« 六月歌舞伎鑑賞教室:「歌舞伎のみかた」「神霊矢口渡」 | トップページ | 六月歌舞伎座昼の部:「寿式三番叟」「女車引」「石切梶原」「封印切」 »

2019年6月22日 (土)

色々なクリムトを見た:クリムト展

6月20日 「クリムト展 ウィーンと日本1900」(東京都美術館)
190622klimt クリムトはず~っと前に見たことがあるが(1981年伊勢丹美術館らしい。伊勢丹美術館はじめデパートの美術館には何回か行ったけれど、今、そこそこ大規模な展覧会をやる所はほとんどないんじゃないかしら)、あの時はシーレの方が深く心にしみてきて、だから今回クリムトはパスかなと思っていたら、評判よさそうなので行くことにした。行ってよかった。
あの時のクリムトはどんな作品が出ていたのかしら。どこかに図録があると思うのだけど…。
今回は油彩作品が25点展示されているが(ほかに、鉛筆やチョークなどによる習作なども多々あり)、クリムトの油彩がこんなに集まることはめったにないとのことで、非常に貴重な機会、だから行ってよかった。
Chapter 1 クリムトとその家族
Chapter 2 修業時代と劇場装飾
Chapter 3 私生活
Chapter 4 ウィーンと日本 1900
Chapter 5 ウィーン分離派
Chapter 6 風景画
Chapter 7 肖像画
Chapter 8 生命の円環

いくつか印象に残った作品を記録しておく。
一番の目玉は「ベートーヴェン・フリーズ」(Chapter 5)だろう。これはウィーン、分離派会館地下にある全長4メートル超の壁画の原寸大複製である。展覧会サイトから解説をいただくと、「黄金の甲冑で武装した騎士が幸福を求めて敵に向かい、楽園にたどり着くまでの旅路が絵巻物のように展開する。ベートーヴェンの交響曲第9番に着想を得たこの壁画は、天使たちによる合唱と、男女の接吻で締めくくられる。金やガラス、真珠層などの素材を用い、輝きのなかに歓喜を表現したフリーズは、まさにクリムトの「黄金様式」の時代を代表する傑作である」。
この原寸大複製は1984年に制作されたそうだが、オリジナルと同じ材質を使っており、よくこれだけのものを作ったと感銘を受けた。この展示スペースにはベートーヴェン第九が流れていて、壁画に描かれた壮麗な世界を音楽とともに堪能することができる。
このChapter 5では1897年にクリムトたちが立ち上げたウィーン分離派を特集しているが、先日見たラファエル前派といい、アカデミズムに反発する動きはどこでもあったのだなあと思った。
ここでは有名な「ユディトI」、今回初来日の「ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)」も展示されている。ユディトは油彩画に初めて金箔を用いた作品と言われ、なんかエロティックだ。額縁はクリムトがデザインしている。額縁と言えば、「17歳のエミーリエ・フレーゲの肖像」(Chapter 4)の額縁には自ら梅などをアシンメトリーに描いて女性の清楚さを浮き立たせている。この作品はクリムトが日本美術の要素を取り入れた最初期の作品だそうであるが、あのクリムトの絵とは思えない。こういう絵を描いていた時期もあったのだなあ。後述するChapter 2を見ればそれもわかる。Chapter 4の「女ともだちI(姉妹たち)は浮世絵美人画風。
私のこれ一番、は「女の三世代」(Chapter 8)(写真)である。首を直角に曲げ赤子を抱く若い女性、母親の胸の中ですやすやと眠る愛らしい幼子。母子の間には愛と安心がある。いっぽうで長い髪に隠された顔を左手で覆いうなだれている老婆がいる。その垂らした右腕から手にかけての血管の浮き上がりがひどくリアルで衝撃を受けた。衝撃を受けたのは自分の実像に近いものが感じられたからだろうか。
Chapter 8では「亡き息子オットー・ツィンマーマンの肖像」が胸を打つ。以前から西洋の画家は死の床を描くのが好きだと思っていたが、それは好きとかいうのではなくて、一つのテーマとして普通だったようだ。しかし生後わずか数十日での死はあまりに悲しくて、クリムトの思いがこちらにも刺さってくる。隣にお棺に入ったオットーの写真が並べられているのも切ない。
クリムトはウィーン大学から学部の天井画を依頼され、「医学」「哲学」「法学」を描いたが、保守的・伝統的な大学の気に入らず、絵を引き上げたそうだ。ところがそれらの絵はナチスに没収されて最終的には焼かれ、今は写真としてしか残っていない。「医学」はフォトグラヴュア、「哲学」はサイアノタイプが展示されていた(「法学」は参考写真のみ)。よくわからないのだけれど、フォトグラヴュアは写真印刷の技術、サイアノタイプは青写真のことらしい。当時は衝撃的過ぎて受け入れられなかったのだろうが、これだけの作品が焼かれてしまったのは何とも残念である。
クリムトが風景画を描いていたとは知らなかった。これがなかなかいいのである。「アッター湖畔のカンマー城Ⅲ」(Chapter 6)は点描のような感じだが、私は「思い出のマーニー」をちょっと思い出した。
興味深かったのはChapter 2に見る親友フランツ・マッチュとの比較だ。2人は同じ少女をモデルにした同じタイトルの「レース襟をつけた少女の肖像」を描いているが、マッチュの方は優等生的・教科書的な感じ、クリムトの少女には人間らしい表情が見られる。また男性裸体像でも、2人の描き方には同じような違いが感じられて、面白かった。
マッチュは「ソフォクレス『アンティゴネ』上演中のアテネのディオニュソス劇場(ブルク劇場天井画のための下絵)を描いているが、急逝した前任者マカルト(記憶がはっきりしないのでこの情報は間違っているかも)のそれとはまったく異なる画風である。マカルトがドラマチックな表現であるのに対し、マッチュは資料を研究して写実的に描いている。こういうところにもマッチュの少女や男性裸体との共通点が見られるように思った。
グスタフ・クリムトには2人の弟がいて、エルンストは画家、ゲオルクは彫金師。エルンストはグスタフ、マッチュとともに芸術家カンパニーを設立したが早逝、ゲオルクはグスタフの額を製作することもあった。グスタフとゲオルクの共作「踊り子」はとても素敵だった。Chapter 1クリムトの「ヘレーネ・クリムトの肖像」も好き。ヘレーネは弟エルンストの娘。
クリムトやその周辺の人々の写真が何点かでていたが、小さすぎてよく見えなかった。美術館用の単眼鏡が必要かもしれない。しかしグスタフ・クリムトは写真を見ると、ぱっとしないおじさん風だが、とてもモテたらしい。結婚はしなかったが子供が14人いるとか。私はこのおじさんがこういう絵を描くか…と面白かった。
国立新美術館でもウィーン・モダンの展覧会をやっており、こちらにもクリムトの作品が来ているのでぜひ見に行きたい。シーレもあるみたいだし。

|

« 六月歌舞伎鑑賞教室:「歌舞伎のみかた」「神霊矢口渡」 | トップページ | 六月歌舞伎座昼の部:「寿式三番叟」「女車引」「石切梶原」「封印切」 »

展覧会」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 六月歌舞伎鑑賞教室:「歌舞伎のみかた」「神霊矢口渡」 | トップページ | 六月歌舞伎座昼の部:「寿式三番叟」「女車引」「石切梶原」「封印切」 »