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2015年10月18日 (日)

貴重、蔵王権現が一堂に:「蔵王権現と修験の秘宝展」

1016日 蔵王権現と修験の秘宝展(三井記念美術館)
三菱の次は三井へ。
先に見た人から私が好きそうな展覧会だと聞いて、蔵王権現って何のことやらほとんどわからずに出かけた。確かに私の好きな展覧会で、蔵王権現がこんなに集められた貴重な展覧会は二度とないかもしれない(少なくとも私の生きている間はないに違いない)から、図録がほしい‼ もう図録は増やすまいという気持ちと激しく戦い続けて、結局図録は諦めた。
展示されているのは、金峯山寺(修験道の根本聖地だそう)、大峯山寺、如意輪寺、櫻本坊、吉野水分神社、三佛寺などが所蔵する蔵王権現像や仏像、役行者像、曼荼羅図、鏡像など(国宝、重文を含む)である。
蔵王権現とは正しくは金剛蔵王権現というらしく、金峯山寺のHPから丸写しさせていただくと、「権現とは権(仮り)に現われるという意味で、本地仏の釈迦如来(過去世)、千手観音(現在世)、弥勒菩薩(未来世)が権化されて、過去・現在・未来の三世にわたる衆生の救済を誓願して出現されました。また金剛蔵王とは、金剛界と胎蔵界を統べるという意味も表しています」。「金峯山に役行者神変大菩薩が白鳳年間(7世紀後半)に修行に入り、修験道独特の本尊・金剛蔵王大権現を感得されます。」
展示されている蔵王権現を見ると、どれも憤怒の形相で右手、右脚を上げていらっしゃる。展示室1にあった弥勒上生経残闕(個人蔵‼)は経筒に入れて立てに埋納されていたため、長年の間下部にしみこんだ水で下半分欠失のまま出土したそうだ。もったいないけれど、上半分がきちんと残っていてよかった(この特別展のHPに写真が出ている)。
展示室2には国宝「双鳥宝相華文経箱」が1点のみ。白河上皇が埋納したと言われると知ると、なんだかおごそかな気持ちになる。こちらは後期のみの展示で、前期の「藤原道長経筒」も見たかったな。
展示室3は写真展「大峯奥駈」(六田知弘)。険しい岩山を修験者たちがロープや鎖を使って登る様子や、かの有名な<西の覗き>の写真が展示してあった。すべての展示の最後に修験道に密着したビデオが流れていて、私は時間がなくて全部は見られなかったが、それでもその厳しさ―― ―般人も含まれているのか、自分勝手な行動が全員の命にかかわるなど、リーダーの言葉をおろそかにした者への厳しい注意等――が余すところなく伝わってきた。
展示室4では聖徳太子立像(重文、HPに写真あり)、童子立像(重文)が、ともに目尻を吊り上げた表情で印象的である。太子像は太子16歳の時、父の病気平癒を祈っている姿だそうだ。阿難立像・迦葉立像は2軀で一対をなすようで、若者である阿難に対し、迦葉はあばら骨の浮き出た老人であるが、その表情から強い意志を感じた。役行者の坐像は穏やかな悟りが表れているようであった。
展示室5の鏡像は線刻であり、はっきり見えないものもあったが、くっきりとしたものは細かい線刻が素晴らしく、見えないものもきっと同様に素晴らしいだろうと想像できた。
展示室6には三佛寺の投入堂古材、棟札が展示されていた。三徳山三佛寺の投入堂(国宝)は断崖絶壁のくぼみに建てられたお堂で、平安時代創建ということだが、こんなところにどうやって建てたのか不思議でならない。役行者が法力でお堂を掌にのるくらい小さくして、エイッと投入れたのでその名があると言われているのだとか。本当に、この話を信じたくなるくらい、断崖絶壁に絶妙なバランスで建っている。大正時代に修復されたそうだが、それだってどうやって修復したのかと不思議。
展示室7にはその三佛寺投入堂に安置されていた蔵王権現像や狛犬、神像などが展示されていた。蔵王権現はみな右手右脚をあげているのだが、ここではただ1軀(重文、三佛寺)、左手左脚を上げていらっしゃる蔵王権現像(重文)があった。
修験についてはこれまでテレビで見るのみで遠い世界のことであったが、この展覧会によって修験が少し身近に感じられ、厳しい場所にある修験のお寺のせめて近くまで一度行ってみたいものだと思った(断崖絶壁の岩登り、西の覗きは絶対ムリだから)。

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