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2016年1月

2016年1月30日 (土)

小狐礼三、千穐楽

127日 「小春隠沖津白浪」千穐楽(国立劇場大劇場)
久しぶりのリピート。初回は最前列をフンパツしたので、今回は3階最後列、一番安い席で観劇。今ごろになって気がついたんだけど、国立の23階の座席は舞台に対して少し斜めになっているのね。だから花道が見えるんだ(って、ほんと10年も経って気がついたというか、意識に入ってきた)。
そうそう、2階の一番前で注意事項を言う女性、滑るような足取りで下までおりたのがとてもきれいで見とれた(私の席からはスカートの上の方までしか見えないから、本当に滑っているように感じた)。
以下、2度目だから箇条書きで。
・序幕幕開き、菊之助さんが操る狐の人形はまるで歌舞伎役者のような動きで、表情も色々に変わる。菊之助さんが人形の遣い方をよく学んでいるのがわかった。前回書かなかったけれど、ここはプログラムができた段階では入っておらず、後から加えたもの(演出の変更がプログラムの中に入っていた。ほかに三幕目、大詰にも演出の変更があった模様)。
・千穐楽は平日にもかかわらず、客席はよく埋まっていた(見える範囲でね)。そして反応もとてもよく、数馬と花月の痴話げんかとか、小さなことにもたびたび笑いが起きていた。
・二幕目第一場(矢倉沢一つ家の場)で、迷子探しのお百姓さんたちが一休みする。雪の積もった岩台に腰かける人、雪道に膝をつく人。冷たくないのかしら…なんてね。
・早助のチャリ場。「えっさっさ」と花道から出てきて上手の通路を通って再び花道から舞台へ(これだけでも十分可笑しい)。小田原へ向かう途中道に迷っているのだ。「あんまり広いんで、やっと決まった新国立競技場かと思った」。同じ道に出たと知った早助の「♪この道は~いつか来た道~♪」に、百姓の八重之さんが「チン」と鐘ひとつ。
・同チャリ場。白い狐を美しい娘と思い込んで「びっくりぽんや」(このセリフは前回はなかったと思うが、気づかなかっただけかしら)。狐に化かされて、「俺の言うことを聞くなら、香合(これを盗んだのが早助。みんながこれを折っている)どころかマイナンバーも教えてやる」。裸になって「安心してください、穿いています」。五郎丸ポーズも。
・これら狐との遣り取りは、狐は喋らずポーズだけ。それを橘太郎さんが大真面目に化かされ、1人で解釈してセリフにして動いているのだ。それで笑いを取る橘太郎さんの演技に改めて感心した。
・雪の場では小狐礼三が田舎娘胡蝶として暮らしている。菊之助さんの女方はここだけ。きれいだ~。ここへ修行者が訪ねてくる。実は船玉お才という女盗賊なんであるが、時蔵さんの珍しい修行者姿‼ この一軒家では礼三のもつ髑髏の目が赤く光る。この髑髏は後にも活躍(? いや、髑髏そのものが活躍するわけじゃない)。
・月の場ではだんまりが楽しめる。だんまりは猟師・牙蔵(権十郎)、礼三日本駄右衛門(菊五郎)、お才、そして途中から梅枝・右近・亀蔵の3人が加わり、礼三はすっと煙の中に消える。牙蔵の出番がここだけなのが物足りない。ワケありそうな人物なんだけどな。
・三幕目、吉原三浦屋の場面で、萬次郎さん(傾城深雪)が喋ると客席から小さな笑いが起こったのはなぜ? 後半はそうでもなかったけれど、前半は喋るたびにという感じだった。礼三に寄り添う深雪が可愛かった。
・大詰、赤坂山王稲荷鳥居での立ち回りに満場の拍手。
2人返り越しは位置が高い(ふつうは越される方は膝をついて丸まるが、今回は中腰)。花道を横に使ったトンボ(あの幅で‼)。危険な立ち回りが約10分続いた(怪我なく千穐楽を迎えてよかった)。菊之助さんの動きも軽く、見応えあった。鳥居がほんと、よくできている。
面白かった、楽しかった。
これで、1月分は積み残しなし。

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2016年1月29日 (金)

浅草歌舞伎第二部

124日 浅草歌舞伎第二部(浅草公会堂)
通しはきついし、この日は相撲の千穐楽だから第一部が終わった後、両国に行きたかったんだけど、チケットを取る時にはこの日しかなくて…。浅草寺にお参りに行って、並んでいつもの大学芋とスイートポテトを買って、浅草公会堂では舟和の芋ようかんを買って、こんなに芋ばっかりどうすんの状態。しかし、日曜日の浅草はどこも行列だったなあ(とくに天ぷらと浅草メンチ)。芋屋さんもこれまでで一番並んでいた。
「お年玉ご挨拶」
国生クン。この後すぐ「毛抜」に出るため、顔と頭は拵え、黒紋付きに裃姿で登場した。型通りの口上の後、普通の口調でいきなり「毛抜」の説明に入ったが、松也さんのようなくだけた口調ではなく、ていねいで少し硬いのが初々しい。「四の切」の説明では、「四の切の前に鳥居前で忠信が源九郎義経の名と静を託される。余談だが鳥居前は今月父が歌舞伎座でやっている」と言って拍手を受けていた。お願いとして「ひとつ、ケータイは非常に空気が読めない。鳴ってしまうと役者よりもお客様が目立ってしまうので電源を切ってください」(お客が目立つという注意は初めて聞いたが、なるほどと思った)。「ふたつめ、楽屋は隼人おにいさんといっしょなんですが」と隼人の写真集を取り出し、「買ってくれると終演後サイン会があるのでよろしく」。私もあとン十歳若かったらね~。
「昨年20歳になった。今年橋之助を四代目として襲名する。そこで『あさくさ』を読みこんだ決意を。せをたくさんかいて、んにん兄弟仲良く力をあわせ、におから橋之助へ、いこうのお芝居を届ける」ときれいにまとめて終わった。
松也さんは10分たっぷり使ったが国生クンは5分強だった。
「毛抜」
巳之助クンの弾正、細身ながら線の太さもあり、声も太くよく出ており、全体にやや硬いところがみられたが、それでいて團十郎さんの大らかさとはまた違った大らかさ(鳥がはばたくような自由さとでも言おうか)が感じられ、魅力的だった。そういえば、2005年国立劇場の歌舞伎鑑賞教室で錦之助さんが弾正をやった時には、セリフのトーンまで團十郎さんの指導が沁み渡っていたっけと、今回小野春道の錦之助さんを見て懐かしく思い出した。巳之助クンは時々セリフにもうちょい、というところはあったものの、お坊吉三よりはるかによかった。そして何と言っても動きにメリハリがあり、爽やかだ。色気がほしいが、回数を重ねることにより自然に出てくるようになると思う。そうか、巳之助クンの弾正とは考えなかったが、将来も大いに期待できるね。
弾正の「これでおひらきに」のセリフ直後、「ごくろうさん‼」と声がかかった。

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2016年1月28日 (木)

浅草歌舞伎第一部

124日 浅草歌舞伎第一部(浅草公会堂)
去年はインフルエンザで行かれなかったため、2年ぶり。日程的に苦しく、一部、二部の通し観劇となった。久しぶりの浅草はよかったんだけど、筋書き割引券3枚は三越、歌舞伎座、演舞場で使っちゃったため、浅草の分がなくなっちゃったよ~。今月は松竹座、南座も含めて6館あるんだから、せめて4枚ほしかったよな~(って、ちょっとケチ?)。座席は3階。暑すぎる。眠くなりそう…。
「お年玉ご挨拶」
松也さん。口上を型どおり述べると、マイクを握ってくだけた調子になり立ちあがる。「残り3日となり一安心というところ。ここまでやってこられたのは皆様のおかげ」。「浅草は4回目、初めてのお年玉ご挨拶を思い出すと恥ずかしい」というその恥ずかしいご挨拶は、「近くに松屋デパートがありますが、私尾上松也もよろしく」だったそう。失笑ものだって、自分で言っていた。さらに「出演者の中でタイプは?とお客様にきいたことも恥ずかしい。でも10年経った今、若かりし頃を思い出して同じ質問をします。当時は浅草メンバーだったが私も少し年をとったので、歌舞伎界全体でということで」。客席にはおりず、「こういう時って、みんな目をそらすんですよね」と客席を見まわしたら、手を挙げている人がいた。タイプは「種之助さん」だそう。おおい、そこはやっぱり「松也さん」でしょうに。「種之助さんは今回は出ていないけれど、又戻ってきてくれるでしょう」とソツなくまとめた松也さんでした。
この後、演目の説明に入り、「詳しく知りたい方はイヤホン、プログラムを。歌舞伎のプログラムというのは、珍しくほぼオチまで書いてある」と笑う。そう言われてみればそうだわね。「ケータイは便利でアラームを設定していると電源を切っていても復活して鳴らしてくれるので、アラームも切って」とのお願いで、再び口上口調で終わり。慣れた口調で10分フルに使っての楽しいトークだった。
「三人吉三 大川端」
おとせの梅丸クンが初々しくて、可愛い。素直な人柄が出ている。
隼人クンはゴツいが女装の少年ということだからOKだろう。ずっと以前、女方を見た時は、この子この先どうなっちゃうんだろうと不安がいっぱいだったが、格段の進歩である。本当に成長した。男→女→男の変化に客席から笑いが起きていた。きりっとお坊に対峙する顔がよかった。
巳之助クンは立ち姿がカッコよかったが、セリフは平板というのか面白みが感じられなかった。和尚に刀を押さえられている間も、隼人クンのほうが緊張感(刀が自由になったらすぐに又戦うぞという姿勢)があった。
錦之助さんに年齢的な違和感は覚えなかったが、芸の深みはやっぱり違う。
芝居としては全体にテンポがあまりよくないなという感じだった。
「土佐絵」
国生クンは巳之助、新悟クンに比べると、踊りがこなれていなくて、教科書通りに手順を追っているような印象を受けた。それでも以前に比べればずっとよくなっていて、努力の跡が窺えるし、楽しんで踊っているんだろうなという感じはする。たまたま見た橋之助一家密着で、「顔が大きい人が羨ましい」と言っていたけど、国生クンだって決して小さくはないと思うよ(お父さんにはかなわないけどね)。舞台映えするから顔が大きい方がいいと言う若者、歌舞伎役者だね~と感心した。3人の中では新悟クンに貫目を感じた。
後半になってやっぱり眠くなってしまった、前半は大丈夫だったのになあ。

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2016年1月24日 (日)

初春花形歌舞伎:演舞場

122日 初春花形歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
「車引」
通常と違って、上手より登場の梅王丸が花道七三で立ち止まった時に、下手より登場の桜丸が「梅王丸か」と声をかける。松王丸(獅童)には凄みがあったが、梅王丸(右近)に思いのほか力強さが感じられず、全体に迫力が今一つだったような気がする。客席もさほど盛り上がりを見せていなかったような…。
時平の市蔵さんは体は大きくないのに、悪の大きさ、不気味さがよかった。
杉王丸、誰かと思ったら廣松クンで、へ~こんな役もやるんだと感心した。
「白浪五人男」
海老蔵さんの女装には以前のようなごつさは感じなかったが、鋭さは隠せない。番頭とのお決まりの役者問答(?)は客に大ウケしていた。男だとバレた後の「ごめんね」は、なんか肩すかしを食ったような気分だった。海老蔵さんと獅童さんの弁天・南郷コンビは微笑ましいワルさ、素のやんちゃさ、鋭さは2人ともニンで息もぴったり。海老蔵さんはビジュアル的にも申し分ない。だけど自分の好みで言ったら菊五郎さんや菊之助さんの弁天。海老蔵さんには多分、スキっと粋な印象を受けないからかも(セリフが粘っこい気がする)。それでも海老蔵・獅童コンビのもつ退廃的な若さ、凄みは効いていて、これから何回も演じられることを願う。
大屋根では弁天に悲しみが感じられてハッとした。通しだとそのへんがよくわかるのだが、今回のように間を抜いてもそれが伝わってきたのはとてもよかった。
浜松屋では、確かな芝居をしていた鷹之資クンの成長ぶりに目を瞠った。それにしても、鷹之資クン、久しぶりに見たなあ。
勢揃いでは、市蔵さんの利平、右近さんの駄右衛門、みんなよかったが、笑三郎さん(赤星十三郎)が突出していた。やわらかさが程よくて、セリフの発音もとても美しく心地よかった。

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2016年1月23日 (土)

言いた~い、言えない他人の秘密:「七つの秘密」

121日 「七つの秘密」(紀伊國屋ホール)
AGAPEStore復活第2作(1作目は201412月、中島らも作「君はフィクション」)。「七つの秘密」は松尾貴史さんに頼まれて細川徹さんが書いたのだそうだ。演出はG2
ある会社のある課。課長の溝口(大高洋夫)以下6人の社員が働いている(事務の市川:松尾貴史、事務の勅使河原:池田純矢、経理の鈴木:宮崎秋人、経理の川島・シルビア・グラブ、営業の黒木:東加奈子、営業の水野:坂田聡)。7人のうちの6人にそれぞれ重大な秘密がある。それが次々明らかになっていく可笑しさ。秘密があまりに意表を突いている。秘密は、ひょんなことからA社員の秘密をB社員が知り、Bの秘密をC社員が知り、というふうに知られていく。知った方は、とんでもないもの(こと)を見ちゃった、「言いた~い」、でも言えないと身をよじる。それが可笑しくて可笑しくて。知られた方は知られたことに気づいていないか、気づいて秘密を共有する場合もある。社員の1人・鈴木が自分の恋心を知ってもらおうとパワポを使ったプレゼンをするのが可笑しくて可笑しくて。もうとにかく可笑しくて可笑しくて、100分のほとんど笑い転げっぱなし。
ただ1人、秘密がない水野という男は6人の秘密も全然知らない。この男、社内一のお喋りなのだ。みんな、彼にだけは知られたくないと思っている。
さて、6人の秘密は守られるのか。ああ、彼らの秘密、私も「言いた~い」。でもこの芝居はネタバレ厳禁だわ。ただ、キッチュの手品が23つ見られるよとだけ言っておこう。
カーテンコールでは、日替わりで出演者に課題があるらしく、今日は好きな早口言葉。鈴木(以下、役名で)は定番の生麦生米生卵。これいつできたんでしょうね~という誰かの疑問にキッチュが「昭和22年」と答える。もちろん出鱈目。
水野は「新人シャンソン歌手新春シャンソンショー」。川島は英語でPeter Piper picked a~。解説もしてくれた。市川は「ブスバスガイドバスガス爆発」(だったかな)。川島が「私の方見て言わなくても」と突っ込む。課長は学生時代に作ったという「右耳右耳み右耳、合わせて右耳む右耳」(だったかな)。勅使河原は「竹やぶに竹立てかけたのは~」(とても見事な早口言葉で感心した)。黒木は「右耳耳毛出ぎぎみ」とか言って、みんなが理解できず、もう一度言わせたら、耳毛出ぎみなんじゃないのと突っ込まれていた。私は耳毛出気味耳かなと思った。
とにかく、何のメッセージもなく、ただただ笑うだけのコメディ。それでいて、ちょっと怖さも感じた。ああ、もう一度見たいなあ。みんなの秘密を知っても又見たら又笑いっぱなしになりそう(紀伊國屋ホールの椅子はやっぱり苦手だけど)。でも明日で終わりなの。見られな~~い。

<上演時間>100分(14001540

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2016年1月22日 (金)

初春歌舞伎座夜の部

119日 壽初春大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
色々あって、最初の「猩々」はパス。今月の歌舞伎座は夜の部だけだから、松緑さんを見ることができないのが残念。
予想通りだが、筋書きにはまだ舞台写真は入っていなかった。
「二条城の清正」
2
度目。1回目は20079月で、清正は吉右衛門さん、秀頼は福助さんだった(忘れてた)。
二条城の場は緊張感があって面白かった。家康の左團次さんがよかったからかも(前回も家康は左團次さんだった)。御座船の場は思いのほか、忠臣と主人が祖父と孫に重なって感動するかなと思ったが、意外と感動が薄くて眠くなってしまった。客席もあまりのっていないように感じたけれど…。前回の感想と今回の感想とがあまり変わらず、自分成長していないな…。
いや、そもそも秀頼、勝頼はダメ息子だと思ってるからかも(「十種香」もね~。でも平岳大の勝頼は、勝頼のイメージを全く覆して、感動的だった。話が飛んじゃった)。
前回の福助さんの役を金太郎クンがしっかり演じており、主君らしさも感じられた。
「吉田屋」
いつもかなり眠くなるのだけれど、今回は頑張れた。
鴈治郎さんの花道からの登場、一瞬だったけれど、「あれ、藤十郎さん?」。花道はよく見えなかったのに、それでも、おやと思った。座敷では、仁左様のような明るいジャラジャラさはなく、どこか子供っぽかった。玉三郎さんとの身長差がより子供っぽさを強調するようだったが、それはそれで悪くないと思った。鴈治郎さんの伊左衛門、好きだな。
歌六さんはやっぱり東京の役者さんだなと思った。何が上方で何が江戸かと言われるとよくわからないのだけど、柔らかさの違いなのかなぁ。
寿猿さんの阿波の大尽が<らしく>てよかった。

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2016年1月21日 (木)

初春新派公演

112日 初春新派公演(三越劇場)
急遽取ってもけっこういい席だったということは、やっぱり空席が目立つ。もったいない。月乃助さんも入団したことだし、第一日本人として新派の火を消してはいけないと思う。ふと気がつくと、私と同じ列のちょっと離れた席に山川静夫さんがいらした。
まずは「ご挨拶」。八重子さんと久里子さんが金屏風の前に立ち、初春の挨拶を述べた後、久里子さんが「嬉しいことがありました。姉からご報告を」と振ると八重子さんが「月の世界から王子様がやってきました」(この言葉のための名前みたいだよね)とにこやかなお顔。そして月乃助さんが登場する。カッコいい‼ 「大家族の中に入って八重子さん、久里子さんを師と仰ぎ(お2人、照れくさそう)、新派を汚さぬよう努力する」という月乃助さんの後を受けた八重子さん、「嬉しいけれど重い言葉」。八重子さんはこの「挨拶」だけのご出演だった。
ところで、月乃助さんの前名は何だったっけ、とず~っと考えてどうしても思い出せず、ついにこの日は出てこなかった。あれほど、段治郎という名前がしっくり素敵に似合っていて、月乃助にはなじまないと思っていたのに、段治郎の名を思い出したのは翌日もだいぶ時間が経ってからだった。月乃助さんは9月に喜多村緑郎を襲名するが、私はやがて月乃助の名も思い出さなくなるんだろうか…(認知症の始まりかも)。
「糸桜」
黙阿弥の娘・糸とその家族のお話で、先年他界された河竹登志夫さんの「作者の家」を原作とした新作のお芝居である。黙阿弥は今年生誕200年であるからして国立でも黙阿弥ものがかかっているし、それをつい先日見てきたばっかりだし、どんなお話が展開するのか興味深い。
あらすじは、ココを見てください。
新作だからか、全体として見るとちょっとぎこちないような感じを受けたが、久里子さん(糸)、月乃助さん(繁俊)、大和悠河さん(みつ)、それぞれがそれぞれの人物像をよく捉えてよく表現していたと思う。久里子さんは、父親への敬愛と父親の作品を守ろうとする娘の固く強い意志が周囲を困惑させることがあっても、貫き通そうとする。その思いや、糸という人の孤独感(糸自身が孤独だと思っていたかどうかわからないが)が切々と伝わってきた。
丸眼鏡の学生姿で通路から現れた月乃助さんのカッコいいこと。新派の風情をしっかり醸し出している(客演した時から新派にしっくり合っていたもの)。あんなに強いくせに雷にだけは子供みたいに怯える糸を寝かしつけるために繁俊が黙阿弥の台本を読み聞かせる場面が可笑しい。棒読みみたいな繁俊に「そうじゃない」とセリフの言い回しを教える糸。月乃助さんにしてみれば、下手に読むのは難しかったかもね。狂言作者になることを条件に養子となった繁俊が、自分は狂言作者にはならない、黙阿弥の作品管理をしたいと糸に告げる場面。いつも糸の言うなりで、「初めて1人で決めた」その決心は、幕開きに逍遥邸内の稽古場で松井須磨子が稽古していた「人形の家」と同じだと思っていたら、繁俊のセリフにもそれがあった。繁俊は逍遥の口利きで河竹家の養子になったのである。最初が伏線となっていたのか。
戯作者にはならないと言い張る繁俊と怒りまくる糸の喧嘩は歌舞伎みたいに「さあ」「さあ」「さあ」となったが、ちょっと唐突な気がした。繁俊の意志は「許してもらえないのなら河竹の名を返上し家を出る」と言い出すほど固い。
さあどうなるか。というところで、時は進み、関東大震災が起こる。いや、その前にみつが産気づくんだったっけ。この時間経過がわかりにくかった。黙阿弥の家(本所)は揺れの割にはきれいだなと思ったが、火事を知らせる半鐘が鳴り、糸たちは土蔵の中の黙阿弥の台本を必死で守ろうとする。被服廠に逃げるといいと勧められたと近所の人たちが言っていたから、糸たちもそちらへ逃げたのだろうか(そっちへは行っちゃダメ、と教えてあげたい)。

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2016年1月20日 (水)

さらば、金さん

中村梅之助さんが亡くなった、と出先で知った。
私にとっては何と言っても金さん。
けっして二枚目ではなかったけれど、なんともカッコよくて、見終わるとスカっとした。金さんは未だに梅之助さん以外考えられないのよね。
伝七の「よよよい、よよよい、よよよい、よい」も忘れられない。
大村益次郎を知ったのも、梅之助さんのおかげ。
それなのに、前進座でのお芝居をほとんど見ていないのが悔やまれる。
ご冥福をお祈りいたします。

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2016年1月18日 (月)

小狐礼三

17日 「小春隠沖津白浪」(国立劇場大劇場)
開演前の獅子舞などのイベントが7日まであるというので7日を取ったのに、すっかり忘れて伝統芸能情報館に寄ってしまった。大劇場の入口に着くと、太鼓を転がしていく和服姿の男性が…。おめでたい気分を味わいそこなった。
でも芝居はとても面白かった。音羽屋の初春芝居はいつも面白いのだけど、ここ何年かのうちで一番楽しめたような気がする(毎年、そう思っていたりして)。その大きな要因は、筋が追いやすいということにあったのではないだろうか。女に入れ込んだ能天気な若殿が悪臣によってお家の重宝を盗まれて勘当されるというお家騒動ものの典型だが、とかく人物関係が複雑になりがちなところ、物語を見ていればちゃんとわかるようによくできていたと思う。そして黙阿弥の面白さも十分活かされていた。以下、ネタバレあります(今年は松緑さんがこの一座にいないのね~)。
暗闇の中、舞台中央に白狐の人形を手にした菊之助さんがセリ上がる。そして白狐を操りながら花道へ(ここは花道横の客席へのサービスもあるような)。白狐ということで安倍晴明を思い出したり、人形遣いの菊之助=白狐でもあるようでちょっと幻想的な気分にもなったり、不思議な感覚であった。 
再び辺りが暗くなり、やがてパッと明るく前が開けた。桜が満開の上野清水観音堂。おお住職は菊十郎さんだ。亀蔵さんは白塗りで座っていても絶対悪役とわかるのが歌舞伎だよね。亀蔵さんが憎らしいんだわ。姫君の右近クンがとてもきれいでかわいい。月本家の若殿・梅枝クンの姫君ナンパに客席、苦笑。でも、この姫君にはすっかりだまされた‼(内容は明かせない)この日は久しぶりの最前列。亀三郎さんの声を目の前で聞くとこんなに大迫力なのか。声の良さは役者さんにとって一つの財産だと思う。もちろん、悪声でも演技力がそれをカバーする役者さんもたくさんいるわけだが。
二幕目、最初は橘太郎さん(悪党一味の早助)のチャリ場。国立初春のチャリ場は菊五郎さんと團蔵さんの絡みだったりしたのが、今年は橘太郎さんが一手に引き受けていた。例年に比べ寂しい気はしないでもないが、橘太郎さんの味のある可笑し味だけで今回は十分楽しめたとも思う。

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2016年1月15日 (金)

ひと月早い一番梅

160115ume1
今朝、梅が一輪咲いていた(いい写真が撮れなかった)。
一昨年は2月7日ごろ、昨年は2月14日が一番梅。
やっぱり今年は暖かいんだね~。
160115ume2
鳥も活発に活動していた。夕方からの寒さは大丈夫かな。

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2016年1月14日 (木)

眠くて眠くての12月分④:歌舞伎座夜の部

1226日 十二月大歌舞伎千穐楽夜の部(歌舞伎座)
160114kabukiza 日動画廊から歌舞伎座へ。
「杉酒屋」は初めて見たが、なかなか面白かった。何年経っても未熟なミーハーには世話場のほうが楽しめる。
恥ずかしながら烏帽子折という職業があるのを初めて知った。何となく求女の変な苗字かと思っていたよ。言われてみれば、確かに<烏帽子折>だわね(<花作り箕作>みたいに<烏帽子折り>って送り仮名が入っていれば間違えなかったのに…としょうもない言い訳)。
お三輪ちゃんの家、けっこう立派な屋台だ。神棚あたりに七夕様が飾ってあるらしいが、310列からは見えない(3階席の難点)。丁稚の子太郎、くるくるくるくるよく働いて感心(これは、子太郎に感心したの)。團子クンがのびのびユーモラスに演じていて、團子クンにも感心。「酒をそんなにがぶがぶ飲んでは味もわからずもったいない」というセリフを嫌味なく言ったのにも、酔っ払いの大人に溶け込んで自然に楽しく踊るのにも感心した。求女が二股かけてるんじゃないかと疑いお三輪に告げる口にも嫌みがない。こういうところ、團子クンのキャラなのかも。達者に舞台を回して引っこんでいった。ここは團子クンにもっていかれたね(もっといろいろ團子出演見たいわ)。ではあるが、一方で長屋の連中、家主(権十郎)の雰囲気もとてもよくて、こういう空気が客を物語の世界へと誘うのよね、と思った。
さて、三角関係。橘姫のお三輪を見下すようなセリフから身分関係の厳しさがはっきりわかるのが面白かった。でもお三輪ちゃんも負けていない。がんばれお三輪ちゃんと応援したくなる。七之助さんがまさにそういうお三輪ぴったりだった。児太郎クンはどうしても容貌のごつさが気になってしまうが、仕草でそれがカバーされていて、不断の努力が窺えた。身分の高い姫としての気位もよかった。松也さんは超二枚目で、2人の女性から思われるのも納得。しかし求女はしょうもないズルい男で、好きになれない(橘姫のことだって、手段じゃないの?と思わざるを得ない)。きれいな3人だが、並ぶとやはり七之助さんが光るなあ。
「道行」は眠くて眠くて…。
「三笠山御殿」、何度も見ているのに(それも、5月に平成中村座で見ているのにね~)記憶がまだら。最初の鱶七登場では、島台投げつけと、酒の中の毒で庭の花が萎れる場面ははっきり覚えているのに、その他の諸々が…。でもおかげで新鮮な気持ちで楽しめた。ユーモラスな鱶七の口調が松緑さんの大らかさにはまって面白い。

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2016年1月13日 (水)

眠くて眠くての12月分番外②:日馬富士&Zaya展

卯1226日 日馬富士&Zaya展(日動画廊)
160113harumazaya 日馬富士を好きなので(伊勢ケ浜部屋が好きなのかも)、歌舞伎座へ行く前に寄ってみた。恐れ多くて普段ならとても入れない画廊、とくに日動に入れただけでもちょっと嬉しい。
富士山の絵がいっぱい。とにかくうまい。どれも美しく、じっと見ていると心が落ち着く、いい絵だ。四季それぞれの富士、「おはようございます」「お疲れ様です」「おやすみなさい」などとタイトルがつけられた富士。無題の富士。横綱がその時々に感じた富士を表現しているのがわかるような気がした。
「父と私」、大きな大きな太陽の光(おとうさん)が雪をかぶった緑の富士(はるま関)を大きく大きく照らし、見守っている。太陽は横綱が好きだと言うゴッホのタッチに似ている。日馬富士の絵にはほんと、惹きつけられた。
もう1人のZaya。報道などでは日馬富士ばかりが目立つが、モンゴル人画家Zayaの絵もとても魅力的だった。モンゴルの伝統的絵画ってどんなものか全然知らないけれど、それなのに「伝統」という言葉がすぐに浮かぶ。そしてそれでいて現代的な印象も受ける。
収益はハートセービングプロジェクト(モンゴルの心臓病の子供たちを支援するNPO)に寄付されたそうだ。モンゴル人力士が大勢活躍しているし、日本人のルーツはモンゴルにあるとも言われているし、この絵画展が両国の交流に役立つことを願った日馬富士の思いに感動した。だからこそね、松鳳山に金星を提供しちゃったのはとても残念(ただし、その一方で松鳳山も好きなので非常~に複雑な気分)。

 

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2016年1月12日 (火)

眠くて眠くての12月分番外:春画展

1222日 春画展(永青文庫)
160111syunga3 曰くつきの春画展、以前から見たかった念願がかなったのが明日終了という駆け込みで。あちこちの美術館がびびって開催を拒否したところを永青文庫が引き受けた――さすが細川の殿様は違うわ。
目白のあの辺は子供~高校生時代けっこう歩いたことがあるのに、永青文庫があるなんて初めて知ったのは不覚。
さて、もともと人気があるのは知っていたが、終了前日ということもあり、入館待ち約20分。出てきた時にはもっと行列が長くなっていたから30分以上の待ちだったろう。小さい建物だし中は狭く、とにかく人・人・人で建物を鑑賞することは不可。春画の鑑賞だって、人の頭の後ろからだったり、何とか列に入り込めても列が動かず次の絵画にいかれなかったり。春画自体は素晴らしい出来ではあったが、解説が160111syunga1 下のほうに展示されているため、2列目からでは読めず、何とか絵の前にたどり着いても位置的に読みにくいのはちょっと工夫がほしかった。
江戸の人たちは庶民も大名もこういう春画を眺めてエロスを堪能していたのか、とくにお金持ちは金銀が施された春画を持つことが楽しみだったんだろうなあと当時に思いを馳せつつ、また、人間って古今(東西)同じなのねと心の中でにやつきつつ、他の人よりは短い鑑賞時間で次から次へと見て歩く(みんな、すっごく熱心にじ~っくり見ていて感心した。私はその熱気に参ってしまって…)。
ざっと見ではあっても、繊細な肉筆、自由な版画、そして豆判の技術の高さははっきりわかり、春画が一つの文化であった(ある、か)ことを認識する。想像力をかきたてるように描かれた控えめな絵、くすっと笑わされる絵、衆道、蛸との交わり…春画はみんな大らかなのだ。無理やりとか暴力的な場面はなく、男女とも大らかに楽しんでいる様子だから、エロエロではあってもいやらしさはほとんど感じない。でもね、直接的な絵の数が多くなってくると、さすがにしまいには「もういいか」という気持ちにもなってしまった。
160111syunga2 あとで図録を買うつもりでいたら、並んでいる間に係員が4000円とアナウンスしているのが聞こえてきて、無理無理、と諦めた。和綴じで全作品(展示は4期に分かれていた)が載っているので十分4000円の価値ありということでけっこう買っている人がいた。やっぱり買えばよかったかなあ。ともかく、春画文化を開放してくれた永青館に感謝でした。

 

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2016年1月11日 (月)

デビッド・ボウイ逝く

すご~く思い入れがあるというのではないけれど、ずっと地獄の王子様的なカッコよさに憧れてきた(地獄じゃないけど「ラビリンス」のイメージが強いのかも。音楽のほうでなくてごめん)。
69歳は若い。ショックだ。天国で安らかにお眠りください。

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2016年1月 9日 (土)

眠くて眠くての12月分③:東海道四谷怪談

1221日 「通し狂言東海道四谷怪談」(国立劇場大劇場)
160109kokuritu なんでこの時期に四谷怪談?と思ったら、そうか、四谷怪談は裏忠臣蔵だったんだと劇場に着いてから納得した(左の写真もその一助)のは我ながらお粗末。ま、いずれにしろあまり期待もせず行ったのだが、なんとなんと、これが面白くて私の中では上位のヒット。55分の休憩も含め5時間近い長丁場であるにもかかわらず、退屈することもなく(途中、睡魔に勝てないところはあったけれど、これは退屈だったからじゃない)、長さを感じなかった。
まずは、南北自身(染五郎)にこの物語が仮名手本の裏物語であること、忠臣蔵の発端を説明させ、足利館門前の場をもってきたことで、「つかみはOK」になった。南北は真っ暗な中、スッポンから浮かび上がり、足利館門前の後再び登場して、なぜこの場面をもってきたかの経緯をユーモアたっぷりに語り、観客は大喜びだし、納得もする。
全体の構成としても忠臣蔵を強く意識したもので、かわりにお袖・直助の物語が無視されてしまった(「宅悦内」「三角屋敷」が抜けていた)のは残念だったものの、ふだんあまり上演されない「小汐田又之丞隠れ家」(コクーンで見たくらい?)や初めて見る「夜討」が入っていたのが興味深かった。昼夜通しで全部見たいと思った。
さて次に、幸四郎さんのスケールの大きさを改めて認識した。というか、弁慶や松王丸より大きい感じが私にはした。華もあり、かつ極貧の浪人生活にすさんだ雰囲気もいい。実は「伊藤喜兵衛宅」のほとんどを寝ちゃったのにもかかわらず、伊右衛門が伊藤家の自分に対する好意にとまどいながらもお礼に出かけ、そこで考えを一変させたというのがよくわかるような気がした。というのも、「おお、岩、今日はちっとは快いか」というセリフには妻を少しは案じている様子が窺えたし、伊藤家へ赴く際の「女房は素人に限りますな」というセリフにもこの時点では岩を離縁使用など思っていないからだ(この後者のセリフは意外だった。初めて聞いたような気がするが、これまでもそんな風に言ってたのかな)。
染五郎さんのお岩がこれまた、とてもよかった。意外と言っては失礼だが、染五郎さんの女方は声にやや難があるのでどうかなと懸念していたのだ。ところが、このお岩さんは美しかったし、声も気にならなかった。武士の妻としての矜持に加えて、ただ運命に翻弄されるだけではない、はっきりした<怒り>が表れていて、現代性を感じた。お岩さんの気持ちがよく伝わってくる。恨みの凄まじさは顔の線がシャープなだけに強烈だった。気が変わった伊右衛門の邪慳を嘆くお岩さんを見ていたら、この日の「あさイチ」のテーマが<モラハラ>だったことを思い出し、なんか切なかった。
染五郎さんは南北、与茂七、お岩、小平、由良之助の5役を演じる。発端で暗闇の中、スッポンから南北が登場し、初演は東海道四谷怪談と仮名手本忠臣蔵を表裏に演じたこと、四谷怪談の登場人物は忠臣蔵に関係が深いこと、足利館の殿中での刃傷騒動が忠臣蔵の起こりであることを簡潔に説明する。そして南北は引っこみ、足利館門前の場が展開したかと思うと、再び南北が現れ、この発端の場を上演するに至った経緯をユーモラスに説明する。平成の人々は四谷怪談と忠臣蔵の関連をあまり知らないので、この発端を加えたいという書状が市川染五郎とか申す役者(「私がよく一緒に仕事をした五代目松本幸四郎の子孫」)から来た。「私がそのものの夢枕に立ち、ちょっと頷いてやると飛び上がって喜んでいた」。という平成の染五郎と江戸の南北を結んだ趣向が面白く、客ウケもよかった。

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2016年1月 6日 (水)

眠くて眠くての12月分②:ひょっこりひょうたん島

1217日「ひょっこりひょうたん島」(シアターコクーン)
こまつ座のハガキによる先行販売では日程が決まらず、抽選販売に申し込んだら、意外にもハズれ。きっと人気だろうなとは思っていたが、見通し甘かったか。ハガキの先行販売ならきっと買えたのに。
2月の公演まで待つかと決めたら、キャンセル販売が出て、思わず購入してしまった。12月半ば過ぎの金曜日夜の部、絶対にこんな日に渋谷なんて行きたくなかったけど…。
座席は
2階の一番後ろ。でも舞台はよく見えた。でも、開演直前に突然モーレツに眠くなって…。
ひょうたん島って、テレビでずっと見ていたし、歌は今でもけっこうすいすい口に出てくるのに、筋はまったく覚えていない。登場人物だって博士(山下リオ。テレビの中山千夏の声が賢そうな博士にぴったりだったな)とドン・ガバチョ(白石加代子。藤村有弘のあのキョーレツな記憶のドン・ガバチョを白石さんが‼ さすが、の白石さんだった)くらいしか記憶になくて、でも芝居を見ているうちに、そうかそうかマシンガン・ダンディ(井上芳雄)もサンデー先生(安蘭けい)もトラヒゲ(小松政夫)もプリン(山田真歩)もいたっけなあと思い出してきた。マシンガン・ダンディ、人形劇でもかっこよかったのに忘れているとは…。

お芝居にもとくにつながったストーリーはなく、色々なエピソードの断片が次々展開していっているように思ったけど、ちょこちょこ意識が遠のいていたので、全然違っているかも。そんなわけでよくわからないまま進行していった。椅子取りゲームだけはっきり覚えている。あとは、生演奏しながら演奏家たちも加わった芝居とか、井上芳雄クンと安蘭けいさんの歌とか…ほかには言われればそういう場面があったなって思い出しそうだけど、今は記憶がぼんやりしている。

というわけで、感想のレベルにも達しない。
2月にもう一度見るので、もう少しちゃんとした感想が書けるといいのだけど…(2月のチケット、座席を間違えちゃった。最前列だ、やった~と思って真ん中辺を取ったら、2階席だった。1階最前列で寝ちゃったら大変だから、かえってよかったかしら。なんてもう寝る心配してる)。
<上演時間>130分(18302040

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2016年1月 5日 (火)

眠くて眠くての12月分①:歌舞伎座昼の部

1212日 十二月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
元々苦手な演目「十種香」と「関扉」。間に「赤い陣羽織」が入らなければ、昼の部はパスするところだった。で、案の定、「十種香」と「関扉」は…。しかも眠い時の記憶というのは、どんどん薄れていく(そもそも12月は眠くて眠くて。とくに昼食後、夕食前は自宅にいても気がつくとこっくりこっくり月間だった)。メモもいつもながらだらしなくてどこかにいっちゃった。と言い訳ばかりで、感想はごく簡単なものでご容赦。
「十種香」
七之助さんの八重垣姫は絵姿に恋い焦がれるという赤姫らしい情念がよく出ていたと思う。美しいけれども味わいが薄いきらいがある若手の中で、七之助さんは美しさと味わいがほどよくにじみ出ているのではないだろうか。現代的にな雰囲気もありつつ古風さも感じられた。
児太郎クンの濡衣は、女方としての成長がみられたと思う。今後そういう味わいが出てくればぐっとよくなるだろうという期待がもてた。
松也クンの勝頼はビジュアル的に歌舞伎らしい美しさがあったが、勝頼の気持ちが今一つわからない(もっとも、これは私の問題で、誰がやってもわからないのである)。
音羽屋亀兄弟の元気のよい動きとメリハリのきいたセリフ、右近さんの貫録が若手の舞台を盛り立て、かつ、締めた。
「赤い陣羽織」
二度目。以前に見たのはもう8年も前のことだったのか。
中車さんのこういう芝居での巧さが「小栗栖の長兵衛」同様、魅せる。登場人物全体に言えることだが、民話の世界そのままという感じがした。
児太郎クンの女房は、ゲジゲジ眉の醜男の<心>に惚れているという心根をずっと貫いていて、とってもよかった。若くてどちらかというと都会的な雰囲気の感じられる児太郎クン(町方で茶屋奉公をしていたという過去も納得)がこれだけ民話の空気に馴染んでいるのには感心した。
門之助さんのおやじも、二枚目から妖怪まで演じる門之助さんの芸の幅の広さを改めて感じさせた。飄々として、いかにもな田舎のおやじは、そうだそうだがんばれ、お代官をとっちめろと応援したくなる。
吉弥さんがいいよね~。前回同様今回もお代官の奥方で存在感たっぷり。この奥方がいるからお代官がお代官としてやっていけるのだ。あんなお代官でも奥方はちゃんと愛情をもっているのね~。
第二場から第三場、お代官の屋敷の門外に変わる間、出演者が客席におりて手拭まきをしていた。私の席には縁がなかったけどね。

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