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2017年2月12日 (日)

敵を知ろう:「花粉と花粉症の科学」+世界ふしぎ発見

23日 花粉と花粉症の科学(国立科学博物館日本館)
170212kahun1 ラスコー展(ラスコー洞窟の発見者、ご存命なのね。90歳とか。1月に録画した「ふしぎ発見」*で知った。なんかすっごくふしぎな気分)からの帰りに発見。
この時期、私にとって花粉は敵であるから、敵を知るために、立ち寄った。
1
 花粉の誕生
29千年前に裸子植物が出現する(やっぱり勉強はちゃんとしておかないといけないね。理科系苦手で大嫌いだったから、裸子植物が何であるかから理解し直さないと)。裸子植物は花粉を風で飛ばし、乾燥に強い種皮をもつ種子を作って広く分布していったのだそう。植物が水中から地上に進出するための進化だったのだな。イチョウ、ソテツ類が繁栄していく。
花粉にもいろいろな形があること、また花の形態が多様であるのは花粉を運んでもらうためなんだと知った。はじめは風媒花、やがて虫媒花、鳥媒花などに進化した。虫媒花は鳥媒花は、花粉を運んでくれる媒体の口吻の形態に応じて花の形が作られているし、夜間に咲く花は白っぽい色だったり強い香りを発して自分の存在をアピールしている。
花粉は動物の栄養源でもある。一般的な花粉の組成は水分が920%、蛋白質が1928%、糖質が1823%、脂質が1.21.6%、ビタミン・ミネラルなどが1.610%で、栄養素的には焼いたサンマ+ご飯=ヤマユリ花粉になるんですって‼ 
2
 花粉は語る
花粉は頑丈な細胞壁で覆われているので化石として残りやすい。したがって花粉を調べることによって植生史と気候変動がわかる。ひいてはその当時の環境がわかるんだそうだ。ここはかなり専門的で難しいので(というか、私の理解範囲を超える)、一通り解説を眺めたのみ。でも、研究者の地道な努力の成果であることはわかる。
3
 花粉と人類
花粉を食べる―その歴史は蜂蜜の利用によって始まった。また花粉は生薬としても利用されていた。因幡の白兎がくるまって傷を治したガマの穂の花粉もまさに生薬である。
一方で花粉は花粉症の原因物質として我々を悩ませる。ここには花粉症の原因となっている植物の花粉の写真が18種展示されていて、その形を見て植物を当てるゲームもある。けっこう似ている物が多くて、迷った。
世界初の花粉症の報告は1819年イギリスで、hay feverと名付けられた。日本では1938年、アメリカで報告されていたhay feverが花粉熱として紹介された。当時、日本には花粉症はほとんどみられなかった。日本初の花粉症の報告は1964年ブタクサによるもの、スギ花粉は1964年に報告された。私自身の花粉症は1970年代にはそれと知らずかかっていた、と思う。
4
 花粉症の対策
研究者が色々努力してくれていてありがたいし、無花粉スギが開発されたのは画期的なことだが、結局は今のところ自衛策しかなさそう。
123日は花粉対策の日>なんですって。なぜか? 花粉対策は1月、2月、3月がポイントだから覚えやすいように、ということで制定されたんですって。

ここには詳しく書けなかったけど、資料や写真、模型が豊富で興味深く、また花粉研究が植物学、生物学、地質学、古気候学、栄養学、薬学、医学、社会学等々、幅広い分野にまたがっていることに驚いた。ちょっと覗いてみるだけでも面白いと思う。

* この日の「ふしぎ発見」(121日 30周年スペシャル)は見応えあった。
ザトウクジラの背中にカメラをつけて、捕食行動を撮影しようという取組は、ハラハラドキドキ興奮した。北欧の海は天候が悪かったり、日没が早かったりしてクジラの大群を見つけること、クジラに近づくことがまず難しい。そして超アナログな道具でカメラをクジラにくっつけることが至難。2mだか3mだかのポールの先端にカメラや計測器を取りつけ、それを吸盤でクジラの背中に付ける。しかもそれを操作するのは女性。23mのポールの重さだけだって相当と思われるうえ、揺れる船の上でそれを操ることがどれだけ大変か想像はつく。失敗のたびに改良を加えて、ついに成功‼ 思わず拍手しちゃったよ。残念ながら捕食行動の撮影はできなかったけれど、クジラの潜る深度や速度が計測でき、これからの研究に役立つそうである。研究者の熱意が伝わってきて、こちらの興味もかきたてられた。
製作費1ドルの折り紙顕微鏡を作って、世界中の子供たちにミクロの世界を見せようという取組には胸がアツくなった。立派な顕微鏡がなくったって、掌サイズの紙の顕微鏡で未知の世界に触れた子供たちのキラキラした目がステキで、大昔、まだ自分が小学生だった時の、海外の貧しい国の先生になりたいなんて甘い夢を思い出した。
洞窟に描かれた図形に秘められた謎の研究。ラスコーだけでなく、ヨーロッパのあちこちの洞窟に同じような図形が描かれており、クロマニヨン人の活動範囲の広さが窺われると同時に、あの時代、どうやってそんな広範囲の移動をしていたんだろうとまず不思議に思った。これらの図形にもし意味があったら―いやきっとあると私も確信する―、クロマニヨン人の考えていたことがわかるかもしれない。ああ、不思議、ふしぎ、驚き、ビックリ。

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