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2020年1月15日 (水)

一月歌舞伎座昼の部:「醍醐の花見「奥州安達原」「素襖落」「河内山」

1月10日 壽初春大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
2020年の芝居はじめ。暮れから5日まで多忙なのはわかっていたけれど、その期間が前月からこの週末までと延長されたのは計算外だった。しばしば眠くて…。
「醍醐の花見」
梅玉さん(秀吉)に鷹揚な大きさがあった。七之助さん(智仁親王北の方)との舞は珍しい(ような気がする)。魁春さん(北の政所)との夫婦役は安心して見ていられるが、「おかか」にはちょっとくすぐったい気がした。
勘九郎さん(石田三成)は生き生きしているように見えた。「いだてん」も終わり、これからは歌舞伎でどんどん存在感を発揮することだろうと期待大(大河はここ30年ほとんど見ていないが、「いだてん」ほど毎週楽しみに全部見た大河は初めて。知っていること知らないこと、全部面白かった。勘九郎さんの老けぶりは見事だったな)。
鷹之資さん(大野治房)と種之助さん(曽呂利新左衛門)がしっかり演じていてよかった。
福助さん(淀殿)はだいぶ回復しているが、右手がまだ不自由のようだ。それでも表情が明るくてほっとした。
「奥州安達原」
前半眠かったが、後半なんとか持ち直した(家でも眠くて眠くて状態)。
雀右衛門さんはその魅力であるこってりさがいつもより薄いような気がした。そのためか(眠いせいもあっただろうが)思い入れがなかなかできず、感動もうすくなってしまった。それでも、癪を起した母親にお君ちゃんが自分の着物を脱いで掛け、それに気づいてお君ちゃんを抱きしめる袖萩、この場面はいつも最大限泣ける。
東蔵さんは袖萩の父親・平傔仗役。武士としての厳しさを見せたが、やはり東蔵さんと言えば浜夕だろう。今回の浜夕は笑三郎さんで、武士の世界の不条理を訴えたものの、娘と孫に対する情感があまり伝わってこなかった。それでふと気づいたのだが、私はこの演目に<こってり>を求めているのかもしれない。
勘九郎さん(安倍宗任)はここでも生き生き、かっこいい。決めの姿勢が低くて素敵だった。芝翫さん(安倍貞任)はニンで堂々とした大きさがあったが、何かわからないが物足りなさを感じた。七之助さん(義家)には貞任の上の格を感じた。


「素襖落」
播磨屋一門の息の合った楽しい狂言だった。昼の部で一番よかった。
吉右衛門さんは大らかで酔っぱらいがリアルでありながらちゃんと歌舞伎らしさを保っていた。そして今まで楽しく酔っていたのに、那須与一の語り、舞になるとがらっと雰囲気が変わる。目付きからして変わっている。この物語を太郎冠者が得意にしていることが感じられ、踊りはすご~くうまいと思うわけではないのに、とても魅力的な味があった。酔いが戻り、なんとも愛嬌のある表情になる。
素襖の取り合いは、いつもならお大名と鈍太郎が意地悪に見えるのに、今回はみんなが楽しんでいるようで、こちらも心地よく笑えた。余裕があったら幕見でもう一度見たいわ。
「河内山」
松江邸広間から始まる。この演目も途中、かなり眠かったので一部についての感想を。松江侯は癇性の強い人で終始不機嫌そうなイメージであったが、芝翫さんはその不機嫌の迫力がすごくて、癇性の強いというよりは「怒っている」というイメージ、そして弱みをあまり見せていないような気もした。
白鸚さんの河内山はわかりやすかったし、正体がバレてからは小気味よかったのに、なんかちょっといつもと違うような…(どこがどうとはわからない)。
ま、いずれにしてもこちらが途中寝落ちしているから…。
<上演時間>
「醍醐の花見」25分(11:00~11:25)、幕間15分、「奥州安達原」87分(11:40~13:07)、幕間30分、「素襖落」48分(13:37~14:25)、幕間20分、「河内山」62分(14:45~15:47)

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