれど)
夜の部は「慶安太平記」(「慶安の狼」がとてもよくて印象に残っているが、それとは別演目なのね)、「蛇柳」(ABIKAIではsleepyしてしまったのでリベンジだぁ)、「め組の喧嘩」(鉄板の配役だね)
詳細は→ココで。
とっても楽しみ‼

| | コメント (2)
|

2015年3月 2日 (月)

湯島の(白)梅

150302ume1
2月の感想がまだ残っているけれど、明日の菅原伝授初日を前に、湯島天神へ行ってきたので先にこちらを(主用件は上野にあり。観劇はずっと後)。
150302ume2
合格願いも合格御礼も。
切実なお願いに私も思わず応援のエールを送り、御礼にはおめでとうの笑みが浮かぶ。

150302ume3
花には青空が似合う。

| | コメント (0)
|

« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »