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2019年5月22日 (水)

五月歌舞伎座昼の部:「対面」「勧進帳」「め組の喧嘩」

5月14日 團菊祭五月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
歌舞伎座に関して言えば3月は全休、4月も一部見られず、3カ月ぶり*に全演目を見ることができて、なんかドキドキした。

「壽曽我対面」
トップに松緑さんを置き、その下の世代である梅枝・歌昇**・萬太郎**・右近・米吉、さらに下の鷹之資・玉太郎とフレッシュな若手が揃った。
四十、五十は洟垂れ小僧の世界だから、深い味わいはないものの、松緑さんの貫録と懐の深さ、梅枝さんのやわらかさ、歌昇さんの豪胆さと愛嬌等、楷書の芝居としてなかなか見応えがあった。歌昇さんの小林朝比奈を見て、この人は曽我兄弟を祐経に引き会わせる仲介役なんだということを初めて意識したような気がする。つまり、ただ兄弟を呼ぶだけでなく、祐経に物申せる立場の人なんだと。歌昇さんの成長ぶりを好ましく嬉しく見た。
右近さん、米吉さんは美しく、右近さんがおねえさんの格を示した。萬太郎さんは頑張っていたが、まだ役に精一杯という印象だった。声もいいし、隈取をすると童顔が気にならなくなるし、若さを弾けさせられる年齢だし、回数を重ねれば自分のものにできると期待している(2014年3月、国立劇場での梅王丸がとてもよかったから、荒事に向いているだろうと思う)。
鷹之資さんが体も声もしっかり歌舞伎役者らしくなってきた。踊りがうまいのは見るたび感心することだが、セリフにも力があってとてもよかった。ますます今後が楽しみである。
「勧進帳」
長唄の前奏、そして「♪旅の衣はすずかけのぉ♪」で、もうわくわくする。毎度書いているかもしれないが、本当に名曲だと思う。
海老蔵さんはたしかに目を剥いているという場面もあったが、おおむね義経を絶対守るという重圧を背負いながらの覚悟、必死さがその目力に表れているように思えて、そんな時は剥いた目にこちらの涙がにじむのであった。延年の舞でも、大酒は飲んだが酔いつぶれてはいない、主人はしっかり守るという気概が感じられた。それは富樫にも伝わったかもしれない。詰め寄りの場面(好きな場面)では、富樫の思いと弁慶の思いの両方が伝わってきて、泣けた(位置が真ん中過ぎたかどうか…そうだったかもしれないが、緊迫感に気が取られてあまり注意がいかなかった)。今回の弁慶でいいなと思ったのは、セリフが聞きとりやすかったことである。勧進帳読み上げでもほんの一部だがちゃんと聞き取れた。元々難しいことを言っているところは当然わからない。

義経は置かれた立場上、弱々しいイメージがあるが、考えてみれば数々の武功を立てた立派な武将である。菊之助義経は凛々しくて、そういう義経の本質が見えたような気がした。出の「いかに、弁慶」は義経の迷い(覚悟と家来への思いの葛藤)と弁慶を頼りにしている様子が滲んでいた。打擲により無事関を抜けた後の山中での「いかに、弁慶」には感謝とほっとした気持ちが感じられた。
松緑さんの富樫は楷書の演技で実直な人柄を見せ、弁慶の言動から義経という人間を理解したような、だから関を通すのだという覚悟を込めているように感じられた。「判官殿でもない人を」はさらっとすませたが、そこから続くセリフに泣かされた。あとで知ったことだけど、おとうさんも富樫を演じていたのね***。
玉太郎クンの太刀持ちは、最初の数分間、肩よりやや低い位置で刀を持ったまま微動だにせず感心した。
四天王に廣松さんがいてびっくりした。最近立役もやるようになってはいたが、女方が主だと思っていたから。立派な四天王だった。
ひところはいくら好きな演目でも又勧進帳かというようなこともあったが、今回久しぶりに見たような気がする。そして久しぶりに感動した。
「神明恵和合取組(め組の喧嘩)」
喧嘩が江戸の華であることを実感するような(もちろんそこには身分制度の問題があるのだが)、目で楽しめる芝居だった。相撲ファンとしては力士側が敵役なのがちょっと…というところはあるものの、喧嘩の発端はたしかに力士側の非であり、権力下にいることの有利を楯にしているのだから、江戸の鳶のプライドを傷つけたのは当然だろう。
とにかく鳶たちのカッコいいこと。若手が生き生き、その粋と気性の荒さを発散させている。好きな場面は、草鞋に水をぷっと吹きかける出陣のとき、そしてハシゴを使わない屋根への駆けあがり。カッコいいよね~。江戸の空気が歌舞伎座中に広がった感じ。左近クンの成長にびっくりした。もう声変わりしているじゃん。亀蔵(片岡)さんとの立ち回りもしっかりこなしていたし、さすがに早すぎるが次の蘭平への期待が膨らむ。ついこの間まで左近ちゃんだと思っていた左近クンから、「可愛い」の声は亀三郎ちゃんに(亀三郎に「ちゃん」をつけるのは、まだくすぐったい)。尻端折りと「あいよ」がいっぱしの江戸っ子ぶりで、こんな小さい時から江戸っ子気質を身体にも魂にも入れているのだから、大人になったら辰五郎かな。その前に弁天なんかもあるし。眞秀、丑之助、亀三郎、ほぼ同世代の成長を私は見届けられないが、切磋琢磨して音羽屋の芸を継承していくのだろうと予見するのであった。
菊五郎さんがまさに辰五郎その人。時蔵さんは菊五郎さんとの夫婦役がやはり一番。夫のすべてを呑みこんでいるからこそのハッパ。夫の態度に歯がゆさを覚えても、その底にある信頼と愛情が感じられた。
左團次さんはさすがの大きさ、又五郎さんは知的、歌六さんの留役の貫録、芝居が充実した。この芝居を見るたび書いているかもしれないが、九竜山が死んでしまうのが残念だし気の毒でならない。
<上演時間>「対面」47分(11:00~11:47)、幕間30分、「勧進帳」70分(12:17~13:27)、幕間20分、「め組の喧嘩」110分(13:47~15:37)

*~ぶりって未だによく理解できておらず、調べたら、すべて満で数えるとのこと。2月にちゃんと見て以来だから5-2=3で3カ月ぶりなんだそうだ。
**歌昇さんと萬太郎さんって生まれが6日違いなんだね。歌昇さんは平成元年5月6日、萬太郎さんは12日。名前を挙げるのに年齢順にしようと思って調べてビックリ。
***歌舞伎チャンネルで以前録画した「勧進帳」3本が入っているDVDを何となく見てみた。1本目は2004年5月の海老蔵襲名公演で、海老蔵さんが富樫、弁慶は病気の團十郎さんに代わり三津五郎さん、義経は菊五郎さん。そして片岡八郎に松助さん、太刀持ちが岡村研佑クン(現・尾上右近)。この舞台見たのに、松助さんが出ていたことには気がつかなかった。2本目はなんと富樫が辰之助さん、弁慶を海老蔵時代の團十郎さん、義経は吉右衛門さん(3役交代だったらしい。私が録画したのはこの配役だが、全部見たかった)。辰之助さんの厳しさと温情にうるうるした。1972年10月の公演だった。そして3本目は私の中で最高峰の吉右衛門弁慶×富十郎富樫。2005年9月。この時、まだ玉太郎名の松江さんが亀井六郎だった。今の名前に慣れると、なんか変な感じ。1枚に3本入れたから画質はよくないけれど、めちゃお宝の1枚です。


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