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2017年4月 7日 (金)

東洋文庫の「ロマノフ王朝展」

4月6日 ロマノフ王朝展(東洋文庫ミュージアム)
170407romanov1 お花見に誘われたので、それだけではもったいないからと久しぶりに東洋文庫に出かけた。気がついたら、見たいと思っていた「ロマノフ王朝展」が9日までで、またまた駆け込み。
今年はロシア革命から100年、すなわちロマノフ王朝滅亡から100年だそうで(世界史、すっかり忘れてる)、ロシアと日本との交流を中心にロマノフ王朝の歴史を辿るという展覧会である。→ココ 参照
とにかく資料がすごい。全部写真撮影もブログアップもOKという太っ腹なのもすごい。本当なら全部紹介したい‼(写真は後出)

ピョートル1世(1672~1725)、エカチェリーナ2世(在位1762~1796)、アレクサンドル1世(同1801~1825)、ニコライ1世(同1825~1855)、アレクサンドル2世(同1855~1881)、アレクサンドル3世(同1881~1894)、ニコライ2世(同1894~1917)が皇帝代表として(?)取り上げられ、その時代背景の解説とともに、簡単な人物像がイラストで紹介され、さらにその時代の資料が展示されていて、わかりやすい。
すぐ近くの隣国ロシアとの交流は、アイヌなどの先住民から始まる。
18世紀になると東方進出を狙うピョートル大帝治下、様々なロシア人が日本近海に現れ、それを警戒する日本も役人たちが北方へ進出する。そういう緊張関係とは別に、民間人の交流があった。私がもっとも興味深いと思った漂流民たちだ。有名な大黒屋光太夫、世界初の露日辞典を著した薩摩のゴンザ、石巻の若宮丸乗組員。そして19世紀、プチャーチンがやってきて、いくつかの条約が結ばれ、ニコライ2世も来日した(大津事件!)。ロマノフ王朝300年間には暗い歴史も多々あっただろうが、日本との交流の歴史をこうして実際に見てみると、現実を忘れロマンに思えてくるから不思議だ。

ロマノフは企画展示であって、他にも東洋文庫所蔵の貴重な資料が展示されている。その中で今回は「トバエ」と「解体新書」に出会えた‼ 「トバエ」はビゴーが来日して(そうなんだ、日本に来たんだ)描いた風刺画。ビゴーは自国の伝統ある文化を忘れて西洋文化を追い求める日本人(当時―1882年頃来日―既にそうだったのか)に落胆したそうだ。「解体新書」はエンカウンタビジョンといって、書物と映像をコラボさせた展示だ。腑分けを見た杉田玄白らが「ターヘルアナトミア」の正確さに感銘を受け、翻訳する決意をしたはいいが、オランダ語がまったくわからず苦労して「解体新書」を出したという経緯を、実際の「解体新書」と「ターヘルアナトミア」に絡ませながらイラストで映し出す。面白くて2度見てしまった。

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「ニコライ2世の東方旅行記」
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太十郎の上着。若宮丸乗組員の奥田太十郎が帰国する前に、なんとアレクサンドル1世から下賜された上着。奥田家子孫が代々着用していたそうで、つぎはぎがあちこちにある。
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魯西亜国漂舶聞書(多分、第2巻)。大黒屋光太夫ら17名の漂流記。彼らはエカチェリーナ2世に帰国を願い出るため1792~1892年というなんと10年もかけてシベリア1万キロを横断した。17名のうちの1人、磯吉の話に基づく手書きの本だそうだ。今回、10巻を初めて全巻公開という貴重なチャンス。
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同書(多分、第7巻)。虫よけの頭巾というのが面白い。
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ピョートル1世のイラスト紹介。身長2m‼
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プチャーチン来航図。2016年12月15日の日露首脳会談時、安倍首相からプチン大統領に高精細複製画が贈られたそうだ。
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トバエ

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