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2015年8月

2015年8月30日 (日)

期待に違わぬ面白さの納涼八月歌舞伎第一部

828日 八月納涼歌舞伎千穐楽第一部(歌舞伎座)
150830kabukiza 珍しく第一部観劇が千穐楽になってしまった。日程の都合でそうなったのだが、個人的な事情で危うく断念するところだった。何とかしのげてありがたい。
「おちくぼ物語」
演目発表の際にも書いたが、大好きな話。いじめられる話は好きでないけれど、おちくぼは味方してくれる人たちがいるし、素敵な貴公子との恋を実らせてハッピーエンドだし。というわけで、前回公演を博多まで見に行ったのが8年前(平成19年:2007年)。当時は歌舞伎の「おちくぼ」があまりにコミカル、完全にコメディになっていたのでびっくりしたのだが、今回はあの時ほどのショックはなかった。2度目だからというよりは、コメディ性が強調されていなかったからだと思う(演出の違い)。今回強く感じたのは現代性である。セリフは前回と変わっていないだろうと思うが、たとえば何かにつけ「お許しあそばせ」と謝ってしまうおちくぼに対し左近少将が「自然と都合のいい言葉を覚えた」と指摘するセリフなんか、絶対に現代の感覚ではないだろうか。もっともこの作品が宇野信夫によって書かれたのは明治時代だから<現代の感覚>ではなくて<明治の感覚>なんだよね。明治時代の「近代的自我」に現代にも通じるものがあるということだろうか。
この芝居の最大ヒットは隼人クン。立派な貴公子として七之助さんのおちくぼをしっかりリードしていた。品のよさ、噂とは違っておちくぼ一筋の熱い想い、おちくぼと結ばれるために働かす智恵、どれもが隼人クンを大きく見せていた。声もセリフもよかった(この点は博多座の海老蔵さんよりずっと好き)。すべてがよかったのは現代語の芝居であるからかもしれないが、一時はどうなることかと心配した隼人クンの成長は素晴らしい。吉右衛門さんについて勉強した成果が表れている。今後は義太夫狂言などでも成長を見たいものだ。
七之助さんがとても愛らしくてきれい。確かにすぐに謝ってしまうし自信もなく諦めの中で生きてはいるが、少将の愛を知ってからは少しずつ主体性をもつようになり、強くなっていく、その変化が見事に表現されていた(少将と痴話喧嘩までしちゃう。酔っぱらった姿も自然で可愛かった)。変わっていくおちくぼもまた、現代的な女性のように見えた。歌舞伎の「おちくぼ」のそういう点は原作とは違うかもしれないが(原作は何十年も前に読んだから、どうだったろうか)、それは案外心地よく見ていられた。
継母は博多座では強烈にヒステリック過ぎてちょっと引いたけれど、今回の高麗蔵さんはヒステリーを抑えた意地悪さでなかなかよかった。
阿漕と帯刀の夫婦はとても楽しかった。何しろ新悟×巳之助の仲良しコンビですもの。好人物な巳之助・帯刀をちょっと頼りなく思っている新悟・阿漕が時々牙をむくのが面白い。演舞場のトークショーで新悟クンが「できるだけヒステリックにやってくれと言われた」と言っていたが、引くほどのヒステリーではなく、また2人のコミカルな味も程よく(巳之助クンにはやっぱりコメディアンの素質がある)、芝居を引き立てた。トークショーで巳之助クンに「馬、馬と言われるから、犬、犬と言ってやった」と語っていたのはこのことだったのかという場面が2人の夫婦喧嘩。それもおちくぼを思えばこそなのが伝わってくる。

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2015年8月29日 (土)

漱石と八雲の熊本⇔新宿、そして新宿の歴史

827日 「熊本と新宿をつなぐ作家漱石・八雲」~常設展(新宿歴史博物館)
会期が30日までなのでまたまた駆け込みで。
漱石と八雲は時が重なることはなかったが、ともに旧制第五高等学校(現・熊本大学)で教鞭をとり、結婚し(八雲の結婚は熊本じゃなかったかも)、初めての子供を授かったのも熊本だそうだ。漱石といえば松山、また八雲も松江のイメージが強いから、ともに熊本にゆかりがあるということは初めて知った。漱石は何冊かは読んだし、八雲は子供の頃、よく怪談を語り聞かせて私を怖がらせてくれたから親近感はあるものの、案外その生涯は知らないのだ。で、漱石も八雲も東京では新宿に住んでいたのね。八雲が大久保にいたって知らなかった。
漱石は明治294月から43カ月にわたり熊本に在住した。その間になんと6回も引っ越していたとは驚き。なかなかいい家にあたらず(最初の家は裏が墓地で気味が悪いと妻・鏡子が嫌がった、湿気がひどくて引っ越した家もあった)、気に入った家は家主が帰ってきて明け渡さざるを得なかったそうだ。漱石が住んだ家の写真や、そこでの漱石一家の写真が展示されており、家はともかくくつろぐ漱石の姿(部屋でごろ寝)など見ると、なんか不思議な気持ちになった。
漱石については色々なエピソードが紹介されており、いちいち面白かった。たとえば、寺田寅彦と親交が深く、寅彦が書生にしてくれと頼むのを厩でよければと言ったら断わられたとか。妻・鏡子がへそくりをしていたものをコソ泥に入られて全部盗られたとか。初めて迎える正月の料理を鏡子は奮発して作ったのに、五高の生徒やら誰やらお客が何人も来て、あっという間に食べつくし、その後のお客に出すものがなくなって苦労した、それに懲りた漱石は翌年から正月は旅に出ることにしたとか(それが「草枕」の旅である)。漱石は旅が好きで、熊本県内をずいぶん旅して歩いたようだ。熊本に行ったらその足跡を辿ってみたいななんて思った。
鏡子さんは悪妻の代表のように言われるが、漱石の死後鏡子さんの書いたものを見たら、愛情に溢れていて、まったくそんなイメージはなかった。先のエピソードだって、悪妻って感じじゃないじゃない。
漱石の俳句を子規が添削したものとか、興味深かった。
八雲の展示は少なかったように思う。八雲は明治2311月に熊本に赴任する。私はいつも、明治時代ってすごい時代だ、明治の人はえらかったと思っているのだが、外国人による英語教育に力を入れていたことも明治はすごい、と感嘆することの一つだ。五高時代の八雲の集合写真を見ると、小柄な感じで日本人の間に入って目立たない。日本に住んで帰化して日本文化を掘り起こした八雲に感謝した。父は八雲の怪談が大好きだった。八雲の怪談本が展示されているのを見て、父をあらためて偲んだ。
この後、常設展にも寄ってみた。博物館や美術館の常設展っていうのは案外いいのだ。新宿歴史博物館も、優れた展示で非常に興味深かった。新宿に初めての人類が住み着いたのは32千年前なんですって。彼らが今の新宿を見たら…。
①大地に刻まれた歴史(旧石器時代から江戸時代まで)、②中世の新宿、③江戸の暮らしと新宿、④近代文学にみる新宿、⑤昭和初期の新宿、⑥戦中から戦後・平成 新宿のうつりかわり、にわかれていて、それぞれわかりやすく興味をもてるように工夫されている。解説シートが置いてあるのも嬉しい。
新宿の住人だった作家たち、その中にはあの恋川春町も!! 「戯作者銘々伝」のあの春町だから、へ~と思わず声が出てしまった。
文化住宅は興味深い。典型的な日本の民家部分(ちゃぶ台の食事がリアル)に新しい洋間がついている。そういえば、子どもの頃、「応接間」っていうのに憧れたな。
お金の単位として「銭」が使われていた時代の物価――サラリーマンの定期代、サラリーマンの奥さんがちょっと買い物に出かけたらいくら、お金持ちの奥さんではいくら、等々。
新宿区内各地区の戦後からの移り変わりを10年ごとに写真で見られる端末があった。私が生まれる前、両親が落合に住んでいたので落合を見た(上だったか下だったか…。だから両方見た)。父の勤め先も新宿だった。
最後にが~んときたのは「ムーランルージュ」だ。「南の島に雪が降る」の門馬一等兵はムーランルージュの脚本書きだったのだ。展示されていたプログラムに門馬さんの名前を探したのはもちろんのこと。でも、なかった…。

150829rekihaku 歴史博物館は一度行きたいとずっと思っていた。四谷三丁目から徒歩78分。三栄町にある。帰り道、はっと気がついた。その昔入社試験に落ちたある会社の所在地が三栄町だった。もうどの辺だったか覚えていないが…懐かしい。
写真は四谷見附橋高欄。大正2年に開通した四谷見附橋の欄干の一部で、赤坂離宮の外観にマッチさせたネオバロック様式。平成3年まで甲州街道にかかっていた。

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2015年8月27日 (木)

大相撲KITTE場所~葛飾町工場物語

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外出したついでに、「はっきよいKITTE」を見てきた。29日までだから駆け込み。
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1日に使われる塩の量は約45㎏だそう。東京本場所では伯方の塩が、地方本場所では瀬戸のほん塩が使われる。
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この量ですもの‼ 
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何だと思う? これ、お相撲さん(琴明山:序二段)のおなかですって。シリコンでできたこのおなかだけ触っていいの。何の感触に似てるかなあ。意外と硬いのは、筋肉だからですって。
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このご飯の量shock 想像以上だった。右が一般人の分量。
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力士4人 vs 一般男性4人の焼肉のレシート。力士はご飯をいっぱい食べてる。お酒はサワー系で、ビールは飲んでいない。
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一般人とのシャンプー量の比較。力士は1~3日に1回洗うんだそうだ。この回数、いつも気になっていた。あんなに汗かいてとか、土俵の土まみれになってとか。
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お風呂の水量。アルキメデスの原理。
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横綱・大関のサインと手形の入ったポスターがあちこちに貼ってある。代表して一番好きな照ノ富士のを。

琴欧州の明荷とか(草履のデカいこと)、化粧まわし(おなじみ、佐田の海のくまもンのもあった)、普通のまわし、土俵の土(触ってみたかった)、本場所の1日のタイムスケジュール、土俵入りの所作のイラストなんかも展示されていた。
自分の顔が力士顔になって四股名もつけられる「すもう撮りカメラ」にもチャレンジしてみたかったけれど、行列だったのでやめた。

150827hokoritori この後、同じKITTEでやっていた「葛飾区町工場物語」を覗いてみた。これは今朝テレビの情報で知ったばかり。27、28日の2日間しかやっていないから、ラッキーだった。静電気で埃を取るというシリコンゴム製の「ほこりトリ」(平成22年度葛飾町工場物語認定商品:㈱おおかわ)を買った。テレビやパソコンがすぐ埃だらけになるから(早速
キーボードの間の埃取りに使ってみたら、たしかによく取れる‼)。それに捺印マットとしても使えるのだ。私、印鑑押すのがとってもヘタだから、そっちにも利用しよう。大きいのを1つ買ったらおまけに小さいのを付けてくれた。かわいいでしょ。ほかにもいろいろ興味深い品がいっぱいあったよ。
それから、認定製品のストーリーマンガが掲載された冊子が平成22年度だったか23年度だったかから26年度の分まで置いてあって、自由に持って帰れたんだけど、重いしと思って26年度の分だけもらってきた。中を見たらこれがけっこう面白くて、全部もらってくるんだったわ、と後悔。
日本の町工場は素晴らしい。



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2015年8月26日 (水)

8月の鍋

8月26日、本日の夕食は鍋。あんまり寒いんだもの。
白菜たっぷり、きのこたっぷり、小松菜たっぷり、しゃぶしゃぶより少し厚めで、適度な脂肪の豚バラ肉(選んだ)たっぷり。ポン酢にすだちをたらしたら、めちゃくちゃおいしかった~。10月中旬並の気温だったからね~。

200m準決勝、やっぱり世界とはまだまだ差があるね。サニブラウン、藤光、高瀬の3選手、残念だったけど、準決勝を見る期待、楽しみが倍加した。ありがとう。陸上はスポーツの中で一番面白い(水泳も、だけど陸上の方が好き)。と言いながら、いいゲームならサッカーが一番面白いと言いそうだし、ガチの勝負なら相撲が一番と言いそうだしcoldsweats01
さて、明日はボルトかガトリンか、はたまた…。もちろん他の競技も楽しみ。

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2015年8月25日 (火)

双蝶会

825日 第1回双蝶会(国立劇場小劇場)
右近クンの研の會も双蝶会も両方見たかったけれど、日程上双蝶会のみとなった。座席でふと後ろを振り向くと、2席ぐらい離れたところになんと新悟クンがいた‼ 新悟クンは好きなのでどきどきしちゃったわ。考えてみたら、新悟クン、歌舞伎座に3部とも出演しているのよね。双蝶会は1330開演だから「おちくぼ」が終わってすぐに国立へ来たのだろう。「船弁慶」の時にはいなかったから、最初の「毛谷村」だけ見て、歌舞伎座へ引き返したんだね。右近クンもよく若手の勉強会を見にきていたけど、みんな熱心に仲間の会を見ているんだなと頼もしく思った。あと、松江さん、玉太郎クン、蝶紫さんのお姿も。

さて、まずは歌昇クン主演の「毛谷村」
幕が開くと、松緑さんと歌昇クンが太刀を交えている。松緑さんはだいぶスリムになってお顔もシャープさが目立つ。引っこむ時、花道七三で軽く六助を振り返り、けっという表情になったのが、「だまされおって、ばかめ」という感じ。卑劣でとんでもない悪いヤツではあるが、悪役松緑さんがかっこよかった。そこだけの出番だったからもったいない一方で、松緑さんらしいかもとも思った。
今回はちゃんとお幸の入りがあってよかった。ここは省略してほしくないのだ。お幸は京紫さんだったが、京紫さんも老け役をやるようになったんだぁ、とちょっとびっくりした。きれいで上品で毅然としたおばあさんだった。
お園は芝雀さん。歌昇クンとのカップルに全然違和感がなかった。芝雀さんは歌昇クンを立てるためか、全体に控えめでおっとりした感じで、その中に心の強さと時折細やかさを見せていた。
歌昇クンの六助は、よすぎるほどの人のよさ、骨太な懐の深さが十二分に表れていた。だまされたと知った時の怒りの凄まじさは、庭石を踏み込むだけでなく、動きやセリフの言い方が吉右衛門さんにそっくり(歌昇クンのほうがセリフははっきり聞こえるけどね)で、勉強の成果がしっかり表れていると思った。
葵太夫の浄瑠璃、やっぱりいいなあ。
次は種之助クンの「船弁慶」
長唄・里長、三味線・栄津三郎、小鼓・傳左衛門他という豪華さ。「毛谷村」の葵太夫もだけれど、勉強会だからこそ一流の演奏家によるサポートがあるべきだと思う。傳左衛門さんは久しぶりのような気がする。傳左衛門さんの鼓の音、咆哮(今回は咆哮とは言わないか、掛け声)は私の中では最高。
義経の染五郎さんは、武将らしい強さと線の細さがいい具合にミックスされていた。「その時義経、少しも騒がず」と言って刀を抜く様がきれいで実にかっこよかった。
弁慶は又五郎さんで、冷静さと知盛の霊に対し義経を何としても守るという気概が素晴らしかった。
種之助クンは前シテの静は、小柄だし幼いと言っていいほど童顔で可愛らしく見えた。しかし声を発すると大人の女性の落ち着きがあって、そのギャップが不思議な魅力であった(ごめん、静の踊りはちょっと寝ました。静はどうしてもずっとは起きていられない)。ずっと悲しそうで、「はらはらと」涙をこぼしているという風情がよかった。静にしても知盛にしても踊りの技術としては手順でいっぱいいっぱいなところがみられたが(知盛が長刀を振り回すには舞台がちょっと狭いのかもしれない)、人物の心はちゃんと伝わってきた。幕外の引っこみは、笛・太鼓と対峙して凄まじい迫力であった。
感心したのは歌昇クンに又之助・吉之助という2人のベテランを舟人として引き連れ、客の目を引き付けて、舟長を演じる大きさのようなものが感じられたことだ。形もきれいだった。歌昇クンは六助もそうだったが、大きな役者になりつつあると思う。華もあるし、いずれ自分で舞台を引っ張っていけるような役者になるんだろうな(「毛谷村」は芝雀さんのサポートもあって、すでに歌昇クンがぐいぐい引っ張っているような印象を受けた)。なお、早くも第2回双蝶会開催決定のお知らせが出ていた。2016年8月23日・24日@国立劇場小劇場とのこと。楽しみですなあ。忘れずにスケジュールあけとかなくちゃ。
<上演時間>「毛谷村」82分(13301452)、幕間30分、「船弁慶」63分(15221625

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2015年8月24日 (月)

もとの黙阿弥

820日 「もとの黙阿弥」(新橋演舞場)
歌舞伎会に入って演舞場で2番目に見た歌舞伎以外の演劇が「もとの黙阿弥」だった。1番目は田村正和の「新・乾いて候」だったが、ほとんど記憶にないのに対し、「もとの黙阿弥」は割とよく覚えている。その公演とどうしても本公演を比べてしまうのだが、前回とても盛り上がって面白く見終わった後にぞわぞわ~ときた怖さは今回は感じなかったし、面白さも前回のほうが優っていたのは、2度目だからインパクトが弱まっているということばかりではないような気がした。
まず、さぞやと予想した久里子さんの坂東飛鶴だが意外と存在感が薄かった。前回の高畑淳子さんの印象はとても強くて今でも残っているが、久里子さんはその陰に見え隠れする感じ。
愛之助さんは河辺隆次にぴったりであると思う一方で、前回の筒井道隆さんのようにおっとりした世間知らずな風情が自然ににじみ出ている感じではなかった。さぞや難しかろうにという、歌舞伎役者が歌舞伎をわざと素人演技で下手に見せるのがうまかった。ちょっともったいないけどね。
貫地谷しほりさん(長崎屋お琴)はうまかった。映像の世界の人はとかく発声に難があるが、貫地谷さんはなかなかよかった。前回の田畑智子さんとはちょっとタイプが違うが、素直な感じが可愛い。おまんまの立ち回りも可愛かった。
私がう~んと思ったのは久松菊雄(早乙女太一)・船山お繁(真飛聖)のカップル。太一クンはとくに1幕目は騒々しいだけで早口の滑舌もイマイチな気がした。2幕目からはだんだんよくなっていったけれど、前回公演では花緑さんが好演していただけに、ちょっと…と思わざるをえなかった。真飛さんは女中タイプじゃないのにそこはうまさでカバーしていたが(意外な役がとってもうまい女優さんだと思う。「黒猫、ときどき花屋」なんか、ちょっとびっくりした)、元に戻れなくなった悲しい哀れさは前回の横山めぐみさんのほうが私は強く感じた(そんなお繁に対する周囲の人たちの心境も今回は伝わってこなかった)。でもオペレッタはさすがで生き生きとして、元宝塚の魅力を遺憾なく発揮して、とっても楽しかった。
河辺賀津子の床嶋佳子さんはテレビで見ていてもきれいで好きな女優さん。初めて舞台で見たが、やっぱりきれいで、上品で気位の高い男爵家のお嬢様(奥様?)でという役が合っていた。前回はピーターさんがやった役だが、ピーターさんよりソフトだし(ピーターさんは非常に個性的だった)、嫌味なく演じていて私には好もしかった。劇中劇がと~っても面白かったのは、貴婦人が貧しい女性の役を演じるという新劇かぶれぶりを床嶋さんが自然に表現していたからだと思う。
長崎屋新五郎の渡辺哲さんは、最初のほうのセリフまわしが亀治郎の会の「上州土産百両首」の時みたいで、あれは好きでないから又ずっとこの調子かとがっかりしたが、途中からそれが取れてよかった。
国事探偵の酒向芳さんがおかし味たっぷり存在感たっぷり。
あの愛一郎さん、白いコック帽をかぶって目立ち、また劇中劇の主役をはく奪されたりして、ここでも目立っていた。
芝居全体として、オーバーでがちゃがちゃ騒がしい印象をもった。客はドタバタ的なところには笑うが、とくに1幕目は反応に盛り上がりが欠けるような気がした。私自身、1幕目はやや退屈した。
でも、多分劇中劇の後だったと思うが「芝居は心をひとつにする」というセリフには感動した。「南の島に雪が降る」でそれを実感したばかりだったからかもね。
<上演時間>155分(11301225)、幕間35分、第255分(13001355)、幕間15分、第345分(14101455

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2015年8月20日 (木)

「南の島に雪が降る」前進座版

817日 「南の島に雪が降る」千穐楽(三越劇場)
14日の合同公演から4日連続のイベント続きで、そろそろ疲れが出てくる頃。今回の席は前進座に直接電話したら、1列目が取れるということで、三越劇場は最前列でなくても、と一度は断ろうとしたがやっぱりせっかくだからと申し込んだ席。最前列で居眠りこいたらマズいよね~。とちょっと心配しながらの観劇となった。
先般急逝された加藤武さんがこの公演の協力者としてプログラムにもお名前が載っており、ロビーにはお写真とお花が飾られていた。
それから、プログラムと一緒に原作本も買った。

1週間前の中日劇場版とはかなり趣が違うはずという予想通り、相当違った。前回の感想に個人的な思い入れをだいぶ書き込んだが、今回もそうなるかも。その場合、前回と重複するかも。気にせず、がんがんいきます。ちなみに、ぜ~んぜん寝なかったよ。

暗くなった舞台に着物姿で三味線を弾く叶利明(中嶋宏太郎)が浮かび上がる。マノクワリの生き残りで97歳。その年齢にしては若いのは俳優さんが若いからやむを得ないか。加藤を偲びつつ、当時置かれた兵隊たちの状況を語る叶の回想で芝居は始まり、その後も叶が狂言回しとして都度都度状況を説明する。
叶が着物を脱ぎ棄てるとその下は兵隊服で、時代は一気に遡る。ニューギニアでは兵隊たちが道路を造っている。ろくに食糧もなく飢えと疫病と空襲。食べ物をめぐってケンカも頻発する。食べ物といってもトカゲだのネズミだのの話だ。劣悪な環境で多くの兵隊が倒れ、それでも働かされて命を落とす。絶望的な状況下、軍規は乱れる。そこで、慰問劇団をつくる命令が下される。上層部はまた、飢えに対してサツマイモを作る計画を立てる。イモは貴重な食糧となる。父はサツマイモが大好物だった。普通、イモしかない状況で何年か過ごしたら「イモは見るのもいや」になりそうなものだと思うが、父は不思議なことに大好きだったのだ。
閑話休題。村井大尉(山崎辰三郎)、東大出の演劇評論家杉田大尉(姉川新之輔)の進言により、林参謀藤川矢之輔)の前で、加藤(嵐芳三郎)と前川(スペイン舞踊の教師:忠村臣弥)と叶は越後獅子を披露する。竹にサラシをつけて力いっぱい波打たせる加藤と前川。叶の三味線には猫の皮ではなく、なんと、うすい金属が張ってある。湿気で皮が破れてしまい、叶は乾パンの箱にはってあった薄いブリキを皮がわりにしたのだ。器用だなあ。ところで、中日劇場版を見た時、どうして戦地に三味線を持ちこめたのか疑問に思ったが、それが判明した。現地の兵站病院で慰問演芸が行われることを予想して病院長が許可したのだそうだ。
林参謀は演芸とか芸能にまったく興味がないと言っていたが、3人の芸は認められ、演芸分隊を立ち上げるため採用試験が行われることになる。試験当日、集まったのは100人‼ 70何人もの受験者が浪花節をうなるので、さすがに試験官の加藤たちもうんざりする。芸能にまったく疎かった林大尉でさえ、「旅ゆけば~♪(これがうまい‼) 覚えちゃったよ」と苦笑い。こっちはうんざりでも受ける方は必死だ。各分隊の名誉をかけて、貴重なイモやイモの葉を34日分持って出てきているのだ(ニューギニアは大きな島だから、マノクワリのそこへたどり着くまでにそれだけかかるってこと)。壮行会までしてもらった者もいる。落されるわけにはいかないのだ。そういう人には苦肉の策として「二次募集があるかもしれないからまた受験して」と言って帰す。この試験の場面は、中日劇場版ではちょっと眠気がさしたが、今回はとても面白かった。
そんな中で、元コロンビア歌手の森川(沢田冬樹)、カツラ屋の息子塩原(演技もできて、ぼうぼうのヒゲ面なのに、後にそのまま娘役をやっちゃう:岸槌隆至)、仕立屋斎藤(「布さえあれば何でも作れます。和裁も少々…」:木村祐樹)、節劇の役者蔦山(新村宗二郎)、ムーランルージュの脚本家門田(上滝啓太郎)、友禅のデザイナー小宮(芸は披露しない。「美術の学校を出た、舞台装置に興味がある。大工も力仕事も無理。しかし絵を描きたい」:松浦海之助)、僧侶でもある篠山軍曹(博多にわかが得意のナマグサ坊主:益城宏)などが合格する。森川が「たれか故郷を思わざるを歌います」と言ってハーモニカを吹き始めた途端、私の目から涙がぶわ~っと出てきた。
蔦山は、節劇(ふしげき)が加藤の希望ではなかったので不合格と宣告されたが、しつっこく「自分は山口では知られた存在で、かつらぎ一座の團十郎と言われていた」とアピールする。それでも「帰りなさい」と断られる。「帰れない」と蔦山。「帰れ」「帰れない」の押し問答の挙句、「それならジャングルの奥へ行きます」と自殺をほのめかされ、加藤は根負けする(壮行会をしてもらったのは蔦山だった)。そんなこんなで演芸分隊のメンバーが揃った。
今回の芝居で嬉しかったのは、中日劇場版ではあまり目立たなかったカツラ職人の塩原が演芸分隊の一員として大活躍したことである。塩原(この芝居では本名は使っていない)は父の直属部下だったそうなのだ。父に直接つながる関係者の登場だけでなく活躍には本当にわくわくした。ついでに言えば、父は軍医だった。だから加藤のいた兵站病院に父のところを思い重ねて、胸がアツくなるのだ。
そうして、時々空爆を受けながらも、病院で試演会を重ねることで加藤は彼らに舞台度胸をつけさせる。ピアノは篠山が海軍に掛け合って調達することになった。中日劇場版と違ってピアノは登場しなかったが、ピアノの謎もここで解けた。海軍ってほんと何でももっていたんだと驚く。
やがて第1回正式公演が行われる。森川が「君恋し」をハーモニカで吹き始めたから、「え、君恋しって戦前からあった歌なの?」と「???」。そうしたら大正時代に作られた唄なんですって。フランク永井しか知らず、失礼しました。公演には芋焼酎、バナナ、ウミガメの卵などが差し入れられて、ビックリした。女方前川の人気による差し入れらしいので「おい、もっと女方増やそうぜ」に客席も笑い。

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2015年8月19日 (水)

日本の画家って素晴らしい:「前田青邨と日本美術院」

816日 「前田青邨と日本美術院」(山種美術館)
速水御舟の「炎舞」狙いで娘と出かけた。「炎舞」は2年ぶりの公開で期日は23日までと知り、日程的にはきつかったけれど、この日しかないもの。
で、「炎舞」は第二会場に展示されていたから、先に第二会場へ。第一会場は混んでるというわけではないけれど、それなりに人もいたし、この人たちが移動する前に行っちゃえというわけ。
闇の中に炎が激しく立ち上り、煙が渦巻く先に蛾たちが飛んでいる。蛾は正面から描かれているにもかかわらず、炎の渦に引き込まれ、あるいは向かっているように見える。炎の、蛾の、闇の美しさ、じっと見ていると私も炎に引き込まれそう。関係ないけど、炎と蛾っていうと必ず「緑の館」を思い出す。以前「蝶の道行」を見た時もそうだった。
第二会場の入り口前にベンチが置いてあり、そこに腰かけると正面に「炎舞」が。第二会場に入る人は意外に少なく、しばし、ほとんど視界を遮られることなく「炎舞」を独り占めすることができた。
第二会場の作品を眺めてから、第一会場へ。
まず青邨の「異装行列の信長」がぐいと心を摑む。派手な衣装をまとい斎藤道三との対面に出かける信長を描いた作品で、うつけ者と大物らしさが混在した信長に惹きつけられた。
青邨中心の展覧会であるから、その作品は全部で13点と一番多く展示されている。中で目を引かれたのは「大物浦」とその小下図。青邨は<線>の重要性に気づいたと書いているが、下図と完成された絵を見比べると、確かに<線>が活きていることがわかる。仕事柄関心をもったのは「腑分」。この絵で最初に目に入ったのは腑分けされる遺体に手を合わせる人だった。学問として真剣に遺体を見つめるだけでなく、そういう人もいたことになんだかほっとした。「鶺鴒」は大海原をただ1羽飛ぶ鶺鴒を上から描いたもので、海の広さと凛とした鶺鴒が、清々しい静謐を感じさせる。
「ダブルインパクト」で初めてその良さを認識した橋本雅邦はやっぱりいい。「日本武尊像」の力強く威厳に満ちた立ち姿、前をじっと見据えた目が好きだ。「児島高徳」は、桜の木の下で何を思うかじっと前を見て立っている高徳に、後醍醐天皇を救おうとする忠臣の心意気というか覚悟が表情に表れているようでこの作品も好き。雅邦の絵には品位が感じられる。
今回初めて見た(と思う)梶田半古は「高尾図」「赤いショール」など4点が展示されていた。半古は高潔な人柄だったらしいが、それが清潔感をたたえた絵からも感じられる。各画家にはその人となりや絵に対する考えを表したコメントが添えられていて、それを読みながら絵を見ると興味深い。残念ながらこの展覧会には図録がなくて、忘れっぽい私はたいがい忘れてしまった。
安田靭彦の「平泉の義経」は、兄頼朝の合戦に加わろうという義経が秀衡と別れの盃を交わす場面だそうだが、2人は向き合っておらず、斜め前を向かせて前後に並べて描かれているのが面白い。義経が若々しい。
御舟は第一会場にもあって、「埃及土人ノ灌漑」が面白い。あの時代にエジプトに行ったんだなあ。
「炎舞」狙いの美術展だったが、他にも大観、観山、春草、古径、土牛、紫紅、平山郁夫と私でも知っているとにかく錚々たる日本の画家たち、さらには浅学につき知らなかった木村武山、小茂田青樹、守屋多々志、月岡栄貴、小山硬の作品が全部で58点。日本美術院の歴史や画家たちの信頼関係・熱意などがわかったし、見てよかった‼ 山種、ほんといい作品もってるよね~。
2日続きで日本の絵画の素晴らしさを堪能しました。

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2015年8月18日 (火)

暁斎の面白さがいっぱい:「画鬼暁斎」展

815日 「画鬼暁斎」(三菱一号館美術館)
150819kyosai1 行かれる日がなかなかないので、演舞場の帰りに寄った。お盆だから空いているか混んでいるか…携帯で混雑状況を確認すると「入場制限は行っていません」となっていたので、行ってみる。入場制限というわけではなかったと思うが、チケットを持っていても持っていなくても「5分ほどお待ちいただきます」。私の前に並んでいた外国人のオジサンが窓口の人に「ワタシ2度目デス」って言ってた。
中の混雑程度はまあ普通。ところどころ流れが詰まるけれど、人の頭の後ろから見なくてはならないということはなく、ちゃんと間近で見られた。
まずは、暁斎についての個人的に「ええっ!!」「おおっ!!」な情報。
①暁斎の曾孫さんが蕨で眼科をやっている。そして、そこになんと、暁斎美術館がある!! まったく知らなかったよ~。あの辺には以前ちょくちょく行っていたのに…。
②暁斎の絵の弟子であるジョサイア・コンドル。「コンダーさんの恋」(去年1月に、大地真央主演で明治座にて上演)のコンダーさんだったんだ!! 展示の中に妻・くめと「京人形」を踊るコンドルの写真があって、はっと思い出したのだ。今の今まで忘れていたというか、気がつかなかったわ、コンドル=コンダーだって。ニブい!! 急に親しみが湧いてきたっていうのも現金な話。

150819kyosai3_2 さて、三菱一号館美術館はそのコンドルが設計した三菱一号館の復元である。そしてコンドルは暁斎に弟子入りして「暁英」という号をもらっている。それを思うと、「幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」と副題のついたこの展覧会に特別な感慨を覚えようというものである。
コンドルが暁斎に弟子入りしたきっかけはもしかしたら…コンドルが設計した上野博物館にて行われた第2回内国勧業博覧会(1881=明治14年)で暁斎が妙技2等賞牌を受賞する。その年、コンドルは暁斎に弟子入りしたそうである。コンドルが自ら描いた「上野博物館遠景之図」をそういう目で見ると、色々な想像力が働く。コンドルは建築家であるから建物の図面が何点か展示されている。建築好きならなかなか興味深いと思う。そういえば、鹿鳴館の階段のごく一部と壁紙見本があって、往時をしのばせる。というか、一見の価値ありだろう(鹿鳴館はコンドルの設計ね)。
コンドルの絵がまた、見事。「竹図」「梅花図」「百舌図」「雪中鷹図」「鯉之図」と、あの時代にイギリス人がこういう絵を描いていたんだと感銘を受けた。「Kyosai Sensei. at Nikko. Augst 5th」は浴衣姿の暁斎が畳の上に紙を広げて一心に何か描いている様子を写したものである。暁斎って、筆が早くて、作品もたくさんあるらしいが、そんな筆致の早さを感じさせる姿である。
コンドル自身は、写真の像がそうなんだろうが、白瀧幾之助が描いた「コンドル博士の像」がいい。この時のコンドルは健康が勝れなかったらしく、作品完成の数日後に亡くなったそうだ。

暁斎ではまず「絵日記」が興味深い。毎日絵日記をつけていたそうだが、魅力的なためほとんどが人手に渡ってしまっているとのこと。絵日記と言っても小学生がつけるようなものとは違うよ。コンドルが訪ねてきたことも描かれていた。自ら描いた上野博物館遠景の水彩画
暁斎は今年5月の「ダブルインパクト」展でも見たが、今回の展覧会で見る絵はまた印象が違う。とにかく描いているジャンルが幅広い。動物、人物、尊像、妖怪、芸能、風俗、戯画、美人画、山水画、そして春画まで。素人目には、それぞれのジャンルで同じ人が描いたのかと訝るほど印象が違うんだよね~。そしてそのどれもがいいのよね~。
芸能のジャンルでは「子供助六の股くぐり図扇子」にまず目がいった。思わずニヤリというか、子供助六だから微笑ましいというか。<賛>が九代目團十郎っていうのも注目。それから「月次風俗図十一月 顔見世狂言『暫』」も見逃せない。権五郎を横から描いた絵で、権五郎の前にはろうそく、後ろには後見と黒衣が控えているという視点がいい(絵もいい)。「三番叟図」は三番叟のリズミックな動きが感じられる。
150818kyosai2 巨大な猫がぬっと現れてひっくり返りそうな人――「惺々狂斎画帖三」20図のうちの一枚は、巨大な屏風となってその前で私たちも度肝を抜かれたポーズで写真を撮れる。
戯画では「放屁合戦図」がめちゃくちゃ可笑しい。
ジャンルとしては人物?動物?の「金魚と遊ぶ小童図」(英国人が愛した暁斎作品の一点)も好き。金魚を救おうとしている子供にそれを見ている子供、2人の表情がいい。2人の後ろには紐で岩にくくりつけられた亀が逃げようとして紐を精一杯引っ張っているのが面白い。今の今まで亀で遊んでいたのに、興味は金魚に移ったのね、この子たち。そういう子供の移り気が感じられて面白いのだ。
ず~っと見て行くと、行列ができている部屋があった。春画コーナーだ。パーテーションで仕切ってある。「鳥獣戯画」みたいに、混んできたので立ち止まらないで、とか、2列目で見る人は立ち止まっていいとか、係の人が注意する。せっかくだからと1列目に並んで見たが、11枚が小さくて、やっぱり立ち止まらないとよく見えないし、2列目からではあまりわからなかったんじゃないかと思う。
それはともかく、暁斎という画家の面白さにどっぷり浸れる展覧会であった。
暁斎展は96日まで。

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2015年8月17日 (月)

花形歌舞伎役者との饗宴:萬太郎×新悟

815日 花形歌舞伎役者との饗宴(新橋演舞場特設会場 ラウンジ東)
この日の花形は萬太郎・新悟の2人。去年の12月、同様な催し「歌舞伎俳優との夕べ」があった時は残念ながら日程が合わず、だから今回はぜひ行ってみたいと思っていた。幸い、151300というこの回だけ、ピンポイントで参加できたのだった。
食事は金田中かと思ったら、その伝統を受け継いだ演舞場の特製会席だった。その場で料金を支払って生ビールを飲みつつ、1時間食事を楽しむ。
食事の後は2人の素踊り。ビールで眠くならないかとずいぶん心配したけれど、踊りは2人合わせて15分ということもあって大丈夫だった。新悟クンは「黒髪」、萬太郎クンは「外記猿」を踊った。長唄演奏は栄津三郎・五三吉次、唄は三右衛門・三美郎という豪華さ。三右衛門さん、栄津三郎さんには声もかかった。新悟クンは切なさをしっとりと踊り、萬太郎クンは猿回しの様子を軽妙に踊った。2人のニンに合った踊りだと思った。
この後、トークショーだが準備があるということで、司会の関亜弓さんがつなぎとして2人の経歴を紹介した。萬ちゃんのほうが新悟クンより2つ上だったのか(26歳と24歳)。準備もできて登場した2人はスーツ姿。会場にはどよめきが起こった。下手側から関、萬太郎、新悟と並び、水の入ったグラスが新悟クンの左側に2つ置かれていたら、1つを新悟クンが萬太郎クンにさりげなく手渡す。萬ちゃんは照れ臭そうに受け取る。なんか微笑ましい。2人はとっても仲良しなんだそう。
最初の挨拶で萬太郎クンが「暑い中お集まりいただいてありがとうございます」と言ったのに続き、新悟クンが「暑いと言っても最近の乗り物は冷える(まったく同感。南北線、寒くてたまらん)。ここで暖かくなってもらうように、健康にいいトークをしたい」と笑わせる。以下、新悟クンは萬太郎クン、巳之助クンを兄さんと呼んでいたが、ここでは省略。
★今日の踊りについて
:子供の頃から祖母について練習していた。踊っていて楽しい演目。長唄の稽古をしていても楽しい(長唄の師匠は今日の演奏の栄津三郎さんだそう)。
:スイス大使館で踊った演目。大使館には松羽目のような松の木があって、そこで踊ることを父が思いついた。夜だったのでまっくら、客が外国人なのか日本人なのかわからなかった。舞台は外だったし、虫がいっぱい。
7月の国立劇場出演について(萬太郎)
拵えなしで客前に出るのは恥ずかしい。「歌舞伎のみかた」は役と考えてやった。客いじりは一切しないということで受けた。アドリブも一切なし。義経は、つかめない役で難しかった。「そこは義経で」と言われても「それはな~に?」となる。結局お客の中にある義経像にすり寄っていく。技巧としては、目玉は使っちゃいけない、鼻で見る。
★今月の歌舞伎座出演について(新悟)
3
部とも出ている。変態のダンナ(「京人形」の左甚五郎:勘九郎)が待っているのでこの後、歌舞伎座へ戻る。「おちくぼ」では阿漕を演じていて、ダンナ役の巳之助さんを尻に敷けて楽しい。活発な女なので発散できる(女方はやっぱり辛抱が多いから、発散できる役は楽しいんだね)。巳之助さんは「朝から新悟に犬呼ばわりされてる」と言うが、僕は巳之助さんに馬呼ばわりされています。とにかく阿漕はヒステリックに演じているのでそう見えればいい(阿漕ってそんなヒステリックだったっけ?)。
★共演について
:萬太郎さんが初めて相手のある役をやった時(平成22年大阪の平成中村座、「俊寛」かな?)の相手が僕。僕が萬太郎さんの<初めて>を奪った。
:親とも兄とも違う劇場でやったのは初めて。勘三郎さんとの共演も初めて。
:同世代との共演は初めて。いかんせんおとなしい二人なので、あまり遊びに行かなかった。(→子供の頃の話に)子供の頃、萬太郎さんは歌舞伎座破壊計画を立てていた。旧歌舞伎座の壁の剥がれを広げたりして…。
★演舞場の思い出
:兄・梅枝の義経で「船弁慶」の舟子をやった(200611月か)。大人になった気分がした。
:演舞場では萬太郎さんとの共演はない。
:あったよ。
:じゃあ、あったんでしょう。
:いい加減だなあ。
★ブログの性格は2人正反対だということについて
:僕は巳之助さんの影響です。萬太郎さんみたいに真面目なのは書けない。→(仲良しの話に)結婚するなら萬太郎さん、恋人にするなら巳之助さん。巳之助さんは楽しいから。
:僕は楽しくないの?
2人で共演したい役
新:「夕鶴」。萬太郎さんは純朴だから絶対に合う。
萬:「鳴神」
新:巳之助さんからも同じこと言われてる。
萬:新悟がどっちを取るか。
新:ダブルキャストは?

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2015年8月16日 (日)

第21会合同公演

814日 第21回稚魚の会歌舞伎界合同公演(国立劇場小劇場)
團蔵さん、亀寿さん(カッコいい)、松江さん、幸雀さんをお見かけした。團蔵さんは靴じゃなくてスリッパみたいなものを履いていらしたけれど、普通に歩いていてとてもお元気そうで安心した。
「十種香」
見ている時は芝のぶさんは赤姫のニンじゃないんじゃないか…とても丁寧に演じているのだが、どうしても芝のぶさんは有能な腰元とかけなげな町娘って思ってしまう。ベテラン役者さんのニンについては、私の意識に色がついているのだろう。だから、濡衣のほうがよかったんじゃないか、などとも思ったりして。でも京珠さんの濡衣がしっとりしっかりで実によかったのよね(積極的な姫にちょっと呆れ顔なのが面白かった。濡衣ってそんな顔したんだっけ)。と悩みながら反芻して時間が経つうちに、ああ芝のぶちゃんの八重垣姫、切なくて可憐だったなあと気持ちが変わってきた。そう思い始めたら、どんどん芝のぶさんの存在感が増してきて、もう一度見たくなってしまった。
河童さん(謙信)は音之助さんと逆でもよかったかも。でもやりたかった役なんですって(渋い‼)。それだけにのびのびと演じている感じは伝わってきた。若さを押さえて敢闘賞。
ところで、勝頼(花作り蓑作)が舞台中央の階段に腰をかけ決まる場面、勝頼は左手で刀を持ち、右手をそれに添えているのだが、その右手は親指を折って他の指は反らせていた。筋肉痛になりそうな手の形だななんて心配になった。これをきれいに決めるだけでも大変だなあ。
白須賀六郎の錦次さん、最初は若すぎると思ったが、キレのある動きに六郎の心意気が現れていた。原小文治の音之助さん、うまい。
「素襖落」
太郎冠者は又之助さん。又之助さんと言えば真面目な芸風が私は大好きなので、その真面目さ、しっかりした発声がやっぱりちょっと違うかも…と見ている時は思った。ところが、こちらも芝のぶさん同様、後になるに従い、はっきりしたセリフで真面目にきっちり演じるからこその面白みだったと考え直すようになった。そういえばお酒を一滴も飲まないという又之助さんの酒飲み光景が可笑しかったな。私にとってベテランさんの味は、時間をかけてしみこんでくるのかもしれない。又之助さんの踊りも珍しいし、やっぱりこちらももう一度見たくなってしまったわ。
姫御寮の伊助さん、踊りはやや緊張気味だったが、父親の留守を預かる女主人としての落ち着き貫録がみられた。次郎冠者の音近さん、三郎吾の音蔵さん、コンビネーションがとてもよかった。平成中村座の試演会で私の注目株となった大名某の彌風さん、鈍太郎の吉二郎さん、ともに太郎冠者をからかう面白さで客席を沸かせた。

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2015年8月15日 (土)

ラブ歌舞伎座53:歌舞伎好きなら必触、「歌舞伎にタッチ」展

歌舞伎座ギャラリーで実施中の「歌舞伎にタッチ」展に行ってきた。前から行きたい行きたいと思っていたのに、なかなか機会がなくて…。久々の「ラブ歌舞伎座」です。
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この馬には乗れる。実盛気分でどうぞ。
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こちらは、後ろの写真でもわかるように、「陣門・組打」の遠見の場面で使われる「ほにほろ」。腰に張り子の馬をつけた飴売りが「ほにほろほにほろ」と叫びながら行商していたのが語源だと、説明に書いてある。
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五段目の猪って、言わずもがな。意外と小さく見えた。中に入って走り回る役者さん、大変だな。
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こちらも「奥庭」の白狐ってすぐわかるよね。
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もちろん「道明寺」。
ほかにも新三のかつおとか、「先代萩」鶴千代の雀とか、「金閣寺」のネズミなんかがいた。
差し金の蝶、藤娘の藤、五人男の傘は自分でも持ってみることができる。蝶や藤は動きを伴って長時間持つと重みを感じてきそう。傘はけっこう重い。こちらは持った腕をきれいに伸ばしたままじっと動かないことで重みを感じるだろう。私はいつも、ブレない腕に感心しているのである。
揚幕のチャリンは、4年前、百段階段での「我が心の歌舞伎座展」でもうまく音が出せなかったが、今回もやっぱり…。なかなか難しいのだ、あの音を出すのは。
花道や舞台にはこの時あるいは亀治郎大博覧会で上がったことがあるが、黒御簾の中は初めてだ。太鼓やオルゴールを叩いてご満悦。舞台は「寺子屋」の再現で、「いろはにほへと」の手習帳に、涎くりの「へのへのもへじ」を間近で見られる。菅秀才の手習帳だけ特別なんだってこともよくわかる。なんと竹本の山台に上がって三味線を弾いている気分も味わえるよ。

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2015年8月13日 (木)

8月歌舞伎座第3部

811日 八月納涼歌舞伎第三部(歌舞伎座)
150813kabukiza 予定外で一等席が手に入り、本当に久しぶりの1階席で見てきた。一等席としては後ろのほうだったけれど、やっぱり3階席とは見え方が違うね~。いつものように感想をだらだらと先延ばしにすると忘れちゃうから、早めに書きます。観劇予定いっぱい入れちゃったのに仕事も受けちゃったので、ごく簡単に。
「芋掘長者」
前回、20055月に見た時の記憶が部分的に残っている(10年前かぁ)。カメちゃんが緑御前だった‼ 三津五郎さん、橋之助さん、秀調さんが出ていたのを覚えてる。今回は三津五郎さんの役・芋掘藤五郎を橋之助さんが、橋之助さんの役・友達治六郎を巳之助クンが演じた。
巳之助クンのコミカルさ、踊りの端正さに、父親に近づこうとしている気持ちが感じられた。体型は違うものの、顔なんかお父さんに似てきたし、このままきっと真摯に精進するだろうと思ったら、ちょっと胸が熱くなった。みっくんが踊り出す直前に、「待ってました!!」と女性の掛け声が…。
橋之助さんは根が明るいと思うので、こういう役もなかなか面白い。ただ、もうちょっと姫が惚れる魅力が見えるといいなと思った。
芋掘の踊りでは巳之助・七之助・新悟の3人ばかり見てしまった。やっぱりこの3人がうまいんだもの。七之助さんの緑御前はとても可憐で、芋掘踊りのお尻ふりふりが可愛かった。新悟クンの風情と声はほんと、好き。
「祇園恋づくし」
初めて見た。それも当然、前回の公演が19979月ですって。
見ているうちに松竹新喜劇の人情喜劇と重なってきた。私には上方言葉とか上方の雰囲気がよくわからないけれど、新喜劇の上方の風情とはちょっと違うかも。歌舞伎だからなのか、扇雀さんも東京の人だからなのか。
それはともかく、気楽に楽しめる芝居だった。アドリブ的に(アドリブじゃないらしい?)客ウケするセリフが入ったりするのも、こういう喜劇だからあはあは笑っていられる。
扇雀さんの2役が面白かった。扇雀さん、オペラグラスなしで見ると、鴈治郎さんによく似ている。次郎八・おつぎという夫婦役を1人で演じ分けるのがミソなのね(前回は鴈治郎時代の藤十郎)。前回公演では留五郎・染香も2役になっていた(勘九郎時代の十八代目勘三郎)。さぞやと想像するけれど、今回は勘九郎・七之助で分けて演じてよかったと思う。
留五郎の勘九郎さんはめちゃくちゃカッコよかった。私はやっぱり江戸っ子が好きだわ。江戸と京都の自慢合戦では、ついつい留五郎に肩入れして、江戸の自慢を自分でも考えようと力が入った。
若い2人、巳之助クンと虎之介クンの代役で出た鶴松クンのカップルがまた「らしく」て、微笑ましく、とてもよかった。鶴松クンは清水大希クン時代からそのうまさに注目していたから、(虎ちゃんには申し訳ないが)このチャンスをしっかり活かしているのが嬉しかった。巳之助クンは「芋掘長者」でもコミカルな面を見せていたが、その才能は三谷幸喜の「清須会議」で認められている。
私にとってのツボは何と言っても七之助さん。とてもきれいで、ちゃっかり芸妓をさばさばと嫌味なく演じていて、かわいかった。扇雀さんの次郎八との遣り取りには腹を抱えて笑った。
タイムテーブルを見た時には95分もあるのかあと戦々恐々だったけれど、全然長さを感じなかった。2つの演目とも悪い人は出てこず、楽しくて、夏の蒸し暑い夜を帰るには一番いいねと思った。
<上演時間>「芋掘長者」40分(18151855)、幕間30分、「祇園恋づくし」95分(19252100

 

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2015年8月10日 (月)

南の島に雪が降る:中日劇場版

89日 「南の島に雪が降る」千穐楽(浅草公会堂)
千穐楽と言っても初日が6日だから、東京公演はわずか4日間、ってことをすっかり忘れていた。2度目のカーテンコールで大和悠河さんが「奇しくも初日は広島に原爆が投下された日、千穐楽は長崎に投下された日」と言っていたのを聞いて、あらそうだったと思い出したのだった。今年ほど広島も長崎も胸にこたえている年はない。「戦争」の文字を見聞きしない日がないせいか、単純に戦後70年だからなのか、「父と暮らせば」を見たせいなのか…。自宅から駅に向かう途中、黙とうをよびかける市の放送が流れてきて、自転車に乗っていた私は心の中で黙とうした。
開演前、3階席のロビーで時間待ちしていたら、ホール1階から大きな声が聞こえてきた。何の騒ぎかと、上から覗いたら日本兵の扮装をした出演者(かな?)がポスターやプログラムを売っているのであった。そのうち3階にもやってきたが、残念ながら私は劇場入りしてすぐに買っちゃったのよね。
さて、この芝居には個人的に特別な思い入れがある。これからの感想はウザいほどの思い入れが基本。すごく長くなるけど、個人的な覚書として残しておきたい。俳優・加東大介がニューギニア戦線で実際に体験したことに基づく物語で原作は読んでいないが、むか~し、テレビで映画版を見てラストに泣いた記憶がある。
実は私の父も加東さんと同じ時期(昭和1810月)に部隊は別ながら同じニューギニアのマノクワリに送られていた。出発前、当時前進座の役者だった加東さんの見送りに兄・澤村国太郎と姉・澤村貞子が現れて大騒ぎになったんだとか(2人とも当時の大スター)。ニューギニアでの演芸部隊の活動を描いたこの物語には父の体験も重なっているのであり、父もその芝居を現地で見ているのである。戦後、加東さんとの手紙のやりとりもしていた。だから何かにつけ、「父もこうだったのか」という思いが胸をいっぱいにする。父は演芸部員ではなかったけれど、父の部隊からは鬘職人が参加している。父によれば、役者の才能もあったそう。というのは、帰宅してから父の遺したある記事を読んで知った。なぜ、父の話をもっと聞いておかなかったのか、なぜもっと早く父と色々話をしなかったのか、と今さらながら悔やまれて仕方がない。
舞台は、市川莚司(加藤徳之助:柳家花緑)の中座の楽屋から始まる。振りの稽古をしているところへ妻・みち代(大和悠河)が赤紙をもってくる。召集は2日後(いきなり明日明後日に召集って言われる。当時は常に心の準備も身の回りの準備もしていたのだろうか)。前進座の役者や妻に見送られて加藤は船に乗る。行先は知らされていない。やがて加藤は演劇評論家・杉山中尉(松村雄基)と偶然出会い、台湾経由でニューギニアに向かっていることを知る。行先のわからぬ不安から、生きて帰れるかわからぬニューギニア(当時はどこでもそうだったろうが、南方から帰還した兵隊たちの間には「ジャワの極楽、ビルマの地獄、死んでも帰れぬニューギニア」という言葉がささやかれていたらしい)へ向かう不安。ただ、彼らが上陸したマノクワリは敵との交戦はなかったようだ。それでもいきなり米軍機の爆撃にさらされる。父もこの時、爆風で叩きつけられ、衝撃で肺を痛め血塊を吐いたが、奇跡的に助かった。しかし、この爆撃で大勢の同朋が亡くなったそうだ。
さて、加藤はマノクワリの兵站病院に衛生伍長として配属される。歌手・及川一郎(今川永喜一等兵:川崎麻世)が悩まされていた<かいかい病>は熱帯性の潰瘍だそうだが、なんとその病名は父がよく口にしていたもので、それだけで涙が出そうになった。マノクワリでは交戦がないものの、飢えとマラリアなどの病気に苦しむ兵士たち。そこで叶谷二等兵(門戸竜二)が持ち込んだ三味線で余興が開かれる(二等兵が三味線、どうやって持ち込んだんだ?)。それが司令官・深堀少将(佐々木勝彦。この人、千秋実の息子だって知らなかった。そう言われれば似ている)に認められ、演芸分隊新設が命じられる。怪我をしている兵隊も、病気で起き上がることのできない兵隊も、上官の前では起立・敬礼をしなくてはならないという厳しさだが、深堀少将はそれを止める温情家のようだ。
マラリアで瀕死の兵士を診察した軍医・円山(加納明)は兵士に「最後にほしいものは?」ときく。周囲は愕然とうなだれる。兵士は「歌…歌がほしい」と答える。すると今川一等兵が「椰子の実」を歌い出す。泣けた。戦地で病や飢えに倒れて死ぬことの意味…。
演芸分隊が活動するにあたって大活躍するのが軍の経理担当・村田大尉(冨家規政。2時間ドラマでよく二枚目犯人役とかやってる。舞台ほうがステキ)。とにかく色々な物資を調達してくる。村田大尉のおかげもあって、ここの部隊はかなり恵まれた状況となる。上にはこれだけの物があるのに、下には普通まわってこないことがピンとこないほど恵まれている。時々思い出したように、ジャングルを絶望的にさまよう兵士たちが登場する。私は以前「北ボルネオ 死の転進」(豊田穣)という本を読んだことがあるので、ジャングルの悲惨な兵士たちの姿に涙せざるを得ない。しかし演芸分隊が兵士に希望を与えるために一生懸命動いていることは重々わかるのに、芝居小屋開設・衣装や鬘・小道具大道具作製・稽古等の準備風景は戦地ではのどかとも思えて、ジャングルの兵士たちの悲惨な状態が観客に忘れられてしまいそうな気がした。

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2015年8月 8日 (土)

魚だけじゃないよ、築地の青果も忘れないで

88日 第35回築地市場やさいくだものツアー
150808tukiji1 ひょんなことからこのツアーの情報を知り、早速娘と2人分申し込んだ。締切日に滑り込みセーフ。募集は30人なのでどうかなあと思ったら当選(あとで聞くところによると、応募総数数百人とか。ラッキー!)。朝650築地市場青果門前集合という、私の最も苦手とする早朝行動にもめげず、3時半起きにて頑張った。その理由は、欲張りだから。このツアーでは、市場見学の後に、果物の食べ放題試食会、そして持ちきれないほどのお土産がつくと聞いたのだ。ほんと、欲張りだよね~。
「月刊日本橋」(という雑誌があるのも初めて知った。業界誌かと思ったらタウン誌だそう)主催のこのツアーは、築地と言えば魚市場ばかりが有名で青果市場の知名度は低い、築地にも青果市場があることを知ってほしいという東京中央青果石川社長のアツい気持から行われているそうだ。築地市場駅のホームにおりたら、魚の干物のにおいが漂ってきた。ちょっと早く着き過ぎてその辺をうろうろしていたら、外国人に場外市場の場所をきかれた。食事をしたいのだそうだ。
そうこうしているうちに集合時間になった。

10
人ずつ赤・黄・緑の3班に分かれ、それぞれの班ごとに市場の方が案内・解説してくれる。市場は見学客がいるからといって動きが滞るわけではない。セリ人の大声、猛スピードで動き回るターレトラック、手押し車、台車等々、活気に満ちた動きを邪魔しないように、そして事故のないようにあちこち見てまわる。
まずはメインのセリである7時からの固定セリを見学。34段の階段式になった台の上に買い手がずらりと並び、反対側にはセリ人がこちらもずらりと並び、テレビでよく見るように、指で次々値をつけて売買が成立する。指で示す数字は19までで、これを組み合わせて数字を作るのだそうだが、一瞬で買い手とセリ人双方が理解し合うその呼吸は見事だ。素人にはま~ったくわからないけど、アイコンタクトで誰が買いたがっているとか通じるみたい。
築地の建物は昭和10年にできたそうで、通路などは当時主に使われていた手押し車用の広さ、現在の様々な動きにはかなりきつい。また、冷蔵で運搬されてきた商品が市場では常温となるといった温度の変化も問題である。今年12月に移転する豊洲は、密閉式で年間を通して空調による温度管理ができるそうだ。
ところで、手押し車って、車輪を支点にして押すのだが、バランスのとり方が非常に難しいそうだ(わかるわかる)。途中で、それを楽々と押しているベテランさんがいて、ちょっと感動した。
150808tukiji2 次は移動セリ。品物のまわりに買い手が集まって値を決める。これもテレビで目にしたことのある光景だ。
それから、仲卸の店舗を見て歩く。昔のアメ横みたい? せま~い通路を駆け足で通り抜けたが、珍しい野菜や果物もあり、もうちょっとゆっくり11店見て歩きたかった。
ところで、美味しい果物の選び方。
ブドウは種があるほうがおいしい。35粒になるように花を間引く。
桃は干ばつ時のほうが、玉は小さいがおいしい。
スイカはちょっとスが入ったほうがおいしい。甘味が入るときにスが入るので。でも切り売りが主となっている今はスが入ると売れないから、店側は包丁を入れる時期を少し早めるそうだ。等級は見た目だけで味には関係ない。日本では赤い果物が150808tukiji3 売れる(果物じゃないけど、パプリカも黄色より赤が売れるんだって)。
興味深い話をもっとたくさん聞いたんだけど、解説の声は時として市場の活気にかき消され、ちゃんと聞き取れないことが多々ありで、あやふやなのでこの辺で。でも身近な食べ物の話を熱心に聞かせてくれたし、見学客からの質問へも丁寧に答えてくれたし、なかなか有意義な時間を過ごした。最初は長そうに思えた1時間だったが、いつの間にか8時になっていた。あんなにたくさん積まれていた箱もどんどんなくなっている。築地では品物をいっさい残さないそう。そんなに売れるのか、消費するのか。すごいなあ。
すでにセリが終わったセリ台に全員が乗り、記念撮影。「買参人以外の方がセリ台に上がることは固く禁止します!」と書かれているセリ台に上がることができるなんて‼ 超貴重な体験‼ 

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2015年8月 3日 (月)

10月歌舞伎座演目・配役発表

10月歌舞伎座の公演情報が発表になった(→ココ)。
昼の部は
「音羽嶽だんまり」
「矢の根」(十郎は藤十郎さん)
「一條大蔵譚」(菊五郎さんじゃなくて仁左様)
「文七元結」(角海老お駒は玉様!!)
夜の部は
「阿古屋」(次の阿古屋は菊ちゃんかも?)
「髪結新三」(肴売新吉:菊五郎って出てるよ‼! ほんと? 新三は松緑さん)





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虎之介クン、休演

虎ちゃんが網膜剥離で8月の歌舞伎座(第3部「祇園恋づくし」)を休演だそうだ。
手術は1日に行われ、経過は良好、大事をとっての休演だということだが、31日に王子で虎ちゃんの若々しく清々しい連獅子を見たばかりでこのニュースだから、ちょっとショックを受けた。
8月31日からの巡業には出るそうだけど、若いといってもくれぐれもお大事に。
なお、代役は鶴松クンとのことです。

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2015年8月 2日 (日)

鴈治郎襲名巡業(東コース)

729日 松竹大歌舞伎巡業東コース千穐楽(北とぴあ)
色々事情があって、迷ったのだけれど(暑いのもその一つ)、歌舞伎が地元に来てくれるんだもの、行かないテはない(王子は正確には地元じゃないけど、広範囲に考えればほとんど地元)。予約時には行かれないかもしれないことを考えて1000円の席にしておいた。結果、行ってよかったし、1000円の席でも十分楽しめたし、上等な歌舞伎が1000円で見られるなんて機会はめったにないんだし(去年の北とぴあも1000円で見たのだった)、7月の締めとして本当によかった。
「引窓」
鴈治郎さんの襲名まで、何度も見ていたにもかかわらず、玩辞楼十二曲だって知らなかった。で、さすがに家の芸だけあって、とてもわかりやすく「良い」芝居だった。
南与兵衛は、出世の喜びが素直に表れていて、それが鴈治郎さんの人柄にぴったり合っていた。侍としての佇まいもよかった。これまで見てきた与兵衛もそれぞれによかったが、鴈治郎さんが一番与兵衛の人となりに近いんじゃないかと思った。
対する松緑さんも濡髪の真摯な性格がよく表れていた。松緑さんには相撲取りとしての色気みたいなものも感じられた。
男の子はやっぱりマザコンだ、ってこの2人を見て思った。マザコンという言葉はちょっと語弊があるかもしれないけれど、2人の母親への甘えが好ましい程度で感じられたのだ。実子と義理の子供とで、微妙にその甘え方は違うけれど、2人がちゃんと母親に甘えているのが何とも微笑ましく、母親への愛情を通して2人の間に共通する感情があるように思えた。鴈治郎・松緑の組み合わせはなかなかよい。
壱太郎クンのお早は色街にいた華やかさ、若々しい色気があって、夫や姑だけでなく濡髪のことも思いやる優しさが感動的だった。
平岡丹平(亀寿)、三原伝造(亀鶴)がこれまでとは違った印象を与えた。これまでは、こちらが濡髪に肩入れするせいか、この2人を勝手に悪役だと思い込んでいたのだが、決してそうではない、2人には仇討をしなければならない理由があったのだ、と今さらながらに思った。
鴈之助さんは2人の子供の間で揺れ動く母心を見せ、
見事にピンチヒッターをつとめられていた。とはいえ、寿治郎さんでも見たかったな。
悪人が1人も出てこない、情愛たっぷり、切ない物語である。

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