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2017年2月18日 (土)

「四千両」幕見でリベンジ

217日 二月大歌舞伎昼の部幕見「四千両小判梅葉」(歌舞伎座)
この前寝てしまったのでリベンジ。1335開演で13時前に着いて、幕見の入口に立っていた係の人に「四千両、まだ大丈夫ですか」と声をかけたら「余裕です」って。38番目だったが、確かに余裕で目指す席も確保できた。一方で、夜の部の幕見発売を待つ人たちの列がすごかったな。

さて、四千両。あらためて、けっこう長い時間寝入っていたのだと我ながら呆れた。まあ、ところどころ、ほとんどながら一瞬目覚めていたようで、記憶のある場面もいくつかあった。今回は役名で色々書くけれど、当然役者さんの演技がそう思わせるのである。

序幕「四谷見附外の場」。前回も書いたが、今は屋台のおでん屋をやっている富蔵(菊五郎)の昔の中間仲間(橘太郎、咲十郎)が本当に江戸の風情をうまく出している。茶碗の中まで指を突っ込んでなめまわしたり、酒やおでんの味噌をうまそうに口にしたり。富蔵は商売人としての面と昔の仲間としての面の両方を見せて面白い。
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人が去った後やってきた藤岡藤十郎(梅玉)に対してはワルの先輩としての図太さでおちぶれたお坊ちゃんの無謀な計画をたしなめる。富蔵が時々見せる凄みが効いており、富蔵と藤十郎の会話で2人のこれまでの人生や性格が垣間見える。御金蔵破りを持ちかけ、仰天した藤十郎が思わず「御金蔵?!」と叫ぶと慌てて「おでんや~おでん、甘いのからいの」とごまかす富蔵が面白い。
そこへ姿を見せた藤十郎の恋敵・徳太郎(錦之助)と掏摸の長太郎(菊之助)。4人のだんまりになるが、緊張感があって面白かった。この場面は、23カ月前の初見の記憶がなかったが、当時の徳太郎が松也さんだったことでな~んとなく思い出したような…。後に富蔵の牢に入ってくる長太郎の伏線になっているわけね(牢内の長太郎の挨拶ではこの後、富蔵と長太郎に別の出会いがあったようでもあるけど、自信ない)。
「藤岡内の場」。重い重い千両箱をやっとの思いで運んできたという感じが富蔵からも藤十郎からもよく出ていた。ちょっとした物音にもびくつく2人ではあるが、富蔵の落ち着いた見通しは堂々とした盗人らしさである。富蔵は主人を立てつつ盗人としては主導権を握っている。藤十郎が「(富蔵の)度胸がよすぎるんで怖くなった」と富蔵に斬りかかる気持ちはわかるような気がする。藤十郎にしてみれば、身のほど知らずの盗みをしちゃったのだ。主人として立てられているから主人らしい気分もあるが、実はビビりまくって富蔵がいなければ何もできないのだ。畳を上げ、板を剥がすときに大きな音が出るとすかさず「おでんや~おでん、甘いのからいの」と富蔵。「富蔵、ここはうちじゃ」と笑う藤十郎。2人の関係性が面白い。

第二幕「熊谷土手の場」。幕開きに出てくるお百姓さんたちが<らしく>てよかった。場面が変わってもその世界に入り込める。唐丸籠を担ぐ先棒の人足が坂を下ってカーブするところで、棒を肩より高く差し上げて先導するのが興味深かった。
眼八(團蔵)を追い払う温情同心・浜田左内(彦三郎)の断固とした声と姿勢が心地よい。腹痛を起こしたと偽って富蔵と家族の面会を許し、おろおろしている3人に早く富蔵の顔をみてやれと促すところは泣けた。「旦那ほどあたたかい人はいない」と言う家来もやさしい。
顔だけが見える籠の中で「兇状もちの親と知ったら誰も遊んでくれねえ」と娘を思いやる富蔵の言葉に泣けた(それならそんな悪いことしなけりゃいいのに。これだけ家族に愛されているんだし)。ここはやっぱり東蔵さんがうまくて泣かされた。おさよの2度の「おまえさ~ん」にも泣けた。
第三幕、牢内については前回詳しく書いたので飛ばし、「牢屋敷言渡しの場」。ここで富蔵と藤十郎が再会する。ともに刑罰を言い渡されるのであるが、再会したことについての感慨は2人はない。あってもあの場では表現できないかもね。
小心者だった藤十郎が堂々としている。富蔵同様、牢内で可愛がられ一目置かれていた様子が窺える。藤十郎もどでかい仕事をしたから一目置かれているうちに牢内で成長したのかもしれない。

リベンジしてよかった!! 今度は寝ずにちゃんと見られた。そのかわりというか、帰りの電車からあとず~っと眠かったわ~。

ちなみに、幕見は去年の2月夜の部が初体験で、以来ちょうど1年ぶりだったことをつい今しがた知った(前回の幕見では座席番号を記憶し忘れたので今回確認し、自分の記録ブログ=初代のほうにそれを追加したところ、ちょうど1年前だったことがわかった次第)。

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コメント

SwingingFujisan様
おはようございます。昨日、歌舞伎座 昼の部みてきました。Fujisanさんは、「四千両」幕見で再見されたとのこと、最近は観劇ブログのアップも早く、お元気そうでなによりです。
昼の部、殆ど期待しないで見に行きましたが、なかなか面白かったです。開幕舞踊劇で、勘九郎の踊りの技量を再確認。次の「大商蛭小島」ももちろん初見ですが、さくさくと手際よく筋が展開、疲れなくてよかったです。ただ、時蔵の芸風とこの役があっていたのかなあと思いました。
「四千両」前回、演舞場で見た時より、はるかに面白かったのはなぜなのでしょうか。出ていた役者はほとんど変わらないのですが。富蔵、ずっと菊五郎ばかりですが、他の役者でもみたいですね。黙阿弥ものに積極的な高麗屋もやらないですね。結局、中村屋も大和屋もやらずじまいで死んでしまいました。
ところで、今回の一押しはFujisanさんのおっしゃるように、歌六の隅の隠居。これ傑作ですね。播磨屋系の芸達者の血ですかね。そういえば、また昔の話ですが、今の吉右衛門が若かりし頃この役をやって、批評家連中をうならせたんですよ。私が歌舞伎を見始めたころの懐かしい思い出です。

投稿: レオン・パパ | 2017年2月19日 (日) 09時53分

レオン・パパ様
こんにちは。コメントありがとうございます。
昼の部、よかったですよね。幕見ももっと入ってもいいのに。私は最初の舞踊を見られなかったのが残念ですが、時間的にもう無理かなあ。
「大商蛭子島」の時蔵さん、たしかに芸風と合わない面があったかもしれません。前回書いたように、私は全体としては悪くないと思ったのですが、肝心の黒髪のところが…。
「四千両」は面白くて、もう一度見たくなりました。富蔵の役は菊五郎さん以外に考えませんでしたが、言われてみると高麗屋さんがやってもよさそうですね。ただ、高麗屋さんだとちょっと立派過ぎて藤十郎の家来である面が隠れてしまわないでしょうか。中村屋、大和屋は見たかったですね~。
若い吉右衛門さんの隅の隠居、想像がつきません。当時からうまかったんですね。歌六さんは吉右衛門さんに教わったんでしょうか。今でも、あの闇の底から聞こえるような声を思い出すとゾクゾクします。

感想のアップの早さは、その芝居を見ての感動度に比例しているんじゃないかと自分で思います。早く書きたいという時と、あまりピンとこなくて書くことがあまりない時と。ただ、時間的な制約ですぐに書けないでいるうちに強い感動が薄くなってくることもありまして…。忘れないうちにメモしておくことにしています。
これからも遅くなることがあるかもしれませんが、ご容赦くださいませ。

投稿: SwingingFujisan | 2017年2月19日 (日) 14時15分

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