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2015年4月29日 (水)

金融業と芸術:ボッティチェリとルネサンス展

422日 ボッティチェリとルネサンス(ザ・ミュージアム)
26
日に日曜美術館でボッティチェリを取り上げるから、その前に行ったほうがいいかも、と聞き、行ってきた。26日以降の混雑状況は知らないが、放送前に行って多分大正解。一般に午前中に多い年齢層もほとんど姿を見ることなく、とてもすいていて、ゆ~っくりじ~っくり見てこれた。
私にとってこの美術展の興味深いところは、絵画よりも、イタリアの経済史、経済と絵画の関係に焦点が当てられたことだった。芸術の爛熟に膨大な富は欠かせないが、キリスト教ではお金を稼ぐことは好ましいことではなく、そういう悪いイメージを美しい芸術に転換しようという意図から見事な芸術が生まれた。妙な気分になるけれど、その正当化を受け入れざるを得まい。まあ、メセナの原点とも言えるか。
「序章 フィオリーノ金貨」では、フィレンツェ共和国貨幣局行政官の規約、フィオリーノ金貨の目録、そして数々のフィオリーノ金貨が展示されている。フィオリーノ金貨は厳重に24金を使うことになっていて、模造を相当警戒していたとのことだが(展示の大フィオリーノ金貨には、本物かどうかと噛んだ跡が残っていた)、なんとアヴィニヨン法王庁もカンブレー司教領造幣局もアラゴン王国も模造フィオリーノ金貨を発行しているのには驚いた。
「第1章 ボッティチェリ時代のフィレンツェ――繁栄する金融業と商業」では、Bankの語源を知った。机(Banco)の上で、銀行業務にあたる仕事をしていたことからBankとなったそうだ。ここでは、貴重品入れ、フィレンツェの公益質屋の金庫、鍵、南京錠、メディチ銀行発行の為替手形、インク壺付きの燭台といった「物」が面白い。イタリアの工房でつくられた鍵は富の象徴として装飾性が強い(貧乏人には鍵は必要なかったんだろうな)。フランスの工房でつくられた南京錠は、安全性が弱く、金品ではなく食品などの保存に用いられたそう。展示の為替手形は15世紀のものだが、現存する最古の為替手形は、13世紀末のものだとか。信用貸付制度が発展したことで国外にも銀行の支店が開設され、イタリア商人が導入した為替手形の定着は金銭輸送のリスク回避につながり、欧州中の支店網をバックに両替による差額の貸付が可能になった。教会は利息を取ることは「(神にのみ許された)時間を売ることになる」ため高利貸しには罰金を科していたが、両替による利益は時間を売ることにはならないという理由で銀行はその刑罰を逃れ、後にメディチ家などが繁栄するようになる。
絵画としては、ボッティチェリ「ケルビムを伴う聖母子」の額縁内側の赤地部分に施された金貨模様が両替商組合の紋章であることから、ここからの依頼で描かれたものだとわかるということで、額は大事だと思う。聖母マリアの表情を見たら「お、アヒル口!」 500年以上も時代を先取りか? マリヌス・ファン・レイメルスヴァーレに基づく模写「両替商と妻」は、ルーヴル展で見たばかりの絵とほぼ同じ。ただ、ルーヴルのほうは妻の手元にある書物は祈祷書で、こちらは帳簿らしい。ルーヴルのほうはクエンティン・マセイスで、マセイスのほうが後なのだ。同じく模写「高利貸し」はルーヴル展では「徴税吏たち」というタイトルだが、やはり「マリヌス・ファン・レイメルスウァーレに基づく」のであった(どうしてタイトルが変わっちゃったんだろう)。
「第2章 旅と交易 拡大する世界」では、15世紀半ばの航海図(平面球形図法:懐かしい。小学校だか中学だかで習った)や旅の道具などが展示されていた。航海図には日本はなんと2つの島に分かれて載っている。どれどれ?と位置を頼りに探したら、あった!! 2つ横並びで描かれているのが多分日本。
絵画ではボッティチーニの「大天使ラファエルとトビアス」が当時の旅行人気を反映したテーマで描かれており興味深いと同時に、息子を旅に出す親の心情が感じられるような気がした。
「第3章 富めるフィレンツェ」では「婦人の装飾品と衣服に関する法令」13431344年)というのが興味深い。華麗になり過ぎないように定められた法令だが、抜け道は当然あり、上流階級の婦人は必ずしも守ってはいなかったということだ。フラ・アンジェリコ「聖母マリアの結婚」は地味な服装ながら、ところどころに贅沢が垣間見える。ここでは出展リストにある「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」(偽ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ)が見つけられず、係の人に尋ねたら、57日から展示されるとのことだった。
「第4章 フィレンツェにおける愛と結婚」で目を引かれたのは「出産盆」。出産祝いののせるお盆だが、表面には愛の園、裏面には全裸の少年とガチョウが描かれている。「出産盆には夫婦の社会的役割を示す図像が選ばれ、フィレンツェ・ルネサンスの社会が依って立つ価値観や美徳を伝えてくれる」と出品リストには書かれているが、全裸の少年とガチョウがそうなの?

「第5章 銀行家と芸術家」にはボッティチェリの作品がたくさん。中でも「受胎告知」は大きくて素晴らしい。ボッティチェリの描く人物はおおむね品の良い美形であるが、ここに描かれた大天使ガブリエルはそのポーズもステキ。ボッティチェリというと、紗のかかったような優美で甘美な世界だと思っているのだけど(ブルコメの「甘いお話」が頭の中を流れる)、この大天使にはそういう甘美だけではない、なにかもっと違うものを感じた。ちなみに、この大作より後に描かれた円形の同名絵画も展示されている。円形のほうには受胎告知だけでなく大天使ラファエルとトビアスも描かれているのが面白い。
門外不出の「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」は意外と印象に残らなかった(もう2度と見る機会はないだろうに、もったいない)。覚えているのは、円形の絵画であること、生まれたばかりのイエスが描かれているにもかかわらず、そこは厩ではなくバラ園であること、洗礼者ヨハネが幼い姿であること程度。もっとちゃんと記憶に残しておくべきだった。ボッティチェリ工房の「ヴィーナス」は、かの有名な「ヴィーナスの誕生」のヴィーナスのみを抜き出したような作品。でも本家「誕生」のヴィーナスとは違う。黒を背景にしていて輪郭がくっきりしているせいだろうか、こちらのほうが筋肉が強調されているように感じた。髪も「誕生」のように風になびいてはおらず、表情もちょっと疲れたような…(見当違いかもしれないけど、そう見えた)。それだけに、印象には残ったし、妙に気になる作品であった。
「第6章 メディチ家の凋落とボッティチェリの変容」。栄華を誇ったメディチ家も勢いが衰えると、修道士ジロラモ・サヴォナローラの虚栄の焼却が始まる。ぜいたく品や宗教上好もしくない作品が燃やされたそうだが、その中には貴重な作品もあったのかもしれない。ボッティチェリはこの考えに心酔し、画風に変化がみられるようになったそうだ。フィレンツェの逸名画家による「サヴォナローラの火刑」は、1枚の絵の中に3つの時間が描かれている。厳格すぎるしめつけの故か、結局は火刑に処されてしまったサヴォナローラだが、単に火刑の場面を突きつけられるよりも時間の経過がみられるほうがしのびない気がする。
ボッティチェリはそういえば、ウフィツィ美術館展でも何点か見たんだったっけ。以前に読んだ「ダ・ヴィンチの愛人」(藤本ひとみ)では、ボッティチェリには卑怯なところがあって敵役みたいな印象だったからあまり好感はもっていなかったのだけど、こうして絵画を見ると、これだけ美しいのだから…。それにあれは小説だしね。
この展覧会は金融業とルネサンス芸術という視点が大変興味深く、ついついそっちのほうに関心が向いたが、展示されている絵画はどれも一見の価値ありです。

 

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コメント

なんとsign03 同じ日に見に行ってました。
まぁ私の場合は、友人と会う方がメインだったようなものですけれど。神山町のパティナステラ(その友人が選んでくれた)でランチの後、2時半くらいにザ・ミュージアムへ。
いつもながらほとんど予習もせず(招待券をもらっていたの)、でもその分、いろいろ新鮮でした。特に最初の金融業者の部分が。そういえば、フィレンツェの「富」と美、というサブタイトルなんだ、と今更ながら思ったり。

投稿: きびだんご | 2015年5月 1日 (金) 09時39分

きびだんご様
まあsign03 ほんとびっくり。もっとも私は午後の渋谷は極力避けたいということで午前でしたが…。
金融業の簡単な歴史がわかって面白かったですね。美は富に支えられているんだということを改めて認識しました。

きびだんご様はいつも素敵なランチタイムを過ごされているようで、いいなあと思います。私もたまにはそういう時間を作らないと、いなかでしぼんでいきそうcoldsweats02

投稿: SwingingFujisan | 2015年5月 1日 (金) 10時14分

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