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2015年4月14日 (火)

約1カ月ぶりの歌舞伎鑑賞は鴈治郎襲名四月大歌舞伎夜の部

412日 四代目中村鴈治郎襲名披露四月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
歌舞伎を見るのは先月16日以来、歌舞伎座へ行くのは226日以来。それなのに、前夜私はまたまた体調を崩してしまった。昼の部だったら行かれなかった。夜の部でも恐る恐るという感じで出かけ、ちょっと危ない気配を気合いで押して、全部見てきた(具合によっては最後の「石橋」をパスする覚悟だった)。
大間には新・鴈治郎夫人がいて、そういえば去年はご自身の吾妻徳穂襲名があったんだっけ、続けて大変だなあと思った。

久しぶりにチラシを集めていたら、
6月歌舞伎のチラシがあった。だいたい初日に発表されるはずなのに今月はちっとも出てこず、どうしたのかしらと待っているところだった。

今月の席は昼も夜も10列目、すなわち3B席の最後列。遠いことは遠いけど、高さがあるから花道も七三ぎりぎり見えたし、前の人の頭も全然気にならず、悪くない。
「梶原誉石切」
梶原の開幕5分前に、祝幕が定式幕にかわった。私は通路際なので5分前になってから中に入ったから、祝幕を見逃してしまった。もっとも、この後でちゃんと見られたからよかった。
浅葱幕が振り落された瞬間、かかった大向こうが「紀伊國屋っ」「緑屋っ」だったのでちょっとびっくりした。舞台に並んでいる家来の中に2人がいたから大向こうがかかっても不思議はないのだけど、その後もとくに「紀伊國屋」は何度も声がかかって、嬉しくなった。
梶原は私としては大らかなほうが好きなのだが、考えてみればけっこう陰険なわけで、内に向かう幸四郎さんの梶原は案外いいのかもしれない(あ、別に幸四郎さんが陰険だって言ってるわけじゃない、誤解のないように。幸四郎さんの梶原は六郎太夫父娘に対する温情に溢れているのがよく伝わってくる)。
大庭兄弟は悪役として演じられているが、兄(彦三郎)はそんなに悪い人じゃないような気がする。一番そう感じたのは、六郎太夫が自分から斬られようと言いだすと「気が違ったのか」というような感じでそれを止めようとするところ。それに、梶原の名刀だという鑑定に喜んで、ちゃんと金を出して買おうという意思もあったし。なんかそういう大庭兄の人柄を今回はじめてまともに見たような気がする。俣野がごちゃごちゃ言い出さなかったら…、はは物語にならないね。
錦吾さんの六郎太夫は手堅い感じ。桂三さんの呑兵衛は面白くて哀れだった。
壱太郎クンの梢は、必死に助命を乞う姿がいじらしく、父親を思う心が強く強く伝わってきた。
「成駒家歌舞伎賑 木挽町芝居前の場」
芝居小屋の前に寿治郎さん(幹部俳優昇進、おめでとうございます)がいるだけで、その上方の空気に乗ってタイムスリップした。
本花道から道頓堀座元(仁左衛門)の先導で鴈治郎さんが登場する。目出度い‼ 小屋の中からは菊五郎・吉右衛門・梅玉の3人が出てくる。目出度い‼ 梅玉さんと鴈治郎さんが正月の道頓堀でどうのこうのと挨拶を交わす(梅玉さんは1月の松竹座での襲名公演にも出演)。
本花道に立役の男伊達、仮花道に女方の女伊達がずらりと並ぶ。さすがに私の席からは男伊達先頭の左團次さんしか見えなかった。女伊達のほうはやはり先頭の魁春さんの後姿。男伊達はそのまま自分の名前を言うが、女伊達は「さきがけお春」「加賀屋あずま」「京屋おしば」「松嶋屋おたか」「八幡屋おつる」(やわたやがよく聞き取れなくて、一瞬、誰かと思っちゃった)「高麗屋おこま」(高麗屋って言ったかどうか、亀鶴さんを引きずっていたので聞き逃した)「橘屋おまん」「明石屋おとも」(珍しく友右衛門さんが女方で出ていた。正面に並んでも遠いのでよく見えなくて残念)と女名前に変えていた。
こういうの、前にも見たことがある。「萬屋お時」がすごく記憶に残っているのだ(10年前の時さま、髪が黒い)。そうだ、勘三郎さんの襲名の時だった(平成175月)。やはり「芝居前」という設定で、勘三郎さんが中村座の座元役だった。あの時の女伊達は玉三郎さんが先頭だった。あれから10年。あの舞台に立たれて鬼籍に入られた役者さんが何人いることか…。帰宅して思い出したらしんみりした。
気を取り直して。
全員が本舞台に移ると、舞台奥から我當さんが、進之助さんに手を引かれて姿を現した。痩せられた…。1月の松竹座は休演だったが、鴈治郎襲名披露公演にどうしても出たいという上方歌舞伎への思いが執念のように我當さんを駆り立てているのだろうと思って、とても感動した。出られてよかった。
この後、茶屋女房・秀太郎さんの先導で江戸奉行の幸四郎さんが登場する。奉行は鴈治郎さんに祝いの品を下されつつ、「お父さんに似てきた」と笑う。そして自分は成駒屋の贔屓だからと言って鴈治郎さんにサインを求めた。
藤十郎さんはいつ出てくるんだろうと思っていたら、場面は芝居前から芝居小屋の舞台にかわり、鴈治郎さんを中心に下手に扇雀、虎之助、上手に藤十郎、壱太郎が並んで平伏していた。藤十郎さんが紫の裃、他の4人は成駒屋の深緑色の裃である。口開きは鴈治郎さん本人で、襲名の口上が始まった。扇雀さんが「昭和42年、兄8歳、私6歳の時に歌舞伎座で初舞台を踏んだ。孫の初舞台を祖父=二代目鴈治郎が大変喜んだ。兄を筆頭に一門これからも努力する」というような口上を述べた以外はエピソードなどのない普通の口上だった。
前半にぎにぎしく豪華、後半すっきりというのもいいかも。

「河庄」
丁稚の虎之助クンがいかにも関西の丁稚さんっぽく(ちょっとアホそうにも見えて、その実ちゃっかり逞しく賢く生きている)、かわいくてうまい。虎ちゃん、顔小さ~い。「趣向の華」コンビ染五郎さん(太兵衛)と壱太郎クン(善六)は、ノリが軽すぎて、ちっちゃく感じられた。
鴈治郎さんの治兵衛と梅玉さんの孫右衛門の絡みは、コミカルなところもあってけっこう客席の笑いを誘っていた。鴈治郎さんはセリフがせかせかしてちょっとうるさいように思ったが、小春への思いが十分に強く伝わってきて、だんだんに感動すら覚えるようになった。小春がそこまで惚れるようないい男には見えないのに、これだけ小春への愛が強ければ、感動できるのだ。
芝雀さんの小春はきれいで、遊女としての色気もあって、哀れでとてもよかった。ただひたすら耐える役はつらいだろうなあ。雀右衛門さんの小春がやっぱりひたすら耐えていた儚げな姿が甦ってきた。芝雀さんにもっと儚げな風情が備わったらもっといい小春になると思う。
私の中で孫右衛門=我當さんだから、梅玉さんというのはちょっと意外だった。人情の我當さん、理で説く梅玉さんというところだが、梅玉さんにももちろん情けは感じられてよかった。
苦手な上方の心中もの、中盤少し寝たが、後半は面白かった。
「石橋」
囃子方が下手、長唄が上手に並んで、真ん中の大ゼリがあいている。両たもとに牡丹の花が咲く石橋の上に乗った染五郎獅子がセリ上がり、本花道から壱太郎獅子、仮花道から虎之助獅子が登場する。染五郎さんは白い髪、2人は赤い髪である。四天との絡み、元気のいい毛振り(あんまり揃ってはいなかったが)と若さをいっぱいいただいた。最後まで見られてよかった‼
<上演時間>「石切梶原」72分(16301742)、幕間20分、「芝居前」25分(18021827)、幕間30分、「河庄」82分(18572019)、幕間15分「石橋」15分(20342049

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コメント

Fujisan様
今晩は。昨日私も、歌舞伎座夜の部行ってきました。襲名の舞台とは言え、「芝居前」に、もったいないくらいの役者が勢ぞろいしていましたね。ところで、「座元」と「太夫元」とどこが違うのか疑問でしたが、渡辺保さんの指摘では、同じものとのこと、あれあれと思いました。
いつも、寝てしまう、「河庄」、今回は寝ないで、しっかりみました。やはりちょっと長いですね。新雁治郎がすっきりした体型でないので、花道の出のうっとりさせる感覚がないのが残念ですが、なかなかの力演でした。梅玉、いままで見た我当に比べると上方の味わいはありませんが、これはこれで面白いですね。そして芝雀がお父さんにそっくりな雰囲気になってきました。襲名が決まったせいでしょうか。この優、播磨屋の相手役で鍛えられているせいか、最近とみに芸格が大きくなっています。
 最後の「石橋」、打ち出しの華やかさに最適で、実はとても楽しみました。毛ぶりは早くいっぱい振ればよいというものではないと批評家筋からは文句がでるような踊りぶりですが、若手役者の元気いっぱい、ホントにこちらが笑顔になります。
 私は、どちらが壱太郎か、虎之助かわからず、Fujisanの解説とは逆だと思ってしまいました。私もいい加減なものです。残念・・。
 
 ところで、最近、コメントをお寄せになる方が、減少している様子。みなさん、チョット歌舞伎疲れかなとも心配です。「うかれ坊主」さんが海外からもどられて、いっぱいコメントを寄せられるのを私自身は期待しているのですが・・。

投稿: レオン・パパ | 2015年4月18日 (土) 18時24分

レオン・パパ様
こんばんは。コメントありがとうございます。
「芝居前」は豪華でしたね。座席の関係で花道は七三ぎりぎりまでしか見えませんでしたので、名乗りの前に声で当てる楽しみをひそかに味わいました。
「河庄」は私はちょっと寝てしまいましたが、新鴈治郎さんも梅玉さんも芝雀さんも役の性根を摑んでいたと思いました。芝雀さんはおっしゃるように、播磨屋さんに鍛えられてとてもよくなってきましたね。
座元と太夫元は同じだったのですね。そこまで気がつきませんでした。両雄(優)に同じ華をもたせたのでしょうか。
「石橋」は私も若さあふれる舞台を楽しみました。最後にこれをもってきたのは正解だったかもしれませんね。壱太郎、虎之介(助じゃなくて介でした。間違えました)は舞台で左右入れ替わったような…。あまり自信はありませんが。

こちらも歌舞伎の記事がぐんと減ってしまいまして。アップ自体も減りましたし(「怒涛のブログ生活」なるキャッチフレーズに偽りありになってしまいました)。ちょっと疲れもあって、アンテナがだんだん伸びなくなっています。もっとポジティブに生活しなくてはなりませんね。出来るだけ心がけます(あらら、デザインもこたつのままでした)。

投稿: SwingingFujisan | 2015年4月18日 (土) 21時25分

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