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2016年10月27日 (木)

十月歌舞伎座夜の部

1024日 十月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
身体にまだ自信がなかったので、「外郎売」は申し訳ないけどパスした。松緑さんはじめ、若手揃いの配役が魅力だったんだけど…。
一幕見は立見がたくさんいた。
161027narikomaya 「口上」
襲名する4人を入れて豪華な顔ぶれの総勢19人。藤十郎さんの挨拶から始まった口上のほんの一部だけをかいつまんで。
玉三郎:新芝翫さんのことはずっと本名の「こーちゃん」と呼んでいた。芝翫にいさんには女方を色々教わった。
歌六:芝翫にいさんには世話になった。一家力を合わせて励んでほしい(だったかな?)。
又五郎:芝翫おじさんは大きな存在だった。

松緑:芝翫おじさんに世話になった1人である。縁の深かった祖父も父も泉下で喜んでいるだろう。
菊之助:新芝翫にいさんには役のことを色々教わっている。3人の息子さんたちは出演のない舞台にも足を運んでいる。
雀右衛門:新芝翫さんとは家族で親しくしている、私も先代に世話になった1人。
我當:芝翫家と片岡家とは200年以上のつきあい。
菊五郎:神谷町のにいさんは長らく菊五郎劇団にいたので色々教わった。八代目芝翫さん、奥様に叱られながら遊ぶのもけっこうだが、3人の息子さんを立派な役者に。

吉右衛門:先代芝翫にいさんには公私にわたって世話になった。気さくな方で、先人の面白い役者の話、好きな競馬の話などをしてくれた。
魁春:熊谷に先代とたびたび出演した。児太郎さんも含めて成駒屋一門、自分も親戚である。よろしく。
東蔵:先代には色々な役だけでなく、競馬、麻雀も教わった。芝居好きの幸二クンが八代目を襲名する(のは感慨深い)。3人の兄弟は競い合って成長していくことだろう。
七之助:叔父には幼少の頃から可愛がってもらい、色々な舞台で色々教わった。3人の初舞台には全部出演している。
児太郎:父福助も喜んでいる。襲名を機に歌舞伎座の舞台に1日も早く立てるようリハビリに励んでいる。
梅玉:襲名は一門にとり嬉しいこと。先代もさぞ喜んでいるだろう。兄福助さんも必ず戻ってくるだろう。先代には世話になりっぱなしで恩返しをしていない。新芝翫さんを下から支えたいが、本人はしっかりしている。私生活では、自分が体調を悪くしたときわけのわからない薬をもってきた。また2人ともタバコを吸っていたが、何年かまえコーチャンはやめた。そうすると自分に禁煙しろと言ってくる。大きなお世話です。

我當さんが片岡家を代表して出ていらしたのが痛々しいようでもあり、ほっとしたようでもあり。菊五郎さんの「奥様に~」には客席笑い。梅玉さんが「私生活」と言ったら客席又笑い。梅玉さんの言う私生活はあの問題ではなかったのだけど、みんな敏感に反応するよね。梅玉さんのタバコの話は面白かった。ちょっと興味深かったのが先代芝翫を「おじさん」と言うか「にいさん」と言うか。歌六さんが「にいさん」で、又五郎さんが「おじさん」、5歳半の年齢差で違うのか。

「熊谷陣屋」
第一印象は、熊谷の顔ってこんなに赤かったっけ?ということ。
全体的な印象としては、團十郎型は熊谷という「男」の物語であり、芝翫型は熊谷とそれを取り巻く人たちの物語であるということ。團十郎型は熊谷の心情が前面に出て、ラストも広がった悲しみが花道の熊谷に向かい熊谷1人に凝集する感じでドラマチック(それゆえ相模の心情はどうするの?と、もやもやが残る。だから、2人で旅立つ澤瀉屋型を見てちょっとほっとしたりもするのである)。芝翫型は悲しみが全体に漂ったまま終わり、無常感がより強い気がした。どちらがいいとか悪いとかでも、好きとか嫌いとかでもなく、芝翫型のほうがすっと共感できたのはその辺の違いからだろうか。もちろん、これまでの團十郎型には何度も泣いたし、感動もした。芝翫型と團十郎型は形だけではなく、焦点の当て方が違うのだろうと思った。
新芝翫さんの熊谷は見た目も立派で、器の大きさと神経の細やかさを持っているように見えた。熊谷では甲高い声も使わないし、その体躯とともに重厚さが感じられた。敦盛を討ったと詰寄る藤の方に対し、高く跳び上がって座ったのには驚いた。
魁春さんの相模は武将の妻として控えめにしている部分と息子への心配、藤の方への配慮などが細やかであった。義経が登場した時、下手奥で相模が藤の方を守るようにして控えたのが印象的だった(團十郎型でもそうだったかもしれないけど、今回はそういうところにも目がいく)。
相模が首を熊谷から受け取る場面は感動的だった。熊谷と相模が2人で首を抱きしめるような形になり、芝翫さんの手が妻をいたわるように魁春さんの手に重なる。相模が心配して禁じられていた陣屋を訪ねるほど大事に育てていた息子の命を自ら奪った熊谷の苦しみと悲しみを、2人で分け合っているように見えた。
吉右衛門さんの義経は若々しく品位の高さがあたりを圧倒する。ちょっと痩せた?ような気がしたが…。
弥陀六はこれまであまりよくわからなかったが、今回は自分のせいで平家が滅びつつあることに対する罪悪感から逃げようとして石屋になっているのかもしれないと思った。
「十六年も一昔」は團十郎型の花道とは違って、二重屋体の上で心情を語った後に言う。義太夫の後、頭をなでる。そのまま手を胸に当て「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」と唱え、横を向いて泣く。それを見て弥陀六が「長居は無用」と立ち上がる。義経を頂点にして藤の方・弥陀六、熊谷夫婦と並んだまま幕が引かれる。この幕切れが冒頭に書いた、悲しみが全体に漂ったまま無常感がより強く感じられたということに繋がるのである。
「藤娘」
玉さまの美しさ!! 7年前に(もう7年も経つのか。ついこの前のような気がしていた)梅枝クンの「藤娘」を見た時の清新な美しさに覚えた衝撃とは違う衝撃。梅枝クンに感じた文字通りフレッシュな時分の花というのとはちょっと違う。円熟の美しさ、愛らしさであり、円熟ながらフレッシュでもあるのだ。とくにほろ酔いのところが可愛かったなあ。ただただ、目を奪われました。
<上演時間>「外郎売」37分(16301707)、幕間25分、「口上」20分(17321752)、幕間30分、「熊谷陣屋」87分(18221949)、幕間15分、「藤娘」23分(20042027

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コメント

SwingingFujisan 様
こちらにも失礼します。玉三郎の「藤娘」とにかく、どの人とも異なる別世界でしたね。
ところで、今日、歌舞伎座11月 昼の部みてきました。全く期待しなかった染五郎の「毛抜」が予想外に良かったです。この役、決して荒事のみではなく、捌き役のさわやかな色気が必要だからでしょう。「連獅子」皆、熱演でしたが、中村屋父子の3人連獅子と比べるのは酷かもしれません。あれは、演じるほうも、見るほうも、どんどんテンションがあがる稀有な体験だった気がします。幸四郎の「加賀鳶」、大分手馴れてきましたが、やはりちょっと違うのかなあと。いつもと同じ思いですが。幸四郎は松蔵のほうが本来の本役でしょうか。

投稿: レオン・パパ | 2016年11月 3日 (木) 19時06分

レオン・パパ様
こちらにもありがとうございます。
玉三郎さんの「藤娘」、本当に魅力的!! 見られて幸せでした。九月の「元禄花見踊」、来月の「二人椀久」「五人道成寺」と若手への指導という面もあるのでしょうが、玉三郎さんの舞踊が歌舞伎座で頻繁に見られるのは嬉しいです。

「毛抜」―色々な弾正を見てきましたが、想像するに、染五郎さんの弾正が一番さわやかでさっぱりした色気があるかも。楽しみになってきました(私の観劇日はだいぶ先なのです)。
孝四郎さんは悪役をやりたいんでしょうね~。

投稿: SwingingFujisan | 2016年11月 3日 (木) 22時54分

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