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2017年7月18日 (火)

ハッピーエンドはやっぱりいいね「紺屋と高尾」

716日 七月名作喜劇公演(新橋演舞場)
迷った末にポイント稼ぎで取ったようなものだけど、ポイントは多分八月歌舞伎座を取った時点で達成したから、あまり気にしなくてよかったかも。
日曜日夜の部、3階は空席が目立って寂しかった。
「紺屋と高尾」
浅野ゆう子が演舞場初登場とは知らなかった。熱海五郎で出ていると思っていたが、BSの「コントの劇場」に出ていたから熱海五郎にも出ていると勘違いした。
高尾の役は藤山直美が予定されていたそうで、藤山さんがやっていたら、ところどころに笑いの要素をちりばめ、味わいはまったく違ったものになっていただろう。浅野さんの高尾はそのクールさが役に合っていたし、江戸一の太夫であっても8歳の時から苦界に身を沈め、年季が明けたら明けたで行くところのない悲しみ、寂しさが滲んでいて(だからこそ、金の絡まぬ久造の一途さに惹かれたのだ)、当時の遊女の置かれた状況やその気持ちに思いが至り、胸にしみた。コミカルな部分は緑郎さんに任せながら、どことなく可笑し味も漂う。
見初めは「籠釣瓶」と同じ。ポン引に騙されそうになるのも同じだが、ここでは紺屋職人久造はまだ出てこない。騙されかけるのは同じお店の先輩職人たちだ。久造は花魁道中にくっついて行っちゃって先輩とはぐれてしまったのだ。やがて久造が合流して帰ろうかという時、高尾の花魁道中に出くわす。「籠釣瓶」との違いは、久造はしがない職人で金がないこと、ハッピーエンドになることだ。
緑郎さんが喜劇もイケるのはこれまでの何作かでわかっていたが、今回も一筋に高尾を恋い慕う久造を真面目に可笑しく演じていた。久造は純朴という設定なんだけど、緑郎さん自身がかっこよくてイキなので純朴というよりは、ただただ一直線という感じか。恋煩いが可笑しくて可笑しくて。当人はいたって大真面目に恋煩っているのだから笑っては気の毒と思いつつも可笑しい。それから、やっとお金を貯めて医者の玄庵(文童)の案内で高尾に会いに行く時の可笑しさ。紺屋の職人では太夫に相手にされないからとお大尽に仕立てられるのだが、お大尽の立居振舞が久造にできるはずもなく、何を言われても「おう」と答えておけと玄庵に入れ知恵される可笑しさ(緑郎さんの色々な「おう」に笑った笑った)。「蘭平物狂」おりくの「はいはい、左様左様」を思い出した。ここでは股引騒動というドタバタ喜劇的な面白さも楽しんだ。緑郎さんは藤山寛美のDVDを見て久造が大好きになったそうだが、時々寛美さんに似ているなと思うところがあった。

文童さんがさすがに安定した上方の笑いを一手に引き受ける。そうだ、この芝居は、吉原と大坂の紺屋を舞台にしているのだが、あまり上方のにおいが感じられなかった大坂の中で文童さんが際立っていたのだ。
さて、久造の思いが通じて、よかったハッピーエンドになってと思ったら、まだ先があった。
高尾の年季明けが315日。年季が明けたら大坂に来ることになっているのに、月末になってもまだ来ない。心配しつつも騙されたんだと騒ぐ紺屋の面々。しまいには主人が久造を跡継ぎにするつもりなのに乗っかって娘(小林綾子)と久造を添わせようという話にまでなる。普通、こういう場合、娘も久造に秘かに惚れていて、高尾との恋を邪魔しそうなものだけど、この娘は高尾と久造が結ばれることを喜び、高尾が来ないことを心配している。ええ娘や。そんな矢先、ついに高尾が到着する。江戸から大坂まで約2週間の旅。あのね、みんな汽車なり新幹線なりがある時代じゃないんだよ。と私はずっと思っていたからなぜみんなが大騒ぎするのかわからなかったが、そういうことだ。
今度こそハッピーエンドと思ったら、まだまだ。この期に及んで久造の母親が猛反対し出したのだ。高尾に紺屋の女房は務まらないと。めんどくせぇ母親の頑固も高尾の機転と真心で融け、ついに本当のハッピーエンド。めでたしめでたし。
萬次郎さんの女房のある役を見るのは初めて。職人を数人抱える親方としての大きさも人情もあった。
竹松クンが紺屋職人、「お江戸みやげ」では角兵衛獅子として出ていたが、とっちゃん坊や的で(失礼!)、なんか不思議な空気感のある役者だ。「あらしのよるに」でもちょっとそう感じたのを思い出した。
「お江戸みやげ」
三津五郎・翫雀コンビの衝撃的な面白さが未だに忘れられないこの演目、残念ながらそれに引きずられて、今回はさほど面白いとは思えなかった。でも周囲ではかなり笑いが起きていたので、記憶が自分の笑いを邪魔していたのだろう。もちろん役者が違えば芝居は違ってくるのはわかっているのだけど、お辻とおゆうの素朴な逞しさ、片や偏屈片や大らかという対比が自分の記憶に比べて薄いような気がした。でも考えてみれば、久里子さんも萬次郎さんもそれぞれの個性に合ったお辻像、おゆう像を作り上げていたわけで、本当はゲラゲラ笑い転げるのではなく、くすりと笑ってほんわか気分になればそれでいいのかもしれない。そういう意味ではラストは感動的だった。
栄紫(緑郎)はつっころばしの役者なんだろうけど、本当は男らしくてその点は緑郎さんがぴったり。
この芝居では悪役というか憎まれ役は文字辰と鳶頭だけだが、仁支川峰子さんも武岡淳一さんもあまり憎らしい感じがしなかった。


<上演時間>「お江戸みやげ」60分(16001700)、幕間35分、「紺屋と高尾」第一幕45分(17351820)、幕間20分、第二幕70分(18401950

終演後、外では地面が濡れていた。


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コメント

7月22日に国立劇場で雅楽と声明の公演に行きますので気になりますので21日に新橋演舞場へ観劇に行くことにしました。喜多村緑郎さんも新派に行かれてからは初めてですので。

投稿: カトウ | 2017年7月19日 (水) 13時11分

カトウ様
おお、雅楽と声明にいらっしゃるのですね‼ 私も声明には関心があるのですが、最近本当にダメですね…。
緑郎さん、新派でもとても素敵ですよ。お楽しみに。

投稿: SwingingFujisan | 2017年7月19日 (水) 20時10分

江戸みやげ観たことがあると感じたのは三津五郎丈、翫雀丈の記憶があったせいなんですね。久里子さんのお辻適役でした。萬次郎丈の少し癖のある声が好きです。紺屋と高尾は初見ですが緑郎丈の芸の幅広さを感じました。花魁道中は籠釣瓶と比べればあっさりした感じを受けました。久造のにわか御大尽なんかオットセイみたいな挙動不審で笑わせてもらいました。3階席1列目で舞台を見渡せました。暑いので普段でしたら有楽町から歩くのですが東京駅から京橋、銀座、東銀座と地下鉄乗り継ぎです。8月6日に国立劇場で双蝶会、8月11日に音の会、8月22日に納涼歌舞伎1部の観劇予定です。納涼歌舞伎のチケットは売り切れですね。2部3部は幕見の予定です。遅くなりましたが暑中見舞い申し上げます。

投稿: カトウ | 2017年7月22日 (土) 06時42分

カトウ様
コメントありがとうございます。
「お江戸みやげ」は三津五郎・翫雀コンビとは全然違う雰囲気でしたね。久里子・萬次郎コンビもあとからよく考えてみたら、なかなかよかったなあと今ごろになって思っています。萬次郎さんの声、私も好きです。よく響いてセリフも聞き取りやすいし。
緑郎さんのような二枚目があんな役をやるとギャップでますます可笑しいですね。オットセイね、確かにsmile

暑くて、ちょっとの距離でも歩くの嫌になりますよね。地下鉄乗り継ぎ、お疲れ様でした。東京からだったら、新橋から浅草線で東銀座というテ(足?)もありますよ。

双蝶会と音の会、行きたいとは思っているのですが、ギリギリにならないと予定が立てられません。どちらも梅乃さんご出演なのに…。ぜひ楽しんでいらしてくださいね。

投稿: SwingingFujisan | 2017年7月22日 (土) 18時59分

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