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2018年6月 3日 (日)

ますます不思議:「人体」

531日 「人体」(国立科学博物館)
連休を避けていつ行こういつ行こうとぐずぐずしているうちにあまりのんびりもできなくなってこの日を選んだ。土日は2時間待ちとか聞いていたし、火曜日は休日明けで混みそうだし、この日は天気予報で雨が降るかもと言っていたし…で、すいているかなと期待して午後2時過ぎに着くように出かけたら、待ち時間なく入れた。中はけっこう混んではいたが、それでもちゃんと近くに寄って展示物を見ることができたし、第1会場(第1章、第2章)はほぼ写真禁止だったから<見る>ことに専念できた(撮影可能なところでも、なぜかほとんど撮らなかった)。会場の外に出てから気がついたんだけど、一番外側の入口に「込み合っています」って貼り紙がしてあった。概要(詳細かな?)は→ココで。
1章「人体理解へのプロローグ」
古代に始まりダ・ヴィンチを経て現代に至る解剖学の歴史を辿る。紀元前6世紀頃にすでにギリシア人アルクマイオンによって人体解剖が行われ、視神経が発見されていたというからびっくりである。
ダ・ヴィンチの解剖手稿は特別にダ・ヴィンチ室にまとめられている。私は解剖学に限らず、ダ・ヴィンチの手稿を見ると描かれた部分も文字も、そのあまりの緻密さにめまいがしそうになる。 
ルネサンス期に入ると、イタリアのパドヴァ大学が解剖学の中心になっていたようだ。「ファブリカ」という書物に掲載されている14点の筋肉人間の図は人体の筋肉を層ごとに除去してほぼ骨だけの状態にされた人体図であり、全部を順番に並べると背景がパドヴァ近郊の景色になるのだそうだ。人体図も面白いが、そういう遊び心みたいなものも面白い。
ライデンの解剖劇場って、解剖を見世物にしているのか?と訝ったら、見世物かどうかはわからないが解剖を公開して解剖を学ぶ人以外の一般人にも有料で見せていたこともあったらしい(ある意味見世物か)。ライデンに限らず、ヨーロッパ中にこういう解剖劇場があったそうだ。ちなみに解剖劇場は翻訳の際に日本で作られた言葉かとも思ったが、原語がTheatro Anatomicoだからまんまなわけだ。
次に興味深かったのは、ワックスモデルとキンストレーキ。ワックスモデルは解剖学的蝋人形とでも言おうか。1体のワックスモデルを作るために200体以上の死体を必要としたそうだ。それだけ解剖が盛んに行われたということだろうな。キンストレーキは人体模型かな。オランダ語で人工死体を意味するKunstlijkが江戸後期の日本人にはキンストレーキと聞こえたのだとか。日本国内には4点現存する。
人体の構造を理解するための古代からの努力・工夫に感嘆する第1章であった。

2章「現代の人体理解とその歴史」
循環器系・泌尿器系、神経系、消化器系・呼吸器系、運動器系、人体の発生と成長の5コーナーに分かれている。説明、実物あるいは模型の展示、映像と様々な方法で理解しやすいような工夫がなされている(それでも、難しい部分は難しいけれど)。
循環器系、神経系、消化器系・呼吸器系には再びダ・ヴィンチ室があってダ・ヴィンチの手稿がクラクラさせる。そして各機能系にはそれぞれ、本物の人体臓器の標本が展示されている。私はサルの脳の切片に触ったことがあるもんね~と秘かに自慢にもならないプチ自慢を胸に、心臓、脳、消化器などを眺めた。人体構造解明に不可欠な顕微鏡の発明と発達が血液循環論を決定づけたというのは頷ける。ダ・ヴィンチ時代には血液循環という概念はなく、彼にして心臓は血液を熱することで生命精気を作り出す装置であると考えていたそうだから、顕微鏡の発明がいかに画期的なものであったか、ある意味医学をひっくり返すくらいの役割を果たしていたのだと思う。同時に、顕微鏡のない時代のダ・ヴィンチの功績の大きさもすごい。
興味深かったのは他の動物との比較、人類の発達による比較。そして最も興味をもって見たのははやりヒトの発生である。常々、不思議で不思議で仕方のなかったヒトの発生と成長、展示を見てもやっぱり不思議である。
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スペの「人体」コーナーでブロックタモリとか眺めながら第1会場の最後ネットワークシンフォニーへ。ココに映像があります。不思議な世界。
3章「人体理解の将来へ向けて」ここは主にゲノムとかDNAとか、一番苦手分野。とはいえ、現在の医学の主役であるから少しでも理解したいのだけど、素人だから、いいか。
体内美術館はラット体内のさまざまな臓器の電子顕微鏡画像にイメージカラーをつけた写真がずらり。不思議の連続だけど、ここも不思議な気分になる世界だった。

全体を通して感じたことは、医学の基本は解剖学であるということ。当たり前ではあるが、医者たるもの、人体構造とその機能がきちんと整理されて頭に入っていなくてはいけない。それも、実際の人体において。全身に張り巡らされた血管網や神経網、素人にはそれこそめまいモノだけれど、医学者はちゃんとそれを理解していなくてはならない。これまた当たり前のこと。それがあってこそのドクターG、神の手なんだ、とあらためて思った。

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