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2015年5月

2015年5月31日 (日)

だらしなくなく生活する

何十年もだらしない生活をしてきた私がこの2カ月、物理的にも時間的にもかなりだらしなくない生活をしている。
正直、疲れた。
5月はとくに長かった。2カ月分過ごしたかと思うほど長かった。
ついでに昨夜のこと。やっと5月も終わるなと思ったら早く床につきたくなって、いつもよりず~っと早く風呂に入った。
そしたら揺れ。
シャンプーも洗顔も終わり、身体の石鹸を洗い流そうというときだった。シャワーヘッドを持ったまま、どうしていいかわからず、2秒くらいぼ~っとしていた。それから我に返った。気持ち悪い、酔った。胃がむかむかする中でガスを消し、浴槽の湯で泡を落し、大急ぎで服を着た。こんな時のためにも、脳の中もだらしなくなくしておかなくてはいけないな。というわけで、脳を少しでもだらしなくなくさせるために、昨夜はさっさと眠りについたのでした。

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2015年5月28日 (木)

セリフの妙とケレンの妙:明治座夜の部

526日 五月花形歌舞伎千穐楽夜の部(明治座)
明治座に入って最初に目に入ったのは竹三郎さん休演のお知らせ。昼の部だけの出演だったけど、いつから休演されていたのかしら(後で調べたら22日からだそう)。体調不良とのこと、とても心配です(追記:6月の博多座も休演だそうで、ますます心配です)。
この日のQさま、澤瀉屋内での対戦だった。個人的には笑野さんが出ていたのがとても嬉しかった。
「あんまと泥棒」
夜の部なのになぜか激ネムで、行きの電車の中で爆睡、開演前も座席でうとうと。気がついたら緞帳が上がりかけていた。中車さん(あんま)の声だけが聞こえてきた。そのうち障子にあんまの影が映り、客との会話(一方的にあんまのセリフ)が続き、療治を終えたあんまがついに姿を現す。この芝居はあんまと泥棒の2人芝居だが、あんまは途中提灯を持った男と出会う。この男は黒衣の格好をしていて、あんまに話しかけられても返事はしない。黒衣だから筋書きに名前も載っていない。なるほど、こういう形であんまとかかわる人間を出したのか、とちょっと感心した。しかもここは後のあんまの本性の伏線となる。あんまは犬に吠えられたり(「丸橋忠弥」の犬もうまかったが、こちらの犬の鳴き声も本物みたいだった)、どぶに落ちたり、社会への不満をぶつぶつ口にしながら帰路に着く。
舞台は暗いし、あんまが自宅に着いた時またちょっと睡魔に襲われ、軽く目をつぶったらすぐに拍手が起こったから目を開くと、泥棒(猿之助)が登場したところだった。さあ、それからが面白くて面白くて引き込まれた。
あんまは見た目も薄汚く、社会の底辺に位置しているがゆえに金しか信じられないという人間性はあまりきれいではないものの、そのくらいしたたかでないと生きていかれないのかもしれない、と中車さんから思わされた。中車さんは昼の部の玄碩よりもこういうしたたかで屈折した人間のほうがうまいのかもしれない。顔芸(サクラスでしっかり覗いた)、畳み掛けたり少し置いたりするセリフの間で、哀れさと図太さを緩急自在に表現し泥棒を翻弄する。その巧さが光った。もちろん、猿之助・中車2人の会話だけで成り立っている芝居だから、2人の呼吸がぴったり合っていることが大事で、それもこの芝居を面白くした一因には違いない。あるいは猿之助さんが中車さんのよいところを引き出すように演技していたのかもしれない。
座頭たちの借金の取り立て法を語るところが面白い。ひところのサラ金を思わせる。
泥棒もやはり社会の底辺に落ちた人間であるが、そうなった経緯は気の毒だし、あんまを威嚇する一方で、あんまの手のひらで踊らされるナイーブさみたいなものが猿之助さんにはあり、自分の不運を社会のせいにしながら、あんまに諭され、徐々に自分の生き方に疑問を持ち始める動揺がうまく表現されていた。1日の稼ぎがいくらだからひと月ではいくらになって1年ではいくらになると計算させられ、割に合わない仕事だとあんまに指摘されるのが面白かった。
あんまに焼酎を出させ、それを1人占めするのではなくあんまにも飲ませてやる気の良さがよい。普通酒を飲むシーンでは実際には茶碗に何も入っておらず、飲む芝居をするのだが、ふと茶碗に水が入っているのに気がついた。あれれ、と考えているうちに、泥棒が言ったことにあんまがびっくりして焼酎をぷーっと泥棒に吹きかけてしまった。ああ、このために水を入れておいたのか。カメちゃん、ひどく丁寧に何度も衣裳や顔、首を拭いていた。
泥棒をうまくだまし、金まで恵まさせ、いひひひと床下に隠した金貨を床にまき、ちゃりちゃりいう音に酔うあんまの姿は逞しくもあるが、いじましくおぞましい(そんなに貯めてどうするんだ、墓場まで持っていく気か)。その一方でそれしか楽しみのないあんまの悲哀を思った。
いやあ、ほんと面白くて見応えあった。

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2015年5月27日 (水)

芝のぶちゃんの八重垣姫‼

今年の合同公演は芝のぶさんの八重垣姫に、又之助さんの太郎冠者(「素襖落」)、梅秋さんの福岡貢(25日付で発表になっていた)。いつだったか、これからの合同公演はなるべく若い人たちに、という方針だったと記憶しているが、今年はベテラン中堅が大きな役をやるんだね。伊勢音頭は、10月に梅玉さんの本公演もあり、楽しみ。と同時に、また暑い夏がくるんだなあと、もうじっとり汗が出そうな気になった。

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2015年5月26日 (火)

五月大歌舞伎夜の部

523日 五月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
9時近くまでの長い上演時間だったが、面白かったので意外に長さは感じなかった。でも、昼の部は重い演目、夜の部は立ち回り特集みたいで、演目の配分、どうにかならなかったのかしら。
「慶安太平記」
丸橋忠弥(松緑)の酔っぱらっている姿を見て、数日前久しぶりの多飲でふらふらになった自分を思い出し、酔いが甦ってきた。でも酔っ払いのセリフにはあまりピンとくるものがないというか、意外と聞きづらかった。自分の耳が悪いせいかと思ったら、次の「蛇柳」ではよく聞き取れたから…。松緑さんは顔が鋭くなったのが忠弥に合ってとてもよかった。
この芝居、初めてのような気がしていた(3年前の2月、松竹座で見た「慶安の狼」とはストーリーも切り口も違うし)が、犬に石を投げているうちに濠の深さを測ることに気づいた場面で、以前にも見たことを思い出した。ほかは忘れているのだけど、ここだけ記憶に残っていたのだ。白いブチの犬の鳴き声、名題下の役者さんがやっているのだと思うけど、上手だったなあ。本当の犬に聞こえた。で、結局あの犬はなんだったの? 思わせぶりに吠えて忠弥を誘導するような感じで。濠の深さを測る方法を示唆してあげたの? よくわからない・・・。
江戸城の濠の前で蛇の目をさす菊之助さんが、濠の水の青とよく合って、絵面がとてもきれいだった。
梅枝クンは武家の女房ぶりが落ち着いて、夫への複雑な思いをもちながら気遣いも見せてうまかった。右之助さん、團蔵さんもそれぞれ適役でいい感覚で見ていられた。しかし、團蔵さん(忠弥の妻の父)に秘密の計画を漏らす場面は、いまひとつ緊張感が盛り上がらなかった。忠弥が酒びたりになったり、仲間を欺いたりする態度には大星に通じるものがあると思った。
立ち回りは最初のうちは普通な感じだったが、だんだん激しくなってきて、どきどきしながら楽しんだ。松緑さんは戸板を効果的に使った立ち回り、屋根から捕手のもつ紐に俯せに飛び込む大技、舞台端ぎりぎりまで六方で出てきて、すり足で姿勢を正す(横綱の土俵入りみたい)など、かっこいい。第1幕で松緑さんの生ヒザに傷痕や痣がいっぱい見えたが、この立ち回りの激しさではむべなるかな。
刀投げは「蘭平」の立ち回りでもあったが、ここでも捕手が忠弥の刀を取り上げて屋根の上の味方に投げていた。見事成功。ところで、忠弥の住まいはそれなりに立派に見えたが、立ち回りのある裏手の場面になると、やけに粗末に見えてしまった。
「蛇柳」
ABIKAI
で見た時の記憶はほとんどなく(多分、だいぶ寝ていた)、しかし舞台中央の庵が今回はなかったのと、ABIKAIの時は舞台がもっと暗くて幻想的だったような気がする。海老蔵さんは助太郎の声が高くてふわふわしていて、私はあまり好きでない。その点、押し戻しの金剛丸照忠はよかったが、松緑さんの役が肝心の蛇柳の精魂と対峙する場面で不在というのが中途半端で納得いかず、それなら金剛丸はいっそ松緑さんでもよかったんじゃないかとも思った。
松緑さんが激しい立ち回りの後、高僧の役でその対比が面白かった。先述したが、今度はセリフも聞き取りやすかった。
亀三郎さんの能力がバツグンの声と滑舌、丁寧にコミカルに演じるから面白かった。1人置いて行かれ、恐怖で腰が抜けて動けなくなりこれを克服するために飲んだ高野山の薬のあまりの苦さに悶える場面が可笑しかった。「黒塚」の強力を思い出した。
團菊祭なのに海老蔵さんは昼の部の中途半端な山内伊賀亮(眠かったから中途半端と思ったけど、実際はどうだったんだろう)とこの蛇柳だけ。演目にもう少し配慮があってもよかったんじゃないかしら。
ところで、傳次郎さんだいぶ貫録がついてきて、最初わからず双眼鏡で捜してしまった…。

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2015年5月24日 (日)

強い‼ 照ノ富士、おめでとう

照ノ富士の優勝、場所前、予想の片隅にはあったけど、現実味を帯びてきた今日はちょっと怖くて本人の取組みと横綱の取組みは中継を見られなかった。白鵬2度目の7連覇を達成させてあげたい気持ちと照ノ富士の初優勝を願う気持ちがせめぎ合った。日馬富士、先場所は援護射撃に失敗したけど、今場所はよくあそこでもぐりこんだなあ。
力士の目つきが悪いときは強いそうで、照ノ富士はたしかに取組前目つきが悪いことが多かった。強引にもっていく強さは堂々としていてこわいくらい。でも、勝つとにっこり笑うのが可愛い(照ノ富士「春雄」っていう名前だって知らなかった。名前に合う優しい笑顔だよね)。今場所はすっかり照ノ富士にころっときちゃったよ。
サンデースポーツの照ノ富士もかわいかったな。
もう1人の逸材、逸ノ城はすっかり影が薄くなっちゃったけど、引いて首投げなんていうのを続けてたら強くなれない(そういう負け方をするたび、いらっとしたよ)。勝つ時は立ち合いでしっかり足が出て、そのままぐいぐいいくんだから、そういう相撲が取れるんだから。それでも、勝ち越してよかった。
照ノ富士が伊勢ケ浜部屋に移って開花したことを思うと、逸ノ城のことは正直もどかしい。照逸時代を作るよう頑張ってほしい。
ところで、照ノ富士の苦手な食べ物はカレーライスと生魚だって。カレーは逸ノ城と一緒じゃん。モンゴルの人の口には合わないのかな。

大関昇進が決まるとマスコミ攻勢やらお祝い攻勢やらで稽古不足になるのが心配だけど、部屋がしっかりしているから大丈夫だろう。
とにかく、ガナ、おめでとう‼ 来場所も大いに期待しています。

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2015年5月22日 (金)

楽しく気分よい明治座昼の部

518日 五月花形歌舞伎昼の部(明治座)
歌舞伎座の轍を踏まぬよう、睡眠時間はまあまあ取った。おかげでがくっときたのは1回ちょこっとだけ。何より面白かったからあまり眠くならないですんだ。
「矢の根」
市松模様の障子が上がって右近さんの姿が見えた瞬間、ああ五郎だと思った。力強く大らかで、きっちり演じていて余裕もある。動きがきれい。右近さんがジャンプしてそのままどすんと尻から床に下りると大拍手。後見の喜美介さんが注意深く右近さんの身体を倒して自分の背にのせると客席がどよめいた。右近さんは両腕を斜め上にあげたまま寝ていて、豪快な寝方だが両腕が疲れそう。
目覚めた五郎が兄救出のための身支度をするとき、もう1人の後見喜昇さんが仁王襷をものすご~く締め上げていて、途中で拍手が起きた。身支度が整うまで、演奏が間をもたせるのだが、以前見た時同様、喜昇さんが三味線へもうじき終わるという目配せをしていた。こういう場面は見ていて楽しい。
畑右衛門から馬を奪う場面は、「小栗栖の長兵衛」を思い出してしまった。猿弥さんの畑右衛門は体型的には五郎に負けていない(失礼)が、力では負けてでんぐり返って下手の柴垣内へ追いやられるのがご愛嬌で笑えた。
亀鶴さんの大薩摩文太夫はセリフがない(大薩摩がかわりに言う)が、行儀よくきっちりつとめていた。笑也さんの十郎はきれいだった。
のどかで他愛なく豪快で、大根を鞭替りにする最後の見せ場も楽しく、気分よかった。
「男の花道」
前回見たのは、福助・歌右衛門、梅雀・玄碩で、歌舞伎ではなかった。「男の花道」にはいくつかのバリエーションがあるらしく、福助さんで見たときと今回とではずいぶん内容も違っていた。
猿之助さんの歌右衛門――「ああ、やっぱりカメちゃんは女方の人だ」と久しぶりに見る女方にコーフンしていたら、「ん? ちょっと男入ってるぞ」。で、気がついた。歌右衛門は女方の男性役者であり、猿之助さんが演じているのは、男性なのだ。それは福助さんの時にも思ったことだが、福助さんのほうが最初から女方の男性役者だった。猿之助さんは徐々に男性部分を強く出していったような気がした。
目が見えるようになった歌右衛門の「富士のお山が見える」に喜びが満ち溢れていた。そして「この歌右衛門は甦ったのだ」と胸を張る場面では不死鳥の美しさと自信が漲り、感動した。
玄碩の中車さんは梅雀さんの玄碩に比べて偏屈さが薄い。でもあの偏屈さは梅雀さんの飄々とした味があるからいいのであって中車さんだったら重すぎただろう。中車さんは偏屈というよりは自分の信念で生きている。実際重いが、それだけに説得力はある。手術を成功させ、歌右衛門との友情を確かなものにした玄碩が江戸へ発つために宿を出ると、正面を見て「見事な富士の山だ」と感嘆する。目が見えるようになった歌右衛門の「富士のお山が見える」のセリフに呼応したように思った。そういえば、梅雀版では玄碩に女房子供がいたが、こちらではいない(あるいは、いたとしても出てこない)。そのかわりに、田辺嘉右衛門の妻子が出てきた。

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2015年5月21日 (木)

サクラスとともに

双眼鏡、買いました。
手に入れたのは今月9日。歌舞伎座昼の部を見る直前。
本当は前日に届くことになっていて、夜9時まで待っていたのだけど、ちっとも来ないから諦めてお風呂に入ったその間に不在票が入っていた。たまたま1人だったのだ。
9:24だって。お風呂に入った直後だわ。もう少し待てばよかった。
どうしても歌舞伎観劇に間に合わせたかったから、翌朝(つまり観劇の朝)一番で連絡して営業所に取りに行った。そんなこともあったから余分な早起きをしなくちゃならなくて、眠さの一因になった。
でも双眼鏡は一応実物を確認してアマゾンで買ったからバッチリ。今度は落さないようにとけっこう気を遣って使っています。
買ったのはVixenのSaqras(→コレ)。壊れちゃった前のもVixenだった。意識したわけじゃないけど、倍率、実視界、明るさ、重さ等々研究したらこれになった。満足です。

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2015年5月18日 (月)

キャベツ変じてオオミズアオ

何日か前からベランダに何かの葉っぱらしいもの(少し日の経ったキャベツみたいだった)が落ちていて、なんでこんなところにキャベツが? どこから飛んできたの? といぶかりつつ、掃除もしないで放置しておいた。昨日なんとなく目を近づけて見たら、
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なんと、キャベツじゃなくてこんな虫だった。半分以上、扉のレールの下に隠れて見えなかったから、葉っぱみたいな色と葉脈的なものでキャベツだと思っちゃったのだ。蛾? 蝶? こんなの見たことないから、珍しい虫なら専門家のいるところに届けなくちゃ、とコーフン気味にネットで調べたら、どうってことない、よくいる「オオミズアオ」という蛾らしいとわかった(息子に写真を見せたら、知っていた)。
夜になって、そうだ、大きさを測っておこうと見に行ったら、いないshock
ええ~っ、生きてたのぉsign02 何日も動かないでそこにあったから(生物とわかった瞬間からそこに「いた」から、だけどね)、てっきり死んでいるものだと思った。どうしてあんなところにいたんだろう。もっと早くから注意して観察しておけばよかった。

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2015年5月17日 (日)

2度見ちゃった「インドの仏」

428日、516日 「インドの仏」(国立博物館表慶館)
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月の鑑賞は駆け込み、しかも鳥獣戯画で疲れた後だったので、一応そこそこ丁寧に見ることは見たが、意外に記憶に残らず、もう一度見たくなって今回も駆け込み再鑑賞(会期は17日まで)。もともと仏像は好きなんだけど、仏教については知らないことばかり。いろんな知識が得られて面白かった。
「仏像誕生以前」
仏教にははじめ、仏像はなかった。仏陀は人間の姿では表さないのだ。法輪、聖樹(菩提樹)、足跡などが仏陀の象徴だった。そうだったんだ。法輪は仏陀の教えが世に広まることを示し、聖樹はその下で仏陀が悟りを開いた木であり、足跡はもちろん仏足跡である。そういうものが表されたレリーフが展示されていて、当時の信仰心に思いを馳せた。
「釈迦の生涯」
展示品の上部に釈迦の一生が要約されたパネルがあったし、解説には必要に応じて地図がついており、わかりやすかった(ここでも学芸員さんたちの熱意を感じた)。
マーヤー夫人が白象の夢を見て身ごもる場面(仏伝「托胎霊夢」)、シッダルダがマーヤー夫人の右脇から生まれ、五重の蓮華座の上に立っている場面(仏伝「誕生」)、出家するために住んでいた城を出て行く場面(仏伝「出家踰城」)、悟りを開いた場面(仏坐像)、瞑想する姿(仏坐像)、帝釈天が釈迦の弟子になる場面(仏伝「帝釈窟説法」)などなど、どれも興味深い。
そして「四相図」。釈迦の生涯を「誕生から出家」「降魔成道」「初転法輪」「涅槃」の4つに分け、それを下から並べたレリーフは珍しい。
私はこの章で、釈迦の右手が地面に触れている降魔成道図は、釈迦が悟りを開いたことを表すことを知った。大地神が悟りを証明しているのだそうだ。
「仏の姿」
いよいよ仏像の登場である。面白いことに、仏像はパキスタンのガンダーラとインドのマトゥラーでほぼ同時期に制作され始めたらしい。ガンダーラはギリシア・ローマ彫刻の影響を受け、彫りが深く筋肉が発達し、衣は波のように広がっている。マトゥラーの仏像は衣が薄くシースルー、肉体の逞しさが見られる。ここでは様々な仏像を見たが、日本の仏像とは全然違う「インドの仏像」であった。
「さまざまな菩薩と神」
仏にも階級みたいなものがあることは知っているが、その区別はわからない。ガンダーラの「弥勒菩薩坐像」は、口髭をたくわえ、端正なお顔でステキ。「菩薩頭部」はとてもギリシアっぽい。ギリシアの影響は、アレクサンダー大王の遠征によるものである。
「ストゥーパと仏」
ストゥーパとは仏塔のことで、仏像誕生前は信仰の対象であった。法輪や聖樹などのレリーフはストゥーパを囲む欄盾(らんじゅん)という囲いに飾られていたものであった。ストゥーパ信仰は仏像ができてからも途絶えることはなかった。展示されていた「塼仏」の1つは、小さなレリーフなのに、大精舎を中心に108の仏塔が彫られれていた。お見事‼
「経典の世界」
ここには五護陀羅尼経アミダのパネルがあった。「元気な赤ちゃんを産みたい」「長生きしたい」「ヘビに咬まれたくない」「虫に刺されやすい」などの項目からアミダを辿っていくと、五護陀羅尼経に登場するそれぞれに相応しい如来と明妃に当たるというものである。「実は意志が弱い」なんて項目もあってウケた(そういう人には阿閦如来:あしゅくにょらいと読む。何事にも打ち克つことを意味する降魔印を結んでいるからですって。ところで「しゅく=閦」の字がIMEパッドに入っていてオドロキカンゲキ‼ こんな字初めて知ったよ)。
展示されている経典は数が多く小さいので見づらかったが、大乗荘厳宝王経の中の話が絵本のようにパネル展示されていて、わかりやすく興味深かった。ここではインド神話の神様も紹介されていたと思う。

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2015年5月16日 (土)

三社祭にテンション↑

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予定外の浅草行き。三社祭に出くわしたup この時期三社祭ってことまったく頭に入っていなかったからテンション上がった。
東京で生まれ育ちながら、三社祭は初めて(3年前の平成中村座の時は1日違いで見られなかった)。浅草生まれの父は幼い頃、毎年見ていたのだろうか。そんな話をしたかったなと今さらのように色々な悔いが次から次へと…。

150516sanja1_4 上で祭りを見ているのは勘三郎さん、そしてその下にいるのは…善玉の三津五郎さん(何代目?)。まさに「三社祭」だぁ。
先を急ぎながらもあんまりカッコいいからいろんなハッピを追い掛けたら汗だくになった。





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2015年5月15日 (金)

自滅…團菊祭昼の部

59日 團菊祭五月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
團菊祭というよりは菊之助祭という感じの昼の部だった。前夜早く寝る予定が諸事情で遅くならざるをえなくなって、モーレツに眠い観劇…。
「摂州合邦辻」
菊之助さんがよかったのかそうでもなかったのか、あんまり眠かったからよくわからなかった。だから、そういう前提での感想を。花道の出はミステリアスな感じがした。「かかさん」は胸にぐっと響いてきて、私が母親だったらきつく抱きしめてあげたいような声に聞こえた。でも、戸口での様子には空虚さ(心ここにあらず、という感じかも)のようなものが感じられて、「え、これはなんだろう」と戸惑った。その後も情念が薄いような気がした。ただ、刺された後はよかったし、セリフはどれも(聞いていた範囲で)胸にしみこんできた。全体に松竹座・日生劇場の時のような感動を覚えられなかった。
右近クンの浅香姫がきれいだった。えび反りに拍手。梅枝クンは俊徳というよりは浅香姫ではないか。この2人、逆のほうがよかったのかもしれない。
歌六さんの合邦は若い。歌六さんにして味が出るのはこれからだろうか。歌舞伎はやっぱり年季なんだろうか。東蔵さんのおとくに安定感があった。
「天一坊大岡政談」
眠いせいもあったんだろうけど(目は開いていても、意識が集中できない)、期待したほど面白くはなかった。
菊之助さんは将軍御落胤を騙るだけの品格はあるけれど、親切に接していたお三ばあさん(萬次郎さんがうまい)を殺すに至る心境の変化がよくわからなかった。全体にワルぶりが薄いような気がした。もっともっと悪い男であってほしかった。海老蔵さんも出番が中途半端なせいか、あまりピンとこなかった。
網代問答はなんかよくわからなかった。
大岡一家の切腹の理由もよくわからなかった。切腹にプラスして今か今かと池田大助(松緑)を待つもどかしさは判官切腹の場面みたいだった。ぎりぎりのところで鳥屋から松緑さんの声がしたら、鳥屋の近くの客席から拍手が起きた。間に合ってよかった、という拍手に私には聞こえた。
これで助かった大岡一家、息子(萬太郎)が「もう切腹しないでいいのか」と父親に問うと、客席から笑いが起きた。武士の子らしく立派に振舞っていたが、そこに幼さが感じられてよかった(大岡だって本当は切腹したくなかったのよね~)。
天一坊の芝居はバリエーションとしてコクーンの「天日坊」、演舞場の「八百万石に挑む男」を見たので、正統派(?)天一坊をリベンジしたいところだが…。
土曜日に昼の部を取るのはやめよう。今回、完全に自滅だわ。
<上演時間>「摂州合邦辻」85分(11001225)、幕間35分、「天一坊」序幕39分(13001339)、幕間15分、二幕目25分(13541419)、幕間15分、三幕目・四幕目・大詰66分(14341540

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2015年5月14日 (木)

泣く泣く、桃の実

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去年、近所の花屋で買った「照手」という紅白2本の桃の木。今年きれいな花を咲かせてくれたことはここでご報告したが、その2本が2本とも実をつけていることに1週間ほど前、気がついた。花桃の木でも実がなるのかと、嬉しいビックリ‼
でも、早速ネットで調べたら、やはり花桃の悲しさ。実は食べられないし、つけたままにしておくと実に栄養が取られてよろしくないとのこと(照手水蜜という品種なら食べられるんだそう。うちのは水蜜のつかない、ただの照手だから)。
今日、この2本を買い求めた店できいてみたら、やっぱり実は早く取っちゃったほうがいいって。
もうしばらく可愛い実を楽しみたいところだけど、明日あたり取るか…weep

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2015年5月12日 (火)

映画「王妃の館」

56日 映画「王妃の館」(MOVIX川口)
原作とはかなり違い、正直、ガッカリ映画だった。原作とは別の映画として見れば面白いのかもしれないけれど、原作のよさが全く感じられなかった。
浅田次郎の原作は、はじめ50ページくらい読んで挫折。というのも細切れで56ページずつ読んでいたから、次読む時には登場人物も状況も忘れてまた最初から読み直しなんていう状態だった。それが少し時間が出来て「ちゃんと読もう」と決意してから読み始めたら、面白くて面白くて、一気読み(正確には34回に分けての一気読み)。だからどんな映画に仕上がるのか楽しみだった。でも、ルイ14世や、その愛人、プティ・ルイなどフランス人役を日本人がやると知った時からかなり不安になった。まあ、たしかに安っぽい感じにはなっていたけれど、意外とその辺はすんなり受け入れられた(ルイ14世は石丸幹二、愛人ディアナは安田成美、プティ・ルイは山田瑛瑠)。というのも、原作では右京の小説と実際の(浅田二郎の小説内での実際の、という意味)ルイ14世時代が交錯していて、彼らのセリフは日本語(時々フランス語が混じる)だったから、北白川右京(水谷豊)の小説の中の登場人物という設定の映画にそのまま適応できたんだと思う。それに山田瑛瑠クンがかわいかったし、それ以上に「違う‼」ことがあったからだろう。
まず「王妃の館」に宿泊するツアー参加者たちの背景がほとんど描かれていない。描かれていたとしてもセリフ一言でまとめられていたり、しかも背景設定が原作とは違っていたりもする。浅田次郎って、登場人物の背景となる生き様が面白いんじゃないの? 人物描写が甘かったり変わっていたりするから面白みも半減している。さらには原作の登場人物の一部が映画では削られていた。けっこう原作者が力を入れたんじゃないかと思う登場人物たちだが、コメディ映画としては登場させるのは難しかったのだろう。ツアー客がツアーに参加したのにはそれぞれに背景となるこれまでの人生があったのだが、それが描かれていないのは何とも残念である。
その流れで、キャストも私のイメージとはずいぶん違ったな。イメージとの差があまりなかったのは、ミチル(安達祐実)とクレヨン(中村倫也)だけ。多分、プティ・ルイのほうに重点を置きたかったのだろうが、そっちも浅い。
 で、結局、何もかも浅くて中途半端で、北白川右京の奇天烈な格好だけが印象に残った。それはそれで楽しめないでもなかったけれど、原作の右京のイメージとはかけ離れていたなあ(左文字進、神父・草場一平、杉下右京…水谷さんの北白川右京はこのミックスって感じだった)。もっともイメージは読んだ人によって違うわけで、あくまで私のイメージ、ということなんだけど。
文庫にして上下巻合わせて約700ページの原作――これを2時間の映画にするにはああするよりなかったのかもねえ。
<上映時間>123

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2015年5月 9日 (土)

グエルチーノ再び:やっぱり癒される

57日 「グエルチーノ展」(西洋美術館)
グエルチーノに又会いたくなったのと、前回見たのは内覧会だったので(もう2カ月以上前のことになるんだ)、ぜひもう一度、ちゃんとお金を払って見直したかった。ダブル・インパクトでたっぷりインパクトを受けコーフン気味の心をグエルチーノで鎮めてきた。
この春鑑賞した展覧会はどれも素晴らしい作品が展示されており、それぞれ学芸員(芸大は准教授の先生)の熱意が伝わる展覧会であった。グエルチーノもすべての作品にグエルチーノ愛に溢れた解説がついていて、あらためて見ると、やっぱり癒される。
グエルチーノには濃密で力強い表現のバロック様式とムダをそぎ落とした古典的な表現が混じっていて、それが豊かな表現になっている。激しい活動性と平明さ――美術館で流れていたビデオの受け売りだけど、確かにグエルチーノの絵からはそれが感じ取れる。絵画はサイズが大きいものばかりであるにもかかわらず、ダイナミックで劇的な絵画からさえも宗教画の押しつけがましさはなく、静謐な雰囲気に浸れるのである。グイド・レーニとのライバル関係は興味深かった。私としては、モデルを使わず頭の中にある理想の女性像を描くレーニよりもちゃんとモデルを見て描くグエルチーノのほうが好ましいが、時代の流れはレーニ的な女性を求めていたようで、グエルチーノもそちらの方向に向くというのが、人間くさくて面白い(グエルチーノの像を見たら、とても立派な感じを受けていたんだもの)。
チェント市立美術館は鉄骨で補強されているものの、使用不能でいつ再開されるのかわからない。そのおかげでグエルチーノの作品をこれだけたくさん見ることができるのである。無名で地味な存在ではあるが、一見の価値ありです。

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2015年5月 8日 (金)

必見‼ まさにインパクト、「ダブル・インパクト」

57日 「ダブル・インパクト」(東京藝術大学美術館)
150508impact1 これは絶対見たい、見なくちゃの展覧会。この日は上野を歩いても汗はかかないだろうということで、仕事をちょっと押しやって出かけた。でも行きに歩くのはなあ…芸大、遠いんだもの。そこで「めぐりんバス」を利用。トーハクに行くときにいつも時間が合わなくて、今回初めて乗った。ちょっと待ったけど、らくちんらくちん、待っても歩くよりは早く着いたと思うよ。
150508impact2_4 さて、まずは入口の撮影ポイントでパチリ。みんな気がつかないのか、素通りする人ばかり(私がミーハーなのかも)。中に入ると、芸大美術館でこんなに混んでるの初めて、というくらい人が多かった。と言っても、11つの作品を十分ゆっくり堪能できる程度の混雑。
この展覧会は明治時代、日本人が受けた西洋文化からのインパクト、そして来日した西洋人が受けた日本文化からのインパクト、その両方を紹介するもので、芸大とボストン美術館の所蔵品のみを展示して6セクションから成り立っている。各セクションには、左官職人の源さんと西洋人のベティさん(足元の写真の2人です)の会話が吹き出しに書かれたイラストがある。2人の会話はたった一言二言ずつなの に、そのセクションの時代背景や日本人・西洋人それぞれの印象が的確に表現 されていて感心する。展示品のすべてに解説がついていて、「藝」または「B」の文字でどちらの所蔵品かがわかるようになっている。芸大の古田亮先生たちの熱意が伝わってくるうえに、作品たちのどれもが素晴らしいこと素晴らしいこと。コーフンしながら見て回った。
ちなみに、ベティさんはボストン生まれのアメリカ人。貿易商の夫とともに1860年来日、横浜に住んでいて、1862年にコレラで夫を亡くすが、英語教師や来日外国人の通訳・ガイドとして日本で活動したそう。実在の人?みたいな紹介だけど…。

「プロローグ 黒船が来た!
河鍋暁斎の「蒙古賊船退治之図」は劇画チックで、黒船来航当時の混乱を蒙古襲来に置き換えたようなリアリティがある。私が好きなのは「どきやうのはらの上、あわてといふ手」という風刺版画。暁斎の錦絵には江戸幕府の混乱が感じられるが、こちらは庶民の反応が「さもありなん」と頷けて面白い。どれほどの衝撃だったことか。衝撃が落ち着いた後は、当時の横浜港の様子や近代的な建物、船を描いた浮世絵が興味深い。
西洋人から見た日本もどれだけの衝撃だっただろうか。イギリス人ジャーナリストのワーグマンは、時事ネタのほかに庶民の暮らしにも興味をもっていろいろスケッチしたという。彼らにとってショックの1つは公衆浴場で、大勢が裸で風呂に入り、あまつさえ男女混浴だったことはどんなに衝撃だったか想像に難くない。入浴風景を描いた「浴湯図」は高橋由一の作であるが、ワーグマンの原本をもとにしたものだそうだ。原本は伝わっていないとのことだが、美術作品としてだけでなく歴史的資料としても貴重だ。
ほかにアメリカに渡った日本人留学生や木戸孝允、森有礼、岩倉具視などの写真も鮮明に残っていて、それぞれから受ける印象と歴史で習った功績などを重ねあわせて見るのも一興だ。
「第1 不思議の国JAPAN
ここでの圧巻は工芸品。「水晶置物」は水晶(とてもとても大きい見事な水晶)の台座を鈴木長吉が制作したものだが、水しぶき、波、竜がダイナミックかつ繊細に表現されていて圧倒される。いったいどうやって作ったんだ‼ 「十種香箱」は八重垣姫がすぐに頭に浮かんだけど、それはともかく、こういう道具は初めて見たし、見事な作りに目を凝らした。明治天皇がルイス・プラングに贈ったものだそうだ。誰? プラングって(調べたら「アメリカのグリーティングカードの父」ですって。多色石版技法に熟達していたんだそう)。
私にとって必見中の必見は「人体骨格」(旭玉山)。実物をもとに根付を作るよう依頼された玉山は、解剖学者に弟子入りして人体骨格研究を極めたという。33.7cmという小さな骨格にして、すべての関節が動かせるんですって‼ 根付を作るのにそこまで研究する真摯さに頭が下がるし、この作品が模型ではなく美術品とされるのも納得である。
西洋人の日本趣味を満足させた画家たち、河鍋暁斎、柴田是真、渡辺省亭の作品を素晴らしいが、長くなるので飛ばします。
「第2 文明、開花せよ」
棟梁の言葉「洋装で洋館に洋楽を聴きに行けば、文明開化の音がする。鉄道、馬車、鉄橋、ガス灯、イルミネーション。あっしらの日常は様変わりいたしやした」。
ここでは「洋装する日本」のテーマのもと、服装の変化に注目。1878(明治11)年頃に描かれた「泰平有名鑑」(豊原国周)では明治天皇はじめ男性の多くが軍服であるのに対し、昭憲皇太后たち女性陣は和装(平安貴族みたいな)。それが1886年に描かれた「チャリネ大曲馬御遊覧之図」(楊州周延)では男女とも全員洋装になっている。また、髪の毛も1874年には髷がほとんどなくなり、日本の洋装文化への移行がわかる。
もう1つのテーマは「近代都市の出現」。「高輪鉄道蒸気車之全図」(昇斎一景)は高輪・品川あたりを走る蒸気機関車を描いているが、線路のすぐ向こうは海‼ 東京は海辺の町だと私はよく思うのだが、まさにこの絵はそれを実感させてくれる。
「立憲国家へ」というテーマでは、「大日本帝国議会之図」(後藤芳景)で当時すでに傍聴人席が設けられていたのが見られて興味深かった。
小林清親の浮世絵がとてもいい。「九段坂五月夜」が好き。「川口鍋釜製造図」は川口住民として嬉しく鑑賞した。
ところで、美術館という名の建物は、第1回勧業博覧会(1877年、明治10年)にパビリオンの一つとして初めて登場したそうだ。

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2015年5月 7日 (木)

7月は大阪へ…行きたい…

7月松竹座の演目と配役が発表になった→ココ
「ぢいさんばあさん」見たいっ!!
多分昼夜は無理だから、昼の部だけ見ようか…。
でも今年は遠征は諦めているんだよなあ…。

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2015年5月 6日 (水)

くらべてみれば

↓意外と小さかった。
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↓こちらのほうがやや大きい。
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時さまの手形がスターの広場に設置されたと聞いて、平成中村座昼の部観劇の日に探したのだけど見つからず時間切れ。夜の部に少し早めに出て再探索。そうしたら、公会堂の出入り口のところではなく、花壇のところに立っていた。平成24年度には三津五郎さんの手形も設置されていた。三津五郎さんのも、花壇のところだったので、今回初めて気がついた。
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↑右から2番目が時蔵さん。
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↑同じく右から2番目が三津五郎さん。

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2015年5月 5日 (火)

白浪五人男参上@浅草

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問われて名乗るもおこがましいが生まれは遠州浜松在…
六十余州に隠れのねえ賊徒の張本 日本駄右衛門

150505benten
さてその次は江の島の岩本院の稚児あがり…
八幡さまの氏子にて 鎌倉無宿と肩書も島に育ってその名せえ
弁天小僧菊之助

150505rihei_2
続いて次に控えしは月の武蔵の江戸育ち…
重なる悪事に高飛びなし あとを隠せし判官の
お名前騙りの忠信利平

150505juuza
またその次に連なるは 以前は武家の中小姓…
今日ぞ命の明け方に消ゆる間近き星月夜
その名も赤星十三郎

さてどん尻に控えしは…といきたいところだが、力丸さんだけ見つけられなかったの。
次に行ったときには必ず‼

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2015年5月 4日 (月)

平成中村座千穐楽夜の部

53日 陽春大歌舞伎千穐楽夜の部(平成中村座)
150504nakamuraza1 中村座だから千穐楽夜の部を狙ってしまった。もちろん桜席。18カ所の勘三郎さんの目は結局全部で13カ所(東京新聞の特集で取り上げられていたお茶子頭さんの背中も含めて)。絶対あるはずなのに前回見つけられなかった大提灯にもあった‼(写真)。一番わかりにくかったのは非常口マークの上(写真)。これを探すために開演30分前に着いたら、入口前には長蛇の列ができていた。
「妹背山女庭訓 三笠山御殿」
この場面だけだと話がわかりづらいということで、「七之助クンオススメ」の「良い子のマンガ 妹背山女庭訓」が特別付録として筋書巻末に載っている。タイトルページにある七之助さんの小学校時代の写真が可愛くてウケた。この漫画では三笠山御殿の前段にあたる「杉酒屋の150504nakamuraza2 段」「道行恋苧環」のストーリーがマンガチックに解説されていて(漫画だから当たり前か)、なかなか面白いのである。でもそれを踏まえてこの芝居を見ると、漫画のノリの軽さと芝居の重さのギャップにちょっととまどうかも。
さて、私が最初に思ったことは…橋之助×七之助の叔父甥コンビによる恋人どうしは前に見たけれど、今回は児太郎は叔父さんの恋人をやるようになったのか、児太郎も大きくなったんだなあ、ということ。
橋之助さんの求女はさすがの二股男、かっこいいけれど貴族という感じがあまりしないのにそれらしさを出そうとするのか声が甲高く(それは橋之助さんの欠点でもあると私は思っているのだが)耳障りだった。ハッシーは鱶七でしょ。ただ、入鹿討伐のためには好きな女も利用するという冷淡さが感じられたのはよかったと思う。
七之助さんのお三輪は、花道七三で立ち止まり、苧環の糸が切れちゃって「ん、もう!」という感じがとてもよかった。御殿では一途な勝気さと心細さがうまくマッチしていた。花道で嫉妬に燃えるお三輪は怖かった。鱶七に刺されて客席に背中を向けて横向きに倒れると、七之助さんは鏡を見ながら青みを顔に入れていた。頭をあげたままの作業は大変そうで、終わるころには腕がぷるぷるしていた。「この世で縁は薄くとも未来は添うてくださりませ」のセリフは哀れでウルウルした。そういえば、歌舞伎を見ていると「未来」という言葉が耳に残る。未来という言葉に現代性を感じるせいか、古風な歌舞伎でそこが強調されるのかもしれない。
いじめられる場面はこちらが慣れたせいか、立役の官女が荒っぽ過ぎたせいか、初めて見た時に比べいやぁ~な気持ちにはならなかった。
獅童さんの鱶七はお三輪を哀れむ気持ちもあって悪くないと思った(ひいき目?)。
豆腐買のおむらの勘九郎さんが作り過ぎることなく自然でとてもよかった。お三輪に「よい殿御を知らないか」ときかれ、おむらが「よい殿御?」で連れていた娘(七緒八)を見ると七緒八クンが頷く。大拍手‼ 花道ではおむらの「そなこ、そなこ」に続き、「なかむらや」と可愛い声で叫び、再びの大拍手‼ 「おじゃ」「あいあい」に三たびの大拍手の中、2人は引っこんでいく。18カ所の勘三郎さんのきりっとした目も下がっていたかもね。
「高坏」
幕間、大道具を変え、演奏家たちが準備する中、舞台上に次郎冠者の扮装をした勘九郎さんと着替えをすませた七緒八クン、そして哲之クンがいた。3人で座って七緒八クンは小道具の徳利を持ち、哲之クンはお父さんの持つ盃に手を添え、記念撮影。それを五色幕の内側で前田愛さんが見守る。勘九郎さんはご機嫌でにこにこ。ミーハー的にはおいしいワンシーンだった。哲之クンがあんまり大きくなっていてびっくり。ついこの間生まれたばかりだと思っていたらもうじき2歳になるんだね~。
高足売の国生クンは顔とか動きが橋之助さんそっくり。体がちょっと硬いけれど、小ずるさに大らかなコミカルさがあって悪くなかった。声も出演の4演目の中では一番気にならなかったし。ただ、あんまり若くて「酒」に関して違和感を覚えた。成人してる? 調べたら、今年の12月に20歳になるのね。別に成人してない役者が酒を飲む役をやっちゃいけないわけじゃないけど、ふっと気になってしまった。
勘九郎さんの次郎冠者は、いいねえ。柔軟かつキレがいい。コミカルだけど崩しすぎないところに好感がもてる。そういえば、勘九郎さん、昼も夜も酔っ払いなのねえ、と可笑しくなった。でもこちらの酔っぱらいは気分よく春の風情を楽しんでいるのが感じられて、こちらも楽しい。
鶴松クンの太郎冠者、亀蔵さんの大名が、「らしく」て芝居を盛り上げた。
終わり近く、舞台奥の扉が開き、桜の木から桜吹雪が。大道具が置いてあるのが見えたのがやや興ざめだが、正面の席からは見えなかったのかもね。外の空気が入ってきて、気持ちよかった。
扉があいて客席がどよめく中、次郎冠者のタップに思わず大名もタップを踏む。すると大名、次郎冠者が黙ったまます~っと視線を太郎冠者に向ける。2人の視線を受けた鶴松クンはしばらくじ~っとしていたが、やっと「自分?」と気づいたように指で自分をさす。弱ったなあという風情でいたが、にっこりとタップを踏み、くるっと回転して最後は両手を広げてポーズに大きな拍手。鶴松クン、順調に成長している。

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2015年5月 2日 (土)

7月歌舞伎座の演目発表

今日が初日なので期待していました(6月はなかなか決まらなかっけどね)。
なかなか魅力的な配役で楽しみ。
詳細は→ココ

それにしても、團菊祭の上演時間、長い‼ いずれ少しは短縮されるかもしれないけれど、ちょっと恐怖。でも演目としては面白いから頑張れるかな。

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2015年5月 1日 (金)

鳥獣戯画だけじゃない、見どころいっぱい高山寺のお宝

428日 鳥獣戯画展(国立博物館平成館)
150501giga1 「インドの仏」のチケットをいただいたが51日までだということに気がついて(招待券には期限がある場合があり要注意です)、慌ててそれを見に行くついでにもう一度グエルチーノ(これ、絶対お勧めです。同じ地震の被災地から来ている作品だし、グエルチーノを日本でこれだけ見られることはもう2度とないかも)を見るつもりでいたら、今日から鳥獣戯画が始まるから、それなら同じトーハクだし(上野駅から遠くて何度も行きたくない)、初日ならそんなに混んでないだろうと踏んで出かけた。
ちょっと出遅れて開館の930には間に合わず10時くらいになってしまった。入り口前のテントに行列ができている。しばらくしたらトーハクの人が、「チケットをもぎる所での混雑による混乱を防ぐためで、入場制限ではありません」とメガホンで知らせにきた。そして「当館の学芸員によると、鳥獣戯画はおまけみたいなもので、高山寺(「こうさんじ」と発音していた。「こうざんじ」だとばかり思っていた)の至宝がたくさんありますからちゃんと見てください」「飲食は禁止だけど、必要がある場合は申し出てください」とか、高山寺の旧蔵品には「高山寺」の赤い印が押してあるとか、リスが描かれた絵があって、これはなかなか見つけにくいとか教えてくれて、退屈させない。
そうこうしているうちに中に入れるようになった。事前の説明のおかげで、赤い印もわかったし、リスも意識してみることができた。でも、リスは本当にちっちゃく描かれていて、拡大図の展示されているものしか見つけられなかった。それも何度も拡大図と本物を見比べて、「ああ、あれか」というくらい見つけづらい。リスが描かれた日本の絵画は珍しいんですって。
そうそう、この展覧会で面白かったのは、作品のタイトルとか所蔵者なんかが書いてあるパネルの上の部分。その作品を一言でまとめたキャッチフレーズのようなものが書かれているのだ。たとえば「伽耶城毘沙門天図像」(No.10)には「画面上部はさながら動物ワールド」、「仏涅槃図」(No.40)には「釈迦こそ我が父」(これは、高山寺の開祖明恵上人にとっての父という意味)、「仏眼仏母像」(No.49)には「あなたこそ我が母」(幼くして両親を失った上人にとって、釈尊は父、仏眼仏母は母そのものだったそうだ。そう知ると、なんだか切ない思いが湧いてくる)などなど。これだけ見ていても楽しくて、全部メモってきたかったよ。ほとんど全部の作品に解説がついているのもありがたい。先日のボッティチェリといい、学芸員さんの熱意がんばりが窺える。でも、このキャッチフレーズ、意外と見逃しやすいからご注意。私は数点見たところで気づいて、戻って見直した。
展示品の中には色あせが激しいものもあったが、当時はさぞ美しい色で塗られていただろうと想像するのもまた一興。とにかく展示品のすべてが明恵上人の信仰心、釈尊への憧憬を表している。凄まじいことに、求道のあまり若き日に我と我が右耳を切り落しているのだ。その場面が描かれた絵があったが、メモし忘れた。
明恵上人直筆の書は、比較的わかりやすい文字だと思った(と言ってもそうそう読めるわけではないけれど)。神鹿、馬、子犬の像がとてもいい。動物が多いのが高山寺の美術品の特徴だろうか


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