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2016年9月 8日 (木)

祝・喜多村緑郎襲名:九月新派公演

91日 九月新派特別公演初日昼の部(新橋演舞場)
やっと今月分。
市川月乃助改め二代目喜多村緑郎襲名披露公演の初日である。お祝いの意味も籠めて、また喜多村緑郎としての第一声を聞きたくて、昼の部を取った。とはいえ、席は3A席。1階、2階はいざ知らず、3階席はかなり空席が目立って驚いた。平日ではあるが、襲名公演としてはなんとも寂しい入りで、これでは緑郎さんも出演者もがっかりしているんじゃないだろうか。
「振袖纏」
物語として色々考えさせられた。老舗の質屋大黒屋の息子・芳次郎(松也)が家業を嫌って纏持ちに憧れ、家を飛び出して「ち組」にやっかいになっている。若旦那に戻ってきてほしい番頭・竹蔵(田口守)があの手この手で、とりあえず若旦那を連れ出すことに成功するが、途中で火消しの娘・お喜久(瀬戸摩純)が追いついてきて、芳次郎を取り戻す。と言っては言葉が悪いが、芳次郎とお喜久はお喜久の親も認める恋仲で、お喜久のおなかには芳次郎の子ができていたのだ。それを知らされた芳次郎は生涯実家には帰らない決意を固める。竹蔵は、子供が生まれたらその子を大黒屋でもらうという約束を取り付ける。そして1年後、生まれた男の子は芳次郎とお喜久の手で大黒屋の前に捨てられる。事前にそれを知らされていた竹蔵がすぐに赤ん坊を拾い、芳次郎の両親に事実を教えないで差し出す。でも、芳次郎の母親は赤ん坊の顔を見てすべてを察したのである。
と言うのが前半。そこだけで、親のエゴ、子供のエゴ、老舗を守らねばならない定め、等々考えさせられた。子供に家業を継がせたい親の気持ちはもっともだし、それに縛られたくない、自分の人生を歩みたい子供の気持ちもよくわかるし、それをエゴと言ってしまっていいのだろうか…。でも、生まれてきた赤ん坊が絡んでくると、どうなんだろう。そして後半、怪我で片目が見えなくなり纏をもてなくなった芳次郎には小頭への出世の道が開かれていたが、芳次郎はあくまで纏持ちに固執する。「纏に命を懸けている」と言う芳次郎だが、仕事に迷惑をかけることを考えないのか、なんか成長していないなあなんて思ってしまった。
一方、実家の親に顔ぐらい見せようとする芳次郎を何が何でも引き止めようとするお喜久は、おなかに赤ん坊がいるし、一度帰したらもう二度と自分のもとには戻ってこないかもしれないという不安はわかるけれど…。若さゆえのエゴか、いや一途と言うべきか。
竹蔵もお店を守りたい一心ではあるが、子供を質に取る(言葉は悪いが、そういうことでしょ)なんてやっぱりエゴじゃないか…。
でも、みんなエゴじゃないんだよね。それぞれがそれぞれの大事な人を守ろうとするあまりのことなんだよね。
親とお喜久の間で揺れ動き苦悩する芳次郎の松也さんは狸吉郎の時より好き。赤ん坊をおぶっている姿に、荒川の佐吉をやらせてみたいと思った。

瀬戸さんは芳次郎と一緒になりたい一心の女心と気の強さを好演。自分の産んだ子を手放す悲しみを乗り越える強さが切なかった。松也さんとのコンビもいい感じだった。
田口さんは、セリフの間がちょっと「あれ?」と思うようなところがあったが、そこは芸の年輪で押し切った感じ。
「ち組」の女房の春猿さんは、だいぶ新派に馴染んできた感じ。体の大きさが気にならなかったのは、火消しの男たちの中に混じっているせいか、あるいは頭が猿弥さんだったからか。それはともかく、鉄火肌な女がよく似合っていた。初孫を手放す心情は描かれていなかったけれど、義理を重んじる世界だろうから、何もかも呑みこんだのだろうか。
大事なラストにつながる火事のシーンは長かった。裏で火事場の騒ぎの声を聞かせながら幕が赤い炎を映しているだけで、ちょっと飽きた。初日ゆえ、中の準備に時間がかかっていたのかもしれない。
大人の思惑で、ほんとうの親ではなく祖父母を親として育つ子供が本当に幸せならいいんだけど(物語では愛情たっぷりにいい子に育てられていた)。子役が賢そうで可愛くて、ラストは泣けた。川口松太郎は、やっぱりどこかに泣ける場所を作るんだなあと思った。

「口上」
大向こうさんが上手に3人(下手はわからない)、さかんに「みどりや~っ」と掛けて雰囲気を盛り上げていた。
舞台の奥で「とうざーいとざいとうざーい」の声が聞こえ、祝い幕が開いた。歌舞伎の3人だけ裃をつけていた。以下、おめでとう、ありがとう等の言葉は省略して、覚えている範囲でご紹介。
八重子67年前、歌舞伎座新派公演における自分の初舞台で、初代緑郎先生は休みなのに八重子の娘だからとわざわざ口上に出てくれた。その緑郎先生がこんなに若くなって戻ってきた。また、このたび春本泰男さんの孫由香さんが入団した。新派の実りの秋を迎えたよう。
松也:新緑郎さんには段治郎時代からお世話になった。舞台での共演は少ないが、舞台以外で色々迷惑をかけた。昨年南座「あらしのよるに」での共演の際は、緑郎さん敵役なのにアクシデントがあるたびに笑ってしまっていた。妹が入団したので、私よりも妹をよろしく。
春猿:緑郎さんとは国立研修所の同期で30年の付き合い。澤瀉屋一門で苦楽を共にしてきた緑郎さんの襲名は嬉しい。
猿弥:師匠猿翁のもとで一緒に歌舞伎の修業をした。段治郎の時から「ダンちゃん」と呼んでおり、今後も「ダンちゃん」と呼ぶことを承諾してほしい。(正直、私にとってもまだ段治郎さんなんだよね~)
英太郎:弟子の中島ゆかりが英ゆかりと改名し新幹部となった。また故青山哲也の門弟市村新吾も今月より幹部になった。大変なことだがよろしく。
ゆかり・新吾:よろしくお願いいたします。
瀬戸:緑郎さんには襲名前より色々教わった。今後も精進する。
由香:祖父、母ともに新派。父も喜んでいるだろう。
久里子:(緑郎さんの顔を覗き込むようにして「おめでとう」と言っているのに、当の緑郎さんは額をしっかり床につけて顔を上げようとしないから、客席に笑いが起きた)20代の由香ちゃんの入団は嬉しい。
緑郎:偉大な業績をあげた初代の名前を継ぐことは茨の道と覚悟している。皆様のご指導ご鞭撻を。
「深川年増」
緑郎さんが古株下回りの歌舞伎役者・三十助をコミカルに演じていて面白かった。緑郎さんは基本二枚目だが、こういう役も嫌味なくとても上手に演じるので楽しめる。今後も喜劇的センスを活かした役を演じてほしい。
対する八重子さんのおきん(三十助の隠し女)がしたたか、かつすっとぼけた味を出していて、大いに笑わせてもらった。
近々歌舞伎座では改良演劇の第1回公演があり、忠臣や孝行モノといった芝居を出すことになり、三十助は役者の行状も乱れていてはいけないと意見される。そこで囲っていたおきんにしばらく別れてほしいという話を弟弟子の伊之吉(猿弥)に頼んだのだった。おきんには三十助との間に赤ん坊もおり、散々ごねたが、結局手切れ金を受け取って別れることを承知した。三十助には実はおよしというめちゃくちゃやきもち焼きの妻およし(英太郎)がいるんだけど、英太郎さんが役者の女房としても(役者の奥さんって、大変なんだなあと改めて思った)やきもち焼きとしてもうまいから面白くて面白くて。
兄弟子とおきんに振り回される下回りの役者の猿弥さんも、「らしさ」がとてもよかった。
およしの母親役として徳松さんが出ていたのが嬉しかった。やっぱり徳松さんは女方がいいな。
この芝居の幕開けは浅草十二階。その最上階で田舎から出てきた見物人たちが望遠鏡で東京の町を眺めて興奮している。その見物人に貴婦人と小間使いが親切そうに色々教えてやっているが、実はこの2人はスリ。しかも貴婦人が子分で小間使いが親分。当時の東京の様子も垣間見ることができて興味深かった。貴婦人の英ゆかりさん、小間使いの鴫原桂さんともその意外性を真面目にコミカルに見せていた。この2人が後で痛い目に遭うのが可笑しいやら気の毒やら(スリなんだから気の毒ってことはないんだけどね)。
新派では恐らく珍しいであろう喜劇だからか、出演者全員が楽しそうにのびのびとしていたのが伝わってきて、こちらも楽しくのびのび見ることができた。
本当は昼の部だけにしようかと思っていたのだけど、喜多村緑郎なのに「婦系図」を見ないわけにはいかないということをプログラムから知って、夜の部のチケットも取った。新派の芝居は現代の若い人には合わないかもしれないけれど、言葉の美しさ、日本人の心を感じられる。もっと大勢の人に見てほしいなと思う。

<上演時間>「振袖纏」85分(11001225)、幕間35分、口上15分(13001315)、幕間20分、「深川年増」95分(13351510

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コメント

SwingingFujisanさま
おはようございます。
新派(新国劇もそうですが)、再演に耐える作品が多いのですが、団体客の集客力が弱いので、今後も苦労しそうですね。
昨日、歌舞伎座の昼の部行ってきました。 「碁盤忠信」、前に日生で見たはずなのですが、まったく覚えていませんでした。荒事中心の演出で、なかなか楽しめました。染五郎、ニンにはないのですが、熱演でした。また、菊之助の「しゃべり」芸も良好でした。
 吉右衛門の大蔵卿、とにかく、芸容が大きく、立派の一言。まだ、体力、気力があり、枯れていないのがなによりです。婿さんの菊之助、女形っぽくなくいいのですが、大蔵卿に大声で何度もハハーと最敬礼する演技、この役、こんなだったっけと何故か思いました。

投稿: レオン・パパ | 2016年9月11日 (日) 10時57分

Fujisan様
追加です。10月、11月のチラシ見てびっくり。芝喜松が梅花を襲名するんですね。初めて知りました。研修生から精進を重ねここまで来て立派なものです。いい名前をつがせてもらってよかったですね。先代の梅花ご存じですか。ずっと芝翫の元にいて、成駒屋系のお芝居の生き字引といわれた方(その意味では中村屋の小山三に相当しますか)で、上品な腰元などがぴったりでした。今月の「吉野川」の腰元を見て、歳をとってはいましたが、いい風情だなと思った記憶があります。

投稿: レオン・パパ | 2016年9月11日 (日) 12時58分

レオン・パパ様
こんにちは。コメントと追加コメント、ありがとうございます。

新派はせっかくうまい役者さんがいい作品を上演しているのにもったいないですね。二代目緑郎さんは間違いなく新派のスターになると思いますが、問題はおっしゃるように集客力ですね。

歌舞伎座昼の部は今週まいります。日生の「碁盤忠信」、覚えていますよ。あまり好評ではなかったような記憶がありますが、間違っていたらごめんなさい。
吉右衛門さんは夜の部の評判が色々耳に入ってきて楽しみにしているのですが、大蔵卿もがぜん楽しみになってきました。

芝喜松さんの梅花襲名、私も昨日チラシを見て知りました。「梅花ってどなた?」と思ったら芝喜松さんでした。梅花というお名前は初めて知りました。先代のこと、教えてくださってありがとうございます。芝喜松さんも梅花さんとなられてますますいい芸を見せてくださるでしょうね。好きな役者さんの1人なので嬉しいです。

投稿: SwingingFujisan | 2016年9月12日 (月) 12時26分

順番があとさきになりましたが昼の部にもおじゃまします

猿弥さんの口上では、「段ちゃんと呼んでます」のあとに、みなさんもどうぞご一緒に、「段ちゃん!」を3回ほどお客さんに言わせてました
そのあと「どうして段ちゃんなのか?・・・それは言い易いからです ねぇ皆さんもそう思うでしょ」という感じでした

久里子さんは、「一本刀土俵入り」が出てこなくて、思わず苦し紛れのように「瞼の母」と言ってましたよ
言い馴れた口上でも大阪の初日の口上で緊張されたのでしょうか
周りの方が笑いをこらえてました(特に八重子さん)

「深川年増」では、やたらに弟弟子の頭を殴るのが気になりました
昔はきっと当たり前で、観ている見物衆も気にしていなかったと思いますが、昨今のパワハラ云々のご時世では少しやり過ぎかと
「婦系図」でも、めの惣がおかみさんの髻をつかんで喧嘩するところも昔なら問題ないところでしょうが、うるさい方が観ると注文がつくところかもしれませんね(そういう私がうるさい人間なのかも)
人情は、時代が変わっても変わらない面がある一方で、多少は配慮も必要かなぁと思ったりしました
まぁそんなこと言ってると芝居が成立しなくなるかもしれませんけどね・・・
リアルな芝居だけに難しいところもありますよね
「振袖纏」でもわが子を捨て子にするというのは私の世代では知識として知ってはいても、もっと若い方には理解できないかもしれません・・・わたしは最後の場面では、ぽろぽろ泣いてしまいましたけどね

投稿: うかれ坊主 | 2016年9月19日 (月) 22時08分

うかれ坊主様
こちらにもありがとうございます。
猿弥さんは面白い方ですねえ。大阪のお客さんのノリに期待したんでしょうね。
言いたい言葉が出てこないことは私も最近しょっちゅうありますので、久里子さんの焦りわかります。それも舞台ですものねえ。

暴力場面は歌舞伎の世話物でもよくありますが、新派は時代も多少近いし、リアルな芝居なのでそう思われるのでしょうね。私は鈍いのかあまり気にしませんでしたが、確かに弟弟子の頭はよく殴るなあと呆れたのを思い出しました。
捨て子の件にしても、今の若い人に見てもらうには世界が違いすぎるかもしれませんね。私なども若い時には新派に魅力は感じませんでしたが、年齢でしょうか。今の若い人がもっと先でそういう世界を受け入れられるといいのですが…。

投稿: SwingingFujisan | 2016年9月19日 (月) 23時06分

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