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2017年4月27日 (木)

四月歌舞伎座昼の部

421日 四月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
体調が悪くて頭痛がひどく、かなりの時間目をつぶっていたし、そうなると眠くもなるし、ということで、まともな感想にならないから書くのやめようかとも思ったけれど、一応それも記録として書いておこう。いつもだと、そのまま頭痛が45日から1週間続くのだけど、今回はなぜかこの日だけの痛みだった。
この日はいつもの席が取れず(3Bは女子高生たちがいっぱいだった)、やむを得ず花道がほとんど見えない席になってしまった。なぜこの日にこだわったのか自分でもわからないけれど、思いがけない人に会えたから、この日を取ってよかった。
「醍醐の花見」
淀殿(壱太郎)と松の丸殿(笑也)の女の争いは面白いが、秀吉(鴈治郎)は秀次の亡霊が登場するまではなんとなく手持ち無沙汰な感じがした。鴈治郎・扇雀・笑也・門之助・右團次という昭和3438年生まれの中堅に45年生まれの笑三郎(笑也さんより11年も若いとは知らなかった、落ち着いてしっとり見えるから)、そして松也を筆頭とする若手の踊りをなんとなく楽しんだ。
「伊勢音頭恋寝刃」
いきなり「追駈け」から始まるのはともかく、舞台だけの追駈けかあ。こっちは3階だから客席に降りようが関係ないのだけれど、劇場全体の盛り上がりとしてはちょっと残念な気もする。橘三郎(大蔵)・橘太郎(丈四郎)の両橘は、橘三郎さんが持ち味とのギャップ、橘太郎さんは元々の持ち味が活きて面白かったが(女子高生に大ウケしていた)、私が見た中では松之助(大蔵)・當十郎(丈四郎)コンビが一番(平成237月松竹座)。隼人クンの林平はけっこう頑張っていたと思う(それにしても体がデカい。化粧のせいか、おとうさんによく似ていた)。
米吉クン(お岸)がきれいでかわいかった。秀太郎さん(今田万次郎)はお江戸の役者の中でさすがの上方色だし、じゃらじゃらしたつっころばしが本当にぴったり。ただ、米吉クンとのバランスはどうなんだろう。染五郎さんはビジュアル的には貢そのもので、「二見ヶ浦」ではカッコよかったのだが、「油屋」ではこの役を教わったという仁左様とはどこか違う。声のせいか、よりヒステリックなような気もした。でも凄惨な場面は、染五郎さんの清潔さによって美しく見えた。お鹿(萬次郎)との場面は私の中では意外に盛り上がらなかった。
肝心の万野(猿之助)の意地悪は最初の方だけで、途中から頭痛に耐え切れず寝た。万野が斬られるところはちゃんと見たけど、昼の部はこれが眼目だったのに、悔しい。喜助(松也)の刀のすり替え場面も見逃した。梅枝クンのお紺は染五郎さんとのバランスはいいが、まだ若いように思った。

「熊谷陣屋」
猿之助さんの相模、高麗蔵さんの藤の方と、両女方がとてもよかった。猿之助さんは強い個性を前面に出さず、母・相模、妻・相模になっていたし(猿之助さんは「奥庭」の前に出番が終わっているとはいえ、「伊勢音頭」の後すぐに相模で大変だったと思う)高麗蔵さんは位の高さがわかる。母としての悲しみも自然に出ていた。位の高さで言えば、義経の染五郎さんもよかった。
幸四郎さんの熊谷は女性を置いてきぼりにしていないのがよかったのに、最後花道でどうしても自分が泣いてしまうため、せっかくの感動が薄れてしまうのが残念だった。
左團次さんの弥陀六では、鎧櫃を背負う場面に心情が集約されているような気がして印象的だった。
どれも、ところどころ意識が飛んでいるので、感想も的外れかもしれないけれど、見ていた範囲で、ということでご容赦を。やっぱり昼の部は鬼門だわ。
<上演時間>「醍醐の花見」36分(11001136)、幕間30分、「伊勢音頭」110分(12061356)、幕間20分、「熊谷陣屋」84分(14161540

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歌舞伎ミーハー観劇記」カテゴリの記事

コメント

体調不十分の中のレポ、頭がさがります。ご自愛くださいませ。
三宅周太郎さんの本に「演劇巡礼」という本がありますが、SwingingFujisanさまのレポからはまさに劇場(そして展覧会)にと「巡礼」しているような趣きも感じられてきます。

澤瀉屋の熊谷ですと、相模と一緒に花道を引っ込みますよね。
因みに弥陀六と藤の方が仮花道で引っ込みます。
現右團次(当時右近)が自主公演でこれを採用していました。(仮花道まではっきり記憶がないですけど)いい終わり方ですよね。
今の九代目團十郎系の「改変」は熊谷個人のドラマとしては良いのかもしれませんが、別のものを失ってしまっているという感じを持ちます。

「伊勢音頭」はなかなか良かったと思います。
染五郎の「ぴんとこな」はなぜか十三世仁左衛門も<かくあらん>という想像をかけたてるものでした(勿論、観てはいませんけどね)。
それと、お鹿はやはり立役が演じる方が面白味があるように思います。女形には気の毒な配役という気が致します。
米吉は良いですね。本当にカワユイ。
この初々しさ・清廉さというものは「永遠」というわけにはいかないけれど、なんとかして封じ込めておきたいという衝動にかられます。

投稿: うかれ坊主 | 2017年5月 5日 (金) 11時10分

うかれ坊主様
こちらにもありがとうございます。
巡礼ですか…、寝ていては巡礼として申し訳ありませんよね。ここのところ、家にいても横になっていることが多くて、それがよけいいけないのかなと自戒しております。

澤瀉屋の熊谷陣屋は、巡業で見たことがあります。相模との引っこみには驚きましたが、置いてきぼりにされない妻(小次郎の母)に安心したような覚えがあります。男の物語が家族の物語か、という違いでしょうか。私は去年の芝翫さんの熊谷が一番ぴったりきました。

伊勢音頭はリベンジしたかった、すべきでした。
米吉クンは私の中ではずっと「癒しの米ちゃん」です。おっしゃる通り、本当に「カワユイ」happy01

投稿: SwingingFujisan | 2017年5月 5日 (金) 16時13分

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