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2015年4月

2015年4月30日 (木)

平成中村座昼の部

426日 陽春大歌舞伎昼の部(平成中村座)

久しぶりに見たせいか、これまでの平成中村座に比べて舞台が小さいような気がした。そのため、迫力という点では大満足。
「双蝶々曲輪日記 角力場」
相撲見物の人たちが押すな押すなで小屋に入っていく様子は臨場感たっぷりで、その世界に入り込めた。桜席を作った勘三郎さんは偉大だ。でも桜席とはいえ、双眼鏡をもっていくべきだった。この近さなら、壊れた双眼鏡でも片方は見えるから十分だったに違いない。
彌十郎さんのデカいことデカいこと。この日は本物の力士(多分、高田川親方と輝関。違ったらごめんなさい)が観劇していたけれど、彌十郎さんも負けちゃいない。私の席からは後姿しか見えなかったので表情はわからなかったが、貫録で放駒をぐいぐい押していく濡髪にぴったりだと思った。もっとも、濡髪と放駒の丁々発止はぽんぽんとテンポが速くあっさりした感じがした割にはずっとテンションが高くて少し疲れた
獅童さんの与五郎は悪ノリするんじゃないかと心配したが(悪ノリすると「歴史にドキリ」じゃすまなくなる)、杞憂に終わった。好きな人を褒められて、あれもこれもあげちゃうファン心理の面白さという点ではむしろおとなしかったかもしれない。相手がわざと負けたと知ってプライドが傷つき、何とか自分にも力があると見せたい放駒の意地はよく伝わってきた。
幕が閉まったあと、彌十郎さんと獅童さんが桜席に目を上げて挨拶してくれた。これが桜席の醍醐味のひとつよね~。
「勧進帳」
やっぱりこの演目は好きだ。「またかの関」であっても、その都度また面白い。それに歌舞伎座で見るのとは違った雰囲気で、迫力たっぷり。
橋之助さんの弁慶は押し出しが立派で、染五郎・海老蔵世代の前の弁慶としてありだと思った(実際に見るまで、橋之助弁慶なんて考えもしなかった)。ただ、弁慶と富樫の詰寄りなど(ここは四天王も含めて)ところどころ段取り的な部分が感じられたのと、歌舞伎座ではどうなんだろうという懸念は残る。それでも、やっぱり花形へ渡す前に橋之助さんの弁慶をきわめてほしいと思う。そういえば、危難を乗り切って、弁慶の機転のおかげで助かったとホッとする場面。橋之助さんの弁慶は体をほとんど客席のほうに向けていた。判官御手の時はどうするんだろうと思っていたら、徐々に体を判官の方に直していっていた。


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2015年4月29日 (水)

金融業と芸術:ボッティチェリとルネサンス展

422日 ボッティチェリとルネサンス(ザ・ミュージアム)
26
日に日曜美術館でボッティチェリを取り上げるから、その前に行ったほうがいいかも、と聞き、行ってきた。26日以降の混雑状況は知らないが、放送前に行って多分大正解。一般に午前中に多い年齢層もほとんど姿を見ることなく、とてもすいていて、ゆ~っくりじ~っくり見てこれた。
私にとってこの美術展の興味深いところは、絵画よりも、イタリアの経済史、経済と絵画の関係に焦点が当てられたことだった。芸術の爛熟に膨大な富は欠かせないが、キリスト教ではお金を稼ぐことは好ましいことではなく、そういう悪いイメージを美しい芸術に転換しようという意図から見事な芸術が生まれた。妙な気分になるけれど、その正当化を受け入れざるを得まい。まあ、メセナの原点とも言えるか。
「序章 フィオリーノ金貨」では、フィレンツェ共和国貨幣局行政官の規約、フィオリーノ金貨の目録、そして数々のフィオリーノ金貨が展示されている。フィオリーノ金貨は厳重に24金を使うことになっていて、模造を相当警戒していたとのことだが(展示の大フィオリーノ金貨には、本物かどうかと噛んだ跡が残っていた)、なんとアヴィニヨン法王庁もカンブレー司教領造幣局もアラゴン王国も模造フィオリーノ金貨を発行しているのには驚いた。
「第1章 ボッティチェリ時代のフィレンツェ――繁栄する金融業と商業」では、Bankの語源を知った。机(Banco)の上で、銀行業務にあたる仕事をしていたことからBankとなったそうだ。ここでは、貴重品入れ、フィレンツェの公益質屋の金庫、鍵、南京錠、メディチ銀行発行の為替手形、インク壺付きの燭台といった「物」が面白い。イタリアの工房でつくられた鍵は富の象徴として装飾性が強い(貧乏人には鍵は必要なかったんだろうな)。フランスの工房でつくられた南京錠は、安全性が弱く、金品ではなく食品などの保存に用いられたそう。展示の為替手形は15世紀のものだが、現存する最古の為替手形は、13世紀末のものだとか。信用貸付制度が発展したことで国外にも銀行の支店が開設され、イタリア商人が導入した為替手形の定着は金銭輸送のリスク回避につながり、欧州中の支店網をバックに両替による差額の貸付が可能になった。教会は利息を取ることは「(神にのみ許された)時間を売ることになる」ため高利貸しには罰金を科していたが、両替による利益は時間を売ることにはならないという理由で銀行はその刑罰を逃れ、後にメディチ家などが繁栄するようになる。
絵画としては、ボッティチェリ「ケルビムを伴う聖母子」の額縁内側の赤地部分に施された金貨模様が両替商組合の紋章であることから、ここからの依頼で描かれたものだとわかるということで、額は大事だと思う。聖母マリアの表情を見たら「お、アヒル口!」 500年以上も時代を先取りか? マリヌス・ファン・レイメルスヴァーレに基づく模写「両替商と妻」は、ルーヴル展で見たばかりの絵とほぼ同じ。ただ、ルーヴルのほうは妻の手元にある書物は祈祷書で、こちらは帳簿らしい。ルーヴルのほうはクエンティン・マセイスで、マセイスのほうが後なのだ。同じく模写「高利貸し」はルーヴル展では「徴税吏たち」というタイトルだが、やはり「マリヌス・ファン・レイメルスウァーレに基づく」のであった(どうしてタイトルが変わっちゃったんだろう)。
「第2章 旅と交易 拡大する世界」では、15世紀半ばの航海図(平面球形図法:懐かしい。小学校だか中学だかで習った)や旅の道具などが展示されていた。航海図には日本はなんと2つの島に分かれて載っている。どれどれ?と位置を頼りに探したら、あった!! 2つ横並びで描かれているのが多分日本。
絵画ではボッティチーニの「大天使ラファエルとトビアス」が当時の旅行人気を反映したテーマで描かれており興味深いと同時に、息子を旅に出す親の心情が感じられるような気がした。
「第3章 富めるフィレンツェ」では「婦人の装飾品と衣服に関する法令」13431344年)というのが興味深い。華麗になり過ぎないように定められた法令だが、抜け道は当然あり、上流階級の婦人は必ずしも守ってはいなかったということだ。フラ・アンジェリコ「聖母マリアの結婚」は地味な服装ながら、ところどころに贅沢が垣間見える。ここでは出展リストにある「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」(偽ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ)が見つけられず、係の人に尋ねたら、57日から展示されるとのことだった。
「第4章 フィレンツェにおける愛と結婚」で目を引かれたのは「出産盆」。出産祝いののせるお盆だが、表面には愛の園、裏面には全裸の少年とガチョウが描かれている。「出産盆には夫婦の社会的役割を示す図像が選ばれ、フィレンツェ・ルネサンスの社会が依って立つ価値観や美徳を伝えてくれる」と出品リストには書かれているが、全裸の少年とガチョウがそうなの?

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2015年4月28日 (火)

風俗画だからこその興味深い絵がいっぱい:ルーヴル美術館展

420日 ルーヴル美術館展(国立新美術館)
雨模様の午後3時ごろ。混んでる混んでると脅かされていた割にはすいていて、どの作品もじっくり見ることができた。展覧会のHPで混雑状況を確認したのも、天気も正解だったかな。
またか的なところもあるルーヴル展だけれど、今回は「日常を描く――風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄」というテーマなのがなかなか興味深い。ルーヴルでは超有名画家や超有名絵画に興奮してしまってついつい見逃しがちな風俗画たち。これを目の前でじっくり見るためには混雑状況把握ですぞ。
風俗画といってもやはり宗教との縁は切れない。わたしたちの目にも明らかに宗教的寓意をもっているとわかるものもあれば、そうでないものもあるが、やっぱりあちらの生活は宗教に根差しているんだなと思いつつ、親しみやすさも覚える。
古代の展示品がいい。オストラコン(陶片)の絵画はどれも生活がいきいきと描かれていて、古代へと思いが飛ぶ。
「アモルを売る女」は面白い。アモルって要するにキューピッドのことなんだけど、西洋絵画って時々用語がわからないことがある。アモルは原題の「amour」と、描かれているのがまさにそうだったからわかった。でも後に出てくる「オダリスク」(今回はブーシェの作品)は散々見ているのにこのたび初めて意味を知ったという始末(トルコのハーレムに仕える女性)。さて、この絵では、アモル売りの女性がアモルの羽をつまんで客の女性に見せている。アモル売りの駕籠には眠っているアモル、様子を窺っているアモル2体がまだ残っている。アモルを売るってどういうことだろう。想像の域を超えた絵だった。後で知ったことだが、今まさに売られよう(買われよう)としているアモルの手が下品な形をしている。この絵が描かれた当時(1763年)から現代まで、その手が表す下品さは継続しているのも面白い。
「両替商とその妻」(クエンティン・マセウス)には色々な解釈があるようだ。そういう解釈を目にし耳にするたび、本当は画家自身はどういう意図を込めて描いたのだろうといつも思う。そうしてみると、結局絵画は見る人の想像や感性で解釈してもいいのかもしれない。でもそれにしても、何かしら説明がないと理解できないよなあ。「割れた水瓶」などもある程度想像はつくものの、やっぱり説明を見て納得というところ。
「鏡の前の女」(ティツィアーノ)は絵画と彫刻の<どっちが上>争いに関係しているのが面白い。当時、360度見られる彫刻のほうが上だという人々がいて、一方の画家は鏡によって、平板な絵画でも一度に正面と後ろを見せることができることを示したのだそうだ。その先駆的な存在がティツィアーノらしい。
風景画を見ていたら、突然、当時のこの画家の目にはこの風景がこういうふうに映っていたんだ、という意識がむくむくしてきた。その頂点はフラゴナールの「《嵐》、または《ぬかるみにはまった荷車》」で、あのフラゴナールもこういう絵を描くんだという思いから、そんな意識が湧いてきたのだった。フラゴナールの活躍したロココ時代――ロココは案外好きだと今回初めて意識した。
「《聖家族》、または《指物師の家族》」(レンブラント)は、比較的わかりやすい宗教暗示だ。この絵で私は初めて、イエス・キリストのおばあさんの存在を知った。
今回の超目玉はフェルメール「天文学者」。やっぱりフェルメールは格別にいい。一番心に無理なく深くしみこんでくる。ここですごいのは、机の上に広げられているのが「天文学・地理学案内」という当時実際に刊行されていた本で、しかもその第二版だということがこの絵からわかるそうなのだ。そんな細部まで描きこんでいるのもすごいし、それを「あ、第二版だ」とわかるのもすごい。
他にも「抜歯屋」、「物乞いの少年(蚤をとる少年)」等々、見ておくべき絵がいっぱい。
グッズの中に京都のお菓子屋さんのポルポローネがあって、翌日40年ぶりくらいに会う人がいたから手土産にしようと思ったけれど、一番あげたかった塩味のパッケージが「蚤をとる少年」で、躊躇したあげくやめてしまった。
ルーヴル美術館展もこのくらいの規模(作品数は83点)だと疲れない。
しかし、私、最大の失敗がひとつ!! 音声ガイドを借りなかったこと。いつも借りないので今回もスルーしたのだが、今回の音声ガイドは日テレ枡アナウンサーとコナン君の掛け合いで、とっても楽しいものだったんですって。すっごく残念。この音声ガイドを聞くためだけに、もう一度行っちゃおうかなあ…なんて。

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2015年4月27日 (月)

四月歌舞伎座昼の部

419日 四月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
もう1週間か…。というより、もう千穐楽過ぎちゃったのか。空席が目についた。平成中村座の空席なし、立ち見ありを目の当たりにすると、なんだかなあという気持ちにならざるを得ない。
「碁盤太平記」
見たことあるようなないような…と、題名だけで思ったのは、「碁盤忠信」とごっちゃになっていたから。「碁盤太平記」は前回の上演が40年前だから見たことがあるはずがない。
扇雀さんの意外な大石内蔵助が意外によかった。大きさ、肚を見せぬとぼけ方、その一方でちらと見せる鋭く厳しい表情、そして心の動き、どれもいい(原。ただ、セリフにもう一工夫ほしい(不安定なところがみられる)かなとも思った。扇雀さんの立役は好きで、これからも立役でいけばいいのにと思うけれど、成駒屋としてはそうもいかないのだろう。
亀鶴さんは久しぶりに見た感じ。実際は夜の部にも出ていたのだけどね(女伊達で‼ 私の席からは見えず、「八幡屋お鶴」とだけ聞こえた)。「碁盤太平記」では役に合っていて、とてもよかったけれど、最初にちょっと出ただけ。なんとかもっといい役を‼
寿治郎さんの玄伯で、趣向の華ファイナル「赤垣源蔵」の沢庵を思い出した。「赤垣源蔵」は春虹先生(壱太郎クン)作なので、この辺を参考にしたのかな(もともとの「赤垣源蔵」に吉良の間者でもある医師がいるのかどうか知らないので…)。
染五郎さんの岡平は、初めて見るのでこんな感じでいいのかどうかわからないが、私にはちょっと軽すぎるように思えた。下働きとしての軽さとはちょっと違う軽さが感じられて気になったのだ。でも、後半主税に刺されてからはよかった。壱太郎クンの主税は若い武士らしい真っ直ぐな気概の中に、母を恋う幼さが純粋で好感がもてた。孝太郎さん、東蔵さん、安定した女方陣であった。
夫婦の別れ、2組の母子の別れが悲しかった。
「六歌仙容彩」
これが一番の見どころなのに、だいぶ寝てしまった。
最近テレビで変な左團次さんを見過ぎていたから、遍照がこんなにいいとは思わなかった。高僧らしい気品があった。魁春さんの小町は決して美形ではないけれど、品格でそれを補って余りあると思った。仁左様の文屋はうっとりしている間に寝てしまった。梅玉さんの業平がとても素敵だった。まさに平安の貴人・色男である。喜撰は菊五郎さんや芝雀さんがどうこういう前に、三津五郎×時蔵が思い出されて、もうそれは見ることができないんだなと悲しくなってしまった。吉右衛門さんの黒主、実にカッコよかった。踊りがどうこうでなく大きな悪の魅力。

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2015年4月26日 (日)

十八代目がいっぱい

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今月10日、お目見えした十八代目勘三郎のねずみ小僧。ここには以前もねずみ小僧がいたんだけど、このたび勘三郎さんに交代。野田版ねずみ小僧を初めて見たのはシネマ歌舞伎でだった。その後お芝居でも見たが、最初のインパクトが大きくて、未だに忘れられない。
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探す楽しみを奪ってしまってごめんなさい。一番わかりやすいところということで、一つだけ、お許しを。
平成中村座には18人の勘三郎さんがいます。

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私は6カ所しか見つけられなかった。1階席とかほとんど見ていないから、次回行ったときにはもうちょっと探してみよう(でも桜席にいると、幕間も興味深いから、あんまり席を立ちたくない気持ちもあって、ジレンマbearing)。
そのほかに、法界坊やめ組の辰五郎さんとかの写真もあったから、もっとたくさんの勘三郎さんがいるはず(鳴瀬の小山三さんの写真もあって、しんみりした)。
ということで、今日、平成中村座昼の部を見てきました。感想は後ほど。……歌舞伎座の感想もまだなのに。

追記
東京新聞47日に、名物お茶子さんの取材記事が出ていて、嬉しく読んだ。このたび読み直してみると、作務衣に勘三郎さんの目がプリントされている、と書いてあった。入口で「東京新聞見ましたよ」と声をかけたのに、気がつかなかったぁbearing

 

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2015年4月24日 (金)

落とす→壊す

愛用していたオペラグラスが壊れた。
左レンズしか働かない。
来月の歌舞伎に間に合うよう新調しなくては。高いけど歌舞伎グラスなんてどうかしら。ちょっと恥ずかしいかな。
カメラも一部壊れた。
撮影はできるからまだ使う。
どうしてそんなに立て続けに壊れたかというと、よく落とすから。ほんと、自己嫌悪に陥るくらいゃく落とすの。だから「壊れた」じゃなくて「壊した」と言うべきだね。

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2015年4月23日 (木)

超お宝映像見ちゃった

昼間、何となくスタジオパークをつけたら、篠井英介さんが出ていた。そういえばそうだったっけ、と15分くらい過ぎてからだったけど見て、トークが面白く、女方としての篠井さんの演劇に対する考え方など、大いに共感した(最初から見るべきだった)。
篠井さんと言えば、今は「まれ」(
「まれ」は毎日見なくてもいいやと思いつつ、結局毎日見ている。能登編面白い。横浜編になったらどうなるかなあ)。篠井さん、金沢出身だったのね。今は石川県の観光大使を務めているそうで、そのお話もとても面白かった。
ところで、スタパ。
突然、篠井さんがずっと見たかったという映像が流れることになった。それはなんと、大川橋蔵が踊る「京鹿子娘道成寺」‼
橋蔵さんが歌舞伎出身だということは知っていたけれど(市川雷蔵の生涯を詳しく書いた本を読んだことがあって、ちょっとごっちゃになってるかも)、道成寺を踊ってるなんて知らなかった。それも1982年。調べたら歌舞伎座で「十五周年記念大川橋蔵特別公演」だそうだ(出演者は→ココ)。私の記憶の中では大川橋蔵といえば「銭形平次」で、84年4月に銭形平次が最終回を迎え、その年の12月に55歳という若さで亡くなっているから、82年はまだ平次の橋蔵だったわけだ。ほんと、びっくり。
映像は「恋の手習」のごく一部だったけれど、篠井さんはコーフンして感激して、あとでゆっくり見せてくださいって言ってた。私も全部見たいよぉ~。

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2015年4月22日 (水)

思い出の渚よ、永遠に:加瀬邦彦さん亡くなる

6時のNHKニュースを見ていたら(4月1日から早起きなのだ。遅くも6時には起きている。だから1日に何回が眠くなる。そして夜も早く眠くなる)、加瀬邦彦さんが亡くなったと報じていた。
「えっ!?」と驚き、「思い出の渚」が流れる中、色々な思い出がよみがえってきた。私が一番最初に好きになったGSがワイルドワンズ、一番最初に買ったGSのレコードが「思い出の渚」。
74歳、まだ若いのに…としんみりしていたら、
「警視庁によりますと」
って。えっ?えっ??えっ???
自殺らしいとのこと。
2度目のショック。
全然知らなかったけれど、あとでネットで見たら、色々健康を害していたようで…。いたましいことである。ワイルドワンズでは後から入ったメンバーのチャッピーこと渡辺茂樹さんも去年亡くなったし、こういう訃報に接するとだんだん自分の年齢や先行きを考えるようにならざるを得ない。
心よりご冥福をお祈りいたします。
乙女の心に甘酸っぱく響いた「思い出の渚」は今でも私の中のGS名曲ナンバー1だよ。

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2015年4月20日 (月)

むずかしいほうのうた:憧れの記憶

150420koinobori
毎年こいのぼりがかかる川。たまたま通りかかったので。
うちのほうは田舎だけど、「屋根より高い」も「甍の波と~」もあまり見かけなくなった。
「♪屋根より高い♪」が子供っぽくて、早く「♪甍の波と雲の波♪」を歌いたくて仕方なかった時期があった。それで思い出した。もう1曲、難しいほうを歌いたかった曲が「♪松原遠く消ゆるところ♪」。
でも、今は「♪海は広いな大きいな♪」も「♪屋根より高い♪」も、難しいほうの曲に負けず劣らず好き!

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2015年4月19日 (日)

2日早かった

今日、歌舞伎座の昼の部見てきたのだけど、舞台写真入り筋書は21日からですって。
毎月だいたい20日を過ぎないと写真が入らないってことはわかっていたのに、なんで今日取っちゃったんだろう。今月はもう歌舞伎座行かないし…。

今日は激ネムでしたが、やっぱり歌舞伎は好きだと改めて思ったのでした。
感想は後日なるべく早く(終演15:55って疲れた)。

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2015年4月17日 (金)

こんまりさん、世界で影響力のある100人に

ときめき片付け術の近藤麻理恵さんが、世界で最も影響力のある100人に選ばれた。
驚いた‼
こんまりさんの片付け術には何年か前から魅了されていて、実際に衣類をそれで片づけたことがある(でもね、「ときめかない」服なのに捨てられない、ってこともある私は片付け術に向かない?)。
そういう片付け術が世界で認められたことも驚きだけど、そういう片付け術が世界にはなかったんだってことも驚き(なかったから認められた。同じことを言ってるね)。
前にも書いたが、私のトラウマのひとつは、小学校の時潮干狩りで砂だらけになった靴下を捨てて来ざるを得なかったこと(靴下に申し訳なくて・・・)。感謝しながら捨てるっていうことを当時はっきり意識していれば、そんなトラウマにならなかったのかもね。今は、愛用していた物を捨てるときには必ず感謝して捨てている。その意識の中には、八百万の神の思想があると私自身は思っているのだけど、そういうことは別にしても、感謝して捨てるという意識がこんまりさんによって世界に広まっているのだとしたら嬉しいな。

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2015年4月14日 (火)

約1カ月ぶりの歌舞伎鑑賞は鴈治郎襲名四月大歌舞伎夜の部

412日 四代目中村鴈治郎襲名披露四月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
歌舞伎を見るのは先月16日以来、歌舞伎座へ行くのは226日以来。それなのに、前夜私はまたまた体調を崩してしまった。昼の部だったら行かれなかった。夜の部でも恐る恐るという感じで出かけ、ちょっと危ない気配を気合いで押して、全部見てきた(具合によっては最後の「石橋」をパスする覚悟だった)。
大間には新・鴈治郎夫人がいて、そういえば去年はご自身の吾妻徳穂襲名があったんだっけ、続けて大変だなあと思った。

久しぶりにチラシを集めていたら、
6月歌舞伎のチラシがあった。だいたい初日に発表されるはずなのに今月はちっとも出てこず、どうしたのかしらと待っているところだった。

今月の席は昼も夜も10列目、すなわち3B席の最後列。遠いことは遠いけど、高さがあるから花道も七三ぎりぎり見えたし、前の人の頭も全然気にならず、悪くない。
「梶原誉石切」
梶原の開幕5分前に、祝幕が定式幕にかわった。私は通路際なので5分前になってから中に入ったから、祝幕を見逃してしまった。もっとも、この後でちゃんと見られたからよかった。
浅葱幕が振り落された瞬間、かかった大向こうが「紀伊國屋っ」「緑屋っ」だったのでちょっとびっくりした。舞台に並んでいる家来の中に2人がいたから大向こうがかかっても不思議はないのだけど、その後もとくに「紀伊國屋」は何度も声がかかって、嬉しくなった。
梶原は私としては大らかなほうが好きなのだが、考えてみればけっこう陰険なわけで、内に向かう幸四郎さんの梶原は案外いいのかもしれない(あ、別に幸四郎さんが陰険だって言ってるわけじゃない、誤解のないように。幸四郎さんの梶原は六郎太夫父娘に対する温情に溢れているのがよく伝わってくる)。
大庭兄弟は悪役として演じられているが、兄(彦三郎)はそんなに悪い人じゃないような気がする。一番そう感じたのは、六郎太夫が自分から斬られようと言いだすと「気が違ったのか」というような感じでそれを止めようとするところ。それに、梶原の名刀だという鑑定に喜んで、ちゃんと金を出して買おうという意思もあったし。なんかそういう大庭兄の人柄を今回はじめてまともに見たような気がする。俣野がごちゃごちゃ言い出さなかったら…、はは物語にならないね。
錦吾さんの六郎太夫は手堅い感じ。桂三さんの呑兵衛は面白くて哀れだった。
壱太郎クンの梢は、必死に助命を乞う姿がいじらしく、父親を思う心が強く強く伝わってきた。
「成駒家歌舞伎賑 木挽町芝居前の場」
芝居小屋の前に寿治郎さん(幹部俳優昇進、おめでとうございます)がいるだけで、その上方の空気に乗ってタイムスリップした。
本花道から道頓堀座元(仁左衛門)の先導で鴈治郎さんが登場する。目出度い‼ 小屋の中からは菊五郎・吉右衛門・梅玉の3人が出てくる。目出度い‼ 梅玉さんと鴈治郎さんが正月の道頓堀でどうのこうのと挨拶を交わす(梅玉さんは1月の松竹座での襲名公演にも出演)。
本花道に立役の男伊達、仮花道に女方の女伊達がずらりと並ぶ。さすがに私の席からは男伊達先頭の左團次さんしか見えなかった。女伊達のほうはやはり先頭の魁春さんの後姿。男伊達はそのまま自分の名前を言うが、女伊達は「さきがけお春」「加賀屋あずま」「京屋おしば」「松嶋屋おたか」「八幡屋おつる」(やわたやがよく聞き取れなくて、一瞬、誰かと思っちゃった)「高麗屋おこま」(高麗屋って言ったかどうか、亀鶴さんを引きずっていたので聞き逃した)「橘屋おまん」「明石屋おとも」(珍しく友右衛門さんが女方で出ていた。正面に並んでも遠いのでよく見えなくて残念)と女名前に変えていた。
こういうの、前にも見たことがある。「萬屋お時」がすごく記憶に残っているのだ(10年前の時さま、髪が黒い)。そうだ、勘三郎さんの襲名の時だった(平成175月)。やはり「芝居前」という設定で、勘三郎さんが中村座の座元役だった。あの時の女伊達は玉三郎さんが先頭だった。あれから10年。あの舞台に立たれて鬼籍に入られた役者さんが何人いることか…。帰宅して思い出したらしんみりした。
気を取り直して。
全員が本舞台に移ると、舞台奥から我當さんが、進之助さんに手を引かれて姿を現した。痩せられた…。1月の松竹座は休演だったが、鴈治郎襲名披露公演にどうしても出たいという上方歌舞伎への思いが執念のように我當さんを駆り立てているのだろうと思って、とても感動した。出られてよかった。
この後、茶屋女房・秀太郎さんの先導で江戸奉行の幸四郎さんが登場する。奉行は鴈治郎さんに祝いの品を下されつつ、「お父さんに似てきた」と笑う。そして自分は成駒屋の贔屓だからと言って鴈治郎さんにサインを求めた。
藤十郎さんはいつ出てくるんだろうと思っていたら、場面は芝居前から芝居小屋の舞台にかわり、鴈治郎さんを中心に下手に扇雀、虎之助、上手に藤十郎、壱太郎が並んで平伏していた。藤十郎さんが紫の裃、他の4人は成駒屋の深緑色の裃である。口開きは鴈治郎さん本人で、襲名の口上が始まった。扇雀さんが「昭和42年、兄8歳、私6歳の時に歌舞伎座で初舞台を踏んだ。孫の初舞台を祖父=二代目鴈治郎が大変喜んだ。兄を筆頭に一門これからも努力する」というような口上を述べた以外はエピソードなどのない普通の口上だった。
前半にぎにぎしく豪華、後半すっきりというのもいいかも。

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2015年4月13日 (月)

面構を見る:「片岡球子展」

49日 片岡球子展(国立近代美術館)
150413tamako 小山三さんを見送った後、「そうだ」と思い立ち、始まって間もない「片岡球子展」に行ってきた。生誕110年記念の絵画展だが、片岡さん自身103歳で鬼籍に入られたご長寿の方だし、歌舞伎座にもご縁があったし、追悼の意味も込めて。
片岡球子といえば、こちらを圧倒してくるような自由な色彩と形という頭しかなかったから、初期の作品にはとまどった。球子らしさがほとんど感じられないのだ。当時、学んでいた日本画はそういうものだったらしい。でも解説に「その中にも球子らしさが潜んでいる」と書かれていて、そういうものかという目で見ればなるほどと思わされる(まったく、自分の目なんて信用できない)。
しかし、そういう絵の展示はごくわずかで、すぐに強烈な個性的な絵が並ぶようになる。そうした球子の絵はゲテモノと言われていたが、小林古径に「ゲテモノと本物の差は紙一重です。あなたはゲテモノを捨ててはいけない。あなたの絵を絶対に変えてはいけない」と励まされたそうだ。
興味深かったのは「面構」(つらがまえ)というシリーズ(?)で、歴史上の人物、絵師などを描いた作品群だ。私なんて片岡球子といえば富士山程度しか知らなかったから、目を新たにする思いで鑑賞した。足利尊氏・義満・義政という足利将軍の中でも最も有名な3人をそれぞれ描いた作品は、室町時代の彼方へ飛んでこの将軍たちの顔をから受ける人物像を想像させてくれた(写真は尊氏)。北斎、写楽、豊国、国芳など浮世絵師を描いた作品には同じ画家としての彼らに球子の対する思いが詰まっているように見えた。北斎と馬琴、国貞と種彦、国貞と四世南北、黙阿弥と三代豊国が並んで描かれた絵なんて、実に興味深いではないか。「浮世絵師歌川国芳と浮世絵研究家鈴木重三先生」は江戸時代の絵師と現代の美術研究者を組み合わせたセンスがすごいと思った。こういうことを考えたとしてもなかなか具体的に表現しようとは思わないのではないだろうか。
展示されている作品は大きいものが多く、点数は60点と少ない。しかし、スケッチブックや渡欧関係資料がかなり充実している。パリで、球子が大好きだったミロの展覧会に通いつめ、作品の模写に細かい観察が書き込まれ、その熱心さが伝わってくる。
作品には満足したが、鑑賞の順番がちょっとわかりにくかった。というか、1つの章を見たら、反対側を戻って次の章になるという展示で、つい次の章を見てから、あらまだ前の章が残っていた、という見方になってしまった。ま、私だけかもしれないけど。
ちょっと疲れていたこともあって、わりとさ~っと眺めてきたので、機会があればもう一度ゆっくり見たいかな(特別、好きってわけじゃないのに、なんかそんな気になった)。

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2015年4月12日 (日)

歴史を思った「みちのくの仏像」展

44日 「みちのくの仏像」(国立博物館本館)
4
5日までの会期にまたまた滑り込み。1時間くらい待つことを覚悟して出かけたら、930の開館時刻ちょうどに着いて動き始めた列は傘を置くのに手間取り、傘をさしていなかった私(あの程度の小雨では傘はささないのだ)はほとんど一番に入れた。
今回の展示で一番印象的だったのは、東北へ仏教が伝わった歴史。坂上田村麻呂が胆沢城を建てて大和朝廷が東北を平らげた(と言っていいのか…)ことにより、仏教が伝わったそうだ。このあたりの歴史は前にも書いたが、熊谷達也の「まほろばの疾風」を読んで強い感銘を受けたから、その記憶が重なって沸々と胸に湧いてくるものがあった。
展示されている仏像は19体。1つの部屋におさまっていた。東北の各寺で大事にされてきた仏像たちは素朴だったり都風だったり様々だが、なにかあたたかい空気を醸し出してこちらに静かに語りかけているように感じられた。
宮城・双林寺の薬師如来像と二天立像(持国天・増長天)は、東日本大震災の折、持国天が薬師如来の左腕に倒れかかり、両像とも破損したが2年かけて修復されたそうだ。薬師様が持国天を守ったと書かれた解説にはっと胸を打たれた。
岩手・黒石寺の薬師如来像は貞観の大地震と先般の地震、二度も巨大地震にあわれたそうだ。今回の地震では危うく台座から落ちるところだったとか。
青森・恵光院の女神坐像はあき竹城を思い出させた。
秋田・龍泉寺の十一面観音菩薩立像は、母の故郷でもあり特別な思いで拝観した。円空作で、笑っているかのようなお顔に東北の厳しさを受け入れる大きさを感じた。
会場の外で、映像を流しているのを見たら、もう一度仏像を見たくなったのでその旨伝えたら再入場はOKということで、ありがたくもう一度拝んできた。
まだ完全には体調が戻っていなかったが、行ってよかった。この後、「インドの仏」展を見てもよかったのだが、体調を考慮して、庭園散策にとどめた(庭園はアップ済み)。

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2015年4月 9日 (木)

お別れ

小山三さんにお別れをしてきました。何年か前に講演を聞いた時から、小山三さんが亡くなった時には絶対にお見送りしようとひそかに思っていました。でもその一方で、お通夜での勘九郎さんの言葉、「小山三さんでも死ぬんだと思った」は、まったく私も同じ思いだったので、実際にその日が来たのはショックでした。
浴衣姿で微笑む小山三さん(胸元にそっと手を当てた姿が女形らしくてとても素敵)は本当にいい笑顔でした。
声を詰まらせながら思い出を語る小三郎さん。中村屋一門の愛を感じました。そして小山三さんがどれだけ多くの役者さんに愛され、多くのファンに愛されていたか、あらためて知ってまた泣けてきました。

小山三さん、長い間お疲れ様でした。ありがとうございました。

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2015年4月 7日 (火)

小山三さんが…

お亡くなりになった。
お年を考えれば天寿を全うされたということなんだろうけど、私の中では小山三さんは永遠にお元気で歌舞伎を続けられると思っていたから、とてもショック(あたしはおばけじゃないわよって怒られそう)。
また泣いちゃうよ。
中村屋兄弟はじめ一門の気持ちを思うと…。
泣いちゃうよ。
今年になって歌舞伎の世界で大事な方が3人も亡くなった。歌舞伎はどう進んでいくのだろう。
小山三さん、天国で、大好きな十七世と十八世と一緒に、ね。
心よりご冥福をお祈りいたします。

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2015年4月 6日 (月)

平成中村座試演会

4月21日、平成中村座の試演会が行われることはすでにお知らせに出ていたが、先ほど演目・配役が発表になった。
「三笠山御殿」で、お三輪:仲之助、鱶七:獅一、橘姫:仲弥、豆腐買おむら:彌風、求女:橋三郎
その後に「おたのしみ座談会」。
詳細は→ココで(でも、上演時間がまだ発表になってない。開演時間も未発表だけど、通常の夜の部と同じ16:30かな?)

楽しみな試演会だけれど、今年は行かれないかもwobbly(明日チケット発売だよね)

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2015年4月 5日 (日)

小山觀翁さん

4月に入ってもパソコンの前に座る気があまりしなくて、ネットはほとんど見ていなかった。
そうしたら、その間にショッキングな訃報が…。
3月30日、イヤホンガイドでおなじみの小山觀翁さんが亡くなっていたのだ。85歳…。
歌舞伎座建て替えの頃からイヤホンは借りなくなったが、それまでの私が一番好きだったのは
觀翁さんの解説で、当ブログでも時々
觀翁さんについて触れさせていただいた。
觀翁さん、歌舞伎愛にあふれる興味深いお話をたくさんご紹介くださって、本当にありがとうございました。
遅ればせながら、心よりご冥福をお祈りいたします。

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2015年4月 4日 (土)

散りゆく桜を惜しみつつ

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深山幽谷の風情…
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散りゆく桜を惜しみつつ…
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ここはトーハクでした。
 雨上がりのしっとりした空気が好き。
でも病み上がりにはやっぱりちょっとハードだったかも。

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2015年4月 3日 (金)

哲学者マグリット

324日 マグリット展内覧会(新国立美術館)
150403magritte この翌日から体調を崩してしまい、やっと薬から離れられそうなのでそろそろ記録しておかないと…。
桜が開花したこの日、マグリットの内覧会があった。挨拶に立った新国立美術館長、ベルギー王立美術館長、ベルギー大使などの話を総合すると、以下のようになる。
・マグリットの展覧会はこれまでにも5回行われているが、今回は最大規模である(確かに展示作品数は絵画作品だけで131点、その他資料が50点以上と多い)。作品は世界中の名だたる美術館あるいは個人から快く借りることができた。しかしこれだけの作品を揃えるのには9年かかった(もっとも、1つの展覧会を企画実施するのに9年という歳月は珍しくはないということだ)。
・マグリットは画家であるのみならず、詩人、哲学者でもあり、後世に大きな影響を与えた。ありふれたものを描きながら、その背後にある不思議なものを描いている。
ここからは赤池文部科学政務官の話。
・来年はベルギーと日本の国交樹立150年にあたる。ベルギー王室と日本の皇室は親密な関係にあり、様々なイベントを考えているが、本展によりさらに交流が進むと嬉しい。オリンピックに向けて、文化と芸術の充実を目指している。美術館の振興は現在3分の2というところで、これを80%にするようにしたい。

さて、マグリットは特別好きというわけでもないし、わからないものはやっぱりわからない。しかし、作品と並べてマグリット自身の考えが展示してあるものがいくつかあって、それを読んでからあらためて作品を眺めると、ああなるほどと理解できるのである。理解できると、その絵はとても「良い」と思う。確かにマグリットは哲学者かもしれない、そして詩人というのも何となく頷ける。とはいえ、凡庸な私、そういう考えで描かれた作品を基礎として、マグリットの言葉の展示のない別の作品にそれを応用できるかと試みたが、全然ダメ。やっぱりわからない。わからないなりに、これだけ多くのマグリット作品を見て歩くと、不思議な感覚の中に自分が溶け込んでしまいそうでちょっと怖い気もした。

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2015年4月 1日 (水)

神宮⇔秩父宮

東京オリンピック、パラリンピックが終わったら、神宮球場と秩父宮ラグビー場が敷地を入れ替えて建て替えられるそうだ。
最初は内容がよくわからず、「じゃあ、ヤクルトはどうなる、学生野球はどうなる」と混乱したが、詳しく聞いてみると、ラグビー場の敷地に野球場を新たに建設している間、現在の野球場はそのまま使用する、ラグビーはその間国立競技場で行われる、ということだ。つまり、どちらの競技も競技場が一時的になくなる心配は不要ということだろう。
神宮も秩父宮も何回か学生スポーツの応援に行ったことがあるが、特別思い入れがあるわけではないし、形あるものは老朽化に伴いいつか更新される宿命にあるのは歌舞伎座でもわかっている。とはいえ、なんだかやっぱりさびしい気がしないではない。
新しい競技場が完成したら冥途の土産に一度観戦に行ってみたいけど、土産をもたずに冥途に行っちゃったりしてねbleah
ところで、まさかこれもエイプリルフールのニュースじゃないよねeye

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