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2017年2月

2017年2月28日 (火)

巡業、多分東コース

今年の巡業、第一報かな? 江戸川でやるので多分、東コース?
芝翫さんの襲名公演で、演目は「猩々」「口上」「熊谷陣屋」。
梅玉さん、歌六さん、高麗蔵さん、梅花さんが付き合う。梅玉さんと高麗蔵さんは去年に引き続き巡業(高麗蔵さんは去年、東コースと西コース2度も巡業に出ている)。いずれも様、体をこわされませんように。

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2017年2月27日 (月)

二月歌舞伎座夜の部再見

226日 二月大歌舞伎千穐楽夜の部(歌舞伎座)
二度目の夜の部。さすがに千穐楽、幕見は「太十」でも立ち見が出るほどだったし、「梅ごよみ」でもいたかも。二度目なので簡単に。
「門出二人桃太郎」
前回は花道の見える席で舞台の上手側が見切れる席だったが、今回は正面で花道は七三ぎりぎり。おかげで、前回見えなかった桃の流れてくるところがよく見えた。遠くから近づいてくるということで、黒衣さんの扱う桃の大きさが3段階で大きくなるのが客席の笑いを呼んでいた。なんかほのぼのしてよかったな、あの桃の流れは。
犬、猿、雉の踊りは前回はややバラバラだったが、今回はちゃんと揃っていた。
口上は前回とほぼ同じだったと思うが、染五郎さんの「二人の今後は皆様が生き証人」に笑いが起きた。私は生き証人になれないから、若い皆様に託します。芝翫さんが「泉下の兄も喜んでいる」と言った瞬間、どっと涙が湧いてきた。
桃太郎出陣のとき、勘九郎さんが2人の後ろで一つ一つの動き、セリフを確認するように頷いていたのが印象的だった。2人の花道引っこみを彌十郎さんが両手を振って嬉しそうに見送っていた。
勘太郎クンはすっかり立派に役をこなしていた。長三郎クンはややマイペースな感じだが、おにいちゃんに従って頑張っていた。2人ともとにかく可愛い可愛い。
松緑さんが長三郎クンを近くでしっかりあたたかく見守っていた。
「尼ケ崎閑居」
前回だいぶ寝てしまったので今回は絶対寝ないぞと心していたのに、リベンジどころか、今回のほうがもっと寝てしまった(この時間帯、うちでも寝ていることが多い)。本当に申し訳ないし、情けない。わずかに目をあいていた範囲でだが、鴈治郎さんには前回ほど抵抗感は覚えなかった。
「梅ごよみ」
菊之助さんの、男を待って柱に寄りかかる姿、男にすり寄る動き、しゃがんで手水を使う仕草、すべてが美しい。その点で勘九郎さんが及ばないのはやむをえないが、一方で勘九郎さんには心意気、きっぷのよさがある。下駄で打ち据えられた悔しさには私も胸がかっかっした。「夏祭浪花鑑」のお辰を又見たくなった。
歌六さんがカッコいい。女どうしの厄介な揉め事を収める度量、深川で生きる男の意地と正義、柔らかさと硬派なところと。こういう役は歌六さんを措いてほかにいないかもと思った。
染五郎さんはモテ男の曖昧な心(やさしいんだろうなあ)を自然に見せていて、まさに丹次郎=染五郎みたいだった。
それにしても丹次郎に半次郎、聞き間違えるわ。
<上演時間>「桃太郎」38分(16301708)、幕間25分、「尼ヶ崎閑居」72分(17331845)、幕間30分、「梅ごよみ」序幕9分(19151924)、幕間5分、二幕目・三幕目78分(19292047
前回見たときより3分短縮されていた。「尼ヶ崎閑居」が1分、「梅ごよみ」の二・三幕目が2分。

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2017年2月26日 (日)

超・魅力、もっと知りたくなった日本刀:「超・日本刀入門」

224日 「超・日本刀入門」(静嘉堂文庫美術館)
170226seikado1 だいぶ前にチケットをいただいていたのだが、遠いので迷っていたところ、最近この展覧会の評判をあちこちで目にし、心が動き始めていた。何となく「ぶらぶら美術館博物館」の録画フォルダを開いたらこの展覧会があったので見た。そしたら、何が何でも行きたくなって、来週なんて言ってると機を逃すかもしれないから、即行くことに決めた。
二子玉川は学生時代1度降りたことがあるかどうか…ほぼ初めて。大きな駅なので驚いた(昔、こんな大きかったかなあ)。静嘉堂文庫HPの丁寧なアクセス説明を頭に入れて、バスターミナルへ。さらに驚いたことに、家を出る時は青空だったのに、二子玉川は今にも降り出しそうな曇り空。あららら、霙がちらほら舞っている。傘の心配をしながら成育医療研究センター行の東急コーチバスに乗る。けっこう混んでいて、ほぼ全員静嘉堂かな、なんて考えたら、やっぱり大半が静嘉堂文庫で降りた。
バス停から少し先に入口があり、さあ美術館と思ったら、な~んとそこから緑に囲まれた坂道を約5分のぼる。びっくりしたわ~。しかし後にその敷地の広さにもっとびっくりすることになる。鑑賞後外に出て見たら山1つ分という感じなんだもの。
静嘉堂文庫は岩崎彌之助・小彌太親子(三菱2代・4代社長)によって設立され、20万冊の古典籍および6500点の東洋古美術品を収蔵しているのだそうだ。三菱と言えば、昨年東洋文庫に圧倒されたばかり。三菱財閥恐るべしだわ‼ 静嘉堂文庫については事前予習しておいたけれど、とにかく、驚きの連続。

刀は不思議な魅力を持っている。見方がわからなくても、どこか魅入られるような<気>が感じられることがある。しかし見方を多少なりとも齧り、その線で見ていくとまた別の魅力が立ち上がってきて、そうすると逆に<気>は二の次になってしまう。
もちろん齧ったと言ったところで刀の何がわかるということもなく、入口で配られた「図説・刀剣鑑賞の手引き」というリーフレット(刀の類別」、「刀の時代区分」、「刀の各部名称」、「刀の見どころ」と丁寧な資料は初心者にはありがたい)とぶらぶらの記憶を重ね合わせれば「姿」「刃文」は(初心者には色々な刃文が覚えられない)、「ああ」と感じるものがあるものの、「地鉄(肌)」になるとまったくわからない。もっとわかるようになりたい‼
静嘉堂にある国宝・重文9振のうち7振(国宝は手搔包永太刀)が展示されていて、それぞれに押し形と姿、波文、地鉄が書いてある。押し形というのは、刀剣の形状を原寸大で写し取り、刃文の特徴を抜き出したものだそうで、魚拓みたいなものかなと思った。重文「嘉禎友成太刀」は伝通院から明治初期に刀商に流出し、より古い作に格上げするため偽銘切里の名人細田直光により年紀銘がつぶされたのだそうだ。子供の頃よく遊んだ伝通院にあった刀というので興味をもって見たが、そんな細工がされることもあるのかと驚いた。
刀は作られる地域によってその特徴が異なるということを初めて知った。古刀は五カ伝と言われ、山城伝・大和伝・相州伝・備前伝・美濃伝の5つに分かれる。考えてみれば、仏像だってなんだって地域による特徴があるのだから驚くにはあたらないが、そういうことも耳新しくて面白かった。
さらにワクワクする展示が、武将たちの愛刀。信長から滝川一益に下された「古備前高綱太刀」とか直江兼続の愛刀「後家兼光」とか、刀工、刀の特徴、由来を読むと、佩刀している武将の姿が脳裏に浮かんで、わくわくするのだ。
刀の他には鐔(つば)、三所物(みところもの:刀剣の外装金具で、笄、小柄、目貫。歌舞伎でも小柄が悪業の証拠になる演目があったよね)、印籠などが展示されていた。
重文「平治物語絵巻 信西巻」は日本に3巻しか存在しないのだそうだ。信西が自害する場面、遺体を埋めた家来が信頼方にみつかり遺体の場所を教えざるを得なくなり遺体が掘り起こされる場面、遺体の首が斬られ、槍先にぶら下げられて京へ戻る場面、信頼の首実検の場面がけっこうリアルに描かれていて、昔の日本に内乱が何度もあったこと、戦の無残さ、むなしさが胸に迫って感じられた。
たしかに三菱財閥すごい‼ それに加えて学芸員さんの熱意とアイディアが今回の展覧会の魅力だね‼

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2017年2月24日 (金)

まさに千年の至宝「春日大社」展

222日 「春日大社 千年の至宝」(東京国立博物館)
170224kasuga1 恥ずかしながら、春日大社のこと、こんなに何も知らなかったとは‼ 
まず、どなたをお祀りしているのか。武甕土命(たけみかづちのみこと)が第一殿の祭神。常陸の国から鹿に乗り、御蓋山山頂に降臨されたのだそうだ。その後お迎えした経津主命(ふつぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、比売神(ひめがみ)が四棟の本殿が造営されたとのこと。しかし古代の神様のお名前、人名は読めない。「歴代天皇総覧」という本も、古代でつまづいてただ今休読中。
御本殿は拝観できないということも知らなかった。それだけ春日大社が神聖な場所であるということ――実は一般観光客が簡単に拝観できるんだと思っていた。サラメシ見たのにそこまでは気がつかなかったわ。

さて、展示品数はトーハクであるから膨大な量である。ぜんぶお宝である。リストをチェックしながら見ていったのだが、リストの並びと展示の並びがうんとかけ離れている部分もあって、でもどうしてそんな並びになっているのかを考える余裕もない。展示品は、春日大社創始の歴史や御神鹿に関連する資料、美術品、繊細で美しい本宮御料に若宮御料(平安の正倉院と言われているそうだ)、信仰に関する像や絵巻、曼荼羅など、武具、芸能関連の作品(衣裳や面も)、そして式年遷宮に関連した資料に狛犬など。
何点もある春日鹿曼荼羅や春日宮曼荼羅からは、春日大社が神鹿の社であること、また春日大社の位置づけなどがわかるようであった。神鹿の背に榊が立っていてその上の円相に武甕土命が描かれている鹿曼荼羅には降臨ドラマが感じられてちょっとドキドキした。
「春日権現験記絵 巻十二」は絹本最大の絵巻で、めったに見られない原典である。そのため、ここだけは並んでいる。並んでも見たほうがいい。後のほうでその写本も展示されていた。できたら、両方を並べて比較したいところだったが…(ま、比較したところでわかりっこないんだけど)。
「鹿図屏風」は330年前のもので、鹿がほぼ原寸大に描かれている。
「延喜式 巻一」は九条家に伝わる現存最古の写本。最古の律令写本というだけで、なんかぞくぞくしてしまった。
「毛抜形太刀」は復元模造ではあるが、とてもとても美しい。刀も何点か展示されていたのだが、実はこの展覧会から帰った後で「ぶらぶら美術館博物館」の「日本刀入門」を見たのが何とも悔しい。番組を先に見ていたら、刀の見方も変わっていたのに(というわけで、2日後、静嘉堂文庫の「超・日本刀入門」を見てきました)。

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2017年2月22日 (水)

父思いつつ鍋敷き

170221nabeshiki
父がよく作っていた古いハガキを使った鍋敷き。だいぶ汚れてきたので自分で作ってみようと思ったはいいが、作り方がまったくわからない。ネットで探し出し、折り始めてみたものの、子供の時から超不器用、図工がだいっきらいだった私には画像も説明も見たってわからないの。ああ、なんで父に訊いておかなかったんだろうと、どれだけ悔やんだことか(親子の会話にもなったしね)。
それでも何とか折り方を理解して21枚(ハガキの数は多ければ鍋敷きも大きくなる。父が遺したものが21枚だった)。ところが今度は組み合わせ方がわからない。もうギブアップして息子にやってもらった。何度教わってもダメなのよ。
とまあ、苦労しながら出来上がったのが上の写真の鍋敷き。
明日は父の祥月命日だからいい供養になったかしら(もう7年も経つ…)。

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2017年2月18日 (土)

「四千両」幕見でリベンジ

217日 二月大歌舞伎昼の部幕見「四千両小判梅葉」(歌舞伎座)
この前寝てしまったのでリベンジ。1335開演で13時前に着いて、幕見の入口に立っていた係の人に「四千両、まだ大丈夫ですか」と声をかけたら「余裕です」って。38番目だったが、確かに余裕で目指す席も確保できた。一方で、夜の部の幕見発売を待つ人たちの列がすごかったな。

さて、四千両。あらためて、けっこう長い時間寝入っていたのだと我ながら呆れた。まあ、ところどころ、ほとんどながら一瞬目覚めていたようで、記憶のある場面もいくつかあった。今回は役名で色々書くけれど、当然役者さんの演技がそう思わせるのである。

序幕「四谷見附外の場」。前回も書いたが、今は屋台のおでん屋をやっている富蔵(菊五郎)の昔の中間仲間(橘太郎、咲十郎)が本当に江戸の風情をうまく出している。茶碗の中まで指を突っ込んでなめまわしたり、酒やおでんの味噌をうまそうに口にしたり。富蔵は商売人としての面と昔の仲間としての面の両方を見せて面白い。
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人が去った後やってきた藤岡藤十郎(梅玉)に対してはワルの先輩としての図太さでおちぶれたお坊ちゃんの無謀な計画をたしなめる。富蔵が時々見せる凄みが効いており、富蔵と藤十郎の会話で2人のこれまでの人生や性格が垣間見える。御金蔵破りを持ちかけ、仰天した藤十郎が思わず「御金蔵?!」と叫ぶと慌てて「おでんや~おでん、甘いのからいの」とごまかす富蔵が面白い。
そこへ姿を見せた藤十郎の恋敵・徳太郎(錦之助)と掏摸の長太郎(菊之助)。4人のだんまりになるが、緊張感があって面白かった。この場面は、23カ月前の初見の記憶がなかったが、当時の徳太郎が松也さんだったことでな~んとなく思い出したような…。後に富蔵の牢に入ってくる長太郎の伏線になっているわけね(牢内の長太郎の挨拶ではこの後、富蔵と長太郎に別の出会いがあったようでもあるけど、自信ない)。
「藤岡内の場」。重い重い千両箱をやっとの思いで運んできたという感じが富蔵からも藤十郎からもよく出ていた。ちょっとした物音にもびくつく2人ではあるが、富蔵の落ち着いた見通しは堂々とした盗人らしさである。富蔵は主人を立てつつ盗人としては主導権を握っている。藤十郎が「(富蔵の)度胸がよすぎるんで怖くなった」と富蔵に斬りかかる気持ちはわかるような気がする。藤十郎にしてみれば、身のほど知らずの盗みをしちゃったのだ。主人として立てられているから主人らしい気分もあるが、実はビビりまくって富蔵がいなければ何もできないのだ。畳を上げ、板を剥がすときに大きな音が出るとすかさず「おでんや~おでん、甘いのからいの」と富蔵。「富蔵、ここはうちじゃ」と笑う藤十郎。2人の関係性が面白い。

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2017年2月16日 (木)

久しぶりの胃カメラ体験

久々に自治体の人間ドックを受けた。前回受診が20121月だから5年ぶりか。受けなくちゃと気にはなっていたんだけど、検便とバリウムがイヤでなかなか決心がつかないでいたところ、消化器はやっておいた方がいい、とくに大腸は早期発見で治るからと、医師をしている高校の先輩に勧められ、やっと申し込んだ。自治体のドックは施設によって内容が少し異なる。前回は眼底に自信がなかったので眼底検査をしてくれる施設を選んだが、そこはバリウム。かかりつけ医は眼底はないがバリウムではなく胃カメラ。眼底は去年眼科で調べてもらったので、今回は胃カメラを優先した(バリウムについては、専門医の間でも議論があるみたいだ)。
かかりつけ医では2013年の夏に食道に異常を覚えて胃カメラをやってもらっていて、鼻から通す方法を選び、完全に眠っている間にすべて済んでいたことを覚えているだけだったから、今回はちょっとビビリながら受けた。
順番はよく覚えていないが、20cmくらいの細い管を鼻に通された。前回の自分の記録を見ると、その管は一通りの処置の最後に通されている。今回は最初だった気がするなあ。前回の記録によれば、胃カメラの管が通るかどうかのテストだったようだ(以下、カッコ内は前回の記録から。やっぱり記録は取っておくべきだわ)。
それからどろっと白濁した薬を10㏄位飲む。バリウムのようでもあり、だったな(胃の泡を消す薬らしい)。
鼻にしゅしゅっとスプレー(左右の鼻の通りを調べるらしい)。

ふたたびどろっとした薬を今度は鼻から入れられ、喉にまわったら呑みこむようにと。これが気持ち悪い(前回も同じこと書いていた)。なかなか呑みこめずにしまいには右の鼻の奥に少し残ってなかなか喉におりてこないのがさらに気分悪い。
少し経つと再び鼻にどろっとした薬を入れられ、今度は呑みこまないようにと。5分以上も上を向いたまま呑みこまずにいるのは本当に苦しい(前回も同様につらかったと書いている)。その間、患者は与えられた処置をなすがままに受けるしかないから、もし万が一この薬が間違っていたら…とか、眠ったまま起きなかったら…とか不安になる。
喉の奥に薬をためていると、やがて舌がしびれ、のどの感覚が麻痺してきていることがわかる。やっと、薬を飲みこんでもいいとお許しが出てほっとした。これならバリウムの方がよかったかと思ったが、バリウムはあんな量飲めないし、長時間あとを引きずるものな。なんて考えているうちに意識を失った。目が覚めたらすべてが終わっていた。やっぱり胃カメラの方が断然楽。

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2017年2月15日 (水)

二月歌舞伎座昼の部

213日 二月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
ちょっと事情がありまして、「猿若江戸の初櫓」はパス。過去に2度見てはいるのだけれど、どんな内容だっけ…と前回(201111月平成中村座)の出演者を見ているうちに思い出した。猿若と出雲の阿国(勘九郎・七之助)と奉行(彌十郎)は前回と同じだが、その他の役は変わっているし(新・橋之助さんは当時も出演)、もちろん演じる人によって芝居の雰囲気も違ってくるだろうから見たかったんだけど…。
「大商蛭子島」
これは初めて。前回公演が19691月の国立通しだからそれも当然だ。おおそうか、この時正木幸左衛門実は源頼朝を演じたのが二代目松緑さんだったのか。今回その役を四代目松緑さんが演じているとは、今月は昼の部でも「桃太郎」的な先々代からのつながりが見られるわけだ。
なんかよくわからないけれど、しょうもない女好きの夫と激しい嫉妬妻→愛する人のために身を引く妻→どろどろの情念から逃れられない元妻→仏の力で厄が落ちてハッピーエンドって流れだった。
嫉妬妻おふじ実は辰姫・時蔵、女好き夫・松緑、その下男六助・亀寿という3人組は、役柄は違えど先月の合邦パロディの場面と同じ。時さまは先月は松緑さんとの年齢差を感じたから(役の上で年齢差があるからそれは当然だけど)、夫婦役で大丈夫かなあと懸念したが、若々しくて案外似合いの夫婦じゃんと思った。それにやきもち焼きにもけっこうかわいいところがある。まあ、男性にしてみたら鬱陶しいだろうけど。でも、奥さんの目の前で手習いの女の子たちを口説くんだから、おふじさんが鬼のように怒るのは道理だわ。
清滝(児太郎)が政子(七之助)と頼朝の「祝言の支度ができました」と言うのを聞いたおふじ=辰姫は自ら身を引いたとはいえ寂しそうで、女心の複雑さが感じられた。その後、夫と政子がすぐそばで「さあ、寝ましょ」なんてやっているのを見て(歌舞伎って、限られた舞台の中でここはこれくらい広い場所で、こことここはかなり離れているとかいうお約束があるけれど、幸左衛門の家はそんなには広くないのかしら。すぐそばで、だとしたらそりゃあ狂いたくもなるわ)理性と嫉妬の間で苦しむ辰姫。有名だという「黒髪」の場面になる。「待ってました」の大向こうがかかった。時さまの芸風がさっぱりしているので全体にドロドロ感がくどくなくて、私にはちょうどいい塩梅だったが、肝心の黒髪のところはもっとどろどろした感情を表してもよかったんじゃないだろうか。
幸左衛門って、せめて奥さんの前では控えなさいよ、と言いたくなるほどしょうもない女好きなんだけど、松緑さんには清潔感があって、いまいち好色さがぴんとこない。そのせいもあってか、松緑さんは幸左衛門よりも頼朝になってからのほうがずっとよかった。
政子はおっとりといじらしく、「政子」としてはイメージが違った(政子もかなり嫉妬深かったんじゃなかったっけ?)けれど、七之助さんのイメージにはぴったり。愛らしかった。
清滝の児太郎クンに感心した。政子より年長らしい落ち着きとしっかりした面がよく出ていた。清滝もおふじ同様相当気が強く、そのあたりも児太郎クンが好演していたと思う(この気の強さも政子のほうじゃない?と1人ツッコミしていたが、この芝居では政子はあくまでおっとりさん)。
勘九郎さんの文覚上人が堂々としてカッコよかった。声がよく大きく、透るのでわかりやすいのもよかった。
亀寿さんと團蔵さんは敵だったのかぁ。
けっこう面白くて、珍しく寝ずに見られた。

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2017年2月13日 (月)

来月、俳優祭‼

第38回俳優祭が3月28に開催されます‼ ってニュース、今気がついたわ。
歌舞伎座で昼夜2回。
ついこの間、そろそろ俳優祭があってもいいよね、でももう俳優祭はテレビで見られればいいかなあ、なんて思ったばかりだった。
いざ発表になると、「もういいかなあ」という気持ちが揺らぐ。でもチケット争奪戦の厳しさを考えると怯えるわ。

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2017年2月12日 (日)

敵を知ろう:「花粉と花粉症の科学」+世界ふしぎ発見

23日 花粉と花粉症の科学(国立科学博物館日本館)
170212kahun1 ラスコー展(ラスコー洞窟の発見者、ご存命なのね。90歳とか。1月に録画した「ふしぎ発見」*で知った。なんかすっごくふしぎな気分)からの帰りに発見。
この時期、私にとって花粉は敵であるから、敵を知るために、立ち寄った。
1
 花粉の誕生
29千年前に裸子植物が出現する(やっぱり勉強はちゃんとしておかないといけないね。理科系苦手で大嫌いだったから、裸子植物が何であるかから理解し直さないと)。裸子植物は花粉を風で飛ばし、乾燥に強い種皮をもつ種子を作って広く分布していったのだそう。植物が水中から地上に進出するための進化だったのだな。イチョウ、ソテツ類が繁栄していく。
花粉にもいろいろな形があること、また花の形態が多様であるのは花粉を運んでもらうためなんだと知った。はじめは風媒花、やがて虫媒花、鳥媒花などに進化した。虫媒花は鳥媒花は、花粉を運んでくれる媒体の口吻の形態に応じて花の形が作られているし、夜間に咲く花は白っぽい色だったり強い香りを発して自分の存在をアピールしている。
花粉は動物の栄養源でもある。一般的な花粉の組成は水分が920%、蛋白質が1928%、糖質が1823%、脂質が1.21.6%、ビタミン・ミネラルなどが1.610%で、栄養素的には焼いたサンマ+ご飯=ヤマユリ花粉になるんですって‼ 
2
 花粉は語る
花粉は頑丈な細胞壁で覆われているので化石として残りやすい。したがって花粉を調べることによって植生史と気候変動がわかる。ひいてはその当時の環境がわかるんだそうだ。ここはかなり専門的で難しいので(というか、私の理解範囲を超える)、一通り解説を眺めたのみ。でも、研究者の地道な努力の成果であることはわかる。
3
 花粉と人類
花粉を食べる―その歴史は蜂蜜の利用によって始まった。また花粉は生薬としても利用されていた。因幡の白兎がくるまって傷を治したガマの穂の花粉もまさに生薬である。
一方で花粉は花粉症の原因物質として我々を悩ませる。ここには花粉症の原因となっている植物の花粉の写真が18種展示されていて、その形を見て植物を当てるゲームもある。けっこう似ている物が多くて、迷った。
世界初の花粉症の報告は1819年イギリスで、hay feverと名付けられた。日本では1938年、アメリカで報告されていたhay feverが花粉熱として紹介された。当時、日本には花粉症はほとんどみられなかった。日本初の花粉症の報告は1964年ブタクサによるもの、スギ花粉は1964年に報告された。私自身の花粉症は1970年代にはそれと知らずかかっていた、と思う。
4
 花粉症の対策
研究者が色々努力してくれていてありがたいし、無花粉スギが開発されたのは画期的なことだが、結局は今のところ自衛策しかなさそう。
123日は花粉対策の日>なんですって。なぜか? 花粉対策は1月、2月、3月がポイントだから覚えやすいように、ということで制定されたんですって。

ここには詳しく書けなかったけど、資料や写真、模型が豊富で興味深く、また花粉研究が植物学、生物学、地質学、古気候学、栄養学、薬学、医学、社会学等々、幅広い分野にまたがっていることに驚いた。ちょっと覗いてみるだけでも面白いと思う。

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2017年2月 7日 (火)

二月歌舞伎座夜の部

26日 猿若祭二月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
初日・二日目は家庭の事情で出られず断念。とりあえず後のほうを取ったのだけど、やっぱり早く見たいから自分としては最早のこの日に。
「門出二人桃太郎」
170207iwaimaku 幼い兄弟の可愛さ、まわりを固める大人たちの豪華さ、さすが中村屋。
花道はバッチリだが上手側が見切れる席のため、時さまのおばあさんが流れてくる桃をすくい上げる場面が見えなかった。時さまのおばあさんも芝翫さん(まだハッシーって言っちゃう)のおじいさんもよく似合っていた。
子供たちが出てくると万雷の拍手で、セリフ11つに拍手が起こるのでセリフにかぶって聞き取れないことも。勘三郎さんへの思いと、2人があんまり可愛いから熱狂しちゃうよね。
勘太郎クンには感心した。七緒八で出た平成中村座の豆腐買娘の時(20155月)には、声が小さいとか「なかむらや」の掛け声の時おじじの方を見ていないとか、いろいろ注意されていたのに、今回は声もしっかり出ていたし、動きもきっちりできていた。見得がめっちゃ可愛いし、花道の引っこみもよかった。弟の長三郎クンをリードしているのにも感心した。前回は1人だったけれど今回は2人、おにいちゃんとして自分が頑張って、さらには弟を引っ張っていかなければ、という意識もあるのだろう。私も長女だからわかる部分がある。しかし2年も経たないうちにこれだけ成長するんだ。いや、2年って子供にとっては十二分に成長できる期間なんだ。
長三郎クンは小さい身体でおにいちゃんにくっついていながら、自分でもしっかり動いている。おにいちゃんの顔を見ながらセリフを言うのが本当にかわいらしい。
勘九郎さんはもちろんだが、七之助さんの2人に寄せる気持ちが見えるようでちょっとうるっときた。考えてみれば、この2人だってこういう時代があっての今なんだなぁ。
家来は染五郎・犬、松緑・猿、菊之助・雉と、もう歓喜。染五郎さんの化粧がコミカルで、「らしい」と思った(初演時の幸四郎さんの化粧はどうだったのだろう)。3人の踊りは合っていないけれど、3人で踊っているだけで嬉しかった。
それから菊五郎・魁春・梅玉・雀右衛門の豪華4人が桃太郎誕生のお祝いに花道から現れ、口上。菊五郎さんの口切で、魁春→彌十郎→雀右衛門→梅玉→染五郎→松緑→菊之助→時蔵→芝翫→七之助→勘九郎→勘太郎→長三郎。みんな型通りの挨拶の中で梅玉さんと染五郎さんがプチエピソードを入れていた。梅玉さんは「30年前、勘九郎・七之助が桃太郎をやったが当時の2人は可愛かった。今は憎らしいほど…」(終わりのほうは笑いと拍手で聞こえなかった。梅玉さんはソフトな早口で面白いことぶちこんでくるよね~。歌舞伎夜話聞きたかったけれど、その日は出られず諦めた)、染五郎さんは「前回の桃太郎では父幸四郎が犬をやり、58年前の先代勘三郎の初舞台では祖父がおじいさんをやった」(三代続くご縁! 歌舞伎だねえ)。
大薩摩は里長さん。
鬼が誰だかわからなかったら亀蔵さんと錦吾さんだったのね。最後、降参のしるしに宝をあげましょうと差し出す宝の多いこと‼ それまで微笑ましく見ていたこの芝居だったが、ここで突然、桃太郎噺に隠された意味(周知の意味か)を考えてしまった。ま、ヤボな話はやめておこう。
誰もが思うことだろうが、勘三郎さんに2人の門出を見てほしかった。親子3代での「桃太郎」を見せてほしかった。勘三郎さんの写真を目にするたびに、どうしてこの世にいないんだろう、って今でも泣けてくるよ。

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2017年2月 5日 (日)

びっくり驚き、ふしぎ謎の連続:ラスコー展

23日 「ラスコー展」(国立科学博物館)
ず~っと見たくて見たくてだったのに、冬休みが終わってからと待っているうちに会期終了間近になってしまった。
170205lascaux1 壁画、壁画、とばかり期待して入った会場、すぐに衝撃を受けた。そこにはお洒落できれいな母と子が。クロマニヨン人の母子である。それぞれ別の場所で見つかった化石人骨をもとに復元(制作?)された等身大のクロマニヨン人。まずは人形の生き生きとした実にリアルな姿にびっくりし、一呼吸置いて、クロマニヨン人って現代人とほとんど同じじゃんと驚いた(ほんとなのかな)。展示はプロローグかた始まって18章まで。6章の展示でもクロマニヨン人の復元像があったが、歴史の授業の記憶を辿ってもこの姿は思い浮かばない。40万年前のハイデルベルク人、6万年前のネアンデルタール人、3万年前のクロマニヨン人の比較では、ネアンデルタールとクロマニヨンはたった1万年でこんなに差が出るのかと三度驚いた。しかも、このクロマニヨン人男性がなかなかのイケメンでかっこいいのよ(写真は後ほど)。
しかしまずはクロマニヨン人は置いておいて。

1章 衝撃の発見、壁画の危機、そして閉鎖
ラスコーは1940年に地元の少年が偶然発見したという点からしてドラマチックだ。その後見物客が押し寄せて壁画が傷み、1963417日を以て閉鎖されたそうだ。2万年以上もの間人目に触れなかった壁画が、人間の呼吸によって繁殖したバクテリアなどのため、緑、白、黒のシミに侵されたのだ。また見物にのために入れたエアコンも原因の一つらしい。貴重な遺跡は誰でも見たいものだが、現代の空気に触れることによって傷むケースは世界各国で多々あり、ジレンマだなあと思う。今は本物を見ることはできないのだから、今回の展覧会は非常に貴重な機会であるわけだ。
2章 よみがえるラスコー洞窟
3D
の最新技術で全長200メートルのラスコー洞窟の一部が原寸の10分の1のサイズで再現されている。枝分かれしつつ広がる各部には入口側から「雄牛の広間」「後陣」「軸状ギャラリー」「通路」「井戸状の空間」「身廊」「ネコ科の部屋」と名前を付けられており、高さが5メートル以上もあるような空間もあれば、ネコ科の部屋のように這わなければたどり着けないような最深部の空間もある。洞窟の模型はもちろん中に入れるわけではなく、それぞれの部分の現在地とそこに描かれている絵が紹介されていて、自分が洞窟内部にいるように想像力を働かせなければいけない。
不思議なことにこの洞窟はクロマニヨン人の生活空間ではなかったようなのだ(入口付近では生活していたらしい。奥にはハイエナや熊のような動物もいたとのこと)。では彼らはなぜこの洞窟の隅から隅まで、そして奥の奥まで行って絵を描いたのだろう。その謎に対する答えはなかったような…。
3章 洞窟に残されていた画材・道具・ランプ
ここはレプリカでなく本物の展示だからだろうか、撮影禁止。顔料は天然の石などをすりつぶして作っていた。赤・茶・黄色・黒等々。ただの線刻ではなく顔料を自ら作って色を付けていた。ということにも驚きだ。この顔料は世界初公開だそうだから、必見。狩猟の道具も洞窟から見つかっている(ハイエナとか熊がいたからか)。興味深いのはランプ。石を丁寧に擦ってくぼみをつくり、そこに動物の脂を垂らして照明とした(ちょっとスプーンみたい)。真っ暗な洞窟の中に入るのに照明は必需品だが、既にあった火を照明として利用するという知恵も驚きでしょう。展示品のランプは、他に類を見ないくらい丁寧に作られているのだとか。このランプは井戸状の空間から見つかったのだそうだ。これも必見。
4章 ラスコー洞窟への招待
「身廊」と「井戸状の空間」にある5つの壁画が実寸大で再現されている。「褐色のバイソン・ヤギの列・ウマの列」「泳ぐシカ」「黒い牝牛・ウマの列」「背中合わせのバイソン」「井戸の場面」。
「黒い牝牛・ウマの列」「背中合わせのバイソン」では遠近法と思われる画法が用いられており、しかも偶蹄類である牛と奇蹄類であるウマのひづめがちゃんと描き分けられているのである。ただただ驚きの連続。
「井戸の場面」は謎だらけ。バイソンの脇に描かれているのはなんとも不思議な形をした鳥人間(と学者さんたちは呼んでいるそうだ)。そばにはケサイ(サイの一種)も描かれている。何を描こうとしたの?彼らは。そんな深い所や、別の空間ではハシゴがなくては届かないような壁に彼らはなぜ絵を描いたのか? 謎と驚きの連続である。
ここでは、数分おきに照明がかわり、ブラックライトになると線刻がくっきり浮かび上がる。写真はうまく撮れなかったのでHP(→ココで。

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2017年2月 4日 (土)

混乱、国立劇場チケット

今日は国立劇場3月の発売日。
歌舞伎座よりは気楽なものの、ログインも済ませて10時にチケット予約画面へ。ところが、loadingの○がぐるぐる回るだけで全然次へ進まないbearing 1月のチケット購入の際にも苦労したなと思い出しつつ、焦らず焦らずと自分に言い聞かせる(せっかちだから、ついガマンできなくて色々いじってしまう。のを諌めた)。
そして5分後、やっと希望の日の我が指定席をゲットgood 確定もして購入終了ボタンを押そうとしたら突然接続不良のメッセージが出た。え~wobbly 一応確定したから大丈夫と思うけどgawk…急いでメールを立ち上げたら、購入のお知らせが来ていて、まずは安心confident
じゃあとログアウトしようとしたらこれもまた○がぐるぐるまわるだけcoldsweats02 国立のサイトを終了してその後ログアウトを確認して、やっとチケット購入行動終了。
入口でも出口でも混乱したことであった。

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2017年2月 3日 (金)

岡野俊一郎さん逝去

岡野俊一郎さんが亡くなった。
2008年に他界された長沼健さん、2015年に亡くなられたデットマール・クラマーさん、そして岡野さん、私にとって完全にサッカーの一時代が終わった感じだ。
日本サッカー界の発展に尽力された3人が天国で再会し、サッカー談義に花を咲かせるだろうと想像しつつ、ダンディなおにいさん、というイメージだった岡野さんのご冥福をお祈りいたします。

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2017年2月 2日 (木)

四月歌舞伎座演目発表

四月歌舞伎座の演目と配役が発表になった→ココ
個人的には染五郎 vs 猿之助の「伊勢音頭」が一番。
次は幸四郎さんの熊谷に対し猿之助さんの相模という「熊谷陣屋」。
夜の部では吉右衛門・菊之助の「ども又」。
上演時間も含めて(今月も現時点で昼の部5時間弱、夜の部終演9時)なかなか息抜きできない歌舞伎座だなあ。


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2017年2月 1日 (水)

山種の名品:日本画の教科書(京都編)

128日 「日本画の教科書 京都編」(山種美術館)
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5日までの会期で、あと1週間というところで慌てて鑑賞。山種は好きなのだけれど、うちからは遠くてなかなか腰が上がらないのだ。でも、やっぱり山種はいいもの持ってるよなあ、と行くたび感心する。
今回は京都画壇ということで、東の大観に対する西の栖鳳を中心とした画家たちの作品が展示されていた。京都画壇は栖鳳の他には上村松園・松篁・敦之以外あまり知らなくて、名前は知っていても作品は初めてという画家がほとんどだった。
全員ではなかったかもしれないが、画家の作品制作における心構えや考え方が作品の脇に出ていた。最近、この展示法をよく見るが、そうしたものを読んでからあらためて作品を見ると、なるほどと納得できるから、大変いいことだと思う。たとえば色彩を追求していると言う福田平八郎の絵は、確かにその努力が感じられる。もっとも混雑する展覧会では人の流れが悪くなって困ることもあるけど…。
55点の作品の中では、やっぱり栖鳳がいいなあと思った。とくに「みゝづく」は愛らしくて好きだ。「艸影帖・色紙十二ヶ月」が素晴らしくて、家に飾りたい‼ 菊池芳文「花鳥十二ヶ月」は和む。疲れている時に心を休めてくれそう。伊藤小坡「虫売り」では歌舞伎の舞踊を思い出した。多分、去年の納涼歌舞伎「艶紅曙接拙」(紅翫)に出てくる虫売り。ほかにもあったかもしれないけれど記憶の新しいところで。
どの作品もよかったのだけど、とくに印象に残ったのは西村五雲「白熊」、村上華岳「裸婦図」、小野竹喬「晨朝」、山元春挙「火口の水」、池田遙邨「草原」、小松均「富士山」。
「白熊」は足元でアザラシを捕えた白熊に、獰猛さよりも水に濡れ汚れたように見える毛から自然の厳しさ、哀れさみたいなものを感じた。
重要文化財「裸婦図」(大正9年)は、華岳が描いた「久遠の女性」で、これ以降彼は生身の女性を描くことはなかったそうだ。上品な美しさで不思議な静寂が漂う。
「晨朝」は日本的なようでもあり、そうではないようでもありの明るさ。
「火口の水」は全体に比較的静かな日本画の中でドキッとする荒々しさ。
「草原」はカラの荷車を引く馬が後ろを振り向いている。荷車の上ではお百姓さんだろうか、馬に向かって荒い声を投げかけているようだ。
「富士山」は版画のように見えた。全体的なイメージは白黒なのだが、絶妙な色使いでこんな富士山の一面があるのかと思わされた。
唯一、写真許可だったのが松園「牡丹雪」。大粒の雪はたくさん描かれていないのに、しんしんと降りしきる雪の風情がなんとも言えない。その息子・松篁の大作「白孔雀」は孤高の気品が漂っていた。
絵画作品とは別に、日本画の画材―紙、筆、絹、基底材、墨、硯、天然の顔料・染料、人口の新岩絵具、胡粉、膠、箔、泥が展示されていて興味深かった。


京都編が終わると次は東京編が216日から2カ月間展示される。こちらもぜひ行ってみたい。

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