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2019年6月28日 (金)

六月歌舞伎座千穐楽夜の部:「月光露針路日本」

6月25日 六月大歌舞伎千穐楽夜の部(歌舞伎座)
190628sensyuraku 今月も予定が流動的で、夜の部は千穐楽狙いだったが発売日には先すぎてどうなるかわからない。それで始まって間もない日程を言葉は悪いが保険として取っておいた。案の定、千穐楽はかなりの危機で、一度でも見ておいてよかったというところ。誰かにかわりに行ってもらおうかどうしようかと最後まで悩んだ結果、なんとか緊急予定を回避できた。しかし一幕目の後、貧血気味な感じで気分が悪くなり、このまま見ていて大丈夫かしらとかなり不安だった。でもカーテンコールまでいることができてよかった!! 2度見てよかった!!
前回、がなられると聞きづらかったが、今回はちゃんと聞こえた。マイクの音量を下げたのか、こちらの耳の状態によるのか。
忘れていることもだいぶあるので、千穐楽特別バージョンがあったかどうかは不明。以下、前回書かなかったことを中心に。
「月光露針路日本」
まずは松也さんがスーツに眼鏡姿で、教授風の男(歴史の先生)役で登場。テンション高すぎて、前回もこの部分必要あるのかなと疑問だったけれど、いかにも三谷さんらしい演出か。質問を受けると言った途端3階から手が上がり、「千穐楽に三谷さんに言いたいことは?」「使ってくれてありがとう」。いい答えだった。あと2問受け付けていた。
一幕目は前回よりテンポが上がっていて、面白かった。光太夫(幸四郎)の人物像も一度見ているせいかもしれないが、前回よりは摑めた(多分、改善されていたんじゃないかな)。
三谷さんらしく、あちこちに笑いどころがちりばめてあるが、高田馬場のようには笑えなかった。
でも、漂流のさなか、三五郎(白鸚)が陸地までの距離を占う場面は悲哀を感じながらも笑わざるを得なかった。仲間の幾八(松之助)の死は、船内の絶望を強めた一方で、何とか生きて帰ろうという気力を奮わせたのではないだろうか。
8カ月の漂流の末たどり着いたアムチトカ島(いつの間にか5人が亡くなっていた。5枚の板切れを立てただけのお墓が切ない)で住人のウナンガンが酒と間違えて船乗りたちの尿を飲んだ話をする猿之助さんの芝居がかったオーバーな演技が歌舞伎らしくて、とても面白かった。猿之助さんは全体にそんな感じで、一番歌舞伎らしさを感じさせてくれた。
磯吉(染五郎)がロシア語を覚えるとっかかりは、むか~し国語の教科書に出ていた金田一京助博士がアイヌ語を覚えるのと同じやり方だ。アイヌ人の子供たちに円を描いてみせると子供たちがアイヌ語で「これは何?」「なに?」と口々に言う。金田一博士はまず「何」という単語を引き出してそこから色々な言葉を増やしていったのだ。
得体の知れない肉を食べられない気持ちはよくわかる。食べ物が手に入らなくなった時、ヘビやネズミや昆虫を食べられるだろうか。よく自問自答する。私には食べられない、でもそれは今極限状態にないからだ、きっと。食べるということは生きるということだから、牛の肉を食べられなかった勘太郎(弘太郎)が命を落とすのは事故とはいえ、自然の成り行きだったのかもしれない。とはいえ、流氷の裂け目に落ちる前に思い直していたら…(裂け目に落ちる恐ろしさは、何十年も前、中国かどこかの山でクレバスに落ちて、どう助けることもできなかった仲間の目の前で徐々に弱っていった女子大生の新聞記事を読んで泣いた日を思い出した)。そしてもう1人、乏しい食糧をみんなのために調理し、自分は口にしなかった与惣松(種之助)哀れ…。カムチャッカまで来た8人は6人に減ってしまった。光太夫が生き延びる者と死ぬ者の違いを語っていたが、そのとおりだろう。

一行はカムチャッカからオホーツク、ヤクーツク、そこからまたイルクーツクへと進まねばならない。イルクーツクへは犬橇で行くことになった。
磯吉と恋に落ちるアグリッピーナの高麗蔵さんは、前回の方が喜劇性が強かったが、今回も面白かった。なんとかアグリッピーナと別れさせ磯吉を伴って6人はイルクーツクへ向かう。ところが庄蔵(猿之助)が橇から落ちたり犬たちが次々と倒れてしまったり、風前の灯の6人。前回はこの場面、激しいホワイトアウトで遭難しかけたような気がしたが(ホワイトアウトにも、何年か前の北海道、おとうさんが娘を抱いたまま車の中で亡くなっていたというつらい記憶がある)、私の記憶違いかも。奇跡的にイルクーツクの町が目の前に現れた時(ホワイトアウトの場面は緩和されたのかも)、人間のみならず犬たちも元気を取り戻したようだったが、前回もそうだったかな。雪役で松也さんが出ていた。
新蔵(愛之助)の成長が印象的。漂流中の沢庵とかアムチトカでの海鳥の卵や船の設計図とか、自分のことしか考えていなかったのに、イルクーツクを前にして遭難しかけた時自分を責める光太夫に「お頭のせいじゃない、みんな自分で決めて来たんだ」ときっぱり言えたのには感動した。さらには三幕目、ロシアに残るのはマリアンナ(新悟)と暮らすためだけではなく庄蔵のためでもあったことがわかり、泣けた。

せっかく帰国が許されたのに、九右衛門(彌十郎)が息を引き取ったのはなんとしたことか。お歳のわりには元気で、あんなに伊勢で正月を迎えたがっていたのに。
別れの場面は前回以上に泣いた。光太夫の脚にしがみついて一緒に連れて行ってくれて泣き叫ぶ庄蔵、それを押さえながらついには「俺も!!」と本当の本心を叫ぶ新蔵。耳をふさいで去る光太夫。3人の魂、3人の断腸の思いがぶつかり合って、胸がつぶれそうだった。その後の2人はどんな人生を送ったのだろう。彼らの前にもロシアから帰れなかった漂流民が何人かいたようだから、その人たちの思いも重なって、本当につらかった。
小市(男女之助)の死はあんまりだ。光太夫が天に向けて放った言葉に激しく共感を覚えた。私は神を信じるというか神に縋ることが多いが、これほど苛酷な経験をしたら神に挑みたくなるのはわかるというものだ。男女之助さんが終始、いい芝居をしていた。ヤッシーもテンション高く、楽しませてくれた。変な人だが、結局彼(キリル・ラックスマン)のおかげで光太夫たちは帰国できることになったのだ。パパラックスマンと息子ラックスマンの早替り(?)で笑わせてくれた。エピローグには出てこなかったが、彼(息子アダム)もあの船に乗っていたんだろう。
カーテンコールは3回。3回目には八嶋さんが1人で出てきて、袖のみんなに出るように手招きしているのに誰も来ない。そのうち高麗蔵さんが染五郎さんを抱くようにして出てきて、そこへ幸四郎さんが割って入って、みんなも揃った。幸四郎さんの「ありがとうございました」で千穐楽が終わった。


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コメント

朝日新聞の夕刊連載の【ありふれた生活】によると、最後の最後の場面。幸四郎が去り二人だけのところ。
猿之助の『どうしよう』と愛之助の『でえじょうぶだ』は、実は台本になかったとのこと。決して脚本家には書けない台詞だと評価し、『いい役者はいい台詞を生む。』とこの回のコラムを結んでいます。《6月27日掲載》

投稿: うかれ坊主 | 2019年6月30日 (日) 05時38分

うかれ坊主様
そうでしたか。猿之助さんと愛之助さんは浅草メンバーでしたし、通じ合うものがあったのでしょうね。
脚を片方失って北の異国に残る庄蔵の不安と絶望は新蔵より大きかったかもしれません。愛之助さんは新蔵になりきっていたんですね。

投稿: SwingingFujisan | 2019年7月 1日 (月) 11時15分

小説では井上靖のおろしゃ国酔夢譚、吉村昭の大黒屋光太夫、漫画ではみなもと太郎さんの風雲児たちの一部として読みました。ラックスマンの名前の読み間違いのギャグは深刻な場面を和らげるものですね。10年という年月を扱っているので色々なエピソードが削られていますが磯吉の成長、小市が故郷に帰れなかったのが哀れでした。7月5日に林英哲、山下洋輔をサントリーホールで6日は歌舞伎座夜の部ですがチケットが取れなかった昼の部は外郎売りの幕見にする予定です。一つ前から観ないと入れそうもないですが。

投稿: カトウ | 2019年7月 2日 (火) 15時24分

カトウ様
光太夫についての本は私は全然読んでおりませんが、苛酷な年月であったことは、想像できます。笑いもたくさんありましたが、私は悲しみの方が先に立ってしまいました。

山下洋輔さん、お元気ですねえ。林英哲さんとのデュオがあるのですか!! 素晴らしいでしょうね。カトウ様のご関心の幅の広さにも感銘を受けました。

7月の歌舞伎座はまず昼の部が完売しましたが、今は夜の部もほぼ完売ですね。「外郎売」では勸玄クンの早口が楽しみです。6歳での挑戦、すごいなあと思います。幕見は並んで大変でしょうが、ご覧になれますように。

返事が遅くなってごめんなさい。

投稿: SwingingFujisan | 2019年7月 3日 (水) 22時07分

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