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2019年12月26日 (木)

12月国立劇場:「盛綱陣屋」「蝙蝠の安さん」

12月11日 「近江源氏先陣館 盛綱陣屋」「蝙蝠の安さん」
久しぶりに空席の少ない客席を見た。高麗屋の集客力なのか、たまたまだったのか。
「盛綱陣屋」
3月歌舞伎座、仁左様の盛綱陣屋を見ていないし、その前の芝翫さんのも(2016年11月)見ていないみたいなので、6年半ぶりの盛綱だったが、自分の気持ちとしてあまり盛り上がらなかったのは意外だった。
篝火(魁春)は高綱の計略が失敗せぬよう(小四郎が首実検より先に切腹しないよう)見張る使命を以て陣屋にやってきたようなのだが(寺子屋の千代に通じるものがある)、それはあまり伝わってこなかった。ただただ、小四郎可愛さが出ていたと感じた。もっとも後で考えれば、そういうことだからあれほど必死になって小四郎を取り戻そうとしていたのか、と思いが至った。
微妙は吉弥さんのニンだと思ったが、意外と小四郎との絡みが響いてこなかった。
白鸚さんはセリフが良く聞き取れたし、ああこういう役の白鸚さんはいいなあと思ったのだが、首実検のところが弁慶の打擲のように時政にわからせてしまうのではないかという懸念を感じた。
楽善さん(時政)は堂々たる大きさで存在感を見せた。
切腹した小四郎の健気さ、父に会わずに死ぬのが心残りという言葉には泣けた。小四郎役の幸一郎クンという役者さんは初めて知った。この12月に幸四郎さんに入門したばかりの市村大雅クンで、早速の大役は期待の大きさを物語るようだ。
高綱の計略を無駄にしないこと、盛綱が主君を裏切らないようにしたいこと(結局は裏切るのだが)、小四郎の健気な行動等、緊張感は間違いなくあったのだが、全体にいまひとつ感動に欠けたのはこちらの心持のせいかもしれない。


「蝙蝠の安さん」
191226chaplin 最初に、チャップリンの四男ユージーン・チャップリン氏がアナウンスで紹介された。ユージーンさんは立って観客に挨拶した。
芝居は、おもしろかったのではなるが、全体に「う~ん」という感じか。幸四郎さんと猿弥さん(上総屋新兵衛)の場面など面白くて笑いが起きるのだけれど…。猿弥さんは酔っ払いがうまくて笑わせるし、素面の時はまったく人が変わって(変わるのは酔っぱらっている時の方だが)舞台が締まる。
新悟さんのお花はぴったりで、先月の照手に続いてこの役は新悟さんしかいないと思った。
安さんの人となりはよくわかって好もしいし、応援したいと力が入った。賞金狙いの相撲で健闘しながら最後うっかり自分から足を土俵の外に出した時には思わず「あ~っ」と叫んでしまった。幸四郎さんは安さんをとても楽しんで生き生きと演じていた。
「う~ん」の原因をずっと考えていたのだけれど、ラストなのかな。お花は安さんの声を聞いてもわからなかったのかしら。菊の花を持たせるときに安さんと手が触れて初めて気がつく。茫然とするのはわかるけれど、追いかけていったりはしないのかしら(もっとも、安さんはそれを望んではいないだろう)。それと、みすぼらしい形の安さんに対する上から目線的な(ちょっと言い過ぎかな)物言いが気になった。もちろんお花の心根の優しさは新悟さんがきちんと醸し出してはいたが、お金がないのだろう、気の毒だからお金をあげるというのがどうもひっかかった。時代を考えれば、優しい娘だというだけのことなんだろうけど、お花に対する安さんは決してそうではなかったことを思うと、安さんがお花に惚れていることを考慮しても、ちょっと納得がいかなかったのである。
「街の灯」はどうだったのだろう。映画を見たような見なかったような、記憶が定かではない。
<上演時間>「盛綱陣屋」110分(11:30~13:20)、幕間35分、「蝙蝠の安さん」95分(13:55~15:30)

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