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2015年4月30日 (木)

平成中村座昼の部

426日 陽春大歌舞伎昼の部(平成中村座)

久しぶりに見たせいか、これまでの平成中村座に比べて舞台が小さいような気がした。そのため、迫力という点では大満足。
「双蝶々曲輪日記 角力場」
相撲見物の人たちが押すな押すなで小屋に入っていく様子は臨場感たっぷりで、その世界に入り込めた。桜席を作った勘三郎さんは偉大だ。でも桜席とはいえ、双眼鏡をもっていくべきだった。この近さなら、壊れた双眼鏡でも片方は見えるから十分だったに違いない。
彌十郎さんのデカいことデカいこと。この日は本物の力士(多分、高田川親方と輝関。違ったらごめんなさい)が観劇していたけれど、彌十郎さんも負けちゃいない。私の席からは後姿しか見えなかったので表情はわからなかったが、貫録で放駒をぐいぐい押していく濡髪にぴったりだと思った。もっとも、濡髪と放駒の丁々発止はぽんぽんとテンポが速くあっさりした感じがした割にはずっとテンションが高くて少し疲れた
獅童さんの与五郎は悪ノリするんじゃないかと心配したが(悪ノリすると「歴史にドキリ」じゃすまなくなる)、杞憂に終わった。好きな人を褒められて、あれもこれもあげちゃうファン心理の面白さという点ではむしろおとなしかったかもしれない。相手がわざと負けたと知ってプライドが傷つき、何とか自分にも力があると見せたい放駒の意地はよく伝わってきた。
幕が閉まったあと、彌十郎さんと獅童さんが桜席に目を上げて挨拶してくれた。これが桜席の醍醐味のひとつよね~。
「勧進帳」
やっぱりこの演目は好きだ。「またかの関」であっても、その都度また面白い。それに歌舞伎座で見るのとは違った雰囲気で、迫力たっぷり。
橋之助さんの弁慶は押し出しが立派で、染五郎・海老蔵世代の前の弁慶としてありだと思った(実際に見るまで、橋之助弁慶なんて考えもしなかった)。ただ、弁慶と富樫の詰寄りなど(ここは四天王も含めて)ところどころ段取り的な部分が感じられたのと、歌舞伎座ではどうなんだろうという懸念は残る。それでも、やっぱり花形へ渡す前に橋之助さんの弁慶をきわめてほしいと思う。そういえば、危難を乗り切って、弁慶の機転のおかげで助かったとホッとする場面。橋之助さんの弁慶は体をほとんど客席のほうに向けていた。判官御手の時はどうするんだろうと思っていたら、徐々に体を判官の方に直していっていた。


勘九郎さんの富樫。「判官殿でもないものを」は感情の入り方が薄い気がしたが、その後の「今は疑い晴れ申した」の表情は富樫の心中を表していてよかった。そもそも、上手側の桜席からは富樫の後姿しか見えない時間帯が長いのだが、セリフと時折こちらに向ける顔から、心の動きが察せられた。
花道が見えるようにと上手を取ったのだが、そういえば「勧進帳」は幕外の引っこみだったじゃん!! すると、座元のご厚意で桜席と梅席を分ける幕を少し開けるのでそこから覗いてくださいとのこと。おかげで飛び六方を見ることができた。もっとも、こういう場合は勘三郎さん時代からそうだったから、期待はしていたんだけどね。六方では手拍子が起きかけて、まあこの小屋の雰囲気なら手拍子も必ずしも悪くはないかもとも思ったが、自然消滅してみると、やっぱりないほうがいい。
七之助さんの義経は辛抱の役を品よく演じていた。悲運に翻弄される大将の哀れさ、はかなげな感じがとてもよくて、弁慶の必死さ頼もしさを際立せた。
四天王は若さが目立った。亀蔵さんがいてよかった。
時間は戻るけど、勧進帳が始まる前、幕の中では長唄と三味線さんが裃をつけていた。こういう様子が見えるのが桜席のもう一つの醍醐味。演奏家が裃でなくて肩衣と前垂れをつけることを知ったのは桜席でだったが、「勧進帳」はちゃんと裃だった。
「魚屋宗五郎」
おとうさんとは違う勘九郎さんの個性――真面目で堅物で酒癖が悪そうには見えない――が活きた。普段真面目でとてもそうは見えない人が酒乱になるという落差が逆に面白くて、ニンが合っていると思った。徐々に酔っていく様が丁寧かつ面白く描かれていてとても楽しめた。
七之助さんのおはまに感心した。初役だというのにおかみさんが板についている(一瞬、時蔵さん?と思うところがあった)。兄弟夫婦の息もぴったり。次は兄弟で「め組のけんか」を期待しています。
亀蔵さんのお父さんがいい感じを醸し出していた。娘を理不尽に殺されて、一番つらいのはお父さんだっていうのがよくわかる。
名題披露のいてうさん(おめでとうございます)の三吉も、らしさがあって好演。
小山三さんがやる予定だったおみつの役は芝喜松さん。筋書きでは小山三さんの名前になっている。416日までは新悟クンがおなぎ、児太郎クンがおしげだが、18日からは互いの役を交換している。新悟クンのおなぎを見たかったけれど、児太郎クンも頑張っていて好感がもてた。児太郎クン、背が高いから膝を折るのが大変だろうなあといつも思う。
この芝居では、幕開き前にすでに出演者が役に入っていて、幕があいた時にはすでに物語の世界は動いているのであるそういう幕開きは歌舞伎座でも見るが、幕の中ではこうなっているのね、ということが桜席ではよくわかる。可笑しかったのは、第二場磯部屋敷に入る前。定式幕が引かれて場面転換するのだが、大道具が揃う前に役者さんたちが舞台に現れてスタンバイする。勘九郎さんは横向きに寝そべって、なんと着物の裾をまくりあげたから、こちらに向けたお尻が丸見え。七之助さんにペンと叩かれていた。ウケたわ~。
しかし、「魚屋宗五郎」のラストはいつも納得いかないけれど、士農工商という身分制度を考えると仕方ないのかもしれない現代の感覚で考えてはいけないのだろう。
平成中村座という小屋をつくった勘三郎さんの偉大さをあらためて思った観劇だった。10月~11月に大阪でも公演があるそうだが、今後も平成中村座公演を絶やすことなく続けていってほしい。桜席は舞台の奥の方が見づらい・見えないことがあるが、場合によっては座元の配慮があり、「宗五郎」でも磯部屋敷は屋台がかなり前に出て桜席からはほとんど内部が見えなくなるので、座席を2つずつずらして見せてくれた。そういう不自由さもまた楽しい。幕が開く前の幕内を見たら芝居の面白さがなくなるという考えの方もいらっしゃるとは思うが、私はこれからも桜席を狙うつもりdash でも桜席のチケット、最初は余裕で取れたのにだんだん取りづらくなっているんだよね~bearing(今回、希望の席は取れなかった。でもとにかく最初に当たった桜席ということで即座にポチっとした。ここでキャンセルしたらもう桜席はなくなっているもの、きっと) 
<上演時間>「角力場」55分(11001155)、幕間30分、「勧進帳」75分(12251340)、幕間30分、「魚屋宗五郎」75分(14101525

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歌舞伎ミーハー観劇記」カテゴリの記事

コメント

お久しぶりです!!
GWで一時帰国しています
平成中村座は楽日に昼の部だけ拝見します
「魚屋宗五郎」の幕切れは、昔は「めでたいのう」でしたが流石に能天気だというのか「けんごで暮らせよ」に改まったと聞き及んでいます
古典であれば、むしろ「めでたいのう」を残すべきなのかもしれませんね(確かに下々の生活感からはかけ離れていますが、そうした身分の差があったことを明確にしてよいのかと思ったりします)
酒飲みで大トラになる人を「宗五郎みたい」という言い方をなさる先輩がかつて居ましたが、これを今、同じように後輩に言ってもきょとんとされます
この先輩は特に芝居好きというわけでもなかったですが、生活のより近いところに芝居の世界があったのだと思います
今は役者(及びゴシップ)には関心がいくことはあっても、舞台の名台詞や名場面までには及んでいないなぁと思います

投稿: うかれ坊主 | 2015年5月 1日 (金) 15時59分

うかれ坊主様
こんばんは。お帰りなさい。
宗五郎の幕切れも時代とともに変えざるを得なかったのでしょうね。「めでたいのう」では現代感覚からすれば確かにあんまりな気はしますが、身分制度は明らかに存在したのですから、私もそのまま残してもいいように思います。もっとも実際そのセリフを聞いたらイチャモンつけるかもしれませんがcoldsweats01

「宗五郎みたい」が今の時代に通じないのは仕方ありませんよね。

投稿: SwingingFujisan | 2015年5月 1日 (金) 22時29分

天候にも恵まれ、浅草見物兼ねて、
楽日の昼の部を堪能してきました
花道のすぐ隣でした
その迫力と臨場感はこの小屋ならではです

まず「勧進帳」
橋之助の弁慶がなかなか立派でした
すべて肚に納めた演技で期待以上でした
判官御手ですこし泣きすぎではありましたが
引っ込みは万感こもったもので感動的でした
汗とともに涙もあったように思います
十八世のこと、もしかしたらお兄さんのことも胸によぎったのでは・・・
勘九郎の富樫も「鎌倉殿」のところで瞑目するのが印象的(計3回このせりふがあるのですがすべて丁寧に眼を閉じていました)
番卒が見咎めたときに「しまった」という感じに見えました(すでに勧進帳を聞いたところあたりで、本物と見て取っていて義経主従を見逃してやろうという肚であったようにわたしには見えました・・・番卒が余計なことをしたという感じですかね・・・こんな感じ方は始めてでした・・・わたしの思い過ごしかもしれませんが)
国生・宜生は悪声で残念でした

一方「角力場」は期待外れでした・・・
特に獅童の放駒はせりふが現代語でしゃべっているようにしか聞こえず、耐えられませんでした
もう少し最初の頃は良かったのかもしれませんが、長丁場で崩れてしまったのかもしれません・・・(ファンの皆様には申し訳ないですが、義太夫の勉強をもっとして欲しいです)
脇も弱くほぼ総崩れでしたね・・・
その中では、新悟の吾妻が6世梅幸を彷彿させてよかったです

「魚屋宗五郎」は長くなるので一言だけ
芝喜松のおみつが収穫でした
(益々貴重な役者になってきました)

「魚屋宗五郎」がはねたあとはカーテンコールを望む拍手が続きましたが、場内の係員が出てきて、カーテンコールがないことを知らせる一幕がありました
カーテンコールはそうそうしてはいけません

投稿: うかれ坊主 | 2015年5月 3日 (日) 19時35分

宜生でなく宗生でしたね
お詫びして訂正致します

投稿: うかれ坊主 | 2015年5月 3日 (日) 23時28分

うかれ坊主様
おはようございます。ご丁寧に訂正のコメントもありがとうございます。昨日は私は夜の部観劇で、帰宅してから夕食&beer(眠くなるので劇場では飲食しないのです)、疲れてお返しができず、すみません。
花道のすぐ隣は中村座では経験ありませんが、役者さんの汗も飛んできそうな迫力たっぷりの席ですよね。たまにはそういう席もいいかなと思いつつ、やっぱり桜席を取ってしまいます。
橋之助さんの弁慶、よかったですね。夜の部のカーテンコールで口開きの橋之助さんが勘三郎さんの名前を出した途端、声を詰まらせていましたから、弁慶の引っこみの時もそうだったかもしれませんね。
富樫の表情はほとんど見えませんでしたので、貴重な情報ありがとうございます。
国生クンはおっしゃる通り、声が…。宗生クンは声だけでなくまだまだ。
「角力場」の獅童さん、私のひいき目でしたかしら。でも義太夫の勉強はしっかりしてほしいと私も思います。新悟クンは声も風情も好きで応援しています。
芝喜松さんは小山三さんの代役でしたが、小山三さんへの思いも籠っていたかもしれませんね。
中村座や澤瀉屋の公演ではとくに千穐楽にカーテンコールがありますから、観客も期待してしまいますよね。私もそれ狙いで千穐楽の夜を取ったのですからcoldsweats01 歌舞伎とカーテンコールについては私自身、ジレンマ--内心忸怩たる思いでします。

投稿: SwingingFujisan | 2015年5月 4日 (月) 08時07分

明日早朝、赴任地に戻ります
いろいろお疲れもたまっておられるでしょうからお体大切にされて、ブログの更新も負担にならないようになさってください(そのわりに沢山コメントしてしまい申し訳ありませんでした)
6月は社用で帰国するので、6/6(土)に歌舞伎座だけは観ようと思っています
橋之助丈が大幹部に伍して共演されるのに注目したいです
次世代としては彼が立ち役として芯になっていかなければなりませんものね
中村屋ファミリーの後見役だけでなく、10年20年先の座頭としての第一歩のような気がしております

投稿: うかれ坊主 | 2015年5月 4日 (月) 19時38分

うかれ坊主様
明日、お発ちですか。
歌舞伎座の昼夜通し観劇などお疲れでしたでしょうが、4カ月ぶりの歌舞伎を楽しまれて本当によかった‼ 6月も楽しい観劇ができますように、お体に気をつけてご帰国ください(あ、お仕事が優先ですよね)。

お気遣いありがとうございます。マイペースで更新してまいります。コメントはたくさんいただけて嬉しいです。レオン・パパ様も楽しみにしておられましたよ。

橋之助さんの存在の大きさを、このたび私も中村座で認識しました。弁慶に長兵衛は橋之助さん自身にとっても大きな自信になったのではないでしょうか。おっしゃるように、今回は将来の座頭としての第一歩になったと言えるかもしれませんね。そういう意味でも6月は注目ですね。

投稿: SwingingFujisan | 2015年5月 4日 (月) 23時21分

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