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2017年10月 2日 (月)

十月歌舞伎座昼の部:マハーバーラタ戦記

101日 芸術祭十月大歌舞伎初日昼の部(歌舞伎座)
久々の初日はやっぱり華やかな雰囲気がいいなあと浮き立つ気分。音羽屋の奥様2人と寺島しのぶさん、3階では山川静夫さん。ミーハーは有名人に弱い…。
「マハーバーラタ戦記」
上演時間が発表になったのは前夜だっただろうか。終演1550って!! しかも序幕は1時間50!! 正直、さすがに序幕の終わりの方は集中力が途切れた。で、二幕目で汲手姫の5人の王子のうち4人が死んだと聞いて、え、そんな場面あったっけととまどったが、そうだ、火事だと思い出した。

全体として、まずは面白かった。インド歌舞伎と言いながら、無国籍歌舞伎のような気がした。インド色を強く感じたのは登場人物の名前や神々の衣裳(光背付きできんきらきんに輝く豪華な衣裳)、身分・職業制度くらいで、それ以外の衣裳は基本的に歌舞伎の衣裳、物語の舞台も日本と言えば日本、そうでないと言われればそうでない…。そして、恐らく何よりも扱っている問題がグローバル、とくに現在の東アジア情勢に重なり(力による支配か、慈愛による支配か。先に攻められるのを待っている、なんてまさに)身につまされるからであろう。
幕開きは大序みたいだった。竹本に合わせ、神々が1人ずつ顔を上げて決まる。そして神が作り上げた世界で人間どもが戦いを始めそうだとの危惧が口々に語られる。現代語とまではいかないがセリフがとてもわかりやすく、つかみはOK、ここは面白いと思った。
音楽は、竹本、長唄にパーカッション(鉄琴、木琴、太鼓等)で、パーカッションがとくに不安な状況を盛り上げた。両花道が多用されたのも効果的だった。
汲手姫(梅枝→時蔵。懐胎時は梅枝)の懐胎はマリアの処女懐胎を思わせ、生まれてきた子が世界を救うというのもキリスト教に類似しているが、世界各国の神話で同様な言い伝えがあるのだろう。汲手姫が赤ん坊が河に流す場面ではモーセを思い出した。ただ、汲手姫の場合は、未婚の女性が子供を産むことが許されないというインドにおけるやむを得ない事情があったのだということがいまひとつ伝わりにくかった。しかし、実は兄弟である迦楼奈(かるな:菊之助)と阿龍樹雷(あるじゅら:松也)王子の決戦において、倒され「とどめを」と促す迦楼奈に阿龍樹雷が「できませぬ。兄上」と絞り出すように叫んだ時は思わず泣けた。迦楼奈との対比で阿龍樹雷が憎々しげに見えることもあったが、彼もまた自分の信念に基づいて動いていたのだな、とこの時納得したのだった。
カーストについてもその厳しさを知識として知ってはいるが、それがもたらす様々な障害を呑みこむのにちょっと時間がかかった。
戦闘シーンは激しく、ベン・ハー的戦車まで出てきた。馬、象と人が乗る動物が何回か登場したが、中に入っている役者さん大活躍であった

第二幕は風韋摩(びいま)王子(坂東亀蔵)と魔物の娘・森鬼飛(しきんび:梅枝)の舞が印象的だった。一度定式幕がしまり、第二幕が終わったかのようで席を立ちかける人もあった、まだまだ続くのでお間違えのないよう。
弗機王(どるはたおう:團蔵)の娘・弗機美姫(どるはたびひめ:児太郎)の婿選びは、正月公演で見るような菊五郎劇団らしいチャリ場。先般の俳優祭もちょっと思い出させる。婿候補・拉南(らーな:橘太郎)が本領発揮。弗機美姫は象に乗って登場する。
色々あって、最後は阿龍樹雷王子の兄・百合守良(ゆりしゅら)王子(彦三郎)が国を治めることになり名君と称されるのだが、なぜ名君かと言えば、那羅炎天の言葉によれば「執着がないからだ」。その執着の無さは、鶴妖朶(づるようだ)王女(七之助)・道不奢早無(どうふしゃさな)王子(片岡亀蔵)とのサイコロ勝負で遺憾なく発揮されるが、馬鹿と紙一重?と思えるほどである。執着が争いを生むという構図は常々私も嘆いているところであるが(自分への嘆きも含めて)、そこまで執着をなくさないといけないのだろうか。人生の終わりに向けて少しずつ執着を捨てているつもりの私にはまだまだ難題である。

登場人物の中で一番感銘を受けたのは主役の迦楼奈ではなく、七之助さん演じる鶴妖朶王女である。やや集中力が途切れた頃に姿が見えて唐突感があったが、それは私がちゃんと見ていなかったせい。あれ、誰だろう、声は七之助さんだけど…。七之助さんが出演しているなんて気がつかなかった。迦楼奈を変えてしまうだけの人物、氷とマグマを併せ持つ女性として、赤坂歌舞伎や「桜の森の満開の下」で培われた表現力、演技の幅・深みが十二分に発揮されていて見事だった。
次が帝釈天の鴈治郎さん。帝釈天は戦いの神ではあるが、「空海と密教美術展」以来、私の中では超イケメン。鴈治郎さんはそのイメージとはかなり違うものの、その存在感、神様らしさは心に残った。「十二夜」での三枚目の鴈治郎さんをちょっと予想していたのだが、とんだ見当違い。
菊之助さんの迦楼奈はまっすぐ過ぎるくらいに清く正しく美しく、がぴったりだった。絶対に武器は使わない、戦わないと誓っていたのに鶴妖朶王女との友情を重んじて逆方向へ進んでしまう。その心境の変化がいま一つつかみきれなかったが、これも真っ直ぐ過ぎる融通のきかなさ故だろうか。宿命を背負って生まれた子の一生をよく表現していたと思う。対する松也さんも阿龍樹雷を好演していた。

出演者は別格・菊五郎さん以下ベテラン、中堅、若手と幅広い年齢層で、それぞれが適材適所で活躍していた。初日ゆえ、セリフのあやしいところも見られたが、全般にはよく稽古されて見応えあったと思う。一方で、上演日数が進むにつれて修整があるかもしれない(序幕の2時間弱、もうちょっと削れないかしら)。きっと再演に堪えるような作品になるだろう。
予定されていたと思われるカーテンコールが1回。夜の部の開場が迫っているから、そう何回もはできないよね。
5
時間近い大作ではあったが、面白かったから、懸念したほどの疲れは感じなかった。10月の予定もはっきりわからなかったので、2回取ったから、後日、もう一度見る予定です(無事、初日を見られてよかった)。
<上演時間>序幕110分(11001250)、幕間30分、第二幕65分(13201425)、幕間20分、第三幕65分(14451550

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