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2016年9月 2日 (金)

8月分⑤:妖怪~鉄舟~抱え相撲~写し絵

818日 「大妖怪展」~「伊藤晴雨幽霊画展」~「山岡鉄舟と江戸無血開城」(江戸博物館)~「抱え相撲の世界」(相撲博物館)~映像「写し絵」(江戸博物館)
「大妖怪展」
160902yokai 妖怪は3年前の8月に三井記念美術館での「大妖怪展」(江戸博とタイトルも同じだ)、去年9月「うらめしや~ 冥途のみやげ展」(芸大美術館)を見たので、今回はパスするつもりだったが、あまりに好評のようなので、やや駆け込みで行ってきた(チケット行列を避けてネットで購入して正解)。副題が三井は「鬼と妖怪そしてゲゲゲ」、江戸博は「土偶から妖怪ウォッチまで」なのがなんか微妙に面白い。会期によって展示作品が違うため、見逃して残念というものもあったが(2~3度行くべきだったな)、それらの作品に劣らずいい作品が見られたからまあいいか。
中心になるのは錦絵の妖怪だろうが、おなじみの国芳を見るとなんかほっとする(「相馬の古内裏」は何回見ただろうか。でも何回見ても嬉しくなる)。
「百鬼夜行絵巻」(伝土佐光信、真珠庵本)や「付喪神絵巻」(岐阜県崇福寺)、「法具変妖之図」(白隠)を見たら、なぜか「質庫魂入替」を思い出してしまった。
「稲生物怪録絵巻」は、30日間違う妖怪が現れても平然としていたという稲生平太郎の実体験をもとにした絵巻で、物語としても絵としても面白く、痛快でもある。

「針聞書」(茨木元行)、「姫国山海録」(南山)は、体の中にいる虫たちや全国の妖怪を集めたもので、絵が可愛い。長くなるので少ししか触れないが、妖怪たち(幽霊は妖怪とはちょっと違う気もするが、それも含めて)が日本人が古くから抱いてきた異界への恐れや不安感を表していることがわかるし(「六道絵」は妖怪とはちょっと違うものの、もろに地獄への恐れである)、生活に深く結びついていることから妖怪を身近なものとして受け止めていたこともわかる。土偶まで妖怪としたのは、そういう考えからなんだろうなと思った。
「伊藤晴雨幽霊画展」
伊藤晴雨は知らなかったし、評価もさほど高くないらしい。しかしジブリの鈴木敏夫さんの目には魅力的に映った、ぜひ世間の評価をひっくり返したいということで、この企画展が実現したそうだ。作品は全生庵の小さんコレクション。
きれいで悲しげな幽霊だと思った。とくに「怪談牡丹燈籠」「皿屋敷のお菊」「瀧夜叉姫」「茨木童子」「真景累ケ淵」は興味深く見た。
晴雨の作品は幽霊画だけでなく、東京の風俗を描いた絵なんかも紹介されていた。
妖怪展は終わってしまったけれど、こちらは常設展会場で925日までやっています。
「山岡鉄舟と江戸無血開城」
どうしたって「将軍江戸を去る」を意識しながら見るよね。
展示物は全生庵と江戸博の所蔵品。
鉄舟の胆力がすべてというわけではもちろんないけれど、江戸を火の海にしなかったその尽力を思うと、生い立ちも興味深いものであった。
山本海苔の「無双佳品」、銀座「木村家」の看板が鉄舟の揮毫とは知らなかった。驚いた。今度、心して見よう。こちらも伊藤晴雨の隣で25日まで。

「抱え相撲の世界」
江戸博にいるときから、激しい雷雨になり、その隙を縫って国技館へ。力士の作品展が終わり、ちょうどこの日から新しい展示が始まっていた。
以下、興味を持った展示品。
最初に目を引いたのは、「関白秀吉公午前三十六番角觝之図」(歌川豊宣、明治17年)。秀吉が勇猛な家臣配下36名を集め、毛谷村六助と相撲をとらせたという逸話の想像図だそうだ。毛谷村六助ですぞ。六助、相撲も取ってたんだ。最後に対戦した木村又蔵(加藤清正の家来)が六助を倒したんだって‼ 毛むくじゃらに描かれているのが木村で、六助は眉や口髭は黒々しているが色白である。肩の筋肉がすごいよ。
「雷電の裃」は、身長197cmの雷電のものだから、迫力の長さ。足袋は28cmでそう大きくは見えないが、横幅が広い。甲高だったらしい。
「関取道中の図」(三代目豊国)。抱え相撲は1年中旅をしていた。上位力士は駕籠みたいな乗り物に乗って、下位力士らしいのがそれを担いでいる。濡髪もそうやって移動してたのかな。
「秀の山雷五郎の横綱」は細くて短くてびっくり。現在の横綱が68㎏あるのに対し、これは1.2㎏というからね。
「錦木塚右衛門」(182261)(三代目豊国)。北上市出身で、盛岡藩の抱え。前頭筆頭だった。今年の5月場所で新入幕を果たした盛岡市出身、伊勢ノ海部屋の錦木はこの名前を復活させたということで北の富士さんが絶賛していた。というわけで、この絵に「おっ」と思ったの。今の錦木は7代目だそうだが、初代がこの人。
「陣幕久五郎」(18291903)(三代目豊国)。戊辰戦争時(1868年、明治元年)には藩主・島津忠義の護衛をするなど薩摩藩士としての役割も果たしていたそう。へ~、ただ相撲をとるだけじゃなかったのか、と驚いたし、日本の内戦がひどく身近に感じられた。

国技館にいる間に雷雨はますます激しく、どうにも身動きが取れなくなってしまった。1時間半くらい足止め食っちゃって、相撲博物館は小さい1部屋だし、それでゆっくりメモしてきたわけ。そうそう、博物館の奥のベンチでぼんやりしている目に入ってきたのが「撲相」という板書。なんと、安田靭彦画伯の文字だった‼ 昭和27年に蔵前国技館の竣工記念として安田靭彦が相撲協会に寄贈して国技館の正面入り口に掲げられたものなんだそう。思いがけぬ拾いもの(なんて言ったら失礼だけど)をした感じ。
いつまでいても仕方ないので、何とか江戸博に戻り、夜の約束時間まで映像ホールで時間つぶし。これが意外と掘り出し物であった。
「写し絵」
「江戸から明治時代にかけて親しまれた投影芸術。ガラス板に描いた絵を幻灯器(「風呂」)に装着して作動させ、和紙を貼った映写幕に動く画像を作り出す」(チラシより)。操作させる人の技術で人や風景が動く。素晴らしい仕掛けを発案したものだ。説明は難しいので、→ココまたは→ココご覧ください。よく覚えていないのだけど、多摩かどこかでも継承されているんじゃなかったかしら。
1992
年の映像だが大変興味深く、もっと世間に広く上映されればいいのにと思った。

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