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2019年7月 9日 (火)

ウィーンの歴史を辿る:「ウィーン・モダン」

7月1日 「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」(国立新美術館)
クリムト展の記憶が薄れないうちに、と新美に出かけた。
クリムト、シーレと名前を出しているが、新美はモダンウィーンの歴史を総合的にたどる展覧会と言っていいだろう。クリムトについては、ウィーンの美術史の中で大きな存在として捉えているという感じだろうか。展示は絵画だけでなく、建築、家具、日用品、音楽、服飾などウィーンという街の全体像から日常生活までが窺えて非常に興味深かった。
展覧会は大きく4つの章に分かれ、それを大見出しとすれば、その中に中見出し、さらには4章では小見出しまで分かれている。

1 啓蒙主義時代のウィーン―近代社会への序章
2 ビーダーマイアー時代のウィーン―ウィーン世紀末芸術のモデル
3 リンク通りとウィーン
4 1900年―世紀末のウィーン―近代都市ウィーンの誕生。ここの内容が一番密度が濃い。

啓蒙主義なんて、懐かしい言葉だし、展覧会の構成も歴史の参考書のようで、学生時代に帰ったかのような気持ちで鑑賞した。以下、見出し分けが細かいので、全部には触れず、つまみ食い的に(作者、ほとんど知らない人名で覚えきれない。きっとすぐに忘れる)。それでも長くなるが、自分の記録のために頑張ろう。

1-1啓蒙主義時代のウィーン
まずは「ローテントゥルム門側から見たウィーン旧市街」。作者はヨハン・アダム・デルゼンバッハ(?)と(?)付き。ここに描かれているウィーンは城壁と斜堤に囲まれた街である。後に(1857年)、フランツ・ヨーゼフ1世によって城壁が取り壊され、斜堤の跡地に新しい地区が作られ、ウィーンは近代的な街へと大きく変化した。
しかしそれより前、マリア・テレジアとその長男ヨーゼフ2世の治世下(1740~1790年)、啓蒙主義によってウィーンの社会・文化には大きな変化が生まれた。
マリア・テレジアの肖像画(マルティン・ファン・メイテンス)には額飾りとして額の上部分に幼いヨーゼフ2世の顔が描かれているが、母と息子は目や口元がよく似ている。絵画であるから差し引かなければいけない部分はあるだろうが、2人の啓蒙主義に対する意志(幼いヨーゼフからも)が感じ取る。それは大人になったヨーゼフ2世の肖像画(ハインリヒ・フリードリヒ・フューガー)を見ても同様な印象を受けた。
1-2 フリーメイソンの影響
現在では秘密結社的に捉えられているフリーメイソンであるが、その目的は自由・平等・友愛・寛容・慈愛であった。「ウィーンのフリーメイソンのロッジ」(作者不詳?)は中の雰囲気がなんとなく伝わるし、モーツァルトが描かれているので、おおっと俄然興味が湧いた。「究極の愚か者」(フランク・クサーヴァー・メッサーシュミット)は「性格表現の頭像」の一つで、私には像の彼が愚か者というのではなく、人間の愚かさを愚弄しているように見えた。

2-1 ビーダーマイアー時代のウィーン
ビーダーマイアーとは小市民といった意味で(遥か彼方の記憶から甦った言葉だ)、ウィーン会議が開かれた1814年から1848年(三月革命が起きた年)までをビーダーマイアー時代と言う。「ウィーン会議での各国代表たち」(ジャン・ゴドフロワ)は、ジャン=バティスト・イザベが想像で描いた一室の様子に基づいており、史実とは違うもののイザベの集団肖像画がウィーン会議の定番イメージとなったそうである。実際の会議は踊ってしまったが、この絵のような会議が理想だったんだろうか。
「メッテルニヒのアタッシュケース」、いつも感じることだが、歴史上の人物が実際に使ったものであると思うとその人物が急に私の中で生きてくる。メッテルニヒのアタッシュケースはずいぶん大きく見えた。マチがたくさんあって、さぞや分厚い書類が入っていたんだろうな、なんて。ケースが大きいのに対し鍵は小さい。失くしそう…。
「絵画時計―王宮書斎での皇帝フランツ1世」(カール・ルートヴィヒ・ホフマイスター)は白髪の皇帝が書類を見ている。こういう姿の皇帝は身近に感じられる。絵の右上方に時計が小さな嵌め込まれていて、今でも絵画時計って見ることがあるけれど、当時もあったのか、誰のどんな部屋に飾られていたのだろう。皇帝の絵なんて恐れ多かっただろうから、王宮かだれか偉い人の部屋かしら。
2-2 シューベルト時代の都市生活
さすがビーダーマイアー時代、生活のあり方ががらっと変わる。家具や食器などはシンプルで実用的なデザインである。展示されている食器や燭台は銀製である。銀製品は手入れが大変という印象をもっているがそうでもないのかしら。舞踏会などで着られるボールドレスに対し、「デイタイム・ドレス」はこれまで身体を締め付けていたコルセットから女性を解放したデザインになっている。

シューベルトの時代、それまで音楽は宮廷のものだったのがブルジョアたちが家庭で楽しむものに広がっていった。「作曲家フランツ・シューベルト」(ヴィルヘルム・アウグスト・リーダー)の肖像画に対面し、おお、あのシューベルトだって当たり前なのに妙に興奮した。若々しくて希望に満ちた表情のように見えた。そして「シューベルトの眼鏡」。先のメッテルニヒの持ち物と同様、シューベルトが生きている。肖像画のそばにあったことから、メッテルニヒ以上に実感を以てシューベルトを感じた。レンズには両方ともほぼ上下真ん中のあたりに割れ目が入っている。
この時代の絵画としては、2-3「ビーダーマイアー時代の絵画」2-4「フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー―自然を描く」2-5「ルドルフ・フォン・アルト―ウィーンの都市景観画家」と続く。その中でアルトの作品は好きだ。「ウィーンでの日食、1842年7月8日」の黒い空とそれに覆われた黒い風景、うっすらと見える暗い太陽、その光が漏れた遥かな赤い空、いい感じである。また「孫と共に書斎にいる自画像」は書斎の劇画チックな描写(いい表現が浮かばない。独特なタッチと色彩)が中心で、年老いたアルトと幼い孫は画面右のほうに小さく描かれているのだが、孫との距離感、孫を見つめるアルトの視線が愛情を含んでほのぼのするのである。

3-1 リンク通りとウィーン
いよいよ新生ウィーンである。城壁が取り払われ、環状のリンク通りが造られ、その沿道に主要な建物が次々に建てられていった。数十年の間、ウィーンは巨大な工事現場だったそうだ。この時代になると写真が残っており、工事の模様や、様々な建物が絵画とは別に見られる。樹が多い街だなと思った。
「旧ブルク劇場の観客席」(グスタフ・クリムト)は舞台から見た客席を描いている。同じく旧ブルク劇場を描いたフランツ・フォン・マッチュ(都美の「クリムト展」にも作品が展示されていた)の作品は「旧ブルク劇場の舞台」というタイトルからもわかるように、観客席から舞台を描いている。ウィーン市議会から2人が依頼されているのだが、私はクリムトの絵の方が断然面白いと思った。100人以上の観客の1人1人がよく描き分けられていて集団肖像画的な楽しさがある。後のクリムト独特の表現ではなく、ごく普通(と言ったら語弊があるかな)の絵で、クリムトの筆力の確かさがわかる。
3-2 「画家のプリンス」ハンス・マカルト
マカルトも「クリムト展」で見た。ここでは皇帝夫妻の銀婚式を祝うパレードに参加した職業組合や職人集団を描いた作品が展示されている。この組合とか職人集団はヨーロッパの絵画ではよく見るよね。マカルトは祝賀パレードの芸術監督を務めたそうだ。マカルトのスペクタル的な感覚がこのパレードで遺憾なく発揮されたようだ。

このあと、3章では3-3「ウィーン万国博覧会(1873年)」3-4『「ワルツ王」ヨバン・シュトラウス』と続く。万博では日本館と日本庭園の写真があった。明治政府初の万博参加がこの万博であると知った。万博に出品された扇子、パラソルが鑑賞者の目を引いていた。
4-1 1900年―世紀末のウィーン
「シェーンブルン宮殿書斎での皇帝フランツ・ヨーゼフ1世」(マッチュ)。3-1にフランツ・ルフツ描く若き日の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇后エリザベートの肖像画があったが、ここに描かれた皇帝はだいぶお年を召されている。正装に身を包んだ肖像画の若き皇帝よりもこうして生活感のある皇帝に親しみを覚える。書斎には美しいエリザベートの肖像画が飾られており、銀婚式のことも含めて仲がよかったんだなあと微笑ましく思った。書斎の絵はフランツ1世、アルトも合せて人間性が感じられて好きだ。
「ウィーン市長カール・ルエーガー」(アドルフ・マイアーホーファー)は目尻の皺まで描写が細かく、本当に目の前に本人がいそう。オットー・ヴァーグナーが作った市長の椅子が展示されていた。真珠母貝とアルミニウムの鋲がちりばめられていて、モダンで快適、実用的だそうだが、一見座りにくそうな感じ。でもきっと実際には座り心地がいいのだろう。
4-2 オットー・ヴァーグナー―近代建築の先駆者
近代ウィーンといえばオットー・ヴァーグナーだそうだが、私は知らなかった。ヴァーグナーは皇帝夫妻の銀婚式祝賀パレードのためのパヴィリオンデザインによって名声が確立し、公共交通システムのプランまで委ねられるようになった。単なる建築家ではなく、都市計画構想に貢献したと言えるだろう。ただ、時代がヴァーグナーについていかなかったのか、その近代的なデザインは激しい論争を呼び起こして、頓挫した計画も多々あるそうだ。ヴァーグナーの代表作は郵便貯金局と聖レオポルト教会(美しい模型の展示あり)である。また、集合住宅も彼の作品の中で重要な位置を占めている。集合住宅と言うとル・コルビュジエを思い出してしまう。先駆者がいたんだね。
4-3-1 グスタフ・クリムトの初期作品―寓意画4-3-2 分離派創設4-3-3 素描家グスタフ・クリムト4-3-4 ウィーン分離派の画家たち5 ウィーン分離派のグラフィック
初期作品では「愛(『アレゴリー:新連作』のための原画No.46)」がとてもいい。若い男女の愛を美しく描きながら上方には亡霊のような顔が浮かんでいる。アレゴリーだから、当然意味はあるわけで、私は「過去と未来の光景としても読み解くことができる」というのに同感する。縦長の画面、アレゴリーの両側を金色にしてバラの花をあしらっているのは日本美術の影響だそうだ。クリムト展の「17歳のエミーリエ・フレーゲの肖像」にも日本美術の影響がみられたのを思い出した。
4-3-5ではウィーン分離派展のポスターがずら~っと並ぶ。なんと、シーレのデザインしたポスターもあったが、シーレとははじめ気がつかなかった。
4-4 エミーリエ・フレーゲとグスタフ・クリムト
190709vienna1_20190709214301 都美のクリムト展で見たのは17歳のエミーリエの肖像画であったが、ここに展示されている「エミーリエ・フレーゲの肖像」に描かれているのは大人の女性である。そしてこちらはクリムト独特の表現法で描かれている。細長いカンヴァスに落款のような2つの四角い署名があるのは日本美術の影響らしい。これ、なんと写真撮影OKだった。
エミーリエはだぼっとしたドレスや最新の海外ファッションなどを扱う商売をしていたそうだ。だぼっとしたドレスはクリムトのだぼっとしたスモックに通じるものがある。なんと、クリムトが実際に着ていた青いスモックが展示してあった。先述したように、クリムトが生きてそこに立っているような気持ちになった。
4-5-1ウィーン工房の応用芸術4-5-2 ウィーン工房のグラフィック
ウィーン工房の作品は重要で、触れたいのではあるが、長くなりすぎたし疲れてきたので先へ。

4-6-1 エゴン・シーレ―ユーゲントシュティールの先へ4-6-2 表現主義―新時代のスタイル4-6-3 芸術批評
ここにもいい作品があるのだけど、シーレに絞る。そして「自画像」と「ひまわり」に絞る。昔見たシーレの作品は何だったか忘れたが、自画像は何点かあるはずだから、多分どれかは見ているだろう。自画像は表現主義の典型例だそうだが、そのタッチといい本当に衝撃的な作品だ。髪の毛かと思ったのは陶製のポットでそれはシーレの横顔にもなっている。「ひまわり」は縦長でこれも日本美術の影響か。根元の花は鮮やかに咲いており、しかし上方に伸びたひまわりの細い茎から垂れ下がる葉はしおれ、花は黒く乾いている。生命の循環か(って、そういうのクリムトにもあったな)。

見応えたっぷりの展覧会で、感想というかレポというか、長くなり過ぎた。自分にお疲れ様。一見の価値ありです。


文化服装学院の学生さんが作った「エミーリエ・フレーゲの肖像の再現」があった。この絵画から想像を膨らませ、帽子とドレスを制作したそうだ(上)。また、クリムトがエミーリエのためにデザインしたドレスからインスピレーションを受けて制作したドレスも展示されていた(下)。ドレスは憧れ。着るより作ってみたい。
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コメント

私は今日、行ってきました! 残念ながら、都美には行きそびれてしまったんですが(夜間開館の時に行こうなどと思ってるうちに、機会を失ったのでした)、目黒区美術館の「世紀末ウィーンのグラフィック」展には行ってたので、分離派とかオットー・ヴァーグナーとか、いろいろまだ記憶にあるぞ、って感じでした。
ついミュージカル「エリザベート」や、エゴン・シーレの映画を思い浮かべたり、自分の趣味に引きつけて、煩悩(笑)とともに見た、というところです。

投稿: きびだんご | 2019年7月11日 (木) 00時43分

きびだんご様
11日にコメントをいただいたのに、公開が今ごろになってごめんなさい。私、全然管理ページにアクセスしていなかったのですね、申し訳ありません。

今年はオーストリアの外交樹立から150年ということで、色々なイベントがあるようですね。目黒美術館はグラフィック中心の展覧会だったんですね。新美はボリュームがありすぎて、グラフィックは興味があるのに流してしまいましたので残念に思っています。
分離派、オットー・ヴァーグナー等々、忘れないようにしたいです(最近、すぐに忘れちゃうんですもの)。
エゴン・シーレの映画、見たかったです‼ ミュージカルは見ていませんが、エリザベートの肖像には「おお、これがあのエリザベートか」と内心ちょっと盛り上がりました。

投稿: SwingingFujisan | 2019年7月14日 (日) 22時36分

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