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2016年6月

2016年6月28日 (火)

ビートルズ来日50年

50年前の6月29日、ビートルズ来日。
初めてビートルズを聞いた時の衝撃。多くの人と同様、私も虜になった。
どの曲も大好きで、ベスト10さえ決められない。
全然古くないでしょ、ビートルズの曲は。ただ、ちょっと驚くのは、当時はかなり速いテンポだと思っていた曲が今はそうでもないこと。それだけ世の中のテンポが速くなっているんだろうな。
ビートルズにまつわる個人的な思い出の数々――笑っちゃうようなこともあれば…へへ、懐かしいわ~。

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2016年6月27日 (月)

結論なんて出せないよ

今朝の「あさイチ」は延命治療についてだった。
母の施設に、緊急時の延命措置についてどうしたいかという家族の意思確認書を提出したし、切実な問題なので強い関心をもって見た。
延命措置――主として人工呼吸器をつけるかどうかという確認だった。十分高齢とはいえ、できるだけ長生きしてもらいたいのは娘の願い。しかし、いったん呼吸器をつけると、はずせないそうなのだ。父の入院先で人工呼吸器をつけている患者さんを見るたび複雑な気持ちになったし、未だにその人を思い出してつらくなる。母を苦しませないのが一番だから、ただ生かされているだけのように見える人工呼吸器は不要、確認書には延命措置は希望しないと書いて提出した。
でも、果たしてただ生かされているだけなんだろうか。家族が面会に来て、体を拭いてくれる時はやっぱり嬉しいんじゃないだろうか…。ベッドサイドに飾ってあるお孫さんの写真はその人の生きる励みになっていたんじゃないだろうか…。
胃瘻も悩みどころだ。口から食べられなくなったらおしまいだと私は思っているから母に胃瘻をつけるつもりはない。でも、果たしてそれでいいのだろうか。「あさイチ」でも、親の意思に反して胃瘻をつけた人の「これでよかったのか」という悩みはよくわかる。一方で、つけなかった人の「自分が親を殺してしまったのではないだろうか」という後悔・苦悶もよくわかり、泣けた(私もきっと、その後悔にさいなまれると思う)。
父が点滴で栄養を入れていた間、これで空腹は感じないのかしら、のどは乾かないのかしら、と何度も心配になった。実際、父の口の中は痰の吸引もあって、カラカラ、血の塊があちこちにこびりつき、見ていられなかった(その時にはもう意識がなくて、お医者さんに訴えると「本人はお花畑ですよ」と言ったけど、それは本当なのか、慰めなのか…。こっちは当然ながら経験ないからわからない)。
母の場合はもう十分な高齢だから、延命はしないだろう。でも母が10年若かったら、結論は出せないと思う。いや、今だって迷っている、悩んでいる。自分は子供にそんな悩みをもたせないためにも、しっかり延命拒否の意思表示をしておかなくては。それでも、子供は結論を出せず悩むと思うな。

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2016年6月25日 (土)

女子会でテンション↑

昨日、大学で仲の良かった4人が久しぶりに集まった。場所は新横浜。私は楽な経路を取ったため、ヘタをすれば静岡県から新幹線で来る友人と同じかそれ以上の時間をちんたらとかけた小旅行(乗換案内では、東京から新幹線に乗れって出てくるのよ)。たまにはそれも楽しい。
去年の女子会には参加できなかったし、その前のことはよく覚えていないけど、彼女に会うのは何年ぶりだろう(ってことは、4人揃って会うのも何年ぶり)。集合場所に歩いてくる姿を見つけた時、あんまり懐かしくて思わず泣きそうになった。学生時代、夏休みに帰省する彼女を新横浜で見送った思い出が甦る。あの頃の新横浜は畑だか田んぼの真ん中にある田舎の駅だった。
さて、4人のバアさんたちの話は、ン十年前のコイバナが家族の話や健康話に変わり…。年寄が集まるとあっちが痛いこっちが痛いで医者通いの話になるとはよく言われることで。自分は年をとっても絶対そうはならないぞと固く決めていたのにね~。私自身、あっちもこっちも痛いからね~。4人の中では唯一早生まれで一番若い私が一番老化が早いだろうなあと思っていたら、みんなも同じようにそれなりにトシをとりつつある(その陰には乗り越えてきた問題や苦労が…)。ちょっとほっとしたり寂しかったり。
私は小・中・高ともそれぞれクラス替えがなく、上の学校にあがる時は別のクラスだった子と一緒にはなるものの顔を知らないわけじゃなし、本当に1人で未知の世界に出たのが大学だった。友達できるかしら、と子供みたいな不安を抱え、最初に口をきいた友人が4人の1人。クラスもクラブも一緒だった3人と、今もこうして、話の内容は変われど昔のままにお喋りできて、昨日はテンション上がったなあ。
そろそろ先のことも視野に入れておかなくてはならない年齢になって、来年もまた全員元気で女子会ができますように、と願わずにはいられない。

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2016年6月24日 (金)

あさイチ、ラブリン

プレミアムトーク、ラブリンだ!!
愛一郎さんも出てた。

パソコンつけるの遅かったからこの時間になったけど、「とと姉」流れで見ていてびっくりした。

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2016年6月23日 (木)

しばし…

今月は約3週間、時間と神経を使う仕事でめちゃくちゃ疲れた。
やっと終わって2~3日ダラダラして、さあ観劇の感想書くかという時、又別の、時間と神経を使う仕事がきた(7月初めにくるって言ってたのに、7月初めに締切だってbearing)。
というわけで、歌舞伎も美術展も見てるし、今月残りもたくさん見るのに、感想が書けない。
トシをとって疲れが強くなったり時間がうまく使えなくなったのもひとつの言い訳coldsweats02
というわけで、観劇の感想は7月の締切後までしばしお休みすることになると思います(後になるとその時の情熱が薄れちゃうんだけどね)。ブログそのものは毎日じゃないけれど続けるつもりです。ごめんなさい。

お勧め美術展を2つ。
「ポンペイ壁画」展。今日見てきた。素晴らしいです。7月3日まで。
「ほほえみの御仏」。2体の半跏思惟像に心が洗われます。7月10日まで。


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2016年6月21日 (火)

一番の必需品は携帯…かな

又、携帯を忘れて出かけてしまった。
今日は息子との待ち合わせもあり、気がついた時によほど戻ろうかと思ったが、迷った末にそのまま電車に乗った。寝て行くはずの電車だったのに、「やっぱり戻ったほうがよかったかしら」「戻るべきだったかしら」「戻るべきだった」とくよくよ考えてしまい、一睡もできなかった。
幸いなことに、何事もなく無事に息子に会えたし、帰宅して確認した携帯には大事な用件も入っていなくてほっ。
だけど、携帯がないと、まったく不便、不安。
息子に携帯を忘れたことを連絡もできないし、息子の電話番号を知っている人の電話番号も携帯なしじゃわからないし。完全にお手上げ!!(手帳に必要な番号くらい書いておこう)
そして乗換案内などの情報が入手できない。
さらには退屈しのぎができない(今日は荷物を出来るだけ少なくしようと本は持って行かなかった。それに重い荷物を肩にかけ乗った混んだ車内では携帯くらいしか見ることができない)。
もう一つ。地震とか災害があった時にきっと途方に暮れる。
ほんと、不便、不安。
なのに、よく忘れるよね~、我ながら。

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2016年6月20日 (月)

尺には尺を

611日 「尺には尺を」千穐楽(さいたま芸術劇場)
シェイクスピアシリーズ第32弾(残り、あと5本)。先にカーテンコールのことを言うと、2回目に蜷川さんのパネルが下りてきて(「MUSASHI」の時の井上ひさしさんのパネルを思い出した)、思わず涙が出た。あらためて、ご冥福をお祈りします。

開演前、俳優が舞台で思い思いに準備体操したり発声練習したり、お喋りしたり。その中で白いドレスの女性、ひときわほっそりして顔が小さいからオペラグラスがなくてもすぐに多部(美華子)ちゃんだってわかった(多部ちゃん好きだから、オペラグラス忘れたの痛恨の極み)。やがて舞台に壁が立ち、衣裳がかけられたハンガーラックが運び込まれて、それぞれが自分の衣裳(マントとか上衣類)を身に着け、全員が並んでお辞儀をすると芝居が始まった。
最初の30分は眠かった。大まかには見ていたのだけど、時々瞼が落ちる。その後、やっと面白くなってきて第2幕はちゃんと見た。
真っ直ぐで才気煥発、よく喋るイザベラは多部ちゃんにぴったり。多部ちゃん自身のストレートさに重なって見える感じがとても可愛くて、私はけっこう思い入れができた。
藤木(直人)さんは2回ドラマで共感できない男の役をやったが(普段見ないドラマをたまたま見たら、たまたま両方ともそういう男だった)、アンジェロは<3回目>。二枚目なのにイヤな男(「ヴェローナの二紳士」のプローティアスよりはず~~っといい。だって、アンジェロには共感できなくても理解はできるもの。それにしても私、まだプローティアスに怒っているのか…)、藤木クンうまい。「海辺のカフカ」の大島さんよりずっといいと思った。
公爵の(辻)萬長さん、面白かった。どんどん話を進めていっちゃって、それはどこかで失敗しそうな期待(?)をもたせていたのに、結局まるく収めたってことなのかな。でもラストの一言には客席みんなびっくりだっただろう。もちろん私も唖然(さあ、イザベラ、どうする?)。周囲にとって、こういう困った善人が一番タチが悪いのかも、と最後に思ったのだった。 
「尺には尺を」のお話自体は全体としてはそんなに面白いと思わなかったが、ところどころ「ほぉ」という面白さがあり、また上の3人を含めた役者さんの個性と魅力が活きていて楽しめた。
<上演時間>190分(13301500)、休憩20分、第270分(15201630
与野本町から劇場まで真昼間の徒歩は暑くて汗だくになってきつい。並木で木陰作ってほしいのに、枝思い切り切ってあるんだものなあ。

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2016年6月16日 (木)

狂四郎から半七へ

仁左様の眠狂四郎が昨日で終わり、今日から「半七捕物帳」が始まった。出だしの10分、見逃しちゃったわ。早くから録画予約しておけばよかった。
半七親分が菊五郎さんで、その子分松吉が三津五郎さん(当時、八十助)、恋人お仙(名取裕子。めちゃきれい)の父親吉五郎に白鷗さん(当時、幸四郎)という豪華さ。
菊五郎さんが若くてきれいでカッコいい。菊之助さんがそっくりなんだけど、菊五郎さんのほうがシャープな感じがする。
八十助さんも若くて清々しい。
白鷗さん、さすがの存在感。
今日の悪役は、なんと辻萬長さんと蟹江敬三さんだった!! そういえば萬長さん、昔はよく悪役をやっていたかも(蟹江さんもね)。

狂四郎が終わっちゃったのは淋しいけれど、粋な江戸っ子たちの世界が広がる半七は緊張しないで見られるから気持ちは楽(
狂四郎は内容がきつくて、それに合わせて画面も暗いから、かなり緊張を強いられた。耐えられない時は、最後を見て、それから1区切り戻して見て、また1区切り戻して見て、というように逆から見ていったりもした。邪道ではあるけどね)。それにしても過酷な運命を背負いあくまでニヒルな孝夫狂四郎、子どもや健気な女性には優しい孝夫狂四郎(彼らの幸せに向けるかすかなかすかな微笑みが何とも魅力的)、カッコよかったなあ。
「浪人の肩 とがりけり 秋の暮」(<錬>)がぴったりなラストだった。

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2016年6月15日 (水)

師匠、自分、そして息子:歌舞伎夜話--市川右近丈

67日 歌舞伎夜話 市川右近丈(歌舞伎座ギャラリー)
参加者は94名だそう。右近さん、喋る喋る(4時間くらい喋るよ、って)、戸部さんの質問からはずれることも…。以下、歌舞伎美人の記事と重なる部分もありますが。
●まずは、タケルくん初お目見えについて。
2012
年演舞場で澤瀉屋4人の襲名の折、2歳9カ月だった息子を連れて猿翁さんに挨拶に行った際、5歳になったら初舞台を踏ませようと言われた。
息子は歌舞伎の派手なところに惹かれてはいたが当時まだ全編を見るのは難しかった。それが「ワンピース」を見てからすっかりはまり、全編を見られるようになった。自分から最前列で見たいと言い出し、右近さんが<自腹で>チケットを買った。やりたい役ははじめ巳之助クンのサンガと言っていたが、今はルフィ。白髭は自宅の白い突っ張り棒を武器にしてやっている。
今回のタケルくんの役は四代目に相談した。安徳帝は四代目が子役でやったが、その時の相模五郎が段四郎さん。今回、自分が相模五郎なので同じ。写真入りチラシが出来てきた頃から親はドキドキ。
稽古には早くから入らなければならないが、自分は舞台出演で指導できない。そこで3月ごろから子役指導の先生にお願いした。安徳帝のセリフは11個ある。稽古は29日~1日の4日間。1日目は浴衣で。稽古後、化粧に堪えられるかテスト。喜昇が担当してくれた(喜昇は子役の化粧を何十人もやっている)。このテストには合格。2日目は浴衣に鬘で。鬘は11人誂えるが、同じ人でも時間が経つにつれ頭の形が変わるため、なるべく本番に近い時期に合わせる。合わないと金属なので痛い。これも大丈夫だった。3日目は衣裳と鬘で。最終日は衣裳、鬘、化粧で舞台稽古。でも、これで最後じゃない。まだお客さんが入る。「緊張するなあ」と言うタケルくんに右近さんが「かぼちゃが並んでいると思えばいい」と教えると、「全部から揚げなら」と言うので、この子舞台が好きかも、と思ったそう(から揚げが大好物なんですって)。公演が始まってからは、掛け声や拍手を何回もらったかちゃんとわかるとのこと(大した度胸だなあ)。
台詞は、意味・情景を教えながら覚えさせた。と右近さんが安徳天皇のいくつかのセリフを例に挙げて「ここはこうこうこうで、と教えた」と説明する(それを聞いているだけで、場面が浮かんできてウルウルしてしまった)。「泣かせるところだから間違えてくれるな」と言っている。間違えると怒ってしまう。初日、歌舞伎座へ向かう車の中で稽古した時間違えたので怒ったら泣いてしまった(父子の様子が目に浮かぶ)。今は褒めるようにしている。
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年間名乗ってきた右近を今度は息子が継ぐ。そうなると右近が3人になってますますややこしくなる(って?と思ったら)、というのは自分は本名が右近だから(あ、そうだったんだ。知らなかったわ~)。タケルの字画は武龍が一番最強だったが、タイトルロール通り片仮名にした。歌舞伎の出演者欄に片仮名の名が載るのは初めてかも。

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2016年6月12日 (日)

歌舞伎鑑賞教室「魚屋宗五郎」

65日 歌舞伎鑑賞教室「魚屋宗五郎」(国立劇場大劇場)
日曜日なので、観客はほぼ大人。どこかの日本語学校?の外国人学生みたいな人(子供ではない)たちはいた(出かけるのが遅くなったので焦っていて、ちゃんと見てこなかった)。
「歌舞伎のみかた」
場内まっくらになり、やがて舞台のあちこちから光が差し込む。セリがいくつも上がってきてまわる。再び暗くなる。そしてスッポンから萬太郎クン登場。
盆、セリ、スッポン、花道、揚幕(チャリン)、上手下手の説明を手際よく進める。上手側の説明の中でツケ打ちに光を当て、実演が入る。
たとえば女方の歩きに合わせたツケ。萬ちゃんが肩甲骨を寄せてなで肩を作り、膝を曲げて狭い歩幅でしゃなりしゃなり歩く、そしてお約束の転び。めったに見られない萬太郎クンの女方が見られてにんまり。
次は見得のツケ。萬ちゃんが景清に間違えられ捕り方に囲まれるところへ、本物の景清が登場する。橋吾さんだ!! かっこいい。橋吾さんが持つ角材は裏に穴が2カ所あいていて間に持ち手が通るように作ってあった。景清は荒事ということで、橋吾さんは六方で花道を引っこむ。これもなかなか見られない貴重な実演。荒事の対照にある芝居として次は世話物。弥太五郎源七(千次郎)が新三(國矢)を待ち伏せする場面だ。2人の立ち回りを萬太郎クンが羽織で止める。
景清といい、わずかな時間の場面だったが、役者さんがうまいのでそれだけでも十分面白かった。
上手から今度は下手へ。黒御簾である。太鼓、鼓、三味線、笛が舞台に出てきて、それぞれが演奏して音を聞かせる。笛は「ゴッドファーザー」だったのでウケた。今度は全体で、祭り、御殿、悪だくみの音楽を演奏する。悪だくみは太鼓で表す(太鼓は風の音を表すので、<不安>にも使われる)。三味線は、宗五郎が酒を飲む様子を徐→急のテンポで演奏した。
ここからは宗五郎のストーリーの説明。酒樽(2升入りだそうだ)、片口といった道具の説明が新鮮だった。
「歌舞伎のみかた」は萬太郎クンの声よし、滑舌よしでテンポよく進んでとても楽しめた。その一方で、時間に追われるためもう少し余韻がほしかったと言ったら望過ぎかな。

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2016年6月 6日 (月)

自らの文化が生き続ける限り、その国はいきながらえる:黄金のアフガニスタン、バーミヤン大仏天井壁画

61日 「黄金のアフガニスタン」(東京国立博物館表慶館)
    「バーミヤン大仏天井壁画」(東京芸術大学陳列館)  
    「いま、被災地から」(東京芸術大学美術館)

2日続きで上野へ。本当は11件感想を書きたいのだけれど、今、モーレツに忙しくて。ということで、展示品には触れずに全体的な感想を簡単に。

1606061 「黄金のアフガニスタン」はNewsWebが終了する前、この展覧会を紹介する月曜ナビゲーター橋本麻里さんの言葉――アフガニスタン国立博物館の前に掲げられた「自らの文化が生き続ける限り、その国は生きながらえる」――を聞いて以来、どうしても見たかった。
まさに「自らの文化が生き続ける限り、その国は生きながらえる」を全身で感じ取る展示であった。ソ連侵攻による政治的混乱、文化財の略奪、タリバンによる破壊等に遭い、多くの貴重な文化財が失われたことを思うと心が痛む。そんな中で、人々の努力によって守られた収蔵品もある。大統領府の中央銀行地下金庫室に運ばれたティリヤ・テペの遺宝、黄金製品、情報文化省の預りとなったバーミヤンなどの遺物、これらは文化財の保護に尽力した人たちが内戦の間けっして秘匿場所を明かさなかった(家族にさえ)ことにより、無疵で守られたのである(ナチス・ドイツから美術品を守った人たちもいったっけ)。まばゆいばかりの見事なティリヤ・テペの黄金製品や、東西文化の混合した貴重な遺物は、そのおかげで今回私たちが目にすることができるわけである。

1606062 バーミヤンの東西2体の大石仏は人々の心のよりどころであったと言う。それがタリバンによって破壊された。自分たちは破壊の前に無力であった、と涙ながらに語る関係者の言葉を聞き、私も泣きそうになった。芸大陳列館の2階に上がった途端、思わず「あっ」と声をあげた。東大石仏の頭上に立ったという設定で正面にはバーミヤンの広大な風景が広がっている。四季の移り変わり――雪も降るんだ。アフガンって岩だらけの国だと思っていたが、緑の広野が展開して、遠くには山が望める。上を見上げれば、このたび復元された天井壁画が。そして、1階会場同様、日本に流出した文化財が展示されている。
日本には102点が流れてきて保護されており、それらは故国アフガンに返還されるそうだ。102点のうち15点は「黄金のアフガニスタン」で、87点が芸大で展示されている。
異教・異主義の文化を破壊する行為は私にとって歴史でしかなかった。しかし今回こうしてアフガンの文化財とその迫害・保護を目で見て肌で感じると、あの言葉「自らの文化が生き続ける限り、その国は生きながらえる」の真実が、そしてその国その地方の文化はその国・地方だけのものではなく人類みんなの財産だということがひしひしと感じられるのである。







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2016年6月 3日 (金)

日本初公開がいっぱい:恐竜博2016

531日 「恐竜博2016」(国立科学博物館)
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月最後の自分イベントは恐竜博。
日本初公開の恐竜がいっぱいだったし、研究者たちの恐竜愛、熱意がびんびん伝わってくる展示で、とても楽しく、恐竜への興味、知識を満足させてもらった。恐竜って、そんなに夢中になるほど好きってわけではないのに、こういうイベントがあれば見たくなるし、見ればロマンをかきたてられて、この現実世界に突然1頭でも恐竜が出現したら、なんて想像を楽しんでしまう(そのくせ「ジュラシック・パーク」は1作目しか見てない)。
現実的には、発掘された物が恐竜の化石だってよくわかるものだと感心する。骨格はまだしも、骨の一部だとか歯だとか…。発見した時の喜びはどんなだろう。そして、さらには、化石を保護して(石膏で覆うんだそうだ)クリーニングすると言う困難きわまる作業がある。この展覧会でもクリーニング作業を見せていたが、私の行った日は実演なし(残念ながら翌6月1日からだった)。こうした研究者たちの苦労のおかげで、太古のロマンにひたるなんてのんきなことができるのだ。


Photo

アシリサウルス。恐竜ではなく、爬虫類。
恐竜と爬虫類の違いは?↓
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勉強になったわ~。

<植物食>
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手前の骨格はカマラサウルスの亜成体(実物化石)。後ろのシルエットは成体。
大人になると23メートルにもなるんですって!! この子は4.6メートル。
Photo_4

チレサウルス(日本初公開)。カマラサウルス同様植物食の恐竜だ。
最初の恐竜は肉食だったと考えられているが、やがて植物食の恐竜が登場する。初期の頃は植物食に適した歯を持っていなかったため、植物繊維を分解する必要から消化管が長くなり、それを収めるためにあのような巨体になったのだそうだ。

<飛翔>
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イー(日本初公開)。2015年に中国で発見された新種の恐竜。わずか60センチ、380グラム、2016年2月現在、おとなの恐竜としては最小。ムササビのように皮膜を使って飛んでいたらしい。羽毛以外の方法で飛翔を試みた恐竜はイーが初めての発見だそうだ。
Photo_7

イーシャノルニス(実物化石、日本初公開)。現生鳥類に最も近い中生代鳥類の一種。大胸筋を持ち、羽ばたき能力があったと考えられる。


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2016年6月 2日 (木)

ミーハー心が期待でいっぱい、8月歌舞伎座

8月納涼歌舞伎の演目と出演者が発表になった→ココ
第3部に出演の駿河太郎って、あの鶴瓶さんの息子さんの駿河太郎さん?
びっくりポンだわ(もう古いか)。
そういえば、歌舞伎夜話で段之さんが6月から3カ月間歌舞伎座なんて初めてだったか久しぶりだったかと言って、司会の戸部さんが(8月は)まだ発表前だからとあわてていたけど、第2部に猿之助さん登場だったのか。染五郎×猿之助、染五郎×獅童ってミーハースピリットを超満足させてくれる配役happy02
納涼歌舞伎は3部のうちどこか1部をパスすることが多かったけれど、今年は全部見なくちゃ。

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