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2019年11月20日 (水)

「正倉院の世界」

11月8日 御即位記念特別展「正倉院の世界―皇室がまもり伝えた美―」後期(東京国立博物館平成館)
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テレビでやる前に行きたかったが時間がなく、それならと金曜日の夕方を狙った。本当は夜にしたかったところ、諸事情で夕方になった。入館までに10分ほど並んだ。中も混んではいたけれど、まあまあ何とか見ることができた。正倉院の宝物は2010年に見たことがある。平城遷都1300年祭を見るために奈良へのバス旅行に参加し、奈良国立博物館で正倉院展も見ることができたのだった(9年前はまだまだ元気だったなあ…)。時間が経ち過ぎたのと今時間があまりないのとで、簡単に。


「雑集」は聖武天皇自筆の書で、なんと20メートルを超える書簡に1万8千字がびっしり書き込まれている。丁寧、繊細な楷書で、おそらく一文字も間違えることなく書かれているその集中力たるや、ただただ圧倒される。
「鳥毛篆書屏風」は篆書と楷書が一文字ずつ交互に配され、篆書に鳥の毛が貼られているという非常に興味深いものだ。鳥は飛翔することから天界に届くようという意図が込められているそうだ。
「黄熟香」は東南アジア産の香木で、その別称は歌舞伎でもおなじみの蘭奢待。蘭奢待は「東」「大」「寺」の3文字を組み込んだ雅名で室町時代につけられたとのこと。内部はほとんど空洞なのに11.6㎏もあるそうだ。足利義政と織田信長が切り取ったという記録があり、その箇所に札が付けられていた。明治10年には明治天皇も切り取ったようだ。現在でも香気成分が残っていることが科学的に証明されているそうだが、奈良時代から1000年以上もどれだけ大切に保存されてきたことか。今後もずっと保存の努力が続けられるのだろう。
「銅薫炉」は、透かし彫りの球形の香炉である。本体は上下に分かれ、火皿は下の部分にある。球の上下がどの位置にきても火皿が水平を保ち、香や灰がこぼれない構造になっている。これと同様の仕組みをもつ銀薫炉はテレビでも紹介されていて、それは前期の展示であったがその模造が前後期通じて展示されていた。今回、模造というのがいくつかあり、模造という言葉にはあまりいい響きは感じないのであるが、そのイメージとは裏腹に、丁寧に再現されている、という印象を受けた。模造を作ることで、当時の材料、技術を知ることもできるであろう。文化財保存のうえでも必要なことなのだと理解した。
「白瑠璃碗」、これもテレビで予習した。土の中から発掘されたガラスは成分の一部が抜けだして透明感が失われるが、正倉院のガラスは一度もそういうことがなかったため、きれいなまま残っている。これは世界でも例を見ないのだとか。大変貴重な宝物である。

9年前、20分以上並んで見た「螺鈿紫檀五弦琵琶」に今回もお目にかかることができたと思ったら、それは前期の展示で、私が見たのはその模造品だったようだ。今回も並ぶには並んだが待ち時間はほぼなし。じっくり見ることができた。模造品とはいえ、先の銀薫炉といい、素晴らしい作品である。
なかなか興味深かったのは「模造甘竹蕭」。明治時代に作られたものと昭和49年に作られたもの、2点が並べられていた。ともに奈良時代の甘竹蕭(18本の竹管を並列させた楽器)の模造で、明治時代の修理の際、竹管を補って12管の楽器として復元したのだが、昭和40年に18管であることがわかり、あらため修理されたのである。当時、補われた竹管を取り除く技術がなかったため、あらたに18管の模造品が作られたのだが、その後オリジナルの修理が可能になり、オリジナル、明治時代の誤った模造品、昭和49年の模造品が揃ったのである。
へー、こんなものまで、と驚いたのが「塵芥」。明治28年に設置された御物整理掛が宝物整理の中で、元来の姿を知ることのできる部分片を残欠、残欠の崩壊が進んで元の形を推定できなくなった部分片を断爛、塵や芥になった断片を塵芥、粉状化した繊維片を塵粉として分類したそうだ。塵芥とはいえ、宝物の製作技術など情報が含まれており、貴重な資料であるわけだ。
こうして、1200年以上にわたり、幸いにも戦火に見舞われることなく、それでも他のリスクに何度か直面したであろう正倉院の宝物は大事に大事に守られてきたのだということに大いに感銘を受けた。
なお、展示物には国宝が何点かあったが、国宝となっているのはすべてトーハク所蔵であり、正倉院所蔵のものは国宝や重文ではなく、宝物である。正倉院宝物は天皇の勅許がなければ扉を開けることはできない、この勅封制度は歴史的な経緯を考慮して現在も維持されているのだそうである(正倉院の扉の鍵は海老錠と言われている:下の写真)。
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コメント

11月8日! 私も夕方(というより夜)行ったんですよ。もう待ち時間がなくなってから。
その前の週の金曜日は、昼間の待ち時間が110分出ていて、ギョッだったのですが、それは前期のラスト3日になってたからでしょうね。後期はそうでもないのか、螺鈿の琵琶もないし、などと思ったり。でも、翌週はまた100分があったかな……いよいよ今日でほんとに残り3日となりましたね(待ち時間ツイートを見るのが日課のよう)。

いま頭の中であれこれ再現してみています。雑集は前期の国家珍宝帳との入れ替えでしたが、載せる台は同じで(当たり前)、あの継ぎ目というか隙間が気に入らない、真っ平らでなくては、と同行の家族が(笑)。
塵芥は衝撃でしたわーー。工芸品などにしても、気の遠くなるような細かい作業をすること、人には畏敬の念しかありませんが、対象が塵芥であっても、ですものね。ひれ伏す思い。

投稿: きびだんご | 2019年11月22日 (金) 11時00分

きびだんご様
あらあ、ニアミスでしたのね、8日は。

混雑ぶりはほぼ同時期の奈良のほうが凄まじかったようですが、トーハクもまだまだ大変混雑しているようです。私も待ち時間ツイートを参考にしました。

隙間のこと、気になりませんでした、のかあるいは、気がつきませんでした。巻物とかあのように長い書の前にできた行列はなかなか動かないので、後ろから見たりたまたまあいている箇所に入ってそこだけ丁寧に見て又下がる、というような見方をしておりました。いい加減に見ていたんだなあ…。

ね、塵芥、驚きでした。言われてみれば、塵芥だって宝物の一部なのだと。そういうものを一片一片丁寧に集めて分析する作業の重要さを知らされました。

宝物自体もそうですが、宝物や文化財を守り後世に残すという作業について認識を新たにした展覧会でした。
トーハクの本館でやっている「文化財よ、永遠に」も見たいのですが、12月1日までだし、ちょっと無理かも。

投稿: SwingingFujisan | 2019年11月22日 (金) 14時09分

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