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2016年12月15日 (木)

十二月「仮名手本忠臣蔵」

1214日 「仮名手本忠臣蔵」第三部(国立劇場大劇場)
161215tyusingura せっかくなので討入の日に観劇することにした。
プログラム売り場にはベルトパーテーションがあって「入口」「出口」が表示され、短いながら行列ができていた。驚き。イヤホンガイドにも長蛇の列でさらに驚き。プログラムには幕間にも並んでいる人がいて、またまた驚き。台本は10月が売り切れで後日注文、11月は初日に見たからわからないが、今月もきっとかなり売れているのだろう。客席もかなり埋まっていた。
「八段目」
松林の舞台。柝で松の後ろの黒幕が落ち、富士山が現れたが、ほんの一部しか見えない。3階から見ているからそれでも見えたのであって、1階席だと見えなかったかも。やがて松が上手下手の両側に分かれると富士山が今度ははっきり見え、旅姿の戸無瀬と小浪が立っていた。自分のあてにならない記憶というか感覚では花道から登場すると思っていたから、不意をつかれた(花道を時々気をつけていたのに、なかなか出てこない…そりゃそうだ)。
児太郎クン(小浪)は可愛かった。華もあるなあ、この子、なんて思ったりもして。魁春さん(戸無瀬)に母の情愛が感じられた。
浄瑠璃の詞章がよくできていて、感心した。舞台と台本、両方見るのは大変だったけど、耳で聞いていただけではわからないところが多過ぎる。文字を見て、ああそういうことなのかと面白かった。
「九段目」
珍しくお昼を食べてしまったので、案の定、途中寝た(最近、すっごくおなかがすくのだ。食欲の冬?)。
幕が開くと、梅乃さん(下女りん)が門前の雪を竹箒で掃いている。掃き出しは重く、掃き終わりはさっと、という感じで雪の重さが感じられた。裸足に下駄なんだなあ。
雪転しは初めて見た(ような気がする。平成中村座でもやったかしら?)。雪玉に込められた意味を由良之助が力弥に語るが、そこはあまりよくわからなかった。しかし、後にこの雪玉で作った二基の五輪塔が窓の外に現れると、そういうことかとはっとさせられた。
力弥は錦之助さん。声を高めにしてかつ武士としての力強さも籠められているような立居振舞で、ニンとしてはぴったり。1人でいる時は若々しくて違和感はないのだが、みんなの中に入ると年齢的に少し無理があるかなあという気がしないでもなかった。
笑也さんのお石は、透明感が邪魔するのか、冷たい印象だった。もちろん、戸無瀬と小浪には思うところがあって冷たくするのだが、それ以上に冷たさを感じた。祝言の引き出物として本蔵の首がほしいと激昂した時に初めて人間らしさが見えたような気がした。しかし声を低く抑えているせいか、また武士の妻として気張った雰囲気を出しているせいか、全体に男っぽく聞こえてしまった。
戸無瀬と小浪の到着、「道行」では2人だけだったのに、しかも2人とも歩きだったのに、小浪は乗物に乗り、供侍までついている。「葛の葉」でも思うのだが、娘は乗物に乗せ、母親は歩くのね。大事な箱入り娘だからってことなのかな。
寝たのはお石に嫌味を言われ、母娘が嘆いている間で、小浪の死の覚悟あたりからは目が覚めた。

本蔵(幸四郎)が登場して男の物語になってからぐっと面白くなってきた。賄賂を贈ったために師直のいじめの矛先が判官に向かったことを本蔵はやはりすまないと思っていたのだろう、本蔵が判官を止めたのは「相手死なずば切腹にも及ぶまじ」と考えたからで、それは自分の一生の不覚であったと苦しい息で血を吐くように語る。忠義のためでなければ捨てない命を娘のために捨てると言うが、そこには由良之助の忠義に同調するものがあったのだと思う。幸四郎さんはやっぱり泣くけれど、今回は本蔵の苦悩が伝わってきて、私もちょっと泣けたな。
梅玉さんの由良之助は七段目からつながる色町の風情も、人としての大きさもあってよかった。
「十段目」
義平(歌六)のかっこよさに尽きる。まさに「天川屋義平は男でござる」‼ 展開にはらはらしたが、この人の度胸ならと安心もしていられた。十段目は一度か二度見ているのだが、だいぶ忘れている部分が多かった。丁稚伊吾(宗之助)のところと妻お園との物語は完全に忘れていて、新鮮な気持ちで見た。伊吾と義平の倅由松との場面はほのぼの笑いを取っていた。高麗蔵さん(お園)のくどくどし過ぎない情愛、未練がとてもよくて、由良之助の機転で救われて心が温まった。
「十一段目」
浅葱幕が振り落されると塩冶浪士46人が勢揃いしていて、客席が「おお‼」という声でどよめいた。ここは立ち回りを楽しんだ。力弥(米吉)vs 高師泰(男女蔵)、矢間重太郎(隼人)vs 茶道春斎(玉太郎)、千崎弥五郎(種太郎)vs 和久半太夫(亀蔵)、そして竹森喜多八(亀寿)vs 小林平八郎(松緑)などなど。重太郎と春斎の場面は哀れだった。隼人クンが春斎をなんとか助けたい、しかしはずみで命を奪ってしまったその気持ちをよく表現していたと思う。平八郎が喜多八を池の中に落し、橋の上で見得を切った時「紀尾井町」の掛け声が。その時客席から笑いが起きたのは解せない。
師直を見つけた弥五郎と重太郎が合図の笛を吹いたときにはぞくぞくした。
判官の位牌に師直の首を供え焼香する場面。1番は重太郎であったが、2番はなんと!! 由良之助が懐から縞の財布を取りだしたではないか。思わず涙が出た。「これぞ忠臣二番目の焼香、早野勘平がなれの果て、金戻したは由良之助が一生の誤り、不憫な最期遂げさせしと、今宵夜討も財布と同道」。菊五郎さんの勘平が目に浮かぶ。勘平のかわりに平右衛門(錦之助)が呼ばれ、「妹婿に代わって焼香いたせ」との由良之助の言葉。七段目のおかるも目に浮かび、しばらく涙が止まらなかった。
梅玉さんの由良之助には幸四郎さんや吉右衛門さんのような圧倒的な大きさはないが、人としての大きさ、温かさが胸にしみる。いい由良之助だと思う。そして役者としては、無念の最期を遂げた判官、その恨みを晴らした由良之助がともに梅玉さんであるというのが、よりカタルシスになったような気がする。
花水橋では46名全員が名乗ったのがよかった。桃井が左團次さんという配役も面白い。義士たちの引っこみでは、義士の最後、由良之助の前が平右衛門で、またまた泣けてしまった。
十一段目も見ているはずなんだけど、焼香とか、名乗りとかそうだったっけ。だいぶ忘れている。
全体としてはやはり11月が面白く、五段目・六段目、七段目が見取りで繰り返し上演されるのもわかる気がする。とはいうものの、通しであればこその絶対的な面白さもあるのだから、たまにはこうして通しでみるのもいいなと思う。疲れるけど。
<上演時間>「八段目」30分(11001130)、幕間35分、「九段目」110分(12051355)、幕間20分、「十段目」40分(14151455)、幕間15分、「十一段目」45分(15101555

冒頭の写真は討入の日観劇記念としていただいたクリーニングクロス。画は三代目豊国の「忠臣蔵十一段目」。これは記念品にはせず使いたいけど…。

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コメント

SwingingFujisan様
おはようございます。昨日、国立劇場観てきました。大幹部のぶつかりあいというよりは、幸四郎一座でまとまりのある忠臣蔵だったと思います。最近の九段目の本蔵、幸四郎が多いので、播磨屋や松嶋屋でも観たいものです。幸四郎、悪くはないのですが、やはり感情過多で、義太夫狂言の枠組みから外れる気がします。魁春、この役のベストではありませんが、立ち役によりそう風情がこの優らしく結構でした。
「十段目」めったにでないのですが、私は先代猿之助が復活した「四谷怪談忠臣蔵」で初めて見た記憶があります。数年前の演舞場では、右近が演じていましたね。今回の歌六、最近老け役がおおいのですが、今回は男盛りの役柄、よかったと思います。
 「十一段目」ずいぶん丁寧な上演でした。茶坊主の場は最近よく省略されますよね。勘平の財布の焼香は、国立の通しでは大体出すようです。この段でよかったのは、松緑と錦之助、松緑が小林ひと役というのも気の毒ですが、気迫十分でした、最初の第一声がお父さんそっくり(スパットきれるようなセリフ回し)で、ちょっとぞくっとしました。そのあとはいつもの声でしたが。錦之助は今の芸風なら、力弥より平右衛門なのでしょう。

投稿: レオン・パパ | 2016年12月18日 (日) 10時16分

レオン・パパ様
こんにちは。コメントありがとうございます。
「仮名手本忠臣蔵」の面白さを堪能できた3カ月だと思いました。
幸四郎さんの感情過多は、いい場合とちょっと…という場合がありますね。私は今回は気持ちが伝わるように思いましたが、たしかに義太夫狂言からは外れるのかもしれません。魁春さんは最近とてもいいなと思うようになりました。立役に寄り添う風情について、私は新歌舞伎ではありますが「井伊大老」のお静の方で一番感じます。
十段目は私も初めてではないんですよね。でも「四谷怪談忠臣蔵」で右近さんの義平だったことは忘れていました。なんとなく平成中村座だと思っていたのですが、中村座では十段目は上演されなかったようですね。
松緑さんは定九郎と小林というどちらも短い出番で難しいことだとは思いますが、存在感を示しましたよね。おとうさんの声そっくりというのは、気が付きませんでしたが、そういうところにおとうさんのDNAが感じられるのは嬉しいですね。
今回は台本のセリフを参考にしながら見たので(それがいいことなのかどうか…)、私にはよりわかりやすかったのだと思いました。

投稿: SwingingFujisan | 2016年12月18日 (日) 16時33分

3か月通して感じたこと
【残念1】
仁左衛門、玉三郎が参加できなかったので、30年前の大顔合わせに比べると少し地味だったですね(30年前も二世松緑が結局休演はしましたが、それでも「戦後歌舞伎の集大成」ではあったのに比べると、「平成歌舞伎とそれ」とは言い難かったかなぁ~)
【評価1】
笑也のお石抜擢・・・評価は分かれるのかしれませんが、国立劇場の永年の養成の成果として幹部が演じるこの役に登用した国立劇場の思いを感じました
【評価2】
二段目も前回公演では書替の「建長寺の場」のみだったのが、力弥使者から始め、「桃井若狭助館」で上演したり、三段目も「裏門合点」があり、四段目も「花献上」があり、八段目も原作通り二人だけの道行、九段目の雪こかしから上演するなど丁寧な上演でした
【限界も・・・】
とは言え、五段目の定九郎と与市兵衛のやりとり、六段目の一文字屋の主人はお才と源六の二人制など、「定着」してしまった場面では原作通りというのは難しかったようですね
十段目も由良助は長持から出るのが正しいのですが、正面奥から登場しましたね・・・さすがにアザトイと思ったのか、原作通りではなく少し残念でした
十一段目も勘平の焼香を入れるなど評価できる一方で、いつもの剣劇調の改作は変えられず・・・これも現代人には気が変わって良いのでしょうけれど・・・また稲村ヶ崎勢揃いや薬師寺・伴内の成敗はカットだったのは時間の関係もあるのだろうけれど残念でした
【残念2】
「仮名手本」は「假名手本」と表記して欲しかったですね
文楽の方も「仮名」になってしまいました
ちょっと寂しいなぁ
【満足】
残念、残念と書きましたが、でも全体を通してみれば、大満足な記念興行と言えると思います!!
役者で言えば、大幹部の頂点を極めた感のある演技は別格として、錦之助丈が3か月通して実力をみせ、児太郎の小浪など若手の成長も感じられました
全段の中では、七段目が最良でしょうか
次は「六十周年」ですかね・・・また文楽との競演も含め、記憶に残る公演を期待したいと思います

投稿: うかれ坊主 | 2016年12月18日 (日) 22時59分

うかれ坊主様
ご丁寧なコメント、ありがとうございます。
本格的な通しは私は今回が初めてだったので、大変興味深く面白く感じましたが、よくご存知の方には物足りなさもあったのですね。丁寧にする部分もあれば時間の関係で省かなければならない部分もありで(それでも10月11月は5時間超え、12月も5時間弱でしたものね)、この演目がどれだけ大きいものなのか、わかりました。演出が時代とともに変化するのはやむをえないことかもしれませんね。私のように昔を知らない観客には、これが基本となるわけですが。
錦之助さんの通しでの出演はとても嬉しく思いました。華は持っているのに地味な印象を受けるので、もっともっと活躍して華を見せてほしいです。
笑也さんの抜擢--こういう抜擢は時々やってくれないかなあ。
七段目、私も一番充実してよかったなと思います。

投稿: SwingingFujisan | 2016年12月19日 (月) 23時04分

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