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2016年12月 8日 (木)

奇抜だけじゃない、認識を新たにしたダリ展

128日 「ダリ展」(国立新美術館)
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日までの会期でいつものように駆け込み。混雑状況レポをネットで見て覚悟を決めて行ったが、デトロイトがお昼頃比較的すいていたのでその時間帯を狙って昼前に着いたら、入口には行列もなく、中も人は多かったもののちゃんと作品を目の前で見ることができた。小さい作品の前はさすがに何重にも人垣ができていたが、それでもどうにか前に出て見られた。
もう10年以上も前になると思うが、パリのダリ美術館に行ったことがある。絵画鑑賞というよりも、全体的になんか楽しかったような気がする。今回は作品そのものを鑑賞した(と思う)。
絵画のタイトルは時々抽象的すぎて作品の何を表しているのかわからないことがあるが、ダリのタイトルは非常に具体的で、また作品も具象的でわかりやすいにもかかわらず、「??」なことも間々あった。こっちの頭がついていかれないのよ。そして、私はダリについてほとんど何も知らなかったことに気が付かされた。これまでは、奇抜な発想の奇抜な作品が面白いという程度の認識だったが、ダリは真剣に「この世界」、「生」を考えていたんじゃなかろうか。的外れかもしれないけど、時計とか速度とかをモチーフにした作品を見るとなんかそんな気がしたのだ(私がそこから「生」を感じたということ)。
初期の頃のダリは、古典的な画法、印象派、点描画、ポスト印象派、ピュリスム、キュビズムなど様々な技法に取り組んでいて、ちょっと驚いた。初期の作品の中では「縫い物をする祖母アナの肖像」(第1章)が好き。青を基調として窓からは海が見え、すっと胸にしみこんできた。
ヘレナ・ルビンスタインのための壁面装飾3点の「幻想的風景」(暁、英雄的正午、夕べ)(第5章)―おお、ヘレナ・ルビンスタインとは‼ 肌に合っていたのか若い頃ずっと使っていたから、そっちのほうでなんか感動してしまった。

別の画家の作品を自分風に描いているのが面白かった。「テトゥアンの大会戦」(第8章)はフォルトゥーニの作品に基づいた大作で、細部にダリらしさ満載。「子ども、女への壮大な記念碑」(第3章)ではミレーの「晩鐘」の一部を、「謎めいた要素のある風景」(第3章)ではフェルメールの「画家のアトリエ」の一部を作品に取り入れている。「船」(第5章)はドーソンの「風と太陽…稲妻号」を大胆にアレンジしている。初期の「ラファエロ風の首をした自画像」(第1章)は、もちろんラファエロの自画像に基づいている。
原爆投下にショックを受けて描いた作品の数々(第7章)は、ダリのことだからストレートな表現ではないし、反戦作品というわけでもない。しかしなんかそこからインスパイアを受けたことが伝わってくるように思った。
興味深かったのは<形態学的なこだま>という技法。言葉だけ聞くと難しくてさっぱりわからないが、要するに同じモチーフを繰り返し作品に描いていくことだと解説されて実際に見ていくと、なるほどと理解できる。代表的なのが「奇妙なものたち」(第3章)だろうか。奇妙なのに美しい作品だ。

ダリは舞台芸術、本の挿絵、アクセサリーも手掛けている(第6章)。舞台芸術や挿絵はまさにダリの世界と言えるだろう。アクセサリーの中では「記憶の固執」がもちろんダリそのものだが、私は「電話(ピン)」がよかった。

ダリはさらに映画にもかかわっている。「アンダルシアの犬」(1929年、白黒、サイレント、1549秒)はタイトルは知っていたが見たことはないし、監督のルイス・ブニュエルとともにダリが脚本を書いているのは知らなかった。衝撃的な場面があるから子供は注意するようにという貼り紙があり、さらに「冒頭目玉を切り裂くシーンがあります」から気を付けるようにという係の人の注意があったり、さてどんな映画かと興味津々だったが、注意のあった恐ろしい場面は目を瞑って見ないようにした。イメージの断片が次から次へ展開されるといった感じで、なんだかわけわからないながら、こういう映画は嫌いじゃないと思った。ブニュエルは「昼顔」、「哀しみのトリスターナ」を見ているが、今にしてあの2作品の不思議な感覚はここに繋がっているのかも、と思わないでもない。ダリ描く「ルイス・ブニュエルの肖像」(第2章)はなかなかの迫力。
「白い恐怖」(1945年、ヒッチコック、白黒、トーキー)も見ていない。今回の上映はダリがデザインした幻想のシーンのみということで106分のうちの240秒。同時上映の「デスティーノ」(1946年、2003年完成、カラー、トーキー)はディズニーの作品で、脚本とアニメーションがダリらしい。いかにもディズニーとダリの融合って感じだった。しかし1946年の作品が2003年完成ってどういうこと? 
今回の展覧会は作品解説がとても少なくて、音声ガイドも借りない私は作品理解が十分できていないのだけれど、自分なりの感覚で見ればいいか。その感覚でいくと、まずダリは絵がうまい(なんて、おこがましいけど)。ピカソにしてもダリにしても、うまいからああいう作品が成り立つんじゃないかしら。
最後に、ダリって若い時はとてもハンサムだったのね。あのヒゲが邪魔をしてよくわからなかったけど。運命的な出会いをしたガラに生涯一筋だったというのがいいなあ。もちろんガラへの愛で描いた作品はたくさんあるだろうが、ガラの視点の違いを描いた「雲の中の戦い(立体鏡絵画)」2点(第4章)に、私はガラへの愛情をとくに感じた。

グッズ売り場に出ると、オープニングで用いられた金属の能面が飾られていた。また、はいだしょうこ画伯の「ダリさん」も!! 噂には聞いていたけど、確かに…。

「メイ・ウェストの部屋」を見逃した‼ 悔しいっ。入口入ってすぐに横からは見えたのよ。正面から見える場所の案内が出ていたから後で見ようと思っているうちにすっかり忘れた。写真撮影もOKだったのに。ばっかだねえ。

第1章 初期作品
第2章 モダニズムの追求
第3章 シュルレアリスム時代
第4章 ミューズとしてのガラ
第5章 アメリカへの亡命
第6章 ダリ的世界の拡張
第7章 原子力時代の芸術
第8章 ポルトリガトへの帰還―晩年の作品

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