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2016年4月22日 (金)

歌舞伎夜話:中村時蔵丈

419日 歌舞伎夜話 中村時蔵丈(歌舞伎座ギャラリー)
時蔵さんが登場された瞬間、やっぱり時さま好きと思った。聞き手は松竹の戸部和久氏。なんとあの戸部銀作の息子さんだそうです。以下、思い出すままに(順不同)。なお、歌舞伎美人と重なる部分は省略しますので、詳しくは歌舞伎美人を。
・戸部氏:「夕立」で菊五郎さんが時蔵さんを犯す場面がエロかった。(私:「夕立」って見たっけ、見たような気もするけど…。帰宅して調べたら見ていた。自分のブログを読み返して、場面場面を思い出した。ブログのタイトルが「江戸のエロス」ってつけてあったから、やっぱりエロかったんだな。私はもう一つ、「盟三五大切」の冒頭、三五郎と小万が船の中で抱き合う場面がエロいと思う)
ここからは時蔵さんのお話。
・幕開きすぐの浅葱幕振り落しは×。すぐにきれいな背景を見せたいところだが、必ず、演奏または小さな芝居を入れるのが約束。(私:なるほど、だいたいいつも浅葱幕の前で、45人が出てきてなんか話したりしてるなと思っていたけど、これってお約束だったんだ)
・見得の時のツケは同時に打つが、本来は見得の後一呼吸あって「チョーン」と打つと見得が大きく見える。土蜘蛛など大きな芝居の時にはとくにそれが映える。しかし誰もそれをやらない。(私:これまで気がつかなかった。一息おいてのツケはぜひやってほしい)
・集中しすぎるとたまに勘違いが起きて、つらねなど、自分のセリフが出てこないことがある。赤星の時は前の人のセリフの間ずっとセリフを頭の中で繰り返しているがふっとわからなくなることがある。それでも一言出るとすらすら言える。加賀鳶はめ組の喧嘩などのつらねは、わからなくなったらとにかく名前を言えばいい。しかし先の人が間違えて後の人の名前を言ってしまうことがある。そういう時は適当に作って言う。(私:「稲瀬川勢揃」なんか、万が一セリフが出てこなくなったらどうするんだろう、と毎回けっこうハラハラしながら見ているけど、やっぱりそんな不安は役者さんにもあるのかもね)
・デスマスクは石膏で取るので苦しい。全部ふさいだ後、鼻の穴に管を通す。しかし石膏は寝て取るので平ったくなって取れてしまう。今は3Dプリンタがあるのでそれで取ればきれいに取れるのではないか。ただお金がかかる。
・最近は早替りでも平気で顔を見せるようになった。デスマスクがあるのでそれが可能になった。しかし、早替りの場合(葛の葉など)、同時に同じ人が舞台にいてはいけない。少し間をおいて、出てこなくてはいけない。同時に出たのは「十二夜」。最初は船上の場面で2人が同時に出ていた。自分はなんか変だなと思ったが、ニナガワさんにそんなことは言えない。しかしそのうちニナガワさん自身が気づいたらしく、同時に出てくるのはなくなった。ラストだけは同時に出てくる。
・昔、歌右衛門のおじさんに教わるためにハワイまで行ったことがある。直接伺うのは恐れ多いので梅玉にいさん(歌右衛門さんと一緒にハワイにいた)に電話してアポをとるのに「どうでしょう」ときいたら、「大丈夫でしょ。電話でもいいよ」と言われたが、既にチケットを取ってあったので、ハワイまで行って教わる約束を取り付け、日本に帰ってから教わった。
・芝居にはいくつかの型があるが、それをやる人がいないとその型がなくなってしまう。「封印切」は延若型と藤十郎型と仁左衛門型があるが、延若型はやる人がいない。(私:職人がいなくなるのと同じかも)
・教わったら、一度は必ずその通りやらなくてはいけない。徐々に自分の解釈を加えて行く(私:「天才と名人」にもそう書いてあった!!)。

・自分も教える立場になってきた。七之助クンに葛の葉を教えた。障子に書く文字は、その前に半紙に上手に書けないと書けない。勘九郎クンも七之助クンも学校でちゃんと習字を習っていないと言う。今回あらためて専門家に習いに行ったようだ。
・道具帳は貴重。自分の家には祖父の時代の道具帳がある。それは奥村土牛が描いたもの。昔は道具帳がなく、大道具が適当に作っていた。それをきちんと道具帳にしたのが???(私:名前、聞き取れなかった)。それをもとに、その都度、役者の意見なども反映されて道具ができあがる。
・みんなが初役の時、誰か1人でもその芝居を知ってる人がいれば、芸を伝えられる。古いお弟子さんは貴重な存在。うちには時蝶がいる。小山三さん、歌江さんと亡くなったのは残念。しばし歌江さんの思い出話。
・三津五郎(時さまが「三津五郎」と呼び捨てにしたのでそのまま)とは「喜撰」をどう見せるか、互いに工夫した(少し声を詰まらせていた)。
・女方は常に相手を立てる。相手に合わせる。芝翫のおじさんに教わった時、「相手は誰?」と聞かれ答えると、「ああ、あの人はたしかこうだったんじゃないかしら」と。教わったことと違う型を相手が要求してきた場合は教わった先輩にお伺いを立てる。


歌舞伎夜話は初めての参加だったが、こんなに楽しいお話を聞けるなら毎回参加したいくらい。最後には写真撮影タイムもあるし…。とはいえ、なかなかそうもねえ。歌舞伎座にもっと近い所に住んでいたらなあ…。

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コメント

こんにちは。

歌舞伎夜話、ついにいらっしたのですね♫
詳しいレポありがとうございました。興味深いお話ばかりですが、やっぱり「三津五郎」のところが一番心にきます。呼び方からも同い年のつながりの強さが感じられます。読んでいてもうるっときます。。。。

聞き上手の戸部さんて空海の脚本を書いてらっしゃるんですよね、のからつぎでした。

投稿: からつぎ | 2016年4月23日 (土) 07時32分

からつぎ様
こんにちは。コメントありがとうございます。
歌舞伎夜話では、初めて知る話も多々あり、「へ~」と驚いたり、「うんうん」と共感して頷いたり、でした。「歌舞伎美人」に出ているので省きましたが、「宗五郎」を次回見るときには茶碗に注目しようと思いました。
「三津五郎」と時蔵さんの口から出た時には、私もその思いを感じてはっとしました。今さらながら、三津五郎さんを失ったことが悲しく残念でなりません。
戸部さん、「空海」の脚本を書いていらしたのですか。お話の中で出たかどうか…聞き漏らしたかもしれません。歌舞伎の脚本は、ただ書ければいいというものではなく、歌舞伎を知っていないといいものにならない、というお話が時蔵さんからありましたが(もちろん、松竹の芸文を褒めて)。
「空海」は明日拝見します。

投稿: SwingingFujisan | 2016年4月23日 (土) 14時00分

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