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2016年2月27日 (土)

ポスターは歴史を語る:「ようこそ日本へ」

226日 「ようこそ日本へ 1920-30年代のツーリズムとデザイン」(東京近代美術館)
観光をテーマにした貴重なポスター展である。大正時代から戦前までのポスターや旅行ガイドブックなどが展示されている。
日本の観光事業は鉄道の発達に伴って始められた。1908(明治41)年に設立された内閣鉄道院が翌1909年には観光ガイドブックを発行しているのだ。大正に入ると観光は人々の人気を集めるようになった。当時は温泉と参詣が中心だったそうで、鉄道院が温泉ガイドブックや寺社案内を出している。
しかしオドロキは、明治時代にすでに外国人観光客誘致を目指して半官半民のジャパン・ツーリスト・ビューローが発足していたことである(1912:明治453月)。ジャパン・ツーリスト・ビューロー、後のJTBである。
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世紀初めの観光ポスターの大半は、鉄道や船会社によるものである。「鉄道院所管線路図」(吉田初三郎、1918年)には、よくもまあこんに詳細な…と驚いた。満鉄のポスター、朝鮮や満洲への旅を誘うポスターを見ると、ああそういう時代だったんだと改めて思う(線路図でもやはり時代が窺われる)。
開運・客船ポスターがかなり興味深い。日本郵船の「船内でカレンダーを手にする女性」(橋口五葉、1913年)に描かれているのは1914年のカレンダーであり、当時これはポスターではなくカレンダーとして発行されたのだそうだ。それにしてはカレンダーが小さいが、ちゃんと見えることは見える。大阪商船のカレンダーはインパクトが強い。「五頭の白馬を御す女性」(町田隆要、1918-19年)からは神話的イメージ(よくわからないけど神功皇后的な)を受けた。強烈なのは「横綱太刀山」(同、1917年頃)で、「大」の文字(大阪商船のシンボルマークだそう)と波が描かれた化粧まわしをつけた第22第横綱太刀山が地球の上に力強く立っている。広げたその両足の片方はアメリカの上にあり、神戸のアメリカ領事館から「アメリカを踏みつけた」と抗議されたそうだ。
大正時代にはもう豪華客船が登場しているのがすごい。浅間丸、竜田丸、秩父丸の三姉妹船(日本郵船)には海水プールがあったというからびっくり。その後建造された新田丸、八幡丸、春日丸は、第二次大戦勃発により海軍に徴用されて空母に改造されたそうだ。三姉妹船を三姉妹に見立てて小磯良平が描いたN.Y.K Line The New Sister Ships1940年)はそういう目で見るせいか、三姉妹の表情があまり浮かぬ感じで寂しそうな気がしたようこそ日本へ」。
ホテルのポスターも興味深い。満鉄が旅順、長春、奉天、星ケ浦に展開していたヤマトホテルは欧米の一流ホテルにも引けを取らない採算度外視の高級ホテルで、満洲における迎賓館的存在だったそうだ。ポスターは歴史を語る。
1932
(昭和7)年には、伊藤深水「道成寺」、川瀬巴水「宮島」、穴山勝堂「富士山」が大変凝った木版画ポスター(木版画をオフセット印刷した台紙に貼りつける)として国際観光局から発行された。国際観光局は外国人誘致の政府機関として19304月に鉄道省に創設されたそうだが、その力の入れようがわかるというものだ。
展示されたポスターについては百聞は一見に如かずなんだけど、こういうポスターはなかなか私たちの目に触れる機会が少ない。それでも「大阪商船」とか作品タイトルで検索すればネットで見ることができる(もっともっと作品タイトル挙げたかった)。ぜひ一見を。
本当にポスターは歴史を語るのだ。
追記:「Three Week’s Trip in Japan」という映像が流れていて、大変興味深そうだったが、25分という長さなので諦めた。残念。

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