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2019年6月13日 (木)

「ラファエル前派の軌跡」

65日 「ラファエル前派の軌跡」(三菱一号館美術館)
190613preraphaelitism 9日までの会期で、ほぼ毎度の滑り込み。
ラファエル前派って? というところから始まる私(ラファエル前派の絵画は見たことがあると思うが、それがどういう一派だかはすっかり忘れているか、全然わかっていない)。
以下、展覧会サイトから。1848年、イギリスのダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・エヴァレット・ミレイの3人が中心となって7人の画学生結成した絵画の一派である。彼らは「ラファエロ以降の絵画表現を理想とする芸術家養成機関ロイヤル・アカデミーの保守性こそが、英国の画家を型通りの様式に縛りつけ、真実味のある人間感情の表現から遠ざけてきた、と主張し」、「ラファエロ以前に回帰する必要性を訴えて<ラファエル前派>と自ら名乗った。「ありふれた感傷的な描き方から絵画を解放し、中世美術のように分かりやすく誠実な表現を取り戻そう」とした。
保守的なアカデミーの伝統を拒絶すれば非難が渦巻くのは想像に難くない。その中で彼らの試みを高く評価したのがジョン・ラスキンである。彼の「素描の基礎―初心者への三通の書簡」はラファエル前派周辺の風景画家に影響を与えた。彼らの大前提である「緻密な自然観察、主題の誠実な描写」は1850年代初頭には社会に受け入れられたそうである。

さて、展覧会の構成は以下のとおりである。
第1章 ターナーとラスキン
第2章 ラファエル前派
第3章 ラファエル前派周縁
第4章 バーン=ジョーンズ
第5章 ウィリアム・モリスと装飾芸術


ラファエル前派に影響を与え、彼らを擁護したラスキンに関する展示が充実している。理論家の絵画がこれだけ集まるのは珍しいらしい。
ターナーの「ナポリ湾」はラスキン旧蔵品で、初めて見たターナーがこの絵画の版画だった、この絵を所蔵できることは格別に嬉しいとラスキンは言っている。ラスキンは画壇の非難を浴びていたターナーを「近代絵画論」で擁護しており(擁護するためにこの本を書いた)、この書物が様々な芸術家に影響を与えたのだそうだ。私が好きなのはターナー「カレの砂浜―引き潮時の餌採り」。労働絵画というほどでもないかもしれないが、風景と生活感がマッチして惹きつけられる。風景に関しては印象派的な感じもする。
ラスキンの主張は自然をそのまま描写することであり、それを証明するためか、ラスキンの「モンブラン―サン・マルタンからの眺め」の隣には、ラスキンが描いた山々の名前が書かれた別紙があり、比較できるようになっていた。ラスキンの絵、なかなかいい。
ラスキンはまた、「建物の価値は経年変化にあり、修復は破壊だ」と主張しており(わからないじゃないけど、全面的に賛成というわけにもいかない、でもヨーロッパには廃墟の画家なんかもいるから、そういう考え方はあるのかな)、「渦巻きレリーフ―ルーアン大聖堂来たトランセプトの扉」を修復されていないことを確認したうえで写真と模型を元に描いた。まさに写実的。

第2章の「ラファエル前派」の部屋は、なんと写真撮影OK。風景画の写実性はわかるのだけど、人物についてはよくわからなかった。とくにロセッティの人物画はラファエル前派の人物画なのかどうかわからない。ポスターにもなっている「ウェヌス・ウェルティコルディア(魔性のヴィーナス)」など、女性が美しいは美しいのだけれど…。その点、ハントの人物は写実であることがわかる。
私は多分ミレイが好きなんだと思う。「滝」も「結婚通知―捨てられて」も好きだと思った。それに、ミレイはあの「オフィーリア」を描いた画家だ。この絵に打たれたのは1992年のことだったか。「西洋絵画のなかのシェイクスピア展」(伊勢丹美術館)で、強烈に印象に残った。今回「オフィーリア」の展示はないが、作者がミレイだとかラファエル前派なんて意識もしないで見ていた当時の衝撃が27年も経って甦った。

「ラファエル前派周縁」のウィリアム・ヘンリー・ハント、同じハント(ファーストネームも同じ)でもウィリアム・ホルマン・ハントとは別人。ややこしい。こちらのハントは「鳥の巣ハント」とあだ名されるほど鳥の巣の絵が得意だったそうで、「ヨーロッパカヤクグリの巣」はまるで写真みたいだった。フレデリック・レイトン「母と子(サクランボ)」で女性の後ろの屏風に描かれているのは鶴だし、屏風、黒檀風のパネル、ペルシア絨毯に日本・東洋への関心が現れている。ウィリアム・ダイス「アラン島の風景」は風景が写実的。

第4章はバーン=ジョーンズだけを特集している。「書斎のチョーサー」は背景の花、机上の本、全体がなんとなくセピア色に見える部屋で若き日の(だろうか、若く見える)チョーサーが椅子でまどろんでいる。まどろんでいるんじゃなくて考えているのかな。「赦しの樹」に描かれた人物は筋肉隆々でおよそラファエル前派らしくない。こういう絵画に慣れてしまっている目にはちょっとほっとするような感じである。


ウィリアム・モリス(イギリス人、ウィリアムが多いなあ)は<生活の中に芸術を>を実践した人である。モリス商会の家具や壁紙、タイルなどを見ていると、日本とイギリス(あるいはヨーロッパ全体もそうか?)の生活様式の違いを思う。私はとくに壁紙に模様があるのはうるさく感じるからダメだな。「新天地ヴィンランドへの航海」のステンドグラスデザインは、動き、勢いがあって悪くないと思った。

私のことだからすぐに忘れそうだけど、ラファエル前派について色々知ったのは楽しかった。

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