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2016年9月17日 (土)

「婦系図」に鳴りやまぬ拍手

911 九月新派特別公演千穐楽夜の部(新橋演舞場)
160917kitamura チケットを取った時は、私も含めて1列の両端しか売れていなかったのが行ってみたら私の列はだいぶ埋まっていた。それでもやっぱり見える範囲は寂しい。
「口上」
初日とほぼ同じだが、違う部分を少し(初日と同じ方は省略)。
八重子:喜多村緑郎襲名は「おめでとう」ではなく「ありがとう」と言いたくなる。(緑郎さんが若くなって戻ってきた、のところで客席から笑いと拍手が起きた)
松也:昨年9月、月乃助最後の舞台で共演した自分が今回出演するのは何かの縁。(「あらしのよるに」でのアクシデントの話は出なかった)
春猿:竹馬の友と言うべき人の襲名は誇らしい。
猿弥:かわいい後輩が歌舞伎から新派に活躍の場を移し、ますますの活躍をするのは嬉しい。(ダンちゃんの話は出なかった)
久里子:先代は私の祖父六代目菊五郎と懇意で、「一本刀土俵入」の我孫子屋で共演し(菊五郎:茂兵衛、緑郎:おつた)、父との共演では「瞼の母」で母親役をやってくれた。大先生の名前を継いだことは嬉しい。(初日にもこの話をしていたような気もするが、私が書いていなかったので)
緑郎:初代は新派のみならず、日本の演劇界に大きな足跡を残した人。29年間師匠のもとで修業してきたことを糧に茨の道に真正面から挑む。
「婦系図」
8年前に仁左様の主税、久里子さんのお蔦、八重子さんの小芳で見ている。その時が初見で、それまでもっていた「婦系図」に対する認識ががらっと変わったものだった(それまで「婦系図」の世界をほとんど全然知らなかったことを認識したと言ったほうが正しい)。今回は初代喜多村緑郎本による上演で、前回とは少し違う箇所があるようだった。
前回、だいぶ理解が進んだその世界だが、やっぱり未だよくわからないのが真砂町の先生(柳田豊)と主税の心の関係。先生がどれほど主税を可愛がっていたのか(柳橋の柏家で主税についに「女を捨てます」と言わせた後、「涙を乾かしてから外へ出ろよ」と声をかけた先生の気持ちにはちょっと心打たれた)、主税がどれほど恩義を感じていたかはわかるのだが、お蔦と主税をどうしてそこまでして別れさせたいのか、前回と同じ疑問が残った。自分自身芸者に子を産ませてしまったことへの苦悩がそうさせたのかもしれない。でも、ラスト死の床にいるお蔦のもとに駆けつけて許しを乞うなら…って、そういう時代だったんだろうな。
久里子さんは可愛らしくいじらしい。一途で耐え忍ぶ哀しい女がよく似合う。久しぶりに主税と連れだって湯島の境内を歩く姿には日蔭の女の嬉しさ、愛らしさが全身からにじみ出ていた。体調がすぐれないお蔦も体型が変わるわけじゃないのに、病んだ感じがよく出ていたし、得難い役者さんだなあとつくづく思う。
緑郎さんもこういう世界がしっくりくる役者さんだ。芸者と一緒になる人だし、河野家に対する怒りが、この時代のもう一つの道徳観を表していると思った。お蔦に別れを告げるときの血を吐くような気持ち、セリフにはこちらも思わず力が入った。河野家の秘密を暴いていくテンポのよさはカッコよかったが、罵倒する場面はちょっと熱すぎるというかヒステリックな印象を受けた。もっとも、そこには元スリであるという経歴を感じさせる何かがあったような気もしないではない。ただ、前回も感じたことだが、ここはどうも後味がよくない。
由香さん初舞台の妙子は、声が可愛く、一生懸命にセリフを言っている感じが初々しくて、素直に愛情たっぷりに育ったお嬢様らしさが見て取れた。小芳(八重子)が、産んだのは自分だがあんなにいいお嬢さんに育てたのは奥様、とお蔦に言うセリフに感動した。
ラストは泣けた。
幕が閉まっても拍手は鳴りやまず、終演のアナウンス中に幕があいて、緑郎さんと由香さんが出てきた。緑郎さんは花道の中ほどまで行って手を振っていた。モニターは自動的にonになるのだろうか、その様子を映し出してくれた。悲劇のラストにカーテンコールがあっていいのかとも思わないじゃないけど、これだけ拍手が続いたのはよかったよね。
<上演時間>「口上」15分(16001615)、幕間20分、「婦系図」一幕・二幕45分(16351720)、幕間10分、三幕45分(17301815)、幕間35分、四幕・五幕70分(18502000

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コメント

SwingingFujisan 様

毎日、雨模様でうっとおしいですね。
新派は集客力で苦労していますが、歌舞伎は依然として好調です。

昨日 歌舞伎座 夜の部みてきました。満席でした。眼目の「吉野川」、大変結構でした。吉右衛門、玉三郎ともに口跡が巧みで、明瞭なので、難解なせりふもわかりやすかったですし、気持ちが持続し、まったく弛緩しない演技も立派でした。染五郎、菊之助、行儀がよく悪くはなかったですが、菊之助、梅枝での上演をみたかったきがします。
最後の「元禄花見踊」はまさしく歌舞伎レヴュー。若手総出演、みなきれいだし、楽しかったです。

ところで、先週 話題の橋之助の週刊誌だね、みなさんいろいろ感想があるのでしょうが。私的に受けた?一点。
「(故)勘三郎さんはなんとおっしゃるでしょうか」という質問にたいし、橋之助「さあ 何というでしょうね。」の受け答え。
(女性関係が華やかだった)死んだ中村屋、何というでしょうね・・。思わず笑ってしまいました。
あと、週刊誌発売の前日にしっかり記者会見を手配した、松竹の機敏さ、この類のはなしの処理は、さすが、慣れたものです。

投稿: レオン・パパ | 2016年9月18日 (日) 11時34分

レオン・パパ様
おはようございます。
コメントありがとうございます。

歌舞伎座は先日昼の部を見てきましたが、夜の部は今週です。とても楽しみで、ほんとうは昼の部の後、「吉野川」を一幕見したかったのですが(立ち見になったかもしれませんね)、家庭の事情ですぐに帰らねばならず、残念でした。

橋之助さんの件、私も中村屋はちょっとツボでした。それにしても、9日の「あさイチ」プレミアムトークで仲のよい家族をアピールしていたばかりだったので、なんだかなあという気持ちになりました。
松竹さんも、慣れているとはいえ時期が時期だけに大変ですね~。

投稿: SwingingFujisan | 2016年9月18日 (日) 11時46分

久しぶりです!!
今、中秋節と日本の3連休にあわせて一時帰国しています
15日に秀山祭を昼夜で観て、
昨日17日は大阪で新派公演を日帰りの強行軍で観てきました
レポにもあったように
大阪も3階は土曜の初日なのに3割程度の入りでした
それでも劇場前の初日挨拶を後半部分だけですが見ることができました
口上では東京とほぼ同じだったと思いますが
八重子さんが「ここ新町で生まれた新派」と言ってました
「成美団」のことを言っているのでしょうね
(壮士芝居と違う、リアルな新派は大阪生まれですからね
新國劇も大阪から人気が出たと聞いていますし、大阪での人気は大切にしなければなりません・・・余談でした)
猿弥さんの口上は「段ちゃんと呼んでます、みなさんもどうぞ」は昼だけで昼の部だけのサービスかもしれませんね・・・夜は大阪でもしませんでした
わたしにとっての「婦系図」は、昭和63年のときが初めてでしたが、その折の杉村春子さんの小芳の「お軽も六段目では世話女房」という台詞がいまも耳に残っています
高橋よしこさんがかなり痩せてしまっていてびっくりしました(もともと細い方ですけどね)
青柳喜伊子さんや小泉まち子さん森本健介さんが一座していなかったのがちょっと残念でした
次の東京での新派公演は正月の三越で「華岡青洲の妻」、また正月の松竹座での襲名演目は勧進帳の弁慶と、石切梶原でそれぞれチラシが出来ていました
(日本に普段いないわたしだけ知らない話かもしれませんがお伝えしておきます)
おまけ、十二月の歌舞伎座は玉三郎出演とのことです
(三部制という話もあるようですよ)

投稿: うかれ坊主 | 2016年9月18日 (日) 21時14分

うかれ坊主様
お帰りなさい。コメントありがとうございます。
強行軍で新派をご覧になったとのこと、お疲れ様ですが、新派のためにも嬉しい限りです。
新派が大阪生まれとは存じませんでした(勉強不足でお恥ずかしい)。その大阪でも入りがよくないのは残念です。
新派の火が消えないように、私も観劇で協力したいと思っています。
昼夜公演とも口上があると、役者さんもまったく同じ内容というわけにもいかないでしょうから大変ですね。

花岡青洲は存じていましたが、松竹座と12月歌舞伎座の情報は初耳です。3部制はチケット代が高くなるという問題はありますが、時間的には私は助かります。

ところで、村松友視さんの「北の富士流」、買ってしまいました。まだ読んでいませんが、表紙を見ただけでニタニタしています。今場所は隠岐の海絶好調で北の富士さんが嬉しそうなのが嬉しいです。

投稿: SwingingFujisan | 2016年9月18日 (日) 21時39分

「新派」は川上音二郎の政治色の強い芝居が始まり(発祥)ですから、大阪は「育てた」場所ということになるのかもしれませんね
わたしもそんなに詳しくはありませんよ~
先代の喜多村さんが中心になって大阪で結成した「成美団」がそののちの「新派」のスタイルを生んだようです
(八重子さんはこのへんのことをおっしゃっていると思います)

小芳が妙子はわが子という場面で笑いが起きたのにはびっくりしました・・・ここは泣く場面ですよね・・・
東京でどうだったのかわかりませんが残念でした

あと、当代の口上では、松竹座は三代目猿之助の病気代役ながら初めて主役(新三国志partⅢ)を演じた思い出深い劇場ということをおっしゃていましたね
(そのときの大阪のお客さんの応援が力になったとも言ってました)

余談ですが、新派・新國劇・新劇・松竹新喜劇と「新」のつく演劇ジャンルが、新しさを求めて始まったが故に、時代とともに新しくなくなってしまうという皮肉な結果になっているのが残念です
(「東宝現代劇」も現代という名から取り残されたときその役割を終えたように思えてなりませんね)
むしろ、歌舞伎や宝塚のように「新」の字のない方がいつの世にも新しいものとして受け入れられているのでしょう

北の富士さんと嵐山光三郎さんとの「対談(放談?)本」は知っていましたが、村松さんの本は知りませんでした
調べていたら、あの「泣きの杉山」アナの本も出ていますね
「土俵一途に 心に残る名力士たち」
こちらの方も気になります

投稿: うかれ坊主 | 2016年9月18日 (日) 23時35分

うかれ坊主様
新派の歴史―なるほど。
「新」のつく演劇ジャンルが時代とともに新しくなくなってしまう…同感です。私もずっとそう思っていました。でも、それだからこそ、大事にしていきたい演劇だなと思うのは年をとったからでしょうか…。あの日本語を聞いているとほっとするのです。特に女優さんの日本語が美しい。

「妙子はわが子」の場面は、8年前の公演でも「私たちって因果だねえ」と小芳とお蔦が声を揃えて嘆いたところで客席がいっせいに笑い、また主税の「月は晴れても心は闇」でもどっと笑いが起き、疑問に思ったと自分の感想に書いてありました。今回はどちらにも笑いは起きていなかったと思います。歌舞伎でも不可解な笑いが時々ありますよね。

村松さんの本は7月に出たばかりですね。私もつい2~3日前に知って、大急ぎで手に入れたのでした。杉山さんは今でも毎日国技館に通っていらっしゃるし、BSの相撲番組にもよく登場されて、古い取組のビデオに声をつけていらっしゃいますね。私はどちらかというと北の富士一途なんですが、杉山さんの本も手に取ってみようかしら。

投稿: SwingingFujisan | 2016年9月19日 (月) 00時23分

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