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2017年5月

2017年5月29日 (月)

0.2ミリからヒトへ:「卵からはじまる形づくり」

525日 「卵からはじまる形づくり」(国立科学博物館)
自然史博物館の後、日本館でやっていたので、覗いてきた。地球館でも展示があったようだけど、疲れて足を運べなかった。
「あなたも私も、みんな最初は直径0.2mmの受精卵でした」で始まる展示。本当に不思議だよね、0.2ミリの卵が細胞分裂を繰り返して(昔、生物の授業でやったけど、苦手だったな)、約10週後にはヒトの形になるのだから。ここではまず、成長のモデルとしてニワトリを取り上げ、腸管、脳、手足、骨などができる様子が紹介されている。ニワトリとヒトの遺伝子の数には大した差がなく、体ができていく仕組みはよく似ているのだそうだ。脳の発生はすべての脊椎動物で共通していて、基本の管からどの部分が発達するかが動物によって違うのだそうだ。大脳はやっぱり人間が一番大きく、大脳の大切さをあらためて認識した。
私が興味を持ったのは細胞の標識。ゼブラフィッシュ(1世代3カ月)やメダカの受精卵に試薬を注入する技術で、蛍光色素で標識された細胞が分裂していく様子を追跡することができる。観察していたら面白いだろうなあと思う。
植物も卵から始まる。植物の受精卵ははじめ動物のそれとよく似た卵割をするが、動物のような原腸形成は行われない。つまり動物は増えた細胞が激しく動いて原腸ができあがり、その後各胚葉から多くのパーツ(器官)が発生するけれど、植物は葉、茎、根の3パーツだけを作るのだ(もちろん、これ全部受け売り)。

細胞移植、生殖細胞、細胞の再生、分化…難しいけれど興味深い。自然史でエネルギーを使ってしまったので、さ~っと流して見たが、元気な時にこれを中心に見たい展示だった。理研100年と同様知っていたら、絶対別の時に行っていたのに。

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2017年5月28日 (日)

大英自然史博物館展

525日 大英自然史博物館展(国立科学博物館)
ず~っと大英博物館展だと思っていて、まあ向こうでもざっとだけど見たことあるし…と躊躇していたが、大英「自然史」博物館だったよ。見に行ってよかった。
展示の順序がわかりやすくて、まずはイントロとしてジョン・オーデュポンの「アメリカの鳥」からショウジョウトキとイヌワシの絵。多分(自信はないけど)、どこかで目にしたことがある有名な絵だと思う。ほかにアレクサンドラトリバネアゲハのメスとオスやはりオスのほうが小さく美しい)、宝石(「呪われたアメジスト」、なんてミステリアスなものも)、化石類などで心をつかまれる。「キリンの頭」は思わず本当に本物?と首を傾げて見入ってしまうほどインパクト大だ。
以下、「第1章 大英自然史博物館の成立」、「第2章 自然史博物館を貫く精神」、「第3章 探検がもたらした至宝」、「第4章 私たちの周りの多様な世界」、「第5章 これからの自然史博物館」と、自然史博物館の創立やコレクション、研究に貢献した人たちを紹介しながら、様々な化石、動植物、鉱物などが展示されている。
自然史博物館のコレクションの中核となった標本を収集していたハンス・スローン(彼の死後、膨大なコレクションが国に寄贈され、自然史博物館が創設された)、リチャード・オーウェン(なんか名前聞いたことがある)、私でも知っているカール・リンネ、チャールズ・ダーウィン、デビッド・リビングストン(子供の頃、リビングストンの探検物語を本で読んだことを思い出した)、財閥一家のウォルター・ロスチャイルド等々。女性のコレクター、研究者も56人いて、19世紀半ば~20世紀初頭くらいの人たちだろうか。自らの足で標本や化石を採集し、あるいは研究に身を投じた彼女たちの熱意に感銘を受けた。
エンデバー号(キャプテン・クック)やビーグル号(ダーウィン)の航海で収集された標本を見ると、当時の人たちの興奮が共有できるようなワクワク感があった。南極(ロバート・スコットのディスカバリー号、テラ・ノバ号)、アフリカ、そして19世紀のチャレンジャー号は日本にも来ていて、ロンドンに渡った日本の動植物・鉱物・隕石も展示されていた。ハンス・スローンはチャレンジャー号の前にオランダの東インド会社を通じて日本の植物標本を入手していたというから、その貪欲なコレクター精神には驚く。

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2017年5月25日 (木)

明治座夜の部

521日 五月花形歌舞伎夜の部(明治座)
この日はちょっと色々あって疲れていて、パスも考えたほど。でも他の日程は無理だし、せっかく取ったコスパのいい席だし…。
170525hakkenden 「南総里見八犬伝」
八犬伝は浅草(20121月)、国立(20151月)、歌舞伎座(20157月)に次いで3度目だが、歌舞伎座は芳流閣~円塚山だけだったし(歌舞伎座だけ芳流閣が円塚山の先にきていた)、浅草も国立も富山山中が発端だった。今回は発端が富山山中より前の「安房国滝田城内曲輪の場」であり、里見家滅亡の背景がわかったという意味では面白かった。玉梓の千壽さん活躍だったしね。「富山山中」は前半の記憶がほとんどない。金碗大輔(松江)が鉄砲を撃ち誤って伏姫の命まで奪ったところは、子供の頃の大昔に読んだ少年少女向け本の挿絵を思い出した。「蟇六内」の場もところどころ記憶が抜けてしまった。
花形の中で鴈治郎さん、吉弥さん、橘三郎さんが舞台を締めた。里見義実の橘三郎さんは意外に(失礼)若々しく、美女・玉梓によろめくのに違和感はなかった。ではあるが、よろめくのも忠臣の忠告を聞きいれるのも簡単すぎるように思った。鴈治郎さんはさすがの貫録で、蟇六では鴈治郎さんらしいがちゃがちゃとせわしない言動で笑わせ、2役目の扇谷定正(大詰・相模国対牛楼)では小柄ながら憎らしい国崩しに余裕の大きさを漂わせていた。吉弥さんは化け猫役(ここでも発端の玉梓とつながる)で弾けていた。先月の意地悪ばあさんといい、今月の化け猫といい、品を失わない弾けぶりを楽しんだが、そろそろしっとり美しい吉弥さんを見たいものだ。
花形たち。新悟クン(浜路)は「蟇六内」「円塚山」合わせて、一途さも一途な故の強さも哀れさも、やっぱり新悟クンはいいなと思わせるものを見せていた。出番が短いのが残念。八犬士の中に入れてほしかったけど…。
隼人クンの左母二郎が意外とよかった。2役目の犬田小文吾より好き。顔が獅童さんに似ていておやっと思ったが、親戚だから似ていても不思議はないか(隼人クンのおじいさん・四代目時蔵が獅童さんのおとうさんと兄弟)。優男より骨太な役のほうがニンだと思う。

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2017年5月23日 (火)

強く惹かれた「シャセリオー」、「スケーエン」

520日「シャセリオー展」~「スケーエン」(国立西洋美術館)
170523chasseriau シャセリオー、誰?というくらい、名前も知らなかったが(だいぶ前から開催しているので、名前は聞き覚えがあるような錯覚に陥っていた)、やはり知名度は高くないらしい。西美の外にかかっている肖像画(←)がとても素敵で、上野に行くたびに心惹かれていたのに、例のごとく会期末近くになってやっと足を運んだ(28日まで)。
シャセリオーは早くからアングルに認められるほど豊かな才能に恵まれていたが、27歳という若さで他界したこともあり、知名度が上がらなかったらしい。また、やがてアングルとの方向性の違いがはっきりして師と訣別することになったそうだが、そんなことも影響していたのかしら。そういえば、3月に放送された「美の巨人たち」、アングルとドラクロワをつい先日見たが、シャセリオーと同時代に活動したドラクロワをアングルは絶対に認めようとせず、アカデミー入会に断固として反対し、ドラクロワがアカデミーに入れるまでに20年もかかったと言っていた。デッサン重視のアングルに色彩重視のドラクロワという対立のようだが、実はアングルはドラクロワの才能に嫉妬していたという説もあるそうだ。詳しいことはわからないが、アングルに気に入られたシャセリオーのデッサン力は確かなものだったのだろう。
この展覧会はシャセリオーの作品を中心に、師のアングル、同時代人のドラクロワ、シャセリオーが影響を与えたモロー、ルドンなどの作品も展示してあって、へ~、モローってもろシャセリオーの影響受けてるんじゃん(シャレじゃないよ)、と驚いた(全然関係ないんだけど、シャセリオーの「アポロンとダフネ」を見てたら、「やすらぎの郷」の高井秀さんの絵を思い出してしまった)。
170523chasseriau2 シャセリオーの自画像はかなり印象的。彼自身は容貌にまったく自信がなかったそうだが、決してそんな容貌には見えず、むしろ惹きつけられるものがある。それが恐らく彼の才能なんだと思う。シャセリオーの肖像画は自画像、ポスターにもなっている「カバリュス嬢の肖像」(上の写真)をはじめ、どれも目に人を惹きつけるものがあるような気がする。肖像画はどれも好きだが、中でも「政治家にして公法学者のアレクシ・ド・トクヴィルの肖像」は、トクヴィルという人の人物性がとくに強く感じられて惹きつけられた。
フランスの画家にとってオリエントは魅力的だったようで、シャセリオーもアルジェリアを旅して(北アフリカもオリエントなんだ…)、いかにも触発されたんだなあとその興奮というかオリエンタリズムに対する関心の表れというか、そういう作品を残している。そうした画家の関心度が高いとこちらもその作品にのめり込めるのだ。
シャセリオーは、会計検査院大階段の壁画も手掛け、モローだけでなくシャヴァンヌにも影響を与えたが、その壁画はパリ・コンミューンの際に建物とともに焼かれてしまい、いまでは断片が残るのみだそうだ。昨年見たアフガンの展覧会でも思ったことだが、人の命のみならず人類の財産である芸術品が失われることの痛ましさをここでも非常に残念に思った。
ほとんど肖像画にしか触れなかったが、展覧会は
1
 アングルのアトリエからイタリア旅行まで
2
 ロマン主義へ――文学と演劇
3
 画家を取り巻く人々
4
 東方の光
5
建築装飾――寓意と宗教主題
で構成され、肖像画以外の魅力的な作品もいっぱいです。

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2017年5月19日 (金)

五月歌舞伎座昼の部

514日 五月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
以前の私なら、何が何でも初日だったのに…。
3
階はサイトでは多分空席なしだったように思うけど、意外と混んでる感はなかった(実際、空席もいくつかあったし)。
「梶原平三誉石切
ああ楽善、彦三郎、亀蔵、親子3人の「石切梶原」を見ているんだ、となぜか開幕後数分経ってから、幸せな感慨を覚えた。口跡のよい3人、セリフが心地よく耳に入ってくる。
新・彦三郎さんはやや小粒(そりゃあ、吉右衛門、幸四郎という大物に比べたら当然仕方ないよね)、まだ硬い部分もあったが、丁寧に楷書で演じていて、何と言っても爽やかさが気持ち良い。若さと彦三郎さんの持ち味故だろう、策を凝らすという感じよりも、親子の力になりたいという真っ直ぐな気持ちを強く受けた。刀の鑑定をするために咥えた懐紙の厚さがかなりで大丈夫かと心配になったが、それが名刀であることに驚いて口を開いた途端懐紙が落ちたからほっとした。試し斬りをしようとする俣野五郎を自分に「失礼だ」と一喝する梶原。私もスカっとしたが、客席からも拍手が起こった。手水鉢は正面向きに切り、飛び越えると言うよりは2つに割れた中を悠々と(だったか、急いでだったか)歩いて出てきた。彦三郎さんの爽やかさを、今度は細川勝元で見てみたい気がした。
新・亀蔵さんはあまり悪役には見えなかったが、形がきれいで迫力があった。
楽善さんはやっぱり大きさが違うなと思った。そこが歌舞伎の面白いところで、彦三郎さんがやや小粒に見えたのには、楽善さんの大きさがあったのも一因かもしれない。大庭という人物は一応悪役側ではあるが、俣野と違ってそんなに悪い人ではないと、いつも思う。刀の目利きは梶原に一目置いていて鑑定を依頼するし、相手の言い値で買い取ろうとするし、六郎太夫が二つ胴に志願すると何を言っているんだと二つ胴をやめさせようとするし。とくに六郎太夫の申し出に対する反応はまともだろう。そういう大庭の面が楽善さんの大きさの中に見て取れた。
右近クンの梢は可憐だった。
團蔵さんの六郎太夫がよかった。弱々しく喋るセリフが効いて、二つ胴失敗の絶望→梶原の策に対する驚き→喜びの感情が伝わってくる。折紙を取りに帰る梢を見送る姿に、父親としての強い愛情・覚悟が見えて感動した。
呑助(松緑)のセリフは、酒尽くしではなくて十七世羽左衛門、七世梅幸の追善、楽善・彦三郎・亀蔵3人の襲名、眞秀の初お目見え、亀三郎の初舞台と、特別な團菊祭に絞ったものだった。松緑さんは真面目で、こういう飄々とした面白みはないかと思っていたが、そういう團菊祭に團蔵の兄と重ねられて(並べられて?)とおーんおーんと泣いているのが可笑しくもあり、気の毒でもあり、だった。

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2017年5月18日 (木)

七月歌舞伎座、待ってました

歌舞伎座の大間では発表になっていたのに、なかなかHPに載らなかった七月大歌舞伎がやっと発表になった→ココ
演目は以前、うかれ坊主様に教えていただいたもの(昼の部は矢の根、慶安の狼、すし屋、神田祭、夜の部は秋場権現廻船噺、ということでした。演目はいつ変わったのかしら。私も感想が遅れているけれど14日に歌舞伎座に行ったのに、大間の演目、よく見てこなかった…)からずいぶん変わって、
昼の部が
「矢の根」 右團次
「加賀鳶」 海老蔵、中車、齊入(右之助改め)、左團次
「連獅子」 海老蔵、巳之助
夜の部が
「駄右衛門花御所異聞」 海老蔵、右團次、中車

 

獅童さんのこともあって、なかなか発表できなかったのかもしれない。
獅童さんがいないのは淋しいけれど、演目・出演者とも楽しみ。そして、なによりも役者さんの健康をお祈りします。

追記:あとでチラシとサイトを見直したら、12日夜の部、19日昼の部は休演だそう。役者さんの体を考えたのだろう。必要なことだと思う。

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ショック、獅童さんの肺癌

奇跡的なほどの早期発見だそうだけど、やはりショック。
つい、この間、初音ミクとの元気そうな画像を見たばかりだったのに。
博多座6月公演、歌舞伎座7月公演は休演だそうだけど、しっかり治して再びあの魅力的な姿を見せてくれる日を楽しみに楽しみに待っています。

獅童さん、2年前に脳動脈瘤の手術もしていたんだそうな。全然知らなかった…。

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2017年5月10日 (水)

懐かしのアラン・ドロン

夕方のNHKで、「アラン・ドロン近く引退」というニュースを見た。
当時の私はベルモンド派ではあったが、確かにあの頃のアラン・ドロンは美男子そのものだった(イケメンじゃない、美男子、ハンサム)。画面で若かりし頃のアラン・ドロンの色々な表情を見て、懐かしさでいっぱいになった。
代表作として「太陽がいっぱい」が挙がるのは当然だろうが、私としては絶対「冒険者たち」だ。ジョアンナ・シムカスの新鮮な魅力、リノ・ヴァンチュラの渋い魅力と相俟ってアラン・ドロンもステキだった。
マリアンヌ・フェイスフルとの共演「あの胸にもう一度」の衝撃のラストは忘れられない。
大学のクラブの先輩が大のドロンファンで、「悪魔のようなあなた」がイチオシだと力説していた顔が今、思い浮かんできた。
ドロンの映画は何本見ただろうか。しかし私がだ~い好きなカトリーヌ・ドヌーヴとの共演がないことを不満に思っていたら、ついに「リスボン特急」で実現した。でも、どんな映画だったっけ。忘れているところをみると、期待が大きいだけにちょっとがっかり映画だったのかもしれない。でもさ、美男美女がスクリーンで大写しになるってだけで、当時の私はよかったのかも。
ま、何と言っても日本人には
D'urban, c'est l'elegance de l'homme moderne. と
Paroles Paroles だね。

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2017年5月 9日 (火)

出ずっぱり愛之助さん大活躍:明治座昼の部

59日 五月花形歌舞伎昼の部(明治座)
連休明けの平日とはいえ、3階正面関にはけっこう空席が…。私は狙い通りの席を取ったつもりだったけど、目の前に金属パイプの手すりっていうのか何というのか、コの字型のパイプを縦置きにしたような、歌舞伎座では上演時間になると下に押し込んで邪魔にならないようにできるものが立っていて、視界を邪魔する(時々フレームの隙間から見ることになる)。これまでは気が付かなかったのか、気にしなかったのか…。明治座も可動式だといいのに。
170509tukigata 「月形半平太
月形半平太――知っているような、そうでないような――芝居を見て、知っていたのは名前だけだとわかった。「春雨じゃ、濡れて行こう」が月形のセリフだったか、とは「月さま、雨が」で気がつき、ほんと私って何にもわかっていないとガックリきた。さらには幕末の人だったのか(いつの人だと思っていたかという意識さえなかった)。一番驚いたのは、こんな壮絶なドラマがあったのか‼ ということ。この日は大向こうさんが来ていなかったようで、ここはほしいなというところも静かでちょっと寂しかった。

前半はどことなくやや面白みに欠ける部分があったが、すぐにどんどん面白くなって、けっこうのめり込んだ。
全体的な印象としては、歌舞伎でもあり新国劇でもあり時代劇でもある、ということ。長州藩の武士たちと月形が決裂し、月形が去った後月形を斬ろうといきり立つ武士たちを「どうせ見廻り組がやるから」と橘三郎さん(藤岡九十郎)が制止する場面では、京の闇の中を殺気を漲らせながらあるいは気配を消して蠢き、ヒタヒタと獲物に迫る殺し屋たちの姿が映像として脳裏に浮かび、ぞくっとした。

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2017年5月 5日 (金)

4月分②:「化粧」

430日 「化粧」千穐楽(紀伊國屋劇場)
「化粧」といえば渡辺美佐子だったが、私は渡辺さんでは見ていない。実は、平淑恵さんの「化粧」は20143月(平さん2度目の公演)にも見ているのだけれど、あの時はなぜか感想を書けないほど爆睡してしまい(あんな熱演に対して申し訳ない。爆睡という割にある程度内容は覚えているし、あの上品でおとなしげな平さんが、と驚いた記憶はあるけど、自分の気持ちがついていかなかった。)、すっごく後悔していたから、再々演があれば絶対見ると決めていた。チケットは当日券も完売となっていた。
劇場には昭和歌謡・演歌が流れ、古びてさびれた楽屋と思しき舞台には五月洋子一座の幟が何本も立っている。それだけで、「化粧」の世界がぐっと迫ってくる。しかし正直、今回も自分の気持ちがこの芝居の、また五月洋子のすべてを受け止めきれてはいない。
現実なのか五月洋子の妄想なのか、しばらくの間は現実のものとして見ていられるのだけど、時々洋子が発する「どうしてこの芝居には1人しか出てこないんだ」(正確じゃないかも)というセリフから、これは<妄想>の世界だとわかる。洋子も現実ではないと一瞬気づきながら、すぐに自分の世界に戻っていく。でも、訪ねてきた息子はどうなんだろう。現実のようでもあり、妄想のようでもあり……私は現実と思いたい。感動の再会のはずがとんでもないオチとなり、洋子はついにこわれる。途中で時々揺れる楽屋は洋子とともにこわされる。
衰退した大衆演劇の女座長と母親――幼い頃に捨てざるを得なかった息子にかわり、大衆演劇は五月洋子にとって子供であったのではないか。1日たりとも忘れられない息子だったからこそ、自分の一座と芝居に打ち込んだのではないだろうか。そして洋子が演じるのは、自分の現実と重なる「伊三郎別れ旅」。

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2017年5月 1日 (月)

4月分①:命を削る草間彌生

424日 「草間彌生 我が永遠の魂」(国立新美術館)
Kusama3 草間彌生という人を一言で表現するとしたら、私には「すごい人」としか言いようがない。
ずっと前、草間彌生の制作風景をテレビで見たことがある。まさに命を削っている感じがした。
水玉、点描、鮮やかな色、かぼちゃ。去年、TIMEによる「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、文化勲章を受章した。そんなに好きというわけでもなく、と言って嫌いなわけでもなく、草間彌生について知っていることと言えばそれくらいか。
170501kusama4 最初の展示室、「わが永遠の魂」という連作500点のうち132点が上下2枚ずつ壁にずらりと並べられている。まずはその強烈な色の壁に圧倒される。本当ならうんざり疲れそうな色なのに、全然そんなことはなくて、彼女の魂の中に入り込んだみたいで、むしろテンションが上がってくる。すべての作品に題名がつけられていて、それと絵を合せて見ると、草間彌生の中ではこれはそういう表現になるのか、と興味深い。ここは写真OKだった(上の写真は「真夜中に咲く花」)。
この後、初期の作品から見て行くのだが、初期はこんな作品も描いていたのかと驚いた。今の作品からは想像もつかない。けれども、幼いころに悩まされた幻視の影響は既に現れているようだった。草間彌生の病みは現代人の誰もが少なからず侵されているもののように思っていたが、もっともっと深いのだ、自分の中の何かと戦っているのだ、きっと。だから、作品を見る側はその命を削った魂の叫びを感じるのだ。
ニューヨーク時代の突起物で埋め尽くされたボートや「The Man」などの作品、帰国してからのやはり突起物で作られた「ドレッシング・テーブル」などからも彼女の病みが伝わってきて、少しつらくなる。
しかし「無限の鏡の間」はステキだった。全面鏡張り、小さな電飾が無数にきらめく空間でおぼつかない足元。宇宙の中に迷い込んだみたいで幻想的。幽体離脱して、魂だけが宇宙を浮遊しているような感じがした。
チケット売り場は二重、三重の長蛇の列、グッズ売り場のレジは何重もの行列。これを見ただけでも草間彌生の人気が格別なことはわかる。とはいえ、好きな人ばかりでもないだろう。しかし、草間は嫌いという人でも、草間彌生の「凄さ」は認めざるを得ないのではないだろうか。そんなことを考えた鑑賞であった。
Kusama2_2
展示室の外に鑑賞者が水玉のシールを受け取って貼れるブースがあった。何だかわからないまま並んでシールを受け取り、かなり埋め尽くされている中の隙間を見つけて大中小数個の水玉を貼ってきた。なんか楽しかったな。
外には水玉のかぼちゃ。かぼちゃの実物を最初に見たのは20107月、直島でだった。当時は草間彌生のことを今以上に知らなかったみたいだけど、海辺の水玉かぼちゃにはやっぱりテンション上がったな。直島、又行きたくなってきた。







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