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2017年11月

2017年11月30日 (木)

「ワンピース」

1120日 「ワンピース 麦わらの挑戦」(新橋演舞場)
10月に通常公演(夜の部)を取っていたのだが、体調不良のピークで断念。猿之助さんが大けがをしたからこそ、応援したいと思っていたのだが…。それにしても通常公演と麦わらの配役が同じになったのが複雑な気分だった。演舞場初演時とは場面や配役がいくつか違ったが(大きな違いも)、初演時の感想と重なる部分もあるので、今回は簡単に。
ルフィの尾上右近クンは動きが初演時の猿之助さんそっくり。感情表現が豊かで、行儀良く、かつはつらつ、生き生きとしており、ルフィ役が楽しくてしょうがないという感じ。若い分、よりルフィに近いのだろうが、今思えば2年前の猿之助さんのルフィも少年らしさが十二分に感じられて、あらためて猿之助さんの才能を思ったのだった。
楽しくてしょうがないのは他の若手も同じで、とくに新悟クンのサディちゃんは、普段辛抱の役が多い女方としても楽しかっただろう。ん?サディちゃんなんていたっけ? エースの拷問場面なんてあったっけ? と思ったら、この場面は演舞場初演時にはなかったみたい。ニューカマーランドや巳之助クン大熱演のボン・クレーは初演時の衝撃が凄すぎて今回はさほどでもなかったが、かわりにこのサディちゃんのインパクトが強烈であった。

シャンクスとエースが福士誠治クンから平岳大さんにかわったが、平さんもとても素敵だった。命を捨ててルフィを守ったエースがシャンクスとなって現れることで、もちろんエースは帰ってこないとわかっているのに、ほっとした気分になれた。
トニー・トニー・チョッパーの市川右近クンが可愛いだけでなく、役の心をよくつかんでいるのが素晴らしかった。猿クンバージョンも見たかった。
右團次さん(右近3人勢揃い)の白ひげは碇知盛の衣裳で、最も歌舞伎的。それでもまったく違和感がないのは、「ワンピース」という芝居そのものが、まさに歌舞伎であるからだろう。
また何年かしたら、見たくなるだろうなという余韻を残した芝居であった。

ところで、買うつもりのなかったタンバリン、買ってしまいました。
<上演時間>
第一幕50分(11001150)、幕間30分、第二幕60分(12201320)、幕間25分、第三幕85分(13451510

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2017年11月27日 (月)

坂崎出羽と沓掛時次郎

1118日 「坂崎出羽守」「沓掛時次郎」(国立劇場大劇場)
いつも通り半蔵門のサンクスでお茶を買おうと思ったら、なんとサンクスがなくなっていた。サークルK・サンクス全店がいずれファミマに変わることは知っていたが、ここは今だったか。
劇場では先月と違って空席が目立つという情報をいただいていたので心配したが、この日は団体が入っていたせいか、少なくとも3階はけっこう入っていた。
「坂崎出羽守」

第一幕:茶臼山家康本陣
緊迫の幕開きのせいか、開幕時の拍手はなし。松緑さんの登場でやっと少し拍手が起きた。千姫を心配する家康(梅玉)に、淀君が千姫を離さないと南部左門(松江)が報告する場面、先月歌舞伎座の玉三郎さんの淀君を思い出した。先月は落城する大坂城を内部から、今月は攻める側から見ているのだと、心の中で2つの作品がつながった。
梅玉さんは珍しい老け役だが、存在感はさすがに大きい。
権十郎さん(本多正純)の顔が新・彦三郎さんと似ている、と初めて(じゃないかもしれない)思った。
第二幕:宮の渡し船中
すでに千姫は救出されており、坂崎出羽守が駿府へ送り届ける船上。出羽は顔に火傷を負っている。一方の本多平八郎忠刻(坂東亀蔵)は爽やかな二枚目だ。出羽には火傷の負い目もあったかもしれないが、それ以上に性格的な問題というのか、心の闇がありそう。本多平八郎との比較でもそれが浮かび上がる。出羽にはセリフのない時間も多く、松緑さんが心理だけで見せる。松緑さんは私が歌舞伎を見始めた頃は竹を割ったようなという表現がぴったりの、いかにも江戸っ子な役が合う役者さんだったが、いつの頃からか陰影のある役にもニンを示すようになったと思う。
松川源六郎の歌昇さんは先月に続き忠実な家来役。こういう真っ直ぐな役が歌昇さんには似合う。源六郎が後に出羽の不興を買うのはまっすぐ過ぎた故だが、その哀れさもうまく表現していたと思う。
三宅惣兵衛は最初だれかと思った。いただいたコメントを思い出し、ああ橘太郎さんか、と。橘太郎さんは、本当に役になりきるのがうまい。
梅玉さんの老け役が珍しければ、梅丸クンの太鼓持ち的茶坊主も珍しい。菊市郎さんとのコンビでちょっとしたアクセントになっていた(梅丸クン、可愛い!)。

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2017年11月23日 (木)

あれれ

つい今しがた、松竹のサイトにアクセスしたら、これまでと全然違う画面になっていてとまどった。どうしちゃったのかと、何度もアクセスしたけど、やっぱりこれまでと変わっている。
色々クリックしていたら、「11月22日に松竹コーポレートサイトをリニューアル」というお知らせをやっと見つけた。
朝、演舞場のチケット申し込みのためにサイトを見た時には変化なく、その後パソコンの前に座ったのが30分ほど前だから…。
「使いやすいサイトを目指して」と書かれているが、慣れれば使いやすくなるのかしら。

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2017年11月21日 (火)

顔見世歌舞伎夜の部

1112日 吉例顔見世大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
日付を打って、あらもう1週間以上も経ってしまったわ、と我ながら…。
「仮名手本忠臣蔵五段目・六段目」

仁左様の勘平に触れる前に、特筆しておきたいのは彦三郎さんの千崎弥五郎である。終始勘平への友情に満ちていて、再会の喜び、50両を返す無念さ、裏切られたことへの怒りと悲しみ、勘平の無実が明らかになった時の安堵と喜び、その直前に起きた衝撃の切腹、すべてが勘平への思いを表していた。勘平の絶命後、外へ出て泣く姿は、千崎の気持ちに観客を同化させる、と言おうか、あるいは見る側の気持ちを千崎が代弁していると言おうか、私はそういう千崎がとても好きである。権十郎さんがよく演じていた千崎、おお叔父から甥へ、という感慨もあるが、こんな千崎は初めて見たような気がする。
彌十郎さんの不破数右衛門は年上でもあり、勘平に対して千崎ほどの個人的な友情はないせいか(多分、ない?)、冷静に見ている感じがした。一方で彌十郎さんという役者の人柄が大きな暖かさを示していたと思う。
仁左様、舞台中央に座っている幕開き、笠を取った時の猟師としての生活感を感じさせながらも一抹の寂しさを含む姿が美しい。千崎と出会った懐かしさにはこちらも胸が躍った。武士である勘平の、落ちてからず~っとの気持ちが伝わってくる。そして人を撃ってしまった驚きとおののき、それなのに50両を奪う…それってどうなの?と疑問が湧いた(何回も見ている場面だけど、そんな疑問、これまでに持ったことあったかな)。
自分が撃って金を奪ったのは舅らしいと気がついてからがず~っと辛さに耐えていたから、潔白がわかった時の嬉しい表情がリアルに胸に沁みた。売られていくおかるを呼び止め、抱き寄せて「まめで」と別れを告げる場面、二人侍に申し開きを懇願する場面には泣けた。「色にふけったばっかりに」は、「色に」で一度言葉を止め、再び「色に」と始めるのが、勘平のどうしようもない悔いを強調しているように感じられた。
この物語は勘平の物語でもあるが、いっぽうでおかやの物語であるともいつも思っている。しかし、今回はおかやの物語がやや薄かったような気がする。なん全体にちょっと違う…吉弥さんは案外ニンじゃないのかも。
孝太郎さんのおかるはよかった。秀太郎さんのお才の巧みさ、松之助さんの源六の軽妙さもよかった。
染五郎さんの斧定九郎、線が太くてなかなかよかった。ただ、五段目は全体に<雨>があまり感じられなかった。

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2017年11月17日 (金)

フランスの伝統工芸:「フランス人間国宝展」

1110日 「フランス人間国宝展」(東京国立博物館表慶館)
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運慶を再見しようと16時過ぎにトーハクへ(金曜日なので21時までやっている)。しかし入場50分待ちですと‼ では先にフランス人間国宝展を見よう。ということで表慶館へ戻る。
さほど関心があったわけではなかったのだが、見てよかった。15人のフランス人匠(メートル・ダールは13人で、2人はメートル・ダールに近いと言われている)は私が日本の伝統工芸の人間国宝にもっている狭いイメージと違って、1947年~1977年生まれと若い。それぞれの作品は興味深く、これもまた私のもっているイメージとしての日本の感覚とは違うが、職人技という点では世界共通のものがあるんじゃないかと思った。
「陶器」のジャン・ジレル(1947)は曜変天目の再現研究をしているそうで、暗い室内の壁には風景が焼き付けられた陶板が掛けられ、中央の大きな机にずら~っと並べられた茶碗は11点に小さな光が当てられ、圧巻であった。
「鼈甲細工」のクリスティアン・ボネ(1949)の作品は主に眼鏡。サン=ローラン、ル・コルビュジエ、オナシス、I.M.ペイ(この人だけ知らなかった。中国系アメリカ人建築家だそうだ)に提供した眼鏡(復刻)には、それぞれの顔が思い浮かんでちょっとテンション上がった。
「革細工」のクフ王19の名がつけられた美しいバッグはピラミッドから着想を得たという。私はバッグが好きだから欲しいけれど、高すぎて手が出ないよね~。作者のセルジュ・アモルソ(1950)はケリー・バッグを手掛けたそうだ。
「金銀細工」のロラン・ダラスブ(1959)のグラスや皿などは繊細で、微妙なバランスが美しいが、実用性は薄いかも。と言うより、もったいなくて使えない。
リゾン・ドゥ・コーヌ(1948)の「麦わら象嵌細工」。初めて聞く技術だ。ライ麦の藁を乾燥させ、中を開いて平らにして土台の上に1枚ずつ貼るのだそうだ。展示作品はコナラの木に麦藁を貼ったルクソール(サイドボードのようなものかな)1点のみ。解説を読んで想像していた物とは全然違い、麦藁を開くとこうなるのか、と初めて知った。根気のいる作業だろうなあ。

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2017年11月10日 (金)

野外アートが映える町、上野

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幻想的。
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昼の姿。
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芸大の学園祭で展示された巨大神輿
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同じく。カッコいい。
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すべて、本年度の新入生が制作したものだそう。

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2017年11月 8日 (水)

お燈明って?

先日、神棚のお燈明が壊れたので100円ショップに買いに行った(お燈明を100均で、って不謹慎かしら。まあ、父なら許してくれるでしょう)。なかなか見つけられないので店員さんに「お燈明はどこですか?」ときいたら、「え?」と不審げな顔。「お燈明ですが」ともう一度きくが、通じない。そこで「仏壇などに…」と説明を始めたら、「仏壇用品は○○のそばにあります」と答えが返ってきた。
言われた場所の近くまで行ったが、やっぱり見つけられない。そこで別の店員さんにもう一度きいた。同じことの繰り返し。私も二度目は最初から「仏壇用品」と言えばよかったのだが、自分が求めているのがお燈明だからつい、ね。
さて、やっと見つけた商品の名は「LEDろうそく」。何種類かあるそれらのすべてに「燈明」という文字はない。う~む。商品名がそうだから、「燈明」はもう通じないのか。
時代かしらね~。ちょっとショックなのでありました。

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2017年11月 7日 (火)

顔見世歌舞伎昼の部

116日 吉例顔見世大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
自分では別の日にいつもの3階席を取っていたのだが、たまたま2階席のチケットをくださる方がいて、ありがたく観劇してきた。演目・配役が発表になった時には演目の方に注意がいって、重いなあという感想だったのだが、よくよく考えれば(考えなくても)今月はいかにも顔見世らしい大看板揃い。藤十郎、菊五郎、吉右衛門、仁左衛門、東蔵と人間国宝が5人も揃っているんじゃない、と今さらながらすごいと思った。相変わらず眠い日々で、各演目少しずつ(少しずつ、ね)寝落ちしてしまったが…。それに、同行者とオペラグラスを分け合ったので、よく見えなかった部分もあり、感想はとりあえず簡単に。
「鯉つかみ」
そういう中で、染五郎さん、児太郎クン、廣太郎クンと若手中心の演目だった。それに、染五郎さん、最後の舞台になるんだとあらためて気がついた。
演目自体は過去に2回見ているのだけど、今回は明治座の大詰から始まるため、物語としてはちょっとわかりにくいかも。とくに、本物の志賀之助が登場してからの進行がいまひとつはっきりしないように思えた。その辺はある意味歌舞伎らしいとも言えるかもしれないけれど、見ている側としてはもどかしい。再見の際に、確認したい。
開演時刻になると場内真っ暗になり、幻想的な蛍夜の舞踊が始まるが、この場面はすっかり忘れていた。舞踊劇かと思うほど、所作の時間が長かった印象だが(途中で眠くなった)、後半、染五郎さんの早替り、舞台上での宙乗り、本水を使った鯉との立ち回りと、これが朝一番の演目か、とちょっとびっくり。早替りでは、吹替えの役者さんの顔がはっきり見えたが、どなたかはわからなかった。鯉には足があったけど、明治座でもそうだったかしら…。

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2017年11月 2日 (木)

建築家による個人住宅:「日本の家」

1028日 「日本の家」(東京国立近代美術館)
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19日に始まった「日本の家」、1029日の終幕を前にまさに駆け込みで見てきた(感想も積み残してしまった)。好評でチケット売り場に行列ができているなど聞いていたが、実際その通りだった。私はすでにチケットを持っていたので並ばずに済んだが、こういうちょっと特殊な展覧会だけに、建築関係の人が多いように見えた。後で知ったんだけど、スマホに無料の音声ガイドアプリをダウンロードできたんだそうだ。なかなか画期的なこのシステム、知らないで失敗した。

展示は時系列に関係なく13のテーマに分かれていて、建築がわかる人には見やすかったんじゃないかな。私は「ドリームハウス」が好きで見ているが、その程度で建築のことは全然わからない。それでも戦後からの日本建築の流れを辿った映像はとても面白かった。黒川紀章のあの中銀ビルも紹介されていた。「プロトタイプと大量供給」では2×4とか、プレファブとか、画期的な製法だったんだなあと改めて思った。
欧米では建築家の仕事の中心は公共建築だそうだが、日本では個人の家を手がけることもしばしばということで、丹下健三、伊藤豊雄、清家清など、私でも知っている有名建築家(もちろん、他の建築家も私がしらないだけで有名)の設計した住宅が写真と設計図とともに展示されていた。私など建築の素人には設計図も解説もよくわからないものの、無印良品の「木の家」シリーズのもととなった「箱の家」(無印良品のそんなシリーズ知らなかったぁ)、建築家の自邸は興味深かった。丹下健三の自邸は映像も公開されていたので、丹下自身の息遣いが感じられた。清家清の「斎藤助教授の家」は実物大の模型が展示されていて、中に入り、畳や椅子に座ることもできた。この日は専門家の解説があって、私が行った時には斎藤助教授の家の解説をしていたが、熱心に聞いている人がたくさんいた。
展示の後半は写真撮影OK。色々な建築の模型がたくさん展示してあり、私の家は耐震性とか心配なので建て替えるならどういう家がいいかなあという目で見てしまった(お金がないから、実際の建て替えは無理…)。それも、ついついそれぞれの家のネガティブな問題を考えてしまう。現実的には掃除。家事の中で一番苦手な掃除だから…。とはいえ、建築家の創意工夫を見ると、家にはやはり夢が詰まっているんだなあと思う。ポジティブな思考なら、どの家も一度は住んでみたい。
171102kaitakusyanoie 写真は石山修武「開拓者の家」

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