« 脳ベルSHOW再び | トップページ | 四月大歌舞伎昼の部:「新版歌祭文」 »

2019年4月21日 (日)

わくわく、奇想の8人:「奇想の系譜展」

4月3日 「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」(東京都美術館)
190421kiso 4月7日までの会期末近く、入場待ちはなかったが、中はやはりけっこう混んでいた。しかし屏風や襖絵など大きな作品が多く、そういう作品はしっかり間近で見られて有難かった。

「奇想の系譜展」とは、うまいタイトルだと思ったら、美術史家の辻惟雄氏が1970年に著わした美術書「奇想の系譜」に基づいたそうで(画期的な著作で大きな話題を呼び、 何版も重ねられているとのことだが、浅学な私は全然知らなかった)。この本で取り上げられているのは岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳で、今回の展覧会はこの6人に白隠慧鶴、鈴木其一が加わって8人の作品が展示されていた。
作品は画家ごとに分けられて展示されていたので、動物とか植物とかのテーマ分けで複数の画家の作品を並べられるより、それぞれの画家の世界に没頭できるのがよかった。多くの展覧会同様、前期後期での展示替えがあり、できれば両方見たかったが、それはなかなか難しく、片方だけでも見られてよしとするしかない。
「幻想の博物誌 伊藤若冲(1716-1800)」
若冲の作品の前にはやはり人が多い。何度か見ている作品は流して見てしまったが(おなじみ、プライスコレクション最初の作品「葡萄図」の前に人がほとんどいなかったのが寂しい)、何度見ても若冲の非凡さ、素晴らしさに感動する。昨年90年ぶりに確認され今回初公開の「杷子雄鶏図」は希少な初期の作品だそうだ。後の鶏たちに比べて色彩も羽の描き方も淡泊な印象ではある。これに対し、やはり初公開の「鶏図押絵貼屏風」は82歳という晩年の作品で、鶏の集大成。六曲一双、背景なし、墨の濃淡のみの素早いタッチで12羽の雄鶏の色々なポーズが描かれている。宙に振り上げられたような尾に動を、地に向けられた尾には静を感じる。北斎もそうだったが、晩年にこのような生き生きとした作品が描けるって素晴らしい。「乗興舟」は淀川の舟旅を描いた絵巻で展示室の真ん中に設えられたガラスケースに収められており、並んで見た。この旅をともにした親友、禅僧大典の漢詩が添えられている。若冲といえば鮮やかな色彩(先に挙げた鶏図は墨のみだったが)なのに、この絵巻の世界はモノクロ。それも空が黒い。不思議な感覚ではあったが、妙に落ち着くようでもあった。
「醒めたグロテスク 曽我蕭白(1730-1781)」
7年前のボストン美術館展で初めて見た蕭白、そのスケールの大きさ、ユーモア、奇怪さに惹かれたものだった。6年前の「若冲が来てくれました」でも蕭白らしい絵に出会えたが、今回また、蕭白に会えたのが嬉しい。「群仙図屏風」といい「雪山童子図」といい、可笑し味があるせいか、私にはそんなにグロテスクには見えなかった。「美人図」は狂女の怖さがじと~っときた。「獅子虎図屏風」「虎図」とも、蕭白に限らずこの時代の虎は実際に絵師が見ていないので想像で描いた印象は否めないが、想像の中での迫力たっぷりである。

「京のエンターテイナー 長沢芦雪(1754-1799)」
この展覧会で私が一番気に入ったのは芦雪だ。「白象黒牛図屏風」は「若冲が来てくれました」でも感銘を受けていたことをすっかり忘れていた。つまり、この絵はプライスコレクションからの出品である。プライスさん、お目が高い。白い象の背中に黒い烏が2羽、黒い牛の足元には愛らしい白犬が。白い象は六双一曲の屏風からはみ出している。「龍図襖」は筆の勢いが見事。「群猿図襖」は猿たちの瞬間を捉えたようで、すぐに猿が動き出しそう。「方広寺大仏殿炎上図」は燃える建物は下のほうに小さく描かれ、そこから空高く昇る煙と落ちてくる炎が強調されているのが印象的である。「なめくじ図」は面白すぎる。なめくじがあちこち這った跡を画面いっぱいに描き(幼い子供が描いた線みたい)、その先になめくじが1匹。私はナメクジだ~っい嫌いなのだが、この絵のなめくじなら許せるかな。びっくりしたのは「方寸五百羅漢図」。わずか3cm四方の紙本に白象に乗るお釈迦様と羅漢たちが描かれているのだ。実物は小さすぎるし、拡大パネルでもあまりよく見えなかったが、「すげえ」です。
「執念のドラマ 岩佐又兵衛(1578-1650)」
岩佐又兵衛――あの、岡田クンに地獄を見せた陰湿な荒木村重(NHK「軍師官兵衛」)の息子だったのかぁ。オヤジは憎らしかったけれど、信長に一家皆殺しにされ、当時2歳だったという又兵衛だけが生き延びたと知ると、ああよかったね、とほっとする。

2歳の幼子が老人となった「自画像」はそういう過酷な環境の中で生きてきたことを考えると、全体に穏やかに見えるその姿にぐっとくるものを感じるのは単なる先入観によるものだろうか。「山中常盤物語絵巻」は前期が第四巻で、私が見たのは第五巻。瀕死の常盤の胸を染める血の赤にどきっとした。これも又兵衛の幼少時代を反映しているのだろうか。「浄瑠璃物語絵巻」は豪華絢爛、保存状態がとてもよい。「伝岩佐又兵衛 妖怪退治図屏風」(伝というのは、工房の作品と考えられているから)などの絵を描けば、先の「自画像」や「柿本人麻呂・紀貫之図」なども描く、幅の広い絵師だと思った。MOA美術館が作品をたくさん所蔵しているようなので、いつか見に行けたら…。
「狩野派きっての知性派 狩野山雪(1590-1651)」
江戸へ移った狩野派ではなく京に残った狩野派。「梅花遊禽図襖」は紅葉した蔦が梅の幹にからみつき、秋の絵かと思うと梅の枝には花が咲いている。一つの画面に秋と春が同居、面白い。そして梅の枝は襖の中でぐいぐいっと思い切り曲がり、龍のように見える。画家の激情だろうか。「龍虎図屏風」は天上から降りてくる龍は水墨、地上で待ち受ける虎は彩色で表現されている。非常にダイナミックだが、水墨の龍のほうにより迫力を感じるのは斜めに降りてくる動きがあるからだろうか。「韃靼人狩猟・打毬図屏風」は当時、異文化に対する興味を誘ったことだろう。「四季耕作図屏風」は農家の労働と暮らしを描いている。毎度言っているが、労働の絵画は好き。「武家相撲絵巻」は力士たちが逞しい。山雪は初めて見るように思うのだが、この絵は相撲博物館所蔵だから、ひょっとしたら見たことがあるかしら…(すぐに忘れてしまう)。
「奇想の起爆剤 白隠慧鶴(1685-1768)」
白隠か仙厓か、禅画といえばこの2人の名前がすぐに出る。仙厓は出光で見て大好きになったが、白隠も好き。目玉が強烈な「達磨図」は2016年トーハク「禅―心をかたちに―」のポスター作品(同じ画題の絵が複数ある。ここで言うのは大分・萬壽寺所蔵)。亡くなる前年の作品だそうで、82歳でこの迫力。素晴らしい。永青文庫所蔵の横を向いた「達磨図」は一気呵成の筆でダイナミック。静岡・永明寺の「達磨図」は今回出展の3作の中で一番怖いというか尖った顔をしている(白隠自身が尖っていたのかも?)ように見えるが、それでもどこかユーモラスな印象もある。「蛤蜊観音図」は笑っちゃいけないのだけど、和んでふっと笑いそうになった。観音様の表情もなんとなく可笑しいし、頭にタコや魚をのせた人たちがまわりにいるんだもの。

「江戸琳派の鬼才 鈴木其一(17961858)」
出展されていた7作、どれも丁寧でやさしい感じを受けた。「百鳥百獣図」は素人の私が見ても、若冲の影響が見て取れる。「貝図」はプライスコレクションで、「若冲が来てくれました」で見ているはず、何となく記憶にあるような…。
「幕末浮世絵七変化 歌川国芳(17971861)」
おなじみ国芳さん。国芳という名前に対しては、ボケちゃったのか他の浮世絵師だと思いこんでいたのに、絵を見たらあれ、これあの国芳だよな、と脳がぐちゃぐちゃになった。国芳の作品も比較的大きいものが揃えられていて、馴染の作品は流しながらもまずまずちゃんと見られた。肉筆画の「火消千組の図」は何十人という火消し1人1人の意気込みが窺える表情がいい。各々が入れている刺青もまで細かく描かれていた。奇想の画家たちで国芳だけが浮世絵師。確かに奇想の浮世絵師である。

辻氏の「奇想の系譜」、読んでみたくなった。
 

|

« 脳ベルSHOW再び | トップページ | 四月大歌舞伎昼の部:「新版歌祭文」 »

展覧会」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 脳ベルSHOW再び | トップページ | 四月大歌舞伎昼の部:「新版歌祭文」 »